/*** カズト・ツクモ Side ***/
「ツクモ殿。お時間を頂き申し訳ありません」
「いや、いいですよ。ミュルダの新領主様に、昼前までは宿に居ると約束しているだけで、他に約束はありませんからね」
朝から来るとは思っていたが、タイミングとしては悪くないのだろう。ミュルダの新領主との話し合いもしてきて、決裂すると考えての・・・この時間だったのだろう。
「そうだったのですね」
白々しい
まぁいい冒険者ギルドの関係者よりは話ができそうだな。
「そちらの方ははじめましてですよね?」
「そうでした!鍛冶師長老の1人で」「ゲラルトだ。儂は、そいつらに付いてきたが、ツクモ殿に頼みたい事がある。最後で構わない話を聞いてもらえないか?」
「えぇいいですよ。それでは、シュナイダー殿と、リヒャルト殿の話が終わりましたら、話をしましょう」
「すまない。シュナイダー。儂の事は気にしないでくれ」
ほぉ・・・ゲラルト殿は、シュナイダー殿と同格という位置づけなのだな。
「ツクモ殿」
「何でしょう?」
リヒャルトが最初の相手なのかな?
「まずは、お礼を言わせてくれ」
「お礼?」
「はい。豹族をお救いいただきました」
あっハーフか?
鑑定したら、種族がハーフになっている。
「俺にも都合があったからな」
「それでもです。ツクモ殿が来られなかったら、数多くの豹族は殺されるか、捕らえられるかしていたと思います」
「わかった。その気持は受け取ろう。でも、わざわざ朝早くから”そのこと”を伝えに来たわけでは無いのだろう?」
シュナイダー殿の方を見る。
こういう爺・・・沢山見てきたな。好々爺しているけど、懐にナイフを忍ばせているのだよな。そのナイフを味方だったものにも平気で振るうからな。
「ツクモ殿。儂らは、貴殿にすべてを委ねます。ミュルダの商人。商隊。職人。すべて貴殿の好きに使ってくれ」
はぁヤバいやつだな。
いきなりすぎるだろう。それに、リヒャルトが驚いた顔をしている事から、シュナイダー殿の独断だろう。筋の通しが終わっているのか?
「シュナイダー殿。言っている意味がわからないな。俺は、そんな物は望んでいない」
「解っています。多分、ツクモ殿は、”自由”に過ごせればいいのだろう?」
「なぜそう思う?」
ダメだ。
勝てる気がしない。抵抗してみるけど、あまり抵抗していると、ミュルダの領主を任されてしまうだろう。
「なぜ?面白い聞き方をされる。ミュルダ殿への接し方、”えすえー”や”ぴーえー”と呼ばれている施設。獣人族の使い方。今のミュルダの領主のような小物なら考えない」
「ほぉ・・・」
「皆が”富む”ように考えられているのだろう?自分は、眷属と自由に暮らすために、慕って集まった者たちだけで生活できるようにしているのだろう?」
転移者か?
でも、俺が転移する時に、転移や転生者がいない事を条件にしている。鑑定しても、”客人”の称号は出てこない。
「そう思うのか?」
「そうじゃな。ツクモ殿。貴殿は、まだなにか隠しておられる。それがなにかわからないが、儂の”勘”がツクモ殿にすべて任せろと言っておる。そうしたら、獣人族やミュルダ殿の様になれるのだろう?小物臭がするシュイス・ヒュンメルやプロイス・パウマンに従っているよりも楽しいことができそうじゃてな」
シュナイダー殿の中では確定事項のようだな。ミュルダを売っても構わないという雰囲気がある。
「それはわかった。でも、俺のメリットがないと思わないか?」
「そうじゃな・・・獣人族の街・・・ペネムと呼んでいらっしゃるようじゃが、ペネム街を隠す意味で、ミュルダとアンクラムとサラトガの街を商業の中継地点にしましょうか?そうしたら、ツクモ殿がアンクラムやサラトガを回って状況を確認したり、心配したりする必要ななくなるでしょうし、ペネム街の奥に隠している本当に大切にしている場所が表に出ることもなくなるというのはどうでしょうか?」
ペネムの奥。誰かが話したとは思わない・・・情報源を探せばいくらでも有るだろう。
もともと、バレても問題が無いようにはしている。攻められても防げる自信はある。ペネム・ダンジョンが完成すれば、安全性は飛躍的に高まる。
でも、たしかに、シュナイダー殿が言っている事が実現できたらメリットは大きい。
居住区やログハウスの秘匿もそうだが、地域色がある食材や情報を集める事ができる。商業の中継点は確かに考えていた。ミュルダだけで良いと思っていたが、アンクラムとサラトガにもその役目が振ることで、違う目的にも使えそうだ。面倒な調整や街同士の連携や値段調整なんかもシュナイダー殿がやるのなら確かにメリットになる。
「そうだな。実現できるかわからないが、確かにメリットだな」
「それでは?」
シュナイダー殿だけではなく、リヒャルト殿が身を乗り出す。
「魅力的ですが、まだ足りませんね」
「なにが足りないのですか?」
リヒャルト殿を見る。
ハーフだと宣言しているが、態度が不明確な状態では重要なポジションを任せられない。
「リヒャルト。ツクモ殿は、お主の気持ちを知りたいという事だ」
この爺さんすごいな。
行政区に来てくれないかな?
ミュルダ老の手助けにはなるだろうし、スーンのいい相談相手になりそうだ。
「俺?」
「お主はどうする?儂は、ツクモ殿の許可が出れば、ペネムの街に居を移すぞ」
「ちょっと待ってくださいよ。俺・・・も、商隊の本拠地を移したいです。俺は、未来を・・・可能性を、ペネムの街に見ました。カズト・ツクモ様お願いいたします。移住をご許可下さい」
リヒャルト殿は、俺に向き直って、頭を下げた。
13歳の餓鬼に素直に頭を下げられる人はすごいと思う。俺にできるかと言われたらわからない・・・多分、できないだろう。
「わかった・・・が、シュナイダー殿。1つお聞きしたい。リヒャルト殿の動機はわかった。貴殿は?」
「儂か?儂は、ミュルダの商人が守れればそれでええ。今、ミュルダにはミュルダが抱えられる限界を越えた商人が来ておる。理由はわかっていらっしゃるのだろう。それに儂は・・・これ・・・でな」
そう言って、シュナイダーは、髪の毛で隠れていた耳を顕にする。
エルフを思わせる尖った耳・・・耳の先端が切られている。なにか独特の印なのだろうか?
俺が微妙な雰囲気を出していると、察したのだろう。笑いながら説明してくれた、壮絶な過去の事を・・・。
シュナイダー殿は、ハーフエルフ。種族にそう出ていたから、そう思っていた。それは間違いはないが、エルフとエントとのハーフで、オリヴィエと同じで、アトフィア教の実験体だ。初期の頃の実験体で、ブルーフォレストに捨てられたところをエントたちに助けられたそうだ。その助けたエント達も人族の冒険者に倒されて、シュナイダー殿は隷属スキルを使われた。鑑定持ちだったのが命を取られないで済んだ理由だ。
隷属スキルを使われた時に、耳の上半分を切られた。奴隷である事を示す証なのだと言っていた。
人族の冒険者たちが、サラトガのダンジョンで命を落とすまで隷属生活が続いた。鑑定をうまく使いながら、スキルカードをためて自分自身を開放してから商売を始めた。それから、いろいろあって長老と呼ばれるまでになった。
「そうか・・・シュナイダー殿が根を張っているミュルダがアトフィア教の信者が少ないのは、そういう理由だったのだな」
「結果的にそうなっているだけじゃ」
任せるだけの技量があり、俺のメリットも存在する。
「カズト・ツクモ様。儂は、主が怖い」
「怖い?」
なぜに、”殿”から”様”に変わる。前にも思ったが、この世界の住人はいきなりすぎる。
「あぁ怖い。主を鑑定しても、人族と出る。じゃが、主の周りで純粋な人族は1人も居ない。獣人族ばかりではなく、エントやドリュアスも大量に居る」
「それで?」
「アトフィア教に関しての嫌悪感が強い。もしかしたら、儂よりも強いのかもしれない」
「そんな事はないと思うぞ。俺が嫌いなのは、”正義”や”真理”を・・・”神の名”を振りかざして自分の行いを正当化する奴らだけだ、正義なんて生きている”物”の数だけ存在しているだろう。そんな事を言い出すから争いが絶えない。同時期に生きている者同士で、”正しさ”なんて形がなく説明できない物を理由に、相手を貶める事が嫌いなだけだ。俺がそう考えているだけで、共感して欲しいとも思わない。俺の考え自体も俺だけの物だからな。どうせ、同じ時期に生きている者では判断できない。客観的な情報が揃う未来の人間たちが判断すべき事だ」
やってしまったか?
まぁもう遅い。俺の考えに賛同できなければ、別にそれはそれでいい。
商業の長として、ミュルダ/サラトガ/アンクラムの経済を回してくれるだけで十分だ。シュナイダーやリヒャルトの参加がだめになったら、当初の計画に戻せばいいだけだからな。
「・・・・ツクモ様。儂が、長老衆を説得します」
「説得は正直どうでもいい。シュナイダー殿。サラトガ/ミュルダ/アンクラムからアトフィア教を根絶させるのと、商業の街として再興する事は可能か?」
「・・・わかりませぬ」
「何が解れば判断できる?」
「ペネム街から提供できる物が解りませぬ」
「俺は、この後、多分新領主との話がある。それが終わったら、ペネムに帰る予定だ。話し合いがうまくまとまれば、一泊すくらいはするつもりだが・・・。SAとPAを見ながら2~3日かけて帰るつもりだ。移住希望者がいれば一緒に帰る事もできる」
リヒャルト殿が立ち上がった
「ツクモ様。俺は、あんたについていく。シュナイダー様問題ないよな?」
「あぁ」
「リヒャルト殿。それ「ツクモ様。俺の事は、リヒャルトと呼び捨てにして下さい。俺は、あんたについていくと決めた!!」」
え?
まぁいいか・・・今更だよな。
「わかった、リヒャルト。商隊の規模はどのくらいなのだ?」
「俺のところ単体だと、500名を少し越えるくらいだ、普段は100名で商隊を組んで動かしている」
「主な商材は?」
「なんでもだな。商材があれば遠方にでも出かける」
「わかった、少し頼まれてくれないか?」
「いいぜ、なんでも言ってくれ」
リヒャルトの商隊に、穀物の買い占めを頼んだ。その上で、近隣の村々を回って、人族至上主義者でない村の救済を頼んだ。村ごとの引っ越しでも構わないと条件を付けた。ショナル村で行った様な事をやってもらう。口減らしが必要な村の救済だ。
「それで買った穀物は、ペネムに運べばいいのか?」
「いや、ペネムに大量に持ってこられても腐らせるだけだからな」
「それじゃどうするのですか?」
「そりゃぁもちろん、アンクラムとサラトガで安く売る。利益は考えなくていい。だから、アンクラムとサラトガで飢えに苦しんでいる者たちを救って欲しい」
「俺たちはかまいませんが、かなりのスキルカードが必要ですぜ?」
「あぁ解っている」
三人を見回す。
ドワーフのゲラルトはいまいちわからないけど、裏切られたと判断したら殺せばいい。
別に大きな問題は無いだろう、呼子スキルで、ライを呼び出す。
いきなり現れたスライムにびっくりした様子だったが、気にしないでライに命じる。
『ライ。スーン呼び出してくれ、レベル5以下のスキルカードを2枚づつ残してもってこいと伝えてくれ』
『わかった・・・あるじ。スーンからだけど、魔核は必要ないのかと聞かれたけど?』
「シュナイダー殿。魔核はすぐにスキルカードに変換できるのか?リヒャルトが買い占めする時に、スキルカードと魔核ではどっちがいい?」
「ツクモ様。儂の事も呼び捨てでお願いします」
「・・・シュナイダー老でどうだ?」
「ハハハ。ミュルダ殿と同じですな。光栄ですな。それから、スキルカードと魔核のどちらがという事じゃが、やはりスキルカードのほうが怪しまれないで済むだろうな。ちなみに、魔核のレベルは?」
「ちょっと待て」
『ライ。スーンが持ってこられる魔核は?』
『今、確認したよ。レベル7穴なしが21個で、不明が沢山。レベル6は100個以上ある。あとは数えられないって?数えたほうがいい?』
「いや、いいよ。シュナイダー老。レベル7魔核が21個で、レベル6は100個程度だ、それ以下の魔核も100以上はある」
「はいぃ?」
ん?もう一度言ったほうがいいか?
シュナイダー老ではなく、リヒャルトが答えてくれるのか?
「ツクモ様。レベル7魔核だよな?スキルカードでなくて?」
「あぁ魔核だ」
「ふぅ・・・ツクモ様。魔核のレベル7を交換など・・・できるわけがない。長い間商隊を率いているが、レベル7魔核なんて数回しかみた事が無いぞ!」
「そうなのか?それなら、スキルカードだけになるけど大丈夫か?」
「どのくらいですか?」
「ちょっとまってくれ。ライ。とりあえず、呼んでくれ、外で呼んだほうがいいだろう」
『わかった』
器用に部屋のドアを開けて出ていく。
2分くらい経っただろうか、ドアがノックされた。
「大主様」
スーンが満面の笑みからの会釈する。
後ろに、フィリーネが控えている事から、荷物持ちに駆り出されたのだろう。帰りはエリンに送らせればいいかな。
「すまんな急に。それで?」
「あっはい。フィリーネ」
3名は展開についてこれていないのか黙ってしまっている。
フィリーネが出したのは、大量のスキルカードだ。ざっと見て、4~5千枚程度だろう。
「スーン。これだけか?」
「細かい物もありますので、何に使われるのかと思いまして、レベル3,4,5を中心に持ってまいりました」
「そうか、ありがとう」
リヒャルトやシュナイダー老が固まってしまっている
「ん?どうした?」
「ツクモ殿・・・これは?」
「あぁ穀物の買い占めに必要だろう?」
「シュナイダー様。俺の感覚がおかしかったら言ってくれ、スキルカードってこんなに準備できる物なのか?」
「さぁな。儂も長い間商人をまとめているが、こんなに多くのカードを見たのは初めてじゃ」
「そうなのか?でも、レベル5程度だぞ?」
2,000枚あったとしても、2千万程度にしかならない。
「大主様。ライ様から、穀物を買われるという事なので、レベル3の魔核もお持ちしました」
「そうか、ありがとう」
リヒャルトに、スキルカードと魔核を渡そうとした
「ツクモ様。いいのか?」
「なにが?」
「いや、俺がこれを持って逃げると考えないのか?」
「逃げるのか?その程度のスキルカードで逃げるのなら、その程度の奴だと思うだけだ。そして、俺が関連する施設にはいられなくするだけだ」
「・・・怖いな・・・本当にできそうだからな」
「簡単じゃないが、できるだろうな。もっと直接的に動いてほしければ、魔蟲を向かわせて、空腹や暑い寒いを気にしなくていいようになってもらうだけだからな」
「・・・シュナイダー様。ミュルダは、とんでもない人に・・・喧嘩売ったって事ですか?」
シュナイダー老が首を縦に振るに留める。
「ツクモ様。改めて、俺は、あんたについていく、これからよろしく頼む。まずは、穀物の買い占めと近隣の村々の救済だな」
「あぁ頼む。救済はおまけだからそれほど気にしなくていい」
「わかった。お任せあれ!俺は、ここで失礼する。早速動きたい」
そう言って、リヒャルトは部屋から出ていった。
「スーン。シュナイダー老だ。これから、行政区に入ってもらって、商業関係を取りまとめてもらう」
「シュナイダー老。スーンという名前だが・・」「解っている。スーン殿。よろしくお願いする」
「大主様。今後、どうされるのですか?」
「あぁ大筋は、シュナイダー老が提言した、サラトガ/ミュルダ/アンクラムの商業街化する」
「解りました。SA/PAを両方の街にも伸ばしますか?」
シュナイダー老を交えて話をしたが、途中から、スーンとシュナイダー老の二人でいろいろと話始めていた。
決まったのは、商業区からサラトガとアンクラムにもSA/PAを要する道を作る事。
今よりも3つの街が強固になるように、サラトガ-ミュルダ-アンクラムにも道を整備する。こちらはSA/PAは作らない。
扱う商材は、シュナイダーが帰ってきてから決める事になった。
大筋の話が決まったので、シュナイダー老は長老衆のところに行くことになった。スーンが説明要員として一緒についていく。
さて、次は・・・・
「ツクモ殿」
「ゲラルト殿。なんでしょうか?」
ゲラルト殿との話だが、なんだかこれは早く終わりそうな雰囲気がある。
「ツクモ殿。ツクモ殿は、竜族を支配下に置いているという話じゃが本当か?」
「支配下ではないが、1人預かっている」
「そうか、竜族と交渉ができるのか?」
「どうだろう・・・フィリーネ、俺が泊まっていた部屋わかるか?カイとウミが居る」
フィリーネの方を見てみるが大丈夫そうだ。
「大丈夫です」
「エリンが居るから起こして来てもらってくれ」
エリンに聞くのが1番だろう。
「やはり、貴殿が連れていたおなごは竜族なのだな。そうだろう?」
「えぇそうですが、それがなにか?」
「いや、すまん。少し興奮してしまった」
腕を組んで目を閉じる。
ドワーフがやるとなにか感じているのかと思えてしまうから不思議だ。
3分くらい経ってから、フィリーネがエリンを連れてきた。
「パパ!なに?」
後ろから、カイとウミもついてきている。
「うーん。あっゲラルト殿。それで、何を交渉するのか?」
「え?あっそうじゃった。ツクモ殿も竜族なのか?今、”パパ”と聞こえたが・・・」
「あっこの娘、エリンの癖だから気にしないでくれ。俺は人族ですよ」
「わかった。ドワーフ族の悲願がいくつかある。その中で”竜族の鱗を鍛えし剣と盾”がある。率直に言おう、竜族の鱗が1枚欲しい。交渉できないだろうか?」
「え?鱗?エリン、どうだ?」
「うーん。エリンは、まだ鱗が生え変わらないからダメだけど、商業区に来ている竜たちなら生え変わるから、大丈夫だと思うよ?落ちた物でいいよね?おじちゃん」
「・・・そんな簡単に・・・」
なんか、今まで張っていた緊張の糸が切れてしまったようにさえ思える。
身体のちからが抜けて、うなだれてしまっている。
「あっ忘れていた」
一応、ライに念話で話しかける。
『ライ。そう言えば、竜族の集落で戦った時に、剥ぎ取った鱗何枚か持っていたよな?』
『うん!綺麗だから貰ってきた!彼らも、すぐに生え変わるから気にしないで持って帰ってって言っていたよ!出す?』
『確かに、色もいろいろ有ったよな?』
『うん!』
『試しに全種類二枚ずつあったよな?一枚ずつ出してくれないか?』
『わかった!』
ライが、数種類の鱗を出す。
「エリン。この鱗を、おじちゃんに渡していいか?」
「うん。大丈夫だよ。お兄ちゃんたちのだよね。パパが欲しくなったら、またもらいに行けばいいよ!」
ゲラルト殿が口を大きく開けて、ライが出した鱗を見つめている。
確かに鱗だが、1つの大きさが人の顔くらいの大きさだ。赤/青/茶/緑/白/透明?/黒/紫・・・全部で10枚程度だ。
剣と盾を作るのだろうから、これだけあれば足りるだろう。
「ゲラルト殿」
「はっ・・・ツクモ殿。これは?」
「あぁ俺たちが、竜族の集落に行った時に、力を示せと言われて、戦った時に、剥ぎ取った物で戦利品として貰ってきた」
「えぇえぇ・・・あっツクモ殿。どれか一枚でいい売ってくれないか?スキルカード・・・は、手持ちが少ない。足りなければ、なんとかかき集める。ミュルダに居るドワーフ族全員に掛け合ってでも集める!売ってくれ!」
圧力がすごい。
髭面のおっちゃんに責められても怖いだけだ。
「わかった。わかったから、少し落ち着いてくれ。正直、値段は付けられない」
「そうじゃ・・・ろう・・・な。でも・・・!」
「えぇそうだな。全部渡す。そのかわり、できた剣の中から俺が2本もらうという事でどうだ?」
「それだけでいいのか?これだけの鱗があれば、剣は2-30はできるぞ?」
「でも、盾も作るのだよな?」
「そうだな。それでも10くらいは打てる。その中から2本でいいのか?」
「構わない。最高の物を作ってくれるのだろう?」
「もちろんだ!条件がそれだけじゃ儂が納得できん。シュナイダーではないが、ペネムの街には、職人は居るのか?」
おっ!流れとしては最高だな
「腕のいい人を探しては居るのですが・・・今は、アンクラムで鍛冶屋をしていた、ヤルノが取り”まとめ”をしているだけだ」
「ヤルノ?アンクラムの?」
「えぇそうだな」
「そうか・・・ヤルノか・・・・」
「ヤルノを知っているのか?」
「知っているもなにも、奴は儂の弟子じゃ」
「え?そうなのか?」
「あぁ奴が取りまとめているのなら、間違いは無いだろう、よし儂が現場をまとめて、奴に交渉事をやらせるか・・・そうしたら、儂は竜族の鱗で剣を打っていられる・・・いい考えだな」
なにやら、独り言が最後に混じっていたようだが、職人が来てくれるのは嬉しい。
いろいろ作りたい物もある。
前向きな話は楽しいけど・・・この後の来客予定・・・面倒だな。
シュナイダー老とミュルダ老に丸投げできないかな?
襲ってきてくれたら・・・楽なのだけどな?
/*** カズト・ツクモ Side ***/
「ツクモ殿」
「ゲラルト殿?」
何やらすごい顔をしている。
「本当に、いいのか?」
なんだ、鱗が本当に欲しいようだ。
「いいですよ?俺が持っていても価値は”綺麗な飾り物”以上にはならないが、ゲラルト殿たちが鍛えれば”素晴らしい剣”や”素晴らし盾”になるのだよな?それに、”優秀な職人”を雇える機会があるのならそちらを優先する。これ以上望むのは贅沢というものだ。それでも気がすまないのなら、俺が作って欲しいと思う道具を、ペネムで沢山作ってくれればいい。売れない物も出てくるとは思うけど、売れそうな物の大量生産とかもお願いすると思うからな」
腕を組んで少し考えてから
「お!わかった。任せろ!生活を豊かにするための物ならいくらでも作ってやる!」
嬉しい事を言ってくれる。
武器や防具なんて、ダンジョンに入る時にしか使いみちがない位で丁度いい。あとは、壁に飾っるくらいでいい。それよりも、道具を沢山作って欲しい。今は、魔核にスキルカードを付与したりしているが、使いやすい形という物がある。それに魔核をセットして使えたら、便利になると思う。
ゲラルト殿も、ペネムの街に居を移すことが決まった。職人にも長老衆がいるが、ゲラルト殿が筆頭なので、意見が通りやすいという事だ。それに、竜族の鱗の話もある。ドワーフ族は一族で移動する事になるだろうという事だ。そうなると、ほとんどの職人が移動する事になる。サラトガでは武器や防具を作っていた職人もいる。アンクラムには日用品を作っていた職人が居る。ミュルダには農機具を作っていたらしい。これらの職人をできるだけ連絡を付けて、ペネム街に移動する事になるそうだ。
連絡のために、若い奴らを、サラトガとアンクラムに走らせて、集まってきた職人に説明してから、ペネム街に移動してくるので、商隊よりも遅れるという話だ。
ゲラルト殿がヤルノに手紙を書くので、それを渡して欲しいと頼まれた。
承諾して、ゲラルト殿と別れた。
3名との難しくも前向きな話し合いは終わった。
部屋に、カイとウミとエリンと一緒に戻る事にした。
部屋に戻って、少しウトウトしていたタイミングでドアがノックされた。
シュイス・ヒュンメルではないようだ。
誰かが入れ知恵でもしたのか?自分で足を運ばないのは、俺を下に見たいという気持ちの現われか?
「ツクモ様。領主ヒュンメルがお会いしたいという事です」
「そうか、それで”ここで”待っていればいいのか?」
「いえ、領主ヒュンメルから、冒険者ギルドにご足労頂きたいと言っております」
「面倒だな。俺には話は無い。そういう事なら、帰らせてもらう。カイ。ウミ。ライ。エリン。帰るぞ!」
思った以上につまらない人だったようだ。
人数で押せばなんとかなるとでも思われたのだろうか?
それとも、本当に”小僧”1人くらいなら痛めつければ言うことを聞くだろうとでも思われたのだろうか?
「貴殿には申し訳ないが、そういうわけでお引取り願いたい」
「少し待って下さい。それでは私の立場が・・・」
「知りませんよ。貴殿が、どんなやり取りをして、ここに来たのか知りませんし、私には一切関係ない事です。そもそも、昨日帰ると言うのを、伸ばして待っていたのに、場所を移動する?ふざけないでもらいたい。私がお願いしたわけではありませんよ。何か勘違いされているのでしょうから、はっきりいいます。私には話す事などありません。ミュルダの領主が、私に話があると言ってきたのです。滞在を伸ばした分の補填もしないで、冒険者ギルドに来て欲しい?それほど偉いのなら、勝手にすればいい。私も、私が望んだことを行います」
「・・・」
「早く出ていって下さい。飼い主に詫びでも入れたらどうですか?餓鬼1人連れてくる事ができませんでした・・・とね」
「パパ。この人なに?邪魔?」
「あぁ邪魔だな。着替えもできないからな」
「わかった!」
エリンが、大の男を片手で持ち上げている。スキルを使っているのだろうけど、びっくりするだろう。
近くの階段まで連れて行って、落としたようだ。怪我していなければいいけどな。飼い主が怪我の治療費を払ってくれる事を祈っておこう。
「エリン。着替えたら、ゆっくりと、悠然と、サイレントヒル側の出口から帰るぞ!」
「うん!」
部屋を出ると、宿屋の主人が来ていた。
「お客様」
「あぁ申し訳ない。騒がせてしまった」
「それはかまいませんが、先程の男は領主ヒュンメルの執事です。裏から出ますか?シュナイダー様から、ツクモ様になにかあったら、協力するように言われています」
「そうでしたか・・・それでしたら、シュナイダー老に伝言をお願いしたいのですがよろしいですか?」
「はい。かまいません」
冒険者ギルドと領主が愚行に出たかもしれない。
それだけの伝言を頼んだ。
裏口からではなく、表から帰る事にした。
昼間の時間帯に大通りで襲ってくる勇気があるのかわからないが、俺が被害者ヅラできるかどうかに関わってくる。できるだけひと目がある場所を通るようにする。それでなくても、俺は目立つからな。街中で襲うような馬鹿だとは思いたくない。
襲うのなら、街を出てから、サイレントヒルに入ってからであってほしい。
矛盾するが、ひと目がなければ迎撃の難易度が下がるからな。カイとウミのどちらかが本気を出してもいいだろう。
『あるじ』
『ライか?どうした?後ろから見ている連中なら気がついているから大丈夫だぞ?』
『ううん。さっきの男だけど、領主の屋敷に向かったよ』
『そうか・・・わかった。その後は?』
『ん・・・と、慌てて出ていって、冒険者ギルドに向かったみたい』
『ありがとう。そのまま、魔蟲をつけておいてくれ』
『うん!』
そりゃぁそうだよな。
飼い主は、領主で良かったようだな。その後で、冒険者ギルドに走らせたって事は、襲撃があると考えて間違いないだろうな。残念だな。もういいか・・・ミュルダ老に、サラトガとアンクラムとミュルダ全部の面倒を見てもらおう。シュナイダー老も行政区に入る事になるから大丈夫だろう。
商業区から、両方の街は距離的に同じくらいだという話だから、SA/PAの数も7個と6個だろう・・・全体で、SAが21個で、PAが18個、商業の中継する街が3つと、商業区と自由区と居住区があるだけで、あとはブルーフォレストとサイレントヒルとヒルマウンテンか・・・本家のサイレントヒルよりも広そうだな。
あぁあと海があれば完璧だな。落ち着いたら、リヒャルトに聞いてみよう。
『主様』『カズ兄』
『あるじ!』
「パパ!」
後方は20人くらいかな?前方を10人くらい。よくここまで集めたな。まだ、大通りでひと目もある。
子供二人とフォレストキャット二体とスライム一体に対して過剰だとは思わなかったのだろうか?
そもそもこいつら落とし所を考えているのか?
俺を捕まえる事ができたとして、その後どうするつもりなのだろう?脅せば言うことを聞くとでも思っているのか?思っているからの行動だろうけど、俺を捕らえて、即座に隷属スキルでもかけない限り、反撃を食らうとは考えないのか?
一時しのぎにしかならない事に命をBETできる事が羨ましい。
「まだ対応しなくていい。気がついていないフリをして歩いていよう」
「・・・うん。パパ。エリン。我慢できなくなりそうだよ」
『カズ兄。僕もだよ。カズ兄の悪口ばっかり言っている!殺していいよね?』
『エリンも、ウミも我慢してくれ。それから、殺さないで捕らえてくれ!全員だ』
『あるじ。魔蟲の配置終わったよ。何時でも、捕縛できるよ』
『わかった。1体で当たらせるなよ。必ず3体以上で対峙するようにしろよ』
『うん。そうしているよ』
『ありがとう。ライ』
さて、どう出るのかな?
後少しで門だけど、前方に居る奴らと接触するくらいの距離になってきた。愚策だけど、街の外に出ようとする時に難癖つけて、出さない様にして、街の人たちから遠ざけてから対処する・・・のだろうけど・・・。
どうやら、俺の想像の範疇内の動きをしてくれるようだ。
門の出口で並んでいると、俺たちの順番の直前で門番が変わった。
どう見ても、冒険者風情の男たちだ。先程、俺たちをつけていた連中だろう。
「カズト・ツクモだな」
「違います。それでは!」
失礼な連中には斜め上の対応をすれば大抵怒り出す。
「おい。待て!お前がカズト・ツクモだろう?わかっているのだぞ?」
「だから、違いますよ。人違いですね。”出る”時には、身分証の確認は必要ありませんよね?それとも、”力ずく”で俺がその”カズト・ツクモ”だと証明してみせるのですか?」
「この餓鬼ィィィ調子にのるなよ!?」
「はい。はい。私が悪かったですね。言葉がわからない人に難しい言葉を使ってもダメでしたね。ごめんなさい」
こいつ何言っているって顔をされると、こっちが恥ずかしくなってしまう。
時間をかければかけるほど、自分たちがまずい状況になるのが解っているのだろうか?
領主やギルド長の権力でなんとかなると思っているのかね?
「おい!もういい。連れて行くぞ。腕の一本くらい折っても問題ないと言われているからな」
後ろから来た奴らも俺たちの周りを囲んだことで、安心している様子だ。
「恥ずかしくないのかな?子供二人に大人が33人も寄ってたかっていじめて!」
「キャハハ。こいつ怖さで壊れたようだぜ、数も数えられなくなっているぞ!」
馬鹿はこいつだ。
前方に10名その後ろに1名。後方に20名で、領主様とギルド長で、33名だ。
「おいおい。あんまりいじめるなよ。かわいそうに・・・おい。お前たちを、領主のところにつれていけば、俺たちはたんまりスキルカードを貰える。早く行くぞ!」
後ろからなにか人が理解できる言葉をしゃべるブタが手を伸ばしてきた。
それも、エリンに向けてだ。
「カイ。ウミ。ライ。やれ!」
カイとウミが一瞬だけ短く鳴いて了承の意思を伝えてきた。
鳴き声と同時くらいに、魔蟲達が男たちの影から出て、蜘蛛が出した糸使って蜂と蟻が器用に男たちを拘束する。
これで終わりだ。あっけない。ウミとカイは、腕の一本云々を言った奴の意識を刈り取っている。
エリンは、自分に手を向けてきた奴を片手で締め上げている。
さて、誰が1番この状況の説明ができるのだろうか?
「ツクモ様!」
丁度いいタイミングで、シュナイダー老のところの執事が来た。
宿屋の主人が動いてくれたのだろう。
「丁度良かった。コイツらの処分を頼みたい」
「かしこまりました。それから、主人が急ぎの用事がなければ、食事をご一緒したいとの事です」
「あぁ・・・そうだな。了解した。同じ宿屋で待っている」
「ありがとうございます。宿屋の同じ部屋を抑えてあります。主人が既に支払いを済ませております。勝手いたしまして申し訳ありません」
「わかった、ありがたく使わせてもらおう。あぁそうだ、少し離れたところで1人偉そうにしていた奴が居るけど、そっちは始末させてもらうぞ?」
「かしこまりました」
『ライ。頼む』
『わかった!』
少し離れたところでワタワタしていた奴を魔蟲が捕まえる。
雰囲気から、宿屋に来た奴だと思うけど、どうなのだろう?
蟻に引きずられながら来た男は、やはり、宿屋に来た男だ。
「残念ですね。この様な形でまたお会いするとは思いませんでしたよ」
「おい。俺が何をした、離せ!今なら許してやる!」
腹を軽く蹴る。
「なにか言ったか?許してやるとか聞こえたけど?」
咳き込んでいる。
そんなに強く蹴っていないだろう?このままでは話ができないな。
水のスキルカードを取り出す。
男の頭から水をかける。
「一度だけ聞く、よぉーく考えてから答えろよ。”お前に、俺たちを捕まえるように命令したのは誰だ?”」
「・・・・」
「ほぉ・・・言わないのだね。いいねぇしっかり考えろよ」
「知らない。俺は、何も知らない!」
「そうか、わかった、”何も知らない”のなら、役に立たないって事だな。それなら、殺しても問題ないな!」
「待て!」
「”待て”?勘違いしているようだから、あえて指摘するぞ。今、自由を奪われているのは”お前”だ。俺ではない。そして、お前を助けてくれそうなお友達はすべて拘束した」
しょうがないな。
「最後のチャンスだ”お前に命令したのは誰だ?”」
「・・・プロイス・パウマンだ」
ギルド長の名前をだすのか?
アドリブなのか、本当の事なのか・・・それとも、最初から捕まることまで織り込まれているのか?
「それは、ギルド長と同じ名前だな。ギルド長で間違いないのだな?」
「あぁそうだ!俺に、お前たちを捕まえて来いと言ったのは、ギルド長のプロイス・パウマンだ」
ほぉ・・・ギルド長だといい切った。
それなら、ギルド長のところに行く事にするか。
「わかった。お前の飼い主はヒュンメルだと思っていたが、パウマンだったのだな。連れて行ってやるから感謝しろよ」
「なっ何をする!」
「あぁ?何をする?決っている、引きずって行く」
カイとウミに、執事の男を拘束した状態で、引きずるように、冒険者ギルドに移動を開始する。
かわいいフォレストキャットに引きずられている執事風の男。
街中を冒険者ギルドまで移動しているのだが、目立つ。とてつもなく目立っている。
引きずられている男もなにかわからない事を喚いている。余計に目立ってしまっている。
冒険者ギルドに到着した。
中は、外と違って静かな状況になっている。屯していた男たちが出払っているからなのだろう。
さて、第二ラウンドを始めよう。
受付に歩いていって
「ギルド長のパウマンに会いたい」
敬っていないのだから敬称は必要ないだろう。
「貴方は?」
「カズト・ツクモが来たと伝えてくれればいい。それでわからなければ、俺を襲った奴ら30名はシュナイダー老に預けたと言ってくれ」
受付の女性は、カイとウミが引きずっている男を確認してなにかを悟ったのだろう。
「かしこまりました」
とだけ言って奥に入っていった。
待つこと5分。
帰ろうかなと思い始めた。
先程の女性が駆け寄ってきた。何か、俺に手渡してから、奥に聞こえるように
「ツクモ様。ギルド長がお会いになるそうです。右の通路を通った先でお待ち下さい」
少し大げさかと思われるくらいのボリュームで話してきた。
俺に聞かせると言うよりも、奥に居るギルド長に従っていますという意思表示なのだろう。
そして、渡された物には
『奥の部屋は、訓練場です。冒険者が貴方を捕まえるためにかまえています。部屋に入る前に、左に行けば逃げられます』
と、書かれていた。
親切心なのか、行動の根本理由はわからないが、逃したいと思っているのだろう。
女性に会釈だけして、右の通路に入っていく。
『ライ。どうだ?』
『うーん。20人くらい?』
『主様。25名です』
『強そう?』
『イサークくらいかな?僕だけで倒せるよ』
ライには、魔蟲を何時でも呼び出せる準備を頼む。
カイには、25名以外で隠れている奴が居ないか確認してもらう事にする。
ウミは少しストレスが溜まっているようなので、冒険者だと思われる奴らに少し遊んでもらう事にする。
「エリン。俺の後ろにいろ」
「えぇエリンも冒険者と遊びたい!」
「うーん。エリンには、トドメをお願いしたいからな。ダメか?」
「え?何をするの?」
「ウミが冒険者と遊んだら、最後はエリンの竜体で脅して欲しいけど、いいか?」
「うん!エリンが、パパのために冒険者を脅すね!」
なにか違うが、可愛いので、頭をなでてやる。
後ろから俺の服を握らせる事にする。
ドアを開けて中に入る。
「おいおい。本当に子供だな。こいつが、本当に”えすえー”と”ぴーえー”の領主なのか?」
はい。馬鹿が1人・・・。ウミが唸っている。手加減はさせているが、無事でいられることを祈ろう。
「真ん中まで歩いてこい。おい、フォレストビーナ種やアント種やスパイダー種を呼び出すなよ!呼び出したら、一斉にスキルが飛ぶからな」
言われたとおり、中央まで歩くが、スキルと言っている段階でダメだろうな。
引きずってきた奴は、受付の女性に預けた。蜘蛛達の糸が簡単に切れない事は既に実験済みだ。拘束している糸を切る必要があるができないだろう。逃げられても別に構わない。主犯格の1人が目の前に姿を現した。
初めてだろうか・・・もしかしたら、一度会っているかもしれないけど、思い出せない。
一度見れば印象に残るから、会っていないのだろう。
冒険者ギルドの”長”だという事だから、細マッチョや、太マッチョを想像していたが、太い事には間違いないが、マッチョではなさそうだ。もしかしたら、服を脱いだらすごいのかもしれないが、見た感じは”そう”は思えない。
髪の毛は短くしているわけではないのに少なそうだ。威厳を出すためなのか、ヒゲを生やしているが、汚く見えるだけだ。
「ツクモ様。おいでいただき感謝いたします。私が、冒険者ギルドのギルド長」「そんな事どうでもいい。それで何が目的なのだ?」
自分が優位な立場だと本気で思っているようだ。
ざぁっと鑑定したが、レベル4程度のスキルカードしか持っていない。ギルド長だけは、スキル隷属を2枚持っている。
「ぐっ・・・本当に、可愛くない餓鬼だ。お前には、俺の奴隷になってもらう。お前の後ろで震えている幼女もだ。安心しろ、幼女が好きだと言っている”お方”を知っている。その方に献上すれば、俺のミュルダでの地位も約束されたも同じだ!」
ロ○コ○?
え?もしかして、ミュルダの新領主の狙いって、エリンだったの?怖いな。
「あの方も、本来なら、クリスティーネ嬢を嫁にする筈だったのに」
え?
はぁ?
「安心しろ。お前は私が可愛がってやるからな。女なんて、穢らわしい存在よりも素晴らしい世界を教えてやる。まだ清らかな身体なのだろう?」
え?
・・・・俺?
この世界に来てから、初めての”身体の危機”を感じる。
クリスやリーリアに迫られた時でも感じなかった恐怖だ。彼女たちは、俺が拒否すればそれ以上やらない事はすぐにわかった。事実、拒否の意思を示せばそれ以上はやってこない。
目の前に居る奴は違う。
俺を性的対象として認識している。
少し冷静になろう。結界は二重に張っている。エリンが大きく結界を張って、俺が自分とエリンの周りを覆うような結界と防壁と障壁を張っている。
気持ちわるい。心に防壁って張れないのかな?
舌なめずりしているよ。
そう言えば、出禁にした冒険者がしでかした事って・・・・頭が思い出すのを拒否した。
『ライ。スーンが、冒険者を出禁にしたけど、理由は知っているか?』
『主様。理由は、商業区での暴力行為です』
『その暴力の理由は?』
『獣人族の子供を攫おうとした事です』
単なる暴力問題は許した気がする。
許さなかったのは、獣人族が偉そうにしているとか言っていた奴らや、無理矢理連れて行こうとした奴らだ。
考え事をしている間にも、なにか喚いているが、人の言葉とは思えない。
「もう。面倒だ!私がこれだけ優しくしているのにつけあがりやがって!」
「はぁつけあがっている?違いますよ。オークに話しかけられて、何を言っているのか理解できなかっただけですよ」
「・・・・私はオークか?!」
おっ!解ってくれた。嬉しいね。オーク相手でも意思疎通ができると嬉しいものだな。
「あっこれは失礼した。オークに失礼でしたね。謝罪しなければならないですね」
オークがわなわな震えだした。
「トイレですか?オークにトイレと言ってもわからないですよね。申し訳ない」
「お前たち!ツクモを捕えろ。顔は傷つけるなよ!私の物だからな!」
気持ち悪いな。本当に・・・。
では、”さようなら”だな。
「ウミ。好きにしろ!」
ウミが飛び出して、ギルド長を吹き飛ばす。かなり頭に来ていたようだ。
さすがは、イサーク並の冒険者というところか。すぐに臨戦態勢に入り、スキルの詠唱を行っている。
だか遅い!
ウミがまず詠唱している奴らを攻撃する。殺すなという命令を守っているために、1~2発のスキルが発動したが、エリンの結界を破れない。剣を持った数名が突っ込んできたが、スキル詠唱した奴を攻撃していたウミが戻ってくる。
後方に居た連中が弓矢で攻撃してくるが、結界で阻まれる。剣を持った男が、ウミに倒されている。ウミは、軽く体当たりをした程度だが、かなりの距離吹き飛ばされている。
弓矢を持った奴も、俺に矢が届かない事を悟って、前に出ているウミに狙いを定めるが、動きについて行けない。
そのまま翻弄されて、1人、1人と倒されていく。スキル詠唱を諦めたのかスキルカードの詠唱を諦めた奴が俺に突っ込んでくる。
カイもライも動かない。
本当に、ウミだけにやらせるようだ。
弓を持った奴らが倒されて、残っているのは、5人だ。
「ライ。倒れているオークを拘束しろ。カイ。他に隠れているやつらを殲滅してこい」
そんな命令を出す時には、残っていた5人も倒されていた。
ウミが俺のところに帰ってきた。
「ライ。倒れている奴らを全員縛って1ヶ所に集めろ」
仕上げに入ろう。
スキル水を使う。
ついでにスキル氷を使って水を冷やしてやる。次に、スキル炎で水を熱くしてからぶっかける。
最後に、スキル風とスキル氷を併用して、冷風を拘束されている奴らに吹きかける。
「おい。起きろよ!」
「おおおおお、はははははななななせせせせせせ。おれれれれをををだれだととおもももっててている」
歯が噛み合わないのか、かわいそうに震えてしまっている。
温めてやろう。
「寒いようだな。温めてやろう」
何も言わない。本当に、寒いようだ。
「エリン。コイツら寒いようだから、ブレスで周りを温めてやれ!そうだな。ギリギリの結界を作られるか?」
「うん!わかった!やってみる!」
エリンが竜形態になる。
知らされていなかったのか?そんなにびっくりする事か?
結界を展開してから、ブレスを放つ。
エリンもうまく調整できるようになってきたようだ。
結界が壊れない程度の強さでブレスを放っている。ブレスが結界で阻まれるたびに安堵ともとれるオークの鳴き声が聞こえる。
訓練場のドアが開けられた。
「ツクモ様!」
「おぉシュナイダー老!どうした?」
ため息ともとれる声が聞こえた。
「ツクモ様。後は、儂らに任せてもらえないだろうか?」
「あぁいいぞ。そうだ、そこのプロイス・パウマンとシュイス・ヒュンメルは、去勢は必須だ。後は、殺すなりなんなり自由にしろ」
「はっ」
「あっそうだ。シュナイダー老。ミュルダや近隣の村で、幼い女児や男児が行方不明になったりした事は有るのか?」
「え?あっあります」
「この数ヶ月増えていないか?」
「・・・・増えております」
「そうか・・・こいつらの屋敷を調べろ、まだ間に合うかもしれない」
「はい!」
シュナイダー老は、後ろに控えていた連中に命令を出している。
生き残るのと、殺されているの・・・どっちがいいのだろう?俺にはわからない。わからないけど、生き残っていて欲しい。そうしたら、忘れるくらいに楽しい事を教えてやろう。記憶を司るスキルがあったはずだ。それでなんとかできるのなら、スキルカードを探そう。
「シュナイダー老。すまない。プロイス・パウマンとシュイス・ヒュンメルは殺さないでくれ、もし、子供の件で主犯だと認められたら、村々を回らせよう手足を縛って磔の状態にして・・・死ねないように、回復や治療を行おう」
自己満足なのだろう
他にやり方がわからない。シュナイダー老を見る。
「まずければ言ってくれ。俺を思っての助言なら聞く」
「いえ、ツクモ様。調査して手配いたします」
「あぁ頼む」
/*** カズト・ツクモ Side ***/
新領主のシュイス・ヒュンメルの屋敷からは、10歳以下の幼女が大量に見つかった。心が死んだ状態で・・・だ。肉体的にも死亡している者も存在していた。
そして、案の定プロイス・パウマンの屋敷から、心が壊れたり、本当に死んでしまった男児が見つかった。同時に、それらを調達していたのが、アトフィア教の獣人殲滅部隊であることが解る証拠も見つかった。
後始末を、シュナイダー老に任せた。
殺さないように苦しんでもらう事にした。当初は、磔状態で村々を回らせるつもりだったのだが、シュナイダー老が調べた結果。子供の親は生きていない事が判明した。アトフィア教の殲滅部隊の奴らは、子供をさらって、クズ共に売って活動資金を得ていた。さらう時に、最初は孤児を狙っていたのだが、孤児では数が足りなくなってきてからは、親を殺してから子供を攫うようになっていたようだ。
二人と冒険者は、俺の実験に付き合ってもらう事になった。場所は、ペネムダンジョンで行おうと思っている。
活動していた殲滅部隊の奴らを探させているが、既にミュルダを出てしまっていて、足取りを見つける事ができない。
生き残った子どもたちは、神殿区に作った療養施設で過ごしてもらう事にした。
子供たちの救済方法を、竜種に問い合わせたらレベル8記憶で、記憶を消す事ができるようだ。スキルカード自体が少なくて、使った者も少なく、実際に効果があるかは保証できないと言われた。可能性があるのなら、試したくなる。
俺たちが取得しているスキルカードを、スーンに調べさせたがレベル8記憶は無かった。
取りに行くにしても、あと10階層くらいは潜らないとならない。苦でもないが、その前にやることをやっておこう。
シュナイダー老は、約束通り、長老衆を率いて行政区に来た。
数日遅れて、リヒャルトも到着した。
そして、明日。
ペネム・ダンジョンを行政区の人間たちにお披露目をする事になった。
「クリス。ダンジョンはどんな様子だ?」
「カズトさん!あのね。サイレントヒルの大きさのフロアが、今10階層までできたよ。言われたとおりに、ペネム街をぐるっと廻る地下通路を作って小部屋もいろいろなサイズで作った。あと・・・居住区と宿区からすぐにダンジョン経由で来られるようにしたよ」
「おっありがとう。それじゃ、明日のダンジョン見学は大丈夫そうだな」
「うん。もうリーリアお姉ちゃんとオリヴィエお兄ちゃんと見てきた!」
「魔物はまだ出していないのか?」
「うん。カズトさんからの許可を貰ってからにしようと、ペネムと話して決めたの!」
胸を張る。クリスの頭をなでながら、ペネムに念話で話しかける。
『ペネム。実際どうだ?』
『クリスの言う状態で間違いないです』
『あと、魔物だけど出せそうか?』
『大丈夫です。1階層は魔物出さないで本当にいいのですか?』
『あぁ魔核は大量にあるからな』
『解りました、2-5階層は一度倒されたらもう出てこないようにして、あとは自然発生のみにする。本番は、6階層からという事でいいのですよね?』
『1階層は草原。2階層も草原。3階層は森林。4階層は森林。5階層は森林だよな?』
『はい。広さも同じになっています。天候/気温/日照/魔素濃度は地上部分とほぼ同じになっています』
『ありがとう。6階層目からの事は、また今度話そう。とりあえずは、5階層から入られる洞窟を作成しておいてくれ』
『仰せのままに!』
これで大丈夫だろう。
クリスを一通り褒めてから、最終確認を行う事にした。
まずは、転移門の確認を行う。居住区と宿区と獣人街の小屋に設定が完了している。
『ペネム。居住区と宿区から入る場合には、登録した魔力パターン以外は入られないのだよな?』
『はい。ダンジョンスキルでできるので、そうしております』
『反対はできるのか?』
『反対?・・・登録した魔力パターンの者は転移できない様にするのですか?』
『そうだ?できるか?』
『もちろんです』
話しを聞いていると、相当細かく設定できるようだ。
居住区と宿区に関しては、このままにした。小屋・・・商業区から入る場所に関しては、いきなり2階層目に飛ぶようにしてもらった。1階層目は、商業区と行政区で使う事にする。今、商業区と行政区は残すが、市場はダンジョン内に移動させる。市場への入場を転送門で行う事にする。行政区も同じだ。避難場所としてダンジョンを使う事にする。建物がまだ建てていないので、スーン達に頑張ってもらう事にしよう。これで、商業区の敷地問題も少しは緩和されるだろう。
リヒャルトたちが到着した事で、一気に商隊が増えた。増えた商隊を収めるために、街の外に商隊を留める場所を作ろうかと思ったが、市場が近いほうが便利だし、”ペネム公認商隊”には特権として商業区に屯所を作らせたほうがいいだろうと考えた。リヒャルトに相談したら、差別化にもつながるし、税金の納付先として商業区=ペネム街にするには丁度いいだろうという事だ。
ダンジョン内の第一階層はサイレントヒルと同じ広さがある。
適当な場所に、市場を構築する。転移門が自由に作られると、ここまで街作りが楽になるとは思わなかった。設置には、かなりの魔力が必要になるが維持するのにはそれほどかからないようだ。
魔核は、チアル・ダンジョンから運ばれてくるので今の所枯渇するとは思えない。
いずれ枯渇するのかもしれないが、そのときには、ペネム・ダンジョンが動き始めていればいい。大陸中の冒険者が集まるようになれば、自然と漏れ出す魔素だけでやっていけるようになるだろう。
小屋から入ることができる冒険者たちに公開する1階層は、街を作る事にしている。もちろん、冒険者が頑張って、今居る魔物を倒して階層を解放したらになるのだけどな。
ペネムに確認したら、俺が経験したような階層を越えた時に、アナウンスが流れるのはできないようだ。そのために、3階層に入るところで立て看板を用意する事にした。”1階層は魔物が出ないセーフエリアになりました”と・・・。誰かが、3階層に降りたら、2階層に配置している魔物を3階層に移動させる。
あとは、シュナイダー老やミュルダ老との話し合いになるが、ダンジョンの2階層に街を作って欲しいとお願いする。
さて、まずは、ミュルダ老とシュナイダー老とリヒャルトと獣人族の長や代表を集めて説明を行った。
かなり端折ったが、ペネム街の下にダンジョンができた。
転移門を今の所は、5箇所
・商業区に作った小屋から伸びた通路の先に2階層に入られる転移門
・居住区から1階層に入られる登録型の転移門
・宿区から1階層に入られる登録型の転移門
・行政区から1階層に入られる登録型の転移門
・商業区から1階層に入られる登録型の転移門
これらを実際に動かしながら説明する。
使い方は任せるといいながら、俺の腹案も合わせて伝えておく、ペネムの説明では、俺の眷属と繋がりがある魔物は転移門を自由に行き来できるようになる。俺たちはかなり移動が楽になる。
「ツクモ様」
シュナイダー老がなにかあるようだ。
「ん?なに?」
「転移門の設置がまだ可能なら、一部の者だけが使える転移門をミュルダとアンクラムとサラトガに作成できないでしょうか?」
「必要?」
「はい。領主や長老衆などを粛清してしまったために、街としての機能が果たせなくなる可能性があります」
「あぁそうか、形だけの代官をおいたとしても、目の届かなくなったら、プロイス・パウマンやシュイス・ヒュンメルの様になってしまうかもしれないという事だな」
皆が申し訳無さそうな顔をする。
「・・・はい。恥ずかしながら・・・」
「わかった。ただ、リヒャルト。商隊の利用は禁止するからな。お前個人ならいいけど、荷物を持った商隊は禁止。手荷物くらいならいいだろうが、それ以上はしっかり移動する事」
「解っている。”えすえー”や”ぴーえー”をしっかり使えってことだろ?」
「そうだ。お前の商隊が、ミュルダとアンクラムとサラトガに支店を作って、お前がそこに行くために使うのは許可しよう。それぐらいの特典はいいだろうからな」
「え?いいのか?それができるだけで、だいぶ違う!ツクモ様。できれば」
「そうだな。条件は4つの街とSAかPAに3店舗以上店を出す事にしようか。申請制にして、ミュルダ老とシュナイダー老には仕事が増えてしまうが頼むな」
「はっ」「・・・リヒャルト・・・お主も手伝えよ!」
確かに、お目付け役は必要だろう。
スーン達と獣人族の一部に頑張ってもらって、ダンジョン内街の建築に取り掛かる。ミュルダ老とシュナイダー老には、行政区の建築を頼む事にした。リヒャルトには市場を頼んだ。
後日、ゲラルトが到着して、職人区をペネム・ダンジョンの2階層に作る事になった。まだ、攻略されていないので、攻略後になるのだが、ダンジョンからの素材を買い取ったり加工したりするのに都合がいいという事だ。街の外観ができ始めてきたら、小屋から伸びる通路上の部屋は、各ギルドや行政区が使う事になる。
ゲラルト達ドワーフを竜族に紹介する。
行政区に来ている者たちだ。話をしていると、竜族としては自然と剥げ落ちた鱗は価値が無いものなので、自由に使っていい事になって、ドワーフ達が歓喜の雄叫びをあげていた。シュナイダー老から、市場がおかしくなるから、鱗のまま出荷するのはやめて欲しいと言われていた、この辺りの調整はシュナイダー老とゲラルトが行う事になった。
ゲラルトたちは、一般的な剣は防具を作る部隊と、生活用品を作る部隊と、俺の指示した物を作る部隊に分かれた。最後の部隊の最初の仕事は、俺に献納する剣を作る事だ。一本は、俺が持っていた拙い”刀作成の知識”を基にした日本刀を作ってもらう事になった。
ダンジョン公開に向けて、剣と防具も急ピッチで作っている。
生活用品に関しても同じだ。かなりの量が不足する事が想像できた。
--- そして、俺がペネム街に帰ってから1ヶ月
今日、ペネム・ダンジョンを一般公開する事になった。
ミュルダ老とシュナイダー老が後ろに立って、前でクリスが説明する事になった。
クリスを見つめる少年少女たちが居る。
ショルナ村からの人質として来ている子どもたちだ。他にも、前アンクラム領主の娘たち。名前は忘れてしまったが、サラトガからの難民に混じって保護を求めてきた、前サラトガ領主の息子だ。何か、仕事を下さいと懇願されたが、商業区や行政区を任せるには子供すぎる。だからといって冒険者にやらせるわけにはいかない。
ある程度の事情を話して、クリスの補佐をやらせる事にした。まだ子供だが、クリスと一緒に成長すれば、いいブレーンになってくれるだろう。見本となる大人が近くに居るからな。魔力がFに達していてスキルスロットがある者には”念話”を”黙って”付与した。
クリスの説明は、何度も何度も練習したのだろう。
滞りなく進んだ。
冒険者ギルドのギルド長は、熊族のロータル=リーロプが行う事に決っている。しかし、これは仮の処置で今後適正を見ながら適任者を探すことになっている。クリス達は、冒険者ギルド預かりとなる。
冒険者ギルドの規約は、解体したミュルダの冒険者ギルドとサラトガの冒険者ギルドから拝借した。職員に関しても身元確認と身体検査を行って問題ないと判断された者から雇った。
--- さらに2ヶ月
リヒャルトの商隊が回っていた集落や村々から、移民が集まりだした。
集落や村ごとの移住も思った以上に多かった。同時に、アトフィア教によって迫害されていた獣人族やハーフが、街の話を商隊に聞いて移住してきた。
ミュルダ老は、悲鳴に似た愚痴を日々つぶやいている。
宿区経由で、ログハウスに来て文句を言って帰る。シュナイダー老もだ。宿区は、すでに”宿”ではなく行政区や商業区の一部の者たちの別荘区となっている。
温泉施設を作ったことで拍車がかかった。行政区に住んでいた者たちがほとんどが宿区に移動してしまった。
実質の行政はペネム・ダンジョン内で行っている。空いてしまった建物を、商業区で店を開いていた人たちの住居兼事務所にするか?とリヒャルトに聞いたら二つ返事で賛成された。商業区が手狭になってきたのがその理由だ。ダンジョン内の街は、冒険者相手の店だけになっている。在庫や本店は商業区や自由区に作っている。出店感覚だ。本店機能として、商業区が必要になっていたのだ。
商隊や出店を、ダンジョン内にだした店には、冒険者から直接仕入れることもOKにしている。
冒険者が直接市場に持ち込むことはできない。市場に登録している商隊を使うしか無い。この辺りはまだ微調整が必要だと思ったが、まずは俺が決めたルールでやってもらうことにしている。
居住区は変わらない。チアル・ダンジョンに潜って得た物を市場に流している。
宿区は、ペネムで働く者たちの別荘になっているが、基本的には俺に忠誠を誓った者たちが住んでいる。俺がそうしろと言ったわけではないが、ミュルダ老やシュナイダー老たちが自主的に決めたことだ。
俺は、チアルダンジョンの攻略を行っていた。
七十九階層まで進むことができた。クリスが、ダンジョン区の運営や調整をペネムと相談しながら行っているので、チアルダンジョン攻略には連れて行っていない。
攻略は、俺。カイ。ウミ。ライ。リーリア。オリヴィエ。エリン。の布陣だ。階層踏破のための道が見つけられなくて、なかなか階層を降りることができない以外の問題はない。楽しく、魔物を倒しながら攻略していくことにした。
七十九階層まで進んだが、目的の記憶スキルがでてこない。レベル8のスキルカードもでてきているが、俺が聞いている”偽装”や”完全地図”や”記憶”のスキルカードはかなりのレアなのかでてこない。ここまで深い階層だと、魔蟲でも限られた者しか入ってこられない。それがスキルカードが集まらない理由にもなっている。
ここまで深い階層でも、でてくるスキルカードは他のレベルの上位版だけだ。困ったことに、レベル8なんて使いみちが無い・・・と思っていた。
価値的には1千万程度になるのだが、両替もできなければ使い所も限られてしまう。死蔵に一直線だったレベル8のスキルカードだが、レベルの低い魔核に付与すると使用回数が多くなることがわかって、俺以外が魔核にスキルカードを付与する時に積極的に使ってもらうことにした。リヒャルトやシュナイダー老からはすごく反対されたが、ゲラルトたちは喜んで協力してくれた。
神殿区も大きく様変わりした。神殿と”クズどもに心を壊された子どもたちの保護施設”がある。神殿には獣人族の巡礼者が訪れる。巡礼者を受け入れるために宿や商店ができ始めている。
保護施設の子どもたちの情報はレポートとして俺にだけ届けられている。”喋った”とか”笑った”などの小さな変化が届けられる。しかし、夜になると震えたりなにかに怯える状態が続いている記憶を消しても心の傷は治らないかもしれない。
/*** アトフィア教 総本山 ***/
「向かった者たちが帰ってきたのか?」
「はい・・・」
「どうした?」
立派なローブをまとった男が、跪いて居る男を問い詰める。
男の報告を聞いた立派なローブをまとった男は、手に持っていたカップを側に控えていた侍女に向かって投げてしまった。
「すまぬ。そち達を叱ったわけではないのだぞ、あぁそうだ。後で、儂の部屋に来なさい。慰めを施してあげよう」
立派なローブをまとった男は、跪いている男に向けるのとは違う顔で、侍女たちを舐めるように見てから告げた。
「お前が、くだらない報告をするからだ!解っているのか!」
「はっはい。教皇様にはお耳汚しでした。申し訳ありません」
「この件は、お主に任せる。人族以外が支配する場所が有ってはならない!わかるよな!」
「はっ!」
教皇と呼ばれた男は、侍女の腰に手を回してから立ち上がって部屋を出ていく
残された男は、口元に笑みを浮かべながら立ち上がった
(愚物が!しかし、教皇は教皇だ!あの街を手に入れて、俺が好きにできれば、俺が枢機卿に・・・いや、教皇になることも夢ではない!)
男は、教皇と呼ばれた男に大事なことを説明していない。聞かれなかったから答えなかったと言い逃れできるようにしているのだが、もし聞かれていてもミスリードするように報告するつもりでいた。
獣人族の街。ペネム。既に、サラトガとミュルダとアンクラムを支配下においているのは間違いない。仕切っているのは、獣人族だそれだけではなく、ハーフも多数報告されている。街だけではなく、近隣の村々や集落を取り込んで大きくなっている。アトフィア教を徹底的に排除している。
そして、アトフィア教として許せないことが、獣人族が人族を支配している構図になっている。この報告だけで、近視眼的な輩は動き出すだろう。
報告しなかったのは、ダンジョンが存在していること。スキルカードが大量に出回っていること・・・そして、治療が使えるハーフが存在すること・・・回復を持った人族が存在していること。
(スキル回復が使える者を、俺が保護して、聖女認定する)
(それだけで俺の発言力は枢機卿を上回るかもしれない。同時に、スキル治療が使える者も支配できれば・・・笑いが止まらない)
(あとは、教会内部のバカどもに情報流して・・・)
(教皇からの”お主に任せる”この言葉をいただけた)
(聖人たちを動かすこともできる。まずは、討伐隊の派遣からだろうな)
(クックククク。楽しいことになりそうだ)
男は、部屋の中に居た執事風の男から渡された、公式文章を読んでサインをした。
ペネム街のことは”お主に任せる”の、一文がある事を確認している。ほかはどうでもいい。男が叱責されたことなども書かれている。叱責された事実は、減点になるのだが、男はそれ以上にか輝かしい未来を夢見ている。
サインした物を執事風の男に渡して、部屋を出る。
これで、先程の文章が公式発表されることになる。
/*** カズト・ツクモ Side ***/
ペネム・ダンジョンが正式オープンして、3階層を突破したと、クリスから連絡が入った。そろそろ、6階層・・・実質の7階層以下を作らないとならないだろう。
俺が進めていたチアルダンジョンの攻略は七十九階層で止まってしまっている。
意図して止めているわけではない。
ログハウスを一日留守にすると、翌日に決裁が必要な案件/書類が”嫌味”なのか大量に置かれている。しばらく無視していたら、しっかりたまり続けて行く。
俺は楽がしたい。そもそも、13歳の子供が行う仕事量ではない。ミュルダ老とシュナイダー老と各長たちと話し合いを行って、アンクラム/ミュルダ/サラトガの最低限の支配と流通路が整備されるまでは俺が決裁することになった。
その後は、支配した地域の代官たちを交えて話し合いが行われることになった。
今日は、クリスとペネムがログハウスに来ることになっている。
すごく自由なダンジョンコアだ、宿区までダンジョンの一部だけとはいえ伸ばしているので、このくらいの距離なら問題はないと言っている。
クリスとクリスの部下達には、俺の執務室になっている部屋に来てもらうことになった。俺の意見をクリスに伝えて、あとはクリスとペネムで協議してもらう形になった。
「クリス。ダンジョン内のことはだいたい把握できるってことだよな?」
「はい。大丈夫です」
「それなら、収支に関しても考えておいてくれよ」
「収支?」
クリスに簡単に説明する。
ダンジョンの収入とは、”魔素”である。魔物が倒されたり、冒険者が死んだりした時に、魔素が空気中に漂うことになる。これを、ダンジョンが吸収することで、ダンジョンは活動が魔物を産んだり、ダンジョンを拡張したりすることができる。
魔物や人は死んだりしなくても生存しているだけで、微々たるものだが魔素が漏れている。漏れ出た魔素を吸収することができる。
今、常時ダンジョン内には、1,000人程度が入っている。これでは、広さと転移門は維持できない。
ペネム・ダンジョンの維持には、チアル・ダンジョン産で市場に出せないと言われているレベルの魔核を与えている。拡張作業も行っていくので、ペネムに感覚的で構わないから、どのくらい必要なのかをクリスに報告するように言っておいた。
「わかりました。それで、7階層からはどうしましょうか?」
「あぁこんな感じにできないか?ペネムに確認してもらいたい」
俺の考えを説明した。
冒険者達が考える5階層には、地下に入る入口がいくつか存在させる。これなら、洞窟風のダンジョンや地下に一部屋しかないようなダンジョンを作ることができる。
「カズトさん。まずは、どうします?洞窟が続くようなダンジョンを何個か作りますか?」
「そうだな。サラトガダンジョンくらいの広さのダンジョンを3~4個くらい用意しよう。一つは、ゴブリンやコボルトだけしか出てこないダンジョンで、5階層くらいかな」
「それは?」
「6階層の入口の近くに作る。初心者向けダンジョンだな」
それから、冒険者が6階層に到達したら、2階層に転移門を作ってもらう。作成場所は、外から入ってくる転移門から歩いて1日くらいの距離だ。外から入ってきた場所には、冒険者向けの街が形成されつつ有る。その街を抜けた先ということになる。街で休んでから、転移門に向かうように習慣づけることにしている。そのうち、移動手段を持ち込むだろう。そうなったら、レールをひいてトロッコを走らせてもいいかもしれない。
2階層にできる転移門は、3階層/4階層/5階層に行けるようになっている。
最終的に、3階層と4階層は、農業や漁業や畜産が行えないか考えている。ペネムに俺の知識を渡したことで、かなりのことができるようになったようだ。もちろん、地球での知識だが、ペネムは地球産の知識と前ダンジョン・マスターの知識を融合させた。
ダンジョン内に海を作ることもできるようだ。それと、俺がやり込んだゲームの魔物たちの再現にも成功している。定番魔物から、少しじゃなくマニアックな物まで多数だ。フロアボス候補には、”狩りゲーム”の魔獣たちが選ばれた。
初心者向けのダンジョンをいくつか用意する。
素材採取とかにも使えるようにする。地形や環境も変えてある。商業区には5階層に店を出すことは禁止している。ダンジョンから魔物が出てくる可能性があるからだ。初心者ダンジョン程度の魔物なら困らないが、中級者や上級者向けのダンジョンから魔物が溢れ出たら対処に困ってしまうからだ。
「カズトさん。どのくらい作ればいい?」
「それこそ、収支を考えながらだな。ダンジョン内ダンジョンが増えれば、それだけ人が増えるってわけじゃなさそうだからな」
「わかった、初心者向けが全部攻略されたら、次のダンジョンを作るようにする」
「そうだな。クリス。それでいい。難易度調整とかは、クリスのブレーンたちと話し合って決めてもいいからな」
「え?でもいいの?」
「いいよ。今更だろう?それにクリスから隷属スキルを受けたのだろう?」
「うん。カズトさんの話をして、僕がカズトさんの眷属になったことを話したら、自分たちは、僕についていきたいと・・・」
そう、クリスがダンジョンの管理をする条件が俺の眷属になることだった。条件をいい出したのは、ライの眷属たちだった。それに、クリスが乗りかかった。眷属になったら、結婚しないぞ?と言ったのだが、魔物の血なのだろうか・・・クリスは眷属になる事を選んだ。クリスが俺の眷属になったことは、ミュルダ老とクリスを補佐することになっている子どもたちしか知らない。
その子どもたちは、共通点があった。
親を、直接的/間接的に俺が殺していることだ。
クリスに関しては、殺していないが殺したようなものだ。サラトガ領主も同じで、俺がダンジョン攻略を行ってペネムを持ち出したことで、サラトガが機能しなくなって自害した。アンクラムはリーリアを使って動かしたことが引き金になっている。ショナル村の6人の子供たちの親はアンクラムがブルーフォレストに攻め込んできた時に徴兵された。父親は帰ってこない。母親もアンクラムで死んだと言われたということだ。
仕事が欲しいと言ってきた理由も”ここ”でしか生きられないと思っていたからのようだ。
俺やクリスに対して叛意がない事を示したいということだった。俺は、別に構わないと思っていたのだが、クリスが”隷属スキル”を使いたいといい出したのだ。皆と相談して決めたということだ。
クリスが強要していたら、クリスの眷属も外すことになると話したが、全員の意思だと言われた。クリスに”隷属スキル”固定した。そして、クリスは、9名の子供の主人となった。
「彼らなら問題ない。それよりも、彼らのスキルに関しても見直すのならできる限り協力するからな」
偶然なのか・・・ご都合主義なのか・・・多分、後者なのだろうけど、彼らの中に”純粋な人族”は居なかった。
村の子供に関しては、全員が獣人族だ。父親は、人族だという話だが、母親が獣人族だ、そのために、ブルーフォレストに攻め込む時の盾になる隊に組み込まれてしまった。人質として母親もアンクラムのアトフィア教で預かることになってしまったのだ。
アンクラム領主の娘は、長女は人族に見えるハーフで、次女は獣人族だ。母親が、獣人族のハーフだったという話だ。母親は、次女を産んでから、病気で死んでしまったようだ(リヒャルトがアンクラムを回っている時に”領主の嫁はアトフィア教の奴らに粛清された”と噂が流れていると言っていた)。
サラトガの領主の息子は、クリス似たような境遇のようだ。ドリュアスと人族のクォーターだという話だ。彼は自分の事情は正確に知っていた。
そして、彼らはクリスの秘密を知って、クリスに従うと言ってきた。
眷属化ではなく、隷属化を選んだのは彼らだ。
「カズトさん。ありがとうございます」
クリスは、執務室から退出して自分に与えられた部屋に戻るようだ。
ダンジョンの方向性がまとまったら相談に来るということだ。
ペネム・ダンジョンの運営は、クリスたちに任せることになる。
最終的には、俺まで承認が上がってくるのだが承認プロセスは、絶対に必要だと皆から言われてしまった。
そのダンジョン攻略はイサークたちが、5階層(実質的な6階層)に到達した。彼らには、クリスを通じて情報が流れている。攻略組のトップを走ってもらっている。調整がやりやすいということもあるが、彼らは本当にトップクラスの実力者だったのだ。
そのイサーク達は宿区には住んでいない。自由区に居を構えている。
理由をイサークに聞いたら・・・
彼らが押した新領主が俺に迷惑をかけた事を気にしているようだ。
気にするなとは言ったのだが、けじめだとか言って自由区にパーティのホームを作って、そこからダンジョンに潜っている。ナーシャに関しては、時々宿区にあるクリスの家に遊びに行っているようだ。
ダンジョン内ダンジョンの入口も見つかった。
続々と攻略者が出てくる。そうなると、ダンジョンの中も外も活気づいていく。転移門も出現させているので、移動時間もかなり短縮されることになった。
ダンジョンらしい素材や魔核やスキルカードが手に入るようになってきた。
クリス達の報酬は、ダンジョンに入った冒険者の数で決定することになった。
日単位で区切って、入場した人数で報酬を支払う。1万人入場したら、レベル4が一枚。日本円だと1,000円とした。もっと出しても良かったのだが、行政区で話し合いが持たれて決められた。ペネムの街からダンジョンに入るのには、レベル3が3枚と決められた。これを使ってペネムの街は公共事業を行うことになる。
これで後は人が集まってくれば街が回りだすだろう。
ペネムの街と居住区だけでは回すのは少し不安だったのだが、ペネム・ダンジョンができて、アンクラム/ミュルダ/サラトガの街が協力的になってくれている。領主は既に居なくなって、代官という役職の者が居るだけだが、代官に月に一度はペネムの街に集まることが約束されている。SAやPAの長も同じだ。
SAやPAを管理している者が、エントやドリュアスだった場合には、裏切る心配が無いために、月一度の会議への出席は免除されている。ミュルダ老には告げてあるが、半年を目処にSA/PAから代官としてのエントとドリュアスは戻すことにしている。それまでに、代官が決まらないSA/PAは決まるまで封鎖することにしている。
ミュルダ老だけではなく、リヒャルトも各方面に走り回っていた。各地で、商隊を引退した人や、宿屋をやっている人たちをスカウトしてきていた。
月1の会議には俺も出席することになっている。もちろんクリスも出席している。
会議では、各街の状況報告が行われる。
要望や要請が行われて、それに付いて議論される。最終決定権は俺にあるが、議論された結果を尊重して許諾することにしている。
ミュルダは、食品や加工された食品を扱うことが決定している。
サラトガは、武器や防具を主な商材にする。
アンクラムは、道具を主な商材にする。
もちろん、それ以外を扱えなくしているわけではなく、外部から来る人にわかりやすいようにするためだ。
元々の街の住民たちも落ち着きを取り戻しつつある。アトフィア教の信者たちは、ペネムの影響が大きくなればなるほど居づらくなって出ていく傾向にある。何度は、徒党を組んで代官を襲撃したりもしていたのだが、代官は転移門を使って逃げ出して無事。襲撃者たちは、謎の失踪となっている。
実際には、魔蟲達が交代で見張っているので、襲撃者を捕らえて、ペネム・ダンジョンの中に作られた実験室に送り込まれている。実験体として有意義に使っている。
実験も長期観察実験が多くなってきてしまっているので、なかなか結果を出せないでいる。
今は、交配実験を行っていない。
力を入れて実験しているのは、治療と回復とそれらをスキルに付けた場合やポーションを作る実験だ。
こんな世界だから、回復ポーションがしっかり系統立ててあるのかと思ったが、スキルカードがあれば誰でも”治療”や”回復”が使えるので、ポーションは発達していない分野だ。だからというわけでは無いが、気楽に考えて、気長に実験していくことにした。幸いなことに、実験に必要な”被験者”は大量に捕らえることができている。
今日も、11名がサラトガで捕らえられた、明日には実験室に送り込まれるだろう。
部屋が足りているか考える必要がありそうだな。
/*** カズト・ツクモ Side ***/
公開から1年と数ヶ月が過ぎていた。
ペネム・ダンジョンを公開してから、街は大いに発展した。
表向きには、アンクラム-ミュルダ-サラトガの元街を含む、サイレントヒル地域全般をさして”ペネム街”と呼ぶようになっている。
各元街は、アンクラム区やミュルダ区やサラトガ区と呼ばれるようになった。SAやPAは、そのまま数字で呼び名を付けていたが、それぞれに名前を着けて欲しいという要望が上がってきた。
SAが21箇所。PAが18箇所。ダンジョン内にできた街/集落が14箇所。全部を命名することになった。最初、代官の名前をそのままと提案したら、全会一致で反対された。
俺の味方であるはずの、リーリアやオリヴィエやエリンまでもが反対に回ってしまった。
決定的だったのは、カイからの
『主様の街だから、主様が命名すべき』
だった。
カイに言われたのならしょうがない。
21+18+14=53?
よし、東海道五十三次を使おう。
スーンに命令して、各SA/PA/ダンジョン街と集落までの距離を測らせる。ダンジョン内は入口の転移門からの距離とした。
そして、近い場所から、”シナガワ”・”カワサキ”・”カナガワ”・”ホドガヤ”と名付けした。最後の”オオツ”まで命名してやっと終わった。
名前着けるだけなら”街の名前はこうだからね”で終わるのだが、代官からの要望で、俺に来てもらって宣言して欲しいということだ。ついでに53箇所+3つの街を渡り歩くことになった。
今後は、代官が変わるたびに、行政区で”汝xxxを、xxxの代官に命ずる”っと任命式を行うことになった。
俺がやらないでも・・・と抵抗を試みたが、却下されてしまった。俺がやることに意味が有るのだと言っていた。
それ以外でも小さな変化はある。
神殿区にコルッカ教の教会ができた。
最初は、行政区の中に作りたいと言ってきたのだが、意味合いが変わって来そうだし、街の宗教として認めたわけではなかったので、却下した。同じく、商業区も却下した。自由区は、教会を作っても良いが布教活動は禁止した。
教会の関係者が面会に来た時に、心を壊してしまった子どもたちのケアを任せてもらえないかと言ってきた。
教会としてはこれまでも、アトフィア教の実験で産まれた子どもたちを保護してきた実績があり、また俺が保護した子どもたちのように、玩具のように扱われた子どもたちを救い出して保護している部署もあるのだと言ってた。
最初は、コルッカ教の総本山につれていくと言っていたが、拒否した。俺の中では、コルッカ教と言わないが、宗教を信じられる状況に至っていないためだ。
そこで妥協案として提示されたのが、子どもたちが保護されている近くに、コルッカ教の教会を作って、司祭を派遣するということだ。神殿区から子どもたちを移動させることも考えたが、やっと一部の子どもたちが、神殿区に居る獣人族に心を開き始めた、そんな状態なのに移動するのは得策ではないという判断をした。
教会を作るのは許可を出したが、布教活動は禁止した。それでも構わないということだった。
大きく変わったのは俺の承認案件が減ったことだ。
代官の任命式のような式典は執り行われるが、基本的に、俺のスケジュールに合わせてくれる。数ヶ月程度なら伸ばせる。任命式前でも代官補佐や代官代理の名目で代官の代わりを行うことができるので困らないと言っている。ただ、モチベーション確保のために、任命式は行うことになる。
月一度の、全代官の会議への出席は続けているが、スーン/リーリア/オリヴィエが俺の代理として出席することになった。提案したら、すんなりと了承された。さすがに、エリンはちょっと・・・という雰囲気が出たので止めておくことにした。
会議への俺の出席が免除されたのは重要な案件が減ってきたこともあるが、レベル8記憶スキルが見つかったことが大きい。
このスキルは記憶の操作はできるのだが、子どもたちには使えないことがわかった。確かに記憶は消せるのだが、消す記憶を指定できないことがわかった。実験でわかったのだが、大きな問題として利用者本人の記憶にしか作用しない。
しかし、”記憶”=録音/録画ができることがわかったのだ。
会議の状況を記憶することができる。利用者が記憶を消すのではなく、記憶を魔核に保存することができるのだ。記憶のコピーと読んでいるのだが、利用者の記憶をスキル開始時点から終了時点まで保存することができる。
また、記憶を保存した魔核に再度スキル記憶を使用することで、記憶の再生ができる。
そういう性質を持つスキルなので、魔核に固定するのにはすごく相性がいい。保存と再生ができるのだ。試しに使った物で会議を保存して再生できてしまった。そして、重要なのはその後保存された記憶を他の魔核に複写することができるのだ。したがって、会議はレベル8相当の魔核を使った道具で保存を行って、保存ようの魔核に複写する。そして、本体の記憶は綺麗に削除する。
代官会議の内容は、冒頭から終了までが保存されることになる。
俺が出席していなくても、重要議題がでたときには、後で記憶を確認することができる。そのために、俺が出席していなくても問題は無いと判断されているのだ。
いろいろなことから開放された俺は約二年に及ぶ激務から開放された事に喜びを感じていた。
ペネム・ダンジョン内に作った海から得た”にがり”で作った豆腐を食べていると、足元に丸くなっていたカイが起き出して今日の行動を聞いてきた。
『主様。今日はどういたしますか?』
取り立てて急務はない。
街は安定してきたことが大きい。
経済的なことでの問題は”ほぼ”発生していない。スラム街の様な物ができ始めていたが、仕事の受け方を教えたところ問題は解決した。街で問題になっているのは、ペネム・チルドレンと呼ばれ始めている子どもたちだ。ペネム・ダンジョンが難易度の調整ができているからといって、冒険者の死亡者が”0”になることはない。多い時では、100名/日以上の死者が出る。単身者なら問題は無いが、そうでない場合には父親を亡くした家族ができることになる。子供だけが残された場合には、孤児院に迎い入れてしまえば問題はほぼ解決する。
片親になってしまった時に、子供が母親を助けようと働きたいといい出して、それを騙して使うような輩が出てきていることだ。
酷い者になると、商隊を装って子供を丁稚として連れていき、別の街で奴隷商に引き渡している例まで存在した。その業者は、立ち直れないくらいに叩き潰した。自由区まで出入りしていた商隊に自由区ですべての街の出禁を言い渡した。もちろん、自由区に持っていたホームも没収し財産も取り押さえた。それでも怒りが収まらなかったので、街の領域を出たところで魔蟲に捕らえさせて、実験区送りにした。奴隷として売られた子どもたちの3割くらいは見つけることができたが・・・。
片親の子どもは孤児院にいれるのは違うし、優遇措置をあまり取るのもダメだろうということで、子供向けの仕事を作ることにした。
子供の仕事と言えば、勉強だろと思い、学校を作ることにした。親に確認を取りながらの手探りだったが、朝学校に来れば朝食が食べられる。夕方まで勉強していれば、夕飯が食べられる。しかし、昼ごはんは有料にした。
親からの評判はすこぶるいい。子供の食費が浮くのだ。それだけではなく、計算や文字の読み書きを教えられる。学校は、成人するまでなら通えるようにしてある。
学校の運営資金は、商隊からの寄付や街からの補填と、俺からの寄付だ。その他として、没収した商隊の資産も投入されている。
「そうだな・・・学校を見に行くか?」
『かしこまりました。主様。ウミとライも一緒でいいですか?』
「あっその前に、ペネム・ダンジョンに行こう。新しい、ダンジョンが発見されたとか言っていたからな」
『ダンジョンに入るのなら、リーリアとオリヴィエとエリンを連れていきますか?』
「必要ない。覗きに行くだけだからな」
『わかりました』
俺の部屋・・・居住場所は、変わっていない。
洞窟の中だ。やはり、最初に作った場所だけ有って、愛着も有るし落ち着くのだ。内装や家具類はかなり変わっているのだが、それでも”俺の部屋”だと認識できる。ログハウスは仕事場の様に感じてしまうのだ。
居住場所には、基本的にウミとカイとライと、ドリュアスかエントの俺の身の回りを世話する者しか居ない。
リーリアが身の回りの世話をするといい出したのだが、エントとドリュアスがそれは自分たちの仕事だと譲らなかった。リーリアとオリヴィエとエリンは、ログハウスに部屋を作ってそちらを拠点にすることが決定した。
俺が洞窟に籠もっている時に来客が有った場合の対応を任せている。俺の名代というわけだ。
カイが、ウミとライを連れてきた。
『カズ兄。どこ行くの?』
「あぁペネムの様子を見に行こうと思ってな」
『わかった!』
ひとまず、ログハウスに向かう。ログハウスから、宿区にある転移門に向かうことにする。
宿区の転移門の利用者は関係者だけになっているので、使う者は少ない。商業区の転移門では朝は少なからず待ち行列ができるようだ。ダンジョン内の街で働いている人や冒険者がダンジョンに入るために並んでいるのだ。
俺の存在は隠されている。
上層部と代官しか知らない・・・ことになっている。
ダンジョン内の街や商業区や自由区では、公然の秘密になってしまっている。どっかの冒険者をやっている白狼族の元巫女が俺のことを話してしまったのだ。そいつには、1ヶ月間甘い物の買い食い禁止を街中に伝達した。
自由区や商業区やダンジョン内街ではその通達が守られることになる。子供を使って甘い物を買おうとしたことも有ったようだが、店主側が子供が持つには多額のスキルカードを気にして聞いたところ、関与が認められ、罰の期間が延長された。
クリスの家に入り浸っていたが、クリスにも”ナーシャ”には甘い物を提供するなと厳命したので、出されることは無かった。
そんなこともあって、俺のことは”知らないことになっている”状態だ。だから、ダンジョンに入ろうとしても、5階層までは許可されているが、それから下層には行けない。成人になっていないので当然の処置だ。
街の様子を眺めながら、カイとウミとライと移動する。
新しくできたダンジョンは、クリスの説明では10階層ほどのダンジョンだが、階層ごとに階層主が存在している。トカゲ系の魔物が大半を占めているとの話だ。毒や麻痺持ちの魔物も産まれているらしいので、それらの対策がうまくいくかどうかが攻略の鍵になってくるだろう。
素材としても優秀な物が多くなりそうだと話していた。
2階層の街を歩いていると方方から声がかけられる。感謝しているのは解るが、それは仕事で返してくれればいい。串焼きや飲み物を買って街を散策する。本当に、大きくなった。当初は、宿屋と商店が一つだけだった。それが、ミュルダと同じくらいになっている。人口も多くなってきているのが解る。移動する人数も多いが、住民登録を行うことを義務付けたことで、人口がはっきりと導き出された。
すべての街の合計が、37.51万人になっている中心の行政区/商業区/自由区の合計は、約7万人にもなっている。
リヒャルトが言うには、この大陸では1番大きな街になっている。
人口が爆発的に増えたのは、獣人族が集まってきたり、集落ごと移住を希望してきたりする場合が多かったためだ。新しく移住してきた獣人族は、ダンジョン内に集落を作ってもらうことにした。
6階層に降りた。
ここは、冒険者たちの街になっている。宿屋は少ないが、商店が沢山店を出している。買い取り専用の店を出しているところもある。冒険者の中には、俺のことを知らない者も居るので、歩いて挨拶されたり声をかけられたりすることが少ない。
ただそうなると・・・
「おい。餓鬼!お前の様な餓鬼が来るところじゃねぇ!さっさと帰りな!」
親切心だと思いたいが、こういう輩が多い。
リーリアやエリンを連れてこなくなっている理由もこれだ。彼女たちが居ると、絡まれる率が上がるのだ。
絡まれたときの対処は、地球の日本に居た時とさほど変わりはない。
無視すれば付け上がって余計に絡まれる。
正論を言えば逆ギレされて余計に絡まれる。
したがって、取るべき方法は相手よりも理不尽なほどの権力をかざすか、適当な答えを用意するのかだ。個人的には、後者を取ることが多かった。前者では、相手にさらなる権力行使をあたえる口実を与えてしまうからだ。
「荷物を渡したら帰りますよ」
嘘でもなんでもいい。
これで十分なのだ。無駄に抵抗するよりも、相手に従っているように見せるのが話が早い。
今日も何度か絡まれた。
ただ、最近変わってきたのが、冒険者ではなく商人の中で俺のことを知っている者が増えてきて、俺に注意した冒険者に忠告する者たちが出始めたのだ。
そして・・・
帰ろうとしているところで、絡んできた冒険者は、言葉を全部言い終える前に
「・・・二匹のフォレストキャットとスライムを連れた子供・・・あっ失礼しました。それではお気をつけて!!」
と、地面に頭を着けるのでないかと思えるくらいに頭を下げてから、来た方向にダッシュで帰っていった。
うーん。
まぁ絡まれなくなったからよかったのかな?
/*** カズト・ツクモ Side ***/
学校施設に向かう。
作られた学校は、自由区の中では1番大きな建物になっている。
学校に到着すると、ミュルダ老が待っていた。
少し慌てた様子で俺の所に駆け寄ってきた。
「ツクモ様。何か有りましたか?」
スーンにでも聞いたのか?
「ん?なんでもない。学校がしっかり回っていると聞いたから見てみたくなっただけだ」
明らかに安堵した表情になる。
そうか・・・俺は、出資者って事になるのか?でも、俺の命令で作ったのだよな?
「ありがとうございます。もう学校は、ペネム街になくてはならない施設になっていまして・・・」
ホォそうなのか?
「あぁ大丈夫だ。別に取りやめようとは思っていないからな。でも、そこまで必要なのか?」
「あっはい。最初は、失礼ながら”学校”が必要だとは思っていませんでした。それも、授業も無料だし、朝と夕方には食事も提供するとおっしゃっていました」
この世界にも学校はある。
別の大陸になるが、学校だけの街があるそうだ。でも、基本的に学校は有料で、ある程度のスキルカードを支払わないと受け入れてくれないようだ。だからというわけではないが、学校に通えるのは、一部の裕福な者に限られてしまっている。
反対に、俺が作った学校は、ペネム街の住民なら、成人前なら何歳からでも通える。
授業内容は、本当にいろいろだ。1週間くらいまえに発表されて、それに申し込みを行う形にしている。何を受けるのかは個々の自由にしている。計算を行う授業や読み書きを行う授業は、人気があるので多く行うようになっている。難易度も違っているし、同じ内容を繰り返し行うので、できるまで何度でも受ける事ができる。
1番人気は”朝ごはん”の時間だ。
朝ごはんは、一限目の授業を受けた証明書を食堂に持っていけば食べられる。
ビッフェ形式にしている。好きなだけ食べていいが、残したら”罰”としてトイレ掃除や授業の手伝いをしなければならない事になっている。無理に沢山取らなくても、毎日学校に来ればお腹いっぱい食べられると解ってからは、残す者は少なくなってきたそうだ。
夕ご飯は、昼過ぎの授業を2つ受ければ食べられる様にした。
したがって、朝と昼過ぎには子供が殺到する。
授業もなるべく基礎から学べるようにしている。
「そうだよな」
苦笑で返すしか無い。
俺が無料で提供したのは、給食を知っているからだ。給食は有料だが、行政から補填が入っている。だったら、無料にしてしまってもいいだろうと思ったからだ。
そして、腹を満たしていれば、悪い方向に進む子供を多少でも減らせると考えたからだ。計算と読み書きができれば、成人してからも商隊に入ったりする事ができるだろう。リヒャルトが最低限ここまでできれば合格と教えてくれたラインは確保させようと思っている。
ただ、無理矢理教えてもしょうがないとも考えていて、授業は自由にうけさせる事にした。
日本人なら子供の時に、親から言われた事があるだろう
”子供は勉強するのが仕事”
このセリフを聞いた時に、子供ながらに、”仕事なら勉強したら給料くれよ”と思った・・・我ながら、可愛く素直な子供だったと思う。異論は認めない。
そんなわけで、子供が勉強したのなら、仕事として認めて、賃金を払ってあげようと考えたのだ。ただスキルカードを渡したら、親や悪い連中が搾取する可能性がある。だったら、子供が喜ぶ事・・・お腹いっぱい好きな物を食べる・・・を、実現してみたらどうだろうと考えたのだ。
「えぇ学校で、読み書きと計算を習った子供が、成人して商隊や商店に勤めだしたのですが、それで問い合わせが殺到して、学校での成績次第ではすぐに雇うから成人する前に教えてくれ・・・と」
「そんな問い合わせがあるのだな」
「はい」
「それで、どうしている?」
「あっ問い合わせには、答えられないと返答しています」
「そうか、スキルカードや食材とかでサポートしてくれている商隊や商店には流していいと思うぞ」
「わかりました。校長と協議いたします」
「そうだな。頼む」
成績と言っているが、履修した授業を一覧にしているだけだ。しっかり覚えたのかを証明する物ではない。
この世界の学校ではどうしているのかと聞いたら、そもそも成績という概念がなく、学校を卒業した事を証明するだけのようだ。
「ツクモ様。本日はどういたしましょう?校長に案内させますか?」
「そこまでは必要ない。そうだ!学校に、ダンジョンモドキを作ったよな?あれどうなっている?」
学校からの要請で、魔物が出ないダンジョンの様な物が欲しいと言われた。
話を聞くと、サラトガダンジョンの様な物が2階層ほどであれば授業でダンジョン探索を教えられるという事だ。意味有る事なので、早速ライと相談して作る事にした経緯がある。
調子に乗って、5階層になる大作を作成してしまった。
「子どもたちにダンジョン体験させるために使っています」
「そうか、使えているのならよかった」
せっかく来てもらったミュルダ老には悪いけど、別に視察という意味合いは無いし、ここで帰ってもらう事にした。
俺は、カイとウミとライを連れて、学園内をプラプラする事にした。
ダンジョンモドキを見に行った所、授業で使っている様子だ。罠の見つけ方を教えているようだ。
教室の方を見に行くと、小学1-2年生レベルの計算を教えていた。学校の目標としては、2桁の足し算引き算が暗算でできるようになることだと言っていた。掛け算や割り算はその上で、商隊や商人を目指す者たち向けの授業になっている。
スキルカードの授業も行われている。潤沢とは言えないが、低レベルのスキルカードなら入手の目処は立っている。授業で好きに使っていいと伝えてある。使い方に関しては、親から教えられたり、教会で教えられる以外は独学で学んでいるらしい。そのために、独自の方法が編み出されては消えているのが状況だ。冒険者も、他人が使っている方法を見て学んだという者がほとんどだ。
学校では、スキルカードの使い方を含めてまとめさせている。授業で教えるためという事もあるが、それ以上に冒険者に告知するためだ。せっかくだからできるだけ安全にダンジョンアタックをして欲しい。
食堂は、今の時間帯は空いている。
授業をやっているから当然なのだろう。入口で、今日提供されている料理が一覧で表示されている。
お盆とお皿を持って、あとは好きな物を好きなだけ取ればいい。一度ではなく何度でも取りにいけるようにしている。お盆とお皿を受け取る時に、授業をうけたという印を提示するだけでいいのだ、もちろんスキルカードを支払えば大人でも食べる事ができる。
値段設定は少し高めにしている。そうしないと、自由区にある食堂が発展しないからだ。
「カイ。ウミ。ライ。何か、食べてから帰るか?」
魔物の分も1人と換算するので、食堂の入口でスキルカードを4人分支払って中に入る。魔物の入場もOKになっている。席は限られるが、専用の席がある。
カイやウミに食べたい物を聞きながら皿に盛っていく、ライは基本的になんでもOKだから、俺と一緒の物にする。
席について食べ始める。食事のレシピは提供したものをアレンジしているようだ。質は落とさないように言っている。予算がなければ、予算申請してくるようにも言ってある。
授業が終わったのだろうか?
続々と生徒たちが食堂に集まってくる。スキルカードの支払いをしている所を見ると、裕福な子弟なのだろうか?
それとも年長組で、奉仕活動をして得たスキルカードなのだろうか?
100名くらいが食堂に来ているようだ。急に騒がしくなる。なれているのか、それとも決まっているのか、席で揉めることは無いようだ・・・。ただ、俺の近くに来た生徒が、カイ達を見て、”あっ!”という顔をして会釈して早々に立ち去る。
その理由がわかった。
向こうから、見知った顔が生徒を先導して歩いている。
「ナーシャ先生。今日もケーキですか?」
「そうだよ。これのために、仕事しているのだからね!ツクモ君も酷いよね。ハチミツやメイプルシロップを私にくれないんだから!!クリスにも言っているのだよ?酷いと思わない?」
ホォ・・そんな風に思っていたのだな。
『カイ。ウミ。ライ。ナーシャの回りの生徒を遠ざけろ』
『・・・かしこまりました』『わかった!』『うん!』
カイとウミとライがすばやく動く。
生徒たちは、ナーシャの話を聞きながら席を探していたのだろう、俺に気がついて、足元に居るフォレストキャットを見て悟ったようだ。
ナーシャの回りから生徒が離れる。
消えているのに気が付かないで、まだナーシャはブツブツ言っている。
「ねっそう思うよね!」
「あぁそうだな。ナーシャ!」
「!!!え?なんで??」
「ナーシャ。お前の気持ちはよくわかった。学校くらいは許してやろうかと思ったけど、必要なかったみたいだな」
「え?え?え?」
俺が、ナーシャの前に立っているのが見えたのだろう入口から、イサークがすっ飛んでくる。
「ツクモ殿。申し訳ない」
「どうした、イサーク突然?」
「ナーシャがなにかしたのだろう?俺からも謝るから許してやってくれ」
それは、恋人というよりも保護者と子供の関係だろう。
「わかった。イサーク。ナーシャの件はお前に預ける。ナーシャに、学校での無料奉仕一ヶ月と甘味の1ヶ月禁止を申し渡す。破った場合は、二人で更に奉仕活動を行ってもらう」
「はっ謹んでお受けいたします」
「・・・」
「ナーシャ!」
「かしこまりました。でも、甘味は許して欲しい・・・です。ごめんなさい」
全く・・・。しょうがないな。
「イサーク。お前が、ナーシャを管理しろよ。俺の事は秘匿するというのを忘れさせるなよ」
「はっわかりました」
「ツクモ君・・・」
「甘味はダメだ。1ヶ月我慢しろ、イサーク。ナーシャがしっかり学校での奉仕ができると思ったら、俺に言いに来い、そうしたら、クッキーかパンケーキをお前にわたすから、それをイサークが食べるなり、ナーシャに食べさせるなり好きにしろ」
俺も甘いなと思うけど・・・。このダメ女・・・なぜか憎めないのだよな。
没収したケーキを生徒達に食べさせてから、食堂を出た。
「カイ。ウミ。ライ。ログハウスに帰るか?」
『主様。少し、リーリアの所に寄りたいのですがよろしいですか?』
「いいぞ?俺もついて行ったほうがいい?」
『いえ、大丈夫です。ライと一緒に行ってきます』
「わかった。ウミと先に帰っているからな」
『はい。ログハウスでしょうか?』
「うーん。執務室で待っているよ。どうせ、書類も来ているだろうからな」
『かしこまりました。ライ。行きますよ』『わかった。あるじ!行ってきます!』
「カイもライも気をつけて行ってこいよ」
『はい』『うん』
なにか約束でもしていたのだろうか?
まぁ気にしてもしょうがない。
転移門を通って宿区に向かう。
丁度、クリスの従者の1人と一緒になった。
会話は無いが、警戒する必要もない。
宿区に入ると会釈して走っていってしまった。たしか、サラトガ領主の息子だったはずだ。走っていかなくても良かったのにな。
ウミは、カイと別れてから、俺の肩に乗っている。そのまま、ログハウス前の階段に向かっている。
洞窟内の事を知っている者たちと話し合った結果、やはり俺の安全のために、居住場所に関しては秘匿しようという事になった。そのために、正面は岩で塞いで水を流しているだけではなく、草木で覆うことも決定した。隙間は存在するが、進化前の魔蟲が通り抜ける程度の大きさしか残されていない。ヌラ、ゼーロは、基本的に洞窟の中を好んで生活している。新しい子どもたちもどういうわけか、洞窟生まれが多い深く突っ込んではダメな気がしてあまり考えないで居る。ヌルは、ログハウスの横に小屋を作って住んでいる。ログハウス回りには、エントやドリュアスが世話をしている果実園があり、そこの花から蜜を集めている。
そのために、宿区からログハウスに向かうのは、岩肌に作った階段を上がっていかなければならない。俺も例外ではない。今日は、ウミが居るので、ウミが本来の大きさになって、ウミに乗って上まで行くことにした。
「ウミ。頼むな」
『わかった!』
あっという間にログハウスに到着する。
今日の門番は、サームの担当のようだ。
「おつかれ。何か異常はあったか?」
「何もありません。大丈夫です。大主様」
「そうか、ありがとう。後で、カイとライが来ると思うけど、よろしくな。執務室に居ると言っておいてくれ」
「かしこまりました」
ログハウスまではもう少し距離があるが、ウミから降りて歩いていく事にする。ウミも俺の肩に戻っている。
執務室に入ると、ドリュアスが着替えを持ってきてくれる。汚れているわけではないが、着替えてほしいそうなので、下着以外を取り替える事になる。後で風呂に入る事になるので、下着はその時でいいということにした。
本当に、メイドのドリュアスや執事のエントは、俺がログハウスに居ると世話を焼きたがる。
最近はマシになってきたが、それでも何かしら理由を作っては言ってくる。
執務室には、嘆願書が数枚置かれている。
商隊から珍しい食材や調味料が入ったことを知らせる書類も混じっていた。
明日は、リーリアとエリンとドリュアス達をログハウスに呼んで、レッツクッキングだな。
/*** カズト・ツクモ Side ***/
リーリアに命令して、ログハウスや居住区で見かけない食材や調味料は一通り集めるように言ってある。
同じ様に、リヒャルト商隊にもこの辺りでは食べる習慣が無いものや、珍しい植物を見つけたら一通り買ってきてくれるように頼んでいる。それらの報告が、執務室に置かれた嘆願書の中に混じっていたのだ。
新しい食材や調味料の発見は嬉しい。
サラトガやアンクラムやミュルダでは普通に入手できていた物の中にもいろいろな食材や調味料になる物が存在していた。
ユリの花が見つかった、簡単に言えばユリ根が見つかったことになる。じゃがいもは既に見つけているので、片栗粉の生成はできているが、ユリ根を使った料理もできるだろう。
そして、”ごま”が見つかったのも嬉しい。早速、栽培を指示した。
こちらの世界の名称が有るようだが、開き直って、俺が解る名前で呼ぶことにしている。
椿も見つかった。
ごまと椿は、油を絞り出す。
あとは、本当に味噌と醤油だな。魚醤は見つかっているので、今は魚醤を使っているが、やはり味噌と醤油は欲しい。
洞窟内に部屋を作って実験しているが、まだ結果が出ていない。これは気長にやるしか無いと思っている。
各種油が見つかった事で、大量生産を行う事にした。
ペネムダンジョン内に居る獣人族に仕事として割り振る事にした。ごま/椿/オリーブをまずは栽培する事にした。
この世界は植生がデタラメだ。基本なんでも育つ。魔素の影響だとは思うが、発育も悪かった事はない。もしかしたら、ダンジョン内だからなのかもしれないとは思うが、ログハウスの回りでも不作になった事はない。
今日は、ごま油を使う事にしよう。
圧搾機でごまから油を絞り出す。やはりこちらではごまからの油を絞る事はしていないようだ。
最初は、リーリアとエリンとアルベルタとフィリーネを手伝いとして、リヒャルトを呼んでくる予定だったが、どこからか話を聞きつけた、クリスが参加したいといい出した。クリスが1人で来ることはなく、クリスの従者の女児達も付き添ってきた。クリスと従者は、味見係にはなるだろう。
リヒャルトは、レシピをどうしたらいいのか相談するためと、今日使う食材を持ってきてもらっている。
そのリヒャルトは、今日は娘を連れてきている。娘と言っても、既に成人して商隊の一つを預かっているらしい。
今日はドーナッツを作る事にした。裏でべつの仕込みもしているが、それは後回しだ。
小麦粉を持ってこさせた。少量ながらバターも作られるようになってきた。牛乳?がまだそれほど生産できていないのが原因なのだが、これも、ダンジョン内獣人族が担当して乳が絞れる魔物の繁殖をおこなっている。
卵は意外と生産が簡単だった。
卵生の魔物が意外と多いので、それらをブルーフォレストで捕獲して増やしたのだ。いろいろな卵があったので、味が良さそうな物をダンジョン内で繁殖させている。
油も、ごま油だけでは、油で味が違うというのをわからせる事ができないので、オリーブオイルとラードも用意させた。ラードはまだまだ獣臭いので、ドーナツには向かないと思うが、それがいいという奴が居るかもしれないと思ったからだ。
ドーナッツの作り方はそれほど難しくはない。分量は考えなければならないが、今は適当にやってみる事にした。こんなもんだろうというかんじだ。ドーナッツだけでは寂しいので、裏でプリンとアイスをドリュアスに頼んで作ってもらう。道具は、洞窟の中にあるから持ってきてもらう事にした。果物を練り込むのもやってみたいと思ったので、街で売っている果物を何種類かリヒャルトに頼んで買ってきてもらった。
ドーナッツの元?を作って、あとは、好きな形に整形する。
ここは手伝ってもらったのだが、欲張らないようにだけ注意した。大きくしたら、中までうまくならないから美味しくないだけじゃなくて食べられない物ができるからなと忠告した。
それぞれ少し遠慮した感じのサイズで作って、油に入れていく。
一瞬え?っという顔をされるが、無視して調理を進める。
久しぶりだと美味しそうに見えるな・・・。こんがりと揚がってくるドーナッツを見ながら・・・あの有名店の味を思い出す。
「大主様」
おぉ考え事をしている時では無かったな。
油からあげて、油を切る。この世界は、優秀な家電は無いが、使い方次第ではそれを上回る”スキル”がある。分解を付与した魔核をセットして、ドーナッツから”油”を分離する。少し曖昧な指定になってしまうので、匂いや少量の油が残ってしまうが、そのくらいはしょうがないと割り切ろう。何にせよ、油が瞬時にきれるのはありがたい。砂糖を細かくしてふりかける。
まずは、クリスの従者達に食べさせる。
これにも理由がある。新しい食べ物をいきなり上の者は食べてはダメだと言われた。味見・・・毒味の意味もあり、今この場で1番身分的に低いのは、クリスの従者を勤めている子どもたちだ。
だが・・・はじめての食べ物、それも作る所から見ていたら、何やら訳のわからない粉をこねて丸めて、油の中に放り込んでいるだけだ。味なんて想像できるわけがない。
従者の役目として毒味をおこなっている・・・はずである。
すごい勢いで食べている。毒味は大抵一口で大丈夫だが、一気に全部食べてしまって、自分が全部食べてしまったのに気がついて絶望の表情を浮かべている。
「クックリス様・・・これ・・は?」
「カズトさん。まだ作られますよね?」
「あぁ大丈夫だ。手伝いに来ているリーリアが覚えただろから、今から作り始める。でも、あんまり食べすぎるなよ?」
「なにか、まだ出すのですか?」
「あぁ期待していいぞ!」
できた端から誰かの腹の中におさまっていく。
俺も、自分が作った物を一つ持って、リヒャルトの隣に座る。
「どうだ?売れると思うか?」
「えぇ間違いなく・・・娘を連れてきたのは失敗でしたよ」
「あぁまだ有るからな。多分、こんなものでは終わらないぞ?」
「それは楽しみです。このレシピも公開されるのですか?」
「そうだな・・・でも、バターが必要だからな。もう少しレシピを調整してからだな」
「わかりました。シュナイダー様と調整します」
「頼むな。それから、見ていてわかったと思うけど、油を大量に使いから、火災には注意しろよ」
「はっかしこまりました」
リヒャルトの娘が大量にドーナッツを抱えて戻ってきた。
「お父様!ずるいですわ!」
俺が隣に座っているのに気がついたようだ。
「これは失礼致しました。ツクモ様。リヒャルトが娘。カトリナ・カーマンといいます」
「カトリナさん。何がずるいのですか?」
「ツクモ様。私の事は、呼び捨てでお願いします。それと・・・いじめないで下さい」
「ははは。でも、真意を聞きたいですね」
この世界、美人か可愛いしか居ないのか?
カトリナと名乗っている女性は、鑑定結果を見ると、人族となっている。赤い髪の毛を鎖骨くらいまで伸ばしている。プロポーションもモデルなみだ。少し猫目っぽいのがいたずら心を刺激する。
「正直にいいます。今まで、お父様は、なんど私がツクモ様に会わせて欲しいと懇願しても叶えてくれませんでした。今日やっと出かけるお父様を見つけて後を着けて実現したのですが、こんなに美味しい物を食べていたのですね」
「カトリナ。それは違う。今日は、本当にたまたまだ。こんな事は、今までに無かった・・・そうですよね。ツクモ様」
「さぁ俺はレシピを何度かリヒャルトに渡しているだけだからな」
「ツクモ様!」「お父様!やっぱり!」
これ以上、ここに居ると本当の意味でのとばっちりをうけてしまいそうなので、離れる事にした。
「大主様」
手伝いをしてくれているドリュアスだ。
「どうした?」
「プリンとアイスをレシピ通りに作ったのですが・・・」
「あぁチェックして欲しい?」
「お願いできますか?」
「わかった。隣の部屋?」
「はい」
「リーリア。少しドーナッツを作ってみてくれ。油によっても味が変わってくるし、たしか、ハチミツまだあったよな?出してくれるか?全部じゃないぞ!」
リーリアから了承の返事が帰ってくる。
俺は、隣の部屋に向かった。リヒャルト親子はまだなにか言い争っているが、プリンとアイスを食べれば黙るだろう。
「どうでしょうか?」
「アイスは合格だな。レシピ通りなのだよな?」
「はい。大主様のレシピ通りです」
「よし、アイスは完成だな。あとは、果物を入れたりしていろいろ味を変えてみてくれ」
「かしこまりました。プリンはどうでしょうか?」
「あぁ大筋は成功だな」
「なにか問題がありますでしょうか?」
「あぁ・・・少し柔らかいかな。でも、十分美味しいからな。今後卵との比率や冷やし方を工夫うしよう」
「はい!かしこまりました。私が担当してよろしいのですか?」
「任せる。そうだな。今日から、レナータを名乗れ。ライには俺から言っておく」
「あ・・・ありがたき幸せ。本日より、レナータを名乗らさせていただきます」
プリンとアイス・・・感覚的にはシャーベットだな・・・を持って、部屋に戻る。
まだドーナッツを頬張っている。
「カズトさんそれは?」
目聡くクリスが声をかけてくる。
「あぁプリンとアイスだ」
「それも甘味なのですか?」
「あぁ食べてみろ・・・よ」
クリス以外の目線も、俺とレナータが持つ物に集中している。
「ツクモ様。お父様はもうお腹がいっぱいだそうです。それは私がいただきます」
「おいカトリナ!ツクモ様・・・」
「リヒャルト。諦めろ、レシピは渡すから、自分で再現して食べてくれ」
「・・・わかりました」
こちらの話が終わる前に、カトリナはプリンとアイスを2つ持って席に戻っている。
「ツクモ様!」
「なんだよ?」
「こ、この冷たい物はどうやって!」
レシピと一緒に冷やすための道具が必要になることを説明する。
商人の顔になる。でも、プリンとアイスは手放さない。
「その道具は?」
「試作品だけど、作り方も渡すぞ」
「よろしいのですか?」
「別に構わないぞ?なにかまずいか?」
リヒャルトを見る
「ツクモ様。娘は、カトリナは、スキル道具のことを教えていません」
「そうなの?それじゃ、あとで、リヒャルトから教えてあげてね」
「かしこまりました。でもよろしいのですか?」
「問題ないよ。どうせ、ゲラルトの所で量産が始まっているだろう?確か、来月には商隊や商人にも売り出すのだろう?」
「そうでした!」
ゲラルトが”竜族の鱗の武器”を作っていることは、公然の秘密になっているが、それ以外にペネム街の上層部として秘密にしていたのが、魔核にスキルを付与する方法だ。魔核を交換する事で、半永久的に使える状態になっている道具だが、そのままでは不格好なために、家電のような作りにしてもらう事になった。これを、ゲラルトが中心になって進めている。
その試作が出来上がってきたのが、半年くらい前。先月の段階で、概ね大丈夫だろうということになった。テスターを勤めてもらったのは、居住区に住んでいる獣人族と、宿区に住んでいる者たちと、神殿区の住民とコルッカ教の関係者だ。
問題点や使い勝手を調整した物ができていて、来月から売り出す事が決定した。
作っている場所は、もちろんペネム・ダンジョンの中だが、重要な部分は魔核を生成する所だけを最終的にはダンジョン内に残して、それ以外は自由に作ってもらう事にしている。
外に出す魔核には少し細工がしてある。安全性確保のために、スキルを付けた魔核を隷属できないかと思ったが、どうやってもできなかった。もちろん、眷属化もできなかった。そこで、操作対象にする事はできないかと思って、リーリアにやってもらったら、操作対象にする事ができた。操作よりも低レベルの魔核に限られるという条件は付いているが、今回は問題になりそうに無い。レベル6以下の魔核というよりも、スキルを付与するのは、レベル1やレベル2の低位の魔核なのだ。
そして、この操作の副作用がすごかった。今まで、スキルスロットは俺にしか調べる事ができなかった。しかし、この操作の対象になる魔核は、ほぼ100%でスキルスロットが空いている。実験で抽出された1,000個を確認したらスキルスロットが無かったのは3個だけだ。
なので、エントとドリュアス数名に操作スキルを着けて魔核の整理を行わせる事にした。
魔核を操作することは少ないが、武器に転用された時に、止める方法が欲しかっただけなので、スキルが発動できなくなるだけで十分だ。もう少し複雑な事ができるようにしたいとは思うが、今の所、低位のスキルだけしか許可していないので、それほど目くじら立てる必要はないと判断した。
使っているスキルは、レベル3氷と雷、レベル2炎と水と風、レベル4樹木、レベル3速度向上だけだ。
確かに、攻撃には使えるが驚異を感じるほどではない。
「ゲラルトから報告が行っていると思うから確認しておいてくれ、何を売りに行くのかを調整しないとならないからな」
「かしこまりました」
完全に、カトリナは置いてけぼりになっているが、気にしてもしょうがないだろう。
クリス達は、既にプリンを食べ終えている。名残惜しそうに、空になった容器を見つめている。
「大主様」
「できたか?」
「はい。ピチのアイスと、アプルのアイスです」
量は指示しなかったが、果物の汁を入れたアイスもできたようだ。
「待て!待て!」
新しいアイスに群がる蟻共を静止した。違った食べ方を試してもらう事にしているからだ
「リーリア。新しいドーナッツは?」
「あります」
「砂糖はかけなくていい。皿においたら、レナータが持ってきたアイスを添えて、カトリナに渡してほしい」
クリスが、え?私は?みたいな顔をしているが無視する。
「ツクモ様。よろしいのですか?」
「アイスが完全に溶ける前に食べてみてくれ」
「はい!」
皿を嬉しそうに受け取って、アイスを付けたドーナッツを口に頬張る。
まだ温かいドーナッツと、冷たいアイス。まずいわけがない。幸せそうな顔で、一気に食べ進めている。
その近くでは、クリスたちがリーリアとレナータからドーナッツとアイスを受け取って食べている。
”なにこれ?”や”おいしい”という声が聞こえる。アイスの種類も二種類あるから、それぞれ試しているようだ。
「さて、カトリナ。この甘味ならどのくらいのスキルカードを払う?」
空になった皿を見つめながら考えているようだ
「ツクモ様。素晴らしい甘味です。レシピを見ると、手に入りにくい材料を使っていません」
「そうだな。ペネム街なら少し頑張れば揃えられるな」
「はい。道具は・・・お父様たちの値付け次第でしょうが手にいれる事ができましょう」
「あぁそのとおりだ」
笑いたくなってきた。
俺の意図を感じ取ってくれているようだ。
「ツクモ様。このドーナッツは、一個レベル3が5枚。大きさや、中にいれる物で変えますが、そのくらいでは?」
500円か・・・やはりそうなってしまうか?
200円を目指したのだけどな。まだダメだったか・・・。
「それで?」
「はい。プリンは、一個レベル4が1枚。アイスは、最初に食べたのが、レベル4が1枚とレベル3が5枚で、ピチやアプルの物が、レベル4が2枚が妥当だと思います」
1,000円か・・・それだと高すぎるな。
「わかった、もう少しレシピを調整する必要はあるだろうが、まずはその半額くらいで売ってみるか?」
「半額ですか?」
カトリナがびっくりするが、そのくらいでないと”お菓子”普及は難しいだろう。一日の終わりに少し頑張れば買えるくらいが理想だから、アイスがレベル3が3枚程度になってくれる事が望ましい。
実際の所、原価はレベル2が2-3枚程度だと思われる。
希少性があるし、物珍しいから騙されるだけで、実際にはそれほど高くする必要がない。
その後は、その場に居る者たちに、リーリアがドーナッツの作り方を教えている。
レナータがアイスとプリンの作り方を教えるが、道具が揃わないので、後日という事になるのだろう。
俺は、リヒャルトに後を任せてログハウスに帰る事にした。
/*** カズト・ツクモ Side ***/
ログハウスに戻ってみると珍しく、スーンが面会を求めてやってきていた。
すぐに許可を出して、執務室に通した。
「大主様。申し訳ございません」
「どうした?なにかあったのか?」
普段、スーンは連絡だけなら、念話でおこなってくる。
面会を求めてやってくるとはよほどの事があったのだろう。
「はい。実験区のモルモットから聞き出した事ですが・・・」
実験区。ペネム・ダンジョン内に作っている、アトフィア教や俺が死刑だと判断したやつらを使って、スキルの実験をおこなっている所だ。捕らえた奴らは、モルモットと呼んでいる。モルモットには失礼な話だとは解っているが、他に適当な名前が思い浮かばなかった。
スーンが聞き出した話は、想像以上に悪い知らせだ。
「スーン。クリスの所に、アンクラム領主の娘が居たよな?」
「はい。ですが、幼くて事情は知らないと思います」
「だよな・・・。とりあえず、ミュルダ老に相談だな。流石に丸投げはできないだろう・・・な」
「かしこまりました」
スーンが一端執務室から出ていく。
ふぅ・・・面倒な事になりそうだな。まずは、モルモットの話が本当か・・・いや違うな、本当だと考えて動かないとダメなのだろうな。実際に、ここ数ヶ月モルモットが増えている。
アトフィア教が、ペネム街を危険視している?
スーンがモルモットから聞き出した話しを総合するとそういう事になる。だが、まだ確定だと考えないほうがいいだろう。
スーンが聞き出した話と俺が知っている情報を突き合わせてみる。もう少し整理しないと対策を間違えてしまうかもしれない。
捕らえたモルモットは、アンクラムから出た商隊を襲って、獣人の子供を攫おとした奴らだ。
俺の中の価値観と照らし渡して、即日、実験区送りにした。
スーンが、モルモット達を尋問した所。いろいろ興味深い話をしてくれたらしい。
アンクラムが獣人族の討伐隊を出した時に、アトフィア教の司祭が混じっていた。そいつは、リーリアが操ってアンクラムでの情報収集に役立てた。必要なくなった司祭は、アンクラム領主に始末させた。
その後の詳しい話がわかってきた。
司祭が、アンクラム領主の娘二人を差し出すように言った。それを受けて領主は決起隊でアトフィア教の教会を急襲した。司祭や主だった者たちを殺した。アトフィア教の人間たちがこれを獣人族に魂を売り渡した領主の仕業だと喧伝した。
アトフィア教の信者だった住人たちが、アンクラム領主を粛清した。流れ的にはこんな感じのようだ。
領主は、娘二人をミュルダに逃した。逃した理由も、二人が人族でない事から、アトフィア教に捕まれば間違いなく粛清されるのがわかっていたからだ。
アンクラムでは壮絶な殺し合いが発生して、アトフィア教は1人も残されていなかった。これは、アンクラムから逃げ出した難民の証言だ。正しくはないと思うが、それほど間違っていないだろう。決起隊に参加したという男性も同じ様な事を話していた。
アンクラムに居たアトフィア教全員を殺せたり捕らえたりできたわけではない。逃げ出した奴も居るだろう。
アトフィア教の総本山は、この大陸には無い。
支部はいろいろな街にあるとの事だ。大陸の玄関口になっている、ロングケープという街にあるアトフィア教の教会に、総本山に居る枢機卿の1人から”アンクラム/ミュルダ/サラトガの3つの街が、獣人族と取引をして利益をあげている。その利益の元は、神から人族に与えられたダンジョンの恵みだ。そんな事が許されるわけがない。粛清して、正しい形に戻せ”と、いうものだったらしい。
簡単に言えば、ダンジョンを奪い取れという物だ。
しかし、俺の街が完全にアトフィア教を排除しているのは知られている話だ。商隊にアトフィア教との商談は禁止していない。それは自己責任で行ってもらう事にしている。
アンクラム/ミュルダ/サラトガにあったアトフィア教の教会は自分たちで出ていった。
”布教活動と獣人族への差別をしなければ、アトフィア教が入ってくるのを禁止しない”旨も告知している。
それが嫌だと言って出ていったのはアトフィア教の連中だ。コルッカ教は、それで構わないから教会を作らせてくれと言ってきた。住民も教会が有る方が嬉しいらしいので問題は無い。
それから、手を変え品を変え嫌がらせをしてくる。野盗を雇って襲いかかってきたこともあったが、スーンやゼーロやヌルやヌラが作った防御陣を突破されていない。そのために、リヒャルト経由での情報になるが、他の街でかなり悪口を言われているようだ。
獣人族を優遇して、人族をないがしろにしている(ある意味事実だな。ないがしろにしているのは、獣人族を下に見るような愚かな行為をしている奴らだけだ)
人族は街に近づくだけで殺されてしまう(そんな面倒な事はしていない)
食べ物もろくになく獣人族同士で殺し合っている未開の地だとか・・・(未開の地・・・かぁ辺境こそこれから発展する場所だからな)
散々な言われようだ。
リヒャルトや商隊が訂正しては居るようだが、獣人族は野蛮で魔物と同じという考えもまだ根強く、噂を消すまでには至っていないようだ。商隊には無理しなくて良いと伝えている。別に取引したくなければ、取引しなければいい。
アトフィア教に毒されていない街も多い。実際に商隊はそのような街と商売が成立している。だから、余計にアトフィア教として強硬手段に出てくるのだろう。
モルモットの話では、既にアトフィア教からのスパイが多数入り込んでいるという話だ。
当然そうだろうと思っている。思っているからこそ、行政区の場所をペネム・ダンジョン内に移動させた。
政治家が大臣になる時に、身元調査を行うらしいのだが、同じ様に、ペネム・ダンジョンの1階層に入るためには身元調査をしている。その上で、ライにお願いして魔蟲の誰かに護衛兼監視として付いてもらっている。それを受け入れた者だけが、行政区に入る事ができるようにした。
モルモットたちはそれでも、なんとかペネム街の秘密を探ろとしていたようだ。
野盗たちが使えないと解ると商隊のフリして街に入ろうとしたりもしていたようだ。何人かは成功したが、植え付けられた教養から、獣人族を下に見てしまって、馬鹿にしたり、優遇処置を求めたり、ろくでもないことをして補足されてしまったりしていた。
いきなりモルモットになっているわけではない。一度は街からの口頭注意で、二度目は注意勧告をして、三度目は街からの退去を言い渡すようにしている。
それでも、対処しなかったり、退去しなかった者は、強制退去のために捕らえて商隊に連れ出してもらっている。
これで、素直に従っていれば問題は無いのだが殆どが暴れたり、逃げ出そうとしたり、問題行動を起こしている。街の外まで我慢すれば、その場で解放されるのに、自分たちが”解放”という名前の処刑を行っていたので、俺たちも同じ事をしているのだと思いこんで抵抗を行っているのだ。
解放された奴も、”遠くで幸せ”になってくれればいいのに、いろいろ文句を付けてまた街にやってくる。今度は、人数を増やしてだ。
この繰り返しになっていて、今モルモットだけでも500人を超える規模になっている。中には、隷属されたりしている者も居たのだが、隷属を解除してから解放しているのだが、また戻ってくる場合が多い。
俺が認識していたのは、ここまでだ。
スーンからさっき聞いた話は少し毛色が違っていた。
モルモットたちの中に、アトフィア教の裏部隊が混じっていた。
今までは、司祭やら枢機卿やらの小間使いから、スキルカードを渡された奴らだった。アトフィア教のためといいながら、突き詰めていくと、獣人族が発展しているのが気に食わないや、獣人族を追い出して自分たちがスキルカードを貯め込むつもりだったようだ。
小悪人と言った所だろうか?
しかし、今度はガチ勢が来たようだ。
ペネム街を調べて、総本山に報告する事が任務のようだ。
見つけられたのも運が良かったと言うべきなのだろう。
ペネム・ダンジョン街への出入りまでできていて、個々までの情報を、連絡員に渡した。この連絡員が、商隊に混じって帰る所を、別のアトフィア教の連中が急襲した。近くに居た別の商隊を護衛していた魔蟲たちがこれに応戦して、その商隊は無事だったが、人数確認をした所、1人の男が居なくなっている事に気がついた。
男は、急襲されたと同時に逃げ出していた。そして、この男を探し出した時に”ゲロった”自分がアトフィア教の連絡員である事を・・・。探していた商隊は、心配で探していたのだが、連絡員は自分の身元がバレたと思ったらしい。
それから、芋づる式にガチ勢にまでたどり着いた。
100名以上がペネム街に入り込んでいるという事だ。
そして、捕らえたガチ勢から、一部の枢機卿や司祭が、この街を問題視しており、近く聖騎士を主体とした討伐隊が出される事になるだろうと教えてくれた。
聖騎士がどの程度の強さなのかわからないが厄介な事には違いない。
ドアがノックされる
「大主様。ミュルダ様をお連れいたしました」
「わかった。入ってくれ」
スーンに続いてミュルダ老が入ってくる。
表情が硬い。そりゃぁそうだよな。
「スーン。ミュルダ老には状況は説明したのか?」
「こちらに来る時に大筋はご説明いたしました」
「ありがとう。飲み物を頼む。それから、なにかつまめる物も頼めるか?」
「かしこまりました」
最近、外回りが多かったためか、俺の側にいられないと言っていたので、今日はこき使うと言ったら喜んで側に控えている。スーンに飲み物と食べ物を頼む。
「座ってくれ、少し長い話になるかもしれないからな」
「・・・はい」
「状況は聞いたとおりだ。どうしたらいいと思う?」
「聖騎士ですか・・厄介な連中ですが、全部が派遣されるわけではないと思います。聖騎士の本来の役目は、教皇と枢機卿を守る役目のハズです」
「本来?建前の役目もあるのか?」
「はい。建前は、”人族を魔物の恐怖から解放する”です」
「あぁそれで、獣人族を討伐したりするゲスいことをしているのだな」
「いえ、聖騎士は獣人族の解放には加わっていないはずです」
「それならなぜ?」
「儂にもそれは・・・ただ・・・いえなんでもありません」
「なんだ?なにか思い当たるのなら教えて欲しい」
「はっはい。噂で聞いた程度ですが、アンクラムがミュルダに異端認定を出した時の、アンクラムのナンバー2だった男が、現教皇の遠縁の者だという話です」
ナンバー2は、たしか見つかっていない奴で、逃げ出したのではないかと言われている。
「そうか・・・そいつが、教皇に泣きついたと考えられるわけだな」
「・・・はい」
別にそれは問題ない。
聖騎士も俺の街に手出ししなければ問題ない。
「聖騎士が攻めてくると思うか?」
「どうでしょうか?でも、リヒャルト殿の話では、ロングケープ街にアトフィア教の船が大量に来て荷降ろしをしていたという話もあります。それに、ロングケープ街が実質的な封鎖状態に入りそうだという話も聞きます」
兵站の概念をしっかり持っている敵は厄介だな。
今まので野盗を使っていた奴らは、兵站の概念が無いに等しくて無くなったら獣人族から奪えばいいと思っていた。実際にそうしようとして捕らえられている。
ロングケープまでは、直線距離で1,000キロくらいと聞いている。
馬車で半月から20日程度・・・行軍を行うと考えて、”騎士”だけでの移動では無いだろうから、2ヶ月くらいは必要になるか・・・いや、もっと早くて1ヶ月くらいと考えておくべきだろう。
リヒャルトの情報や、ガチ勢の情報のタイムラグがどの程度あるかわからないが、1ヶ月以内には戦端が開かれると思ったほうがいいのだろうか?
スーンが、お茶と羊羹を持ってくる。
羊羹を口に入れて味わう。
さてどうしようか・・・。
「スーン。今動かせる奴らで、ロングケープを見張らせる事は可能か?動きがあったら1~2日程度で情報が届くようにしたい」
「エリン様にお願いして、小型ワイバーンを出させていただければ可能です」
やっぱりそうなるよな。
蜂では連続飛行は無理だろうからな。竜族だと今度は目立ちすぎてしまうからな。
「ロングケープの近くに隠れる所があるのなら・・・手配してくれ。エリンには俺から連絡しておく」
「かしこまりました」
一礼してスーンが部屋から出ていく
「ミュルダ老。すまん。少しエリンと話をする」
「わかりました」
『エリン』
『なぁにパパ?』
『今から、スーンがそっちに行くと思うから、小型ワイバーンを数体貸してやってほしい』
『わかった。商業区の所に居るのなら大丈夫だよ。スーンなら連れて行っても大丈夫だよ』
『ありがとう。スーンにそう言ってくれ』
『うん!』
「すまない。ミュルダ老」
「いえ、聖騎士の動きが解れば対応が可能でしょう」
「あぁそうだな。それでできれば、撃退したいのだが問題はないよな?」
ミュルダ老は少しだけ考えてから
「はい」
とだけ言った。
「なにかあるのなら言ってくれ」
「・・・聖騎士の強さは・・・問題ないとは思いますが、聖騎士が単純に倒されたとしたら、いろいろ問題が出てくるかもしれません」
問題か・・・出てくるだろうな。
「それは?」
ミュルダ老が気にしているのが、魔蟲やカイやウミやライが聖騎士を圧倒してしまう事だ。
さらなる口実を与えてしまうかもしれないという事だ。言われてみたらそうだよな。魔物に支配されているとか言われたら、別に俺は困らないが外聞が悪くなってしまうかもしれない。
「こちらも、獣人族を中心に対処したほうがいいのか?相手は、既に準備を終わらせようとしているのだぞ?」
「・・・はい。もっとも良いと思われるのは、相手が引かなければならない状況になることです」
そうか、アイツらこの街でやろうとした事を、やってしまえば良いという事だな。
確かに、相手が攻めてくる準備をしている。この街に向かうかは不明だが、そんなの関係ないと思って、先手必勝!攻め込まれる可能性があるのなら、先に潰してしまえばいい。
だいぶ気持ちが落ち着いた。
聖騎士達が、俺が気がついていないと思っている間に攻めるのがいいだろう。
/*** カズト・ツクモ Side ***/
小型ワイバーンにエントとドリュアスと魔蟲達を載せて、ロングケープ街に潜入させた。予想通りの報告が上がってくる。完全に、戦争の準備をおこなっていると考えて間違いないだろう。
”面倒な事になった”が正直な感想だ。
表の対策と裏の対策を行う事にした。
表の対策は、難しいことではない。獣人族を中心に、ペネム街の軍を組織してもらう事だ。
こちらは、ミュルダ老に任せた。いろいろ任せすぎて、何を任せたのか忘れているが、サポートも増えているし大丈夫だろう。
ペネム軍の中核は、ブルーフォレストの獣人族が担う事になった。
各部族から志願兵を募った。結果、2,500を超える獣人が集まった。もちろん中には戦闘に向かない者たちも居たが、
”自分たちに安住の地を与えてくれた、ツクモ様のために戦う”
と言っていると聞いた時にこれはまずいと思った。
すぐに、長達を集めた。
「ツクモ様。どうされましたか?」
白狼族のヨーン=エーリックだ。
「急に集まってもらってすまない。志願兵の事だけど・・・”ツクモ様のために戦う”とか言っている者が居るらしいけど・・・」
皆が顔をあわせる。
ん?なにか、俺が貰った情報と違うのか?
「あの・・・」
獅子族のウォーレス=ヘイズがおずおずと手を挙げる。
「なに?」
「ツクモ様。”言っている者”ではなく、集まった全員が”ツクモ様の為に戦う”という気持ちです」
なにそれ?聞いていないのだけど・・・。
「すまん。ヘイズ。もう一回言ってくれないか?」
「はい。集まった、4,539名全員が”ツクモ様のために戦う”という気持ちです」
「お前たち・・・強要していないだろうな?各部族から出す人数を決めたりしていないだろうな?」
全員がうなずく。
そうなると、後から来た部族が・・・とかも考えられる。
「ペネム・ダンジョン内の集落や村にも無茶なことを言ったりしていないよな」
ヨーン=エーリックが一歩前に出て、ひざまずく
「ツクモ様。皆、アトフィア教には一つや二つの恨み言ではすまないくらいの恨み言があります」
「そうだな」
「しかし、それ以上に、ツクモ様に受けた恩義を返したいと思っているのです」
「・・・恩義か・・・嬉しいけどな。でもな、エーリック。過ぎた忠誠心は目を曇らすぞ?」
1番怖いのは、俺が暴走した時に誰も止めない環境になってしまう事だ。
俺の為といいながら、盲目的に俺に従うようにはなってほしくない。
俺の希望を伝える。
家族や知り合いの為に戦うようにして欲しい。自分の住処を家族を守る為に戦う。それが俺の為になると考えて欲しい。
長たちは俺がやることや指示に関して鵜呑みにしないで、皆で考えて欲しいことも伝える。
皆、納得はしてくれている。
そして、今回の派遣部隊は一度解散させてもらう。
少数精鋭で行く事になることをしっかりと伝える。
「少数精鋭ですか?」
「あぁ街を守るだけなら、竜族とエント達に任せれば大丈夫だろう?」
皆、納得してくれた。
しかし、ダミーとして軍がほしいのは間違い無い。その編成を頼みたかったのだ。
戦わないが、相手にこれだけの兵士が居ると思わせたい。
募集の時にしっかり言わなかった俺が悪かったが、聖騎士達を、アンクラム/ミュルダ/サラトガまで進軍させるつもりはない。その前で撃退する。
長達にもう一度お願いする。
少数精鋭の部隊を一つ編成したい。これは、実際に戦う部隊になるが、奇襲と撤退を繰り返す事になる。
もう一つは見せかけのペネム軍だ。こちらは、聖騎士たちの前に展開して待ち構えているように見せる軍隊だ。いざ戦闘になってしまったら、エント達や竜族が相手をする事になる。
表の対策として、長達にしか知らせない。見せかけのペネム軍は本当に戦いに参加してもらうと思ってもらう。戦わないと知っているのは、俺と眷属達ち長達とミュルダ老と側近だけだ。
長達はこれで解散となった。
俺は、その足で、クリスの所に向かう。リーリアも呼んである。二人にもお願いが有るからだ。
「カズトさん。僕にお願いって何?」
「クリス。従者たちも揃っているようだな?」
「うん」『はい。御前に!』
「リーリアが来てから・・・ちょうどよかった。オリヴィエも一緒だな」
「はい」
クリスとリーリアには、どちらかが少数精鋭部隊に付いていって貰って、治療を行って欲しい旨を伝えた。
もう1人は、これから選抜するドリュアスと一緒に、見せる軍隊の後方支援を頼もうと思っている。
どちらとも後方で傷病兵の手当を基本とした支援部隊になる。
二人は、話し合って決める事になった。
申し訳ないが二人には時間的な猶予があまりない事も告げた。二人揃って、聞いてきた事があるらしい。
「カズトさんはどっちに参加するのですか?」
「ご主人様はどちらの部隊を率いるのですか?」
俺は、俺でやることが有ると告げた。
落胆の色を隠さない二人だがすぐに結論が出た。
精鋭部隊の方に、リーリアとオリヴィエがついていく。
見せかけの部隊には、クリスがついていく事になった。
部隊の編成は、それぞれの長達に任せる。全体の指揮をミュルダ老に任せる。
俺は、カイ、ウミ、ライ、エリンで、ロングケープ街を襲撃する計画を立てている。タイミングは、聖騎士が行程の半分を過ぎたくらい。今の所、聖騎士の総数は3,000に届かないくらいと報告が来ている。
そのために、2,500程度の獣人族でも足止めにはなる。足止めしている状態で、少数精鋭で構成された突撃部隊が退路を断つ動きを見せたり後方部隊を襲う。
兵站の概念があるやつが敵方に居るのなら、兵站を奪い取れば撤退していく可能性が高い。
そこで、俺がロングケープで奴らの船を奪取するか破壊する。ロングケープには申し訳ないが、アトフィア教を受け入れたという事で、俺は敵認定している。
突撃部隊には、レベル5結界・障壁・防壁を発生できる魔核を1人に一個ずつ渡している。長達に語った事と矛盾するかもしれないが、”俺の為”に戦ってくれると言っている奴らの言葉を信じて魔核をもたせる事にしている。
準備が間に合うか、聖騎士の動きが早いか、これからは時間の勝負になる。
--- 4日後
まずは、突撃部隊の準備ができた旨の報告が来る。
待機してもらっているのは、ペネム・ダンジョンの中。
元族長やらが居るけど問題ないのか?
問題無いようだ。
突撃部隊が1番危険な役割をするのは・・・わかっているようだ。
死ぬかもしれない・・・事もわかっているようだ。
死なないように連携を高めて、武具をしっかり作ってもらってくれ。
リーリアとオリヴィエに関しても同じだ。突撃部隊の隊長は、豹族のブリット=マリーに決まった。
1人も死ぬことは許さない。
死地に送り出しておきながら、”死ぬな”とは無責任かもしれないが、1人も死ぬことは許さない。
出立は、聖騎士たちが動き出した翌日とした。襲撃に適した場所を探さなければならないが、実はそれほど場所が有るわけではない。戦力差が出にくい所で、やつらを誘導しやすい場所と考えると、決戦の場を”ロングフィールド”に定める。ここならば、ミュルダ区から3日程度の距離があり且つ周りに村落は見当たらない。
広い平原になっている。聖騎士がまっすぐにミュルダを目指してくれるのならここを必ず通る事になる。
突撃部隊は、”ロングフィールド”の手前にある大きな岩で道が狭められている場所の”ストーンリバー”で急襲する。
アトフィア教の作戦会議に参加していた将校?を魔蟲が捕らえて、スキル記憶を使った結果だ。ほぼ間違いないだろう。その将校は翌日娼館の近くで泥酔した状態で見つかったらしい。
同じ様な方法で、3人から情報を盗んだ結果間違いなく、ロングケープからミュルダに最短距離で進んでくるようだ。
言葉の端々に、聖騎士が獣人ごときに負けるはずがないというニュアンスが伝わってくる。
もっと慢心してくれないかな・・・。
--- 2日後
防衛部隊と名付けた、見せかけの部隊の編成が終わった。
兵站も揃っている。
こちらは部族の戦闘衣装を身に付けてもらう。
2,500と言ったのだが、結局3,000に少し欠けるくらいの軍隊になってしまった。
戦闘部隊は2,500まで絞って、残った者の中から白狼族を中心にした護衛部隊を編成した。
護衛部隊は、兵站や後方部隊を護衛する役目をもたせた。
後方部隊には、総指揮としてヨーン=エーリックも居るので、護衛部隊は必須だと思った。300名を少し超える程度だが、揃いの武具を持つ事にした。明らかに本陣という雰囲気をもたせる。
10人で作る十人隊
十人隊を5隊まとめた小隊。
小隊を3隊まとめた中隊。
中隊を4隊まとめた大隊。
本隊として大隊を中央に二つ。両翼に1大隊づつを配置して、2,400。100名は、本隊の後ろにとっておきに見えるように配置する。
練度を上げたいが、それほどの時間は残っていないだろう。
大隊長。中隊長。小隊長。十隊長をそれぞれ任命する。
実際には、ミュルダ老や各部族の長が選出した者が、”長”として任命されていく。
俺の名代として、ミュルダ老が任命を行っていく。対外的な、ペネム街の長がミュルダ老だからだ。
任命式は、ダンジョンでは行っていない。
ペネム街から出たサイレントヒルで行われた。ダンジョン内では、特定多数に限られてしまうが、ダンジョンの外で且つペネム街の外で行っているので、アトフィア教の間者も比較的簡単に情報が盗めるだろう。
ペネム街が、お前たちの動きに気がついているぞ!と見て敵わないと思って逃げてくれればいいが・・・そうはならないだろうな。
逃げないのなら、”簡単に蹴散らせる”と考えてくれたら嬉しい。
--- 10日後
聖騎士3,000が動き出したと報告が来た。聖騎士も本国?から追加の兵力が届いたようだ。
まず、今回出征する者達を全員、ダンジョン内に集める。
総勢3,439名
「皆。ありがとう」
俺の為・・・とかじゃなく、これだけの者たちが揃ってくれたことを嬉しく思う。
家族も居るだろう、恋人が居る者たちも居るだろう。大切な人を守るために、自分の生活の場を守るために、自分たちの尊厳を守る為に、戦おうと思ってくれた者がこれだけ居るのが嬉しかった。
この10倍・・・いや、もっと居るかもしれない後方で支えてくれる人たち。
俺が迎え撃つと決めた所から始まっているのはわかっている。わかっているが、皆で作り上げた街が、薄汚れた手で犯されるのを見たくなかった。
「いいか、集まった3,439名1人も欠ける事は許さん。死ぬな。これは、命令である。絶対に死ぬな。自己犠牲なんて考えるな。絶対に生き延びろ!」
皆が神妙な顔をする。
実際1人も犠牲を出さないのは難しいだろう。特に、突撃部隊では犠牲者が出るかもしれない。そんな事はわかっている。わかった上で厳命しているのだ。
「死んで、家族や恋人・・・馴染みのおばちゃんやおじさんを悲しませてみろ、次に作る街はそいつの名前にするからな!」
笑い声が聞こえる。
「死んだら、拒否できない。だから、生きて帰ってこい。生きてさえ帰ってくれば、死なさない。回復や治療を使ってでも死なせない!」
「俺のためとか考えるな。獣人族の為でも、ペネム街の為でもない、お前たちの帰りを待つ家族の・・・恋人の・・・愛おしい人の為に戦え。そして、生きて帰って来い。そのための作戦は考えた!」
静寂が訪れる。
皆の息遣いが、心臓の音が聞こえてきそうだ。
皆、俺の言葉を感じてくれている。と、思いたい。
「よし行くぞ!」
『おぉぉぉぉぉ!!!!』
まずは、防衛部隊が出立する。
出立式は盛大に行う。間者も見てくれるだろう。せいぜい派手にして、この部隊で対峙すると思わせる事にしよう。
出立式が盛大に行われている裏で、突撃部隊はアンクラムの街に移動して、そこから竜族に”ストーンリバー”まで運んでもらう。迂回路を飛んでもらうので、大丈夫だとは思う。
バレても、竜族を攻撃しようとする馬鹿は少ないだろうという判断だ。
防衛部隊の出立式は、ミュルダ老に任せた。
突撃部隊とのタイミングに関する打ち合わせも終わった。
俺は、ミュルダ老とヨーン=エーリックと眷属達にしか語っていない”ロングケープ”潜入作戦を実行する事にする。
数日前に既に潜入しているエントとドリュアスに命じて、船を一つ確保してもらっている。
その船で沖合に出てもらって、エリンにそこまで移動してもらう。
俺とウミとカイとライを乗せてだ。
エリンの眼下には、ロングケープに停泊するアトフィア教の船が見える。
「パパ。エリンが、ブレスで吹き飛ばそうか?」
「エリン。嬉しい提案だけど、今回はやめておこう。それをやると、奴らが”負けた”のは竜族が居たからとか思うだろう」
「うーん。よくわからない」
「獣人に負けたと思わせたいからな。今回は、竜族はお手伝いにしておきたい」
「よくわからないけど、わかった!でも、エリンは、パパと一緒に行くのだよね?」
「あぁカイとウミとライとエリンと俺で、ロングケープに潜入して、奴らの船を使えなくする!」
「わかった!」
俺たちは、ロングケープの沖合に停泊していた船に降り立った。