ファビアンと10階層のセーフエリアで別れた。
4人には改めて説明をした。
これからが本当の戦いだと認識させるためだ。4人の顔つきも変わってきた。
ルートガーが居ない事に最初は戸惑っていたが、強くなろうという意識はあったのだろう。
10階層までの戦闘で、戦闘の入り方や終わらせ方が洗練され始めている。
「どうする?」
「ツクモ様。どうするとは?」
「スマン。スマン。10階層のフロアボスは、低階層と中階層を繋いでいるボスで、中階層の階層主と同じ強さだ。俺の見立てでは、お前たちだけで討伐は可能だと思う。しかし、少しでも何かが狂えば、怪我では済まない。それでもやるか?」
俺の言葉で、4人はお互いの顔を見てから、ロッホスが一歩前に出て、皆の意思を俺に伝えるようだ。
言葉にしなくても、4人の目を見れば解る。
しかし、こういうのは言葉にして宣言することが大事だ。
「ロッホス。お前たちだけで、ボスに挑むか?」
「「「「はい」」」ツクモ様。俺たちだけで、ボスに挑みます。誰が傷ついて、死ぬことがあっても、ツクモ様を恨みません」
「わかった。お前たちの覚悟をしっかりと聞いた。覚悟が決まった者たちに、くどい話は無粋だろう。ボスに挑むぞ」
「「「「はい!」」」」
順番待ちの行列は発生していない。
このダンジョンに潜っている連中は、この10階層で引き返す者たちが半分以上だ。
あと、このダンジョンの特性なのか、ボス戦の連戦はできない。
1回でも、ボスを突破した者は、ボスが出現しない。ボスを突破したことがない者が居る場合にだけボスが現れる仕組みになっている。
4人だけと言ったけど、デ・ゼーウから聞いた話では、ボスには6人で戦うことができるようだ。眷属がどうなるのか解らないが、ひとまず俺とカイとウミとライも一緒に入ってみる。
問題は無いようだ。
眷属は、数には入らないようだ。
情報で聞いていた、5人パーティーの時に現れるボスの一つが魔法陣から現れる。
「情報通りだ。コボルドソルジャーとアーチャー。護衛でコボルトが3体。行けるか!」
「「「「はい!」」」」
既に戦闘態勢に入っていた4人がコボルトたちに攻撃を加える。
まずは、レベル2や3のスキルで牽制目的の攻撃を行う。
ダメージを与えるのが目的ではない。コボルトたちを大きく展開させるのが目的だ。
ロッホスが、飛び出して、ソルジャーに肉薄する。
「イェレラ!イェルン!アーチャーを倒せ!」
「「応!」」
「イェドーア!」
「コボルトを足止めする。3体。足止めが限界だ。倒せない」
「解った。イェレラ!」
「アーチャーを倒したら、コボルトを倒す」
「頼む!イェルン!」
「解っている。ソルジャーを手伝う」
「スキルでの援護を頼む」
「解った」
ロッホスが司令塔になって、指示を出す。
4人はいいパーティーになった。
戦闘では、ロッホスが司令塔になり、探索ではイェドーアがリーダーになり、休憩や野営ではイェルンがリーダーだ。そして、全体をまとめるのがイェレラだ。誰かが迷ったら、イェレラが調整を行う。
ルートガーが居たのでは出来なかった成長だろう。
最後のコボルトが4人に、ボコボコにされて消えたのは、戦闘が始まって10分後だ。俺が想定していたよりも、早い結果だ。
ロッホスの采配が正しかったこともあるが、イェルンのスキルを使うセンスがいいのだろう。コボルトの動きを先読みしているかのような戦い方だ。
「よくやった」
「はい。ありがとうございます」
「これなら、まだ暫くは、お前たちに頼めそうだ」
「!!」
4人が嬉しそうにする。
俺が、ファビアンと10階層のセーフエリアで別れたのを見ていたので、自分たちもどこかに置いて行かれると思っているのだろう。
自分たちにもできる事があると思えば、嬉しいだけではなく、認められた気分にもなるのだろう。
「さて、11階層に行くぞ!」
「「「「はい!」」」」
すっかり懐いてくれたようだ。
ルートガーには悪いけど、しっかりと鍛えて、独り立ちできるくらいにはしてみたい。
そうしたら、SAやPAじゃなくて、飛び地の管理も任せられる。
相手も決まっているようなので、一緒に赴任させればいい。
ルートガーは、チアル大陸の中央に居てもらうとして、4人を交代で、いろいろな場所に派遣することも考えられる。
15階層で休憩を取る。
ボスを無傷で倒せたのが自信に繋がったのか、ロッホスの指示は精度を上げている。
10階層までの粗が目立つ戦い方が減って、しっかりと連携が出来ている。
「うーん・・・」
「ツクモ様?何か?」
「お前たちには問題はない」
「それでは?」
「武器や防具が、戦いについていけなくなっている」
「・・・」
「感じているのだろう?」
「はい。しっかりと急所を攻撃できれば、倒せるのですが・・・」
「急所への攻撃は戦いとしては正しいが、牽制が牽制になっていないのが問題だ」
「・・・。はい」
「防具は、後方支援を行っている。イェルンが問題だな」
「私ですか?」
「あぁ後方支援だから、他の者よりは、防御する箇所が少ない」
「はい」
「後方支援が崩れるとパーティーが崩壊する。スキルで自分を強化するのは当然として、そのうえでしっかりとした防具が必要だ」
「・・・」
「さて、俺が持っている中層でも対応できる武器と防具を出す。誰が何を持つのか、イェレラが決めてくれ。俺は口を出さない。スキル”鑑定”が付与してある道具は貸し出すから、上手く使ってくれ」
使っている武器や防具よりも一段か二段上の物を4人の前に揃えて見せる。
思った以上に戦えるようになってきたので、渡しても大丈夫だろう。武器や防具に引っ張られるような無様な戦い方にはならないだろう。
聞いていた話だと、この装備で30階層の階層主の前までは大丈夫だろう。
次に渡すとしたら、30階層の最後セーフエリアだ。
そこまで、4人だけで戦えたら・・・。
今までの戦い方を熟成させて、連携を密にすれば、30階層までは行けそうだ。
そこで、次の武器と防具を渡すか判断する。30階層のセーフエリアで待機させる判断を行う。
30階層のセーフエリアまで、ウミの手助けはあったが、4人だけで戦い続けられた。
同じ様に、武器と防具を渡した。
「ツクモ様」
イェレラが話しかけてきた。
「どうした?」
「30階層のボスですが、僕たちでは、”きつい”と思います。ツクモ様から武器と防具をお借りしましたが・・・」
「俺の見立てでは、ギリギリだと思うが?」
「はい。今までもギリギリの戦いでした。ウミ様が居なければ、崩壊していた場面もありました」
「そうだな。それで?」
「僕たちでは、ツクモ様に付いていけません」
「それが、お前たちの判断なのだな?」
「はい。でも!」
「どうした?何か要望があるのか?」
「今後の為に、ツクモ様とカイ様とウミ様とライ様の戦いを間近で見たいと思います。ダメでしょうか?」
「それは、30階層のボスに一緒に挑みたいという事だな?」
「はい。4人の総意です。そこで、自分たちの身は自分で守ります。僕たちは居ない者として扱ってください」
「ボスが複数だと、お前たちを狙うかもしれないぞ?」
「構いません。その時には、僕たちを囮にしてください」
「わかった」
「ありがとうございます」
大分、成長しているな。
イェレラが俺に向かって深々頭を下げてから、仲間の所に戻る。
今の話をするのだろう。
4人で綺麗に揃って俺に頭を下げてから、4人で何かの相談を始めた。
「カイ!ウミ!ライ!次のボス戦から俺たちが戦う。そのつもりで居るように!」
皆から了承が返ってくる。
もともと、戦う為に来ているのだ。ここから先は、遠慮しなくていい。カイは4人をフォローさせつつバランサーの役目をしてもらう。ウミはアタッカーだ。ダメージディーラーとして頑張ってもらう。攻撃スキルを中心に戦えば大丈夫だろう。
ライは、後方支援だ。カイが攻撃に参加する時に、4人を守ってもらう位置づけだ。
俺は、ウミとカイの補佐を行いつつ、指示を出す。カイやウミと比べると、器用貧乏になりつつあるが、遊撃としては、器用貧乏くらいが丁度いい。シロが居れば、ウミと組ませてのアタッカーができるから、パーティーが安定するのだけど、居ないのだからしょうがない。
さて、久しぶりに戦うことになるけど、大丈夫だろうか?
なんとかなるだろうとは思うが・・・。
俺たちのボス戦を見学して、これ以上は付いていけないと判断をした。
イェレラとイェルンとロッホスとイェドーアは、途中で引き返す事にした。ファビアンと一緒に待っている。武器と防具は、持たせたので途中で県令や戦闘訓練を行っているように伝えた。物資も持たせたので、1週間くらいなら大丈夫だろう。
俺とカイとウミとライだけになると、ダンジョンの攻略は気持ちが悪いくらいに順調だ。
途中ですれ違った攻略者たちから聞いた、最高到達階層に到着した。
ここまで、俺は戦っていない。
ライは、ほぼ荷物持ちだ。
カイとウミ。正確に言えば、ほぼウミだけで戦っている。ボスは流石に、カイとライも戦うが、俺の出番は殆どない。
攻撃を避けるので、回復も必要がない。
ライの分体が、最高到達点の1階層上でキャンプを張っていた者たちを偵察してきて、攻略が進まない理由がわかった。
魔物の強さも障害になっているのだが、魔物が強い為に、武器や回復薬などの消耗が激しい。
そして、人の損耗率も無視ができない状況になっている。
キャンプ地も、セーフエリアではなく、通常のフィールドで作成しているために、見張りや魔物の撃退にも時間が必要になってしまっている。
通常のダンジョンでは、魔物を倒せばスキルカードがドロップする。そして、下層の入口だが、レベル5-6くらいのスキルカードがドロップするのだが、このダンジョンでは、ドロップがかなり渋い。俺たちの感覚で言えば、4-5%だと思われる。しかも、レベルの低いカードが多い。
物資が不足して、キャンプ地では地上から持ってくる必要がある。
俺たちは、ライが物資を抱え込んでいるので、物資の心配がない。食料も水も、武器も必要な量をライが持っているのは大きなアドバンテージだ。
キャンプ地では、派閥争いまで発生している。
レベル2の水や火を使って、維持を行っているが、スキルカードのドロップが少ないので、キャンプ地では少なくなる資源の割り振りで揉める事が多くなっている。崩壊に繋がるような争いごとではないが、下層でのキャンプは難しいと判断が下される時期が近づいてきている。
キャンプ地を避けるように下層に降りた。
現状の最下層は、森林フィールドになっている。
『カズ兄!』
ウミの索敵に何かが引っかかったようだ。
「ミノタウロス?」
『カズト様』
今度は、カイか?
「なんだ?」
『任せてもらえないでしょうか?』
カイが自分で戦うと言い出した。
「ミノタウロスか?」
『はい。試したいことがあります』
試したい事?
何か確認しなければならない事ではなくて、試したい事?
カイが試したいことなら、試しておいた方がいいだろう。敵には、ある程度の強さが必要なのだろう。周りに人が居なくなるのを待っていたのかもしれない。
「わかった」
『ウミは、カズト様の護衛。ライ。一緒に来てもらうぞ』
ウミを残して、ライと一緒に戦闘の方法を試すようだ。
『うん!わかった』『はい』
カイは、俺の護衛をどうしても付けたいようだ。
このくらいの階層なら、護衛の必要はない。しかし、”必要ない”というと、カイが哀しそうにする。ウミもライも・・・。だから、護衛を受け入れている。相手にもまだ余裕があるから大丈夫だ。余裕が無くなってきたら、護衛ではなく共闘してさっさと倒してしまったほうがいい。
ミノタウロスが3体
ほぼ瞬殺だ。
カイが何を試したかったのか、解らなかった。
それから、3-4回は同じフォーメーションで戦った。
カイが確認をしたかったのは、ライとの共闘のようだ。
ライの分体を使った戦略をいろいろ試しているようだ。
次の階層に進んだ。
ここからは未踏破の階層になる。
カイの実験は続いた。
ウミとライに戦略の指示を行った。ライだけで戦うこともある。
次のフロアボスから俺も戦闘に加わる。
カイからの要請だ。戦闘に加わるが、カイとウミとライが順番で護衛を行う。その時の、フォーメーションを確認する。
魔物は強くなっているが、何か調整が入っているのか・・・。俺たちが安全マージンを取った状態でも大丈夫な敵しか出てこない。
『兄様』
「どうした?」
珍しく、ライが何かあるようだ。
『ペネムが、コアの動きがおかしいと言っている』
「コアの動き?」
『人数の3倍までしか魔物と戦わないようになっている。らしい』
「・・・」
ペネムがどうして、知ったのか気になる所だけど、思い当たる事がある。
しかし・・・。
「ライ。俺たちは・・・。もしかして、眷属は除外か?」
『うん』
「他には?」
『このダンジョンの崩壊が始まっている』
「え?」
『コアの力を越える状況になっている。らしい』
「どうしたらいい?」
『コアを確保して、”できそこない”を排除する』
明確な答えだ。
攻略しなければ意味がない。
潜っている俺たちも、ダンジョンが崩壊したら・・・。考えるだけで恐ろしい。
「カイ。ウミ。聞いていたな」
『はい』『うん』
スキルカードも使って、ダンジョンの攻略を行う。
魔物の数が多くないのは楽でいいが、下層に降りると罠が増え始める。
森林フィールドでは下層に向かう場所を探すのに苦労する。
フィールドも徐々に広くなっているので、探索に時間が必要だ。
ライの分体を使って、下層に向かう階段を探す。
問題が発生した。
全力で最下層に向かう。
コアに合わせなければならない。
「ライ!コアは?」
『ダメの様です。ペネムからの呼びかけに応じない』
コアが制御のできない状況になっているのか?
それとも、もっと深刻な状況なのか?
「時間がないのかもしれないな」
”戻る”方法も考えられるが、今からなら最下層に向かったほうが早いと判断をしている。
あと、10階層もないだろう。
『兄様!』
「見つけたか!」
『次が最下層です』
「カイ。ウミ。ライ!」
なんとかなる。
なんとかする。
最下層は、”ダンジョンのボス”だけが居るような雰囲気だ。チアル・ダンジョンと違っていてよかった。
「いくぞ!」
ボスは、オルトロスだ。
脅威ではあるけど、問題ではない。
ライが防御を担当して、カイとウミが左右から攻撃を加える。
カイとウミは囮の役割だ。
どちらかに向かったら、ライが補助や防御を行います。俺が横から攻撃を行う。
基本は、この繰り返しだ。
範囲攻撃は注意が必要だが、範囲攻撃は”溜め”が必要だろう。いきなり、ブレスでの攻撃はもっと上位の魔物だろう。
体力を削っていく、オルトロスもボスだ。膨大な体力を持っている。
第二形態にはならないと考えていた。第二形態を得るにはダンジョンが浅い。
「ライ!」
防御に徹していたライが攻撃に参加する。
今までは三方向だった攻撃を4方向からの攻撃に変える。
俺のレベル3の雷を受けて、オルトロスが絶叫を上げて倒れる。
「ライ!コアは!」
『確保します!』
ライが、オルトロスを無視して開いた扉から奥に進む。
チアルから受け取っていたコアを合成する。
意識があるコアなら、新しいコアを吸収すれば・・・。
崩壊が防げる。
「ライ!コアを吸収させろ!」
『はい』
俺とカイとウミは、魔法陣の上でライからの報告を待つ。
待っている時間が、数秒だとは思うが、数分にも感じられる。
崩壊が始まってしまえば、魔法陣が使えるとは限らない。
魔法陣を使って脱出が出来なくなれば、全力で階層を上がっていく必要がある。死ぬ気はないので、全力で逃げる、途中で遭遇する魔物や人は無視する。
魔法陣が歪んだ。魔法陣が消えてしまえば、脱出が難しくなってしまう。
ダメなのか?
「ライ!」
『カズ兄。終わった』
ライからの返事が聞こえてきたと同時に、魔法陣が正常に戻った。
それだけではなく、壁が崩れ始めていたのも止まった。
コアの吸収が終わったのか?
チアルが作り出したコアと融合したのか?
ライからの呼びかけに従って、コアが置かれているはずの、コアルームに移動する。
一つのコアが明滅している。
コアの横には、ライがいつもの姿で待っていた。
「ライ」
『カズ兄。新しいダンジョン・コアに、名付けをお願い』
コアを見ると、明滅の間隔が早くなっている。待っているようだ。
「そうだな・・・。お前の名前は、ダゾレだ」
名付けを行うと、ダンジョン・コアと繋がった。
以前は解らなかったが、眷属が増えてきたことで、同時に行うことができるようになり、繋がる感覚が掴めるようになってきた。
『ありがとうございます。マスター』
会話が成立する。
楽が出来そうだ。ライ経由での設定だと、手間が二重になってしまう。
鉱山の設定を行わなければならない。それに、チアル大陸と違って、俺たちが近くには居ない。攻略を禁止するのも難しい。中層程度で止まっているから、攻略は不可能だとは思うが、深層部分は攻略が不可能な状況にしておきたい。
全部を俺が設定するのは少しだけ面倒だな。
その前に・・・
「ダゾレ。お前には、このダンジョンの管理を頼むことになる」
『わかりました』
役割をはっきりさせる必要がある。
サブ・コアの役割は作らない。ダゾレ・コアに管理と運営を行わせる。
そして、チアルたちに管理と運営の手伝いを行わせたい。
「ライ。ここから、チアルに連絡ができるか?」
『できる』
チアルに繋がるのなら、運営段階になったら手伝わせれば楽になりそうだ。
デ・ゼーウに任せる方法もあるが、良くも悪くもアイツは、自分の街のことが中心になってしまって、ダンジョンを資源として考えるだろう。それでもいいが、何か問題が発生した時に対応が出来なければ意味がない。
「ダゾレも、チアルやペネムやティリノとの連絡ができるようにしてくれ」
『はい。情報共有は終了しております』
情報共有が終わっているのなら、運用に関するデータも貰っているのだろう。
チアルとか、考えていなかったが、ダゾレなら・・・。
「そうか・・・。ダゾレは、ダゾレになる前の記憶はあるのか?」
『あります。意思があるのかと問われたら不明です』
そうか、ダンジョン・コアには記憶があるのだな。もしかしたら、”ログ”的な物なのかもしれないが、意識はないのか・・・。
「わかった。このダンジョンの方向性は決めてあったのか?」
『設定はされていません』
「方向性の指定は誰がしていた?」
『禁則事項です』
やはりダメか?
神の領分なのか?それとも、もっと別の”何か”か?
新種の情報が得られるかと思ったが、難しそうだな。ダンジョンの中には、新種は居なかった。居たかもしれないが、気が付かなかった。
ダンジョンの謎はゆっくり考えて行こう。
まずは、ゼーウ・・・。デ・ゼーウからの要望を叶えないと・・・。
「中階層は現状維持。深層は、チアルのサポートを得て堅牢にしてくれ、攻略が不可能な状態でも構わない」
『わかりました』
「低階層は、鉱山階層に変更。できるか?」
鉱山も種類が必要になるだろう。
それに、鉱山だがダンジョンでは、採掘ができるようになるだけで、”山”が配置されるわけではない。ドロップの設定が可能になるだけだ。
マップの生成と魔物はダゾレ・コアが決めればいいと思っているが・・・。
『可能です。中層のリソースを割り振る必要があります。中層では、ドロップがなくなります』
「中層では、ドロップを皆無に設定。採取は、採取されてしまったら終わりだ」
リソースの不足は、しょうがない。
中層のドロップがなくなるのは都合がいい。どうせ、攻略が不可能な状況にするのだから、ドロップがなくなれば、美味しくないと判断して、潜る連中が減る可能性もある。
低階層で、必要な鉱石の採掘が出来れば、中層以降には潜らなくなるだろう。
『わかりました』
「鉱石の種類は?」
『銅・銀・金・鉄鉱・岩塩・鉛・白金・石炭・ミスリル』
「ミスリルと金は必要ない。岩塩・石炭・鉄鉱・銅・銀の順番で構成してくれ」
『3階層で構成します』
三階層で構成というのは・・・。
1-3階層は、岩塩
4-6階層は、石炭
と、構成するのだな。
別に、俺が潜るわけじゃないから、初期設定としては十分だろう。あとは、ドワーフたちと話し合ってデ・ゼーウがどの階層を目的として潜るのか決めればいい。金とミスリルは、いろいろな意味でダンジョンに価値が出来てしまう。価値が上がるのは避けた方がいいだろう。
どうせ、デ・ゼーウの事だから、占有はしないだろうけど、それに近い状況には持っていくだろう。
「頼む。あと、このダンジョンの攻略完了を証明する方法は、魔法陣で帰る必要があるのか?」
攻略の証明を考えないと・・・。
俺たちが攻略したと宣伝してもいいが、面倒なことにもなりそうだから、デ・ゼーウに雇われた者が攻略した。証拠は”これだ”とか出来れば嬉しい。無ければ、最下層のボスの素材を渡せばいいのか?
『ダミー・コアをお持ちください』
何か、方法があるようだ。
「ダミー・コア?それは、何ができる?」
『はい。私に繋がるコアです。ダンジョンの生成は行いません。ダンジョンの状況が把握できるコアです。ダンジョンに潜っている人数が解ります。魔物の数が増えすぎた場合に警告が発せられます』
魔物の数も、ダンジョン・コアが制御できるから、実質ダンジョンの状況が解るだけのコアか?
デ・ゼーウに渡して問題がない物か?
ダミーと言ってもコアだ。俺以外が持っていて問題になるようなら、見せるだけになってしまう。
「俺以外が、ダミー・コアを持っていて問題はあるか?」
『ありません。私のマスターは、”カズト・ツクモ”だけです。攻略されて、破壊されるまで、マスターにお仕えいたします』
「わかった。ダミー・コアの準備を頼む。二つ準備できるか?」
これで、問題はない。
帰るだけだ。
何か、忘れている感じがする・・・。気のせいか?
『可能です。”ダミー・コアの生成を始めます。13分35秒必要です”』
13分?
「たのむ」
『開始しました。低階層の変更の準備が整いました。マップは自動生成しますか?』
そうだ。低階層のマップと魔物の配置を忘れていた。
「そうだな。複雑なマップは必要ない。魔物の配置も自動で頼む」
『マップを自動生成します。反映には、19時間47分23秒。魔物の再配置が発生します。人の有無で時間は前後します』
そうか、人が居れば、マップの再配置が出来ない。
魔物の配置もリセットしなければならないな。
大きな問題にはならないが、俺が外に出てから、デ・ゼーウと話をしている時に、再配置するのが理想だな。
ダミー・コアから、連絡が出来れば・・・。ダメだな。出来てしまうと、いろいろ設定が崩れてしまう。
まずは、再配置に時間差が作られるかを確認してからだ。
「わかった。俺たちが、ダンジョンから出てから、6時間後からの開始は可能か?」
『可能です』
「6時間後から、低階層の再構成を実行。その後、チアル・コア。ティリノ・コア。ペネム・コアと、相談して、深層を強化。リソースが足りなくなった場合に、チアルからの支援は可能なのか?」
深層の強化は必須だ。
リソースが足りなくなったら、チアルから回したい。チアルと繋がっているのなら可能だと思う。
『チアル・コアの許可が必要です』
「ライ。チアルに指示してくれ」
『わかった』
『ありがとうございます』
チアルから了承が伝わったのだろう。
チアル大陸からでも、ダゾレに繋がることも解ったから、チアルを通しての連絡にはなるが、中央大陸の情報もある程度は仕入れられることになった。
ダンジョン・コアの解析やダンジョンのことを考えてみるのも必要になってきそうだな。
でもまずは・・・。
「よし。帰るか!」
帰ることにした。
カイとウミとライもそのつもりで準備を行っている。
準備と呼べるような物ではないが、倒したボスの素材は持ち帰ったほうがいい。ダミーコアの準備も終わっている。
使い方も、コアに話を聞いているので大丈夫だ。それに、間違えても、コアがハッキングされたり、クラッキングされたり、乗っ取られなければ間違えた使い方をされても問題にはならない。
チアルの対応が出来ない状況になったら、また攻略すればいいだけだ。その時には、ダンジョンを討伐することになるので、最悪はダンジョンが消滅してしまう可能性が高い。
デ・ゼーウには、間違えた使い方をして、ダンジョンが暴走した時には、消滅の可能性があることを告げておけばいいだろう。
『マスター。魔法陣を使いますか?』
ダゾレが、俺に話しかけて来る。
魔法陣を使えば、一気に帰ることができる。目立つ事は避けられない。帰還の場所は、任意の場所に設定できるようなので、1層で人が行かない場所に転移すれば・・・。
ん?
何かを忘れている?
そうだ!
イェレラとイェルンとロッホスとイェドーアたちと合流して戻らなければならない。
それに、ファビアンもダンジョン内に居るのなら、探して連れて行く必要があるのか?
面倒だな。
ルートガーの従者だけでいいか?
「途中で仲間を拾っていく」
面倒だけど、拾っていかないとダメだな。
デ・ゼーウに文句を言われるのは構わないが、ルートガーが行っているだろう交渉に影を落すのは得策ではない。
完全な成功にするためにも、ファビアンを拾っていく必要がありそうだ。
よかった。帰る前に思い出した。俺を褒めてあげたい。
『指定していただければ、こちらに呼び寄せます』
指定?
呼び寄せる?
「名前はダメだな・・・。どうやって特定する?」
ダゾレが出来るのなら、チアルもできるはずだ。
そうか、ダンジョン内という条件が付くのか?
今は、便利だけど、使い道が限られそうだ。チアル・ダンジョンなら・・・。
『私に触れてください。階層を指示していただければ、階層の様子を見る事が出来ます。該当の人物に触れてください。マーキングをした人物を呼び寄せます』
使い方は、コアに触れなければならないのなら、チアル・ダンジョンには使えない機能だな。
ダミーコアでも同じ事が出来たら便利だ。無理なのは解っている。無理だけど、機能が付けられないかだけでも確認をしておこう。どんなスキルか解れば・・・。
「便利だな」
今は、凄く嬉しい機能だ。
早速、試したいが・・・。その前に確認をしておこう。
「ダゾレ。呼び寄せる場所は、指定できるのか?」
『可能です』
「リソースは?」
『ダンジョンの権能です』
「ダンジョンの運用に問題は出ないな?」
『はい。全員を呼び寄せるのは不可能です』
「わかった」
ダゾレに触れて、階層を見ていくと、意外と時間が必要になりそうだ。
ライが、皆と別れた階層を覚えていた。
ライに指示されながら、4人を探す。
ファビアンは、すぐに見つけられた。
4人は、訓練でもしているのだろうか、バラバラに動いていた。
戦闘中は、呼び寄せるのは難しいと言われたので、民が休むのを待っていた。
待っている間に、ライを通して、チアルに俺たちを呼び寄せられるか確認をしたが、無理だと即答された。
特に、俺とライとカイとウミは無理だと言われてしまった。他にも、竜族も不可能らしい。力を持つ者では、呼び寄せを行う時にキャンセルされてしまうようだ。シロでギリギリだと言われたので、使い勝手は良くない。ルートガーもギリギリらしい。眷属の繋がりがあれば、拒否は出来ないので、呼び寄せられる可能性があるというのがチアルの答えだ。
簡単に言えば、やってみなければ解らない。対象が、ダンジョン内に居なければ出来ないようだ。
俺やライやカイやウミは、ダンジョンの力への抵抗力が強いので無理だと考えているようだ。ダンジョンの力への抵抗力は、チアルが説明してくれたが、簡単に言えば、同じ魔物ではダンジョンの外に出た者とダンジョン内の者では、攻撃力が違うように思われていたのだが、実際にはダンジョンへの抵抗力が低い者だと、攻撃を受けた時のダメージに違いが出て来る。
ファビアンと4人の監視を、ダゾレに依頼した。
俺が見ていて見逃してしまったら、帰る事が出来ない。
「ダゾレ。頼む。仮眠をしていていいか?カイとウミとライも自由にしてくれ」
壁に寄りかかって、目を閉じる。
ダゾレが監視している上に、ボスがリポップする心配はない。1ー2時間くらい仮眠が取れたら、身体は少しだけだが楽になる。崩壊が近いと思って、少しだけ無理をした。カイやウミやライにも無理をさせた自覚はある。戦闘では無理をしていない。探索や移動で無理をさせられた。
ダゾレからの呼びかけで意識が覚醒する。
『マスター。全員が揃っています』
「同じ階層に移動したのか?」
そうか、ファビアンの所で待っていようと判断したのだな。
確かに、ファビアンと別れた階層なら、護衛としては十分な力を持っている。4人も必要ないが、一緒に居た方がいいと判断したのだろう。俺を待っている間に、順番に戦闘訓練をするくらいのつもりで居たのかもしれない。
『はい』
「丁度よかった。セーフエリアに居るのか?」
ファビアンならセーフエリアに居るだろう。
一応、確認をしておけばいいだろう。
『はい』
「俺たちを、彼等の場所まで移動させてから、1階層に移動できるか?」
『無理です』
想像はしていたが、俺たちが移動するのには、制限なり条件なり、何かしらの枷があるのだろう。
無条件に使えてしまったら、いろいろな事が破綻してしまう。
「わかった。彼等を最下層の階層主の部屋に呼び寄せるのは大丈夫だよな?」
最初に考えたプランで帰還するのがベターなのだろう。
もしかしたら・・・。
今は、帰還するのを優先しよう。チアル・ダンジョンで試せば、違った知見が得られるかもしれない。
『可能です』
「そのあとで、魔法陣を使って、1層に戻るのはできるのか?」
これは、最初からできると言われているので大丈夫なのだろう。
『可能です。帰還場所の指定が出来ます。先に、魔法陣で帰還する場所の指定をお願いします』
「帰還する場所を、1層に設定して、部屋にすることはできるか?」
帰還する場所が指定できるのは嬉しい。
『可能です』
「部屋の扉には鍵を設置できるよな?」
鍵は、どんな物でもいいが、最下層のボスを倒したらドロップした鍵だと言えば、持っていても不自然ではない。
『可能です』
「部屋の鍵は、1本だけで、俺が持っていく」
1本だけしか作られていない鍵で、最下層を攻略して、魔法陣で帰ると、部屋から出られない。
『はい。部屋の広さは?』
「このコアルームと同程度。真ん中に、ダミーコアのダミーを置けるか?機能は何もしない物だ」
『可能です』
「作成してくれ、完成したら、彼らを呼び寄せる」
『完成まで、2分37秒』
すぐに、終わりそうだ。
カイとウミとライを伴って、階層主の部屋に移動する。帰る為の魔法陣は既に出来上がっていて、上に乗ればスキルが発動する。このスキルカードが欲しいと思ってしまうが、最低でもレベル10だろう。似たような使い道が解らないスキルカードがある。何度か、取り出して使おうとしてみたが発動しない。
『呼び寄せを実行します』
「たのむ」
俺たちの前に、新しい魔法陣が現れる。
光の柱が天井まで伸びた。
光がおさまると、ファビアンと4人が、怯えた表情を浮かべていた。
「ツクモ様」「カズト様」
それぞれが俺を見て、安堵の表情を浮かべる。
完全に、光の柱が消えるまでは外に出られないようだ。
最下層に、ファビアンとイェレラとイェルンとロッホスとイェドーアが転移してきた。
呼び寄せたので、当然なのだが、本人たちは何が発生したのか混乱していた。
俺が居るのを見て、俺が何かをしたのかと考えているようだ。
表情を変えすぎの気がするが、俺を見て安堵するのは、少しだけ違う気がする。時に、ファビアンを除いた4名は、護衛の役割を含めて、ルートガーに報告して、再教育を受けてもらおう。
「揃ったな」
皆が俺の前に来て、頭を下げる。
「ツクモ様」
「攻略が終わった。今から、地上に帰る。君たちを呼び寄せたのは、コアの力だ。詳しい話は、デ・ゼーウを交えてした方がいいだろう」
「はい。お願いいたします。それにしても、ダンジョンの攻略が終わったとは・・・。それに、この場所は?」
「この場所は、ダンジョンの最下層。ボスが居た場所だ」
俺の言葉で、皆が部屋の中を見回す。
すでに地上に戻るための魔法陣は起動されている。
「全員が、魔法陣に入ったら1階層に転移する。もし、最下層を見て回るのなら、時間を預けるぞ?」
俺の言葉で、皆が嬉しそうな表情をする。
たしかに、ダンジョンの最下層なんて、来たくても来られる場所ではない。
戦闘跡は残っていない。素材も落ちてはいないが、最下層というだけで嬉しいのだろう。
壁に触ったり、床に触ったり、中心で天井を見たりしている。観察してみれば、観光地に来た人たちのようだ。流石に、ダンジョンの最下層を観光地にできるとは思えないが、ダンジョンの低階層なら観光地を作っても面白そうだ。アトラクションは、アスレチック的な物を用意すれば、勝手に競い合って遊んでもらえそうだ。低レベルのスキルカードを商品として提供してもいい。
30分ほど最下層を見て回って満足したのか、皆が俺の周りに集まってきた。
「いいのか?」
「はい。お待たせして、もうしわけありません」
ファビアンが俺に頭を下げるのと同時に4人も揃って謝罪の言葉を口にする。
「気にするな。戻っていいか?」
「はい。お願いします」
ファビアンから順番に魔法陣の上に歩いてきた。最後は、カイが魔法陣に足を踏み入れる。
魔法陣の上に全員が乗った。魔法陣が光りだして、頭の中でカウントダウンが始まる。
俺も聞いていなかったので驚いたが、皆の驚愕の声を聞いて、落ち着きを取り戻した。
カウントが終わると、光が俺たちを包み込む。演出なのは解っているが、過剰演出にしか思えない。
”イワノナカニイル”にならずに、1階層に戻ってこられた。皆が揃っているのを、目視で確認をする。
皆を確認していると、興奮しているようだ。
ダンジョンの攻略と、最下層の散策。そして、1階層に戻ってきたのだから、興奮するなというのが無理なのだろう。
「ファビアン。デ・ゼーウに報告に行きたい。ダンジョンを出てからになるが、手続きを頼む」
「かしこまりました」
ダゾレに転移先を聞いていたので、ダンジョンから出るのには苦労しなかった。
全ての分岐で右側を選んでいけば出口が見えてくると言われていた。
そういうやり方を”どこ”で覚えたのか聞いてみたいが、楽ができるから歓迎なのだが、元ネタが気になってしまう。
地上に出ると、まだ明るい時間帯だ。
「え?なんで?」
「それはこっちのセリフだ。なんで、戻ってきた!」
思いもよらない人物がダンジョンの出口に居た。
入口と出口が一緒なので、居てもおかしくはないが、一人で居るのがおかしい。
「ルート。デ・ゼーウの手伝いはいいのか?」
「アイツはダメだ。お前よりも酷い」
「ん?デ・ゼーウか?」
「あぁ。ダンジョンを確保したあとのビジョンも無ければ、ドワーフたちが煩いから鉱石を買えばいいとか言い出す」
ルートガーは、デ・ゼーウが酷いというが、エルフ大陸でも、アトフィア教の連中とか、チアル大陸に居た者たちとか、同じレベルだ。1歩や2歩先に何があるのか考えて施策を行う者の方が稀有だ。
目の前にある厄介な問題を解決するだけで精一杯で、その先を考えない。
「わかった。わかった。それで、なんでダンジョンにお前が来ている?」
「ダンジョンを確保したあとに何が必要になるのか・・・。まったく、何もない状態で驚いていたところだ」
「え?何もない?」
俺とルートガーの会話に入ってきたのは、ファビアンだ。
ファビアンとしては、施設の規模は別に、ダンジョンの周りには、いろいろな街が勝手に建てた物がある。
必要な物が揃っている認識で居るようだ。
確かに、ゼーウ街が確保するのなら、いろいろと建築した方がいいだろう。
俺たちが指摘するのは違うと思って、ファビアンにも話をしていないのだが、ルートガーがやる気になっているのなら任せてもいいかもしれない。
「ファビアン。ドワーフたちを含めた支援は決めているのか?」
「支援?」
「鉱石は低階層で採取ができる。全部を、ドワーフたちに渡すのなら、問題はないが、違うのなら取り決めをしておかないと、ドワーフたちは際限なく、要求してくるぞ?」
「え?ドワーフたちが、鉱石を・・・。え?」
「ルートガー。任せていいか?」
「俺か?」
「他に、誰が居る?」
「道筋を作るだけだぞ?」
「そこまでしなくていい。最初の交渉で、ゼーウ街が有利になれば十分だ。確かに、ゼーウ街が安定してくれれば、俺たちにもメリットがあるが、それは中央大陸への足がかりが、ゼーウ街だという話で、他の街になっても、俺は困らない。条件次第だ」
「わかった。ダンジョンの整備と、ドワーフたちへの対応だな」
「それと、他の街との交渉の前準備だ」
ファビアンは会話に加わらない。
ルートガーは少しだけ考えてから了承の意を伝えてきた。
「ダンジョンの攻略は?」
「終わったぞ。証拠も持ってきた」
「わかった。デ・ゼーウ殿に説明をするか?」
「そうだな。フェビアンに報告に行ってもらって、その後に面会を考えていた」
「そうか、ファビアン殿。一緒に、デ・ゼーウ殿に報告に行こう」
「はい」「あっ。ルート。こいつらを連れて行ってくれ」
4人をルートガーに返す。
俺の側に居られても困る。
「わかった」
「それから、攻略の証拠を渡す」
ダミー・コアを渡して、ルートガーに説明を行う。
ルートガーなら、コアを見たことがある。状況がわかるだろう。しっかりと睨まれたから、把握が出来たのだろう。
「それで、ダミー・コアでは何ができる?」
さすがは、ルートガーだ。話が早くて助かる。
ダミー・コアの機能を説明する。
「そうなると、監視というよりも、管理が近いのか?」
「そうだな。人数の把握ができる程度だと思ってくれればいい」
「いや、かなり、ゼーウ街からしたら有効なアイテムだ」
ルートガーの構想では、ダンジョンを出る時に”税”を徴収することを考えているようだ。
ダミー・コアがあれば、出る前にチェックを行い。申請した人数と出た後の人数を比べれば、”税”を逃れるために隠れて抜け出そうとする者を見つけることができる。
「そうか?ルートに任せる。あとは、素材系は、ファビアンに渡せばいいよな?」
「あぁ。売るのか?」
「いや、今回は、デ・ゼーウからの依頼で潜ってから、素材はそのまま渡す。こちらで欲しいと思った素材は確保させてもらう」
「素材の確保は、お前が好きにすればいい。文句は言わないだろう」
「ルート。頼む」
「お前はどうする?」
「あぁ」
視線を森の方角に移動する。
カイとウミから、嫌な報告があった。確認しなくてもいいとは思うが、乗り掛かった舟だ。厄介ごとの可能性があるのなら、最初に芽を摘んでおきたい。
俺の視線でルートガーも何かがあると思ったのだろう。
「わかった。交渉は任せてくれ。ファビアン殿。行きましょう」
ファビアンが慌てて、荷物を持って、頭を下げる。
同じように、4人も頭を下げてから、ファビアンの荷物を手伝うようにしている。ルートガーは、ダミー・コアを持ちながら、軽く会釈だけをして、背中を向けて歩き出した。
ルートガーとファビアンが、俺たちから離れた。ルートガーの従者として連れてきた連中も、ルートガーと一緒に交渉をまとめるように伝えている。ダンジョンの内部の説明を、ファビアンだけに任せるのは、ルートガーの立場が悪くなる。俺が着いて行くことも考えたが、ルートガーに交渉を任せるのに、俺が一緒では意味がない。従者たちは、ダンジョンに潜っている。俺の代わりに、ルートガーにダンジョン内部の説明をする役割を与えた。
それに、記録係りくらいはできるだろう。
ルートガーには必要がないと言っても、従者だけではなく護衛としての役割も必要になってくる。
ルートガーからは、俺に対する護衛として、従者を残していくと言われたが邪魔になる可能性が高い上に、俺にはカイとウミとライが居るから必要がないと言って、引き取らせた。
スキルカードは、持たせたままにしている。俺には必要性が低いカードで、枚数も揃っている。簡単に無くなるような枚数ではない。
拠点に帰れば、減ったスキルカードの補充ができるだろう。簡単に補充ができないスキルカードもあるが、それは使っていないし、渡していない。
『カズ兄!』
ウミが、森に視線を向けている。
俺にも解るくらいの距離まで近づいてきているようだ。森から出る寸前だ。止る気配がない。森から出てきて、人里を狙うのか?
人ではない。魔物なら、森から出るような行動を取らない。できそこないか?
「カイ!」
既に、ライを乗せたカイが走り出している。
近くには人が居ない。
「ウミ!」
『任せて!』
カイとウミが走り出した方向に、俺も走り出す。
索敵では、3体のはずだ。
カイとウミとライが負けるとは思えないが、俺がサポートに回れば確実だろう。
それに、索敵範囲のギリギリを移動している、反応があるのも気になっている。俺の索敵範囲が認識されているようで気持ちが悪い。
俺が近づくと、一瞬だけ索敵の範囲内に入るが、すぐに範囲から外れる。
確実に、俺の動きを把握している。同じレベルの索敵ができるのか?それとも、違うスキルか?
一気に加速する。
「カイ。ライ。手前の3体は任せる!ウミ!」
『うん!』
『はい』『わかった』
ゴブリン?
こんな色だったか?
角がある?
正面からカイとライが攻撃を仕掛けるが、俺とウミを狙ってスキルを使ってきた。
レベル4の炎弾だ。ゴブリンがレベル4のスキルを使う?
それも連射だ。
「ウミ!」
『大丈夫!』
「ライ。森へのダメージを最小限に保て!」
『わかった』
ライが、炎弾を水弾で相殺していく、それでもゴブリンたちは止らない。
なにか、おかしい。
「カイ!ウミと一緒に、後ろに居る奴を狙ってくれ」
『カズト様!』
「こいつらは、俺を狙うようになっている。ライが居れば大丈夫だ」
『はい』『任せて!』
カイが起動していたスキルをキャンセルして、走り出す。
ライは、俺の肩に乗り移ってから、スキルを発動する。
「ライ。ゴブリンたちを囲むように、結界が張れるか?」
『近づいたら可能です』
「わかった」
カイとウミが、後方に居る1体に向かった。
逃げるそぶりは見せない。
戦闘状態になっていると判断しているのか?
それとも、何か法則があるのか?
ターゲットが俺だから、俺が近づかなければ逃げないのか?
解らないことだらけだけど、まずはこいつらを倒してしまおう。
ゴブリンに近づいた。
間合いはまだ遠い。スキルの距離だけど、スキルを使う前に・・・。
「ライ!」
『うん』
ライが、結界を発動する。
これで、スキルを使っても大丈夫だ。
刀に氷を纏わせる。
このゴブリンたちは、通常のゴブリンと違って、スキルを使ってくる。
上位種とか変異種ではない。
新種だと思われる。知識は、ゴブリンとそれほど違っていない。ただ、スキルを持っているだけか?
刀で切りつける。
硬い!
爪で反撃が来る。
交わして、腕を切り飛ばす勢いで刀を振るうが、硬い。
「ライ!レベル5。解放」
ライが持っているスキルカードで、レベル4までを使うように指示を出す。
俺も、刀に纏っていた氷を解除して、振動を付与する。レベル5のスキルだ。
これで効かなければ、距離を取って、もっと上位のスキルを使う事にする。
幸いなことに、動きはゴブリンと変わらない。
硬い事と、レベル4のスキルを使ってくる。
俺とライなら、数が倍になっても対処ができる。
しかし、このゴブリンがゼーウ街に到着したら?
ルートガーに対処ができるかギリギリだろう。スキルカードを出し惜しみしなければ勝てる可能性は高くなるが、このゴブリンが3体で終わりだと思うのは楽観すぎる考えだろう。
デ・ゼーウには対処が不可能だ。
難しい問題になってきた。
振動を付与した刀なら、新種のゴブリンの皮膚を切り裂ける。
物理耐性が強いだけで、無効にはなっていないようだ。
スキル耐性もある程度はあるのだろう。
レベル4のスキルでは、ダメージらしいダメージは見えなかったが、レベル5になるとダメージをあたえられる。
通常のゴブリンなら、スキルはレベル3で十分だ。
そもそも、スキルを使用しなくても、十分に倒せる。
3体のゴブリンを”新種”と認定して対応を行う。
「ライ。1体は、スキルを使わないで倒す」
『うん!』
あまりにも、通常のゴブリンと違う。
上位種では、武器を使う場合はあるが、スキルを使ってこない。
変異種になって、武器の代わりに属性のスキルを使ってくるが、レベル1か2程度だ。
レベル4相当のスキルを連射してこない。
ゴブリンが進化に成功している印象がある。
動いていて、鑑定が通らない。弾かれている印象もある。
俺の鑑定が通らないのは初めてじゃないが、レアな現象だ。
弱らせて、鑑定を通す必要がある。
1体は、俺が振動のスキルを付与した刀で倒した。
1体は、ライがスキルを使って倒した。
倒されたゴブリンを鑑定すると、進化体だと解るが、それだけだ。
残った1体を、スキルを使わないでダメージを蓄積させる。
刀でのダメージは、硬い皮膚に弾かれるが、徐々に傷がついているのが解る。ライの攻撃で、皮膚が溶かされているようだ。
ダメージが蓄積されれば、それだけ鑑定を弾く力も弱まってくる。
「ライ!拘束!」
ライに指示を出す。
これだけ弱まれば、拘束が可能だ。
暴れるが、ライの拘束の方が上だ。
鑑定が通った。
進化したゴブリンで合っているようだ。
スキルが3つ?
レベル3の体力強化を持っていた。
しかし、防御力が上がるようなスキルがない。
肌が硬くなるのは、レベル6の硬化かと思ったが、種族属性のようだ。
種族がゴブリンのままなのは、進化した証拠だと見てよさそうだ。
称号に、”進化体”とあるので、やはり、新種は進化に成功した個体なのだろう。
そして、俺たちが、当初”新種”だと思っていたのは、やはり進化に失敗した個体だと考えていいだろう。
「ライ。倒していいぞ!」
『はぁい』
ライが、進化したゴブリンを吸収する。
抵抗しているが、無駄な抵抗だ。
ライに溶かされていく、途中でゴブリンが倒された。
スキルカードが残された。
持っていたスキルがスキルカードにならなかった。
もともと、進化する前のゴブリンと同等のカードが残される。
進化したスキルではなく、元々のゴブリンの特性になるようだ。
強さに合っていない。
倒すのに苦労するのに、実入りが少ない。
今回が、”たまたま”の可能性だってあるのだが・・・。
『カズト様』
カイとウミも終わったようだ。
時々聞こえてきた内容では、上位種のゴブリンの進化体だと思う。
命令を出していたようには思えないが、下位のゴブリンの進化体を操っていたような感じだ。
カイとウミは、スキルを使わないで倒した。
流石に、捕縛が難しく、討伐になってしまったようだ。
スキルカードが出たが、やはり進化前の上位種のゴブリンと同等のようだ。
ゴブリンの新種?が落したスキルカードを見ているのだが、チアル大陸で出現していたゴブリンたちが、落すスキルカードとの違いは見られない。
「カイ!ウミ!」
スキルカードの回収が終わっているが、また奥からゴブリンの新種と思われる気配が近づいてくる。
カイとウミも解っているのだろう、臨戦態勢に戻る。
ライが分体で周りの探索を始める。
スキルに頼ることも出来るのだが、新種のゴブリンは急に湧いた感じがした。
もし、これがダンジョンと同じように、新種として産まれてくるのなら、対策が難しい。チアル大陸でも、街中でいきなり、新種が生まれて来る可能性がある。今のところ、新種を含めて、魔物が産まれたという報告はない。
後で、ルートガーに確認をしてみるが、魔物が生活圏内に産まれたのなら、俺に報告が上がってくるはずだ。
対処が終わったとしても、俺に報告が上がってくる。
それに、噂話としても聞いていないことを考えれば、チアル大陸では、生活圏内に魔物が突然現れる事案は発生していない。
チアル大陸の生活圏内は、コアたちの勢力になっているから、魔物が産まれない可能性が高い。しかし、生活圏内以外では新種が生まれてしまう可能性がある。実際に、俺が大陸を把握する前には、森の中で魔物が産まれていた。
『カズ兄。倒していい?』
ウミが痺れを切らしている。
「カイ。ウミ。1体は生け捕りにしてくれ、あとは倒していいぞ」
許可を出すと、ウミが走り出して、新種のゴブリンに攻撃を仕掛ける。
カイは、ウミに支援のスキルをかけてから、後ろに回り込むように動きを見せる。
ライは俺の周りに待機している。
分体からの情報を、俺に伝えてくれる。
どうやら、森の奥に洞窟があり、そこから新種のゴブリンが出てくるようだ。
「ライ。ダンジョンか?」
『違います。普通の洞窟にゴブリンが集落を作った様です』
「わかった」
どうする?
巣は潰しておいた方がいい。
中央大陸だけど、ゼーウ街が潰れるのは・・・。
「新種がいるのか?」
『わかりません』
「そうか・・・。ゴブリンが出て来るように見えるのか?」
『はい』
やはり潰した方がいいのか?
もしかしたら・・・。
実験は出来ないな。
どこかで、実験をした方がいいのは・・・。
できる場所があるとは思えない。
”蟲毒”
新種が産まれる条件が、蟲毒だとしたら・・・。
巣が産まれてから、新種が産まれるのだとしたら、巣を潰していけば、蟲毒の状態にはならない。本来の蟲毒では、複数の毒虫を集めるのだが、同種で戦う・・・。
人間も同じだな。
俺は、蟲毒を・・・。
飛躍した考えだな。
今は、新種の発生原因が”巣”にあると仮定して動いたほうがよさそうだ。
『カズト様。終わりました』
「カイ。ウミ。ゴブリンの巣が見つかった」
『カズ兄。生け捕りにしたゴブリンはどうする?』
「ホームに入れておいてくれ、コアに解析を頼む。ライ。頼めるか?」
『はい』
ウミが引っ張ってきていた新種のゴブリンをライが飲み込む。
これで、解析が出来れば・・・。新種に関しての情報は、今はどんな事を・・・。得られる可能性を少しでも増やしたい。
”巣”も殲滅しよう。
スキルカードは低位のレベルしか出ないけど、在庫が怪しいカードもある。
使わないカードは置いてきているが、増える分には問題にはならない。在庫が増えると思えばいいのだ。それに、ゼーウに”貸し”として渡してもいいだろう。どうせ、低位のレベルだけだ。
新種が産まれてこなければ、放置が決定するような案件だな。
「カイ。ウミ。ゴブリンの巣を殲滅するぞ。ライ。案内を頼む」
ライの案内で森の中に足を踏み入れる。
チアル大陸では、一部を除いて森は、以前と比べると安全になっている。
久しぶりの感覚で嬉しく思えて来る。
時間的な余裕もないから、さっさと”巣”を駆逐しよう。
”巣”があると思われる洞窟の入口は考えていた以上に狭そうだ。
「ライ。洞窟に他の出口はありそうか?」
『”ない”と思われます』
「わかった。ライは、”巣”が他に繋がっていないか確認してくれ、カイとウミはスキルを使って殲滅だ。スキルカードは、ライが回収してくれ、俺はカイとウミのサポートをする」
俺の合図で、三方向から攻め込む。
入口が狭いから、俺が最初に入るのは無理だ。
ライから報告が入った。
『繋がっているか不明ですが、ゴブリンの”巣”があります』
「ウミ。ライのサポートに行けるか?」
『うん!』
洞窟からウミが飛び出して、ライが誘導する別の洞窟に向かう。
繋がっているといいのだけど・・・。
結局、”巣”は繋がっていた。
最初に見つけた”巣”には、新種がいなかった。
俺が突入するまでもなく、ゴブリンの上位種なら、カイだけで十分に対応ができる。
俺にも残しておいてほしいとは思ったが、散らばっているスキルカードを拾い集めるのに集中していたら、終わっていた。
最悪な想像が当たってしまっているようだ。
カイとウミとライが入っていない部屋に戦闘の痕跡があり、そこにスキルカードが散らばっていた。
ダンジョンならコアが吸収していたのだろうけど、洞窟はダンジョンではない。
その為に、スキルカードが残されていた。
戦闘の跡からは、ゴブリン程度の者たちが戦ったのは解るが、新種が産まれたのかは判断が出来ない。
”蟲毒”と似たような現象が発生して、偶然の産物なのか、それとも狙った結果なのか・・・。判断は難しい。
俺が考えた、『”蟲毒”から新種が産まれる』は、正しいようだ。
それでは、最初に新種だと考えていた”できそこない”も説明ができる。
新種に至るまでの戦闘が行われなかった。その為に、新種になり切れない状況で”蟲毒”が終わってしまった。
新種は、別種なのだろう。
”巣”から出て、新しい場所に向ったのか、戦いを求めたのか解らない。
今まで、俺たちが遭遇した”できそこない”がゴブリンなのか解らない。大きさから、ゴブリンよりも小さい魔物の”できそこない”の可能性が高い。
”蟲毒”が発生した場所を調べると、自然に出来た部屋だと解る。扉のような物は存在しないが、つづら折りになった通路が扉のようになっている。簡単に逃げ出せないような状況になっていたのだろう。逃げ出そうと、岩壁を叩いた跡も見られる。
『カズト様』
カイが何かを持ってきた。
レベル5 猛毒?
ゴブリンがレベル5のスキルカードを落とすのか?
最高でも、レベル3までだったはずだ。
2ランクも上のカードを?
レアドロップ?
”贄”か?
そもそも、”猛毒”のスキルカードを知らない。
”毒”なら、レベル4で存在している。
他には、目新しいスキルカードはなさそうだ。
解らなくなってしまった。
ゴブリンの上位種が居たのか?
でも、ゴブリンの上位種でも、レベル5のカードは落ちない。
「ライ。この場所に、抜け道が無いか確認してくれ」
『はい』
「ウミとカイは、洞窟の中を探索して、何もなかったら、他に”巣”がないか調べてくれ。ライ。カイとウミのサポートも頼む」
皆から了承の言葉が聞かれた。
ゴブリンが落したスキルカードはいいのだが、死体が残ったゴブリンもいる。
ダンジョンから出てきたゴブリンが集落を作ったのか?
それなら、いろいろな説明ができる。
それでも、新種が産まれるプロセスはなんとなく解ってきたのだが、きっかけが解らない。
”できそこない”から”新種”になるのか?
それとも、”できそこない”と”新種”はプロセスが異なるのか?
”蟲毒”のような事が、いろいろな所で、発生しているとは思えない。
偶然の産物なら・・・。良くはないが、問題は簡単だ。間引きを徹底的に行えばいい。しかし、これが、”人為的”に引き起こされているのだとしたら・・・。
ゴブリンの巣を殲滅した
レベル5の”猛毒”という新しいカードを取得した。
他にも、レベル1-3のカードを大量に入手した。戦果としては、十分なのだが、しっくりこない。
”蟲毒”が行われたのは想像出来るのだが、”蟲毒”が新種発生のプロセスなのか?
人為的に”蟲毒”が行われたのか?自然発生なのか?偶然にしては出来すぎている。
「ライ。近くには、ゴブリンは居ないよな?」
『居ない』
「ゴブリン以外は?」
『居ない』
洞窟の探索では、新しい発見はなかった。
洞窟を出て、高台になっている場所に上がってみる。
違和感が凄い。
何かが、俺が知っている森とは違っている。
チアル大陸に残っている自然な森と何かが・・・。
「カズ兄。この森、生き物が居ないよ?なんで?」
俺の足下にやってきたウミが呟くように質問をしてきた。
そうだ。
この森、正確には、俺たちが居る場所には、生命が感じられない。
ゴブリンたちが根こそぎ駆逐してしまったことも考えられるのだが、可能なのか?
洞窟の中では、”蟲毒”が行われていた。外側には、生命が感じられない。
新種が産まれて、統率されたゴブリンたちが、餌を求めて、人が居る里に姿を現した?
「戻るぞ」
デーウ街だけではなく、近隣に大きな影響が出る。
チアル大陸以外では、食肉の為に魔物や動物を飼育する考えはない。
森に入れば、食肉に適した魔物や動物が居るのが当たり前だ。
近隣の森から、小動物を含めて、動物や魔物が居なくなった。
最初はいいかもしれないが、徐々に影響がでる。確実に出る。
ダゾレに、食肉に適した魔物を多めに出させなければ、食肉が足りなくなる心配はないだろう。ダゾレ・ダンジョンをゼーウ街が所有すれば、パワーバランスが崩れてしまう。かなり、高い可能性で崩れるだろう。最悪は、街同士の戦いに発展する。
”蟲毒”の結果、生物が居なくなったのだとしたら、他の場所でも同じ状況になっているのだとしたら・・・。
ゼーウ街に来ているドワーフたちに話を聞きたい。
他の大陸の情報を持っているのは、商人以外では、旅をしてきたドワーフたちだ。鉱石と酒以外には興味がなくても、何等かの情報を持っているだろう。
「ウミ。ライ。協力して、森の調査を頼む。生物が居るのか調べて欲しい。新種が見つかっても、攻撃しないで帰ってきてくれ、今日一日だけ調査してほしい」
『わかった』『はい』
「カイは、俺と一緒に、ダゾレに向かう。指示をしなければならない」
『伝えてきますが?』
「カイが?」
『はい』
カイが、俺から離れる?
この辺りには脅威はないと判断したのか?
確かに、俺とカイで移動するよりも、カイに任せてしまったほうが早い。
「頼む。指示は、低階層に食肉に適した魔物を増やすように指示してくれ」
『はい』
ダゾレへの指示は、これで十分だろう。
細かい調整は、今後の課題として考えるとして、鉱石と食肉があれば大丈夫だと思いたい。森には、魔物が居ない事を・・・。
昆虫も居ないから、受粉しないのか?
昆虫は、他から移動してくる可能性を信じたい。小動物も戻ってくるだろう。ダンジョンで、食肉の確保が可能になれば、近隣の街はダンジョンで確保を考えるだろう。森が再生するまでの時間を稼いでくれる。森が再生しないと、最悪は中央大陸が砂漠になってしまう。水の保持も出来なくなる。人が住めない大地にしないためにも、ダンジョンを使って共存する方法を探す必要があるだろう。
俺は、ゼーウ街に向かう。
今から戻れば、交渉に割り込める可能性が高い。
割り込まなくても、必要な情報を伝えて、ダンジョンに関しての変更点が伝えられる。
急いでもしょうがないので、適度な速度で走る。
ゼーウ街が見えてきた。
さすがに、ルートガーたちは外には居ないようだ。
「ツクモ様」
何度か言葉を交わしたことがある門番だ。
手続きをして、街の中に入る。
次いで、デ・ゼーウへの面会を依頼する。
二つ返事で、門番の一人が中央に走った。
デ・ゼーウが執務している建物は解っている。
町並みを見ながら歩いて行けばいいだろう。
ぷらぷら周りを見ながら歩いていたら、見たことがある奴が俺に向ってまっすぐに走ってきた。
「ファビアン?」
「ツクモ様。何か、お話があると聞いたのですが?」
「そうだな。デ・ゼーウとルートはまだ会談中か?」
「はい。大凡の合意が出来たので、細部をまとめています」
ファビアンに案内されて、一つの建物に入った。
執務を行っている建物ではない。
ちょっとだけ高級な感じがする宿屋のようだ。
「お待ちいただけますか?」
「あぁ緊急性はあるけど、対処は終わっている。報告だけだ」
「ありがとうございます」
簡単に要件を伝えた。
ファビアンは、俺を部屋に残して、部屋を出て行った。廊下を走る音が響いた。こういう所は、従者教育を受けていないのならしょうがないのだろう。
10分くらい待っていると、ルートガーが姿を現した。
「お!ルート。交渉は終わったのか?」
「終わった。それで?何か、交渉に追加する問題が発生したのか?」
「あぁ条件は変わっていない。ただ、一つ大きな問題が発生した」
「問題?」
ルートガーの目は、”最初から説明しろ”と言っている。交渉を任せた事が、悪かったのか?
かなり機嫌が悪い。
ルートガーの機嫌が悪くても、俺の”考え”は変わらない。俺とシロは、いずれ表舞台から消える。タイミングは解らないけど、消えるのは既定路線だ。そうなると、残る者たちで力がある者が、俺の座っている位置を占めることになる。それがルートガーだと俺は嬉しい。ただそれだけだ。
「ダンジョンを攻略した」
「それで?」
ダンジョンの設定変更は、詳しくは話したことがない。
今後も説明するつもりはない。ルートガーやクリスティーネなら大丈夫だけど、二人の子供は?その子供は?
ダンジョンの設定変更は、いろいろなバランスを壊しかねない。チアル大陸が大きな力を得た根幹だ。
今の状態では、チアル大陸はダンジョンに依存している。依存している根幹を弄れる為政者は存在してはダメだと考えている。
「鉱石が産出する階層が存在することが解っている」
「あぁ。デ・ゼーウが、ダンジョン攻略を宣言した。貴様から渡された証拠品を持って、認めるように迫っている」
「そっちは、デ・ゼーウや中央大陸の人間に任せる。ドワーフの問題も解決したのか?」
元々の問題は、ドワーフたちが鉱石を求めたことだ。
ダンジョンに鉱石が産出するように設定を変えてある。
「鉱石が産出するのがわかったので、ドワーフたちが調査を行っている」
ルートガーに情報が渡った時には、鉱石が産出する設定を変更しただけで、実際には産出まで出来ていなかった。
うまく交渉のテーブルでごまかしたようだな。
確認は、”まぁ大丈夫だろう”という段階だった。実際に、産出するのか確認はしていない。
ダゾレが支配している状況だ。鉱石が産出するように調整するのは容易だ。あとは、量の問題だが、ドワーフに任せていると彫りつくしてしまうのだろう。ダンジョンなので、暫くしたら復活はするのだが、調整は必要だろう。中央大陸で強い武器は防具が大量に出回るのは・・・。
ドワーフたちが先走った感じがするけど、検証に向っているのならタイミングが良かった。
「ダンジョン攻略が終了して、情報をお前たちに伝えた後で、ライが”新種”を見つけた」
「新種だと!」
ルートガーが立ち上がって、身を乗り出す。
やはり、ルートガーなら悪い方向に進んだと判断できる。
「安心しろ、対処した」
「そうか・・・。お前たちが、放置するとは思わないが・・・」
「そうだ。最初に見つけた”新種”以外にも、”できそこない”も発見した。そして、ゴブリンの”新種”だと俺たちは判断した」
「・・・。続けてくれ」
ルートガーがソファーに深く腰掛けた。
話を聞く状態になった。テーブルの上に置かれた飲み物に口をつけて、新種の話と、俺の推測を合わせての説明を開始する。
話を進めるほどに、ルートガーの表情が変わる。
「それで?お前の考えは?」
実際に発生した事案としての話を終えた。
もちろん、俺の考察は出来るだけ省いた。ルートガーの意見を聞きたいだけだ。
「先に、ルートの考えを聞きたい。俺の話だけだから、誘導してしまったかもしれないけど・・・。感想でいいから、聞きたい。考えの補填に使いたい」
俺の主観での説明だから、俺が導き出した結論がベースになっている。
ルートガーの見解が同じになってもしょうがないと思う。
話はできるだけ、贅肉をそぎ落として実際に発生していることだけを語ったが・・・。
「そうだな。まず、新種が進化体だというのは納得ができる。幸いなことに、俺は新種や”できそこない”に遭遇したことがない」
これは、安心材料だ。
ルートガーが、”遭遇したことがない”というのは、チアル大陸では、新種が産まれる土壌がないということになる。
「それで?」
「お前の考えは解らないが、魔物同士で戦えば・・・。進化が発生しても不思議ではない・・・」
ルートガーは、俺の足下にいる”進化に成功した事例”を見ている。
他にも、俺のホームには”進化に成功した”者たちがいる。実際には、俺もシロも”進化”が発生している。
ルートガーは、言葉を区切ってから、新しく入れなおした飲み物を口に含んだ。
そこから、考えをまとめるように、目を瞑った。
急かしてもまとまらないだろう。
ルートガーの考えがまとまるまでゆっくりと待つ。
湯気が出ているカップを持ち上げる。
チアル大陸で作っている”紅茶”だ。商人たちに、製法を伝えているし、勝手に作って売っていいと言ってある。出来るだけ、レシピは公開しておきたい。
美味い物が食べられるようになれば、多くの問題が解決する。
それは、歴史では証明できないが、美味い物が少ない場所や、国民や民に質素倹約を強要する権力者は滅んでしまえばいい。権力者は、権力行使が目的にしか思えないような事をおこなうようになったら終わりだ。身を引いたほうがいい。派閥や権力闘争。権力者にしか解らない悩みや辛さがあるのだろう。しかし、全てを飲み込んで権力構造のトップを目指したのだ。何のための権力で、誰のための権力なのか、立ち止まって考えるべきだ。
「カズト」
ルートガーが珍しく俺の名前を呼んだ。本当に珍しい。年単位で記憶にない。
「ん?あぁ悪い。考えは、まとまったのか?」
「質問していいか?」
「あぁ俺が覚えている範囲なら答える。あっ場所を見たいとかはダメだぞ」
「それで十分だ。まず、スキルカードは、1か2が殆どだと言ったな」
「そうだな。レベル3が混じっている感じで、殆どがレベル1とレベル2だ」
「そのスキルは、使えたのか?」
「ん?試していない。試してみるか?」
「あぁ頼む」
解りやすいスキルの方がいいだろう。
レベル1は、発光
レベル2は、水
レベル3は、氷
を、取り出す。
俺が発動しても良いが、ルートガーに渡した方がいいだろう。
一応、全て2枚ずつ取り出す。
ルートガーにカードを渡すと、ルートガーはカードを発動する。
「問題はないな?」
「そうだな。違和感もない。やはり、進化してもドロップは変わらないのだな」
「ん?ルート。すまん。意味が解らない?」
「あぁ悪い。進化したカードが手に入るのかと思っただけだ」
「進化したカード?」
「そうだ。同じ”発光”でも、お前が発見した理論を使わなければ、光る時間や明るさは一定だ。それが違う可能性を考えた」
そうか、カードの進化か・・・。
考えていなかった。
レベル1はレベル1だと思っていた。俺が提唱したことになっているカードの使い方をしなければ、確かにスキルの効果は一定になる。
スキルの効果が同じになるという感覚が俺にはないので、解らないが、ルートガーには同じ結果に思えたのだろう。
「同じだよな?」
自信がない。
そもそも、スキルカードの有効時間は、込める力で違ってくる。
そして、詠唱を排除すれば、発光だけでも攻撃が出来てしまう。
「あぁ同じだ。正確には、専門家に調べてもらうとして、今は同じだと思って話を進めるぞ?」
カードの専門家?
そんな者がいるのか?是非、話を聞きたい。今は・・・。ダメだろうな。後だ。後。
「頼む」
ルートガーの推測も、俺と同じような場所に帰着したようだ。
「ルートも、何者かの力が加わっていると思うのか?」
「自然に発生するにしては、不自然な感じが否めない。今回、お前が対処した場所だけなら、偶然で済ませられるとは思うが、エルフ大陸でも、俺が得ている情報では、ドワーフ大陸でも、他の大陸でも発生している。発生が確認されていないのは、アトフィア大陸とチアル大陸だけだ」
「ルートは、アトフィア教を疑っているのか?」
「微妙だな。奴らが、『”新種”の対応に困っている。助けてくれ』とは言わないだろう?」
「そうだな。新種の討伐に成功したら、大々的に宣伝はするだろうけど・・・。そういえば、討伐報告もないのか?」
「ない。だから、俺は、アトフィア大陸では”新種”は産まれていない。と、思っていた」
そうか、やはりルートガーはアトフィア教の連中が主導していると考えたようだ。
「ルート。別に、アトフィア教の連中の肩を持つつもりはないが、やつらが”新種”を作る動きをしているとは思えない。そこまでの、行動力も知恵もない。奴らは、自らの正義しか考えていない」
「・・・。あぁそうだ。だから、奴らの行いに起因して、新種が産まれたと考えている」
「ん?」
アトフィア教は、人種至上主義だ。
最近は、少しだけだが流れが変ってきているが、根本は変っていない。
魔物を邪悪な物と定めている。
邪悪だと決めつけている。
その為に、魔物の素材を使った者を扱い続けている俺たちチアル大陸を軽視し敵視している。
そうか、魔物か・・・。
「ルート。話を飛躍させるぞ」
「はい」
「新種が産まれるのは、自然の摂理だ。これはいいな」
「あぁお前の近くに実例がある。戦いを続ければ、いずれは進化する。進化の失敗は・・・」
「”できそこない”は、俺の考えでは、強制進化だと思っている」
「”強制進化”?」
「そうだ。ルート。お前が魔物の大群の中にクリスと二人だけで放り込まれたとしたら?数万とかではなく、数十万とかいう単位の魔物だ」
「・・・。そうか、俺はクリスを守るために・・・。進化を考えるだろう。そして、無理をしてでも、進化を・・・」
「そうだ。命の危険を感じて、進化という”未来”があるのなら掴もうとする。それに失敗した者が”できそこない”ではないのか?」
「・・・。”できそこない”は、わかった。お前の話で、理屈が通る。今は、可能性が高い仮説だ」
「そうだな。”仮説”だ。アトフィア教の奴らは、魔物を敵視している」
「あぁ。正確には、”人種”以外を敵視している」
「今は、魔物に限るぞ。俺は、別にアトフィア教の正義に興味はない」
「あぁ」
「敵視しているが、魔物は増える」
「そうだな」
「魔物を一か所に集める方法を見つけたのでは?新種を産み出す方法ではなく、魔物を集める方法なら、奴らでも見つけられると思う」
「・・・」
「奴らなのか解らないが、可能性が高いのがアトフィア教だ」
「あぁ。でも・・・。可能なのか?」
「ん?集めることか?」
「そうだ」
「やってみないと解らないが、可能だと思う。それに、アトフィア教には、シロたちが属していた部隊の様に、魔物と戦うことを専門とした者たちも居たはずだ。俺たちよりも長い時間をかけて魔物の特性を学習していても不思議ではない」
これが、俺の結論だ。
ルートガーはまた目を瞑って考え始めた。
”仮説”が実証された時には、アトフィア教と戦うのが正義なのか?
俺は、気に入らないから・・・。ただそれだけで、アトフィア教と戦う。しかし、チアル大陸で考えると、掲げる”正義”が必要になってしまう。