野営地を出ると、遠くに中央が見えてくる。

 帰ってきたという思いと、また忙しい日々が来るのかという思いが交差する。

「旦那様」

 モデストが御者台から声をかけてくる。

「どうした?」

「ルートガー様が街道でお待ちです」

「ルートが?一人か?」

「はい。お一人のようです」

「わかった。馬車を、ルートの近くで止めて、要件を聞け。一緒に行くのなら、中に誘導しろ」

「はっ」

 シロが不安な表情を浮かべる。
 確かに、街道まで来ているのは、異常なことだが、ルートだけで来ているのなら、なにか問題が発生していると考える必要はない。出迎えと文句を言いに来ただけだろう。
 なにか問題が発生しているのなら、ルートと担当者が一緒にいるだろう。緊急事態なら、伝令を飛ばしている。

 だから、一人で待っていたのなら、仕事から逃げてきたら、長老衆に言われて出迎えに出たのだろう。

 馬車が止まって、扉が開いた。

「シロ様。おかえりなさい。ステファナ殿とレイニー殿がお待ちです」

 ルートが何も変わっていないのが嬉しい。
 俺が居るのに、俺を完全に無視した会話を行う。

「ルートガー様。ありがとうございます。お努めお疲れ様です」

 シロもわかっているのだろう。ルートの無礼を無視して会話を続ける。上位者だと忘れないのは育ちが影響しているのだろう。今のシロの立場は、上司の配偶者というだけではなく、長老衆の上位者でもあり、継承権を設定していないから、第二位だと考えられている。

「シロ様。前にもお伝えしましたが、私のことは、”ルートガー”と呼び捨てにしてください。貴女様は、カズト・ツクモの伴侶です」

 俺の名前を告げるときに嫌そうに俺を見るのは流石だな。
 ルートもわかっているだろう。その態度が、仕事の分量に影響していると・・・。でも、やめられないのだろう。俺に対する態度は、クリスへの愛情の裏返しなのだろう。いい加減に、嫉妬しなくてもいいと思う。俺じゃなくて、他にも嫉妬の対象は居るだろう?

「ふふふ。わかりました。ルートガーさん。貴方もお変わりなくて良かったです」

 シロが俺を見て、ルートがさらに嫌そうな表情をするのを見て含み笑いをする。
 女は怖いな。わかっていながら、無視を続ける。相手に乗っている。

 さぁルートはどうする?
 シロは、お前を叱責しないぞ?

 落とし所は、お前が見つけないとダメな状況になってしまったぞ?

 ダメだ。ニヤニヤが止まらない。ルートが俺を見て睨んでくるが、助けない。自分の撒いた種だ。しっかりと刈り取りまで、自分でやってもらおう。
 ステファナも慣れたものだ。空気に溶け込むように、居ないことになっている。

「くっ・・・。本当に、先日・・・。具体的には、10日くらい前までは、平穏で素晴らしい日々を送っていました」

 ルート。それは悪手だ。

「そうですか?それは、私たちが、大陸に帰着したときと被りますが?なにかあったのですか?」

 ほらな。
 ルートを見ると、苦虫を数匹まとめて奥歯ですり潰した表情をしている。シロも最初の頃と違うぞ。俺と一緒に居るのだし、このくらいの返しは自然とできるようになっている。ルートの方は、俺が居ない間は、クリスに甘やかされていたのだろう。クリスは、どちらかといえば”重い女”だ。相思相愛になってから、余計にルートに依存するようになってしまっているのだろう。

「・・・。あぁぁぁ。ツクモ様。ご帰着。嬉しく思います」

 この表情は流石だな。
 嫌そうな表情ではなく、表情を消して頭を下げる。実際に、俺が帰ってこなければ、それはそれで面倒なことになるのがわかっているだけに、できるだけ面倒なことにならないようにしたいのだろう。

「くくく。ルート。お疲れ様。お前が出てくるとは、穏やかではないな?なにかあったのか?」

 やっと本来の話になる。

「くっ。ふぅ・・・。ツクモ様。まずは、モデストが持ってきた情報の説明をお願いします」

 先に、報告を気にするのは、港に関することか?玩具か?

「モデスト!何を持っていった?」

「はぁまだあるのか!」

「それを確認するために、モデストに・・・。いや、ルート。俺が、モデストに渡したのは、エルフ大陸の港を摂取することと、玩具を流行らせることかな?」

「旦那様。もう一つ、”できそこない(新種)”のことがあります」

 モデストの訂正が入る。新種(できそこない)のことを忘れていた。俺たちの安全につながることだから、大事なことだけど、対処ができることがわかれば、ただの”強い魔物”だ。

「・・・。全部、資料が手元に届きました」

「そうか、それならいい。まずは、ルート。俺たちが居ない間に、新種の出現は?」

「外周部に出現しましたが撃退できています」

「ルート。撃退?倒したのか?」

「申し訳ありません。討伐はできておりません」

「いや。それはいいけど、退けることができたのか?」

「はい。ほぼ確実な方法です」

「お!それはすごいな」

「方法は、長老衆が検証を指示されていますので、検証後に書類をお渡しします」

 俺が持ってきた情報と合わせれば、新種(できそこない)への対応は問題がないレベルまで引き上げられる。討伐ができる場合には、討伐をしてしまえばいい。討伐ができないときでも、退けることができれば十分だ。被害がでないことが大事だ。

「わかった。新種は、俺からの新しい情報を踏まえて、長老衆に情報をまとめるようにお願いしておいてほしい」

「・・・。わかりました。それから、新種・・・。いや、”できそこない”の件は、長老衆が預かることにいいのですね?」

 そうだ。
 ルートには、クリスと一緒にやってほしいことがある。モデストとステファナでも良かったのだが、二人にはシロの側に居てほしい。

「問題ない。ルートは、玩具と港で手一杯だろう?」

「そうそれだ!あんたは、何をしたら、エルフ大陸の港を奪える!遊びに行ったのではなかったのか!」

「ルートガーさん。言葉」

 シロがルートを諫めるが。
 別に、”身内”しかいない場所だから問題ではない。問題ではないと分かっているから、シロも強くは諌めていない。

「あっ。シロ様。申し訳ありません」

 ルートも分かっているが、シロに言われてしまったのなら、頭を下げる必要がある。

「もういいよ。報告書にある通りだ。エルフたちが考えていた以上に、愚かだっただけだ。港の整備も何もできていない。だから、ルートに任せる」

「だから、なぜ・・・。はぁまぁいいです。それで、玩具は?」

 実際には、ルートも”なぜ”は分かっている。報告に書かれている。時系列でまとめてある。モデストの立場からの意見も添えられているので、ルートなら読めばわかるだろう。ルートが言っている”なぜ”は、俺に説明して欲しいということだろうけど、面倒だ。報告を読めばわかる物を、わざわざ俺が説明するのもおかしな話だ。

「ん?メモで書いた。クリスに頼もうかと思ったけど」

「俺が引き受けます」

「違う。違う。クリスの配下に頼むつもりだ。ルートは、港の整備で大変だろう?」

 俺が、クリスの従者に直接頼むのはダメだ。本来は、ルートに指示を出すのもダメだ。クリスが上位者なのだから、クリスに指示を出して、クリスからルートや従者に指示を出させるのが正しい。

「え?クリスの配下?」

「そうだ。メインは、カトリナにまかせて、クリスの従者たちにも経験を積ませたいだろう?」

「まぁそれなら・・・」

「だから、ルートとクリスでエルフ大陸の掌握を頼む。エクトルがエルフ族の一つを掌握しているから、連携すればいいだろう」

「・・・。反対してもダメなのでしょう」

「そうだな。パレスキャッスルとエルフの港を繋いだら、中央大陸の港との交易も頼む」

 俺たちの大陸とエルフ大陸の交易を今以上に活発にする。その過程で、中央大陸との交易を行う。

「わかりました。クリスを連れて行っていいのですか?」

「もちろん。従者で必要な者は連れて行っていいけど、2-3組は残してほしい」

 人員は、ルートに一任。
 俺が選んでもいいが、ルートとクリスとの相性もあるだろう。適材適所への配置を行うのには、普段から一緒に仕事をしている者からの推挙が一番良い。俺では、表面・・・。報告書の文面での判断になってしまう。

 これで、港と新種(できそこない)はなんとかなる。俺が考えるのは、玩具だけだ。