部屋で待っていると、きっちり5分後に、エクトルだけが部屋を訪ねてきた。

「ツクモ様」

「入れ」

「はっ」

 シロは、俺の後ろに立っている。いつでも踏み込めるような体勢で、武器に手をかけている。俺も、左側に刀を置いている。

 エクトルは、俺とシロが武器を手放していない状況が解ったのだろう。
 剣と刀が届かない距離で止まった。それから、ゆっくりと一歩一歩前に歩いた。シロの剣が届く距離で歩くのを止めて、跪いた。

「エクトル。それで?」

「はっ。ムー様は、”シ”族の族長」

「待った。その”シ”族というのを俺は知らない。意味があるのなら、そこから頼む」

「そうでした。”シ”族は、エルフの従者を努める者たちの集落です。他にも、”ラ”や”ナ”があります」

「何か、”族”で違いがあるのか?」

「得意としていることが違いますが、それ以上に、使えるエルフが違います。我らは、草原エルフに仕えている一族です」

「この前、襲ってきたのは?」

「口を割りません()()()が、武器や防具から、”ラ”族だと判断出来ます。その場合には、森エルフの一族だと判断できます」

 エクトルが”過去形”で話したことから、処分したのだろうと判断した。口を割らないのなら、生かしておく必要も感じない。生かしておいて逃げられるリスクを背負うよりも、殺しておいたほうが、後腐れがなくていい。

「わかった。それで、何が望みで、何を助けてほしいのか、説明してくれ」

「はい。ムー様も、私も、草原エルフの一族に仕える者です」

「あぁ。それで、草原エルフには、”族名”とかはないのか?」

「あっ。”草原”が族名です。森エルフは、ハイエルフの集落です。他に、池エルフと川エルフがいます」

「そんなに?」

「そうです。あっ”池”と”川”は、同じエルフが別れたと言われています。草原は、ダークエルフの一族です。”森”だけは別格だと考えてください」

 そうか、エルフ族も一枚岩では無いのだな。
 なんとなく、感じていたが、これで確定した。ハイエルフとエルフとダークエルフの争いに巻き込まれそうになっている。

「ダークエルフとエルフの関係は?」

「良好です。ハイエルフが行っているような迫害はありません」

「ハイエルフとエルフは?」

「・・・」

「エクトル!」

「はい。ハイエルフは、エルフを奴隷のように扱います」

「そうか、それで、ムーとか言ったな。困っていると言うのは?」

「ツクモ様。その話をする前に、事情を聞いて頂けませんか?」

「いいぞ」

 俺が、刀を右側に持ってきたことで、シロが警戒を解いた。
 エクトルも、俺とシロの様子を見て、やっと落ち着けたようだ。シロが、俺の横に座る。エクトルを立たせて、目の前の椅子に座らせる。

 奥の部屋から、急いできたのだろう、少しだけ息が上がっているステファナが姿を現した。モデストの部下が呼びに行ったようだ。

 俺とシロに会釈してから、お茶の支度をするようだ。

 お茶が出てくる間に、エクトルに事情を説明させる。

 ステファナが入れてくれたお茶を飲みながら、話を聞いているが、それほど複雑な事情ではなかった。

 ”シ”族が仕える草原エルフが、森エルフから攻撃を受けているということだ。
 呪術の類なのか、詳細は不明だが、草原エルフの姫が倒れてしまった。池エルフや川エルフに薬草や薬湯を頼んでも、いい返事が貰えない。

 そこで、俺の噂を聞いた”シ”族の者たちが、俺が持っていると考えているレベル9の完全回復を交渉で得られないかと考えた。エクトルが先遣として派遣されたが返り討ちにあった。生かされて情報が流れてきたが、信じられるような内容ではなかった。

 そこで、”シ”族の姫がシロを人質にして、レベル9の完全回復を譲り受けようと考えて、行動に移したという流れのようだ。
 ”ようだ”というのも、エクトルの話を聞いていると、どうやら、”後付”の理由も含まれている。実際に、エクトルに”正直に話せ”と命令を出すと、すんなりと本当の経緯を話した。姫である。ムーは、俺とシロをそれほど強いとは思っていなかった。エクトルを捕えたのも、モデストたちが居たからだと思ったようだ。それで、モデストが俺から離れた時を狙えば、手首を切り落とすくらいは出来るのではないかと考えたようだ。

「それで、エクトル。草原エルフは、ダークエルフの一族なのか?」

「・・・」

「旦那様。多分、ダークエルフが”居る”一族だと思います」

 ステファナの表現を聞いて、納得した。

「そうか、ハーフも多く住んでいるのだな?」

「はい。ツクモ様」

 エクトルが土下座のような格好になる。

「ツクモ様。失礼で、無礼で、恥知らずな内容だとは思いますが」

「俺は、ステファナの里帰りに付き合うだけだ。そこが、偶然”草原エルフ”の里なのかもしれない。そうだな。里に着いたら、”ステファナの父親”が眠る墓に案内して欲しい。今までの、墓守をしてくれていた人には”礼”が必要だよな」

「え?」

 エクトルは、俺が何を言い出したのかわからないようだ。

「シロ。墓守と、ステファナが死ぬまで、俺とシロと産まれてくる子どもたちに仕えてもらうとしたら、どのくらいの対価が妥当だ?」

「そうですね。レベル8では、足りないでしょう。僕たちは少しだけ特殊な家庭になるだろうから、それを見守ってくれるステファナが大切に思っている父君の墓守ですからね。レベル9が妥当だと思います」

「ステファナもいいよな?」

「はい。私の全ては、旦那様の為にあります」

「ありがとう。エクトル。草原エルフの里までは遠いのか?」

「え?あっ・・・。遠くはありません」

「案内を頼めるか?できれば、里長にも挨拶したい。面会の予定や手配を頼めるか?」

 ここに来て、やっと話しが解ったのだろう。
 エクトルは、顔を上げて俺とシロを見る。

「はい。必ず。ツクモ様とシロ様を里までご案内いたします」

「ステファナも一緒に連れて行くぞ?」

 エクトルは、下げていた顔を上げて、俺の言葉を確認するように瞬きをしてから、ステファナを見る。

「はい!もちろんです」

 ステファナを連れて行く意味がわかるのだろう。エクトルたちが先行して、ステファナが一緒だと告げてくれるのだろう。

「ステファナ!準備を頼む」

「かしこまりました」

「エクトル。道案内を頼みたいが、ムーたちを連れて、エクトルが先に里に向かったほうがいいだろう?」

「旦那様。以前と里の場所が変わっていなければ、私が、ご案内できます」

 ステファナも道案内が出来るらしい。
 エクトルも頷いているから、場所は変わっていないのだろう。

『カズト様。私たちも、エルフの里になら案内できます。森の中ではなく、草原のエルフなら知っています』

 影に居るカイからも場所を知っていると情報が入った。もちろん、ウミも知っているだろうが、カイが解っているのなら心強い。森エルフの里を探すのは大変かもしれないが、草原にある里なら最悪の場合には、空から探す方法も考えられる。

「エクトル。ムーたちを連れて、先に行ってくれ、モデストと一緒だぞ。俺は、ステファナとカイとウミが知っている草原エルフの里に向かう。里での交渉が終わったら、モデストが俺たちを迎えに来てくれればいい」

 頭を上げるエクトルの目には涙が浮かんでいるのがわかる。
 涙を隠さないままに何度も頭を下げる。そして、立ち上がって、部屋から出ていった。

「旦那様。よろしいのですか?」

「ん?」

「”完全回復”を使われてしまうと・・・」

「ん?大丈夫だぞ・・・。そうか・・・」

「旦那様?」

「シロ。最初は、カイかウミにしようかと思ったが、ステファナのほうがいいよな?」

「そうですね。カイ兄やウミ姉だと、戦闘になった時に最前線に行ってしまわれますから、ステファナならカズトさんの近くで待機していても不自然には思われません」

 カイからも了承の返事が来た。
 最悪は、スキル枠から剥ぎ取ってしまえばいい。スキルカードは無くなってしまうが、レベル9が出るような狩場は、俺たちが独占している状態だ。

 何を言われているのかわからないステファナのスキル枠に”完全回復”を固定しよう。
 ステファナの価値が上がってしまうが、それはそれで考えればいいことだ。眷属たちが護衛についていれば、滅多なことにはならないだろう。