作戦準備が始まってから、2ヶ月が経過した。
まだゼーウ街や港には大きな動きがない。
正確には、ペネム街に向けての行動に移っていない。
その間、俺たちは準備だけをして、待っていたわけではない。
内政を粛々と行っていた。
大きく変わったのは、呼称を決定して、告知した事だ。
俺たちが治めた大陸は、ヒルマウンテン大陸と呼ばれていたのだが、正式な呼称ではなかったので、ペネム大陸と呼ぼうとしたら、”ペネム・ダンジョンコア”から待ったがかかった。そのために、初めてここで”チアル”ダンジョンの名前を使う事になった。
大陸の名前を、チアル大陸とした。
チアル・ダンジョンコアがどう思うかはわからないが、ペネム・ダンジョンコアからの提案として受ける事にした。
そして、チアル大陸の中心部の区・・・を、チアル街と呼称する事に決定した。
それ以外の今まで街だった場所は、街ではなく区と呼ぶ事が正式に公表された。
チアル街と呼称した場合には、行政区と商業区と自由区を指す事になる。
ミュルダ区やサラトガ区やアンクラム区やユーバシャール区や元街は、チアル街との上下関係から”街”と呼称しないで”区”とする事が決定した。最初は、”区”をつけないという話もあったがミュルダ老と同じ様に、サラトガやアンクラムやユーバシャールが人名でもあった事から各集落の名前に使われている場合もあるので、”区”を付ける事になった。
集落は、今までどおりの呼称を使う事になる。
ショナル村の様に、村呼称も残す事になる。集落で、所属を示す様に、”クレテイユ・サラトガ村”と呼称していた集落は、所属を示すサラトガを削除して”クレテイユ村”と呼称する事になった。
SAとPAと道の駅に関しても、そのまま呼称して、正式な名前も付けていく事になる。ただし、PAやSAや道の駅である事がわかるように、後ろにつなげる事になる。由井PAという様になる。
東海道の宿の名前を使ったあとは、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五街道の宿場の名前を使う事にした。
東海道に京街道4宿を加えた57。
日光街道の21。
奥州街道の27。
中山道の69。
甲州街道の43。
157の名前を順次つけていった。良く覚えていたものだと我ながら感心した。
間違いが有ったとしても、誰も調べる事ができない上に問題も無いだろうと思っている。PAとSAの名付けに使った。
現在形になっている道の駅が21箇所なので、都市(メルボルン、サフィール、シャンハイ、バクー、バルセロナ、モナコ、モントリオール、ル・カステレ、シュピールベルク、シルバーストーン、ホッケンハイム、ブタペスト、スパ、モンツァ、シンガポール、ソチ、スズカ、メキシコシティ、オースティン、サンパウロ、ヤスマリーナ)の名前を付けた。これ以上必要にならなかったのは幸いだった。足りなかったら、ル・キャステレ、ル・マン、フジ、セブリングと続けようかと思っていた。
どうせ出処はわからないだろうから、俺がわかりやすいように付ける事にした。出身県の地名にしようかと思ったのだけど、数がそれほどなかった事それほど愛着がなかったので、街道の名前を先に使って、その後は、都市名にした。
これにより、各場所の正式名称が決定した。
これらの変更が一般に浸透するのには時間がかかるが、チアル大陸では、”ガイドブック”が一役買った。
ガイドブックでは正式に決定した名称での記述に変更されたので、読む上で最低限の知識として浸透していった。
待っている間遊んでいたわけではない。強調しないと、遊んでいると思われてしまう程度の事しかやっていないのだが、それは別にどうでもいいことだろう。
メリエーラ老から買った奴隷を使ってガイドブックを作る情報を集めさせたりしていた。
それ以外にも、ボーリング場を作ったり、ビリヤード場を作ったり、ダーツが楽しめるプールバーを作ったりもした。
カジノを作ろうかと思ったが、トランプを作って、麻雀牌を作って、試しにヨーン達に遊び方を含めて教えた。
その段階で、カジノはダメだという事になって、計画を中止した。獣人の一部で、賭け事が人気になった。それは別に身を崩すほどでなければ良いのだが、スキルを使ったイカサマが産まれたのだ。その時点で、人間関係が確立していない状態での賭け事は禁止する事になった。そして、その後、賭け事は”全面的に禁止”する事が決定した。
そんな中人気なのが、ボーリングだ。
全自動にはできなかったのだが、雑談しながらのプレイが受けたのだ。それだけではなく、子供や障害や傷病者や未亡人の勤め先としても人気なのだ。他の遊技場も同じで従業員が集まりやすい傾向にある。仕事に知識を必要としない上に、何かしらの技能が必要なわけでもない。
暇つぶしのつもりで作った施設だったが、慈善事業に近いかたちになってしまった。
リバーシや将棋や囲碁・・・チェスの量産もおこなっている。
スポーツとして、サッカーを普及させた。体格差があるために、競技となるためには見合ったルール作りが必要になってきそうだ。野球は道具の作成が面倒な事と、俺自身が野球に親しみを感じていないためにサッカーが起動に乗り出してから考える事にした。
バトルホースを使った競馬も試しに作ってみた。
元神殿区の子供たちが乗り手になったり、孤児が乗り手となる。通常時に競馬で腕を磨いて、有事の際には”伝令”の役目を担う事になる。バトルホースの繁殖計画が軌道に乗りだしたと報告を受けた事で、遊ばせておくよりはと思って作ってみたのだが、思った以上に受けた。一番はやい馬を当てるだけのシンプルな物だが、それでも結構白熱した。
繁殖は、ギュアンとフリーゼが頑張ってくれた。
バトルホースの長である、ノーリが的確に指示を出してくれているという事もあるが、既に何頭かは商隊に売られている。バトルホース以外にも、ホース系の魔物が育ってきている。ノーリは俺以外を背中に載せるのを拒絶したので、最近ではログハウスでノーリが妻と認めたピャーチと一緒に暮らしている。俺とシロが騎乗する事になっている。
その他では
アジーンがフラビア
ドヴァーがリカルダ
トリーがギュアン
チェトィリエがフリーゼ
と騎乗と変わった。相性の問題もあるが、バトルホースがこの組み合わせがいいと言っているのだ。
神殿区から出てきた者たちもギュアンの下で働き始めている。
一頭の値段が馬鹿みたいな値段になっているので、騎乗するバトルホースが決まった者から、繁殖の手伝いに移ってもらっている。そしてホース系の全てがノーリの支配下に入っているので、売られていった者からの情報が吸い上げられる事になる。売られた者でも、扱いが酷かったり契約と内容が違っている場合には、迷わず他の眷属を使い救出に向かう事になっている。
幸いな事に今の所そのような自体にはなっていない。
他にも思い出したレシピを書き留めて、メイドに渡して再現したりしていた。
レシピは、そのままクリスとカトリナに渡って、食材や道具の普及を見ながら市場に公開されていく事になる。
ソース系の味が尖っているけど、皆には絶賛されている。そして、小麦粉は薄力粉ができてきたので、”粉物”文化を開花させる。俺は、学生時代の数年間を京の街で過ごしていた。二条城近くで住んでいた。お好み焼き屋でのバイト経験もある。
海の幸も手に入り始めている。乾物にして運んできてもらっているが、捨てていた海の草・・・昆布を乾燥させて持ってきてもらっている。
出汁が取れる。あと、食べるに適さないと言っていた小魚・・・も鑑定で毒の有り無しを調べてから、乾燥させて出汁を取ってみた、少し違う感じがしたが煮干し風味の味が楽しめる。
鰹はまだ見つかっていないが、一通りお好み焼きが作れそうなので、実行に移した。
食べさせてから・・・シロが見事にはまった。
控えめに、お好み焼きが食べたいと頼まれた。可愛くねだられるので、連続で作ってしまった。
ゲラルトにお願いして、コテや鉄板を作ってもらったので、鉄板焼きや焼き肉もできるようになった。
焼きそばは麺がいまいちなので、まだ皆には出していないが、シロはかなり気に入っているようだ。続いては、ゲラルトに文句を言われながら作ってもらった、半円の形の物が並んだたこ焼き器。これで、たこ焼きを作って、シロと従者とエリンで食べた。
翌日、従者から聞いたフラビアとリカルダからなぜ誘ってくれないのかと怒られてしまった。
どうやら、粉物文化は異世界にも受け入れられるようだ。
フラビアとリカルダに、たこ焼きを食べさせた次の日・・・
「ツクモ様!!お好み焼きなのですが・・・」
「あぁ?カトリナ。お前にはレシピを渡しているだろう?」
「はい。確かにレシピはいただきました。鉄板と”コテ”も融通していただきました」
「それなら、自分でできるだろう?」
「・・・ツクモ様。一度、店に来て頂けませんか?上手くできなくて・・・あっシロ様も一緒にお願いします」
「なんだ・・・別にいいけど・・・リーリアとオリヴィエは残ってくれ、ルートかモデストが来たら、カトリナに拉致されたと伝えてくれ」
「「かしこまりました」」
カトリナが何かいいかけたが言葉を飲み込んだようだ。
カトリナに連れられて、区の中を歩いている
「なんだ、商業区の店じゃないのか?」
「はい。商業区の方は、”甘味”を中心にしているので、自由区に新しい店を作りました」
「儲かっているようだな」
「・・・ツクモ様。ガイドブックは、ツクモ様が承諾されたのですよね?」
「あぁそうだが?」
「私たちにとっては嬉しいのですが、よろしいのですか?」
「何がだ?」
「簡易とはいえ地図が付いてきています」
「あの程度なら問題ないだろう。それに、この大陸に敵が攻め込んできた時点で、俺たちの防御が甘かった事になるのだからな水際で防げないと意味が無い」
「そう言われてしまうと・・・。あっここです」
まだ開店はしていないようだ。
この名前・・・
「お気づきですか?」
「たしか、神殿区に居た・・・女性だよな?」
「はい。計算ができて、料理ができる者を紹介してもらったので・・・任せる事にしました」
店の名前は”トゥア&イレーナ”で、二人が店長になるようだ。
オーナーはカトリナだという事だ。
店の中は、カウンターに鉄板が置かれている形式で、テーブル席もあるが、そちらは鉄板が置かれていない。カウンターで焼いて持っていく形式のようだ。確か、前にカトリナに相談されて答えた記憶がある。各テーブルに鉄板を置くと、スキル道具のコストが掛かってしまう。それは今後の課題だろうな。
「オーナー!」「おかえりなさい!」
「助っ人を呼んできたわ」
「え?」「ツクモ様!」
「あぁいい。跪かなくていいよ。それで何も困っているのだ?」
「えぇーと。オーナー。これって何かの罰ですか?私達・・・」
「え?なに?どうした?」
トゥアとイレーナが泣きそうになっている。
確か、年齢は19だったと思うけど・・・ミュルダ近くの集落に居たけど、アトフィア教の残党に襲われて、生き残った・・・犯されるような事はなかったようだが、恋人と旦那をそれぞれ目の前で殺されたはずだ。それで、心が壊れてしまった。神殿区で養生して、子供の世話をしながら過ごしていて、社会復帰ができるようになったのだろう。
「カトリナ。説明不足!」
「すみません。少し説明してきます。お待ち頂けますか?」
「あぁ大丈夫だ。店の中見ていていいよな?」
「もちろんです。何か問題があれば教えてください」
「わかった」
店の中はそんなに広くない。
カウンターで8名。4人がけのテーブル席が2つ置かれているだけだ。
二人+数名で回すつもりだろうから、この位が限界だろうな。
「なぁカトリナ。この店は、鉄板焼きとお好み焼きだけなのか?」
「その予定ですが?」
「鉄板焼きは、肉や野菜がメインだよな?」
「え?違うのですか?」
そうか・・・発想が変えられないのだな。
「酒や飲み物は?」
「・・・」
「甘味は?」
「・・・」
「あぁあと、一軒目設定なのか、二軒目設定なのかによるけど・・・この辺りの店は何がある?」
「・・・」
「おい。カトリナ。少し、お前に話がある。シロ。二人に、お好み焼きの焼き方を教えてやってくれ」
「え?僕がですか?」
「あぁこの中では、俺の次に上手く焼けるだろう?」
「はい。わかりました!」
トゥアとイレーナもすぐに察して準備に入った。
シロも”奥様”と呼ばれてご満悦だ。
さて、カトリナに説教・・・とまでは行かないけどいろいろ確認しないとな。
「カトリナ。少し表にでようか?」
「・・・はい」
やはり、一般的な調査しかしていなかったようだ。
近隣に食べ物屋がない事や人通りがどうとか・・・そういう事しか調べていなかった。
「カトリナ。お前、お好み焼きを食べたよな?」
「はい!もちろんです!」
「どうおもった?」
「美味しかったです。それに、具材を変える事で、味だけじゃなく、見た目も変化するので、楽しめますし、飽きが来ません」
「そうだな。でも、お好み焼きは単品では満足できないだろう?大きくすれば飽きてしまうし、小さいと物足りない」
「はい・・・それで、鉄板焼きと一緒にと思ったのです。同じ鉄板を使うので、コストもかかりません」
「そうだな。店のターゲットは?」
「え?近隣の者が食べに来ると思っています」
「ここ、自由区だよな?そんなに、裕福な者が多いのか?」
「それほどでは無いと思います」
「だろうな」
「はい。でも・・・」
「近隣に店が無いのが痛いな・・・」
「なぜですか?無いければ、この辺りの客は全部・・・」
「カトリナ。お前、毎日お好み焼き食べられるか?」
「あっ・・・」
「何日かは大丈夫だろうけど、そのうち飽きるだろう?」
「はい」
「それに、あの規模だと客が回転・・・食べたら会計して帰る位じゃないとだめだろう?」
「・・・そうですね」
うーん。
なんちゃってコンサルティングを行おうかな。
失敗しても、スキルカードを消費するだけだからな。
「カトリナ。自由区の外側とダンジョン内なら、どっちの方が店が出しやすい?」
「自由区の外側?」
「屋台規模の店が10-20位入られる場所が有るといいのだけどな」
「それなら、ダンジョン内の方が場所の確保は簡単にできます」
「・・・そうか・・・あ!3本の街道の門でどこが一番並んでいないのは?」
「今は、アンクラム門が一番少ないです」
「そうか、丁度いいかも知れないな。アンクラム門の外側に”区”を一つ作る」
「え?いきなりですね」
「思いついたからな。その”区”は飲食店だけを集める場所にする。”区”にすると代官が必要だからな・・・”フードコート”とでも呼んでおくか」
「フードコートですか?」
「あぁ」
「そんな、飲食店だけを集めて、人が来ますか?」
「やってみればわかる。丁度、ゼーウ街の動きも無いし、時間もあるからやってみるか」
思いついたら吉日!
失敗してもかまわないというつもりで、フードコートの建築に着手する。
アンクラム門の外側に、30程度の店が出店できる広さの建物を作る。
フードコートなので、座席は別途用意するが、900名が来ても大丈夫な様にする。種族的に身体が大きな者も居るので、座席の大きさはいろいろ用意する事にした。
基本は二人がけにした。テーブルを合わせることで大人数でも座れるように工夫できるようにするためだ。
3階建てにして、二階部分には、ボーリングとビリヤードとダーツができる場所を用意した。3階部分は従業員の更衣室やシャワールームを作る事にした。スーンたちに依頼をだしたら、建物と内装を作るのに、2週間で作ってしまった。本当に、優秀だ。スキルカードをふんだんに使っていい事にすると、倍速くらいで作業が進む。
安全面や細かい修正を加えて、1ヶ月位掛かってしまったが、フードコートが出来上がった。
「ツクモ様?」
「あぁカトリナ。ここの支配人(仮)を任せるな」
「え?」
「ん?お前が支配人な?」
「えぇぇぇぇぇ聞いていませんよ!!」
「うん。今言ったからな。さて、施設の説明するな」
「ちょっちょっと待ってください。支配人っていきなり」
「俺、リヒャルトに了承取ったぞ?」
今、リヒャルトはパレスキャッスルに向かってこの場に居ない。ワイバーン便で、リヒャルトに”今度作る店の支配人をカトリナを指名したいけどいいよな?”とだけ伝えて了承の書類ももらっている。書類をカトリナに見せる。
「・・・ツクモ様。”店”となっていますが?これが”店”ですか?」
「あぁ店だ!俺が、店と言っているから店で間違いない!」
カトリナが肩を震わせているが、もう遅い。いろいろ動き出してしまっている。支配人の事だけ黙って、カトリナに”屋台”を出している人間や、店を持ちたいけど予算的に難しい者を10組ほど集めてもらった。残りの20枠のうち半分はカトリナが自由にして良いと伝えてある。残った10枠は、噂を聞いて来た者たちのためにあけておく事にする。
各店の準備も始まっている。
2週間後にはプレオープンして、10日ほど営業したら一旦閉めて、問題点を洗い出してから、1ヶ月後の本格オープンを目指す事になっている。
「わかりました。話だけではよくわかりませんでしたが、こうして場所を見ると納得できます」
「だろう」
「はい。ようするに、誕生祭の時の様に、屋台がたくさんでて、店ごとに特徴ある物を売れば、相乗効果に繋がるという事ですね」
「簡単にいうとな」
「あと、街中にあった、ボーリングをこっちに全部移動したからな。ボーリングをやりたい連中は集まるだろう?」
「ボーリング場で食事がいつも困っているとう話を聞きました。これなら、待ち時間に食べる事もできます」
「門の待ち時間で食事を取ることができるし、休憩する場所としても使えるだろう」
「・・・はい」
「ここに支店を出せば、街中にある本店に行こうという気持ちにもなるだろう」
「そうですね。はじめての料理の場合には、食べてもらうのが課題でしたが、ここで出して、本店に客が来てくれるようになるという事ですね」
「そうなればいいと思っているよ。だから、ここの値段は本店よりも少しだけ高くするようになるだろう?」
「はい。場所代を取るので、必然とそうなります」
「場所代の代わりに、テーブルは自由に使ってもらえるし、食器も同じ規格だから店舗ごとで洗わなくてもいいようにしただろう?客席にある水は無料で提供して居るから客から文句が出る事は無いだろう」
「・・・・まいりました」
「ん?」
「ツクモ様。これ、本当に、私が支配人でいいのですか?」
「あぁいいぞ?なんで?」
「いえ・・・わかりました。誠心誠意勤めさせていただきます」
「あぁ任せた。それじゃ、俺は店舗を見て回るから、お偉方の対応頼むな」
「かしこまりました」
カトリナに、代官や行政官の相手を任せて、俺は各店舗の準備状況と問題点の洗い出しを行った。
なんとか、今入っている店は、一週間程度で準備が終わりそうだ。
あとは、シミュレーションをやって、プレオープンを迎えられそうだ。
ドタバタしたが、なんとかプレオープン・・・問題点の洗い出しができた。
問題点は、思った以上に客が集まってしまった事だ。
商隊が到着すると、小さい所で、一気に10-15人程度がフードコートの中に入ってくる。入り口で説明はしているのだが、その説明で行列ができてしまった。
団体の入り口と個人の入り口を分ける事にした。最初だけなので、こなれてくれば客同士が説明しあってくれるだろう。10日の間でも初めて来る客は徐々に減ってきて、一度来た客が連れてくるパターンが殆どになっていた。
ウェイター/ウェイトレスの数が足りない事がわかった。
フードコートと言っても形態は屋台の延長線。自分で商品を買って、テーブルに座って食べる。
これだけなのだが、機会化されていた日本での人数で考えてしまった。俺の失態だ。当初30名程度の交代制で考えていたが、倍にしても足りなくなって、最終的には150名まで増えていた。店舗の人数は増やせないので、店舗の手伝いを行う者も必要になってしまった。
他にも、細かい問題が出たが、プレオープンは無事乗り切れた。
カトリナの不安も一掃されて・・・今では、支配人や経営に携わる者の部屋を別棟に作って、そこで指示を出したりしている。
正式オープンの日時が決まって、カトリナから俺に連絡が入った。
プレオープン終了までは俺も手伝ったが、それ以降は支配人と経営陣で運営して欲しいと伝えた。
オープン当日。
フードコート・・・アンクラム・フードコート(後日、一号店と呼ばれる事になる)に朝から行った。
オープンを見届けて欲しいという事だ。
挨拶は辞退した。カトリナが行えばいいと思っていたからだ。けして、面倒だとか・・・そんな気持ちは一切ない。
オープン前から、住民が並んでいる。
そして・・・オープンと同時に住民がフードコートの中に消えていく。
「ツクモ様」
「どうした?」
「いえ・・・少しだけ・・・嬉しいのです」
「どうした」
「今まで、父・・・の名前で仕事をしてきました。成功して当たり前だと言われて・・・」
「あぁ」
「今回も、ツクモ様のアイディアをもらって、建物まで用意していただいて・・・でも、それでも・・・あれ・・・」
「あぁそうだな。カトリナが1人でとは言わないけど、中心になって頑張ったから、オープンできた。それは誇っていいと思うぞ。俺は、場所を用意して、アイディアを出しただけだ。失敗する可能性も高かったのだからな。それを、ここまで形にしたのは、カトリナで間違いないのだからな」
「・・・はい・・・ありがとうございます・・・おかしいです・・・嬉しいのに・・・頑張って・・・涙が出てきます」
「カトリナ。感動している暇は無いぞ・・・ほら、リヒャルトが睨んでいるぞ」
「え?あっ本当ですね。今更寄越せと言っても渡しません。ここは私が支配人の店です!」
「そうだな」
「はい!」
涙を拭いて、カトリナはリヒャルトたち来賓の相手をするようだ。
吸血族の1人が俺に近づいてきた
「ツクモ様」
「動いたか?」
「はい。2日前の情報ですが、準備されていた船に物資を積み込みはじめました。早ければ今日か明日には出港すると思われます」
「それは、第一弾のロングケープ向けだな」
「わかりません。用意している船全てに物資を積み込み始めているようです」
「わかった。関係者を、迎賓館に集めてくれ。丁度、フードコートのオープンでほとんどの者が揃っていると思う」
「かしこまりました」
ゼーウ街が動いたか?
さて、どうなるか・・・情報面では俺たちに分がありそうだが・・・。
ゼーウ街が動いた。
この情報は、フードコートのオープンを見学するために集まっていた、行政官にも伝えられた。
住民にさとられないように、フードコートを順次出て、迎賓館に集まるように指示を飛ばした。
同時に、ワイバーン便を使って、ロングケープ区、パレスケープ区、パレスキャッスル区に向けて船が出港したという知らせを出した。3つの区に駐屯している部隊には、索敵範囲を広げることを命令として出している。
準備段階で、海図の作成を行わせている。
水深や海岸地形を利用した陸上からのスキル攻撃が可能になるだろう。今までは、船乗りたちの経験と勘で乗り切ってきたようだが、航海の安全のために作成を行わせた。
海図に合わせて、港町に住んでいる年配者に”おとぎ話”や”伝承/言い伝え”なんかの話をまとめてもらって、俺に送ってもらった。
港町で生まれ育った身なので、それらの伝承が単なる”与太話”ではない場合が多いのを知っている。各地の海沿いに水神様が祀られているのは、津波被害を恐れたからだ。そう考えれば、地形の変化も発生しているだろうが、地震や台風のときにその神社付近までは波が水が来る事を想像しなければならない。
この世界でも同じ事が言えるのかはわからないが集めて見る価値があると思った。
結果・・・同じ様に伝承で自然災害の事が伝えられていた。
そして悪い意味で、予想があたっていた。伝承を無視するような作りに港が作られていた。改修工事の指示は出しているが、未来の災害・・・それも伝承を信じての改修指示になるので、現地の有力者からは反対の声と同時に嘲笑の声が伝えられた。
それでも改修工事は強行した。既得権益だと思っている連中は、そのままにして、移動に賛同した者から順次移動を開始させた。その結果、1キロ近く内陸部に移動した事になる。津波対策で、壁の建築を行わせようかとも思ったが、強度計算に自信がなかったので、消波ブロックを作って散らす事にした。効果が有るかはわからない。もしかしたら逆効果かも知れないが、何もしないで被害が広がったら後悔するだろう。
同時に、年配者から季節ごとの”大まかな”潮の流れを聞いた。
海図に書き込んでおけば、危険な場所がわかりやすくなる上に、攻められた時の位置取りにも使える。
報告が上がってきた、準備が間に合ったようだ。
竜族を飛ばして、パレスキャッスルとパレスケープとロングケープの防衛軍の指揮官を呼び戻している。
明日には到着するだろう。
先程の情報が3日前だと考えると・・・。物資の搬入が早ければ1日。そうなると海に出て2日という事になる。
波や潮から、この時期だと、10日ほどは見なければならないと言っているが、漁をするわけではない上に無茶をするかも知れない。半分と仮定すると・・・5日。既に2日が経過しているから、3日の猶予が有る。
既に、各区の防衛軍には指示が出ているので、迎撃準備が整うのが遅くても3日後。ギリギリになってしまうだろうが、最終確認だけはしておきたい。索敵体制が整っていれば、最悪の事態は避けられるだろう。
今日は、チアル街での会議になる。
状況報告と、各SAやPAや道の駅及び各集落に対して情報開示を行うための会議になる。
ルートガーが状況の説明と今後の予定を説明する。
説明は、30分位で終わる予定だと聞いている。その後、質問を受け付けるのだが・・・。
「この作戦はチアル大陸にゼーウ街の者たちが上陸させない事だ」
ルートガーの説明はこれで区切りになるようだ。
確かに、表の作戦としては、これ以上話すことがない。
第一弾と第二弾の作戦も説明した。
詳細を聞いていなかった者から安堵の声が聞こえてくる。
やはり、雰囲気で戦争が近づいていたことがわかっていたのだろう。噂話し程度にしか聞いていないと、悪い話の方が先に伝わってしまうのだろう。
「ルートガー殿。作戦はわかったが、私達は何をしたらいいのですか?」
それは難しい。正直にいうと何も無いが答えになってしまう。
「もう既に作戦は始動しています。今は、3つの区に居るチアル軍が港を守りきれる事を信じてください。噂話など流れてくるかと思います。その場合にこの作戦の第一段階を説明してください」
「第一段階でいいのか?」
「直近は、第一段階でお願いします。作戦が第二段階に入りましたら、ワイバーン便で皆様にお伝えします。その後、チアル街の勝利をお伝えいたします」
ルートガーの癖にかっこよくしめた。
そこまで言い切られたら、質問も出にくいだろう。
予想通り、質問の声が上がらなかった。
それに、ルートガーの説明にもあったのだが、ゼーウ街の船団を港に接岸させるつもりはない。
海の藻屑となるか、捕虜になる道しか残されていない。
港には、竜族が2体?名?づつ張り付いてもらっている。
包囲網を突破されたときには、沈めてもらうためだ。はっきり言ってチートだとは思うが交渉もしないで攻め込んできたのだ、そのくらいのチートは許してもらおう。
「ツクモ様。何か補足ありますか?」
「ない。ルートガー。それに、皆も、絶対に安全とは言わないが、安心してくれ、すでに相手の情報も掴んでいる。それだけでも、俺たちは有利な立場にある。その上、作戦で奴らを上回る。個々の能力はもちろん、連携でも俺たちは負けない。デ・ゼーウに俺たちに手を出した事を後悔させてやろう」
”おぉ!!”
こんなしめでいいのか?と思ったが、皆が嬉しそうにしているので良かったのだろう。
俺から、退場しないと皆が席を立つ事がない。
俺は、横に座っているシロに声をかけて、玉座風になっている場所からバックヤードに抜ける。執務室への近道なのだが、この通路は、俺とシロ以外は通らない事になってる。例外は、カイとウミとライだけだ。
執務室で、本当の会議を行うために待っていると、順次集まってくる。
ルートガー、ミュルダ老、シュナイダー老、メリエーラ老、モデストだ。
「悪いな。それで、ルート。奴らの動きは?」
「はい。予想通りです」
「どっちの予想だ?」
「チアル街に取って都合がいいほうです」
情報収集をしていなかったのか?
それとも、情報収集をしていたけど、偽情報との区分けができなかったのか?
「モデスト!」
「はっツクモ様の命令通りに、捕らえた奴らから聞き出した通りに、情報を流しました」
奴らに情報を流していた者たちの粛清は終わったのだが、そのまま情報が流れてこなかったり得られなかったら、新しい諜報活動が始まってしまうかも知れない。
そのために、完全に情報を遮断するのではなく、ゼーウ街にいくつかのルートで情報を流していたのだ。
本当の事を混ぜつつ、過小な情報と過大な情報や、アトフィア教がゼーウ街を狙っているという情報も流した。
嘘の情報ばかりだと、情報の出処を疑い始めるかも知れないが、ある程度の本当の事が含まれていると、情報自体の出処を疑わう事が少なくなる。フェイクニュースと同じだ。
人は、信じたいと思う情報に重心を置いた考え方をしてしまうのだ、その信じたい情報が誰によって、なんのために齎されたのかを考えようとしない。見えている情報にも目を塞ぐことがある。
デ・ゼーウがそこまで近視眼になってしまっている理由がわからない。わからないが、この状況を利用させてもらう。
「そうか、ありがとう」
「はい。面白いように引っかかりました」
「そうか・・・それで、モデスト、アトフィア教はどうしている?」
「はい。そちらは、どう言っていいのか・・・」
「かまわない」
「はい。アトフィア教は、一部の者だけが、ゼーウ街に対して粛清を行えと言っているようです」
「強硬派か?」
「そうです。噂程度にしか話しが流れてきませんが、強硬派は、先の戦いで数を減らしてしまって、その補充を行う必要があるようです」
「ん?それだと、ゼーウ街に攻めると逆効果じゃないのか?」
俺の疑問に答えてくれたのは、シロ・・・・ではなく、メリエーラ老だ
「ツクモ様。やつ・・・あっアトフィア教の強硬派が必要としているのは奴隷ですじゃ」
「奴隷?あぁゼーウ街の奴隷商や・・・ゼーウ街ごと奴隷にしようという考えなのか?馬鹿なの?」
「そうじゃな。馬鹿なのだろう。しかしじゃ奴らはそれが正義だと思っておるのじゃよ」
「そういやぁそういう集団だったな」
「・・・」
「ん?ちょっと待てよ。この前の戦闘って・・・」
シロを見るとうなずいている。
「おかしくないか?数を減らしたのは、強硬派と穏健派だろう?聖騎士が多かったはずだぞ?奴隷は殆ど居なかったぞ?」
「えぇそれが奴らのやらしい所で・・・」
今度は、またモデストが話始める。
「ん?」
シロを見なくていいよ。アトフィア教とは関係ない。俺の嫁だぞ!?
「失礼しました。彼らは、奴隷とした者を人質のような状態にして、その街から聖騎士になる者たちを連れて行くのです」
「へぇ・・・それで・・・かぁ」
「え?何かあるのですか?」
「いや、なに、あの戦いの時に、一部のロングケープに居た聖騎士以外の者たちが、脆いなと思っただけだ」
シロの手を握りながらそう応える。俺の本心でもある。
「脆い?」
「あぁそうだな・・・ミュルダ老は前線に居なかったよな?ルート・・・は、クリスと一緒だったか?」
ミュルダ老は縦に首を振って、ルートガーは横に首を振る。
そうか、前線には居なかったのだな。
「ミュルダ老。あの戦いで俺たちの犠牲者は何人だ?」
「いません」
「え?」「は?」
シュナイダー老も、ルートガーも、その事は知っている。
メリエーラ老も大勝だという事は知っていても1人の犠牲者も出さなかったとは知らなかったようだ。
「ツクモ様。”あの戦い”とは、2万近い数のアトフィア教に攻められた戦いですよね。チアル街が大勝だと言うのは知っていましたが・・・犠牲者が1人も・・・ですか?」
「2万もいたかは・・・置いておくとして、ヨーン達の部隊にけが人が数名出たけど、致命傷は1人も居なかったはずだぞ」
「・・・」「・・・」
ミュルダ老もルートガーもシュナイダー老も肯定してくれるので、メリエーラ老とモデストも納得するしか無いようだ。
「あの戦いの詳細を知りたければ、ヨーンが帰ってきてから聞けばいい。面白おかしく話してくれるぞ」
「・・・はい・・・わかりました」
「あぁそれで、脆いって言うのはな。最初は、自分たちが優勢だと信じていたのだろう、そのときには、しっかり協調・・・していたかはわからないけど、しっかり行軍していたけど、後方が少し混乱して、考えれば逃げ道なんて沢山有るのに、来た道が戻れなくなると思って、パニックになって、前線でも強めの反撃があったら総崩れだったからな。誰かのために・・・とか、そういうのではなくて、しっかりした考えでの行軍ではなかったのだろう。だから、少しの事で、崩れる”脆さ”があった」
「そうだったのですね」
「そうだな・・・ん。横道にそれてしまったな。それで、ゼーウ街とアトフィア教はどうなっている?」
「膠着状態です」
「そうか、人数は?」
「ゼーウ街が2,000程度で、アトフィア教が500程度です」
「へぇそれで膠着状態か・・・アトフィア教が頑張っていると見るべきか、ゼーウ街がだらしないと見るべきか・・・」
「前者だと思います。アトフィア教は港を占拠して、そこで籠城戦をしています」
「へぇ考えたな。それに、港が一つ使えなくなったのはこっちとしても嬉しいな」
「はい」
「うーん。その港は、元々ゼーウ街の支配下の港なのか?」
「そうです。距離的には、ゼーウ街から7日程度の距離にある港です」
「そうか・・・俺たちが狙っている港よりも遠いのか」
「そうですね。出港した場所は、ゼーウ街から5日程度の距離です」
「ゼーウ街の港はこの二つだけなのか?」
「はい」
「追加の作戦で悪いけど・・・作戦が第二段階に入ったら、モデスト。配下と、眷属を連れて、その港に潜入してくれ」
「かしこまりました。何をしたらいいですか?」
「いやがらせ」
「は?」
「港街で、アトフィア教が占拠したり、接収した場所があるだろう。そこを狙った破壊工作をしてくれ、できれば、住民に被害がない場所が好ましい」
「かしこまりました。物資はどうしましょうか?」
「奪ってしまえ。奪えなかったら、使えなくしてしまえ」
「はっ」
港をアトフィア教にくれてやる必要はない。
今後の大陸での運営を考えれば、港は抑えておきたい場所だ。
アトフィア教に関しては、ローレンツの報告ともそれほど大きな差がない。これで大丈夫だと思っておこう。
話を戻して・・・
「ルート。それで、ゼーウの港に残っているのはどの程度だ?」
「・・・200に満たないと思います」
「計算方法は?」
ルートガーが説明した方法は、単純な方法だった。
船の数を数えて、船を動かせる最低限の人数を加算していく、街に入った人数はおおよそ把握しているので、そこから減算すれば残っている者の数が導き出される。
「そうか・・・それじゃ、200未満で間違い無いようだ」
「はい。そう思います。それも・・・」
「なんだよ。そこで止めるなよ」
「・・・はぁ・・・俺の勝手な想像ですけど、いいですか?」
「かまわない。ここには、事情がわかっている者しかいない」
「・・・そうですね」
ルートガーが皆を一通り見回してから想像・・・憶測を口にした。
自分たちにあまりにも都合がいい想像だったので、考えから外していたと言っていた。
「そうか・・・港町は空に近い・・・違うな、非戦闘員しかいない可能性があるのだな」
「はい。街に入ってきた者は、間違いなくゼーウ街から来ています。冒険者や近隣から連れてこられた者もいました。中には奴隷も居たようです。その者たち全員が街から出ていった形跡が無いのです」
「ルートガー殿。それは、当然ではないのか?船に載せてチアル大陸に攻め込むために集めたのだろう」
「俺も最初は、そう考えました。しかし、船が出港してから、商人として潜り込んでいた者は港町から出されて、暫くは港町に入る事が禁止されたようです。それから、近くの高台から港を見たら1艘の船も見られなかったという事です。先程届いた報告なので、真偽の確認はまだできていません」
「当然ではないのか?」
「漁をしている住民の船もなくなっているのです」
「あっ」
「それに、俺は”最低限の人数”で数えました」
ルートガーの言っている事はよく分かる。
「そうだな。最低限であってそれで確実に動かせるとは限らないし、船だけ戦場に来ても意味が無いからな。戦闘をするために船を出したのだからな」
そうか、非戦闘員しか残っていない可能性があるのか?
もしかしたら、物資も全部持っていかれたかも知れないな。
「ルート。港町の非戦闘員はどのくらいだ?」
「え?あっ2,000名位だったと思います」
「モデスト。アトフィア教が占拠している港街も規模は同じくらいか?」
「はい」
合計4,000名・・・5,000と考えればいいか。
「シュナイダー」
「はっ」
「今から、5,000名が2ヶ月生活できる食料と衣料品を集めるのにどのくらいかかる?」
「・・・5日ほど・・・SAやPAと道の駅で補充しながら行けば3日もあれば・・・可能かと思います」
「無理しない範囲では?」
「10日ほどで商業区の備蓄を使って揃えられると思います」
「わかった、準備をペネム街から持ってきた事がわかるようにして進めてくれ、15日後にペネム街を出発して、二つの港町に運べるように手配してくれ」
「かしこまりました」
「スキルカードは、スーンに言って置く必要な分だけ持っていってくれ」
「はっ」
ミュルダ老が何かあるようだ
「ツクモ様。捕らえた者達はどう致しましょうか?」
「そうだな。強制された証拠がある者は、そのまま帰していいだろう。ゼーウ街に雇われた奴らは、隷属化して、復興のために力を使ってもらおう。ゼーウ街の幹部連中がいたら、チアル街に来てもらう事にしよう」
「かしこまりました」
「あぁそれは明日の会議で説明してくれ」
「はっ」
今日はここで解散となった。
ルートガーが何かいいかけたが言葉を飲み込んでいた。俺が行くのをやめさせたいのだろう。
でも、もう作戦が動き出していて止められないのは、ルートガーにもわかっているのだろう。今止めるほうが被害が大きくなってしまう事も理解しているのだろう。そして、今日居た面々は俺が潜入するのを知らない者も居る。心配事を増やす必要はないと考えてくれたようだ。
翌日・・・ヨーン達が迎賓館に集まる。
出征の前に、戦闘の前に指揮官クラスだけは一度迎賓館に集まって、最終確認を行う事にしていた。
会議室ではなく、謁見の間で面談したいという事なので、俺とシロが玉座に座っている。
ヨーン達は臣下の礼を取っている。頭を垂れながら、現状報告をしてくれている。昨日の会議で決まった事を、ミュルダ老から伝えている。
3ヶ所全てで問題は発生していない。
命じた海図と潮の流れを考えての布陣も完了している。
必要と思われるスキルカードも渡してある。
気にしないで使うように伝えてある。
最終確認は何事もなく終わった。
「ツクモ様」
「どうした?何か、まだ有るのか?心配事なら、全部吐き出していけ」
「はっ」
ヨーン達は一度あげた頭をもう一度下げて、
「カズト・ツクモ様。我らの主様。勝利を御手に!」「「「勝利を御手に!」」」
「・・・」
「・・・」
俺もシロも急な事で言葉が出なかった。
しかし、言葉をかけないと終わらないのもわかっている。
「勝利の条件は整えた、あとは戦って勝つだけだ!無理せず戦ってこい。いいか、1人も死ぬな!死ぬことは、俺が許さない。いいか、無事に帰ってきて、俺とシロにお前たちの勇姿を自慢しろ、そして、俺が褒美で困るくらいに手柄を立ててこい!」
「「「はっ!!」」」
「ツクモ様。シロ様。我らは、必ず勝利して帰ってきます!吉報をお待ち下さい!」
「わかった。ヨーン。任せる。行って来い!」
ヨーンが立ち上がって、頭を深々と下げてから、謁見の間から出ていく。皆が続いて出ていく。
皆が部屋から出ていってから、俺もログハウスに移動した。
「リーリア。オリヴィエ。ステファナ。レイニー準備はできているか?」
「「「「はい」」」」
「よし、今日の暗くなってから出るぞ」
「「「「はい」」」」
リーリアが一歩前に出る
「ご主人様。向こうで馬車を引くのは、ノーリとピャーチでよろしいのですか?」
「そのつもりだけど問題があるのか?」
「問題は無いのですが、バトルホースでは目立ってしまうかも知れません」
「そうか・・・ん?たしか、二頭とも、変体スキルを持っていたよな?」
「・・・え?そうなのですか?」
「あぁあとで確認しておいてくれ、なかったらスキル変体を付ければいいだろう?」
「わかりました」
「向こうに付いたら忙しいし、移動中は寝られないと思うから、夕方まで自由行動にする。身体を休めておくように」
「「「「はい」」」」
俺も、そのまま洞窟に入って仮眠を取る事にする。シロもそうするつもりのようだ。
「カズトさん・・・・」
「どうした?」
「ね・・・寝られません」
「興奮・・・違うか、緊張しているのだろう」
「・・・はい」
「シロ。おいで、寝るまで傍にいてやるよ」
「・・・でも」
「いいから・・・それとも、一緒に寝るか?」
「・・・はい」
緊張で寝られないシロを連れて、寝室に入る。
そのまま、二人で横になる。緊張は有るだろう・・・でも・・・。シロが握ってきた手が暖かくて、眠りに誘われる。いつの間にか、シロが寝息を立て始めている。俺もシロの寝息を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
「カズトさん。カズトさん」
ん・・・あぁ寝てしまったか・・・。
「シロか・・・」
「ゴメンなさい」
「どうした?」
「・・・僕、カズトさんが暖かくて、抱きついて・・・寝ちゃって」
「眠れたか?」
「・・・はい」
「そうか、それならいい。さて、エリンたちと合流して、ゼーウ街に行くか?」
シロが謝ってきた理由・・・。
安心しきって、布団に潜り込んで俺の腕をロックした状態で寝ていた。そして、ヨダレを盛大に出してしまったようで、俺の腕がシロのヨダレで濡れていた。
どうせ着替えるのだし、気にしてもしょうがない。
風呂・・・までは時間は無いが、軽く寝汗を流してから着替えればいいだろう。
控えていたメイドがリーリアとオリヴィエを呼んできた。一緒に、ステファナとレイニーも入ってきた。
俺は1人でシャワーを浴びて出ると、オリヴィエが着替えを用意していた。
動きやすい格好になっている。下着は、ヌラたちが作った物にしているが、それ以外はミュルダ区やサラトガ区で普通に手に入る物にしている。潜入するのに、一般的ではない格好では問題があるだろうという配慮からだ。
シロも寝汗を流してから、着替えてくるように伝えてある。そちらは、ステファナとレイニーが手伝ってくれる事になっている。
寝室に隣接した風呂とは、別の風呂場で寝汗だけを流してくるようだ。
寝室の掃除を控えていたメイドに頼んで、俺は一足先にログハウスに移動する。
カイとウミとライが待っていた。エリンはワイバーンを呼び出して行政区に待機させているので、それが終わったらこちらに来るようだ。
「大主様。ルートガー殿が訪ねていらっしゃっています。どう致しましょうか?」
「そうだな。執務室に通しておいてくれ」
「かしこまりました」
執事が入り口の方に歩いていった。
ログハウスから出ていったので、門の外に居るのだろう。
「パパ!」
「おっエリン!」
用事を終えたエリンが駆け寄ってきた。
既に着替えも済ませているようだ。
「可愛い?!」
「あぁ可愛いぞ」
エリンは、町娘のような格好になっている。
竜体になって、戻ったときに着る服なのだろう。
「エリン。シロももうすぐ来ると思うから、そうしたらここで待っているように言ってくれ」
「わかった!パパは?」
「ルートと話をしてくる。すぐに戻ると思うから・・・そうだな。ご飯を食べる準備をしておいてくれ、ご飯を食べてから夜の散歩に出かけよう」
「うん!」
シロの頭をなでてから、執務室に向かう。
俺が執務室に入ってすぐに、ルートガーも執務室に入ってきた。
「・・・」
「どうした?」
「いえ、本気なのだと、今更ながらに実感していた所です」
「なんだ、ルートはまだ反対なのか?」
「ツクモ様の言葉を借りることになりますが、”消極的賛成”と言った所です」
「今日は、それで・・・最後の引き止めに来たのか?」
ご苦労な事だな。
でも、もう俺が行く事は決めている。シロをターゲットに選んだ事がこれほど俺の心を・・・感情を苛立たせてくれた。そのお礼をしなければならない。
ルートガーにも、フラビアにもリカルダにも話していない、もちろんシロにもだ・・・。俺の黒い感情。シロを害する可能性があるとわかった瞬間に、デ・ゼーウだけでじゃなく、そんな事を考えた奴ら全員これ以上無い苦しみを持って殺してやりたいと思った。
今でも、シロが傷つけられると考えると、滅ぼしたくなってしまう。
「いえ・・・もうそれは諦めました」
「ほぉ・・・ルートにしては引き際が綺麗だな。クリス辺りの入れ知恵か?」
「・・・はぁ・・・違います。違いませんが・・・ヴィマとヴィミとイェレラとイェルンに言われました」
「ん?作戦を説明したのか?」
「・・・ツクモ様。俺は、そんなに馬鹿じゃないですよ」
「そうだな。お前が信頼している者と言っても作戦を話すとは思えないな」
「ありがとうございます。彼らと話をしました」
ルートガーが何か話し始めた。独白なのかも知れないが、少し毒吐きに付き合ってやるか・・・。
「あぁ」
「ツクモ様と戦った事を含めて、俺がしようとしたことを正直に全部話しました」
「話していなかったのか?」
「いえ、話しました、話していたのですが、彼らが納得できる答えを俺が用意できていなかったのです」
「どういう事だ?」
「彼らが事情や結果は別にどうでもいいと・・・無条件に俺を信じると言ってくれたのです」
「そうか・・」
「はい。その彼らから聞かれたのが”ツクモ様を暗殺するときに、僕たちのクリスティーネ様の顔は浮かんでこなかったのですか?”でした」
「お前は・・・そうか、答えられないよな」
「はい。俺は、彼らの事を考えなかったわけじゃない・・・でも、結果彼らよりも領主の息子の立場にしがみついてしまいました」
「そうだな。クリスには?」
「ツクモ様から、クリスと結婚のご許可を頂いた夜に、頬を殴られて、泣かれて、もう二度と・・・」
「いいよ。ルート。それで?」
「・・・クリスは、俺の立場も考えも理解できるが、感情で許せない部分があると言われて・・・」
「そうか」
「俺を許す条件が、ヴィマ、ヴィミ、イェレラ、ラッヘル、ヨナタン、イェルン、ロッホス、イェドーアに事情を説明して全員から許されるまでソファーで寝るように・・・と・・・」
「あぁ・・・そりゃぁ辛いな」
「いえ、それは問題ないのですが、クリスもそれに付き合って・・・それが辛いのです」
「ノロケはいいから・・・それで?」
「やっぱり、俺、ツクモ様の事が好きになれそうに無いですよ。黙って聞く所ですよ?」
「そうか?褒められたと思っておくよ」
「褒めていませんし、そもそもなんで褒められたと・・・まぁいいですよ。それで、年少組は説明したら許してくれました。年長組からは質問に答えてくださいと言われて・・・」
「お前の出した答えは?」
「正直に話しましたよ」
「彼らの反応は?」
「”わかりました。馬鹿なのですか?”でしたよ」
「それは、俺も同意するな」
ルートガーが俺を見るが、出された珈琲を一口だけ飲む。
「実感していますからいいですけど・・・多分、ツクモ様が思っている事と違うと思いますよ?」
「ほう?」
「彼らはいいましたよ、”僕たちを使ってでも、勝ちにこだわってください。負けたら終わりです”でしたからね」
「面白いな。まぁルートと4人・・・クリスを含めた全員で10名か?余裕だな」
「でしょうね。ツクモ様・・・スキル呼子でカイ様やウミ様を呼び出せますよね?」
「あぁライを呼び出して、ライに眷属を呼び出させてもいいな」
「・・・手を抜かれていたのですね」
「それは違うぞ、俺の全力・・・に近い力だったからな」
「はぁまぁそれはいいです。これから、クリスや皆とダンジョンに潜りますから」
「そうか、吹っ切れたのだな」
「・・・はい。彼らのおかげです」
勝ちにこだわる。
これがどれほど難しい事なのか、ルートガーが骨身にしみてわかっているのだろう。
「そうだな。それで、消極的賛成のルートガーの本来の目的は?」
「・・・そうですね。その前に、消極的賛成の件を済ませましょう・・・・これを見てください。先程届けられた報告です」
ルートガーが出した資料には、ゼーウ街の情報が書かれていた。街の地図や、有力者と思われる者や、短期間で調べたとは思えない情報も多数乗っていた。
「よく調べたな」
「えぇそれに関しては、吸血族とライ様の眷属が優秀ですからね」
「そうだな」
「それに、ゼーウ街の中にも、デ・ゼーウに反対する勢力はありますからね」
「そういう事か・・・」
報告の最後に、2枚の身分証と5枚の従者を示す書類が付けられていた。
「これは?」
「ゼーウ街の中に簡単に入られるおまじないですよ」
「そうか、悪いな」
「え?」
「ん?」
「疑わないのですか?」
「俺がクリスの旦那を疑う必要があるのか?」
「・・・わかりました、それは、ツクモ様とシロ様の身分証です。大陸にある街の商人となっています。リーリア殿とオリヴィエ殿とステファナ殿とレイニー殿とエリン様は従者として登録しています」
「その街は実在するのか?」
「もちろんです。ゼーウ街に近い街です」
「そうか・・・わかった」
「それから資料にも書いてあるのですが、潜入している吸血族の者から、宿屋の手配ができている旨が報告されています。大通りに面している宿屋で珍しく人族の宿屋のようです」
「そうか」
「はい。偏見もなく、アトフィア教の関係者じゃない事や、デ・ゼーウに繋がる者でもない事も確認できています」
「料理は美味いのか?」
「え?」
「宿の食事やサービスは?」
「・・・一応、高級な部類になるようです」
「そうか、ルートのセンスを楽しみにしておくぞ」
「なんでそうなるのですか?まぁいいですけど・・・。それで、ツクモ様」
「なんだ、クリスの旦那」
「まだ続けるのですか?」
「そうだな。お前が本当の目的をさっさと言わないから悪いのだぞ?」
「はぁ?なんですかそれ・・・俺は・・・ってだめですよね」
「そうだな。それで一番の目的はなんだ?」
「・・・やっぱり、駄目ですか?」
「駄目だな」
「ふぅ・・・そうですよね”カズト・ツクモ様。御手に勝利を”」
「あぁ・・・それだけじゃないだろう?」
「ツクモ様。今回、御自ら動かれるのは、俺たちが不甲斐ないからですか?」
「違う・・・と言って信じてくれるか?」
「・・・」
「そうだろう。だから、俺は”そうだ”と答える」
「わかりました。その言葉、全部が終わってから、俺が皆に伝えます」
「いいのか?お前が恨まれることになるかも知れないぞ?」
「かまいません」
「そうか、任せる」
「はい。ツクモ様。恨まれついでに、ツクモ様とシロ様が不在になるのをごまかしたく思います。どのくらいゼーウ街に潜伏するのかわかりませんが、その間・・・俺とクリスに、偽ツクモと偽シロの操作をさせてください」
確かに、それは考えていなかった。
そして、すごく有効な手段に思える。ミュルダ老やシュナイダー老をごまかす事はできないだろう。時間稼ぎ位にしかならないのは当然だけど、やらないよりはやっておいたほうがいいだろう。
そして、街の中に潜入している連中に偽情報を掴ませる事ができるかも知れない。
「わかった、ルート!偽ツクモと偽シロの操作を任せる。夫婦で協力してやり遂げてくれ。スキル変体を使って、俺とシロによせていいからな」
「はっ!」
「スキルカードは、スーンに言ってくれ、操作のスキルカードも残っていると思う」
「わかりました」
「全部使うなよ?一枚は残しておけよ」
「はい」
執事に連絡を入れて、ルートガーとクリスに偽ツクモと偽シロを渡す事にした。
ルートガーを見送ったあとでログハウスの食堂に行くと、皆が揃っていた。
それぞれ、街の住民風な格好をしている。
皆に、ルートガーから身分証をもらった事を説明してから、食事にした。
食事中に今後の予定を確認した。
食事のあとで、準備の最終確認を行う。特に、武器や防具に関してだ。
竜体のエリンに馬車を括り付けて、馬車ごと移動を開始する。予定では、朝方には到着するはずなので、そのままゼーウ街の門が開かれるまで待機する。
中に入られたら、用意された宿に入る。
ゼーウ街での行動は、俺の従者としてリーリアとオリヴィエが付く、シロにはステファナとレイニーが付く、エリンはその時の状況で俺かシロと一緒に行動する事になる。カイは俺に、ウミはシロに付いて、ライはエリンに付くことになる。
ゼーウ街では、情報収集は既に行われている。
俺たちは、戦争を終わらせるために動く事になる。
第二作戦が実行されて、港が占拠できたら、俺たちはデ・ゼーウたちが集まっている場所を急襲する。
ゼーウ街を取り囲んで、”城下の盟”を結ばせてもいいのだろうけど、今までの情報で聞いているデ・ゼーウの人柄では難しいだろう。それよりは、領主や有力者・・・既得権益を持つ者たちを捕らえるほうが確実性がある。あとは、俺たちに友好的な者が情報を拡散させてくれればいい。
「準備はいいな?」
皆が一斉にうなずく。
ログハウスから出て、ノーリとピャーチにも声をかけておく。
「エリン頼む!」
「はぁーい」
エリンが竜体になる。
馬車を括り付ける方法は既に作ってあるので、手際よく取り付ける。
最終確認としてエリンが数回空に舞い上がったが問題はない。
リーリアとステファナが先に馬車に乗り込む。
続いて、カイとウミとライが乗る。
次に俺が乗る。
手を出して、シロに握らせてから馬車に引っ張り上げる。抱きとめる形になったがそのくらいは許してもらおう。
俺とシロが乗った事を確認して、レイニーが乗って、最後にオリヴィエが乗った。
馬車に取り付けている結界と障壁と防壁の各スキルを発動させる。
『エリン!ゼーウ街に行くぞ!』
『はぁーい!』
エリンが静かに動き出す。
徐々に高度をあげていく、そして水平飛行に移行したようだ。
「カズトさん」
「ん?」
「・・・なんでも・・・ない・・・で・・・キャ!」
少し風で流されて馬車が揺れた。
「シロ。こっちに来てくれ、俺の手を握ってくれると嬉しい。大丈夫だと思っても、怖い事は怖いからな」
「え・・・はい・・・」
エリンの奴・・・中の会話を聞いているのか?
それとも、カイかウミ・・・リーリアの可能性もあるな。
シロが俺に歩み寄ろうとした瞬間に、また馬車が揺れた。
そのまま体勢を崩したシロが俺の腕の中に飛び込んでくる。抱きしめる形になった。
『リーリアか?』
『ご主人様。私では・・』
『そう答えるということは、俺が何を言いたいのか解っているのか?』
『あっ』
『まぁ今回は、いい仕事をした、許す!』
『ありがとうございます』
シロを抱きしめて、シロが抱きついたまま、ゼーウ街近くまで飛ぶ事になった。
時々、風に揺らされるのは避けられない。その度に、抱きついているシロの腕に力が入って、耳元で軽い悲鳴が聞こえる。頭を軽く撫でながらシロの感触を楽しむ事にした。
ゼーウ街の大きさは、ミュルダ街よりは少し大きいくらいだが、居住区よりは小さい。ルートガーの資料によれば、人口は2万程度となってる。
門はまだ開けられていないが、既に数組の商隊が門の前で待っている。
今日が晴天でよかった。雨が降っていたりしたら、待っているのも億劫に思えただろう。
「なぁリーリア。チアル街でもこんなに行列ができたりしているのか?」
「ご主人様・・・チアル街は閉門しません。常に審査ができるようになっております」
だからと言って行列ができないわけではなさそうだ。進む行列だからイライラも少ないのかも知れない。
「そうなの?」
「はい・・・ご主人様からの指示だと伺っていますが?」
オリヴィエもうなずいている事から、俺が指示を出したのだろう。
記憶に無い。記憶に無いが、それで大きな問題になっていないのなら問題はない。っといいな。
「それで問題は無いのだよな?」
「はい。それに・・・」
「”それに”なんだよ?そこで止められると気持ちが悪い」
オリヴィエがリーリアに代わって教えてくれた。
「マスター。今更夜や深夜帯に門を閉めますと、混乱します。最悪暴動が発生します。それに、居住区や宿区からは、ダンジョンを使えば閉門していても関係なく商業区や自由区に入る事ができます。従って、門を閉めるメリットが殆ど無い状況です。デメリットの方が多いと判断されています」
「そうか・・・混乱はしていないし、現場は困っていないのだな」
「はい。大丈夫です。マスターが提示された方法の3交代制でやっております」
「あっ・・・そうか、それなら大丈夫だな」
まずい・・・全く覚えていない。
帰ったら、ミュルダ老に聞かないとな。帰るまで覚えて置けるのかがすごく心配だな。
「カズトさん。それにしても開きませんね?」
「あっうん。そうだな。シロ・・・まだ休んでいていいぞ?」
「もう・・・大丈夫です」
シロは空が怖かったのか終始俺にしがみついていた。
それはいいのだが、身体に力を入れた状態だったようで、地面に降り立った途端に身体の力が抜けたようになってしまい。身体疲れとしびれで立ていられなくなってしまった。
ステファナとレイニーが軽くマッサージをする事で、復帰してきたのだ。
「無理するなよ」
「はい!」
シロと並んで、ゼーウ街の壁を見ている。
ところどころ傷んでいるのがわかる。チアル街や各区の様に魔物の攻撃はないのだろうか?それとも、頻繁に攻撃されて直せないでいるのだろうか?
実際、ミュルダ区では魔物の襲撃が少ない、少し離れた集落では、年に何回かは魔物が出没したり、数年に一度程度は集落が魔物に襲われることがあるらしい。
他の区では、集落と同じ程度には魔物からの襲撃がある。そのために壁はそこそこ頑丈になっている。壊れた壁もすぐに修復している。昔から変わらない対応だと報告を受けている。
魔物によっては、スキル持ちが生まれる事があり、その場合は警備隊だけでは手に負えなくなって当時の街(今の区)に救援を求めることが有ったという話だ。
俺たちが街道を整備して、冒険者ギルドを一つにまとめた結果、護衛任務や街道の魔物討伐がかなり進んだと報告されている。それでも、ブルーフォレスト内には、脅威にはならないが魔物がまだ点在している。
眷属達が定期的に掃除を行っていて、襲いかかってくるような魔物はかなり数を減らしてきている。
「夫婦かい?」
「え?」
声がしたほうを見ると、老婆が1人俺とシロを見て話しかけてきていた。
「えぇそうです。父の商隊から独立して、こいつと一緒になって、ゼーウ街で商店をやろうと考えているのですよ」
「そうなのかい?」
老婆は俺では無くシロを見た。
「はい」
老婆は、”はい”と応えたシロを見てから、馬車を見て1人でなにやら納得している。
「そうかい。でも、時期が悪いかも知れないね」
「時期?」
老婆は、手招きして、俺を近くに呼び寄せて、小声で
「今、ゼーウ街はヒルマウンテン大陸と戦争するつもりなのじゃよ」
「え?そうなのですか?」
少し大げさに驚いてみる。
どの程度の情報が流れているのか知りたいと思ったからだ。
「知らなかったのかい?」
「えぇ妻と一緒になってから、従者たちと大陸を周っていて、ゼーウ街が一番いいだろうと教えられたので・・・そうですか、戦争ですか・・・でも、デ・ゼーウ様がいらっしゃるので、大丈夫なのですよね?」
老婆は少し渋い顔をしてから更に小声で
「そうじゃな。先代のデ・ゼーウ様なら問題・・・いや違うな、そもそも戦争なんて愚かな事はしなかったじゃろな。今代のデ・ゼーウは先代様のご子息なのだが・・・」
「そうなのですか?」
「あぁ長男様なら・・・おっと・・・聞かなかったことに・・・な」
「はい。もちろんです。そうですか・・・でも困りました。既に仲間が、街の中で活動の拠点を探しているのです」
「そうなのかい?」
「はい。勝てるのでしょうか?」
「どうなるのかね?デ・ゼーウは勝てると豪語しているようじゃが・・・」
勝てる根拠を聞きたいのだけどな
「そうなのですか・・・デ・ゼーウ様は何かおしゃっているのですか?」
「ん・・・あっ勝てるという根拠かい?」
「はい」
うなずいてみる。
知っていたらすごく嬉しいし、俺たちもその情報にふれる事ができるかも知れない。
「ここだけの話にしておくれよ」
「もちろんです」
ポケットに手を突っ込んで、収納からレベル5魔核を取り出す。もちろん、賄賂用に用意していたものだ。
この老婆がそうなのかはわからないが、情報屋として街に入る隊列に話をして情報をやり取りしている者が居ると聞いている。それに、有益な情報に対価が必要な事は当然の事だと思っている。
老婆の手を握って、取り出した魔核を渡す。
スキルカード程度だと思っていたのだろう・・・少し驚いて、老婆が俺の顔を見る。
「坊は、わかっているようだな」
「なんの事かわかりませんが、父からは情報に対価を惜しむなと教えられています」
「そうか、そうか、それはいい教育だな。でも、坊”これ”はやりすぎだ。もうひとつ下でも十分だ」
「ご忠告ありがとうございます。勉強代だと思う事に致します」
「坊。宿が決まっていなければ、大通りにある”猫の額”という宿を尋ねるといい。坊が欲しい情報が手に入る」
「え・・・」
後ろに控えていたリーリアを見る。
聞いていたのだろう。うなずく。
「なんじゃ?」
「いえ、僕たちが泊まろうと思っていた宿の名前だったので少しだけ驚いただけです」
「そうか・・・坊、もう一つ忠告だ。相手の素性をもう少ししっかり観察しなされ、坊の鑑定が泣いているぞ」
「え?」
老婆は、手を振りながら俺たちから遠ざかっていった。
何者かわからないが、悪い気分ではない。俺は、手玉に取られた感じがするが・・・。まぁいい有力な情報ではないが、誘導された感じで悔しさは残るが、”長男様”とやらを探ってみるのもいいかも知れない。
「オリヴィエ」
「はい。マスター」
「話は聞いていたよな?」
「はい。長男様の情報を集めればよろしいですか?」
「頼む、数日だとは思うけど、できるだけ集めてくれ」
「かしこまりました」
「ライと調整して眷属を使ってもいいからな」
「はい」
シロが、ステファナとレイニーを連れて戻ってきた。
「カズトさん」
「ん?」
ステファナが何か話があるようだ。
「旦那様。先程の老婆ですが・・・」
「どうした?」
「はい。先程の老婆ですが、ハイエルフ様だと思われます」
「え?」
ハイエルフ・・・そうか、メリエーラ老の差金か?
それとも、別ラインなのか・・・
「ステファナ。ありがとう」
「いえ、ご報告が遅れて申し訳ありません」
「それは大丈夫だ。そろそろ、門が開く準備を頼む」
「はい。旦那様」
それから、30分位してから、俺たちの番になった。
身分証と、用意されている従者を示す書類を見せると、馬車の中を軽く検査されただけで終わった。
スキル収納があるから、馬車の中を見てもあまり意味は無いのだろう。
「マスター。どういたしましょうか?」
御者の位置に居る。オリヴィエが馬車の中に居る俺に聞いてくる。
街中を見て回るのはあとにして、まずは少し落ち着きたい。
「そうだな。宿屋に行ってくれ、吸血族が居ると思うから、話を聞きたい」
「かしこまりました」
オリヴィエは、ノーリたちを操っているような雰囲気を出しながら馬車を移動させる。
実際には、ノーリたちには念話で指示が出せるので、御者は必要ない。必要ないのだが、馬車が無人で動いているように見えるのはいろいろと問題があるという事で、この形が取られている。
街中なので、外を疾走するような速度で走らせる事ができないので、ゆったりとした速度で馬車が進む。
俺たちが乗っている馬車も魔改造されている。
外からは見えないようになっているが、馬車の骨格部分はミスリルを芯にした木材で作られている。幌に使っている布は自重を知らない人間が作ったデススパイダーの糸で作られた布を内側に使っている。外側は、フォレストラビットの皮を使っている。それでも、十分高級素材だと言われた。
防御系のスキルが備わっているので攻撃に対しては万全だと思っている。結界が破られたりした場合でも、デススパイダーの糸で作られた布にダメージを与えるのは難しいだろう。
スキル収納も使われているので、床下には広大なスペースが備わっている。
そして、この馬車の一番の特徴が内部に仕切りができて、部屋を作る事ができるのだ。
これはエリンに固定する時の道具を使った物だが、俺とシロがくつろげる空間がないと、リーリアとオリヴィエが言い出して、ステファナとレイニーも協力して、街に来ているドワーフたちと協力して作り上げた物だ。
空を飛んでいる時には、御者が必要ないが、通常移動では御者が必要になる。
そのために、スペースに余裕が産まれる。そのスペースを使って部屋を作っているのだ。
横になるのは難しいが、床下収納から取り出した椅子を並べてゆったり座る事ができる。
窓を付けると外を見れるという利点がある代わりに、俺たちの事も見られてしまう可能性があるという事から、窓ではなくスキル遠見を使った映像を壁一面に投影できるようにしている。もちろん、サイズは自由自在でオンオフもできるすぐれものだ。
それを知った時のメリエーラ老とルートガーの何かを悟った表情を俺は忘れない。
「マスター。指定された宿屋に付きました。手続きをしてきてよろしいですか?」
「あぁ頼む。とりあえず10日位泊まると言っておいてくれ」
「かしこまりました」
オリヴィエが宿屋に入っていくのが、壁に投影される。
まだ音は記憶した物しか取り出せないのが残念だが、上手く使えば移動中の時間つぶしができるようになりそうだな。
「マスター。宿の主人が、旦那様と奥様にお会いしたいと言っていますがどう致しましょう?」
「わかった。シロ」
「・・・はい」
シロが少しぼぉーっとしているのが気になったが、外に連れ出した。
「猫の額亭のルチディオです。ツクモ様。シロ様。ようこそおいでくださいました。話は、ヤニック様アポリーヌ様からお聞きしております。3階の全部屋を空けてお待ちしておりました」
「ちょっと待て、ルチディオ殿。俺たちは、普通の商人だぞ?3階の全部屋・・・」
外観から予想すると、3階が最上階だろう。
部屋数はわからないが、ミュルダ区にある宿屋の2-3倍の大きさはある。そこから考えれば、ワンフロアーでも14-5部屋位はあるだろう。
「ルチとお呼びください。ツクモ様。できれば、本当のお名前をお伺いしてよろしいですか?シロ様もお願い致します」
本当の名前?
あぁそういう事だな。
「すまない。ルチ殿。俺は、ユリアン。妻は、カーテローゼ・・・いや、カリンという」
「かしこまりました。ユリアン様。カリン様」
「それで、ルチ殿。ワンフロアーは多すぎるようだが?」
「いえ、ヤニック様とアポリーヌ様から、警護の者の関係があると言われていますし、既に相応の魔核を頂いております。私どもといたしましても、ユリアン様のなさることが、我らの・・・いえなんでもございません」
そういう事か・・・もう既に何かしらの取引が行われているのだな。
現地の協力者という所か?
有能な味方はいくらいても問題にならない。
「ルチ殿。部屋に案内してくれ」
「こちらです」
本当は貸し切りにしているようだ。そうか、二階部分に、ヤニックやルチ殿たちの仲間になっている者たちが集まるという事になっているのか?
「ルチ殿。最近は、晴天が続いているのか?」
階段を上がるルチ殿に後ろから話しかける。
これでは意味がわからないのかも知れない。しかし答え次第では、本当にこの街を任せたくなってしまうかも知れない。
「いえ、暗雲が立ち込めています。今日になって一筋の光が見えたのですが、完全に払うまでは今暫く掛かるかも知れません」
「そうなのか?一筋の光が、暗雲を追い払うかも知れないぞ?」
「そうでございましょう。いっときは晴れるかも知れませんが、次の雲は雨だけではなく雷やもしかしたら暴風雨を連れてくるかも知れません」
「・・・それは困るな。この街特有の事なのか?」
「そうです。前まではそんな事はなかったのですが、この頃は暗雲が晴れません」
「商売をするには少し困るな。何か手段はないのか?」
「そうですね。前に晴天続きだった時に戻れればいいのですが・・・」
「それは無理だろう?」
「はい。皆わかっているのです・・・しかし、それを望んでしまうのです」
「そうだな。あの頃は良かったと考えるのは誰しもが同じだよな」
「・・・はい」
「嘆いているだけか?何か手は無いのか?」
「あります・・・が、我らでは手がとどかないのです」
そうか、レジスタンスとしての行動をしている所に、ヤニックたちが接触してきたという所か?
「そうか、ルチ殿。話が変わって申し訳ないが、門で待っている時に、老婆にこの宿を勧められたが、何か心当たりはあるのか?」
「いえ、なんの事かわかりません」
「そうか、その老婆に”戦争の勝機”の事は、この宿に行けばわかると言われたのだが?心当たりはないか?」
「さて、なんの事か?あっユリアン様。カリン様。ここがお二人のお部屋です。従者の方々は手前がお部屋になっております。つづきにはなっておりませんが、フロアー全体がお部屋だと思ってお使いください。夕食はどう致しましょうか?」
「リーリアをルチ殿の所に行かせる。部屋まで運ばせてくれ」
「かしこまりました」
部屋のドアを開けて、鍵を一歩前に出たオリヴィエにまとめて渡してから、ルチ殿は階段を降りていった。
よく見ると、階段にも扉があり、鍵がかけられるようになっている。本当に、フロアー全体が部屋の様になっているのだな。
部屋は、洞窟の寝室よりは少し広いくらいだ。
風呂は無いようだが、湯浴みができる場所が付いているようだ。簡単な飲み物が作れる場所やテーブルで話ができる場所もある。ただ、ベッドは一つだ。
「カズトさん。あっユリアンさんと呼んだほうがいいのでしょうか?」
「あぁ部屋の中では、カズトでいいよ」
「わかりました」
何か、シロの様子がおかしい?
「シロどうした?気分でも悪いのか?」
「えっあっ違います。違います」
「なら・・・」
「カズトさん・・だって、僕の事を、妻・・・って・・・それに、奥様・・・って、何度も何度も・・・それに、この部屋・・・ベッドが一つで・・・その・・・湯浴みの場所も・・・」
脱力してしまった。
疲れから体調崩したりしたのかと心配したのに、照れていただけだったとは・・・シロ・・・俺の考えの斜め上を行ってくれる。今までも散々言ってきた・・・ん?俺が、シロの事を・・・妻と呼んだ事はなかったか?そんな事は・・・ないと思いたい。
「シロ。慣れろ!」
「!」
「慣れろ!いいな。俺は、シロの事が好きだ。大切に思っている。妻はお前だけだ!だから、慣れろ!」
「はい!!!」
元気がいいな。
これから、照れて判断が鈍ったり行動ができなくなる方が困る。
それに・・・まだ手を握ったり、抱きついたり・・・しているだけだぞ?大丈夫なのか?あっ・・・違うけど、まぁ・・・気にしてもしょうがない。でも、少しだけ、シロとの生活が楽しみであり不安に思えてきた。
この作戦がいい感じでシロの経験になればいいな。
さて、俺たちは荷物もたいして無いからな。着替えも、全部スキル収納に入っている。
作戦の第一段階が始まるのが、早いと明日から、遅いとさらに接触まで数日は必要だろう。ゼーウ街の事を知るためには丁度よかったのかもしれないが、少しだけ暇になりそうで怖い。
シロも少し落ち着いたから、街の散策でも行ってみるか?
このまま部屋に籠もっていたら寝てしまって、それこそジェットラグと同じ状態になってしまう。よし、このままシロを連れて街の中を歩こう。昼夜逆転生活にならないようにしないと作戦行動に支障が出てしまう。
シロを見ると、ベッドに倒れ込みそうな雰囲気がある。
「シロ。ベッドに入ったら寝るぞ!」
「大丈夫です。少し横になるだけです」
「寝たら、服脱がすぞ!」
「え・・・いいですよ?」
はぁ何言っているの?この娘は?
あれだけ恥ずかしがっていたのに?
服脱がされるのは抵抗ないのか?
「だって、着替えないと寝られないですよ?」
「ダメだ!シロ。とりあえず、街に行くぞ?街の中を歩いて、どんな感じなのかを調べるからな」
シロの目に力が戻ってくる。
自分が何を言ったのかを理解した上で、何をするために来たのかを思い出したようだ。
「はい!わかりました」
「ちょっとまて、リーリアたちを呼ぼう」
「はい。あっ僕が行ってきます」
「そうか?念話でもいいのだけど?」
「少し動きたいのと・・・あと・・・その・・・」
シロがもじもじしている。トイレか?と思ったが、そこで声に出して確認するほど俺も愚かではない。わからないふりをするのが”解”ではないが間違いでは無いだろう。
「ん?」
「僕、着替えとか、ステファナが持っているから、カズトさんと同じ部屋なら、自分で着替えを持っていたい」
全く違った。
よかった、デリカシーのない事を聞かなかった俺グッジョブだ。
「そうだな。入るのか?」
「大丈夫だと思います。なので、少し行ってきます」
「わかった、リーリアをこっちに寄越してくれ」
「はい」
シロが部屋から出ていったので、備え付けられている椅子に座る。
木戸が取り付けられている窓を開けると表通りが見られるようになる。光が差し込んで、風が抜けて気持ちがいい。俺が思い描く”異世界”の雰囲気がそこにはある。
ミュルダ区やサラトガ区やアンクラム区でも感じたのだが、雑多な感じがする。
表通りを走る馬車を見ている。
こちらを見ている者が確認できる。
『ライ!』
『なに?』
『この宿を見張っている奴らが居るから、オリヴィエと協力して、素性を調べて欲しい』
『わかった!』
『オリヴィエ聞いた通りだ』
『かしこまりました。処理はどういたしましょうか?』
『どこの者かわかればいい』
『はい。マスターそれとは別に、宿屋の主人ルチを訪ねてきた者がいます』
『わかった。つけてみてくれ』
『かしこまりました』
丁度ドアがノックされる。
「ご主人様。奥様から、お呼びと伺いました」
「入ってくれ」
「はい」
リーリアが入ってくる。
手短に、これからの予定を説明する。
念話に切り替える。ルチが完全に味方だとわからないから、盗聴の危険性は低いけど万が一があると嫌だ。
『リーリア』
『はい。ご主人様』
『どうやら、俺たちの事を気にしている連中が居るみたいだ』
『はい。先程のライ兄様とオリヴィエへの話ですね』
『あぁ時間的な事があるから、デ・ゼーウ関連ではないと思うのだが、用心しておいてくれ』
『かしこまりました』
宿屋の主人ルチの仲間が監視している以外で、俺たちを監視できる集団が居るとしたら、俺たちを狙ったわけではなく”裕福な商人”を狙っているのかもしれない。
厄介事に巻き込まれる可能性もあるが、監視の目がある状態では動きにくいかも知れない。
『馬車が狙いか?』
『馬車ですか?』
またドアがノックされる。
「カズトさん。よろしいですか?」
「あぁ問題ない」
シロがステファナとレイニーを連れて戻ってきた。
「旦那様」
「どうした?」
「私とレイニーを馬車に残してください」
「どうしてだ?」
「宿屋に入るときに・・・」
どうやら表で見張っている奴らは、デ・ゼーウの関係者でも、吸血族の関係者でも、ルチ達の関係者でもないようだ。簡単に言えば、裕福な商隊を襲って誘拐したり馬車から金目の物を盗んでいく奴らのようだ。
なんで、そんな事をステファナが知っているかというと、奴隷商に居るときにメリエーラ老から教えられた行動を取っただけだと説明された。
宿に入って、主人が部屋に入ったら、1人は宿を見て回って物を動かした後や使われていないような部屋がないか調べて、もしそんな場所があったら注意する事。これは宿の内部で何かしらの誘拐や犯罪行為が行われる場合が多い。次に、周りを見て場違いな連中が居る場合には、宿の主人に聞いてみる。宿の主人が何かしらの対処を取る場合もあるが、その場合でも宿の中に限られるので、馬車などは自分たちで警護した方がいいという事だ。
途中から、ルチと話をしていたオリヴィエが戻ってきた。
ルチもステファナの話を肯定した。
「わかった。それなら、オリヴィエとライと眷属に馬車を守ってもらおう。ステファナとレイニーはシロを守ってくれ、馬車や中にある物は、また作ればいいし、また買えばいいが、シロを失うのは絶対に避けなければならない。そして、ステファナ。レイニー。お前たちもだ。もう一度いうが、馬車なんぞどうでもいい」
「はい!」「っは!」
二人はわかってくれたようだ。
「ご主人様。私も、カイ兄様とウミ姉様とエリンちゃんと一緒に宿屋に残ります」
「そうか?あ・・・そう言えば、エリンはどうしている?」
「さすがに一晩飛んでいたので疲れたと言って寝ています。ですので、起きたときに誰もいないのは寂しいと思いますので、私が傍らに居たいと思います」
「わかった。ステファナ。レイニーもそれでいいよな?」
「かしこまりました。リーリア様。よろしくお願い致します」「お願いします」
「わかりました。それから、ステファナには何度も言っていますが、私に”様”はつけないようにしなさい。あなた達は、シロ様の従者なのですよ。私達と同格なのです」
「はい。わかりました」
なんとなく従者の間にも序列が有ったようだが綺麗になくしていくようで少しうれしい。俺にもそれで接してほしいとは思うけど、いまさらそれを言ってもやってくれるとは思えない。
表面上はやってくれるかも知れないが、その結果かえって溝が深まりそうで怖い。
「うーん。それじゃ、リーリアは宿に残って状況整理を頼む。オリヴィエは”長男様”を探ってくれ同時に馬車の警護を頼む」
「かしこまりました」
「はい。馬車への襲撃があった場合にはどう致しましょうか?」
「できる限り生け捕りにして、ルチに渡してしまえ」
「かしこまりました」
シロとステファナとレイニーを見る。
「シロとステファナとレイニーは、俺と一緒に街に出よう。買い物したりしながら、情報を集めてみよう」
「はい!」
「かしこまりました」
「かしこまりました」
「ステファナには、住民の状況や噂話を中心に頼む。期待している」
「はい!!」
「レイニーには、周りの警戒を頼む。馬車を狙っている奴らがシロを狙わないとも限らないからな」
「はい!!」
「・・・」
シロが何か期待した目をして俺を見る。
「カズトさん。僕は?」
「俺の近くに居ろ」
「え?」
「俺から離れるな」
「はい」
「なんだ?不服か?」
「違います。なんで僕だけ、何も指示がないのですか?」
なんだこの娘は?
首を傾げながら聞くな。頭なでたくなるだろう!
可愛すぎるだろう?
従者とお前を同列に扱うわけ無いだろう?
「シロ様。いえ、奥様。ご主人様は、奥様だけを特別扱いしておられるのです。それに、こんな些事は私達にお任せください。奥様には奥様にしかできない事をお願いします」
「僕にしかできない事?」
「はい」
リーリアもステファナとレイニーも、後から入ってきたオリヴィエもうなずいている。
「奥様は、ご主人様を、旦那様をお守りください。奥様にしかできない事です。旦那様を絶対にお一人にしないでください。お願いいたします。私達は、奥様がいらっしゃるので、安心して自分たちの仕事ができるのです」
皆が大きくうなずく
物は言いようだな。シロが1人になる方が危ないのは皆がわかっている事だろう。でも、言い方を変えればシロが俺から離れないようにできる。
さて、直近の方針は決まった。
まずは、ブンブン飛び回るハエを追い払う。作戦の第二段階に入る前には、周辺は静かにしておきたい。行動をしやすくしておく必要がある。
どの餌に喰い付いてくるのかわからないけど、できればオリヴィエの所が一番いいかな。
俺の所だと、いろいろやりすぎてしまうかも知れない。見た目の関係で俺の所に喰い付いてきそうだな。
リーリアの所だと間違いなく”殲滅”されてしまうだろう。
階段を降りていくと、ルチが待機していた
「ルチ殿」
「ユリアン様。お出かけですか?」
「あぁ市場を見ておこうと思ってな。どこか、見るのに適した場所はあるか?なるべく穴場的な場所がいいのだけどな」
ルチが俺を見つめてから、シロとステファナとレイニーを見る。
「そうですね。ユリアン様は、食材にご興味がありますか?」
「おっいいな」
「それでしたら・・・」
ルチは街の詳細な地図を俺に渡した。
そして、いくつかの裏路地に印をつけていく、最後に大通りの終着点を指さして、”ここ”が一番危ないところと説明する。その上で、通りを挟んだ場所に印を付けて、この場所から中に入れますと説明してくる。
侵入ルートだろう。
「いいのか?」
「かまいません」
「そうか、それでこの地図は俺がもらっていいのか?」
「はい。宿にお泊り頂いたお礼でございます」
「わるいな」
「いえ」
「これは、一般的なサービスなのか?」
「違います。ユリアン様のように、これからお得意様になってほしい方にお渡し致しております。今までに1枚しか出回っていない物です」
「そうか、それは嬉しいな。大事にしよう。ルチが印を付けた場所で、お前の名前を出せば優遇してもらえるのか?」
「はい。一箇所以外は全て話が通っております。あっそうでした。これをお持ちください」
そう言って渡されたのは、俺が作って商隊に渡している割符の代わりになるスキル道具だ。
これで確信に至った。コイツらは味方だ。吸血族に何個か頼まれて作った、俺の魔力が登録されている物だ。
受け取ると安心した表情で、スキル道具の説明をしてくれる。
俺が作った物だから、説明は必要ないが、誰が聞いているかわからない場所なので、説明を素直に聞いておく事にした。
どうやら、仲間の確認に使っているようだ。確かに元々は商隊のために作ったものだが誰が味方で誰が敵なのかわからない場所では必要な処置だろう。全面的に信頼するのは間違っているかもしれないが、指標くらいにはなるのだろう。
「わかった。ありがとう。使わせてもらうよ」
「はい」
ルチに礼を伝えてから、俺たちは街に出た。
街の雰囲気はそれほど暗くない。
暗くないが人が男が少ない。
屋台が目に入ったので、ステファナに人数分を買ってきてもらう。
「旦那様」
「あぁありがとう」
ベンチのような場所に座って待っている俺たちの所にステファナが戻ってきた。
「うーん」
皆が渋い顔をする。
理由は簡単だ。美味しくないのだ。自由区の屋台でももう少しまともな物を出す。大通りのそれも公園らしき場所の近くに出している屋台でこれなのか?もしかしたら、この屋台だけが酷いのかも知れない。食事に関しての結論はもう少し後に出す事にしよう。
「それで?」
「はい。やはり、人が減っているようです。冒険者は街を出ていったり、警備隊に入ったりしたようです。警備隊は戦争に駆り出されてしまったようです。動ける男性も理由をつけられて戦争に連れて行かれたようです」
「そうか、それで街が寂しい感じがするのだな」
ステファナが何か覚悟したような顔で話を続ける。
「はい。それから、この肉の味なのですが」
「美味くないような?」
「はい。ですが、これでも十分美味しいレベルです」
「そうなのか?」
「はい。旦那様。奥様。チアル街が異常なのです」
レイニーもうなずいているから、二人の意見だから、”まずい”と感じる俺が異常なのだろう。
でも、シロは最初からおかしいとは思っていないようだったけどな?
「シ・・・カリン。最初はお前もそう思ったのか?」
「最初は、出された物を疑って、その・・・あの・・・」
「あぁいい。それはわかっている。それで、味は不思議に思わなかったのか?」
「思いました。でも、僕たちにだけ特別な物を出すのはおかしいので、これが普通なのだと思うことにしました」
「そうだったのか・・・」
「はい」
「それで、美味しかったのか?」
「もちろんです。カ・・・ユリアンさんが作ってくれた物ですし、すごく美味しかったです」
可愛い事を言ってくれる。
外じゃなかったら抱きしめている所だ。
ステファナとレイニーが少し引いている感じがするが気にしないほうがいいだろう。
「それで?」
「はい。戦争には、勝てるから安心して欲しいとデ・ゼーウから布告が出されているようです」
「そうか」
その根拠が知りたかったのだけどな。
その後、腹が許す限り屋台を巡って話を聞いてもらったが、同じような事しか聞けなかった。
ライを連れてくればよかったな。屋台で買った物を食べさせればよかったな。今度はそうしよう。
『旦那様』
『お!念話もしっかり使えるようになったな』
愚か者共が餌に喰い付いたようだ。
俺たちを襲うことにしたようだ。真後ろまで近づいてきて、話に聞き耳を立てている。有益なスキルは持っていないようだ。
まだこの場所は大通りだから襲っては来ないだろう。
『はい。練習しました』
『どっちに誘導したいのかわかるか?』
『いえ、まだ後ろから着いてきている者たちが距離を詰めているだけのようです』
『そうか、少し大きな買い物でもするか?』
次の屋台にステファナが向かった。
少しステファナが離れた所で、少し大きめの声で後ろに居る奴が確実に聞き取れる様な音量で話しかける。
「おい!ステファナ。魔核が変換できる所を聞いてくれ、レベル4とレベル5の魔核をスキルカードにしたい」
「はい。かしこまりました」
よし、よし、俺の後ろで聞き耳を立てていた奴が離れていった。
慌てて離れていったから、魔核の事を仲間に伝えに行ったのだろう。
『はい。それで、ライ様の眷属が、後ろに居た者の影に潜んでいます。私に映像を流してくれるようですが、それでよろしいですか?』
『あぁ頼む。疲れるようなら言ってくれ代わるからな』
『はい。でも、大丈夫です。リーリア様・・・リーリアからやり方を教わりまして訓練を積んでおります』
『わかった。無理はするなよ』
『はい!』
どうやら、襲撃を仕掛けてくる連中の中に屋台をやっている者も居るようだ。
すこし前に買った屋台が店じまいを始めている。一番まずかった屋台だな。顔は覚えている。味はすぐにでも忘れたい。
監視している奴が入れ替わったようだ。
俺の後ろに男が来た事を確認して、シロが話しかけてきた。
「ユリアンさん。どうしますか?」
釣り方がうまくなってきているな。
「そうだな。ステファナが両替屋の場所を聞いてきたら移動しよう」
ステファナが何も買わないで戻ってきた、チップを渡して情報だけをもらってきたようだ。
両替屋は近くにはないようで裏通りにしかない上にあまりおすすめできないと言われたらしい。魔核をスキルカードにするのは表通りで安心できる商会にて、魔核で安い物を買っておつりをスキルカードでもらうほうがいいというアドバイスをもらってきた。一個か二個程度ならそれも有りだろうけど、数が多いとそれが難しいだろう。
相場観がわからない。商店を信じないわけではないが、本当に両替するのなら、ルチに頼む。今から両替するのは賄賂用に持っている魔核だから別にここで捨てても惜しくない。
チアル街では、両替屋は表通りに存在しているし、手数料を取ってスキルカードにする事は違法ではない。両替屋は逆もおこなっているスキルカードを魔核に変換する事ができる。スキル道具が発達してきているので、レベル2や3の低位の魔核が必要になる事が多いためだ。
「ステファナ。ありがとう。魔核の数も多いから、両替屋に行こう」
お!これが正解だったようだ。
後ろに居た男が少し離れてから走り始めた。両替屋に行くどこかで待ち伏せしてくれるのだろう。
それを期待して、ゆっくりと街を散策しながら歩いて、裏通りに入っていく。
裏路地に入ったが、男たちはまだ襲ってこない。後ろから着いてきているだけだ。
襲われないまま両替屋まで到着してしまった。
「旦那様。ここは私達が行ってきます」
「いや、ここは、ルチに教えられた場所の一つだ」
「え?かしこまりました」
ステファナが俺に道を譲る。
路地に入ってから地図を思い浮かべていた。
ルチが印を付けた店の一つがこの場所だったと記憶している。地図を取り出して見るわけには行かないので確認はできない。でも記憶ではこの辺りだ。店に入ればわかるだろう。向こうからリアクションが期待できる。
もしかしたら、愚か者どもが動かないのもスキルカードを得てから襲うつもりなのかもしれない。
「いらっしゃい。これは珍しい若い夫婦だね」
「ご老人。ここは、両替屋でいいのか?」
「そうですよ。魔核からスキルカード、スキルカードから魔核への交換をおこなっております。あと、スキル道具の鑑定なんかもおこなっています」
ほぉ・・・。
俺とシロを見て、確実に解っていながら、スキル道具の事を切り出したな。
店の中には、スキル道具なんて一言も明記していない。
「店主。スキル道具はどんな物でもいいのか?どこにも書いていないが?」
「スキル道具なら何でも構いません。特に、認証のスキル道具とかなら歓迎です」
「ハハハ」
笑いだしてしまった。
ここまで直球で来るとは思わなかった。
「わかった、スキル道具は持っているし、認証ができるようになっているが、近くを小汚いハエが飛んでいる。それを排除してからの方が安心できるが、そう思わないか?」
「わかりました。少し確認したいのですが、そのハエは何匹でしたか?」
「レイニー。お前が認識したのは何匹だった?」
「え・・・あっ姿を見たのは、5人ですが、認識できた者を含めると11人です」
「可愛いお嬢ちゃん。それは、こんな姿のハエだったかい?」
一枚の絵を見せる。
男の人相が書かれている。俺は見覚えがない。シロも無いようだ。
「はい。この者が宿の前で見張っていた者です」
ハエだって言っているのに、レイニーは”者”と言ってしまっている。
別に問題はないが、店の前でこちらを見ているハエも居る事からあまり長話は良くないと思っている。
「お客様。その者達は私どもに任せて頂けませんか?」
「いいが、お前たちが、その者たちと結託していないという証拠は示せるのか?」
「そうですな。誰かお一人見てもらう必要がありますが、全員の腕なり足なりを切り落とす事にしましょうか?」
「お前たちは、アイツらが何者か知っているのか?」
「はい。スラム街に住み着いている裏稼業の者たちです」
シロを見るが俺に任せるスタンスのようだ。
「わかった。店主に任せよう。レイニーとステファナを連れて行ってくれ、俺とカリンはここで待っている」
「旦那様!それでは、旦那様と奥様の護衛ができません」
「ステファナ大丈夫だ。なにかあったらカイかウミを呼び出す」
「ステファナ。ユリアンさんが大丈夫と言っているのです。大丈夫です」
「しかし、奥様」
「私とユリアンさんに危害を加えようとしたら、この辺り一帯は灰燼と期すでしょう」
シロが老人を見ながら脅迫と取られかねない事を平気で話す。
「ステファナ。レイニー。大丈夫だ。俺もカリンもここで待っている。お前たちは、煩いハエを始末してきてくれ。俺たちが行くよりも安心できるだろう?」
「はい」「かしこまりました」
話がまとまったのを見て店主がテーブルの上に紙を広げて、何かを書いた。
ステファナとレイニーは、荷物を持って店の奥に入って欲しいという事なので、それに従うように二人に指示を出す。俺とシロは、店の者と話をして待っている事になるようだ。
「それで、旦那様。両替はどう致しましょうか?」
「ハエが追い払えるのなら必要ない。そうだ、スキル道具の鑑定を頼みたいがいいか?」
「もちろんでございます」
後ろから見られていた雰囲気がなくなる。
仕事が早いな。それとも、わかっていて準備を進めていたのか?
ルチに、渡された認証のスキル道具を取り出す。
それを見て、店主もやっと安心したのだろう。奥に下がってから、1人の男性を連れてきた。
「この者が鑑定を致します」
「そうか、わかった」
奥の部屋で話をするようだ。念話で、シロに武器をいつでも取り出せるように準備しておくように伝える。
「お客様。ここでしたら、外に声が漏れる心配はありません」
「それを素直に信じろというのか?」
「それは手厳しい。ですが、信じていただく以外に方法はありません」
「そうだな。まぁいい。わかった、信じる事にしよう」
「怖い方ですね」
「なんのことだ。それよりも、スキル道具の鑑定はいいのか?」
「そうでした」
男がポケットから対になるスキル道具を取り出した。
俺が作った物で間違いないようだ。男が魔力を流す。俺も、認証のスキル道具に魔力を流す。
お互いが同じ様に点灯する。
男からホッとした雰囲気が伝わってくる。スキル道具が動作しなかったら話が進められないのは間違いないからな。
「私は、グレゴールといいます。お客様のお名前をうかがってもよろしいですか?」
「グレゴール殿。俺は、ユリアン。妻は、カリンだ」
「ユリアン様。私の事は呼び捨てでお願いします」
「わかった。グレゴール。それで、どうしたらいい?」
「暫くお待ち下さい。2時間程度で全部終わるはずです」
「わかった。この後でいいが、スラム街の裏稼業の事を教えてくれ」
「構いませんが?なぜでしょうか?」
「これ以上邪魔するのなら潰す。潰すのはもったいないと思えるようなら支配する」
グレゴールは少し考えてから
「支配されるのがよろしいかと思います。今のスラム街のトップは、”長男”派閥の者です」
「長男か、話は出てくるが、俺のメリットが無い」
グレゴールは、引き出しから書類を取り出して俺に見せてきた
「時間がまだ少しかかると思います。読み物になってしまいますがよろしかったら読んでみてください」
「これは?」
「先代のデ・ゼーウ様の施策と、今代のデ・ゼーウの施策です。それと、長男が行った事と今代のデ・ゼーウに粛清されるきっかけになった施策のあらましです」
「いいのか?」
「かまいません」
「わかった、ありがたく読まさせてもらおう」
「はい」
グレゴールは一度部屋から出た。
代わりに女性が1人入ってきた。飲み物を持ってきてくれているようだ。
鑑定はしたが、ありがたくいただくことにしよう。
今代が馬鹿な事がはっきりとした。
自分たちが優位な立場だと思って、高値を付けて売りつけ始めた。そこに、俺たちが戦略物資になる魔物やダンジョン産の素材を絞り始めたから、作れる物が減ってきた。
俺がドワーフに竜の鱗を渡して、それで武器や防具を作り始めたのも街としてダメージになったようだ。品質がいい物が安価で手に入ってしまう状態に慌てた、港を自分たちが抑えているので優位性は保てるが、それも時間の問題に思えたのだろう。
そこで、俺たちを支配下に置く事を考えたようだ。
それに真っ向から反対したのが、”長男”という事になる。
そうか、長男は俺たちと”交渉”しようとしたのだな。
その使節団が謎の集団に襲われて、長男が帰ってこないというのが、表向きの理由だという事だ。逃げたと噂されたり、サラトガの連中に殺されたのだという話も出ている。全部、今代のデ・ゼーウが流した噂で間違いないようだ。実際には、使節団がゼーウ街を出た事実がない事から、長男は街のどこかに軟禁されているという見方もできる。最悪はすでに殺されていると考えられる。
長男が行おうとした施策は、武器と防具の販売からスキル道具の販売への変更だ。それも、生活を楽に豊かにする物を中心に開発/販売させて、最終的には武器と防具の販売から手を引く事を考えていたようだ。
話が繋がるが、まだ隠された情報があるだろう。しかし、表向きはストーリーが描けてしまっている。
これ以上読み込む必要はなさそうだ。
既得権益を持つ連中が、次男?をそそのかしたのかも知れない。
それなら、先代のデ・ゼーウはそんな事も見抜けなかったのか?
先代のデ・ゼーウの基本的な動きは”バランス”を取る事のようだ。
わかるのはバランス感覚に優れていたのだろう。どちらかに偏っている事はない。先々代は武器と防具を作る事を推し進めたようだ。先代になって、商業的な発展が行われているし、冒険者たちを使って、自ら仕入れる方法を取っている。サラトガダンジョンへの依存度を下げようとしていたようだ。
先代は、街の発展に力を入れていた。
今代は、私腹を肥やす事に力を入れている。どうやら取り巻きもそういう連中で固まっているようだ。
問題なのは、もっとも大事な情報が欠けている事だ。
これはグレゴールから直接聞かなければならないだろう。
「ユリアンさん」
「どうした?」
「これを見てください」
シロが見ていた資料は、ゼーウ街の財政に関する物だ。
そうか、冒険者たちを呼び込むために使っていたスキルカードを”ポケットに入れた”のだな。
それで、街に寄り付かなくなったの可能性があるという事だな。戦争を嫌ってという事もあるのだろうが、その前に冒険者が少なくなっていたのだな。
「ありがとう」
「いえ、不自然な流れだったので気になりました」
「あと、アトフィア教へのお布施も極端に増えているようです」
別の側面もあるだろうが、確かに今代になってからアトフィア教に対するお布施が増えている。これは、ローレンツの情報になかった事から、教皇派閥に流れていると考えていいのかも知れない。
ドアがノックされた。
「旦那様。奥様」
ステファナとレイニーが戻ってきた。
そんなに長い時間読み込んでいたのだろうか?
「悪いな。どうだった?」
「はい。つつがなく処分致しました。馬車も襲われました。そちらも全員捕らえたようです」
「え?そう?わかった。まぁ無事なのだろう」
「はい。問題なかったと伝えて欲しいと言われました」
「わかった」
「結局どうした?」
「はい。腕や足を切るのは、処理に困りそうだったので、スキルカードや持ち物を全部没収しまして、髪の毛を全部剃ってから、全裸にして両手両足を縛ってスラム街に捨てておきました。あっすみません。あそこを全員切り落しました。奥様を犯すとか言われて我慢できませんでした。申し訳ありません」
「ククク。ハハハ。そうかよくやった」
「ありがとうございます」「ありがとうございます」
グレゴールも帰ってきた。
「グレゴール。それでどうだ?俺たちは合格か?」
「え?ユリアン様。話が逆です。私達を信じてくださいますか?」
「そうだな。殺さないで解放したから、向こうから接触してくる可能性があるだろう?」
「はい」
「そうか、すでに接触が有ったのだな」
「はい」
グレゴールの後ろからルチが現れる。
そして、店番をしていた老人や他に数名が部屋に入ってくる。
それほど広い部屋では無いので暑苦しく思えてしまう。
グレゴールが一歩前に出て、机と椅子を端に寄せた。
そして、皆が一斉に跪いた。土下座のような格好になる。
「ユリアン様。いえ、カズト・ツクモ様。シロ様。お願いです。我らの願いを聞いてください」
「願いと言われてもな、グレゴール。お前、さっきの資料が全部じゃないだろう?」
「はい」
「話せよ。それを聞いてからだ!」
グレゴールが、頭を下げながら語ったのは、俺の予想通り、隠された話だ。
ルチと店主以外は、先代に仕えていた者だという事だ。
屋敷に仕えていた者は、長男(ヨーゼフというらしい)が使節団としてサラトガに向かったと教えられた。今代のデ・ゼーウと武器商人/職人に邪魔されて使節団の後を追う事ができなかった。数日後に、サラトガに向かったヨーゼフが殺されたと教えられた。あまりにも早い展開だった。
その報告がゼーウ街に告知された翌日に先代のデ・ゼーウが病死したと発表され、先代の遺言により、次男がデ・ゼーウを襲名する事になった。
この襲名が正当な物でない事や、今までデ・ゼーウの屋敷に入る事が許されていなかった者たちが出入りし、自分たちが入る事ができなくなった。ヨーゼフの腹心だった者がスキルカードや武器の横領の罪を着せられて、財産没収と屋敷や身分証の剥奪処分となった。もともと、ヨーゼフはスラム街をなくそうとしていた。壊すという意味ではなく仕事を与えて身体が弱っている者に治療を行う施策をおこなっていた。弱者救済だ。その者たちを、冒険者として独り立ちさせて、大陸中心部の森から素材を持ち帰らせようとしていたのだ。
弱者救済とスラム街とのやり取りをしていたのが、ヨーゼフの腹心だった男で今のスラム街のトップになっている者だ。
これは、ヨーゼフに生きていて欲しい限りだな。
俺が望む形での協力ができそうだ。
でも、交渉は交渉として考えないとならないな。
「そうか、それで?」
「ファビアンに会っていただきたい」
「ファビアン?」
「ヨーゼフ様の腹心だった男です」
「俺は、そのファビアンの部下を捕らえて痛めつけたのだぞ?」
「それは大丈夫です。奴らは、ファビアンの支配に反対している者たちです」
「ん?先程の話と違うが?俺を騙したのか?」
「もうしわけありません」
「そうか、貸し一つな」
「はい。それでは?」
「わかった、会おう。そのかわり、会談場所は、ルチ!お前の宿屋だ、問題はないよな?ファビアンには、1人で来いと伝えろ、誰かが同席するのは許さない。こちら側は俺とシロとリーリアとオリヴィエと魔物が3体で出迎える」
「それは」
「かまわないだろう?それに、俺は別にファビアンで無くてもいいし、ヨーゼフがどうなってもかまわない。ゼーウ街が俺たちにちょっかい出せなくするのが目的だからな。デ・ゼーウの館を破壊して、中に人間もろとも潰してしまえば後腐れなくていいと思わないか?」
「しかし、それではまた」
「そうだな。そうなったら、また同じ事を作業のように繰り返すだけだ、面倒になったら、竜族に頼んで街にブレスを放ってもらうだけだ」
「わかりました。ファビアンに伝えます」
「いい答えを期待している。それほど長く待てないからな」
「わかっております」
俺とシロが先頭で部屋から出ていく、ステファナとレイニーが後に続く。俺たちが部屋から出てから、何か話している声が聞こえるが気にしてもしょうがないだろう。
俺たちにもメリットがある話だが、デメリットも存在する。
さて、どうしたものかな?
狭い部屋で大人数から迫られたから嫌な汗をかいている。
夕ご飯にはまだ少しあるが、宿に帰る事にしよう。
オリヴィエやリーリアも何か情報を掴んでいるかも知れないし、馬車襲撃の話しも聞かなければならないだろう。
「大丈夫か?」
シロが少しじゃなく疲れているように見える。
「だ、大丈夫です。少し、人が多くて・・・びっくりしただけです」
「あれ?フラビアとリカルダと一緒に」
アトフィア教では姫様的な立場で注目されるのにはなれているのではないか?
「あっえっ、あっそうです。大聖堂とか大きな場所で、それに僕たちはその他大勢の1人でした」
と、思ったが違ったようだ。
でも、ログハウスや迎賓館では俺の横で注目を浴びているよな?
「それなら、迎賓館やログハウスでなれているだろう」
「あれは、カ、ユリアンさんに皆が注目しているので、視線を感じません」
「そうか?別に、カズトでいいよ。ここなら俺とシロだけだし、盗み聞きするような奴も居ないだろうからな」
「はい。今日は、僕も一緒に見られていて」
「そうか」
「はい。ゴメンなさい」
「責めているわけじゃない。疲れたのなら、疲れたと言って欲しいだけだ」
「はい。少しだけ疲れました」
「そうか、それなら宿で少し寝るか?」
「はい。そうしたいです」
「俺も、汗だけでも拭いてから寝ておく事にする」
「え?」
なぜか、シロが挙動不審になる。
俺が汗を流すのがそんなに不思議なのか?
シロが挙動不審になった理由が宿の部屋に戻って判明した。湯浴みの場所が、脱衣所もなければ仕切りもない、カーテン状の物を掛かっていないので丸見えの状態になってしまっている。
そう言えば、宿に入ってシロの雰囲気が代わったのはこれがわかったからだな。
「シロ!」
「はい!!」
そんなにびっくりするなよ。
「リーリアが大きめの布を持っているはずだから貰ってきてくれるか?」
「わかりました??」
可愛く首を傾げても何も出てこないけど、疑問に思っている事は答えてやれる。
「湯浴みするときに、お湯が周りに跳ねないように上からかけておけばいいだろう?」
「わかりました」
あきらかに残念な雰囲気を出しているけど、恥ずかしくて挙動不審になっていたのではないのか?
「シロ。もしかして、拭いてほしかったのか?」
「ち、違います。僕が、カズトさんを、その、あの、ですね」
「わかった、わかった、そんなに慌てなくてもいいよ。俺は疲れたから、シロに拭いてもらうつもりだよ」
「わかりました!」
お嬢様だったのだろう?
拭かれる方を望むのかと思ったのだけどな。シロが挙動不審だった理由もわかったし、ファビアンが訪ねてくるのをただ待っているのも暇だから丁度いいかもしれないな。
でもさっきの口ぶりから、そんなに遠くない未来に訪ねてくることも考えておいたほうがいいかもしれないな。訪ねてきたら待たせておいてもいいのかも知れないな。
部屋から出ていった、シロが戻ってきた。
リーリアから布を貰ってきた。一緒に、ステファナが付いてきた。レイニーも一緒のようだ。
「ん?」
「旦那様。奥様の湯浴みは、私たち手伝いたいのですがよろしいですか?」
「そうだな。頼めるか?もともと綺麗だけど、汗で汚れているかもしれないからな隅々まで頼むな」
「はい!かしこまりました!」
「カズトさん。僕、綺麗?」
「綺麗だよ。すごくな」
湯浴みの場所を見るけど、二人では入れるけど、三人では難しそうなのだよな。
「そうだ、シロ。レイニーから昼間の事を聞いていいか?」
「昼間?」
「あぁグレゴールたちがどうやって奴らを始末したのかを聞いておきたいからな」
「わかりました。レイニー。カズトさんに説明して」
「かしこまりました。奥様」
レイニーがシロに頭を下げる。
シロとステファナは湯浴み場に移動して、布を上からかける。
「なぁレイニー。あの布はリーリアが渡したのか?それとも、ステファナが選んだのか?」
レイニーが布を見る。
「奥様がお選びしていました」
「リーリアが誘導したのか?」
「いえ、リーリアは、奥様がお選びした布では、その、透けてしまうかも知れないからとおっしゃって、見事に予想は当たりましたね」
「あぁそうだな。はっきりとじゃないが透けているな」
「はい。もうしわけありません」
「いいよ。レイニーが謝る事じゃないし、シロが自分から選んだのだからな」
「あっ!それで、旦那様。昼間の事でしたね?」
「それは別にいいよ。レイニーとステファナを信頼しているから、奴らを捕らえたのだろう?」
「はい。間違いありません。容赦なく首を刎ねようとしたのを止めました」
「そうか!でも」
「どうかされましたか?」
なんか違和感がつきまとう。首をいきなり跳ねるとか、余計に違和感が強くなる。レイニーが俺に嘘を付く必要性は皆無だから、本当の事だろう。
なら余計に不思議に思えてしまう。なぜ、長男の腹心がスラム街のトップに納まっているのか?
そして、なぜグレゴールたちは俺に長男の事を詳細に話さない?
気にし過ぎだろうか?
「レイニー。俺の考え過ぎなら指摘して欲しいのだけど」
レイニーに俺の疑問点と違和感を話した。
「旦那様。申し訳ありません。ステファナが似たような疑問を話しております」
「そうなのか?」
「はい」
「あまりにも都合が良すぎると言っていました」
「そうだよな。全部、俺たちに都合よく流れているのだよな。宿を決めた、吸血族との接触はできているのか?」
「オリヴィエが探しては居るようですがまだ接触ができていません」
「まずは、そこだよな?」
「はい。それに、リーリアが門の前であった老婆を気にしています」
「そうか、あの老婆の正体が結局ハイエルフという事以外解っていないからな」
愛おしい女の裸体をカーテンごしに見ながら考える事でもないよな。
そう思っても、チアル大陸の事があるのだよな。俺が責任を感じるのは、そう多くない。非情と思われるかも知れないが、カイとウミとライとエリンとノーリとリーリアとオリヴィエと眷属たち、それにシロとフラビアとリカルダとステファナとレイニーとギュアンとフリーゼぐらいだ。多くはなっているが、この者たちが望むかはわからないが、最悪はチアル・ダンジョンに籠もって、ログハウスで迎撃作戦を取れば撃退できるだろう。
クリスとルートガーは自分たちでなんとかしてくれると思いたい。
「旦那様。どうされるのですか?」
「まずは、情報だな。ファビアンが持ってくるであろう情報と、オリヴィエとリーリアが探った情報に差異がなければ、当面の行動方針を考える事ができる」
「情報が違ったら?」
「ん?そうだな。俺は、オリヴィエとリーリアが持ってきた情報を信じる。違いがどうして生じたのかを調べれば、そこが突破口になるかも知れないからな」
「はい」
「それに、シロはあてにできないけど、ステファナとレイニーの直感は信じているからな。何かおかしいと思ったら言ってくれ」
「はい!」
シロの湯浴みが終わったようだ
シロとステファナの声が聞こえてくる。
湯浴みしている時の声も聞こえていたが、今はそれ以上にはっきりと聞こえる。
「ステファナ。本当にこれで間違っていない?」
「はい。大丈夫です。リーリアも私もそれで間違っていないと思っております。旦那様を拭いて差し上げるですから、奥様。このくらいは致しませんと旦那様が他の女性に目を移されてしまいます」
「それは嫌だ。でも、僕恥ずかしいよ」
「奥様。布を選んだ時のお気持ちをお忘れですか?」
何をしているのかな?
声が丸聞こえなんだけど・・・。
「旦那様。申し訳ありません」
レイニーが頭を下げる。
「いやいいけど、あれはいいのか?」
「問題ないと思います。ステファナは、奥様の事で頭が一杯になってしまっているのです」
「え?なんで?」
「旦那様と奥様の種族のお話をされましたよね?」
「ヒュームのことか?」
「はい。それで、あの、その」
「怒らないから教えて欲しい」
「はい。旦那様と奥様のお子に里を訪ねて欲しいと言っていまして」
「ハハハ。それこそ、先の話でいいのではないか?」
「そうなのですが、ステファナの密かな願いが有りまして」
「それは、俺が聞いてもいいのか?」
「問題ないかと思います。ステファナとしては、自分を捨てた里に、自分が如何に偉大な人に仕えているのかを知らしめたいのでは無いかと・・・」
「そうか、それなら、今の態度もまぁ許せるかな」
「え?よろしいのですか?」
「ん?ダメじゃないよ。俺たちができる事なんて些細な事だろうからな。エルフの里というよりも、ハイエルフには会いに行きたいし、カイとウミの里にも行きたいからな。そのついでに、ステファナの産まれた里によるのも問題ないだろう?その時までに子供ができているかはわからないけど、できていたら、ステファナが抱きかかえるのは自然な事だろう?子供ができていなくても、俺とシロがステファナを大事にしているのは本当の事だからな」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
なぜ二回言ったのかわからないが、感謝してくれているのは嬉しい。
そうか、ステファナの密かな願いという感じなのだな。子供どころか、その前段階だからいつというのは言えないけど、子供ができたら、些細な願いを叶えてやりたいな。
子供ができない時でも、シロと俺とステファナで訪ねてもいいだろうな。
そんな話をしていたら、ステファナが湯浴み場から出てきた。
「旦那様。奥様の準備ができました」
「あぁありがとう。シロは中で待っているのか?」
「はい!私とレイニーはここで下がらせていただきます。よろしいですか?」
「わかった。ありがとう。あっステファナ。リーリアとオリヴィエに情報をまとめておくように言ってくれ、それから、ステファナとレイニーもわかった事や感じた事を二人に説明して意見をまとめてくれ」
「かしこまりました。レイニー行きましょう。旦那様。奥様。失礼致します」
逃げるようにそそくさと部屋を出ていった。
さて、シロがどんな格好で待っているのか気になるから、早く湯浴み場にはいる事にするか。
全裸の状態で入る事にした。服と下着を脱いで、カーテン状にしていた布をめくって中に入る。シロなら見られても困らない・・・よな?
「え?」
「カっカズトさん。あまり、見ないでく、ださい。はず、かしいです」
できても、下着姿かと思ったが・・・全裸で待っているとは思わなかった。
「シロ。すごく綺麗だよ」
「本当ですか?」
「あぁすぐにでも」
「すぐにでもなんですか?」
「押し倒したい」
「え?本当ですか?」
「あぁでも、まだ我慢するよ。そんな今シロを押し倒したら、負けた気分になる」
「カズトさん。僕、本当に、僕で、カズトさん。僕、不安で、す」
「泣くな、シロ、何が不安、そうか、シロ、俺が悪かったな。そのままこっちに来てくれ」
「いいのですか?僕、カズトさんだけじゃなくて、いろんな人を、ヨーンさんやクリスや、けも、のとおもって、それに、僕、呪われて、僕のせいで、みんなが、でも、僕カズトさ、んに惹かれて、止められなくて、いいのですか?」
狭い場所だが、シロを抱き寄せた。なにかスイッチが入ってしまったかのように支離滅裂になってしまっている。
不安にさせたのは、俺がはっきりと態度で示さなかったからだろう。俺は、シロがアトフィア教の教皇の孫でもかまわない。シロが、シロで有ることが大事だと思っていた。
俺が選んだのはシロだ。
シロを抱きしめた。
「シロ。泣くな」
「グスン。だって、こんかいだって、アトフィア教の、教皇がうらで、あのそれに、僕が居るから、カズトさんが」
「大丈夫だ。シロ、今回もアトフィア教は関係ない、それに、シロ、お前は俺の伴侶だ」
「う、ん。でも、僕の血はきた、ない。けがれているって」
「誰が?そんな事を言った?」
「・・・」
「シロ、シロは汚れてなんか居ない」
誰がシロを!
ダメだ、今は、シロを見ろ、シロの事だけを考えろ!
「カズトさん。僕のこと」
「あぁ好きだよ。愛している。こんなに可愛いシロを手放すわけない。逃げても追いかけてやる」
「うれしい、です」
シロが俺の胸の中に顔を埋める。
柔らかい双丘を押し付けてくる。こっちの世界では当然なのだろうか?髪の毛以外の毛は全部剃り落としているようだ。
どのくらいそうしていたのかわからないが、シロが俺の心音を聞いているのがわかる。
抱きしめる腕に力を込める。やっと少しは落ち着いたのだろう。
「カズトさん。僕、カズトさんの汗、拭かないとですね」
「あぁそうだな。その前に、シロ。下着くらいつけないか?」
「え?ステファナからは、全裸でやるのが夫婦だと教えられました。フラビアとリカルダにも同じ様に言われています」
「それは、そうだが俺が落ち着かないから、下着をつけてくれると嬉しいかな」
「・・・そういう事なら、このまま全裸でやります。カズトさんが、僕を見て落ち着かなくなるなんて貴重な事です!」
「恥ずかしくないのか?」
「すごく恥ずかしいです」
「それならな!」
「イヤです」
「わかった、わかった、なんでも一つシロがしたい事を言え、叶えられる事なら叶えてやる」
「本当ですか?」
「あぁ二言はない」
「・・・・(キスして)・・・・」
「ん?なに?」
「えぇ絶対に聞こえていましたよね」
聞こえていた。抱きしめて、目の前に顔があるから、聞こえないはずがない。
声が恥ずかしさと緊張で声がかすれていても、口の動きでわかる。”キスして”とおねだりしてた。
可愛いから、照れた顔をもう一度見たくて、聞こえないふりをした。
「シロ?」
「絶対に聞こえていましたよね?もぅいいです!このまま全裸でカズトさんの事を拭きます!大きくなっている所も丁寧に触って綺麗にします!もう僕遠慮しません!カズトさんがしてくれないのなら!!自分で迎い入れます!大丈夫です。教えられました!痛いかもと言われましたが我慢します!」
「悪かった、シロ。悪かった」
「もう知りません。ダメです!」
シロが離れて後ろを向いた、狭い場所で後ろを向いて、床に置いている桶から濡れた布を取り出す。それがどういう格好なのか、想像してみればわかると思う。かなり際どい格好になることは避けられない。
このままでは流されてしまうのは間違いないのだがそれは絶対に避けたい。解っている。シロも気持ちでは解っているだろう。だからこそ、感情に流されるのでは無いほうがいい。
後ろを向いた状態のシロを、後ろから抱きしめた。
「シロ、ゴメンな。あまりにも、可愛かったからからかいたかっただけだよ」
「しりません。僕、頑張ったのですよ」
「そうだな」
シロの首に腕を回して、後ろから優しくホールドする。シロも身体の力を抜いて、腕に手を添えている。肩越しに双丘がギリギリ見えなく位のサイズだが、後ろから抱きしめたときに柔らかさは実感した。育っているのかはわからないが、十分柔らかい事はわかった。
訓練も欠かさずに行っているので、絞まる所はしっかりと絞まっている。食事事情も関係しているのだろうけど、もともとの柔らかさは維持できているようだ。
そして、今更ながら、女の、雌の匂いが鼻孔を擽る。香水ではなく、シロ本来の匂いなのだろう。それとも、俺がシロに惚れていて、フェロモンを感じてしまっているだけなのか?
「シロ」
「は、い」
今更ならが自分が言った事を思い出したのだろう、耳まで真っ赤になっている。
「シロ。愛しているよ」
「カズトさん。僕、カズトさん」
シロが身体を反転させて、こっちを向く。
少し身長が足りないけど、シロの顔を頭を少し後ろから固定して、唇を重ねる。
少し、びっくりした雰囲気がシロから伝わるが、腕を俺の首に巻きつけて、自分からも唇を押し付ける。
俺の頬にシロの涙が伝わってくる。
こんなに不安にさせていたのだな。大切にするという事を、俺は勘違いしていたのかも知れない。ヨーンたちが正しいとまでは言わないけど、もう少し意見を聞いたほうが良かったのかも知れないな。
一度、唇を離した。
「カズトさん。僕、カズトさんの傍に居ていいのですね」
「当然だ。俺はシロ以外は必要ない」
「うれしい」
今度はシロが首にまわしている腕に力を入れて、自分から唇を合わせてくる。
どのくらい抱き合っていたのだろう。
何回唇を合わせたのだろう。舌が絡み合うようなキスをした。
「カズトさん。僕おかしくなりそう」
「俺もだよ。でも、シロ。まずはやることをやろう」
「はい!」
俺が愛したシロがそこに居る。二人でお互いの身体を拭いてから、用意されていた新しい下着を身に付けた。
リーリアとオリヴィエとステファナとレイニーが資料をまとめてくれている。
できた資料から持ってくるように伝えた。順次、資料を読み込んでいく、思っていた以上に警備が硬い場所がある。何か隠していますと言っているのに気がついていないのだろうか?
ドアがノックされる音で資料から目を離す。シロは資料を読むと言ったが、疲れていたのだろう、緊張もしたのだろう、そして安心したのだろう。
ベッドで寝てしまっている、まだ夢の世界の住民だ。下着姿のまま可愛い寝息をたてている。
「なんだ?」
「旦那様。失礼致します。ファビアンを名乗る男が旦那様にお会いしたいとお越しです」
「わかった。少し待たせておけ、準備してから行く」
「かしこまりました」
ベッドを見ると、シロがしっかりと起きている。下着姿なので、すごくセクシーな状態になってしまっている。
「シロ、顔を洗ってから行くぞ」
「はい」
下着姿を見ていたい欲望を押さえつけて、顔を洗ってから、服を着る。商人風の物ではなく、冒険者風の服装にする。俺は、太刀と脇差を帯刀した。シロはショートソードを二本腰からさげている。防具は付けていないが、守りに使えるスキル道具は身につけている。シロも同じだ。
部屋を出ると、ステファナが待っていた。
「お呼びいただければ、奥様のお着替えを手伝いましたのに?」
「着替えくらいは、自分でします。それよりも、ステファナ。客人はどこでお待ちなのですか?」
シロの澄ました言い方に少し笑いがこぼれそうになる。
ステファナが俺とシロを先導して歩く、階段からすぐの部屋に案内した。
フロアー全部を借り切っているので、こういう使い方ができるの、贅沢な使い方だよな。
部屋に入ると、20代後半位の男が、椅子に座って居た。
この男が、ファビアンだろうか?
カイとウミとライはすでに部屋に着ていた。
俺とシロが部屋に入ってきた事がわかったのだろう。男は、立ち上がって頭を下げた。
「ユリアン殿。先程は、スラムの住民が失礼しました」
「その前に、貴殿の名前は?」
慌てて、頭をあげてから
「私は、ファビアンと申します。スラム街で顔役のような事をしております」
顔役のような事ね。また微妙な言い回しを使ってきたな、”消防署の方からやってきました”と同じくらいに胡散臭い。
「ファビアン殿。確認したいのだが、貴方が謝罪されるということは、先程私達を付け回して、馬車を襲撃した者は、貴方の指示で動いたと解釈してよろしいのですか?」
「ちょっとまってくれ。いや、待ってください」
「いいですよ。でも、貴方の言い方では、私たちに謝罪しに来ただけですよね。それは、わかりました、謝罪は受け取りました、お帰りください」
ファビアンを見るが動揺が見て取れる。
成人したばかりの餓鬼だと思って甘く見ていたか?
「リーリア。オリヴィエ。お客様がお帰りになる」
扉の外に居るであろう2人に声をかける。
「ちょっと待ってください。失礼しました。ツクモ様」
シロと一緒に立ち上がって部屋から立ち去ろうとしたが、呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「ツクモ様。本当によろしいのですか?」
「はぁー貴方もですか?」
「え?」
「何か勘違いされているようですね。訂正するのも面倒ですが、私の事を、”ツクモ”と呼んだ時点で、私のことは把握していると考えます。それを踏まえて、質問します。私たちは、ゼーウ街がどうなろうと関係ないのです。私たちの街に、私が大切にしている者や場所にちょっかいをかけてこなければいいだけです。この意味がわかりますか?」
ファビアンは少しだけ考えてから
「そうですか・・・ツクモ様はゼーウ街が無くなっても困らないとおっしゃっているのですね」
「正確には、チアル街にちょっかい出せなくなればいいだけです。そうですね。現在のデ・ゼーウを思いっきり痛めつけて、見せしめに殺してもいいでしょう。竜族にお願いして、ブレスで領主の館をふっとばしてもいいでしょう。少なくても、ゼーウ街は混乱して、チアル街にちょっかいかけることはできませんよね?あなた達がそれを提供できるのなら、協力することも考えますが、勘違いされては困ります。私達は、あなた達で無くてもいいのですよ」
俺の発言の意味をしっかりと考えてくれれば、馬鹿な提案はしてこないだろう。
「ふぅ怖い怖い。喋り方が不敬とか言わないでくださいね。こっちが素なのでね」
「かまわない。それで、ファビアン。俺に何を提示してくれる?」
「そうですね。捕らえられている、ヤニック殿とアポリーヌ殿の居場所では不服ですか?」
「不服だな。それは、ここに居るライの眷属が見つけ出せるからな」
ライが、眷属をスキル呼子で呼び寄せる。
蟻と蜘蛛と蜂の進化前の個体だ。これでも街の中で見つかれば、かなりの騒ぎになる。
「これの進化体でもいいぞ?」
「ちょっちょっと待ってくれ、進化体?」
「そうだな。フォレストの称号やレッドやブルーもだな。そうだな。デスの称号を持っている者も居るぞ?さすがに、イリーガルの称号は数が少ないけどな」
「やめてくれ、俺はまだ死にたくない」
「大丈夫だ。俺の命令には従うし、俺たちに危害を加えなければ多分大丈夫だと思うぞ?」
「そこは、大丈夫と言いきってくださいよ」
「ハハハ」
これで、会話ができる状態になったようだな。
ファビアンも変な色気を出すと危ないと悟ってくれたようだ。
「わかりました。本音で語らせてもらいます」
「最初からそうしたらいい。鑑定を持っているのだろう?カイとウミは見たか?」
「え?俺が鑑定持ちっていいました?隠蔽しているのでばれないと思っていましたが?」
「無駄だな」
「魔眼でもお持ちなのですか?まぁいいですよ。そのフォレストキャットですよね。特殊個体のようですが・・・。え?イリーガル・デス・ブルー・フォレスト・キャット?イリーガル・ブルー・スキル・フォレスト・キャット?はぁあんた馬鹿だろう?なんで、そんな化け物を街の中にって遅いか」
「馬鹿とは言ってくれるな」
「それは本当に失礼しました。スラム街で生活しているので、口が悪くなってしまいましてね」
「ハハハ。どれが、ファビアンの素なのか知らないが、俺は好きだぞ」
「やめてください。奥方に言われるのなら嬉しいのですが、ツクモ様に言われても嬉しくは無いですよ」
「シロはやらんぞ。俺の嫁だからな」
「はい。はい。わかっています。それよりも、話をしていいですか?」
ファビアンは、崩れた服装を手直しして椅子に座りながらだが、姿勢を正して俺を正面から見据えてから
「カズト・ツクモ様。数々の非礼お詫びいたします。その上で、主をお救いください。私にできることなら、なんでも致します」
「俺が、ヨーゼフの命を要求するかも知れないぞ?」
「それこそ、ありえないでしょう。ヨーゼフの命が欲しいのなら、それこそ、カイ殿じゃなくて、アントかビーナに指示すればそれこそ”あっと”いう間でしょう」
「どうだろうな。俺は、ヨーゼフを知らないのでなんとも言えないな」
ファビアンを見つめる。
ここまでは想定していた流れだ、多少違ったと言えば、ファビアンが”スキル鑑定”を持っていたことだ。
「なんか、ツクモ様の手の中で遊ばれているような気がして気に入りませんが・・・」
「なんだ、それなら帰ってくれてもいいのだぞ?」
「いやいや、もうそれはいいです。ツクモ様。何を知りたいのですか?」
「そうだな。グレゴールとお前たちの関係が最初に知りたいことだな」
「わかりました、その前に、俺からもツクモ様に聞きたいことが有るけどいいか?」
言葉遣いが混じっている。
緊張しているのかも知れないな。それに、これから、大事な交渉をする必要があるから、言葉遣いを気にしているのだろうけど、素が出てきてしまうのだろう。
敬語だろうが、そんな事は些細な問題だな。
「答えられることならな」
「ありがとうございます。本質的なことが一つと、俺の興味本位の質問が一つです」
「興味本位は最後だな。本質的な事を先にしろ」
「ありがとうございます。ツクモ様。なぜ、俺たちとグレゴールの関係を気にされるのですか?」
ファビアンは、”俺たち”と言った、ファビアンとヨーゼフは一つの塊と見ていいだろう。グレゴールたちが違う立場になっているとは思えないが、何らかの思想の違いが有るのだろう。
「簡単だよ。グレゴールたちは、スラム街の奴らを”裏稼業”と言った。その上で、お前が長男に連なる者だと説明して、力を貸して欲しいと懇願した」
「それだけですか?」
「それだけで十分だと思うぞ?もっと説明した方がいいか?」
「是非」
「面倒だな」
「お願いします」
「グレゴールやルチたちが提示した条件や情報を総合すると、俺にタダ働きさせようとしているように思える。実質宿を提供したりしているので、全くの無料というわけではないだろうがな。その上で、お前をヨーゼフの腹心と言っていた」
「あぁ」
「ここまでは問題はない。その後で、俺の信用を得るために、スラム街の住民をいきなり殺そうとした。これがどうも引っかかっていた。彼らは、誰に”俺の情報”を貰っていた?俺とシロだけなら街で見かけたとかで済むだろうが、馬車を襲撃する理由にはならない。危機を助けて、恩を売るつもりだったのではないか?」
ファビアンは、天井を見てから息を深く吐き出した。
「ツクモ様。俺たちと、グレゴールたちは共闘関係にあります。これは真実です」
「あぁそれは信じよう」
「ありがとうございます。しかし、グレゴールたちと俺とヨーゼフでは目指す所が違います」
ちぐはぐな理由もわかった。
ヨーゼフを担ぎ出したいグレゴールたちと、純粋にヨーゼフの事を救い出したファビアンの違いだな。
「それで、ヨーゼフの考えはどっちに近い?」
「俺に近いといいたいのですが、ツクモ様は信じてくれないですよね?」
「信じるかも知れないぞ?」
「そうですか?」
「話してみろよ」
「はい」
ファビアンが、ヨーゼフが行おうとした改革を話した。
共和制に近い制度を考えていたようだ。そりゃぁ反対も多くなるよな。
法の整備もまだできていないだろうし、一気に移行はできないだろう。
俺としては、ヨーゼフの方が、今代のデ・ゼーウよりは話ができそうだ。
「そうか、グレゴールたちは、ヨーゼフを領主に添えて、自分たちで支える体制にしたかったのだな」
「え?今のでわかるのですか?」
「あぁ」
「すげぇぇ俺がヨーゼフから何度聞いても解らなかったのにな」
横で話を聞いているシロが自慢げの表情を浮かべている。
「それはいい。だから、先代のデ・ゼーウも跡継に悩んでいたのだな」
「そうです」
ようやくいろいろなピースが集まってきた。
あとは組み合わせるだけだ。
「ツクモ様。それで俺に聞きたいことは?」
「そうだな。ヨーゼフに会うにはどうしたらいい?まだ生きているのだろう?」
「なぜ・・って、わかりますよね」
「あぁお前が慌てていないことから、命の危険は無いのだろう?そこに、ヤニックとアポリーヌも居るのだろう?」
「・・・そうです」
やはりな。
潜入をして捕まったというよりも、デ・ゼーウの事を調べる過程で、保護に向かったという所だろう。二人だけなら脱出もすぐにできるだろうが、それをしてこないのはどの陣営かわからないが何かしらの取引を持ちかけたのだろう。ヨーゼフ辺りが口説いたと考えたいたほうが良いかも知れないな。
「場所は、デ・ゼーウの屋敷の地下でいいのか?」
「・・・はい」
「早速行くか?」
「ちょっと待ってくださいよ。いきなりだな」
「早いほうがいいだろう?今のゼーウ街の状況は把握しているのだろう?今日明日は大丈夫だけど、明後日はどうなっているかわからないぞ?」
ファビアンは目をつぶって考えている。
答えが出るわけが無い。俺が情報を出しているわけではないし、想像するしか無い。
ファビアンが考えているのは、俺がここに来ている意味だろう。
一つは、ゼーウ街に勝てないと見て、講和の交渉に来た
一つは、すでにゼーウ街の攻撃部隊は無力化して物見遊山で来た
一つは、デ・ゼーウの暗殺に来た
多分、3番目と考えるだろう。
「ツクモ様。デ・ゼーウの暗殺を考えているのか?」
やはりという感想しか出てこない。
「そんな必要ない事はしない。俺は、負け犬の遠吠えを聞こうかと思っただけだ」
「は?」
「だから、デ・ゼーウが負けた事を認識しないまま俺に暴言を吐いて、その場で生け捕りにして、街中にデ・ゼーウが簡単に負けた事を知らしめようと思っただけだ」
「ちょっまだ戦争は始まっていないよな?ツクモ様がここに居て大丈夫なのか?」
「大丈夫にきまっている」
「まだ勝敗はわからないのではないか?」
「そうだな。1億回位やれば一回位はまぐれで勝てるかも知れないな。その1億分の1を埋める策と情報もすでに考えて有るから無理だろうな。ゼーウに想像もできない新兵器や策を食い破るだけの知恵者や兵の数があれば別だろうけどな」
「・・・」
「戦争なんて、始まる前に終わっている。個々の部隊の戦術が優れていても、情報を集めて、集めた情報を分析して的確な配置と作戦を考える戦略ができていなければ、戦争には勝てない」
「・・・」
「確かにゼーウ街に強者が居るかも知れない。だが俺たちは戦略でゼーウ街を上回っている。情報戦で勝利しているのだから、負ける要素を一つ一つ潰して、あとはそれを証明するだけだ。ゼーウ街は勝ったつもりだろうが、戦端が開かれる前に負けが確定している状態だよ」
ファビアンが遠い目をしている。
「わかった、ツクモ様。今すぐというのは侵入経路の問題があるので難しいが、早い内に動いたほうがいいということだな」
問題を棚上げしやがったな。
答えとしては問題ないので、話を続けることにする。
「そうだな。俺としては、いい機会だから、ゼーウ街のゴミ掃除をしたいのだけど、できるか?」
「どこまでをゴミといいますか?」
「ヨーゼフの邪魔になりそうな奴だな」
「・・・。俺以外全員になってしまいます」
「それじゃ、街が回らないだろう?」
「そうですね。グレゴールたちなら、ヨーゼフから説得してもらえば大丈夫じゃないですかね?」
「俺に聞くなよ」
「それは、ツクモ様なら、ヨーゼフに近い考えですので大丈夫だと思ったのですけどね」
「わかった、ヨーゼフと話をして、落とし所を見つけることにしよう」
「おっありがとうございます」
「調子がいいな。それじゃ夜の方がいいよな」
「はい」
偽ヨーゼフを用意しておいても面白いかも知れないな。
「なぁヨーゼフと一緒に監禁されているのは、ヤニックたち以外では誰か居る?」
「ヤニック殿から聞いた話では、先代の奥方・・・ヨーゼフの継母が捕らえられています。あとは、ヨーゼフの許嫁ですかね」
「わかった、子供は居ないのだな?」
「いません」
実験区から、男性1人と女性2人を輸送させるか?
操作可能な状態にしてあるのが数体居たはずだ。
それと入れ替えて、ヤニックたちは脱出してしまえばいい。デ・ゼーウが勢い余って殺してしまったら、そのごをどう処理するのかも興味がある。
それと嫌がらせの意味で、許嫁は下半身だけ男にしておいてもいいかも知れないな。喜劇が見られそうだからな。
「わかった。準備に一日くれ、明日の夜に救出作戦を行おう」
「わかりました。俺はどうしたらいいですか?」
「そうだな。グレゴール達には、決裂したとでも話しておけばいいだろう」
「作戦は俺が聞いてもいいですか?」
「漏らさないと約束できるのならな」
「誓いましょう」
「わかった、許嫁・・・お前の妹の命をかけるか?」
「え?は?え?なぜ?」
カマかけしただけだけど、当たっていたようだな。しっかりとドヤ顔をしてやった。
「さぁな」
「降参です。まいりました。作戦で俺にできる事はなんですか?」
「救出後に身を隠す場所の用意を頼む。スラム街でいいだろう。どうせ、俺にけしかけた奴らが最後の跳ねっ返りだろう?」
「もう驚きませんよ。でも、了解しました。そう長い間では無いのでしょう。用意します」
「頼むな」
ファビアンが立ち上がった。
俺も立ち上がって、握手をする。
「そうだ、ファビアン。興味本位で聞きたい事ってなんだ?」
「え?そうですね。この歳だから聞いておきますよ。ツクモ様。奥様のシロ様が、アトフィア教の現教皇の死んだと言われている孫娘にそっくりなのは偶然ですよね?」
「あぁ偶然だ。シロは、シロ・ヴェネッサ・ヴェサージュというのだが、アトフィア教とは一切関係ない。俺の大切な嫁だ」
「そうだったのですね。これは失礼致しました。ツクモ様。髪の色くらいは変えられたほうがいいとは思いますけどね」
「大丈夫だ。俺は、シロの今の髪の色が気に入っている。変える必要性はない」
「そうですか・・・守り抜くのですね」
「当然だろう?シロは俺を守ってくれる。俺もシロを守る。何が有ってもだ」
「・・・。ありがとうございます。興味本位で聞いた事を、謝罪致します」
「謝罪を受け入れよう。明日の夜頼むな。ルチから教えられた場所に行けばいいか?」
地図を広げて場所を確認する。
問題ないようだ。
冷え切った紅茶を飲み干してから、ファビアンは部屋から出ていった。
スーンにはすぐに連絡が付いて、実験区から素体を3体送ってもらう事になった。
方法はいたって簡単。ライの眷属に、スキル眷属化を使わせて、3体の素体を眷属化する。ライが、その眷属をスキル呼子で呼び寄せる。そして、呼び寄せた眷属が持ってきたスキル呼子で素体を呼び寄せる。
レベル6眷属化が3枚とレベル5呼子が3枚とレベル6変体が3枚使う、63万円(=日本円)の作戦だ。
贅沢な使い方だよな。レベル6眷属化じゃなくて、レベル5隷属化でもできるかも知れないけど、実験していなかったから、安全を見ないとな。スーンに、隷属化でも同じ事ができるのか確認させておくことにした。眷属化のスキルカードは枚数が少なくなってきているけど、隷属化は大量に保持できている。
さて、どうしようか。
ヨーゼフにゼーウ街を任せるのは確定事項になるとしても、急激な共和制への移行には反対なんだよな。君主制がいいとは思っていないけど、まずは立憲君主制とかがいいと思うのだけどな。そこから、徐々に君主の権力を弱めていけば、共和制に移行もできるとは思うけど、どう考えても100年仕事だよな。
いいや、俺が考える事でもないか・・・ヨーゼフに考えてもらえばいい。共和制にいきなり移行するもいいだろうし、立憲君主制に移行してもいいだろう。俺の考えを伝えて、ヨーゼフに選択させればいい。どちらに転んでも、俺たちがすぐに困る事体にはならないだろう。
統治をしたいわけじゃなかったのに、状況に流されるって怖いな。
頼られたら嬉しいけど、寄りかかってこられるのは嫌なんだよな。
ファビアンから提出させた、ファビアンたちが持ち出せたゼーウ街の収支表を見ていると、周期的に魔物の素材が入ってきている事になっている。
サラトガ区からの物以外でも入ってくるのなら、そっちから採取していればいいのになんで行わなかったのか?できなくなった理由でもあるのか?
ゼーウ街の地図も頭の中に入ったし、作戦の変更をスーンからルートガーに伝えたから大丈夫だろう。
俺が直接統治しない事になったので、ルートガーも少しは納得してくれるだろう。
「シロ。準備も終わったから、少し街の中を歩くけど来るか?」
「もちろんです。僕は、カズトさんの、その、あの、奥さんです!」
その宣言を、照れながらじゃなくて言えたら合格だと思うのだけどな。
シロにしては頑張ったと思う。
流石に敵地を歩くのに、シロと二人っきりというわけには行かない。
「リーリア。ステファナ。レイニー。一緒に来てくれ、オリヴィエは、カイとウミとライで馬車の護衛と、グレゴールたちの監視を頼む」
それぞれが返事をしてくれる。
『主様。ウミかライだけでもお側に』
『そうだな。ウミ。来てくれるか?』
『もちろん。カイ兄。行ってきます』
『ウミ。頼みましたよ』
レイニーがウミを抱きかかえて移動する事になった。
ハーフとはいえ、猫族にとっては、伝説級のフォレストキャットを抱きかかえる事は、”誉”のことのようだ。ウミも喜んで抱きかかえられている。
シロは俺の後ろを歩いていたが、横を歩かせる。腕を絡めてゼーウ街の散策を行う。要するに、夫婦(予定)での散歩だ。
シロが気持ち悪い位に機嫌がいい。
路面店を見て回って、”可愛い”だとか言ってはしゃいでいる。確かに、普段なら俺とシロの間にはエリンが居る事が多いが、今日は宿で寝ている。今日の夜に救出作戦を行うと説明したら、作戦に参加するから昼間は寝ると言っていた。
「カズトさん。あれは?」
何か見つけてはそう聞かれても、俺がなんでも知っていると思っているのか?
鑑定で調べて、説明しているが、途中から面倒になって店主に聞くようになった。
少し離れた場所から監視されているのもわかっている。シロ・・・は、気がついていないかも知れないが、ステファナとレイニーは気がついているし、リーリアは武器を触っている。
「3人とも大丈夫だ。敵意はまだ無いようだ、どちらかの陣営の監視だろう。俺たちの事が気になって仕方がないのだろう。シロも楽しんでいるようだし、無用なトラブルはさけよう。時々振り向いて、俺たちが気がついている事を知らせる程度でいいぞ」
3人はそれで納得してくれたようだ。
街の散策で、いろいろと珍しい食材を知れたのは嬉しい誤算だ。
ワサビが存在していた。海からの素材も手に入っているから、寿司が食べられる。酢は作ればいいし、夢が広がる。珍しい花も売られていた。食用になっている物もだけど、ただ単純に飾るための花が売られていたのには正直びっくりした。この街は富裕層が多いのかも知れない。店主が言うには、毎日ではないが数日で花が売り切れる事もあるという事だ。花までは気が回っていなかったな。今度、シュナイダー老かリヒャルトに・・・カトリナ辺りのほうが無難だろうか?聞いてみよう。スーンに聞けば花も仕入れられるかも知れないからな。ヌルに聞いたほうがいいかも知れないな。
昼過ぎまでこうして、散策していたのは、昼寝をするためだ。
身体を疲れさせて、作戦決行の時間まで寝ているためだ。
夜の作戦は、少人数で行う。俺とシロとライとオリヴィエとファビアンだけだ。最初は、シロも置いていく予定だったが、リーリアから”奥様がグレゴールらに捕まり人質になると困ります”と言われてしまっては、連れて行くしか無い。捕まることは無いとは思っているが、万が一を考えるなら、俺と一緒に行動している方が安心できる。
リーリアとステファナとレイニーは、留守番して俺たちのアリバイを作る事になっている。具体的には、偽カズトと偽シロをリーリアが操作する事になっている。エリンとカイとウミが留守番なのは、夜に馬車が襲われた時の対応だ。実際にはノーリたちが居るので襲われそうになっても対処は可能だが、カイとウミがいれば安心できる。
最初、エリンはついてくる予定だったが、作戦的にエリンの火力は必要ないと判断した事や、エリンがカイとウミと一緒に居ると言ってくれたので留守番をお願いする事になった。
部屋に帰ってきて、湯浴みをする。
ステファナとレイニーが手伝うと言ってきたが、シロが今日は大丈夫と言って断っていた。
1人でできるようだし、気にしてもしょうがないだろう。
「カズトさん」
呼ばれて後ろを振り向くと、シロが全裸になっていた。
「シロ。なに?」
「湯浴み致しましょう?」
可愛く疑問系にされても、そんな話になっていないと思いたい。
思考が加速しない。
「ほら」
そう言って、シロが俺を立たせて、服を脱がし始める。
「わかった、わかったから、先に行ってろよ。脱いだら行くからな」
「はい!」
何がそんなに嬉しいのかわからないが上機嫌が止まらない。
昨日と同じ様にシロを熱いお湯に濡らした布で拭いてやる。シロも俺の背中を拭いてくれる。前も拭こうとしたが今日は自分でやる事にして手が届かないところだけを頼んだ。
あれ?やられた!
シロを見るが、当然というような雰囲気を出している。
湯浴みをしている最中に、ステファナかレイニーが部屋に入ったのだろう。脱いだ物を片付けてしまってる。スキル収納に替えの下着くらいは入っているが・・・俺も甘いなと思いながら、全裸でベッドに入る。
慎まやかな物でも全裸の状態で押し付けられたら意識してしまう。
意識してしまった事がわからないように、背中を向けたのが悪かった。そのまま抱きつかれてしまった。
「カズトさん」
「ん?夜の作戦なんだから寝ろよ」
「うん・・・ううん。なんでもない。おやすみなさい」
シロが身体を少しはなす。向きを戻したら、目の前にシロの顔がある。
目を開けて俺を見つめている。
「キスだけだぞ」
「うん!」
シロが抱きついてきて、唇を合わせる。一度だけ深くキスをした
「おやすみなさい」
「あぁおやすみ」
腕に抱きつかれたが、そのまま寝るようだ。
---
陽が陰ってきているようだ。
ガラス窓がないので、実際には、どうなっているのかわからない。寝るときに灯したランプが消えている。3時間位は寝ていたのだろう。
シロが気に入って買った花が吊るされている。
生花をそのまま持って帰られそうになかったので、ドライフラワーにしてみる事を思いついた。数時間で変わるような事は無いのだが、スキルが存在する世界だ。生花を包み込むように結界を発動して、その中にレベル6速度超向上を発動する。
タイミングが難しいが、ドライフラワーになりそうな少し前にスキルを停止する。
これであと数時間もすればドライフラワーになるだろう。
「カ、カズトさん」
シロが起きて、俺が寝ていた場所をパタパタ手で叩いている。俺を探しているのか?
そんな泣きそうな顔しなくても、置いていったりしないぞ?
「わるい。うるさかったか?まだ寝ていていいぞ?」
「だ、大丈夫です。僕、カズトさんに」
「ん?何もしてないと思うぞ?」
明らかにホッとしている。
何かした夢でも見たのか?まぁ突っ込むと可哀想だからそのままにしておこう。抱きまくらになっていた足が少し湿っていたとか言わないほうがいいだろうな。
「シロ。綺麗な身体を見られて俺としては嬉しいけど、起きたのなら、下着くらいつけろよ」
「え?あっ!」
一部布団に隠れるがしっかりと見えてしまっていた。
下着だけではなく、冒険者風の服も揃って置かれていた。リーリア辺りが準備したのだろう。
シロが冒険者風の姿になってから、リーリアを呼び入れる。
「リーリア。ありがとうな」
「ご主人様のサイズは大丈夫なようですが、奥様は少し手直しが必要ですね。申し訳ありません」
「だいじょうぶ・・・じゃないみたいだな。リーリア。手直し頼めるか?」
って、絶対にわざとだろう?
袖の長さも、裾の長さも、肩幅もぴったりなのに、胸だけブカブカになっている。
シロが何かリーリアに言っている、そして言い返された。服を脱いで、リーリアに渡している。なぜか、ズボンも脱いで渡しているウエスト部分が合わなかった様だ。
そして、下着姿のままベッドに入り込んで、俺を見ている。何を期待されているのかわからない。
リーリアからヒントの念話が届く
『ご主人様。奥様を抱きしめていてください』
『はぁ?』
『寒いと思いますので、ベッドに入られたのですよ?』
チラチラ俺を見ていたのはそういう事だな。
シロの後ろに周って、布団ごとシロを抱きしめる。
リーリアの手直しは、10分位で終わった。
なぜそんな事をしたのかも少しだけわかった。リーリアたちから見たら、俺とシロはスキンシップが足りないのだ。こんな小細工までしてくれたのだ、リーリアたちのためにもしっかりとスキンシップを楽しむ事にしよう。シロが安定してくれるので、俺としても動きやすくなって嬉しい。
手直しされた服をリーリアがシロに着せている。
夕ご飯を食べてから、抜け出す準備を始めて、待ち合わせ場所まで移動するのに丁度いい時間くらいだろう。
「リーリア。ルチに食事ができるか聞いてきてくれるか?」
「かしこまりました」
リーリアが部屋から出ていく
『ライ』
『なぁに?』
『スーンに連絡して、偽カズトと偽シロを送ってもらってくれ。後、3素体の準備もしておくように伝えてくれ』
『わかった』
リーリアが戻ってきたようだ。
「ご主人様。いつでも大丈夫という事です。こちらに持ってくる事も出来るようです」
「そうか、それなら、リーリアには悪いけど、こっちに持ってきてもらえるか?」
「かしこまりました」
「それから、オリヴィエも来るように伝えてくれ」
「はい。承りました」
作戦は至って簡単。
ライが先に窓から出る。下でキングサイズになる。俺とシロとオリヴィエがダイブする。
抜け出した後はリーリアが上手く偽カズトと偽シロを操作すればいい。
盛っているようなら、そのまま好きにやらせればいい。声が出ているようなら、グレゴールも上でやっていると思って俺たちが抜け出したとは思わないだろう。
「ご主人様。お食事をお持ちいたしました」
「わかった。シロ!頼む」
「はい」
シロがドアを開ける。
ルチが見ている事を考慮して、偽カズトと偽シロを隠す。
スーンの奴服くらい着せてよこせばいいのに全裸のままだ。それに、偽カズトと偽シロも俺たちにそっくりに作り直している。身体の細部のサイズは違うがそれでも見分けがつかないようになっている。それが全裸で布団の中で盛っている。あまり、人に見せたくない光景だ。
人間は知恵と理性がなくなると動物以下になるという証左だ。
結界と防壁で今は声が漏れないようにしているが、リーリアだけになったら解除するように言ってある。
操作権限もリーリアに与えてあるので、何か有っても大丈夫だろう。
リーリアがドアを閉めた事を確認して
「シロ、ライ、オリヴィエ。行くぞ」
外はすでに暗くなっている。真っ暗と言うわけではない。街灯が有るわけではないが、月明かりで十分明るさがある。明るい場所ばかりではない、闇に閉ざされた場所も存在する。
ライがそこに飛び込んで、念話で俺たちに大丈夫と伝えてくる。先にオリヴィエが確認のために飛び降りた。次に、俺がシロを抱えて飛び降りる。シロをお姫様を抱きかかえるようにして飛び降りた。悲鳴をあげたいのだろうが、しっかりと我慢できていた。地面におろすときに、軽く頭を撫でてやった。
待ち合わせ場所までは、10分位だろう。
闇の中を移動した。夜遅くなっても、人が全く居なくなっている状況ではないが、昼間に比べると圧倒的に少ない状況だ。俺もシロもオリヴィエも十分目立つ容姿をしている自覚はある。冒険者風の服装にはしているが、それでも目立ってしまう。そのために、なるべく人目につかない場所を移動する事にした。
待ち合わせ場所にはすでにファビアンが待っていた。
ルチが潜り込めると言ってきた場所ではなく、ファビアンがスラム街の連中を使って調べたり工作して、領主の館の地下に繋がる通路を完成させた場所だ。