異世界でもプログラム


 ”鉄壁のダーリオが負けた”とか冒険者や”なんたらの牙”から聞こえてくる。

 そうか、こいつ”二つ名”持ちだったのだな。

「どうする?もう一度やるか?」
「勘弁してくれ、腕がもう使い物にならない」
「そうか、それなら、端で見ていろ」
「そうさせてもらう。あぁ俺も奴隷かぁ・・・。いい人に買ってもらわないと・・・な!」

 俺をそこで見るな。

 思考が読まれたようで気持ちが悪い。
 必要だと思えば残しておけばいいし、邪魔だと思えば売ってしまえばいい。訓練相手として残したい気持ちはあるが、考えを聞いてみないと判断できない。
 盾の加護を持っていて、メインとして盾を使っている奴は初めて見た。訓練として相手をして貰えばいろいろ学べる事も多いだろう。

 ダーリオは、足を引きずりながら闘技場の壁際に寄りかかって模擬戦を観戦するようだ。

「オークもどき。次は、お前が出てくるか?相手してやるぞ?」
「ふっふざけるな!」
「はい。はい。それで?次は?」

「アンチェ。ヤンチェ。ハンフダ。ハンネス」
「4人ですか?倍率は4倍でいいですか?」
「俺たち(私たち)に勝てるつもりなのか?」

 見事な同調だな。
 アンチェとヤンチェは女性でハンフダとハンネスは男性。顔が似ている感じから、双子?四つ子?まぁ血縁者である事は間違いなさそうだ。

「やれるな!」
「ランドルの旦那。本当に、こいつに勝ったら、我らを奴隷から開放してくれるので、間違い無いのでしょう?」
「あぁしっかり約束通りにできたらな」

 こりゃぁ約束をどうとでもとれる形で言って、最初から条件を守るつもりが無いやつの答え方だな。
 奴隷にはなっているが、戦闘奴隷という所かな?

「ティネケの為に、お前には悪いが負けてもらう」
「はい。はい。それで、倍率はいいのですね?」

 グスタフがうなずくから問題ないとしよう。どうせ、もう払えないだろうから、誤差の範疇だろう。

 ん?ティネケ?だれそれ・・・まぁ後で話を聞けばわかるか・・・。

 話している最中に、鑑定を発動して加護を見る。
 槍の加護や剣の加護があるのか・・・。

 そうか!

 ダーリオがタンクをして、この4人がそれぞれの武器で攻撃をするのがこのパーティーの戦い方なのか?
 やっぱりオークもどきは馬鹿だな。ダーリオのときに一緒に出せば勝機が有ったかもしれないのに、何を考えているのか?

 それに、魔法系の加護が無い事から、別に後方からの援護を行う奴等が居るのだろう。
 最初に倒したしょぼい魔法の奴等か?支援系が居なかったと思うけどな?

 魔法袋から、刀をもう一本取り出して二刀流にする。
 多角攻撃を行う魔物との演習には丁度いいだろう。アイツらにはまだまだ及ばない。思考加速を緩めて、身体強化だけで乗り切る事にする。

 4方向からの同時攻撃。獲物も違うし、狙いも違う。
 これは捌くのは厄介かもしれない。足を狙ってきた槍を弾いて、他の攻撃は躱す。
 距離を取って、今度はこっちから突っ込む。

 うまいな。
 正面に一人立って、抑えながら上と左右からの攻撃か。

 ダーリオを入れての訓練をやってみたくなるな。
 こいつらも買いだな。

 悠長にやっていてもしょうがない。一気に終わらせよう。
 もう一度距離を取るふりをして、バックステップからのショルダーアタック。そのまま首筋に蹴りを入れて意識を狩る。一人が居なくなれば、後は脆い。抜けた穴を埋める動きをしているが、崩れた連携を取り戻せないまま全員が地面に倒れた。

 オークもどきが何かパーティーメンバーに話している。

「次!」
「マナベ殿。一旦休憩されてはどうですか?」

 グスタフが割り込んでくるが、ここで休憩を取るほうが問題だ、何か仕掛けを用意する時間を与えるのも得策ではない。

「いい。まだ疲れていないし、さっさと終わらせる」
「貴様!いい気になるなよ。終わらせるだと!貴様を殺してこんな茶番を早々に終わらせてやる」
「茶番?それはこちらのセリフですよ。この程度が、ウーレンフートのトップだったとは残念でならない。強者は居るようだけど、それだけですね。トップが馬鹿だと、こんなにも弱兵になるといういい見本ですね」
「なぁァァにィィィぃ。俺が馬鹿だと言いたいのか?」
「はぁ?今、そこ?もういいですよ。次を早くしてください」

「くっいいだろう!おい!早く終わらせたいのだろう。だったらこれでも文句はないな!?」

 お!少しは考えたようだ。

 客席で薄ら笑いを浮かべていた5人が居なくなっている。
 逃げたのか?違うな。闘技場に降りてきている。オークもどきの側に来て何やら話している。
 一人は”鑑定”を持っているようだな。俺の事を調べていたのか?まぁいい。隠蔽がどこまで聞いているのか確認する意味でも嬉しい流れだ。

 闘技場に入る前に、火の加護を除く加護は隠蔽してある。奴等がそれを見て、どう言うのかが楽しみだ。

「いいですよ。12名ですか?最初からそうしたら、もう少しは楽しめたかもしれないのですけどね」

 ダーリオ以外は全員が奴隷だったのか?もしかしたら、ダーリオも奴隷だったのかもしれない。
 他のパーティーから引き抜く時に奴隷として縛ったのか?
 ギルドマスターが仲間に居れば何でもできそうだな。適当な依頼を偽造して、引き抜きたい奴が居るパーティーに受けさせて依頼達成ができなかった時に、罰則で奴隷落ちとかやっていそうだな。終わったら、グスタフが調べるだろうから、結果だけでも教えてもらう事にしよう。

 今度は、バランスがいいようだな。
 ”フロアボスと対峙するつもりでやれ”とか理不尽な指示が飛んでいるが、それならそれで楽しんでいいよな。
 魔法を使わないでどこまでできるかやってみるのもいいだろう。

 今度は、支援系の魔法が使える者も居るようだ。
 タンク役も居るようだが、ダーリオほどの技能を持っているようには見えない。

 楽に排除できそうだ。
 タンクが居なくなれば、剣士を各個撃破するのも容易だが、ちまちまとうるさく魔法を放ってくる者から排除していく事にする。

 飛んできた魔法を避けて、魔法を放って次の詠唱を始めた者から倒していく。
 殺さないようにする手加減の方が難しい。

 支援系を潰して、遠距離攻撃を仕掛けてくる弓使いや魔法師を潰す。

 あとは、剣や槍の加護を持つ者たちだが、支援系が潰された事や、遠距離攻撃組が為す術もなく無力化されてしまった事から、かなり動揺している。

 魔物の前であんなに動揺したら一気にやられてしまうとは思うけど、もう全滅と言ってもいいくらいにやられているのだし、命は取られないという安心感があるのか、残った5人で突っ込んできた。
 すでに趨勢は決まっている。いくら、こちらが一人でも武器と防具の違いもある上に加護の違いが大きい。
 対人戦闘で一番役に立つのは思考加速のようだ。もっともっと磨きを賭けないと(クラーラ)らには届かない。

 もっと、もっと、もっと、もっと!

 最後の剣士が倒れた。

名前:[アルノルト・フォン・ライムバッハ]シンイチ・アル・マナベ
[異世界(日本)語変換:1.82]
[鑑定:3.75]
 [隠蔽 2.0.1]
  [偽装 1.01]
[思考加速:1.13]
[時間把握 0.17]
[空間把握 0.23]
魔法制御:[4.87]0.95
精霊の加護
 [地の加護:2.18]
  [鋼の加護 0.31]
 火の加護:[2.79]1.01
  [炎の加護:0.79]
 [水の加護:2.35]
  [氷の加護:1.43]
 [木の加護:2.09]
  [樹の加護 0.19]
 [風の加護:3.31]
  [雷の加護:0.45]
 [闇の加護:0.78]
 [光の加護:2.01]
  [精の加護 0.03]
 [武の加護]
  [剣の加護:0.97]
  [刀の加護:1.95]
 [守の加護]

 ステータスは大分上がってきている。
 でも、戦闘経験が足りない。チート能力を持っているようだが、それだけだ。
 ステータスが全てを決定しない。やはり、対人、対魔物、対集団戦闘の戦闘訓練をしないと、(クラーラ)らには届かない。

 唖然とした顔で俺を見るギャラリー。
 グスタフを見ると、気がついたようで俺の勝利を宣言する。

 これで、27名。
 国家予算以上の金額を稼いだ事になる。

「さて、これで終わりですか?」
「・・・」
「終わりなら、清算しようと思いますがよろしいですか?あぁテオフィラとアレミルとランドルは残ってくださいね」

 納刀しながら、にこやかに笑いながら、周りを見る。
 観客席の一部からは歓声が聞こえてくる。俺にかけてくれた者たちだろう。昨日、親父さんの店で見た冒険者も複数居る事から、俺の言った事を信じてくれたのだろう。

「おい。おい。本当に、お前さんが言った通りになったな」
「僕の勝ちだな」
「でも、お前さん。なんで、奴が勝つと思った?」
「あまりにもアンバランス。あの武器と防具を持って、ボスの言葉通りなら、15-6階層までは降りているはず。それもソロで、それなのに、加護が火だけはおかしい。何か隠している。そんな奴に、奴隷上がりの雑魚が勝てるとは思えない」
「ふむ・・・。それでは、今回はボスが間違っていたのか?」
「僕はそう思っている。でも、加護が隠している方法は気になる。動けなくして問い詰めれば話す。僕がその加護を取る事も可能」

 なんか怪しい奴も居るが、幹部と言うので間違っていないだろう。

「ボスの契約を見たか?」
「あぁでも、意味がわからん。勝てば、次の賭け金にそのままスライドする?それじゃ最後まで勝たないと意味が無いぞ?」
「やはり、お前もボスと同類」
「どういう事だよ?」
「あいつが得るワトはすごい額になっているのに気がついている?」
「はぁ?なんでだ!奴は最初に30枚の金貨を賭けただけだろう?」
「はぁ?だからバカとは話ししたくない。多分、ボスもその認識しか持っていない」
「契約は、掛け金が倍になっている」
「だから?」
「今の時点で、27人。あいつは倒している」
「そうだな。雑魚ばっかりだけどな」
「それが問題。雑魚なんて使わない方が良かった」
「だからなんでだよ」
「今の段階で、奴は約7億枚をボスと二人のギルドマスターから受け取れる」
「はぁ?なんでだ!」
「だからさっきから言っている、あいつは異常だよ。ボスが最初に弱い奴を出してくると考えていたのだろう。もうこれ以上負けられないとボスを誘導して、強い奴を個別に出させて各個撃破、その繰り返し」

 完全に勘違いからの買いかぶりなのだが、いい方向に勘違いしてくれているようだから、そのままにしておこう。

「ボス!僕は、今日でパーティーを抜ける!」
「なに!正気か?チェルソ!」
「一緒に沈むつもりは無い。奴隷にもなりたくないからね。いいよね?」
「臆病者は必要ない。勝手にしろ!」

 一人、チェルソと呼ばれた奴が抜けるようだ。
 ”鑑定”を持っているようで、多分パーティーの頭脳だったのだろう。奴隷にしたら商人に高く売れたかもしれないけどしょうがない。最初から闘技場に居たわけでも無いし、頭数には居なかったからな。192億枚の金貨か・・・。違った、576億枚の金貨か・・・使いきれるかな?

「まだやるのか?」

 オークもどきに向けて言い放す。

「雑魚を何人か倒していい気になるなよ。奴隷上がりの奴等なんて俺たちの足者にも及ばない」
「はい。はい。それで?」
「うるさい。お前を殺す!絶対に・・・だ!!」
「はい。はい。無理な(できそうにない)事は口にしないほうがいいですよ」
「貴様!」

 もういい加減にしてほしい。
 壊れたラジオじゃないのか?さっきから同じ曲ばかり奏でている。

 一番不気味だったチェルソが抜けた事によって、残っているのはオークもどきを入れて5人。

 オークもどきは大剣を使うようだな。加護もそうなっている。
 タンクは居ないようだが、盾使いも居るし、弓使いと攻撃系の魔法師と支援系の魔法師が居る。パーティーとしてはバランスが取れているのだろう。

 彼らの話を聞くと、このメンバーが初期メンバーなのだろう。

「いいよ。面倒だから、5人一度に相手してやるよ」
「舐めるな!小僧!」「いい気になるな」「雑魚を倒して増長したか!」

「いいから、構えろよ。魔物ならもう攻撃を始めているぞ?あぁ魔物は、他の者に倒させて、甘い汁を吸うしかできない臆病者でしたね。申し訳ない。怖いのなら、かえっていいですよ。()()()()

 何か切れる音が聞こえたぞ。
 5人が真っ赤な顔しちゃって、こんな簡単に挑発に乗ってくれるとは思わなかった。
 知恵袋が居なくなった集団はやはり烏合の衆に成り下がってしまうのだろうな。

 バラバラに攻撃をしてくる。
 連携していれば訓練になったかもしれないのに残念だ。

 オークもどき以外を無効化してから、オークもどきの身体に痛みを心に恐怖を教えてやろう。

 支援系の前に盾を構えた奴が戻ってきている。
 さっきの奴等よりは楽しめそうだ。

 少し戦略を変えよう。
 攻撃魔法を使っている奴を

”火の精霊よ。我、アルノルトが命じる。1の魔力で彼の者を燃やせ”

 思考加速によって、高速詠唱が可能になる。
 魔法師の足元に火柱が出現する。

 っち。そっちに逃げたか。もう一度、今度は座標を少しだけずらして詠唱する。
 今度、配置する時にパラメータを設定できるようにしてみよう、意外と使いみちがありそうだ。

 よし!
 魔法師が、盾使いが居る方向とは反対側に退避行動を取った。加速して、後ろに回り込む。牽制で、もう一度火柱を出現させる。

 個々の能力は高いだろう。
 思考加速と身体強化と加速がなければ勝つことは難しいだろう。

 魔法師を無力化した。

「うぉぉぉ!!!」

 オークもどきが何も考えないで突っ込んできた。
 違うな。躱されたあとで、弓使いが狙いを付けているのか?

 バックステップでさけ・・・違う。前だ。前に逃げる。
 オークもどきの脇を加速しながら抜ける。

 バックステップで逃げる距離の場所を、奴等の残っている3人が包囲するように動く。右側は盾を持った奴が構えている、後ろ側には弓が降り注いでいた。本来なら、左側に魔法を放つのだろうが一人欠けている状態では、これが精一杯だろう。そのまま弓矢を持つ奴に肉薄して、意識を刈り取る。

 護衛をしていた盾が俺を攻撃する為に支援系の魔法師から離れている。支援系とはいえ魔法師を自由にしておくのは得策ではない魔法師を倒す。
 倒すのはそれほど難しくない。力を込めて蹴り飛ばすか、腕や足を切り落とせばいい。簡単な作業だ。

 あと二人!
 盾を持つ奴は簡単な作業だ。オークもどきの馬鹿の一つ覚えのような攻撃を躱しつつ、盾にダメージを与えるだけだ。ダーリオと違って、それほど盾の技量は高くない。剣の方が厄介かもしれない。
 刀で剣を受け流して、盾にダメージを与える。繰り返すこと、数十回。やっと盾が割れた。

「ちっ」

 そんな声と一緒に、壊れた盾を俺の方に投げてくる。
 躱さずに刀で打ち返して、盾使いが飛んできた盾を気にした所で払おうとして無造作に出した手首を切り落とす。勢いを殺さずに、剣を持つ腕を切り落とす。これで無力化が終了する。

 さて・・・。

「あとはお前だけだな」

 オークもどきと向き合う。
 まずは”まいった”を言えないようにして、沢山楽しめる状態にしておこう。

”闇の加護よ。我、アルノルトが命じる。彼の者の舌を麻痺させろ”

 ついでに
”風の加護よ。我、アルノルトが命じる。我と彼の者を風で覆え”

 少し強引かもしれないが、これで問題はずだ。

「きっきさあがヴぁが」

「あぁ?何を言っているのかわからないな。俺は、オークの言葉がわからないから丁度いい」

 何か言っているが、麻痺が効いているのかうまくしゃべる事ができないようだ。擬音だらけになっていて、気持ち悪い。

「さて、お前だけは許さない。俺だけじゃなくて、エヴァの事も何か言っていたな。なぁに大丈夫。殺しはしない。殺されたいと思うかもしれないけどな」

「なげぎゅな」

 オークもどきが大剣を構えて上段から振り下ろす。
 確かに当たれば死ぬのかもしれない程度の威力がある。でも、それだけだ。当たらなければいいだけだ。
 チームで逃げ道を塞いでの攻撃だったら怖いかもしれないが、一人だけなら、ただの遅く空きだらけの攻撃でしかない。

 まずは、手首を狙うか?
 大剣が邪魔だな。試してみるか?

”炎の精霊よ。我、アルノルトが命じる。我の持つ刀に不可視な炎を纏え”

 できたのか?

 大剣と打ち合う。

 何回か打ち合っていると、大剣が赤くなってきた。熱を持っているのだろう。折れればいいし、折れなくてもオークもどきが手を放してくれれば十分だ。

 大剣が耐えられなくなってきたようだ。
 オークもどきの焦りが見えてくる。

 ほころびが見える大剣の部分に全力で刀を併せて振り抜く。

”パッキン!”

 大きな音を立てて、大剣が折れた。
 片手を離した、オークもどきの手首をそのまま切る。炎をまとっているから、焼ける嫌な匂いがするが、そのまま同じ腕の肘に刀を入れて切る。そして、他の奴にはやらなかったが、切った手首と腕の一部を火の加護で燃やす。

 オークもどきが何かを言っているが、折れにも聞こえない。
 肩から腕を切り落として、反対の折れた大剣を持っている腕も切り落として、燃やす。

 さて、切っ先をオークもどきに向けて

「さて、昨日、面白い事を言ったよな。エヴァをどうするって?もう一度言ってみろよ!言えないか!言えないよな!でも、俺は覚えているぞ!俺は、もう家族を失わない!傷つけさせない!だから、お前を許さない。殺さなければ何をしてもいいのだったな」

 背中を向けて逃げようとするが、そんな事を許すわけが無い。

”風の精霊よ。我、アルノルトが命じる。風の刃となりて、彼の者を傷つけよ”

 狙いは、足首。
 アキレス腱をうまく切れればいいし、そうじゃなくても、足首が切れたら、うまく立っていられないだろう。

 大きな音を立てて、オークもどきが倒れる。

「無様だな」

「きゅる・・・な!」

「何を言っているのかわわからないな」

「やゅえてぉくりぇ。おりゃぎゃわりゅぎゃっちゃ」

「ハハハ。ゴミだな。さて、まいったの声が聞こえるまでは戦闘続行だったよな。あぁ安心しろ、俺の声はお前にしか届かないし、お前が何を言っても俺以外には聞こえない。とことんやろうか!?」

「やっいぇうああがっヴぁ」

”木の精霊よ。我、アルノルトが命じる。彼の者を支え、大地に立たせよ”

 観客からはオークもどきが立ち上がったように見えるだろう。
 顔は、絶望の色を見せているが、そんな事は関係ない。

「やめきゅれぇおりゃがもうがヴぁちゃうぇあい」

 オークもどきがよだれやら涙やら上と下から垂れがしている。

「汚いな。オークやオーガの方がまだましだな。興ざめだな。こんなのが、トップなのか?本当に?興ざめだな」

”全ての精霊よ。我、アルノルトが命じる。付与した効果を打ち消せ”

 グスタフが、身体を割り込ませてきて、模擬戦は終了した。

「マナベ殿」
「なんだよ?」
「やりすぎ・・・・です」

 ランドル(オークもどき)は、生きていた。十分注意しながら切り落としたから当然なのだが、止血も切る時に、炎をまとった刀で切ったので、焼くことがうまくできたようだ。
 両手がなくなって、片目も潰れている。足も腱が切られているから立つのも難しいだろう。

 最後に戦った5人以外は、四肢欠損とかにはなっていないと思う。少し傷跡が残る怪我があるかもしれないが、そのくらいは許してもらおう。それに、正式に俺の奴隷になって、話を外部に漏らさない誓約が取れた時に直してもいいと思っている。

「グスタフ殿?」
「マナベ様。やりすぎです」
「どこが?十分、人道的だぞ?」
「人道的が、何を言っているのかわかりませんが、パーティーを潰したのですよ。もう彼らは、使い物にはなりませんよ?」
「そうか?頑張って稼いで、四肢欠損が治る魔法薬を買うか、聖の加護を持つ者に治してもらえばいいだろう?」

「マナベ様・・・。稼げないのが解っていて言っていますよね?」
「へぇそうなのか?身体は残っているのだろう?例えば、オークやゴブリンの苗床に・・・。あぁ男は苗床にならないのだった。申し訳ない」
「貴方は・・・。まぁいいです。それでどうしますか?」
「どうしますか?とは?」

「ランドルとテオフィラとアレミルは拘束して犯罪奴隷になることでしょう。その他の者たちです」
「グスタフ殿。少し待ってくれ、その前に賭け金の清算をしてくれ、特に、商業ギルドのギルドマスターが主催していた賭けに賭けた冒険者たちを優先して分配してくれ」
「安心してください、そちらは思わっています。商業ギルドのギルドマスターと話をつけてあります。マナベ様の勝ち分以外は確保して、支払い始めているはずです」
「そりゃぁ良かった。それじゃ俺は、俺の権利を主張しよう」

 ホームは実際にはどうでも良かった。

「ホームの譲渡や、奴隷契約の譲渡、パーティーメンバーの奴隷化ですか?」
「そうだな。そのほかには、途中の倍率を上げた分を大分減らして、60億枚の大金貨を用意してもらう必要があるな。あぁ6億枚の白金貨でもいいぞ!」

 グスタフは大きなため息を吐き出した。

「マナベ様。それが無理なことくらいご理解いただけていますよね?」
「そうか?今すぐ用意しろとは言わないぞ?分割払いでもいい。毎月必ず死ぬまで支払い続けさせろ。それが条件だな。まずは、私財の没収と奴らが持っていた権利の剥奪と売却を行ってくれ」
「え?」
「どうせ、誰かが発明した物を商業ギルドに登録して利用料をだまし取っていたりするだろう?それを、発明者に返してやってほしい。死んでいたりした場合には遺族に、遺族が居ない場合は、その権利はこの街の孤児院に渡してくれ。できるよな?」

 うやうやしく頭を下げる。グスタフ。
 俺が言っている事が解ってくれたのだろう。冒険者ギルドでもこれだけ好き勝手やっていた連中が、商業ギルドでも同じような事をやっていないと考えるのには無理がある。絶対に、特許申請をだまし取っているはずだ。それがわかる書類が残されているかわからないが、訴え出ている人が絶対に居るだろう。
 自分が発明した物は子供も同じだ。子供を奪われて黙っている親は居ない。

 テオフィラとアレミルが運ばれていくのを見送る。
 俺を睨みつけるがすでに奴隷紋が押されている。首輪と手枷と足枷もされていて、逃げる事はできないだろう。
 このまま犯罪奴隷として過ごす事になるのだろう。俺が所有する事になっているのは、俺への反抗ができないようにする為だ。そして、グスタフにも権利を付与して尋問させる事にしている。

 これで、風通しは良くなるのだろう。
 冒険者ギルドは、副ギルドマスターのエフラインが代理でギルドマスターになり、テオフィラの不正を調べるようだ。商業ギルドも王都から来る調査員を待って副ギルドマスターが調査を行うようだ。

「さて、ここまではいいな。グスタフ殿。少し時間を頂いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「余人を交えず話がしたい」
「わかりました。それなら、ギルドマスターの部屋でお話をお聞きします」

 観客席を見ると2つに別れたギャラリーが居る。
 ホクホク顔のギャラリーは昨日親父さんの店に居た者たちだろう。少額でも、倍率が高いからいい結構な収入になっただろう。
 明らかに憎悪の感情を向けてくる者も居るが自業自得だ。倍率が低かった事から、かなりの金額を賭けているのだろう。複数に賭けている可能性もある。

 グスタフに続いてギルドマスターの部屋に入る。

 進められて、グスタフの正面に座る。
 本当に護衛も連れていない。

「なんでしょうか?」
「貴方はどこまで今回の件に絡んでいますか?」
「おっしゃっている意味がわかりません」
「わからないですか?それは困りました。私の方針が決められません」
「方針ですか?」
「そうですね。貴方が唯の職員だとは思えません」
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「それは、お認めになったと解釈しますがいいですか?」
「私に、マナベ様の解釈に異を唱える事はできません」

 こりゃぁ簡単にはしゃべらないな。
 こちらの考えを先に話して説明しない事には先に進まない。

「わかりました。貴方はあまりにもタイミングが良すぎます」
「タイミングですか?」
「えぇ私がテオフィラやグスタフと揉めるのが解っていたかのようです。違いますか?」
「間違っておりません。()()()の予想よりは早かったのですが、それは誤差の範囲でしょう」
「ありがとうございます。それで?誰からの指示ですか?」

「お答えできません」
「それが答えだという事が解って安心しました」

 王家やユリウス関係からの依頼で動いているのなら、俺の事も認識しているはずだ。そんな様子は感じられない。ギルドの上層部・・・。ヘルムートあたりからの話である可能性が高い。
 それに、”私たち”という言葉を使った。もしかしたら、ギルド内部に査問委員会のような組織が存在するのかもしれない。それで調査している所に、丁度イレギュラーになりえる人物が来たから都合よく使っただけなのかもしれない。

「マナベ様。私からもお聞きしてよろしいですか?」
「構いませんよ?なんですか?」

「貴方は何者ですか?」
「何を聞きたいのかわかりません。私は、シンイチ・アル・マナベ。ソロで活動している冒険者ですよ。それ以上でも、それ以下でも無いですよ」

「そうですか・・・。少し聞き方を替えます」
「・・・」

「マナベ様。貴方は、今後はどうされるのですか?」
「今後とは?」
「まずは、今回の落とし所です」
「それこそ、私が考える事ではありませんよね?知人に連絡はするかもしれませんが、それだけです」

 何も嘘は言っていない。
 ライムバッハ家のお膝元でこんな事が行われていた事を、ユリウスたちに知らせないのは俺が後で文句を言われてしまう。俺が関わった事は調べればすぐに解ってしまうからな。そうなるとユリウスはどうでもいいがクリスたちの追求が怖い。

「わかりました。マナベ様。明日のこの時間に再度来ていただく事は可能ですか?」
「なんでだ?」
「テオフィラとランドルとアレミルの資産を抑えて、マナベ様に譲渡するための契約を行います」
「そうだな。わかった。7名を除いた、もともとの奴隷と本日奴隷になった者たちは、このまま帰らせてくれ後日一人一人に会って話を聞く事にする」
「わかりました。手配しておきます」

 話は終わりだろうと席を立つ。

「あぁそうだ。グスタフ殿。ヘルムート殿とイーヴォ殿に、エヴァの件では世話になったと伝えてくれ」
「ヘルムート様とイーヴォ殿がどんな方かわかりませんが承りました。ギルドへの依頼としてお受けいたします」
「わかった。依頼料は、後日相談でいいか?」
「かまいません」

 グスタフを睨むが、おどけた様子を見せるだけで底が見えない。

「ハハハ。わかった。それでは、また来る。準備ができたら呼び出してくれ」

 ギルドマスターの部屋から出て、親父さんの宿に向かう事にする。

 宿に着いたらすでに出来上がっている冒険者の数名から絡まれるし、パーティーに誘われるし大変だった。
 全員に、俺に勝てたらパーティーに入ってやると言ったら静かになった。まぁ俺に勝てる位の奴なら、俺はパーティーに必要ないだろう。

 あと”モテ期”が来たのかやたら美人さんに言い寄られてしまった。
 俺はエヴァだけで十分なので、丁重にお断りした。親父さんの店には入りきれない程の冒険者や商人が集まり始めていた。今日の話を面白おかしく吹聴した者が居たようだ。もともと模擬戦はオープンでやっているので、模擬戦が行われたのは多くの人が知っていたのだが、どうせランドルたちが勝って終わりだろうと思っていたらしい。
 それが全く逆の結果になったものだから、俺を知らない連中は、俺の事を必死に調べようとしているようだし、知っている者は知っている事を自慢していたようだ。それで、親父さんの店に人が押し寄せてくる結果になったようだ。

 騒ぎたくて騒いでいるやつに混じって殺気が籠もった視線を感じるのだが、今日は気にしないでおこう。
 どうせ、ダンジョンで襲撃してくるか、一人になった所で襲撃をしてくるのだろう。

 料理を作っていた親父さんだったが、すでに材料がなくなってしまって、店に出てきて一緒に飲んでいる。
 それでいいのかと思ったのだが、人数が増えてきて俺の一言で、もう飲むと決めたようだ。”今日は、俺のおごり!”どうせあぶく銭が大量に手に入る。それに少しでも味方じゃないにしても、冒険者や商人は街の人間の心象を良くしておいたほうがいいだろう。この程度で関心が買えるのなら安い物だ。アルに、30枚の金貨を渡して清算しておいてくれ、余ったら親父さんに渡してと頼んでおいた。チップをくれと言ってきたから、大銀貨1枚を渡して、後は儲かった冒険者たちからもらえと言っておいた。

 アルは、せっせと給仕を行って、懐が暖かくなった冒険者からチップをもらっている。俺の話をして商人からもチップをもらっているのは、商魂が豊かだと言える。

 さて、親父さんへの頼み事をするか・・・。ダメと言われる可能性を考えておく必要が有るだろうが、ダメだったときのプランが考えつかない。ダメだった時には、少しではなく困ってしまいそうだ。

「親父さん。まだ頭は冴えているか?」
「この位の酒精でどうこうなるような柔な身体じゃねえ。それで何だ?」
「親父さんに頼み事があるけど、少しいいか?」
「ん?頼み事?」
「あぁお互いの利益になる話だ」
「ほぉ・・・。少し厨房に行くか?」
「えぇ」

 親父さんに付いて厨房に入る。
 何度か入っている厨房で、親父さんが椅子を進めてくれる。

「それで?」
「親父さん。宿屋を持ちませんか?」
「はぁ?」
「俺、今日の戦いで、ランドルたちが使っていたホームを得るのですが、俺には広すぎますし、維持管理もできません。親父さんがよかったら、ホームを宿屋兼食事処として運営してくれませんか?」

 ランドルたちのホームは、ダンジョンの入り口の近くにあるようだ。
 それもかなり広い。40名程度が寝泊まりできるようになっていて、1階には食堂も完備されている。ドワーフ(奴隷)も数名居て武器や防具のメンテナンスもしているようだ。正直、そんなところを維持運営できるとはとても思えない。
 それに、殆どの者が奴隷だという事も解っている。残りたいと言った者以外は開放しようと思っている。養えるかどうかで言えば養えるだろうけど、無駄なような気がしてならない。自己顕示欲があるのなら、維持しても良いかと思ったが、前世の生活が”起きて半畳寝て一畳”だしこのウーレンフートで骨を埋めるつもりはない。
 ここは訓練の為にレベルアップの為に来ているのだ。最終目的は、クラーラを見つけ出して殺す事だ。その足枷にしかならない物をいつまでもホールドしておいてもしょうがない。振り払った火の粉に着いてきた副産物だからありがたくもらっておくが、もらった物を維持するつもりは無い。うまく利用できそうなら利用しておいたほうがいいに決まっている。

「・・・」
「どうですか?俺は、空いている場所に家を建てて、そこに住むので、あとは、親父さんの好きにしてくれて構いません」
「何を言っているのかわかっているのか?」
「えぇ解っていますよ。親父さんをスカウトしているのですよ?」
「俺の好きに・・・と、言っても無理があるだろう?」
「そうですか?それなら、俺に雇われませんか?」
「おっおう。それなら話が聞ける」
「ありがとうございます」

 詳細は、後日に現地を見てからという事になったが、今の宿屋も雇われているだけだから、やる事は違わないだろうと言っていた。
 今の契約は、すぐに切れるという事なので、基本合意ができたら、親父さんに任せる事にするつもりだ。

 細かい事を聞いたのだが、今の宿屋で働いているアルを除く従業員は、親父さんが雇っているので、そのまま連れてきてくれる事になりそうだ。

 これで心置きなくダンジョンに潜れる・・・・はずだ。
 ホームの改築と基本方針くらいまでは顔を出さないとダメかもしれないな。

(ふぅ・・・なんなのだ。あれは?)

 グスタフは、アルノルト(シンイチ・アル・マナベ)が出ていったドアを見つめている。
 アルノルトが居なくなった事を確認してから、大きく空気を吸い込んでから吐き出す。自分の緊張を身体から追い出すような仕草だ。

「おい」

 ギルドマスターの部屋の1角に向けて声をかける。

「はい」

 壁だと思われた場所が開かれて、一人の男が出てきた。

「お前から見て、(マナベ)はどう見えた」
「化物です」
「それは?」

 男は、グスタフの正面。アルノルトが座っていた所に腰をおろした。

「マスター。(マナベ)は、ランドルのパーティーを一人で無力化しました」
「あぁでも、お前でもそれは可能だろう?」
「そうですね。事前準備をして、1対多にならないように誘導して戦えば可能です」
「なら」
「私が言いたいのはそこではありません。正直に言えば、(マナベ)がやった事なら、上位者なら可能でしょう」

 グスタフは、男が言っている上位者が誰を言っているのか理解している。
 しかし、それが一握りの人間である事も理解している。

 グスタフや男から見た場合に、アルノルトは一握りの人間と同等の力を持っていると判断した事になる。

「・・・」
「私たちの事はいいですよね」
「あぁ。今は、彼の事を聞きたい」

 問われた男は、やはりそうなるのかと思いながら、覚悟を決めてセリフを吐き出す。

「わかりませんでした」
「え?」
「正確にはわかった事だけを書き出せば、貴方もわかると思います」

 そう言って、男は懐から一枚の羊皮紙を取り出して、グスタフに渡した。

---
名前:シンイチ・アル・マナベ
魔法制御:0.95
精霊の加護
 火の加護:1.01
---

「は?」

 グスタフは、渡された羊皮紙をキレイな二度見をした。裏返して、続きが裏に有るのではないかまで考えた。

「ハハハ。そうなるだろう?」
「何かの間違いじゃないのか?」
「間違っていない。鑑定ではそうなっている。嘘だと思うのなら、他の鑑定持ちに見てもらえばいい」
「わかった。お前を疑ったわけじゃない。”なぜ”これで勝てるのかわからなかっただけだ」

 男は、グスタフの問に明確な発言を避けるように視線を外した。
 自分が書いた物だが、自分でも信じられないのだ。

 グスタフの問は男が知りたかった事でもある。

「マスター。(マナベ)の戦い方を見たが、正直に言っていいか?」
「もちろんだ」
(マナベ)は、加護を隠蔽している。もしかしたら、偽装しているかもしれない。それなら説明がつく事が多い」
「おい。隠蔽なら、鑑定で見破れるだろう?」
「あぁでも、俺の加護を上回っていたら見破れない可能性がある」

 唖然とした顔で、男を見るグスタフだが、男が真剣に話をしている事はわかる。
 男が自分を騙す必要がない事も理解している。

「検証する事は、難しい。不可能と言ってもいい。難しい問題だ。それに、お前の加護を上回る・・・。どれだけの修羅場を・・・。違うな・・・」

 グスタフは自分の思考に引っ張られてしまって、そこから何も進まなくなってしまっている。

「マスター。今は、伝説級の偽装ができると仮定して話をするぞ?」
「あぁ」

 男の話をグスタフは黙って聞いていた。
 黙っていたのは反論できる情報が無いからなのだがそれ以上にアルノルトという冒険者に興味が出てきてしまったからだ。

「お前の話を総合すると、(マナベ)は風の加護と火の加護。もしかしたら、炎の加護と木の加護と闇の加護を持っているという事か?」
「あぁそうだ。仮定の話だと前置きはしたが、間違っていないと思うぞ」

 グスタフはそれでもかなりの違和感を覚えていた。

「お前、彼と対峙していないよな?」
「あぁ」
「先程、彼の正面に座った。正直、お前たちのボスと対峙するよりも怖かった」
「・・・。マスター。それは肯定しますが、あまり言わないほうが・・・」
「解っている。お前だけだ」

 男は、敬々しく頭を下げた。

「それで、お前なら彼に勝てるか?」
「わかりません。わかりませんが、なんでもありの戦いだと負けるかもしれません。彼に加護を使わせないように条件を絞って、殺す事が前提の戦いなら勝てると思います」

 グスタフは、その言葉を聞いて少しだけ安心した。
 眼の前に座る男が勝てないような”冒険者”が下のランクではいろいろとまずい事になってしまう。

「彼が、ランクアップを受けてくれればいいのだけどな・・・」
「マスター。彼は、理知的な印象を受けます。彼が保有している権利を侵害しない限り、彼はマスターの意に添った行動をしてくれると思います」
「わかった。テオフィラがやろうとした事の逆を殺ればいいのだな」
「そうなります」

 二人は、お互いの顔を見ながら笑いあったのだが、グスタフは不思議と”それ”だけでは終わらないような気がしていた。
 理由はわからないのだが、アルノルトが問題を引き起こすわけではなく、彼の周りで問題が発生するような気がしてならなかった。

 グスタフの憂鬱は始まったばかりだ。
 後日、アルノルトが本格的に動き出してからすぐに、商業ギルドからの苦情が寄せられて、その後に、鍛冶ギルドから同じような苦情が、グスタフの所に寄せられる。
 少しだけ遠慮したような感じで、宿屋ギルドからも苦情が寄せられる未来が待っているのだが、このときにはグスタフは考えても居なかった。

 その後、大きな大きな爆弾が落とされて、冒険者ギルドだけではなくウーレンフート全体が上へ下へのてんやわんやの大騒ぎになるのだが、まだその事実を知る者は誰も居ない。

 グスタフと男も、アルノルトの事を過小評価していた。所詮、冒険者だと思ってしまっていた。少し事情がある程度だと思ってしまっていたのだ。そのために、王都にある各ギルドや王宮や教会に問い合わせをしなかった。
 アルノルトの正体になりえる情報を、後から来た者に打ち明けられた時に、ひどく後悔する事になるのだが、その時に初めてアルノルトと敵対しなかった自分たちの行動が間違っていなかったと心から思うのだった。


--- チェルソの事情

 模擬戦でランドルが負けを認める前の話

(あぁやっぱりな)

 チェルソと呼ばれた男が、闘技場の最上段から模擬戦の様子を伺っていた。

(使えそうな駒だったけど、ダメになっちゃったな)
(でも、彼は異常だな。加護の力で強引に戦っている印象が有るけど、多分、僕では全力を出しても勝てそうにない。ダブルナンバーの上位かシングルナンバーの下位じゃないと勝つことは難しいだろう)

 チェルソは、アルノルトの戦いを見ながら情報収集を行っている。

(少し目立ちすぎたからな。あの方からの命令は果たしたから、ウーレンフートは退去しよう)

 チェルソが担っていた事は、簡単だった。
 ウーレンフートにあるダンジョンの調査だ。実際に、パーティーとしての攻略とは別に組織のメンバーとの攻略では、最下層の一歩手前まで攻略が進められていた。

 そこで攻略が止まってしまった。トラップが突破できなかったのだ。

 チェルソが出した結論は、このトラップは突破できないという物だった。組織に問い合わせたのだが”誰にも”読めないと結論が出た。盟主や組織の人間たちが解読を行っているが、それでも数年はかかるという結論が出た為に、攻略は必要ないという連絡が来た。組織としては、自分たち以外が攻略しなければそれで十分なのだ。

(あの方への土産話もできたし、帝国に帰ろう)

 闘技場では、ランドルの腕が切り飛ばされている所だった。
 チェルソは、興味がなくなってしまったおもちゃを見つめる目でランドルを一瞥してから、新しいおもちゃになりえるアルノルトを興味津々な表情で観察してから、魔道具を発動させた。

 チェルソの居た場所には、もう誰も立っていなかった。
 少しだけ風が凪いでいるだけの空間になってしまっていた。

 翌日と言われていたのだが、すぐにグスタフから泣きが入った。
 翌日までにまとめられそうにないという事だ。そのために、3日後の今日に会談が設定された。

 奴隷の引き渡しは終わっているのだが、物品や賭けの回収ができていないからだ。

「マナベ様!」

 受付が俺を見つけると声をかけてきた。
 周りに居た冒険者が何か言っているが気にしてもしょうがないだろう。

「グスタフ殿は?」
「ギルドマスターの部屋でお待ちです」
「ありがとう」
「ご案内いたします」

 俺が何か言う前に、受付嬢は立ち上がって案内を開始した。
 別に知っているから行けるのだが、勝手にギルド内を歩くのはダメという事か?

「グスタフ様。マナベ様がお越しです」
「わかった」

 ドアが開けられた。
 受付嬢はここまでのようだ。
 部屋の中には、グスタフと男が一人居る。護衛なのだろう。昨日は見なかったから、影から守っていたのか、何かの任務を行っていたのかもしれない。
 後、グスタフの隣に見たことがない女性が居るのだが、挨拶をしてこない事から秘書なのかもしれない。スルーしておく事にする。

「マナベ様。どうぞ」
「あぁ」

 進められて、グスタフの正面に座る。
 男は、やはり護衛なのだろう。グスタフの左後ろに立っている。俺が右利きだと思っての対処なのだろう。

 少しだけ苦笑してしまったが、腰にぶら下げていた刀に手をかけて、腰から外してソファーの左側に置いた。

 グスタフが少しだけ苦笑したのが見て取れた。対処は間違っていなかったと考える事にした。

 男が机に移動して、羊皮紙の束を持ってきた。

 確かに、この量だとしたら一日じゃまとまらないだろう。

「この程度の事をまとめるのに時間が必要だったのか?」

 少しだけ嫌味を込めての発言だが、グスタフはそれをしっかりと認識した上で説明をしてくれた。

「テオフィラの不正に連座する形でかなりの職員を処分しなければならなくなってしまって、申し訳なかった」
「それじゃ今は綺麗になったのだな?」
「現状は、その認識で間違いありません」
「わかった。それならしょうがない。商業ギルドは?」
「あちらさんも同じようです。ただし、冒険者ギルドよりは被害は少ないようです」
「そうか・・・。で、他に何か隠しているようだが?」

 グスタフだけじゃなくて、後ろの男の動きから、そんな気がしたので、鎌をかけてみた。

「ふぅ・・・。まぁマナベ様が当事者ですし、これから彼らの主人になられます。彼らが実行していた計画を知ってもらっておいた方がいいでしょう」
「なんだよ。ヤケに勿体つけるな」

「マナベ様。奴らの計画は、ウーレンフートのダンジョン攻略ではなく、ウーレンフートの乗っ取りだったようです」
「はぁ?どういう事だ?」

「マナベ様。この街は、ライムバッハ家の直領な事はご存知ですか?」
「あぁ」
「この街の税は?」

 税?
 考えたことがなかった。そう言えば、税金に関しては聞いた事がなかった。

「知らない」
「そうですか、この街は、ダンジョン産の物を買ったり持ち出したりした時に税が取られる仕組みです」

 税率は一律で3割。それでもかなりの金額になったのだろう。
 日々消費される食材の一部もダンジョンに依存してしまっている状態なのだ。

「ほぉ・・・。確かに人の出入りが多いから人頭税は無理なのだろうな」
「おっしゃるとおりです。その上で、”買い”と”持ち出し”というのが絶妙な不正を誘発していたのです」
「どういう事だ?」

 グスタフに聞いた話は確かに絶妙だ。不正と言うよりも、ライムバッハ家の失態だ。
 抜け道が用意されてしまっている。

 チームやパーティー内でのやり取りでは、税は発生しない。加工品には税が課せられない事も利用されていた。街からの持ち出しも、加工品になっているために、商人が持ち出しても、税の対象から外れてしまう。

 奴らは、冒険者ギルド/商業ギルド/鍛冶ギルド/宿屋ギルドの一部の者が結託して、ランドルのパーティーが持ってきた素材をパーティーメンバーになっている鍛冶職人や商人が受け取る。そこで加工して、街から持ち出して他の街で売って居たのだ。
 特に、武器や防具に加工した物は、一部の貴族家に流れていた事までは判明したようだ。その貴族が、ヘーゲルヒ家。領内に巨大な森を持つ有力貴族で、ライムバッハ家とはあまり親交がない貴族のようだ。

 巨大な森を有しているから、武器や防具が必要なのか?森から得られる素材からは作る事ができないのか?

「それはわかった。それで、どうやったらそれで乗っ取りに繋がる?」
「調べた部下たちの推測で、確たる証拠はありませんがよろしいですか?」
「構わない。教えてくれ」
「・・・。はい」

 グスタフが語った話が本当なら、確かに乗っ取りと思われても当然だ。
 彼らがやろうとしたのは、実質的な支配に繋がる行為だ。そして完全にライムバッハ家の失策だ。

 彼らは、税を免除される事を利用する事を思いついた。彼らのホームが想像以上に大きかったのは、あの中で全てを生産して消費するためだったのだ。
 そして、有力な冒険者を抱え込む事で、ダンジョン産の素材をホームで独占する。俺を誘ったのは、素材を大量に持ち運べる方法の秘密を知りたかったようだ。

 生産職を奴隷にする事で、ホームで加工品を作成して、他の街に売る。
 商人や職人や宿屋も、それに乗った。一部のギルド職員が、ランドルたちから出される条件に有った人材を()()していたのだ。

「ふぅ・・・。わかった。それで、そのパーティーメンバーだった奴らの処分は?」
「今から、マナベ様にご相談しようと考えております」

「わかった。まずは、物品の受け渡しを頼む。それから、パーティーメンバーの話をしよう」
「かしこまりました」

 物品の引き渡しは思った以上に時間が必要だった。
 奴らが溜め込んでいた物のリストだ。全部を引き継ぐにしても、一人では正直無理だ。

 ホームもダンジョンの近くにある物だけかと思ったのだが、どうやら、ランドルや幹部たちの居住場所は違っていたようだ。本来なら建築できない場所だ。冒険者ギルドが所有していた場所に屋敷を建築して使っていた。

 グスタフからは、この屋敷に関しては冒険者ギルドで接収したいと言われて了承した。
 もともとは、ギルド職員の寮を作る予定の場所だったのを、ランドルに格安・・・。タダ同然のワトで売り渡していたようだ。

 それを冒険者ギルドとしては接収して計画通りにギルド職員や遠方から来る客が泊まる場所に改良したいようだ。
 現在冒険者ギルドの資金は底を打っている。テオフィラたちが太いストローを刺して吸い込んでいたようだ。帳簿上に残されているはずの資金の1/5も回収できなかったようだ。財産を没収しても、それは俺への賭け金に順当されてしまって、残っていないとの事だ。

 ランドルたちは本当に好き勝手やっていたようで、奴らが持っているホームは街の壁まで広がっている。そこは森とは言わないが、木々が生える場所まで存在している。そして、問題だったのが、やつらのホームから壁の下を潜って街から出られるルートが作られていた事だ。
 一部のものしか知らされていなかったようだが、ここでも奴隷を大量に使って、街から物品の持ち出しを行っていたようだ。運び出された場所は、奴隷街のようになっているとの話だ。100名ほどが生活している小さな村になっているようなのだ。

 奴らは一体何人の奴隷を使っていたのだ?
 契約だけでも面倒な事になりそうだな。そのリストが目の前にある羊皮紙という事になるのだろう。

 軽い目眩を覚えた。
 俺は、これから100名を越す人間の面接をしなければならないのか?
 いや、実際にはしなくてもいいのだが、自分の配下に自分が知らない人間が居るのはどうも落ち着かない。それに、犯罪奴隷でも無い限りできるだけ奴隷から開放してあげたい。面倒だけど、やるしか無いのだろう。

 ホームの受け渡しは問題なく終わったのだが、問題になったのは地下通路だ。
 俺としては塞いでしまってもいいのだが、外に出来ている村をどうするのかでまた問題になってしまう。

「マナベ様。村は・・・」
「ギルド所有にでもするか?俺は必要ない」
「それでは・・・。しかし・・・」
「わかった。壁を作って、本格的な村にしよう」
「え?」
「どうせ、村として機能は無いのだろう?」
「えぇありません」
「それなら、街の中でやりにくい、そうだな・・・。鍛冶職人に無料で開放するのはどうだ?」
「どうだと・・・。言われましても、冒険者ギルドの範疇を超えています」

 そりゃぁそうだ。
 ユリウスたちと話しているような感じで話してしまった。

「マナベ様」
「ん?」
「もし、問題がなければ、数日後に、ライムバッハ家から来られる査察官とお話をしていただけませんか?」
「査察官?」
「はい。ご存知かわかりませんが、ライムバッハ家は、ご当主が倒れられまして、次男様が跡をお継ぎになられましたが、成人前だった為に王家から後見人が来られています」
「噂だけど聞いた事がある」
「その後見人である皇太孫のユリウス殿下と婚約者のクリスティーネ様が査察官として来られる事になっています」
「え?」
「シュロート家の嫡男も一緒に来られることになっています」
「は?」
「どうでしょうか?先程の話しは、冒険者ギルドが主体になって行う事はできませんが、ライムバッハ家の後見人であるユリウス殿下なら問題は無いと思います」
「そうだが・・・。俺なんか・・・一介の冒険者風情が皇太孫様にお会いするのはダメでしょう?グスタフ殿が話をしてください」
「いえ、私は立場がありまして、そのような提案をする事はできません。それに、ホームを含めて、あの場所は正式にはマナベ様の物ですので、マナベ様がお話するのが筋だと思います」

 正論で反論ができない。確かに言われたらそのとおりだ。
 でも、ユリウスは・・・。小言を言われるだろうが問題はない。ギルは喜んで協力してくれるだろう。
 問題は、もうひとりだ。クリスが来る?問題はないと思うが、問題がない状態なのが問題なのかもしれない。何も悪い事はしていない。していないと思いたい。エヴァを裏切る行為もしていない。だがなぜか、クリスと対峙したくないと思ってしまう。

 でも、逃げるのは不可能なようだ。
 先に解ってよかったと思う事にしよう。

「わかった。いつくらいになりそうだ?」
「早ければ、3日後。遅れると、5日後だという事です」
「わかった。先触れが来るだろうから教えてくれ。ダンジョンには入らないで、ホームの改修作業をして待っている事にする」
「わかりました」

 グスタフとの話はこれで終わったわけではない。
 これかが本番なのだ。

 奴隷の引き渡しに関しては俺が面談する事が条件だが問題なく引き渡される。
 ランドルたちは、犯罪奴隷も持っていたのだが、それはダンジョン内の弾除けやトラップ探しに消耗されていた。犯罪奴隷は、そのまま冒険者ギルドが引き受けてくれる事になった。四肢欠損も(多分)治せるのだが、腕や足の四肢欠損を治せる加護を持つ者と、四肢欠損を行える力を持つものでは圧倒的に前者の方が面倒事に巻き込まれるだろう。今はそんな面倒事に巻き込まれるのは避けたい。それこそ、エヴァと合流してからならエヴァを守る為に俺が加護を持っている事をばらしてもいいかもしれない。

 武具や防具は、それほど必要な物はなかった。

「グスタフ殿。武器や防具は、冒険者ギルドで・・・は、無理ですね。商業ギルドや他の街に買い取ってもらう事はできますか?」
「・・・。正直に言えば、冒険者ギルドで買い取りたい所ですが・・・」
「わかりました。それでは委託販売としましょう」
「え?」
「持ち主は私のままにしておいてください。冒険者ギルドに全ての武器と防具と必要のない魔道具を預けます。適正な買い取り価格にギルドの儲けを乗せた金額で売りに出してください」
「・・・」
「売れた場合には冒険者ギルドが私から買い取る金額を私の口座に入れてください。それで十分です」
「よろしいのですか?」
「えぇ今の状態で持っていても、必要ない物ですからね。必要な人に買ってもらった方がいいでしょう。あっ奴隷に落とされた者や奴らに不正に取り上げられた証拠がある物は、持ち主にかえしてください。冒険者ギルドに頼んでいいですよね?」
「わかりました。何件か、そのような問い合わせが届いていますので、調査して解決に当たります」
「わるいな」

 グスタフの隣に座っていた女性が、何か別の羊皮紙を俺に差し出した。

「マナベ様。これを」

 渡された羊皮紙は二枚・・・。いや、3枚あった。

 最初の一枚は、簡単な事だ。
 ランドルを含めた7名に関する事だ。ランドルは、手を切り落とされて歩く事もできない奴隷としての価値は殆ど無い。報告書では精神も壊れてしまっているようだ。国の研究機関に犯罪奴隷として売られる事が決定したらしい。薬草や魔法の効能試験に使われるようだ。簡単に言えば、人体実験のような物だ。
 他の6名も多少の違いはあるが人体実験に使われる事になるようだ。
 その売却した金額が書かれていた。

 二枚目は、ランドルを除いたアレミルとテオフィラの個人資産が書かれている。これは、全部俺の物になる事が決定している。
 不正に得たかどうかの線引きが難しいと理由だと説明された。
 テオフィラもアレミルも当然のように屋敷を持っていた。

「グスタフ殿」
「なんでしょうか?」
「俺、屋敷をそんなに持っても困るのだけど?」
「そうでしょうか?」
「あぁ」
「別々の女性を住まわせて・・・。失礼しました」

 殺気が漏れてしまったようだ。

「くだらない事を言うな・・・。あぁそれでな。屋敷を見ていないから判断できないが、テオフィラの屋敷は冒険者ギルド・・・は、ワトが無いのだよな?」
「えぇ恥ずかしながら」
「商業ギルドは?」

 そこで女性が話に割って入った。

「その事で、商業ギルドからお願いがあります。3枚目も見てください」

 どうやら女性は冒険者ギルドの関係者ではなく、商業ギルドの関係者だったようだ。

「あぁ」

 3枚目は陳情という形になるのか?
 アレミルが所有している建物のいくつかを商業ギルドに売って欲しいという事だ。問題ないので了承する事にする。

 それでも建物がいくつか余ってしまっている。
 その中からいくつかは、商業ギルドに委託して賃貸で貸し出す事にした。

 グスタフが、商業ギルドの職員を呼んできてくれて、話をつけてくれている。

「マナベ様」

 商業ギルドの職員を名乗った女性が声をかけてきた。

「なんでしょうか?」
「賃貸に関しては、商業ギルドで請け負います。マナベ様へのお支払いはどういたしましょうか?」
「あぁそうですね」

 商業ギルドの会員証を見せる。

「え?」
「ご存じではなかったのですか?私は、商業ギルドのメンバーでもあるのです」
「えぇぇ・・・。あっあの!マナベ商会!!」
「え?今、そこをびっくりする所なのですか?」
「だって、マナベ商会と言えば、リバーシーやチェスの販売。それだけではなく、燻製器の発明者ですよ。他にもいろいろ発明して、この街でもハンバーグやソーセージの発明者ですよ・・・。本当に?今日、聞いてきたのは、トップ冒険者パーティーを一人で倒した・・・えぇぇぇぇぇ!!!」

 絶叫がギルドマスターの部屋にこだました。

 女性は少しだけ落ち着いたようだったので、話を続ける事にした。

「それでは、マナベ商会の持ち物にしても問題ないのですね」
「はい。商業ギルドとしては、マナベ商会の物とした方がありがたいです」
「あっそうだ。もし、建物を修復する必要が有るようでしたら、マナベ商会の口座から支払ってください」
「よろしいのですか?」
「はい。先に、何をするのかは教えてもらいますが、商業ギルドとしてはその方がいいでしょう?」
「はい!よろしくお願いします」

 これで、大方の建物は片付いた。
 アイツラどこまで腐っていたのか・・・。

「マナベ様。残った建物はどうしましょうか?」
「まだ残っているのですか?」
「えぇ・・」

 指摘された建物は3軒。
 全部が、孤児院になっている。

 奴らが孤児院を運営していたわけではなく、孤児院を運営していた人を騙して奴隷にして殺した上で、建物を接収したようだ。やり方がえげつない。そのうえで、孤児院に立ち退きを迫っていたようだ。

「わかりました。グスタフ殿。今から孤児院に行きます」
「え?」
「潰したりしませんよ。孤児院の現状を知りたいだけです」
「わかりました。ご案内いたします」
「いえ、それには及びません。街の事は、街の事を知っている者に聞きます」

 アルに案内させよう。
 そして、その気があるのなら、いろいろ教えてやるのもいいかもしれない。

 奴隷の面談は、明日に延期した。
 孤児院に赴いて、安心してもらう事が、他の何よりも優先度が高いと判断したからだ。

「アル!こっちで間違いないのか?」
「うん。兄ちゃんが言った孤児院ならそうだよ!」

 アルに案内させる事にしたのだが、しっかりと大銅貨3枚を要求された。
 確かに、案内という仕事だが、少し高いとは思ったが、アルが孤児院の先生も知っていると言っていたので、先生までつなげる事を条件に大銅貨3枚を渡した。

 まずは1軒目だが、ウーレンフートの門の近くにあるようだ。
 正門から伸びる表通りではなく、2つほど通りを入った場所にあるようだ。建物はかなり古くて、いろいろと問題がありそうだが、敷地面積はかなり広そうだ。

 確かにこの場所なら、資材の集積場として十分な役割が持てそうだ。

「兄ちゃん。ここだよ。少し待っていてね。先生呼んでくる」
「あぁ頼む」

 アルはそう言うと孤児院の建物の中に入っていった。
 商業ギルドの女性から渡された資料と見比べても間違いなさそうだ。資料では、孤児が20名ほど生活しているとなっている。

 この街に孤児が多いのは、人頭税がかからない為に、孤児たちが集まってきたという側面もあるのだが、それ以上に冒険者の子供だったり、捨て子だったりが多いからだと説明された。事情はいろいろと有るようだが、この街に孤児が多い事実は間違いなさそうだ。小さいながらもスラムのような場所も存在している。そこにも孤児が居るようだ。
 スラム街の孤児に関しては、ユリウスたちが来てから相談すればいい。無視しても良かったのだが、知ってしまったからには何ができるのか考えてみたい。
 ラウラとカウラの事を思い出さないと言えば嘘になる。できるだけ、ユリアンネやラウラやカウラに自慢できる事を増やしておきたい。たとえ俺が会えないのだとしても・・・。

「兄ちゃん!」

 アルが、中年の女性を連れて戻ってきた。

「はじめまして、この孤児院の院長をしています。イルメラと言います」
「ご丁寧にありがとうございます。私は、この度この孤児院の権利を引き継ぎました。シンイチ・アル・マナベと言います」
「え?」
「お邪魔してよろしいですか?」
「え?あっはい。勿論です」
「ありがとうございます。アル。悪いけど、これで、院に居る皆に何か食べる物を買ってきてくれ」

 パフォーマンスの意味もあるが、俺が孤児院を潰すつもりがないという事を示す為にも、アルにもう少し動いてもらう。
 大銀貨1枚(10,000円相当)を渡す。

「え?こんなに?」
「お前に上げるわけじゃないからな。院の子供が食べる物だからな」
「うっうん。解っている。それじゃ行ってくる!」

 話を聞いていた、院の子供の年長組だろうか、数名にアルが声をかけている。荷物持ちは必要だろうから、丁度いいのかもしれない。

「マナベ様。よろしいのですか?」
「えぇ構いません。それよりも、お話をしたいのですが・・・」
「申し訳ありません。こちらでお願いします」

 イルメラに付いていくと、入り口の近くにある部屋に通された。
 お世辞にも立派とは言えないが、掃除がされていて好感が持てる部屋になっている。

 イルメラと一緒に少し年下の女性が部屋に入ってきた。一緒に話を聞く事にしたようだ。

「それで、マナベ様が権利を引き継いだとは?」

 イルメラたちに経緯を説明する。

「それでは、マナベ様が、ランドル殿から権利を引き継いだと言う事ですか?」
「はい。そうなります。それで、ランドルに支払っていた、賃貸料なのですが、資料がなくてわからなかったの、直接聞きに来たという事です」

 資料はあった、ただ絶対にその資料通りにはなっていないと確信している。賃料が、月に銀貨5枚のはずがない。

「・・・。ランドル殿からは、毎月金貨2枚と年に子供3名を要求されていました」

 クズが・・・。やっぱり殺しておくべきだったか?

「子供は?」
「成人に達していないと冒険者ギルドに登録ができないと言われて、成人前に逃がすようにしたり・・・。スラムの顔役に・・・」
「よかった。それじゃ、ランドルに渡った子供は居ないのですね」
「はい。その後、成人してランドル殿に・・・」
「そうですか・・・」

 本当に、あいつはクズ中のクズのようだ。
 対処を間違えたな。さらし首にした方が良かったかもしれない。四肢を切り落として、街の外に放置しても良かったかもしれない。

「あの・・・。それで、今後は?」
「あっそうでした。そうですね。賃料は、毎年金貨2枚です」
「そうですか・・・・」

 少し落胆した雰囲気が出る。
 でも、俺が言ったのは、年で金貨が2枚だ。月ではない。賃料が1/12になった事を意味する。

「院長。院長」
「どうしたのですか?お客様の前ですよ。マナベ様・・・。失礼致しました」
「いいですよ。それで、どうかしましたか?」

 女性は俺を”じぃーと”見ていたのでうなずいた

「院長。申し訳ありません。マナベ様。先程のお話ですが、間違いでは無いのですよね?」
「はい。私が言った事に間違いはありません。問題が有っては困ると思いまして、商業ギルドにお願いして契約書にしてきました」
「拝見してよろしいですか?」
「勿論ですよ」

 どうやらこの女性がこの孤児院の財布だったのだろう。
 頭の回転もいいし、数字も強そうだ。

 院長は、話に付いてきていない。
 女性に契約書を渡す。商業ギルドで正式に作成してもらった物だ。俺のサインも入っている。

「院長!マナベ様。ありがとうございます」
「いえ、問題なければ、院長にご確認いただきたいのですが・・・。よろしいですか?」
「はい。はい。院長。院長!」
「なんですか・・・。本当に、貴女は・・・」

「小言は、後でいくらでも聞きます。それよりも、契約書を見てください」
「だから、子供が安全になるだけど・・・。何も、変わらないという事ですよね?」
「院長!マナベ様に失礼です。あの豚・・・。ランドルとは違います。いいですか、院長。マナベ様は、月に金貨二枚ではなく、年に金貨二枚なのです。それも、その年に孤児の子供が成人して卒院したら、免除してもらえる事になっています。それだけではなく、子供の・・・。孤児たちが病気になってしまった時の治療費の負担や、食費の援助も・・・。(グスン)マナベ様。本当によろしいのですか?」
「勿論です。院長や皆様の気持ちを踏みにじるような行為かもしれませんが、私は金銭的な援助をするしかできないので・・・。できる限りの事をしたいと考えただけです」

 放心状態だった、院長が覚醒して認識ができたようだ。

「え?年?食費の援助?治療費?え?え?卒院だけで免除?は?え?」

 少しだけ落ち着かせるために時間を置いた。

「院長。具体的なお話をしたいのですがよろしいですか?」
「え?あっ・・・。マナベ様。本当ですか?」
「はい。そのために、具体的なお話をしましょう」

 院長と女性は揃って頭を下げる。

「「お願いします」」

「はい。私からのお願いは1つです。孤児の受け入れは拒否しないでください。オークもどきのランドルが、ここの他に2つの孤児院でも同じような事をしていたと思います。そのために、この街の子供に対するセーフティネットはめちゃくちゃになっています。その立て直しをお願いしたいのです」
「はい。承ります。しかし、この街にある孤児院は全部で3つなので、それらの連携はどうしましょうか?」
「今から、他の孤児院にも向かいます。全部で3つと聞いて安心しました。同じ条件を伝える事ができます。受けてもらえると思いますか?」
「当然です。どこも・・・」

「そうですか、それはよかった。それでは、契約内容の確認ですが、年に金貨2枚は商業ギルドの”マナベ商会”に収めてください」
「え?」
「受付に行けばわかるようになっています」
「はい?」
「それから、その年に一人以上の子供が成人しましたら、金貨二枚は免除します」
「は?」
「もし、成人する孤児が居なかった場合でも、”マナベ商会”から出している依頼を一定数受けていただければ、同じく免除いたします」
「え?」

「それから、毎月の食費ですが、今どのくらいかかっていますか?」
「あっ食費は、毎月大銀貨5枚程度です」
「そんなに?少ないのですか?」
「はい。ダメなのですが、街の外に出て、野草や小動物を・・・」
「そうですか、孤児の安全の為に今後は絶対に止めさせてください。どうしてもという時には冒険者ギルドに依頼を出してください。依頼料は”マナベ商会”が負担します」
「はい」
「そのかわり、毎月金貨5枚を食費として援助します」
「え?金貨ですか?銀貨ではなく?」
「はい。金貨5枚です。そのかわり、子供に”お腹空いた”とは言わせないでください」
「はい。はい。はい」

 院長が涙ぐんでいる。
 女性は鼻そすすって何かを考えてしまっているようだ。

「あと、治療費に関しては、実費を”マナベ商会”から援助します」
「よろしいのですか?」
「あまりにも高額では困ってしまいますが、常識の範囲ないであれば問題ありません」
「わかりました」
「これらの事は、しっかりと記憶して年に4回”マナベ商会”に提出してもらいます」
「はい。記憶は、何に使ったのかで良いのですか?」
「そうですね。それは、今後話しましょう。今は、話しを続けさせてください」
「わかりました」

「あと一つお願いがあります。嫌なら断ってください。断ったからと言って、今までの話を”なし”にする事はありません」
「なんでしょうか?」
「孤児院のスタッフの皆さんを、”マナベ商会”の従業員として孤児院やホームの運営の手伝いをしてほしいと考えております。よろしいですか?」
「え?どういうことでしょうか?」

 ホームの一部に孤児院を組み込みたいと思っている。
 今は、3つの孤児院だが、それを一つにまとめたいのだ。それで、ホームの中に孤児院を作って、運営したいと考えている。

 宿屋も規模が4-5倍になる。もしかしたらもっと大きくなるかもしれない。オヤジさんが優秀でも人手が絶対的に足りなくなるのは解っている。孤児院のスタッフならいろいろできるだろうし、即戦力で期待できる。

「スタッフの件は、後日で構いません。今日は、ご挨拶に伺っただけです。契約書も、なるべく早くにお願いしたいのですが、本日はお預けしておきます」
「マナベ様。一つお聞きしてもよろしいですか?」「院長!」

 女性が何かいいかけたが、手で制して院長の方を向いて姿勢を正す。

「はい。なんでしょうか?」
「なぜ・・・。そう、なぜ。ここまでしていただけるのですか?マナベ様は、権利を受け継いだだけで・・・。それに、何もメリットがないと思います」
「メリットはあります。ご説明したほうがいいですか?」
「是非。お願いいたします」

 真剣な表情で院長に見つめられる。
 当然だろう。何か裏があると考えても不思議ではない。疑ってくれた方が信頼できる。

「私には、妹がいました。金髪で目がくりっとしてかわいい妹です。他にも、もともとは奴隷だったのですが、私の大切な従者が二人いました。両者とも孤児だったと聞いています。そして、尊敬できる父と母がいました」
「・・・」
「私の大切な人たちは一瞬で奪われました」
「え・・・。あ・・・」

「私もいずれ死にます。その時に、父に恥ずかしくないように、母が私に与えてくれたような温かさを、従者たちが私に与えてくれた親愛を、そして妹が私にくれた絶対の信頼を、私は裏切る事はしたくない。でも、私はどうしてもやりたい事があるのです。それは、父も母も妹も従者も一緒に殺されてしまった乳母も望んでいません。私のわがままで自己満足な事なのです。私はヴァルハラ(天国)に行けないと考えています。だから、皆が待っているヴァルハラに私が少しでも人助けをしたと・・・。皆が恥ずかしくないような行いをしたと・・・。伝えてくれる人を増やしたいだけです」

 院長は、俺の正体に気がついたようだ。
 口を抑えて、小さく”アルノルトぼっちゃん”とつぶやいていた。

「私は、シンイチ・アル・マナベです。冒険者なのです」

 院長は、うなずいてくれた。解ってくれたのだと判断した。

「わかりました。マナベ様。スタッフと話をして、なるべく早くお返事したいと思います」
「イルメラ院長。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 頭を深々と下げる院長にかける言葉は見つからない。

「そうだ!忘れていまいた!」

 強制的に話を変える。これも予定していた事なのだが、帰り際にしようと思っていたのだが、今がいいだろう。

「?」「?」
「これをお渡ししておきます」

 院長に袋を手渡す。

「これは?」
「食費です。それから、スタッフの皆さんの給金です。少し足りないかと思いますが、今はこれで凌いでください」
「え?」

 院長が袋を開ける。
 銅貨が30枚と銀貨が10枚と金貨が2枚入っているはずだ。

「こんなに、よろしいのですか?」
「はい。スタッフの皆さんの給金がわからなかったので、適当に決めさせていただきました。もし、余るようでしたら、子どもたちの服や靴を買ってあげてください」
「はい。はい。わかりました。わかりました」

 院長は泣き出しそうな顔をしている。
 同席した女性はすでに泣き出してしまっている。

 オークもどきがどれだけ酷かったのか・・・。今は、その対比で喜んでいるだけだろう。もう少し落ち着いたら冷静に考えてくれるだろう。

 部屋を出たら、丁度アルが帰ってきた。
 手には串焼きを持って居る半分近くなくなっているので、子どもたちに混じって食べたのだろう。

「アル!」
「にっ兄ちゃん!これは、違う。自分で買った!」
「解っているよ。子どもたちにはしっかり食べ物を買ったのだろう?」
「うん。勿論!喜んでいたよ!」
「それなら良かった。アル。後二箇所あるから、急ぐぞ!」

 後、二箇所の孤児院も似たような状態だった。
 契約書を渡して、スタッフへの勧誘をして、当座の資金を渡した。

 孤児院は大丈夫そうだ。
 3つの孤児院ともに感触は悪くない。

 奴隷になった者たちとの面談を行う事になるのだが、これが意外と時間がかかりそうだ。

 冒険者ギルドと商業ギルドと鍛冶ギルドと宿屋ギルドが、ヘルプを出してくれた。

「それで、なんで現ギルドマスターのエフライン殿が居るのですか?」
「私が、マナベ様のヘルプで来たからですが?」
「それは、先程聞きました。ギルドは大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。グスタフ殿が仕切ってくれています」

 エフラインは少しだけ遠い所を見て寂しそうにした。
 少しだけ可哀想になったので、それ以上は聞かない事にした。
 グスタフが仕切っているという事は、王都からの通達が来たのだろう。

「わかりました。よろしくお願いします。他の人もお願いします」

 書類や奴隷紋から犯罪奴隷なのかを判断していく、それぞれのギルド職員が犯罪奴隷と面談して、不法に犯罪奴隷に落とされたのか最終判断をしていく事になる。
 これは、各ギルドが持っている情報網や犯罪歴として保存されている情報を突合する事によって判断している。俺では、その情報にアクセス出来ないので、ギルド職員にヘルプを依頼したのだ。
 各ギルドもランドルの件では、問題(賄賂を受け取っていた)職員を野放しにした負い目もあるので、渋々だが了承してくれたのだ。

 正直に言おう、ランドルの豚は何を考えていた?
 主要メンバー5名とダーリオ以外は、全員が奴隷だった。

 人数がものすごかった、中でも生産系の者が多かった。その次に多かったのはホームの維持管理をする者たちだった。
 どうやら、ランドルたちはホームで生産した物を売りさばくことで、ホームを維持していたようだ。そのためにも、奴隷が大量に必要になってしまっていた。

 100名前後だと言われていたのだが、蓋を開けてみれば3倍以上の人数が居た。ランドルの奴隷だけで80名。その他の者たちもそれぞれが奴隷を持っていた事が判明したのだ。

 ランドルの奴隷に関しては、移譲は終了しているのだが、その他の者はまだ行われていない。
 そして、ランドルたちの厄介な事は、使い潰すつもりの奴隷だけではなく生産をやらせている奴隷を、自分たちの奴隷の奴隷にしているのだ。話を聞いた限りでは、問題を起こしたときには、その奴隷のグループをダンジョンで潰すのだ。

 最初この契約変更に難儀した。奴隷の奴隷になっていた為に、契約関係がわかりにくくなっていたのだ。

 しかし、一組の老夫婦によってそれが劇的に改善した。

「セバス殿。それでは、奴隷の奴隷が誰の奴隷で、犯罪奴隷なのか?不法に奴隷になったのか?無理やり買われた奴隷なのかわかるのか?」
「旦那様。私の事は、セバスとお呼びください。私の主人は、貴方様でお話を聞く限り、私とツアレが忠誠を尽くすのに十分な方だと判断しました」
「わかった。セバス。それで可能なのか?」
「私ではなく、ツアレが記憶しております」

 最初、セバスは俺の事をご主人様と呼んでいたのだが、止めてほしいという事を伝えると、旦那様と呼び始めた。
 エヴァの存在を知ったので、余計に旦那様で問題ありません。といい出してしまったのだ。

 セバスとツアレの夫婦は、ランドルの奴隷だった。商家の主人に仕えていた。その商家を、ランドルが乗っ取る形になった時に、死ぬ覚悟で主人の救出に向かった。しかし、主人からは商家に居た者たちを頼むと言われて、主人の救出は断念した。しかし、ランドルと交渉して商家の者たちはそのままセバスとツアレの奴隷になる事で一人として傷つけさせない条件をつけて守った。その条件としてランドル達ができない書類やホームの維持管理、奴隷の管理を全て行う事になった。当然奴隷として。

 二人は、ランドルがだまし取る前の商家がやっていた孤児院の院長だったのだ。俺が孤児院にした事を聞いて、俺を信頼してくれたのだ。

 ひとまず、セバスとツアレを除く商家の従業員たちは奴隷から解放した。

 それからは早かった。
 ツアレの記憶とセバスの的確な指示と、各ギルドから来ているギルド職員の手際で、犯罪奴隷だけど犯罪者じゃない者と、犯罪奴隷が分けられた。

 本当の犯罪奴隷は、ガチガチに縛ってホームと外に作られた村への物資の搬送を行っていたようだ。
 怪我をした場合には、セバスの証言ではダンジョンに連れて行かれて、罠の発見や解除で潰されたようだ。

 クズ(ランドル)でも、そのくらいの常識は有るのかと思ったのだが・・・。
 孤児院から無理やり連れてこられた子供はそのまま冒険者に登録させられて、ダンジョンで使い潰されていったようだ。
 クズ(ランドル)クズ(ランドル)だった。

「セバス。その使い潰された子供は解っているのか?」
「勿論です」
「出身の孤児院も判明しているよな?」
「・・・」
「セバス!」
「解っております」
「着いてきてくれ」
「どちらに?」
「謝りに行く」
「え?でも、マナベ様には」
「違う。俺は、子供を助け出せると思っていた。それができなかったのだから、事情を説明して謝罪するのは当然の事だ。何人か、孤児院の子供とも約束をした!それができないのなら、わかった時点で謝罪に行くのは当然の事だ」
「お、お待ち下さい!」
「なぜだ!」
「お願いです。お待ち下さい。私の話を聞いてください」

 セバスに前に出られて、深々と頭を下げられてしまった。

「・・・。ふぅ・・・。わかった、それで?」
「ありがとうございます。マナベ様。そのお役目、私と妻に譲ってはいただけないでしょうか?」
「どうしてだ?」
「はい。全ては、私と妻がランドルの奴隷となってしまった事から始まっています」

 セバスは、ここで一息入れるかのように、背筋を伸ばして俺を見る。

「私も妻も、従業員を守るための選択でしたが、今考えれば、孤児院の事を少しも考えておりませんでした。ですので、この件はマナベ様ではなく、私と妻が適任だと判断いたします」

 なんか、うまく言いくるめられているような気がするのだが・・・。セバスとツナレの様子を見るとどうやら本気で、自分たちに責任があると思っているようだ。

「わかった。孤児院への説明と謝罪は、セバスとツアレに任せる。二人は、今ではこのホームに必要な人材だから、無理はしないように!絶対に帰ってきてくれよ」

 二人は、少しだけ驚いてから、深々と頭を下げた。
 俺に聞こえるかどうかの声で”ありがとうございます”と言ってくれたのが、嬉しかった。

 それから、死んでしまった孤児の人数を聞いて、セバスから相場を聞いて、相場感にあったワトを渡した。
 ワトを受け取ると、二人は急いで支度をして出かけていった。

「マスター」
「ん?ダーリオ。だから、マスターは止めてくれと言っているでしょ?」
「マスターはマスターです。それに、俺の武器も取り返してくれました。だったら、マスターなのです」

 何か、理屈にならない理屈を述べられている。
 冒険者だった、ダーリオは奴隷上がりだという事だ。もともと奴隷だったのを、ランドルに買われてタンクとなっていたようだ。本当のスタイルは、両手で支えるくらいの大盾を持って、魔物の突進を止める。その間に味方が攻撃をする、本当のタンクで自分からは攻撃しないスタイルのようだ。ランドルたちは自分たちが攻撃する時にダメージを受けるのを嫌ってダーリオの盾を取り上げた。その後に半分程度の大きさの盾を渡して武器を持つように強制して、戦わせるスタイルにしたようだ。

 奴隷になったのは、娘の病気を治すためだったようだが、治療がうまくいかなくて死んでしまって、薬代や治療費が嵩んで奴隷落ちしたという事だ。妻は娘が死んだ事で心を壊してしまい。自ら命を絶ってしまったということだ。ダーリオも何もかもがイヤになって奴隷になる道を選んだという事だ。

「そうだよ。マスターはマスターなのだから!」

 ハンフダとハンネスとアンチェとヤンチェの兄弟姉妹だ。4つ子かと思ったが、年子の双子の兄妹だという事だ。
 生き残っている数少ない孤児院上がりの者たちだ。4人には、ティネケという弟が居て、ランドルが無理やり孤児院から連れ出したのだ。上の双子の兄妹は加護持ちだったために、兄妹を手駒に加えるための行為だった。
 その弟は、街の外に作られていた奴隷村に監禁状態になっていた。兄妹はホームの中を探したりしていたのだが見つける事ができなくて、ランドルに従っていた。

 ティネケを奴隷から解放して、4人も奴隷から解放したのだが、自分たちで冒険者をすればいいと言ったのだが、俺に従うと言ってホームに残る事を宣言した。
 そして、全員が俺の事をマスターと呼ぶ。

 ティネケは、加護はなかったのだが、頭の回転が早くて、商家には向いているようだ。ホームに残ると言っているので、セバスに預けようと思っている。

「だから、俺は、お前たちの主人では無いだろう?だから、マスターはおかしい!だろ?」
「それでは、ご主人様の方がいいですか?」
「くっ・・・わかった。マスターでいいから、ご主人様は止めてくれ」
「「「「かしこまりました。マイマスター!」」」」

 なんか、女性には勝てない。

 こんな感じで奴隷たちを次々に解放したり、継続して奴隷となる者が出たりと選別していった。

 犯罪奴隷を除いて、総勢349名。高校のときの1学年に匹敵する人数の奴隷が居た。それを、セバスとツアレがさばいていたのだ。少ない金銭で養っていたのかと思えば、かなり優秀な人材という事になる。
 ダーリオやハンフダ--双子の兄妹とティネケには、ディアスという名字を与える事にした--ディアス兄妹はダンジョンの攻略を続けると言ってくれた。

 これからが本番になる。
 残った者ための住まい作りは、ホームに残ってくれたドワーフたちが行ってくれる事になった。

 個室を望む者や複数での共有を望む者が居て少し面倒だったので、ドワーフにお願いして、個室の寮と二人部屋の寮と三人部屋の寮と四人部屋の寮を作る事にした。

 そんな話をしている時に、今日の本命が来た。

「兄ちゃん!」
「アル!ちょうどよかった」
「お客人。いや、マナベ様。本日からお世話になる」

 親父さんがうやうやしく頭を下げる。
 それと同時に、後ろに居た従業員も全員頭を下げる。

「親父さん、頭を上げてください」
「そういうわけにはいかない。マナベ様は、オーナーなのだからな」

 頭を上げながらニヤリと笑ってくれた。
 親父さんがやっていた宿屋の元オーナーはランドルに関わっていたようだ。店の没収までには至らなかったが、世間に情報が回ってしまって、首が回らなくなってしまったのだ。親父さんに渡していた宿屋を売却する事にしたようで、親父さんは、これ幸いと俺の話に乗ることにしたのだ、従業員も全員ホームで働いてくれる事になった。
 寮ができるまでは、ホームの中で従業員とセバスの部下たちでホームの清掃と改修を行ってくれる事になった。そして、残る事になった奴隷や元奴隷たちの世話をしてくれる事になった。宿に関しては、少し意見をいいたいので、待ってもらって、まずは食堂の機能を充実させる事になった。

 セバスから言われている給金に関しては、全面的にOKを出してある。
 それぞれの職制で上下するようにはなるが、生活できるだけの給金を出すようにだけはしてもらった。セバスから提示された給金の合計は、親父さんから払われていたレシピの利用料で半分位まかなえる計算になってしまった。

 孤児院が全員来て、噂を聞いて集まりだす孤児たち、外に居る奴隷たちを・・・。
 最大で考えると、少し足りない可能性があるな。何か、考える必要があると思うのだが、ホームを改造して宿屋・食堂・鍛冶屋・商店が揃えば、その売上でまかなえると考えている。

「オーナー。それでな」
「ん?あぁすまん」

 考え事をしてしまっていた。

「職人や商人はどうする?」
「ホームの中で店をやってもらおうかと思っていますけど邪魔ですか?」
「邪魔じゃないが?いいのか?」
「何が?」
「オーナーのホームだろう?宿やったり、商店を開いたりして問題じゃないのか?」
「ダメなの?」
「そういうわけじゃないのだが」

 セバスとツアレが丁度帰ってきたようだ。

「旦那様。孤児院の院長から、マナベ商会に合流する旨の返事をもらってきました」
「え?脅したりしていないよな?」
「もちろんです。私たちの行いを謝罪して、子供への見舞金を出すという話をしました所、”必要ない。ランドルがしたことで、マナベ様には責任はない”とおっしゃられて拒否されまして、旦那様が置いていかれた契約書の説明と旦那様の事を聞かれまして、私と妻が感じた事を素直にお話しただけです」
「そうか・・・。合流してくれるのだな」

「オーナー。マナベ様。孤児院も中に入れるのか?」
「あぁそのつもりだ。そうだ!今更だけど、親父さん。名前教えてくれよ。いつまでも親父さんじゃ困ってしまう」
「ハハハ。そうだな。俺は、ブルーノ・ヘルマンだ。よろしく、マナベ様!」

「ヘルマン殿。よろしく」
「止めてくれ、オーナーに殿と呼ばれたら、他の者から睨まれてしまう。ブルーノと呼んでほしい」
「わかった、ブルーノ。よろしく頼む」

 ホームの改造を行ってから、孤児院が合流してくる事にしてもらった、改造には人手が必要になるので、孤児院からも手伝いを出してもらう事になったら、満額ではないが手伝ってくれた子供には給金を出す事を書いたメモをアルに届けてもらう事にした。

「そうだ。セバス。このホームを宿屋に改築して、1階部分に宿の受付と食事処と鍛冶屋の受付と商店をいくつか作りたいけど問題か?」
「それは、ホームに属する者以外にも解放するのですか?」
「あぁそうだ。できれば、ギルドの支部とかもほしいけど、少しまとまってからだろうな。宿屋も大人数で泊まれる場所から、貴族向けの場所まで用意したい。食事処も同じだな。商店は、商会をいくつか誘致する一つはシュロート商会になると思う」
「よろしいのですか?」
「ブルーノにも言われたけど、問題があるのか?禁止されたりしているのか?」
「いえ、そういうわけではありません、ホームに属している者以外に開放してもよろしいのですか?」
「そうだな。ホームに属するメリットがないとか言われたら考えるけど、問題ないぞ?開放したら、冒険者が使ってくれるだろうし、ダンジョンに入るにもちょうどいい場所だろう?」
「はい。旦那様が問題ないとおっしゃるのなら問題はありません」
「それなら、任せていいよな?」
「はい。お任せください」
「商店は商家に任せるにして、宿や食事処は、周りに合わせてくれ。中に働いている者が困らない程度で考えてくれ」
「はい。かしこまりました」

 人材が揃った?あとは、ホームを改造したり、ホームを魔改造したり、ホームを好き勝手にいじったり、建物が立ってくれば、独立した場所(町?村?)となれるはずだ。
 立地の面では抜群だし広さも確保出来ている。

 金は大量にある。
 ランドルたちから巻き上げた物だけじゃなくて、使い切れないほどの使用料が毎月入ってきている。それを使って、一気にすすめてしまおう。どうせ持っていても使わないし、経済を回すにも丁度いいだろう。

「ダーリオ!居るのだろう?」
「ハハハ。ごまかせませんか・・。それで、マスター。何か御用ですか?」
「ダンジョンに入られるのは何人だ?」
「4パーティー20名です」
「少し休んでおけ、数日のうちに新しい指示を出す。それから、ポーター何人居る?」
「荷物運びですか?」
「あぁ専任は4人です」

「そうか・・・。パーティーは6人である必要でもあるのか?」
「階層主の部屋に入る事ができる最大人数です」
「階層主・・。あぁそうか、転移が出来たよな?転移のできる人数は?」
「6人じゃないのですか?」
「俺は、今までソロでやっていたから知らないぞ?」

「旦那様。ダーリオ殿。転移は、10名までいけます」
「セバス!本当か?」
「はい。間違いありません。私も何度か連れられてダンジョンに入っています」
「わかった。ありがとう」
「いえ」

「ダーリオ!」
「はい。編成を組み直します」
「頼む。それから、ポーターの安全には配慮して、一人のポーターに護衛を一人位のつもりで居てくれ」
「わかりました」
「あと、ダンジョンに潜る時には、アタックする階層をセバスかブルーノに申告するようにしてくれ」
「なんですか?」
「救援に行く時に必要だろう?何日で戻るなどの情報もわかるようにしてくれ、それでパーティーが増えてくたら、一つのパーティーは休養。一つのパーティーはホームで待機。一つのパーティーは準待機として連絡がつく所に居るようにしろ」
「はい。それで?」
「ホームのパーティーが予定どおりに帰ってこなかったりしたら救援に向かう。それと、ホーム以外のパーティーへの救援要請にはギルドからの依頼として受ける事にする」
「ハハハ。わかりました。それだと、形だけホームに属する連中が増えるかもしれませんよ」
「構わない。そうなったら、お前がホームのやり方を叩き込んでくれればいい。従わなければ、止めてもらえばいいだけだ」
「承ります」

「うん。それから、お前以上に訓練がうまいやつが居なければ、お前がダンジョンに潜る事は禁止にする。新人の引率はOKだが攻略はNGにする」
「え?」
「後進を育てろ。これから、誰一人として、ホームから死者を出すな」
「え?」
「できるよな?出来なくてもやってもらう。いいな」
「奴隷を使うのは」
「認めない。犯罪奴隷でもだ!お前の指示を守れずに勝手に突っ込んで死ぬのはしょうがないが、それ以外の死者を出すな!これは、俺からの命令だ!」

 うやうやしく頭を下げた。
 ダーリオだけではなく、その場に居る者が全員頭を下げた。

「マイマスター。承りました。私、ダーリオは、マスターのご意思に従い。一人の死者を出さない攻略方法を考えます」
「頼む。セバスもツアレもブルーノも、他の皆も協力してくれ」

『はっ!』

 結局、ゼバスをはじめ全ての奴隷を解放する事になった。
 本人たちは渋ったのだが、親父さん(ブルーノ)が笑いながら『執事が奴隷では、主人も信用できないな』と言った事が決め手となって、解放を受け入れてくれた。

 セバスとツアレの解放が決まって、それならば自分と同格のダーリオが奴隷では、今後入ってくる冒険者がご主人様の事を侮ると言って、ダーリオの解放が決まった。
 その後は早かった。全員の解放が決まって、処理を行った。

 孤児院も正式に、院長が訪ねてきて、これからよろしくお願いしますと言われた。
 働いていたスタッフの全員がホームに移ってくれる事になった。孤児たちを、引き連れてきてくれるようだ。一人も欠けることなく合流してくれる事になっている。

 そして、今・・・。
 俺の座るソファーの前で、眼帯をした片足の膝から下がない人物が座っている。後ろには、いかにもその筋の者ですという雰囲気の若い衆が直立不動で立っている。

「シンイチ・アル・マナベとか言ったな」

 おぉぉ怖い。怖い。

「そうですが、貴方は?」

 まっすぐに目を見て話す。
 この手の人は、こちらから手を出さなければ、自分たちからは手を出してこない。必ず、後ろに居る奴らに手を出させて、親が止める・・・。様式美を兼ね備えた、一連の流れになっている。
 命が安い世界でも、同じ動きなのが少し笑ってしまいそうになる。

「ここは、客に飲み物の一つも出さないのか?」
「え?客だったのですか?それは申し訳ない。いきなり、”マナベはいるか”と入ってきましたので、私は、イルカではないので”違う”と答えました。それだけです」

 後ろの奴らが怒鳴りだす。
 結局、怒鳴るだけになるのが解っているので、無視する。俺に手を出した時点で、この人達は終わる。

「ふぅ・・・。済まない。マナベ殿。儂は、スラムを仕切っている、ベルメルトだ」
「ベルメルト殿。申し訳ありません。私が、シンイチ・アル・マナベです。それで、本日のご用件は?あっ後ろの人もどうぞ、お座りください」

 タイミングを見計らっていたセバスとツアレが動いて、準備を整えてくれる。
 セバスが椅子を二脚持ってきてくれた。同時、ツアレとメイドになった者が珈琲を持ってきた。

「おっすまん」

 頭を下げられた。

「ベルメルト殿から謝罪を受けるような事は一切ありません。どうぞ、お顔をお上げください」
「そう・・・か」
「はい。それで、その為に来たのではないでしょ?後ろの二人も、もともと孤児院出身のようですし?」
「え?」「は?」

 怒鳴り方が演技にしか見えなかった。
 それに、飲み物を渡された時に、しっかりとメイドに頭を下げている。
 そんなチンピラは少ない。俺に怒鳴る時にも、足が少し震えていた。

「どこでわかった」
「魔法使いは、自分の手札を明かしませんよね?」
「そうだな。すまん。もう解っていると思うが、マナベ殿に聞きたい事が有ってきた」
「孤児院のことでしょうか?」

 少しだけ雰囲気が変わる。

「そうだ!どうするつもりだ。特に、孤児たちを!」

 本気で心配しているのがわかる怒り方だ。
 語気を強めて話しているところを見ると、ランドルと同レベルだと思われたのか?
 心外だな。

 セバスに目配せをする。

「旦那様。よろしいでしょうか?」
「あぁ」

 セバスとツアレをはじめとして全ての者が、マスターから”旦那様”と呼ぶことに決めたようだ。ダンジョンの中では、マスター呼びにすると言っていたが、多分言っている本人たちが守らない可能性が高い。
 旦那様呼びに関しても、やめさせる間もなく皆で決めました。よろしくお願いしますと言われてしまった。

 結局、セバスの説得が良かったのか、ホームに居た者で本当の犯罪奴隷以外の全員が残る事にしたようだ。
 給金が良かった事も有るのだが、ランドルとは違うと感じてくれたのなら嬉しい。

 そして、どこから仕入れたのかわからないが、エヴァの事も知っており、奥様にも一度お会いしたいといい出す始末だ。
 エヴァを連れてくる事はないと思いたいのだが、クリスたちがやってきて俺のホームを見たと言えば、間違いなくエヴァは来たがるだろう。ああ見えて嫉妬深いのだ。自分が知らない”俺”があるのが許せないと言っていた。

 ベルメルトは、セバスが渡した書類を眺めてから、後ろの二人に渡した。読めという事だろう。
 3つの孤児院ともに、簡単な計算と読み書きができるようにはしてくれている。

「え?」

 左に座っている青年が声を上げる。
 そして、俺を見る。

 右側に座る青年も内容を確認して絶句している。

「お前たち、どう思う?」
「ベルメルト様」「あ・・・」

「ふぅ・・・。マナベ殿。いや、マナベ様。この書類のサインは院長で間違いない。俺も、何度か書類を交わしていて認識している。しかし、この内容は・・・」

 ベルメルトが何かを考えている。
 自分の中で整理ができていないのだろう。

「旦那様」
「セバス。どうした?」
「旦那様。私が、ベルメルト様に説明してよろしいですか?」
「あぁ頼む」

 3つの孤児院で交わされた契約の説明を、セバスがしてくれている。
 本当に、セバスが優秀で良かった。全部を任せる事ができそうだ。ランドルのバカは、こんな優秀な人間をワトの管理にだけ使っていたのか?

 紐付きの貴族の対応もしていたのだろう。セバスに確認すれば裏がわかるかもしれない。ユリウスが来たら一緒に話を聞けばいいかな?
 そうなると、俺の正体が解ってしまうかもしれないけど、今更だろうな。ホームの上層部には知らせておいたほうがいいかもしれないな。

 契約の事だけをしっかり説明している。
 3つの孤児院への説明を行った事の経緯を含めて話をしてくれている。

 ベルメルト達は、黙って話を聞いてくれている。

 一通りの説明が終わって、セバスが俺を見た。

 説明が終わった事がわかったのだろう。少しだけ時間を開けてから、ベルメルトが俺を見た。

「マナベ様。確認したい事があるがいいか?」
「なんでしょうか?」
「孤児や院長たちの待遇はわかった。かなり良くなるだろう。もしかしたら、下のランクでウダウダしている冒険者よりもいい生活ができるかもしれない」
「えぇそうでしょう」
「この二人も、これなら安心できる。安心できるが、マナベ様。貴方の目的はなんですか?豚野郎(ランドル)のようにダンジョン攻略の為に使うのですか?」
「使わない。そもそも、孤児たちに俺が命令してダンジョンに入らせる事はしない。それに、ホームに属した限りは、ダーリオの訓練を受けて許可が出た者だけしか潜らせない」
「え?ダーリオ?鉄壁の?」
「はい。ダーリオが訓練を行います。そして、ダーリオやホームの上層部が決めた階層以上は不許可とします。今、ルール作りをしていますが、概ねそんな感じです」
「それでは、余計にわかりません。なぜ、孤児院にこれだけの事をするのですか?貴方にメリットは無いですよね?」

 ツアレが持ってきてくれた、紅茶を口に含む。

「ありますよ」
「教えていただけますか?」
「条件があります」
「何でしょうか?」
「私の話を聞いて納得したら、スラム街に居る孤児を本人の意思は尊重しますが、ホームに組み込ませてください」
「・・・」
「条件は、先程のセバスの説明にあった通りで構いません。そして、スラムの住民にホームに来てくれる人を斡旋してください」
「それほど、人が必要になるのですか?」
「そうです。必要になります」
「いいでしょう。私が納得したら、マナベ様のご希望に添えるようにします」
「ありがとうございます」

 大きく息を吸い込んだ。

「私は、別に孤児たちを”どうしよう”とか考えていません。もっと言うと、孤児たちはおまけのようなものです」
「おい」「は?」「なんで?」

 3人が意味がわからないというような顔をする。
 片手を上げてそれを制してから話の続きをする。

「そう思うのは当然です。でも、孤児はまだ子供です。子供に何かを求める事はしません。まずは、勉強して遊んで寝て・・・。そして、自分の道を見つけるようにして欲しいだけです。だから、俺は孤児に何も求めません。ホームの仕事を手伝ってくれということはありますが、ギルドに依頼を出すほどでもないし、大人がやるほど切羽詰まっていないような事です。お手伝いをして、こんな仕事があると考えて欲しいだけです」
「ふむ」
「だから、孤児に何かを求める事はありません。私が欲しいのは、そんな孤児を育ててきた院長やスタッフです」
「は?」
「そのうち、学校をホーム内に作りたいのです。そのための、スタッフを囲うために孤児院をホームに組み込んだ」
「え?だから、そんな事をして、マナベ様にはメリットがないよな?」

 ベルメルトの眼帯をしていない目が大きく開かれて俺を見つめる。目線だけで人が殺せるのではないかと思えるくらい鋭い眼光だ。

「え?ありますよ。ベルメルト殿。宿屋をしたり、商店をしたり、食堂を営業したりする時に一番困るのはなんですか?」
「そんな物。まずは資金だな」
「それは、(ランドル)どもから徴収した物があります」
「そう言えば、そうだったな。それなら、場所だな」
「ホームがあります。ダンジョンの入り口が近くて、街の中心にも近い。代官の屋敷は少し遠いのですがそれは商売をやるのにはマイナスにはならないでしょう」
「・・・。ホームで商売をするのか?」
「はい。ダーリオにも、セバスにも、ブルーノにも、少し変な表情をされたけど、問題なければこんな立地で商売しない手はない?」
「ハハハ。そうだな。ここなら商人がこぞって店を出したがるだろうな」
「そうでしょうね。だから、最初は、シュロート商会に店を出させようと思っていますよ」
「は?シュロート商会?王都にある。あのシュロートか?」
「どのシュロートかわかりませんが、シュロート商会が沢山あるとは思えないので、そのシュロート商会です」
「貴方は?一体・・・」
「私は、シンイチ・アル・マナベ。普通の冒険者ですよ」
「・・・」
「ワトは有る。場所も有る。手助けしてくれそうな商会もある。そうなると、残るは従業員ですよね?」
「そうだな」
「ここで問題が発生しました」
「何が問題だ?」
「人が居ないのです」
「人?居るだろう?」
「いえ、足りないのです」
「足りない?」
「はい。今は、あのクズ(ランドル)は金儲けとダンジョン攻略という名誉を目指していたようですが、これからは違います。ホームで足場を固めて、皆で安全に攻略する事を考えます」
「?」
「そうなると、足場を固める為には、ホームを拡張する必要が出てきます。それには、優秀な人材が必要です。例えば、主筋の者でも、理不尽な事を言ってきた時に、それに従わないで、黙って子供を逃がすような人とか、バレないように自分たちで働いた分をワトではなく食料でもらってきたり、従業員間で情報をやり取りしたり、第三者を装った外部に信頼できる人物を配置したり、そんな事ができる人材が必要なのです。もっと言うと、無頼漢を装っているけど子供が好きで面倒見が良くて顔役になっているような人も、私のホームには必要なのですよ。綺麗事だけじゃ組織はまとまりませんからね」
「・・・」「なっ」「なんで?」

「これが、私が孤児院を求めた理由です。十分なメリットになると思いませんか?」

 皆が唖然としているのでもう一つの理由を付け足しておく。

「私は力が欲しいのです。勝てない。敵わない。そう思える相手が居ます。その者を、私の手で・・・。そのためにもダンジョンはいい環境なのです。ダンジョンで鍛える為にも、ホームが充実していく必要があるのです」

 (クラーラ)を見つけて殺す。
 ただそれだけの事がこんなにも遠くて、そして重たくなるとは思っていなかった。

 今回の模擬戦でもわかった。
 俺には、圧倒的に経験が足りない。

「・・・」
「それでどうでしょう?」

「マナベ様。お聞きしたい事が増えました」
「なんでしょうか?」

 ベルメルトは、俺の顔を覗き込むようにしている。
 孤児院出身の二人は何が行われるのかわからないようだ。

「マナベ様は、お一人で、あのクズ(ランドル)たちを無力化しました」
「そうですね」
「見ていた者からは、かなり余力を残していたと聞いています」
「ギリギリだったとはいいませんが、余裕はありませんでしたよ?あれは、ランドルが愚かな采配をしたのと、テオフィラやアレミルが俺の・・・。私の財産を狙っていて、くだらない方法での勝負になったから勝てたような物です」
「そうなのですか?」
「えぇそうです。俺なら、最大戦力をぶつけます。ダーリオとハンフダたちですね。その周りを盾持ちで塞ぎます。あとできれば、場所に細工くらいはしますね」
「・・・」
「勝たなければ全部失うのですよ?最低でそのくらいだと思っていたたら・・・」

 ベルメルトと孤児院出身の二人が微妙な表情をしている。

「わかりました。それで、マナベ様。もし、もしですよ。私たちが協力しますと言ったら、何を対価に、何を求めますか?」
「まずは、孤児を雇いたい」
「それはわかります。条件は孤児院と同じで構わないのでしたよね?」
「いえ、ホームに属さないのでしたら、割増します。属せない理由が有るのでしょう。その分を賃金として還元します」
「え?」
「そうでしょ?だって、ホームでは食事と寝床を提供しているのに、外部から来てもらっているのに、同等の条件では釣り合わないでしょ?」
「そうだが・・・。孤児に関しては、こっちにもメリットがある。承諾しよう。それだけか?」
「いや、これからが本当の頼み事になる」

 セバスを見ると、部屋の中に居たメイドを連れて部屋から出ていった。

「!?」
「これからのお願いは他言しないようにお願いします。話を聞いてから断るのは構いませんが、誰かに話さないでいただきたい」
「わかった。お前たちもいいよな?」

 3人が了承してくれたので、本当にやってもらいたい事を話した。

「マナベ様。本気ですか?」
「あぁ頼めないか?」
「わかりました。おい。まだ孤児院出身の奴が居るよな?」

 ベルメルトは二人を見ていくつかの指示を飛ばす。
 顔役だけあって、話しが早い。

「報酬は?」
「マナベ様は、どのくらい用意できますか?」

 試されているのがわかるが、嫌な気分ではない。
 大手SIerの仕事をするときの値踏みするような目線ではない。彼らは、命を天秤に乗せている。その対価を聞いてきているのだ。高すぎるのは論外。安すぎるのもダメ。適正価格を感じなければならない。

 テーブルの上に置いた指が自然とキーボードを叩くような動きになってしまう。

「月に、白金貨一枚をベルメルトにわたす。その中からやりくりして欲しい。まずは、一年間頼む」

 白金貨15枚を用意して、ベルメルトの前に出す。

「マナベ様。15枚ありますが?」
「優秀な奴なら、今やっている仕事が有るだろう?それの解除に必要だろう?それに、俺の頼み事を遂行するためには準備が必要になるだろう。そのための資金だ」
「マナベ様。わかりました。お受けいたします」
「ありがとう。詳細は、おいおい決めていきましょう。手付ですので、それはそのまま持って帰ってください」

 俺が差し出した手をベルメルトは握ってくれた。
 それから、小さく”ありがとう”とだけ言ってくれたのが印象に残っている。

 それから、ニヤリと口の端を歪めるような表情をしてから、うやうやしく頭を下げてから部屋を出ていった。

「ガゼット。それは本当か?」
「ベルメルト様。本当です。俺たちの孤児院が潰されるようです」
「誰だ!」

 ベルメルトに話をしたのは、ガゼットと呼ばれた青年だ。
 青年と言っても、数年前に成人したばかりで、まだ一人前だとは認められていない。

「ガゼット!もう少し正確に伝えなよ。ベルメルト様。潰されるのは間違いないようですが、ホームに吸収されるようです」
「??」
「模擬戦の話は聞きましたか?」
「あぁランドルのバカとテオフィラとアレミルが犯罪奴隷になって、ランドルのホームをなんとかという餓鬼が引き継いだのだろう?」
「えぇそうです。その餓鬼・・・。シンイチ・アル・マナベというらしいのですが、彼がホームに孤児院を組み込みたいと言っているようです」
「どういう事だ?」

 ガゼットと一緒に居た同じ年齢のノビットが簡単に説明する。

「よくわからないな。そいつにメリットがあるのか?」
「俺もそれがわからなくて、孤児院で知り合いに聞いたのだが・・・」
「どうだった?」
「余計にわからなくなった」
「どういう事だ?」

 ノビットは、孤児院に残っている弟分を呼び出して話を聞いた時の事を、ベルメルトに説明した。

---
 ノビットは、孤児院が潰されると思って、弟分を呼び出したのだ。そこで、話を聞こうとした。弟分も、成人したらスラム街に来て、冒険者のマネごとをやるつもりで居たので、ノビットと話をするのは歓迎の様子だった。

 しかし、ノビットは話を聞くために呼び出したあたりからおかしな状況に気がついた。

「おい。キレイな服を着ているな。どこかで盗んだのか?」
「兄貴。俺たちは・・・盗みなんてしない!」

 ノビットは弟分から睨まれて、確かに盗みなんて教えられていないだろうし、院長が許すわけがない。自分の間違いで、弟分を傷つけた事が解って素直に謝罪の言葉を口にする。

「悪い。悪い。でも、本当にキレイだな」
「うん!アルが連れてきた冒険者がワトをくれたらしい。それで院長が全員の服と靴を買ってくれた!」
「は?全員?本当に、全員なのか?」
「うん。それも、靴は一足だけど、服は3着も!3着だぞ!上下揃って!」
「はぁ?なんでだ?どういう事だ?」

 ノビットが驚くのも無理は無い。
 服は高いのだ。孤児が着るような服は、布をつなぎ合わせた服や、元服だった物をスタッフが手直しした服に見える代物だ。
 しかし、弟分が着ているのはどう見てもそのようなレベルの服ではない。貴族とは言わないが、商人の下で働いている者が着るようなキレイな服だ。

 それだけではない。

「お前。服だけじゃなくて、身体も綺麗にしたのか?」
「え?あ!うん!院長が、その冒険者の所に行く時に、汚れていると失礼だからって全員で風呂屋に行ってきなさいと言って、ワトをくれた!」
「は?風呂屋?」
「うん!それで、お小遣いまでくれた!」

 ノビットがまた驚愕した。
 風呂屋は、冒険者が多い街で値段も抑えられている。しかし、孤児が使えるほど安くない。

「それで、その冒険者は?」
「院長と何か話をして帰っていったよ。それから、毎日お肉が食べられるし、柔らかいパンも食べられる!」

 ノビットは、どんな表情をしていいのか迷っている。
 孤児院に寄進する貴族も居る。しかし、ウーレンフートでは寄進する貴族は居ない。それを、一人の冒険者が服を買い与えて、靴を与えて、風呂まで入らせている。肉が食べられる食事になると、自分たちよりもいい食事をしていると思えてしまうのだ。しかし、一つだけ勘違いをしていた、アルノルトが院長に”孤児”のために渡したワトではそこまでの事ができない。しかし、スタッフの賃金として渡した物を使って、院長たちは子度にも風呂に行かせた。小遣いをもたせた。孤児に、自分たちが救われたのだと認識して欲しかったのだ。

「そうか・・・。それで、その冒険者の名前は聞いたのか?」
「うん!兄貴。この前、ランドルの野郎と模擬戦やった冒険者知っている?」
「あぁ俺も見に行った」
「そこで戦った冒険者だよ。院長は、マナベ様と呼んでいたよ!」

---

 ノビットは、ベルメルトに弟分から聞いた話を嘘偽りなく伝えた。
 ベルメルトは、この時点でシンイチ・アル・マナベという冒険者の事は知っていたが、王都で冒険者に登録を行った以外の情報が出てこない事を不審に思っていた。商業ギルドにも同名の登録があり、かなりの蓄えがある事も調べている。自分が調べて情報が出てこない冒険者が居るとは思えなかったのだ。

「ノビット。ランドルのホームに行くぞ」
「え?」
「そのマナベとかいう冒険者に会いに行く」
「は?」
「なんだ?」
「いえ、ベルメルト様だけですか?」
「そんな事あるか。ノビット。ガゼット。お前たちも一緒だ」
「はい」「わかりました」

 明らかに二人は動揺した。
 正直に言えば行きたくない。ランドルを倒した時の様子を見ていたからだ。
 それでも、スラム街の顔役で自分たちが世話になっているベルメルトから言われたら”はい”しか選択肢がないのも事実だ。

 片足になってしまっている、ベルメルトは、義足をつけて歩き出す。慌てて、二人も後ろについていく。
 ホームの場所は解っているので、歩いている最中にベルメルとは二人に話をする。

 アルノルトを怒らせて本心を聞き出すか、いつものように脅すような感じで本性を暴くという作戦だ。

「でも、ベルメルト様。奴は一人でランドルたちを倒したのですよ?」
「だから?なんだ!」
「いえ。大丈夫です!」

 二人は大丈夫だといいながらも手足が震えている。
 模擬戦を見てしまった二人は、アルノルトがランドルの腕を切り落とすところが脳裏から離れないでいた。それだけでも恐怖なのだが、今日はベルメルトからの指示も出ている。二人はお互いの顔を見て殺されないように頑張ろうと心に決めた。

 ベルメルトは、何度か来ているホームの入り口を乱暴に開けて、近くに居た若い男に

「おい。マナベという奴はいるか?」
「え?違います。それでは」

「あっ!」「え?」

 ベルメルトが手を伸ばすが、若い男は身体を捻ってそれを躱して、奥に入っていってしまった。

「ベルメルト様。奴が、シンイチ・アル・マナベです」
「なに?」
「本当です。俺も、ガゼットも模擬戦を見ていますから間違いありません!」
「あいつ・・・巫山戯やがって!行くぞ!」

 奥に入ろうとした所が、目の前をダーリオに止められてしまった。

「なにをする!」
「ベルモルト殿。ここは、マナベ様のホームです。それが解って押し入ろうとしているのですか?」
「ダーリオ・・・。お前・・・」
「なんでしょうか?今まで、世話になった事は認めますが、それでもマナベ様を害すると言うのなら、俺は、いや、俺たちは全力であなた達の相手をします」
「な!?」「え?」「・・・」

 ベルメルトたちは、ダーリオが自分たちを止めたのも驚いたが、それ以上にダーリオだけではなくホームに居るメンバーが、『マナベ様の為なら』という感情を自分たちに向けているのに驚愕した。

 アルノルトと一緒に奥に入っていった、セバスが表に出てきた。

「ダーリオ殿。旦那様が通せとおっしゃっています」
「わかった。大丈夫なのだな?」
「そうおっしゃっています」
「わかった。ベルメルト殿。奥でマナベ様がお待ちです。どうぞお通りください」

 ダーリオは立ちふさがった状態から、身体をずらして、3人を通す。
 3人はセバスの案内で奥の部屋に向かう。

 3人は不思議に思っていた。
 何度かこのホームには足を踏み入れていた。しかし、全く違う場所に来ている印象を持った。

「ガゼット」
「はい」
「本当に、ここはランドルのホームか?」
「・・・」
「お前も不思議に思っているようだな」

 歩きながら話しているのだが、確かに建物は間違いなくランドルが使っていたホームだ。覚えている。しかし、雰囲気が違いすぎる。
 怒鳴り声が聞こえてくるが、前のような陰湿な感じがしない。笑い声も聞こえてくる。そして、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえている。こんな事は今まで一度もなかった。

 3人は、ホームが変わったのだと認識を改める必要を感じていた。それも、いい方向に変わっているのを感じている。

「ベルメルト殿。少し、ここでお待ち下さい」

 3人は、応接室と思われる場所に通された。

 少し経ってから、セバスが部屋に入ってきた。一人の青年を連れている。
 その青年が、3人の前に座る。

 3人の前に座る青年は自分がシンイチ・アル・マナベだと名乗った。
 それから、孤児院の話やホームの事を質問した。ある程度納得した。

 アルノルトからの話しはまだ終わっていなかった。
 これかが本番だと思わせる発言をした。

「いや、これからが本当の頼み事になる」

 3人は、なんの事かわからずに居ると、アルノルトの後ろに立っていたセバスが部屋に居たメイドやメイド見習いを連れて、応接室から出ていった。

「!?」
「これからのお願いは他言しないようにお願いします。話を聞いてから断るのは構いませんが、誰かに話さないでいただきたい」
「わかった。お前たちもいいよな?」

 ベルメルトは、二人に対して他に話をしない事を求めた。
 二人がうなずいたのを見てから、アルノルトが話を切り出す。

 ベルメルトは、最初何を言われたのかわからなかった。
 ホームの中に潜り込んで、スパイをして欲しいという事だ。だったら、奴隷を解放しなければいい。裏切られない状況に置いておくほうが楽なのは間違いない。しかし、目の前に座っている青年は、ベルメルトとは違う考えを持っていたようだ。

 アルノルトが求めたのは、ホーム内での情報収集だ。

 外部に繋がりがあり、情報や物品を流しているような者を教えてほしいという事だ。
 それだけではなく、情報や物品の流れ先を探ってほしいという事だ。それが貴族でも構わないという事だ。

 そして、もし本人の意思と違って、脅されたり、身内や友達を人質に取られたり、本人の意思によらない場合は、素性を探って報告しろという事だ。ベルメルトが理由を聞くと、アルノルトは一言『潰す為だ』といい切った。貴族でも関係なく潰すと宣言した。
 アルノルトとしては、妹と従者と父と母に繋がる糸になるかもしれない。

「マナベ様。本気ですか?」

 身内を疑いながら、身内を守る。
 そんな頼み事を、外部の人間にしているのだ。正気を疑われても仕方がない。

「あぁ頼めないか?」

 アルノルトは、ベルメルトを真っ直ぐに見てから答えた。

「わかりました。おい。まだ孤児院出身の奴が居るよな?」

 ベルメルトはアルノルトと報酬の話をしてから、ホームを出た。

(ふぅ・・・)
「どうしました?」
「なんでもない。なんでもないが・・・」

 ベルメルトは、今自分が居た場所を見つめる。

 怖かった。自分の正面に座った若造が・・・。
 羨ましかった。ホームの中から聞こえる笑い声や怒鳴り声が・・・。
 眩しかった。ダーリオやセバスの誇らしげな顔が・・・。

 恐ろしかった。解放して、自分に心酔している人間さえも信用していない考え方が・・・。

 ベルメルトは、もう一度ホームを見た。

 そして、二人に、全員を集めておくように指示を出した。

「ベルメルト殿」

 走り去った二人を見ていたら、後ろから声をかけられた。

「マナベ様!」
「そんなに驚かないでください。少し話をしたいと思っただけです」
「まだなにか?」
「そうですね・・・。少し歩きませんか?」

 アルノルトは、それだけ言って歩き出す。
 ベルメルトは、アルノルトの背中を見ながらついて歩いた。ホームの建物を回って空けた場所にたどり着いた。周りには誰も居ない。ベルメルトは少しだけ見紛えるが、アルノルトはそんな事は気にならないとでもいいたいのだろうか、語りだした。

「ベルメルト殿。この町からスラムを無くす事はできますか?せっかく、ダンジョンがあるのに有効利用されていないと思いませんか?」
「おっしゃっている意味がわかりません」
「わかりませんか?」
「はい。何を為さりたいのですか?」
「ベルメルト殿。私は、奴隷制度が嫌いなのですよ。確かに、犯罪者を取り締まって使い潰すにはいい方法だとは思います。それ以外の奴隷は廃止すべきだと思っているのですよ」
「え?」
「だって、誰でも首輪をして生活したいとは思いませんよね?」
「・・・」
「ベルメルト殿。スラムを無くす為には何が必要ですか?この街は、人頭税もない。収めるべき税金が他の街よりは少ない。それではなぜスラムが存在して奴隷になる者が産まれるのですか?」
「マナベ様?」
「簡単な事ですよね。それを望んでいる人たちが居るからです」
「私たちの事を言っていますか?」
「いえ、貴方ではありません。だって、貴方は、前ライムバッハ辺境伯の紐付きですよね?正確には、執事筋かもしれませんが?」
「なっ!」

「その反応では、私の考えが有っていると言っているような物ですよ」

 アルノルトの笑い声を含んだ言葉を聞いて、ベルメルトは背中を流れる汗を認識した。
 自分が緊張している事を再確認した。誰にも言っていない事だが、アルノルトの想像通り、ベルメルトの主筋はライムバッハ家で間違っていない。ただ、情報を流したりはしていない。他の貴族の横槍を防ぐのが主なミッションになっていた。そのために、ランドルに孤児が渡らないようにギリギリの駆け引きをしていたのだ。

「まぁ貴方の素性は問題ではなくて、そうですね。ベルメルト殿」

 前を向いて話していた、アルノルトが急に振り返って、ベルメルトを正面から見る。

「ベルメルト殿。スラムを潰すのに必要なのは?ワトですか?権力ですか?暴力ですか?」
「全て必要です」
「ありがとうございます。参考にします」

 アルノルトは、それだけ聞いて、ベルメルトに頭を下げてから、この場を離れた。

 ベルメルトも今まで死を意識した事がある。それこそ、一度や二度ではない。しかし、自分の目を見て歩いて去って行った青年からは何も感じる事ができない。強さでは、ベルメルトが100人居ても勝てないだろう。権力はわからない。財力もわからない。わからない事がこれほど怖いと思った事はない。そして、恐怖を感じない事が、恐怖に繋がる事を認識してしまった。

 残された、ベルメルトはアルノルトが歩いていった方向を見る事ができなかった。振り返ったら、自分が後悔するような気がしてしょうがなかった。
 確かに、歩いていったのだが、まだ自分がアルノルトの影響下に居るのではないかと錯覚していて、背中を流れる汗を止められないでいた。

 動く事ができたのは、10分位経ってからだった。

 ユリウスとクリスとおまけでギルが、正式に査察官としてウーレンフートを訪れることが決まったようだ。
 当初は数日後と言われていたのだが、ライムバッハ領都での作業が残っていたらしく、約1ヶ月後に延期されることになった。

 問題が解決に向かった事や、”シンイチ・アル・マナベ”がホームを得て状況を変えていると報告したことが大きいようだ。”マナベ商会”のことを彼らは知っているので、アルノルトが絡んでいると判断して、急いでくる必要がなくなったと考えたのだろう。

 査察官から冒険者マナベにありがたいお手紙が届いた。
 いろいろ書いてあったのだ、簡単にまとめると”逃げるな”だけだ。

 ”逃げるな”も何も・・・。どう考えても逃げられるような状況ではない。
 ここでホームを放り出してダンジョンの探索や奴らの捜索を開始したら、ユリアンネやカウラやラウラだけではなく父にも母にも怒られてしまうだろう。それでなくても、ライムバッハ家が行った施策の穴を突かれた形になっているのだ、ゴミ掃除をして立て直すのは俺の役目だろう。

「マスター!」
「どうした?ダーリオ?」

「マスター。職人たちがマスターを探しておりました。建物のことでお聞きしたいことがあるということです」
「わかった。そうだ、演習場の場所は決めたか?」

 俺は、ダーリオたちに訓練する場所を作るように指示を出した。
 現状のホームには訓練を行える場所がなかった。

「そのことですが、マスター。街の外にある場所を使うことはできませんか?」
「職人村にしようとした場所か?」
「はい」

 うーん。あの村を維持するかも決まっていないからな。
 職人たちを集めようとは思っていたけど、ホームの中やウーレンフートの中での仕事が多いのも事実だ。

「どうするのがいいのか皆でアイディアを出してくれ、外の村を使うのは問題ない」
「わかりました。セバスを交えて考えます」
「頼む。あっ生産職を2つに分けるか?」
「2つに分ける?」
「職人も、武器や防具の職人とそれ以外に分けて、武器や防具は外の村に居住してもらって、街の中には建築や日用品の職人にすれば棲み分けもできるだろう。どうせ、俺たちのホームだし行き来も自由にできるし、問題は少ないだろう?」
「わかりました。話し合いには、職人の頭たちを含めて行います」
「頼む」

 ダーリオもなにか憑物が落ちたような表情をしている。

 周りを見れば、建物ができ始めている。職人(ドワーフ)たちは優秀だな。
 プレキャスト工法のような工法を提案したのだが、もう自分の物にしてしまっている。広い空き地にどんどん建っている。

 人もかなり増えた。
 孤児院を最初に建築したのだが、スラム街に居た子供を合流させたことや、街の外壁近くにできていた難民キャンプにいた者たちを招き入れたことで急激に増えた。子供の数は、今では200名に届こうとしていた。スラムに居住していなかったが、街中でストリートチルドレンになっていた者たちも、孤児院に居た子供たちが探し出して保護してくる。
 子供が増えたことで、孤児院の設計思想を大幅に見直した。この時に、プレキャスト工法の説明を行った。コンクリートはなかったが、魔法がある世界だ。意外と似た素材が作れてしまった。鉄筋部分も素材があるので、なんとかなってしまったのだ。

 孤児院は、俺の感覚では”寮”のようになった。
 大部屋と4人部屋と個室が作られることになった。個室は、卒院(成人)が近い者が入ることに決まった。部屋数は十分あると思ったのだが、作り足すことになってしまった。

 孤児院のほかにもホームの空き地には宿屋と食堂を作った。公衆浴場も作った。水風呂とサウナと普通の風呂だ。風呂文化はすでに存在しているのだが、サウナが一般的だ。庶民は、風呂に入るようなことがない。そのために最初は戸惑いのほうが大きかったのだが、職人(ドワーフ)たちが使い始めてから、ホームのメンバーが使って、肌が綺麗になったり、髪の毛が綺麗になったり、疲れが取れたと宣伝したことから、ホーム以外からも風呂に入りに来るようになった。料金は安めに設定して食堂や宿を使ってもらうように誘導する事にした。

 もともとあったホームは完全に宿屋に侵略された。浴場を隣接させたことで、行商人やフリーで活動していた冒険者が泊まるようになったのだ。
 最初は、ホームの半分くらいで十分だと思っていたのだが、部屋が足りなくなって、結局ホームの全部を宿屋で使うことにした。従業員用の建物は、孤児院と同じように立てることにした。独り者には個室を用意した。セバスとダーリオがまとめた資料から、部屋数を算出する。足りなくなっても困るので、現在の倍の数を用意することにした。
 これが従業員(元奴隷)から喜ばれた。ランドルたちは個室なんて用意していなかった。雑魚寝できればいいほうだったのだ。劇的な改善と言ってもいいだろう。

 食堂もホーム以外にも開放することにした。ヘルマンの料理を楽しみにしていた冒険者が居ることから、ホームで独占はしないほうがいいだろうというセバスからの進言があったからだ。

「ヘルマン!」
「おっどうした?」
「問題がないか確認をしている。何か問題はあるか?」
「問題か・・・」

 ヘルマンにはなにか問題が有るようだ。

「どうした。言ってくれ、できる限り改善する」
「あぁ・・・問題ってわけじゃないのだが、人手が欲しい」
「人手?」
「商売は問題ない。厨房も問題があれば職人がすぐに直してくれる」
「あぁ」
「客席の数や配膳も、指示された方法で改善した」

 ヘルマンには、セルフ式を教えた。アルが厨房の手伝いではなく、ホームの手伝いがしたいといい出したので許可している。
 朝と昼は、セルフ式で回すことにして、夜は食堂を閉めて作り置きした物を取り分ける方法で酒精を主に取り扱う店にした。ホームでの食事は、内部向けに用意する事にしたのだ。それで厨房の手が足りなくなることはなくなったと思っていた。

「あぁ」
「宿の方が足りない」
「そうか、宿も本格稼働を始めたのだったな」
「思った以上の客足で首が回らない」
「人手か・・・何が足りない?」
「部屋の清掃や案内だな。雑務だな」
「そうか、子供でもよければ、孤児院に聞いてくれ」
「いいのか?」
「あぁしっかり要望を聞いてくれよ。それだけ守ってくれれば問題ない」
「わかった。雑務が回りだせば、問題はないと思うぞ」
「よかった。孤児院には話を通しておく」

 孤児院には、ホームの中の仕事を手伝ってくれたら賃金を出すと言ってある。
 そこで子供たちが自分で仕事を選べるようになれば嬉しいし、そうじゃなかったとしても経験は無駄にはならないだろう。

 ホームには建物が増えたし、人も増えた。出入りする業者の選定をし直した。ほぼ一新したと言ってもいいだろう。袖の下を要求した奴らは全部切った。貴族の紐付きになりそうな商隊との取引は表面上だけにして縮小するようにした。

 それでも、ホームはホームとして存在していた。
 そんな中で、一番変わったのは外の村に繋がっている地下通路かもしれない。
 職人たちにお願いしてレールを敷いてもらった。ほぼ直線だったために、歪みも気にする必要がなかった。
 手押しトロッコの説明をして、作ってもらった。荷物を運んだり、人を運んだり、通路を使うのにも便利になるだろうと考えた。職人たちも今まで、外に売るための武器ばかりを作っていたのだが、実際に使う人の顔が見えて便利になっていく物を作るのは嬉しいようだ。

 ベルメルトに依頼していたことも順次報告が上がってくる。依頼してから数日後には第一報が届けられた。

 第一報から10日後に、ベルメルトが訪ねてきた。

「マナベ様」
「報告は読んでいる。やはり、かなり危ない状態だったようだな」
「そうなります」
「それで?」
「?」

「俺の顔を見るためだけに来たわけじゃないのだろう?」
「どうですかね?」
「資金が足りなくなったらセバスに言ってくれ、多分用意できると思う」

 ホームの改築にかなり使ったが、まだまだ十分な資金が残されている。
 賭けで勝った分も有るのだが、商業ギルドにあずけているマナベ商会の資産をホームで使うことにしたのだ。
 マナベ商会の預金をホームに移動させた。これから振り込まれる分を含めてすべてホームの資産になるように手配した。セバスとヘルマンとダーリオに権限を渡した。俺の感覚では”あぶく銭”なので使ってしまっても構わないと思っている。

「違います。これを・・・」

 ベルメルトが一枚の羊皮紙を取り出した。

 受け取って内容を確認する。
 ベルメルトからの提案が書かれていた。

 簡単に言えば、スラム街の取り込みだ。他の街や都市のスラム街との渡りをつけて、諜報活動を行うということだ。
 全部の街や都市で可能ではないと書かれている。スラム街でも顔役が居ない場合などもあり、そのような場所では組織をまとめることから始めなければならないということだ。まとまった資金が必要になるようだが確かに有効な手だ。俺が欲しい情報を集めやすくなるかもしれない。

「いくつか条件がある」
「伺います」
「ベルメルト。お前がこの組織をまとめろ。スラムの顔役は引退してもらう。ホームの取りまとめの一人になってもらうことだ」
「は?儂が・・・。ですか?」
「そうだ。ベルメルト、お前が裏の組織をホームに入って動かせ」
「マナベ様。ホームの取りまとめは、儂が一人で行うわけじゃないのでしょう?」
「あぁ。食堂と宿屋は、ヘルマン。冒険者の取りまとめは、ダーリオ。それ以外をセバスがやっている。お前には、表向きにはセバスがやっている部分の外向きの事を頼みたい」
「外向きとは?」
「どうせ暫くしたら”タカリ”や”強請り”が来るだろう。そういう輩の相手を頼む」
「ははは。儂向きの仕事ですな」
「あぁ商人の相手は、セバスができるだろうが、二人で担当してもらう事になるだろう」
「わかりました。これは、1つめの条件ですよね?」
「あぁ諜報活動は、行おうと思っていた。内部の調査もだが、外部向けには、ライムバッハ家と敵対している貴族家を優先的に頼む」
「かしこまりました。他には?」
「そうだな・・・。お前、娼館には顔が利くか?」
「そりゃぁそれなりに・・・」
「ホーム内に作るつもりは無いが、外の村になら作ってもいいだろう。頼めるか?」
「よろしいのですか?」
「外の村は、冒険者の訓練施設にするつもりだからな。飲み屋や娼館を周りに配置すれば、隔離もできるから丁度いいだろう」
「承ります。儂はすぐに動けないので、代理の者にやらせますがよろしいですか?」
「問題ない。あぁライムバッハ家から査察が来るから、それが終わってから動いてくれ、下準備は進めていいからな」
「わかりました」

 ベルメルトは、全ての条件を飲んだ。
 当初からそのつもりだったようだ。

 数日後に、ベルメルトが俺を訪ねてきた。。

「マナベ様。コイツらがそれぞれのスラムに赴きます」

 全部で100名位だろうか?
 5名程度のチームになって行動するようだ。風呂に入って、服も着替えてきたという事だ。それぞれに路銀をもたせて、街に散ってもらう事になる。身分は、冒険者ギルドや商人ギルドに登録しているので大丈夫だという事だ。

「ベルメルト。無理はさせるなよ」
「大丈夫です。無茶はさせません」
「・・・。まぁいい。そうか・・・。わかった」

 チームを見ると、商人風の者や、夫婦者が居る。潜入捜査という感じのようだ。

「ベルメルト。もう一度聞くが、大丈夫か?」
「はい。もともと、儂の命令で、いろいろな貴族や商人に紛れ込ませていた者たちです。実績もありますから大丈夫です。それに、殆どの者が、マナベ様に感謝しております」
「俺?なにかしたか?」

 ベルメルトが説明してくれた。
 ここに居る者たちは、ランドルやテオフィラたちの犠牲者なのだ。親や兄弟姉妹や子供がハメられて、殺されたり、奴隷に落とされたり、他にも娼館送りになった者も居るようだ。復讐する為に、ベルメルトを頼っていたのだ。情報収集をして、弱みを握るが・・・。権力で握りつぶされていた。俺が、純粋な力で奴らを排除した事や奴隷になっていた者たちを解放した事に恩義を感じているという事だ。

「事情はわかった。わかったが、最初に言っておく、無理も無茶もするな。死ぬことは許さない。俺に恩義を感じているのなら、老衰以外で死ぬことは許さない」
”はっ!”

 皆が俺に頭を下げる。
 そんな人間でも無いのだけどな。俺は、目の前に居る奴らを俺の復讐を成し遂げるために使おうとしているだけだ。

 ベルメルトが連れてきた者たちは、明日にも各地に散らばる事になる。

「ベルメルト。彼らは?」
「はい。一旦スラムに戻って準備します。夜半には出立します」
「わかった。ヘルマンに伝えておくから、準備ができたら、食堂に集まってくれ」
「え?」
「ホームの為に街を出る者たちの見送り位させてくれ、好きな物を食べて飲んで宿で休んでから仕事に取り掛かってくれ」
「ありがとうございます」

 ヘルマンに事情を伝えて夜に食堂を開けてもらう事にした。

 足踏みだと思わないわけじゃない。
 気持ちは焦っている。焦っているが、情報を握るためには、奴らよりも大きく出遅れている組織を作るためにも必要な事だ。

 俺は、セバスとヘルマンとダーリオが用意した俺の部屋で、セバスが入れてくれた紅茶を飲んでいる。
 遊んでいるわけではない。ユリウスたちに説明する資料を作っている。

「セバス」
「はい」
「俺は・・・。いや、いい。ここは住みやすくなったか?」
「はい。旦那様のおかげで子供の声が絶えない場所になりました」
「そうか・・・。ここに取ってよかったのだな」
「はい」

 少しぬるくなった紅茶を飲み干して、新しい紅茶を頼んだ。
 そうか・・・。数名かもしれないけど、俺は命を救えたのか?ユリアンネ。ラウラ。カウラ。間違って居ないよな?

 ユリウスとクリスが来るまで、ダンジョンには潜らないほうがいいだろう。
 何を言われるのかわからない。

 ユリウスたちが来る前に、俺がやらなければならない仕事をしておこう。届けられた報告書に目を通して・・・。

”炎龍よ、かの者を焼き尽くせ”

 与える魔力を絞って、手乗りサイズの炎龍が俺の手にあった書類を焼き尽くす。灰さえ残さないように、なかった事にした。内容まで、なかった事になればどんなに気持ちが楽になるか・・・。

 ベルメルトが今まで調べていた情報。ベルメルトの部下たちが持ってきた情報。セバスやダーリオから届けられた情報。
 1つ1つでは気が付かなかったかもしれない。少しの違和感が残るだけだ。しかし、全ての情報を重ねると1つの結論に行き着いてしまう。

 情報を流していた奴を始末しなければならないな。
 正直気が重い。