状況の説明と今後の方針を決定した。
共和国の相手は、ユリウスに任せる事に決まった。
俺は、王国に帰還して、エヴァを迎えに行く。
『エイダ。集まったか?』
『十分な量の確保に成功しました。馬車に積んであります』
『わかった。ありがとう』
ユリウスたちとは、アルトワ・ダンジョンで別れた。アルトワ・ダンジョンには、クリスティーネが残る。
俺よりも先に、ユリウスたちが出立した。
共和国を攻め落とすのには、情報が伝わる前に重要拠点を攻略しておく必要がある。
ダンジョンの確保は必須だ。実効支配は完了しているが、村や町には手を出していない。俺が確保しているダンジョンが属している町や村を確保するのが最初の狙いだ。
そのうえで、ユリウスたちは共和国の一つであるデュ・コロワ国の首都を急襲する。
今までは、時間が味方していたが、これからは時間との勝負だ。
ダンジョンがある町や村の確保は重要だ。首都に情報が伝わる前に首都近郊を固める必要がある。矛盾する二つの作戦を同時に遂行しなければならない。ユリウスは自信を見せていたが、少しでもタイミングがずれたら作戦が失敗するだけではなく、ユリウスたちにも被害が出る可能性がある。
俺がアルトワ・ダンジョンの出立を遅らせたのにも情報の拡散を防ぐ狙いがあった。
「アルノルト様」
「クリス。俺は、ウーレンフートに戻る。アルトワ・ダンジョンは任せる。エヴァと合流して、王都での用事を済ませたら戻ってくる」
「はい。でも、アルノルト様が戻られる前に、デュ・コロワ国が国としての体裁を持っているとは・・・」
「そうだな。ユリウスの態度を見たら・・・」
「はい。なので、急がなくても大丈夫です。それに、エヴァンジェリーナ様がすぐに動けるとは思えません」
「それは大丈夫だ」
「え?」
「俺に考えがある。普段のエヴァを知っている人が殆どいないというから・・・。多分、成功すると思う」
「そう・・・。アルノルト様に、何か考えがあるのね」
「そうだ。最終的には、エヴァとお義母さんの協力が必要になる」
「”お義母さん”・・・。そうね。でも、大丈夫だと思うわ」
「あぁ」
クリスティーネが、奥歯に物が挟まった感じの物言いだが気にしてもしょうがない。どうせ、問いただしても答えないだろう。
「そうだ。クリス。アルゴルとのコミュニケーションは大丈夫か?」
「えぇ大丈夫ですわ」
アルゴルは、エイダの代わりにクリスに従者?として付けた、ヒューマノイド・キャットだ。クリスティーネが・・・。猫タイプがいいと強硬に主張したので、ネコ型になったヒューマノイドだ。権限は、エイダよりも劣るが、アルトワ・ダンジョンを制御するのには十分なスペックを持っている。
内部のプログラムは、クォートとシャープを中心に強化した物だ。人型ではないので、従者としての補助機能は眠らせてある。クラスとしては実装してあるので、アルゴルを人型に拡張することも可能だが、クリスティーネがネコ型を気に入っているので、クラスがアクティブにはならないだろう。
足下にアルゴルがいる。
クリスティーネを守るような対乳だが、ネコの為に”守る”というよりも”守られている”感じだ。
丁度、エイダとクォートとシャープがヒューマノイド・ホースを繋いだ馬車を持ってきた。
ユニコーンとバイコーンは、クリスティーネに預けることにした。アルトワ・ダンジョンから動かないと言っても、連絡は必要になる。カルラ衆がいると言っても、通常の連絡も必要だ。その為に、”足”は必要だ。通常の馬を置いておくことも考えたが維持費や速度を考えて、ユニコーンとバイコーンを使うことになった。
俺は、記憶するだけなのに、馬に似せたヒューマノイド・ホースで十分だ。戦闘力は必要ない。
護衛としては、クォートとシャープがいる。威嚇の意味も込めて、騎士風のヒューマノイドも連れている。クォートとシャープが操れるようになっているので、十分な抑止力になるだろう。
クリスティーネとは、エイダを通して連絡ができる。
アルトワ・ダンジョンから離れる前に、確認を行った。
エイダとアルゴルがダンジョン経由で繋がっている。
馬車に乗り込んで、エイダが準備をしてくれた物で、アイテムを作る。
必要なことだと理解している。
「アルノルト様。国境です」
クォートとシャープも、俺を”アルノルト様”と呼ぶように言っている。
シンイチ・マナベの身分は、今後も必要になってくるが、今回は”アルノルト・フォン・ライムバッハ”の身分が必要だ。
「進んでくれ」
「はい」
クォートに指示を出す。
国境なので、並んでいるが、無視して進む。
その為の身分だ。身分を保証する書類もクォートに預けている。
そして、俺の後ろには二つの棺がある。
カルラとアルバンをウーレンフートに連れて帰る。
エヴァンジェリーナに弔ってもらう。俺が二人をウーレンフートに連れて帰る理由だ。カルラは違うが、アルバンの故郷はウーレンフートだ。カルラも一番長く過ごしたのがウーレンフートだと言っていた。だから、二人に休んでもらうのはウーレンフートが良いと考えた。
今からの行動は共和国に対する楔になる。
もちろん、馬車は止められる。
しかし、共和国側の国境警備兵を無視して馬車を進める。
剣呑な雰囲気が出たところで、王国側にいる国境警備兵が駆け寄る。
茶番だが必要な茶番だ。
共和国側にも既に通達を行っている。
ライムバッハ家の者が、共和国側から王国に帰国するという通達は済ませてある。
俺たちが静止を無視して、王国側に急ぐのも伝えてある。静止された所に、王国側から兵士が出てきて、俺たちを保護する。
共和国側の国境警備兵は、王国側から賠償を貰う。
しかし、共和国内で発生した”王国貴族の暗殺未遂事件”を告げられて、賠償ではなく、通達を共和国内の各国に行うことになる。ここからは、時間との勝負だが、俺が国境に到達するころには、ユリウスがデュ・コロワ国の首都に迫っている。
今から急いでも、国境からの移動を考えれば手遅れになる。
しかし、デュ・コロワ国以外の国には、必要な情報だ。王国は、正当性を主張できる。警備兵は、自分たちの仕事をしたが、遅かったと言い訳ができる。他の国への伝達を急ぐ理由も、俺がこの場で、ライムバッハ家の者であることや、暗殺はデュ・コロワ国の者が主導していたと宣言を行ったことで、デュ・コロワ国以外の国への報告を優先したと各国に説明ができる。
馬車は、最初の約束通りに、抵抗らしい抵抗もなく、王国に入った。
これで、共和国側に並んでいた者にも、王国側に並んでいた者にも、王国と共和国で何かあったのだと考えるだろう。そして、噂が千里を走るだろう。
「アルノルト様」
見覚えがある騎士が俺の前で跪いた。
「あぁ」
「カール様にお会いしますか?」
「辺境伯は、元気にしていますか?」
「はい。殿下たちが居なくなって最初は寂しそうにしておいででしたが、邸の者たちや、領民との交流で、優しい笑顔を・・・」
「そうか・・・。すぐにウーレンフートに行かなければならない。カールに会ってやりたいが・・・。俺のやるべきことが終わってから会いに行く」
「残念ですが、わかりました。ライムバッハ家の家臣一同。アルノルト様のおかえりをお待ちしております」
「ありがとう」
ライムバッハ家に古くからつかえてくれている兵士が俺の前で頭を下げてくれる。
そして、”待っている”と言ってくれた。
カールが辺境伯の地位を継ぐのは、陛下に寄って定められたことだ。
俺がサポートに戻ることは可能だが、俺にはまだしなければならないことがある。
馬車に積まれている棺を思い出す。
無言の帰国になってしまった二人を連れてウーレンフートに戻る。
やることが増えた。
でも、対象が増えなかった。
約束ではない。俺が俺である為に必要なことだ。
帝国が後ろに居るのなら、帝国を潰す。
組織だけが単独で動いているのなら、組織を潰す。
アルノルトが、カルラとアルバンを連れてウーレンフートに向かっている頃。
アルトワダンジョンを出たローザスたちは、アルノルトから提供された地図を使って進軍していた。
「殿下!」
「どうした?」
「αダンジョンの周辺を抑えました」
「わかった。最低限の人数を残して、δダンジョンに迎え」
「はっ」
ダンジョンの名前は、デュ・コロワ国が名付けているが、ユリウスたちは、アルノルトが使っていたαβγという呼称で呼ぶことにした。攻略しているダンジョンの確保が最優先された結果だ。
攻略順ではないが、攻略ダンジョンを遡っていく事で、王都への道が簡単に繋がっていった。
奇襲が成功した形になる。
当初の予定通りに、ローザスたちは、デュ・コロワ国の王都を包囲した状態で、共和国に属している他の国に、デュ・コロワの王都を包囲するに至った経緯を説明する書簡を出した。
包囲して、7日が過ぎた。
デュ・コロワ国は、何度もユリウスの所に使者を出しているが、講和条件に折り合いがつかない状況が続いている。
「殿下?」
「ダメだ」
使者が持ってきた書簡を読んで、首を横に振る。
時間稼ぎをしているのは誰の目にも明らかだ。
ユリウスたちも時間が必要な状況になっている。実効支配しているダンジョンからの輸送物資が届き始めている。そして、それに合わせて人員も集結し始めている。
当初・・・。時間は、デュ・コロワ国に味方するかと思われたが、ユリウスたちにも時間が微笑み始めた。
王都を包囲して、主要街道を封鎖している。
物資は、王都に入る前にユリウスたちが買い取っている。それでも、半分程度は王都に流れているが、王都の物資は半分以下に落ち込んでしまっている。ダンジョンに依存していた地域では、物資が足りなくなっている為に、王都に回す余裕が無くなってきている。
ダンジョンからの採取が少なく絞られている状態では、今までの7-8割程度の物資になっている。王都では、最盛期の3割程度まで落ち込んでいる。それでも、最低限の食料は運び込まれている。しかし、その最小限の食料は、王侯貴族が独占している。
「ユリウス殿下」
「・・・。ギル。殿下は必要ない。何度も言わせるな」
「・・・。しかし・・・」
ギルベルトは、周りを見回すが、ギードとハンスも何も言わない。
「わかった。ユリウス。公式の場所では、流石に”殿下”を付けるぞ?」
「それは、しょうがない。それで?」
「あぁ物資があまり始めているから、食料を使った炊き出しを行おうと思うが、許可を貰えるか?」
「炊き出し?」
「そうだ。昨日、王都から脱出してきた商人が言うには、王都では食料不足で、王都民が飢え始めているようだ」
「ん?食料は、多くはないが、通しているよな?」
「十分とは言わないが、流している。その十分ではない食料を、王族と門閥貴族が独占している」
「はぁ?デュ・コロワ国王は何を考えている」
「ん?何も考えていないと思うぞ?」
「・・・。ギル。炊き出しを頼む」
「御意」
「ユリウス殿下。ギルベルト殿。一つ、試したい事があるのですが、よろしいですか?」
「ハンス。珍しいな。なんだ?」
「はい。アルノルト様がデュ・コロワ国の者に襲われた事や、共和国に非があることを流したいと思います」
「・・・。そうだな。炊き出しの時に、噂話として流しても面白いかもしれない。ギル。頼めるか?」
「わかりました。文面は・・・」
ギルベルトの問いかけに、ハンスもギードもユリウスも顔をそむける。
「わかった。ヒルダに問い合わせる」
「頼む」
ユリウスたちも攻め手にかけている。
強行突入を行えば、王都を落とせるのは解っているのだが、味方の被害も大きくなる。それだけではなく、王都民の被害も大きくなることが考えられる。そして、ユリウスたちが懸念しているのは、デュ・コロワ国の王侯貴族たちが、自らの安全を確保する為に、王都民を盾にすることが考えられたことだ。
実際に、ユリウスたちが一つの門を破壊した時に、門を守っていた貴族が、王都民を盾にして自らは安全に逃げようとした。
炊き出しが行われた。
門から離れた場所から、王都に呼びかけるようにした。
炊き出しに王都民が群がることはなかった。
門の外側に居た者たちが、炊き出しに集まっただけだ。それでも、堅く閉ざされた門を揺るがすには十分な成果が得られた。
炊き出しは、数日に渡って行われた。
門から離れた場所で、同じ門ではなく、複数の門で行われた。
その時に、王国が攻め込んできた理由を合わせて宣伝している。王都内には、十分な食料があることも合わせて知られている。
共和国は、デュ・コロワ国をのぞいて、緊急会議を行った。ユリウスを呼び出す書状が届いたが、ユリウスたちは代官を送った。
数日に渡る会議の結果が、王都を包囲しているユリウスの下に届いた。
「殿下」
「ご苦労。問題は?」
「ありません」
送り出した代官と一緒に、共和国からの使者がユリウスの前で跪いている。
「それで、使者殿。共和国は、ライムバッハ家に連なる。アルノルトが害された件は、どうするつもりですか?」
「ユリウス殿下。共和国としては、預かり知らぬことで、ございまして・・・」
「解りました。ギード。ハンス。使者殿は、お帰りになるそうだ」
「お待ちください!殿下」
「何を待つ?貴殿は、共和国の使者として、私の前に居るのだろう?その使者が、”知らぬこと”だとおっしゃっている。私たちとしては、知る者として、デュ。コロワ国の国王に問いたださなければならない」
「そ、それで、関与がないとわかれば・・・」
「面白い事をおっしゃる。関与がない?それでも、今まで申し開きのチャンスは何度もあった。それを無視してきたのは、共和国に属する。デュ・コロワ国だ。ライムバッハ辺境伯軍ではない」
「それは」
「アルノルトは、怪我をした。二人の従者は、主人を庇って殺された。殺したのは、アルトワ町の長代行だ。共和国では、町の長は、国王に任命責任があると聞いた。違うのか?」
強弁なのは、ユリウスも自覚している。
しかし、アルノルトが害された事実を黙って見過ごすのは、いろいろな意味で許容できない。
「ユリウス殿下。王国は、ライムバッハ家は、何をお望みですか?」
「犯人の捕縛と、引き渡し、及び、背後関係の公表だ」
「なっ・・・。それは・・・。既に、害した者たちは処罰を与えたとお聞きしましたが?」
「ん?あぁそうか、貴殿たち、共和国は、人を傷つけた場合に、実際に切りつけたナイフや剣を罰すれば終わりなのか?それなら、ここで使者殿を害しても、共和国には害した武器を犯人だと引き渡しをすればいいのだな?」
「・・・。それは・・・。しかし・・・」
ユリウスも無理なのは解っている。
背後関係は帝国に繋がっている線があるだけだ。アルノルトから、帝国にある組織が関係していると教えられている。
「わかった。使者殿にも、立場があるのだろう。デュ・コロワ国でも、共和国でも好きになさればいいだろう」
「・・・。殿下は?ライムバッハ軍は?」
「我らも、好きにする。まずは、デュ・コロワ国の王侯貴族を始末する。そこに、アルノルトを襲った犯人が居なければ、近い国から順番に攻め落とす」
「そんなことが」
「できるわけがない?」
使者は、ユリウスの顔を正面から見られない。
それだけ、ユリウスの声は自信に溢れている。
「”出来ない”と考えるのは貴殿の自由だ。我たちは、貴殿の自由意志を尊重する。だから、我たちの自由を貴殿たちが阻害しないようにして欲しい。ただそれだけだ」
「待ってください。ユリウス殿下」
ユリウスは天幕から出ていく歩みを止めて振り返る。
「20日。いえ、15日だけ待ってください。デュ・コロワ国からの謝罪と、共和国からの賠償を・・・」
「わかった。10日だけ攻撃を待つ。10日だ。それ以上は、待てない。各地に居るライムバッハ軍が、共和国の各地に無差別攻撃を行う」
ユリウスは、振り返り本当に天幕から出た。
残された使者は、呆然としながらも、自らが行うべき事が解ったのか、慌てて立ち上がって、天幕から出た。そして、護衛たちに声を賭けて、共和国の首都に向けて早馬の伝令を向かわせた。自分は、日数を計算して、すぐにでもデュ・コロワ国の王都に入りたかったが、門が閉ざされているために、無理だと悟った。使者の頭の中では、デュ・コロワ国を見捨ててでも、自らが属する国が生き残る道を考え始めていた。
ユリウスたちは、使者との約束を守っている。約束の期間は、戦闘行為を行っていない。城門近くでの炊き出しを行うだけに留めている。
使者の言葉を、そのまま情報として民衆に流した。民衆は、得る事ができなかった情報に喰い付いた。王国を非難する者も居たが、それ以上に共和国のやり方に憤慨する者が多かった。そして、自分たちの国の上層部なら”やりそう”だと考えている。
共和国は、建前として多数派による政治だと宣伝をしている。
ユリウスも、共和国の政治体制は、認めている。しっかりと運営が出来ていれば、政治が機能していれば有効だと考えている。
ユリウスの使っている天幕に入室を求める声が届いた。
報告書の束を持ってきた従者が、ユリウスの前で頭を下げた。
ユリウスの許可に合わせて頭を上げる。
「殿下?」
神妙な表情をユリウスに向ける従者だが、憧れの表情の中にも困惑が混じっている。
幼年学校の頃のユリウスなら、激怒した可能性がある表情だが、今ではこの表情の奥に隠れている気持ちを推しはかることができるようになっている。
ライムバッハ領で(押し付けられたような感じではあるが)代官の立場で領民と接する事で、自分の背景に畏怖している者が、自分に対しての意見を述べる時の表情だと理解している。
ユリウス自身は気にしていないが、周りから見て、”皇太孫”として相応しいと思えない行動の時に多く見られる表情だ。
「どうした?」
場数をこなしたことで得られた知見がある。
質問があるのだろうと考えて、言葉を選ぶ余裕が産まれている。
「殿下は、共和国の政治体制を”是”とするのですか?」
従者は、ユリウスの言葉を受けて、少しだけ躊躇してから自分が聞きたい事を告げる。
これは、ユリウスが従者に命じた”共和国の政治体制と民衆の様子”をまとめた資料を作らせた。自ら作った資料と、約束の停戦期間に発生した事柄をまとめた資料を渡した。従者は、共和国の政治体制を調べる必要などないと考えていた。
実際に調べれば調べるほどに、聞けば聞くほどに、意味がない建前だけの政治体制だと思えてしまっていた。
「ん?民衆による。政治か?」
「はい」
従者は、”民衆による政治”が建前だと考えている。そして、その建前を守る為に、無駄な”血”が流れているのだと考えた。
この紛争も、王国なら・・・。自分たちの領主ならどうするのだろうと考えた。
目の前に居るユリウスなら、一軍を率いて民衆を逃がすだろう。
しかし、一部の腐った門閥貴族に操られている貴族連中は、民衆を逃がすような事をしないだろう。それこそ、目の前で行われている状況と同じかより酷い状況になるだろう。
”民衆による政治”だというのなら、民衆を守る為の政治を行うはずであり、一部の高官や軍部が私腹を肥やして、奴隷商や豪商から金品を貰って優遇するような政治ではない。
共和国の・・・。デュ・コロワ国の上層部と自分が見てきた腐った貴族の違いが解らない。その為に、尊敬するユリウスが何を考えて、共和国の政治を調べて、何か得られないか考えている様子が信じられなかった。裏切られた気持ちになっていると言ってもいいくらいだ。
「そうだな。実際に、民衆の意見が、政治に反映されているのなら、素晴らしいだろう」
「え?」
肯定でも否定でもなく、皮肉が効いた言葉を返されるとは考えていなかった。
「なんだ。意外か?」
ユリウスは、従者の反応が少しだけ嬉しかった。
普段は、自分が驚かされる側で、人を驚かすような行動も言動も起こせていない。
「はい。殿下は、共和主義を否定されているから、共和国を許さないのだと思っていました」
「ははは。それは、違う・・・。そうか、違う考えを持つようになったのだ」
ユリウスは従者の言葉を聞いて、以前の自分なら”共和国”の上層部を見て、話を聞いて憤慨して、攻め滅ぼそうとした可能性が高い。自分でも解っている。アルノルト・フォン・ライムバッハとの出会いで変わった。
「・・・。はぁ」
「一人の、そうだな。一人の愚か者を見ていて、考えが変わった。変えられた?」
「そうなのですか?愚か者ですか?」
「あぁ民衆による政治を否定するつもりはない。ただ、今の共和国。特に、目の前で右往左往している連中が、本当に”民衆による政治”を行っているのか?情報は得ているのだろう?」
ユリウスの本心だ。
共和国の根幹は、”民衆による政治”だと自分たちで言っておきながら、実際に行われているのは、少数による多数からの搾取政治だ。支配と言い換えてもいい。
ユリウスは、多数決が正しいとは思っていない。多くの意見を集約して、一つの結論を導き出す。正しいやり方の様にも思える。しかし、意見を集約した者が、責任をとらない状況が正しいとは思えない。
目の前で右往左往している共和国の上層部の連中は、権力を求めるあまりに大事な事を見失ってしまっている。
自分たちの足下を支えている者たちの存在を忘れてしまっている。
そして、そんな上層部たちよりも酷いと思われるのが、知者と呼ばれる者たちだ。
自分たちは、安全な場所にいて、共和国の上層部に意見する。そして、政策を実行させる。政策の為の資料を作って、上層部を説得する。上層部・・・。民衆によって選ばれた者たちを動かして、自分たちの組織に都合がいい状況を作り出している。
「はい」
「俺は・・・」
ユリウスは、そこで従者から渡された資料から目を離して、デュ・コロワ国の首都ではなく、自分たちが帰る場所を見る。
自分の隣に居て欲しいと思う人物は、いまだに彷徨っている。
”やるべきこと”を達成しない限りは、自分の所に来てくれないことは理解している。それでも、自分の側に居て欲しいと思う人物だ。
ユリウスは、大きく頭を振ってから、従者に出ていくように指示をする。従者は、頭を深く下げてから天幕から出て行った。従者が天幕から出て行ってから、
沈黙が天幕を支配した。
ユリウスは、この場に居ない者に話しかけるように、資料を読み込む。話し合えたら、どれだけ幸せなのか・・・。
捕えた奴隷商や豪商の話や、逃げ出したところを捕えた高官の話が書かれている。
三分の二ほどの資料を読み終えた所で、天幕の外から声を掛けられた。
「いいぞ」
「殿下」
「辞めてくれ、いつも通りでいい」
「そうか?」
「あぁアイツが置いていった、遮音カーテンを発動した。ギル」
「そうか・・・。それで、ユリウス。報告だ」
「どうだ?」
「味方にしないほうがいい者たちが多い」
「ん?多い?」
「あぁ中堅以下で燻っている様な連中の中に、光る奴が居る。こいつらに、デュ・コロワを任せればいいと思う。しかし・・・」
「なんだ?」
「資金がない!」
「それは大丈夫だ。上層部の奴らに戦争責任を押し付けて、賠償金を得る。その賠償金を、デュ・コロワの再建に使う」
「いいのか?」
「大丈夫だ。このくらいの戦費で、ライムバッハ領は・・・。少しだけ緊縮しないとダメだけど、アルも帰ってきたのだろう。なんとかなる。それに、ダンジョンを手中に治めている。試算を行っているが見るか?」
「あぁ」
ユリウスは、従者が持ってきた資料の中にあった試算した結果が書かれた物を、何枚か抜き出して、ギルベルトに渡した。
目を通しながら、ギルベルトは座った椅子の背もたれに身体を深く預けた。
「なぁユリウス。アイツは、何をした?」
「ダンジョンの攻略だ」
「それは解っている。解っているが・・・。この試算は、最大か?」
「いや、ウーレンフートの2割程度の産出で試算したらしい」
「おかしくないか?ウーレンフートだけで、5か国・・・。共和国が賄える計算になるぞ?」
「そうだな。ギル。簡単に言えば、上納がなくなる。特権を持って素材を買っていた豪商が潰れる。怪我をした者たちを奴隷として使いつぶしていた奴隷商がいなくなる。そんな者たちから賄賂を受け取っていた知者が居なくなる。その知者の言いなりになっていた高官たちが居なくなる」
「ん?寄生虫が居なくなるのか?」
「そうだ。寄生木の栄養分を吸いつくすように寄生していた者たちを排除した結果、健全な状況になってしまう。この状況になるのなら、ライムバッハ家の属国にしてしまうのも一つの方法だが・・・」
二人はお互いを見てから、この場に居ない。二人が居て欲しいと思う人物が居るべき場所を見ながら、大きく息を吐き出した。
議会は荒れていた。
食料の問題で招集されて開催された議会だが、今は違う話が主軸になっている。
もともと共和国は、いくつかの王家が帝国や王国に対抗するために集まった小国家群と言い換えてもいいのかもしれない。
最初は、軍事力で他国を圧迫していた国の意見が通っているような状態だったが、国家間の調整となによりも帝国と王国の圧力に屈する形で、小国家群は一つの国にまとまる選択をとった。
その時に採用された方式が、共和国制だ。
小国家は、そのままにして発言力を強めようとした。
小競り合いは発生したが、そのたびに、王国か帝国が手を出してきて、小国家群は共和国としてまとまることが出来た。
その時と同じ・・・。いや、制度が確立してから初めてと呼べるくらいの窮地に立たされている。
議会も最初は王家や王家に連なる者が選出されていたのだが、徐々に主役は金銭を多く持っている者たちに移動した。現在では、王家は数えるほどしかいなくなり、ほとんどがダンジョン関係で商売をしている豪商が議会を牛耳っている。
共和国の設立には、ダンジョンが大きく影響していた。
王国と帝国に睨まれながら、共和国として設立できたのは、商人たちがダンジョンから出た食料を安く各地に運んだことが大きかった。その時に、成功した商人たちは、得た利益で議員にすり寄って、ダンジョンの権利を独占した。
ダンジョンから出る食料を優先することで、商人たちは力を得た。
農家からの買い取りは、元貴族が独占していたのだが、貴族は周りの状況が見えなかった。商人たちが安いダンジョン産の食料を広めたことで、農家から買い取り、自分たちの利益を乗せた農作物は徐々に衰退した。
現在では、共和国の食料自給率の6割以上をダンジョン産の食料に置き換わってしまっている。
そして、この割合は増えることはあっても減ることはない。物流を担当していた者たちが、商人たちに飲み込まれてしまったからだ。
農作物は地産地消するだけに留める状況になっている。
寒村や都市から離れた村が、自分たちが食べるためと納税のためにほそぼそと続けられているだけになっている。
農民が持っていた鍬を剣や盾に持ち替えてダンジョンに挑むのに時間は必要なかった。
多くの農民がダンジョンに潜った。
商人が議会を牛耳るようになって農民よりの政策の多くが撤廃されて、ダンジョンに潜っている者たちが優遇される制度が増えて行った。
議会の招集が発令されたのは、デュ・コロワ国にあるダンジョンから食料がドロップしなくなったからだ。
報告を聞いた議員たちは、即座に動かなかった。
デュ・コロワ国の全てのダンジョンではなく、数カ所のダンジョンだけで発生した事象で、しばらくしたら元に戻ると考えた。いままでもダンジョンが成長するときに一時的にドロップしなくなったり、魔物が減ったり、状況に変化が咥えられた。そして、自分が所有しているダンジョンは、食料品をドロップし続けると知って、”商機”だと考えて、自らのダンジョンから産出した食料を、デュ・コロワ国に輸送し始めた。出なくなったダンジョン付近では、食料が高騰しはじめている。商人としては、先の利益も必要だが、目の前にぶら下がっている商機を見逃すのは愚かだと考えた。
議会が掴んだ情報は、確かに正しかった。
しかし、その時点での情報だと付け加える必要がある。
議会がある場所では、離れたダンジョンの情報が手元に届くのにタイムラグが発生した。
半数のダンジョンから、食料だけではなく、共和国が戦略物資と考えていた物までもドロップしなくなった。
食料だけでも問題があるのだが、共和国が外貨を得るために必要としていた物資までドロップしなくなった。
議会では、残されたダンジョンの状況を確認して、再分配という困難なミッションをおこなっていた。
そこに、王国の貴族をデュ・コロワ国のアルトワ町の町長と近隣の有力者が共謀して襲撃を行ったという一報が入った。
貴族の身元は秘匿されていたが、皇太孫からの親書が届けられたことで、深刻な状態だと判断された。
普段なら、議会に顔を出さない長老や王家まで集められた。
議会は、決められた議長は居ない。以前は、決められていたのだが、ダンジョンの支配をもくろんだ者たちが蠢動したために、議長は持ち回りで行うことに決めた。
そして、最初に議題を投じるためには、議会に出席する権利を持つ者の5名以上の承認が必要になる。
ダンジョンのドロップ問題から、後手に回っているのは、共和国内の権力闘争が原因だと考えられる。
5名の議員が連名で議題を提出して、集められた時には、既に多くのダンジョンでドロップしなくなっている。
ダンジョンの魔物は減っていない。増えているダンジョンもある。そのために、魔物を狩る必要がある。狩らなければ、スタンピードの発生を誘発してしまう可能性がある。魔物を狩る者たちは、魔物を狩って、ドロップを金に変えて、日々の生活を行っている。
ダンジョンからの産出が減っているのは、食料や戦略物資だけで、素材は通常通りにドロップしている。また、ダンジョンの運営を考えた時には、ドロップ品を買い取らなくなれば、魔物を狩る者たちがダンジョンを離れてしまう。農民に戻ればいいが、他のダンジョンに行くのは目に見えている。共和国としては、共和国の他のダンジョンに向かってくれればいいが、王国や帝国にあるダンジョン街に移動されたら、戦力低下にもつながってしまう。
情報が遅れて、議会に到着した。
ダンジョンを持たない議員たちは、ダンジョンを所有する議員たちが困っているのを感じて、自分たちに取り込もうと活動を開始する。
そんな状況の中で、デュ・コロワ国の王都を皇太孫が率いている軍に包囲されたと連絡が入った。それも、包囲している皇太孫からの親書で知らされた。
皇太孫の親書から3日遅れて、デュ・コロワ国の王都に居る議員からの救援要請が届けられた。
右往左往という言葉が正しい状況だ。
自分が所有しているダンジョンも心配だが、王国がこのままデュ・コロワ国だけではなく、他の国に侵攻を開始したら、防ぐことが出来るのか?
皆が”自分の身の安全”を考え始めている。
そこには、民衆の安全は含まれていない。自らの財産と命が助かる方法を考えている。
「デュ・コロワ国の民衆が犯した罪を、共和国全体で受けるのは間違っていないか?」
デュ・コロワ国と境界を接していない議員が口火を切る形で、議論という名前で罵りあいが始まった。
議長は選出されているのだが、議長権限で話をまとめて、王国の剣先が自分の喉元に来るのを恐れている。
誰も、矢面に立ちたくない。
「誰か、デュ・コロワ国からの連絡を受けたのか?」
奥に座っていた王族の発言を聞いた議員が、首をかしげてから、意味がわかったのだろう。首を動かして、周りを見る。周りの議員も、何を言っているのかわかるのだろう。口々に、デュ・コロワ国からの使者が来ない事には判断ができないと言い始める。
顔色を変えたのは、デュ・コロワ国の近くに領地を持つ議員だ。
そして、今にも倒れそうな雰囲気を出しているのは、デュ・コロワ国からやってきた使者からの伝言を議会に持ってきた者だ。
「使者が来ていなければ、王国の皇太孫からの話だけだ。少ない情報と相手方からの情報だけでは、判断ができない。デュ・コロワ国からの連絡を待つことにしましょう」
議長が、場の流れを汲んで話をまとめる。
「そうだ。この建物は安全なのですよね?」
議長は、議会が行われている会場の所有者に向けて質問をおこなった。
「議員の皆さまに安全に過ごしていただくための準備をおこなっております」
「そうですか・・・。それなら、招かれざる者が入るのは不可能ですよね?」
「もちろんです」
所有者は立ち上がって、伝言を持ってきた者に近づいて、自分の護衛が持っていた剣を渡した。
「もし、不審者が居ましたら、この者が処分いたします」
「そうですか、それは素晴らしい。私たちは議論を続けることにしましょう。大切な話はまだ他にもあるでしょう」
議長は、皆を見回した。
剣を受け取った伝令係は、皆からの視線を受けた。頭を深々と下げてから、議場から姿を消した。
豪奢とは思えないが、奇麗に整えられた天幕の中で、同じく粗末ではないが質素な福に身を包んだ男が報告を聞いていた。
同年代の男を背後に従えている様子は、男がある一定の権力を持っている事を現している。
天幕での生活は長期化しているが、本人たちはまったく気にしていない。連れてきた者たちも、交代で帰国させている。すでに、包囲網は完成している。そのうえで、窓口を開けて待っている状況だ。
「ユリウス殿下。彼の方は、無事に国境を越えられました」
「そうか・・・。クリスにも・・・。必要ないか?」
「はい。別の者が、報告に向かいました」
「それで?」
ユリウス王太孫は、伝令の姿をした密偵から報告を聞いている。密偵は、彼の配下ではなく、彼の婚約者であるクリスティーネ・フォン・フォイルゲン辺境伯の配下だった者たちだ。現在は、フォイルゲン辺境伯から離れて、ウーレンフートに拠点を移している。商会の会員としての身分を持って活動を行っている。
「はい。切り捨てる方向に動いています」
頭を下げたまま、密偵は情報を開示する。すでに、報告は行っているのだが、ユリウスが密偵から直接話を聞きたいと言って、伝令のフリをして天幕に招いた。
「ははは。クリスの予想通りか?」
密偵から状況を聞いて、ユリウスは婚約者の推論が正しかったことを認めた。
ユリウスは、共和国がデュ・コロワ国を見捨てないと考えていた。共和国の食糧事情を考えれば、デュ・コロワ国を切り捨てるのは愚策だ。ダンジョン依存率が高い共和国で、ダンジョンからのドロップ率が下がっている情報を、共和国の首脳部は把握していない。持っている情報が違うのだから、違う結論になってしまうのはしょうがない。
クリスティーネは、共和国が持っていると思われる情報から”切り捨てる”と推論を出した。ユリウスは、自分が持っている情報から推理している。わずかな違いだが、これからの方向から考えれば、大きな違いになる。
「はい。デュ・コロワからの伝令が殺されました」
「状況は?」
「抑えています。お館様が作られた道具で、録画しています」
「そうか、俺は・・・。奴に借りを返そうと、また借りを作ってしまったのだな」
「ユリウス様。それは・・・」
「わかっている。しかし、借りだと思っていても、奴は貸しているとは思っていないのだろう?」
「ユリウス様。アルは」「ギード。わかっている。嫉妬とは違う。そうだな、俺の我儘だ・・・。傲慢だとわかっているが・・・」
伝令役を務めていた者が、頭を深々と下げてから天幕を出る。
ギードの反対側に居た男が、懐に入れていた道具の発動を止めた。
「ハンス?」
「もう、遮音結界は必要ないだろう?新しく改良された物でも、消耗はする。必要な時だけ使うようにしている」
ハンスの説明で、ユリウスは納得したのだが、ハンスの意図は違うところにある。
これ以上、機密につながるような話をユリウスにさせたくなかった。それに、実際に、起動している状況では中の音が外に漏れないのは当然だとして、外の音も遮断されてしまう。
アルノルトは、遮音結界の弱点をユリウスたちにも伝えてある。遮音結界は、音を遮断する結界だ。音は、空気の振動で伝わる。空気は遮断していないが、空気の波を遮断しているために、外側と内側に大きな壁があるような状態になっている。
内側の音が伝わらないのはメリットだが、外の音が伝わってこないのは、おおきなデメリットだ。特に、戦場で使う場合には”音”は情報の一つだ。
「そうか・・・。改良版か?」
「はい。あの・・・。街?には、刺激的な物が多くて・・・。クリスティーネ様から持っていくように言われました」
ダンジョンの周りにアルノルトが作った”村”だけど、本人以外は、”街”と呼称している。
正式な名前は、共和国の出方次第だ。名前を付けずに放置するのには、大きくなりすぎている。行商人は使わないルートだが、王国からの軍が移動しているのは、周知されている。
そのために、諸国の密偵の出入りが確認されている。
ダンジョン村の存在は知られていると考えて動いたほうがいいだろうと言うのが、ユリウスたちの共通認識だ。
「ははは。ウーレンフートと違ってか?」
「はい。領都と違って、本当に好き勝手に・・・。いえ、失礼しました」
ハンスの言葉は正しい。
ユリウスも、クリスティーネも同じことを考えた。
「いや、本当にそうなのだろう。ウーレンフートだけでも、手一杯なのに・・・。本当に、奴を自由にすると、後始末が・・・。違うな・・・。ギード。陛下に報告は?」
以前のウーレンフートは、ダンジョンの上に街が出来ていた。
ダンジョンのおかげで街が潤っているだけの場所だ。潤っているが、問題も多い場所だと認識されていた。
ウーレンフートは、各国の密偵が活動するのには適した場所だった。
雑多な者たちが多く存在しているダンジョンにアタックする者たちが多く過ごしているために、多くの人がウーレンフートに集まって、そしてダンジョンの中で命を散らしていた。そのために、ウーレンフートでは正確な人口が掴めない状況にあり、税の徴収が機能していなかった。それでも、街として考えれば、ダンジョンから産出した物資の売買から得られる”税”で潤っていた。
「してあります。殿下の好きなようにするように言われています。そろそろ、共和国の相手も面倒に思っていたようです」
「ははは。陛下らしい考えだ。他には?」
「宰相閣下から、なんなら全部をライムバッハ領にしてもよいと伝言をいただいております」
「フォイルゲン殿らしい言い方だ。他には?」
「これを預かっています」
ユリウスは、ハンスの従者から封書を受け取った。
宛名も差出人も書かれていないが、封蝋を見れば誰からの封書なのかわかる。
「仰々しいな」
ユリウスは、面倒そうな表情を崩さずに、封蝋を切った。封蝋を切るためのナイフではなく、アルノルトからプレゼントされた、アルノルトが作ったナイフを使った。普段使いするナイフとして重宝している。懐刀という言葉を、アルノルトから聞いてから、自分の懐刀はアルノルトだというつもりなのか、他にどんなナイフを渡されても変えるつもりはない。
ユリウスは、手紙を読み始める。
想像していた通り、王太子である父親からの手紙だ。
「・・・」
「ユリウス様?」
「あぁ・・・。おまえたちは、この内容を知っているのか?」
ハンスとギードは、お互いを見てから首を横に振る。
「クリスは知っていると思うか?」
ギードは首を横に振るだけに留めた。
「クリスティーネ様に知らせているのなら、封書の形にしないと思います」
「そうだな・・・」
ユリウスは、王太子からの手紙に目を落とす。
読み返しても、内容は変わらない。
ユリウスは、ハンスとギードを手招きして、持っていた手紙を渡した。
二人は、交互に渡された手紙に目を通した。
個人的な事が書かれていた手紙ではない部分だけだが、数枚にわたって書かれた内容は、二人の顔色を変えるには十分な威力を持っていた。
二人から戻された手紙を受け取ったユリウスは、魔法を発動して手紙を燃やした。
内容は頭の中に入っている。内容は残しておかないほうがよいと判断した。
「殿下?」
「大丈夫だ。いきなり、突撃命令は出さない」
「・・・」
「大丈夫だ。まだ、”疑い”の段階だ。デュ・コロワに証拠が”ない”ことを・・・」
「証拠が有ったら?」
「どうしたらいいと思う?」
ユリウスは、まっすぐに前だけを見て、冷え切った声で二人に問いかけた。
二人も、ユリウスが何を考えているのかわかる。王国の王太孫としては、絶対に出してはダメな命令だと把握している。しかし、二人はユリウスが出すと思われる命令を止めることはできない。自分たちが、その命令を望んでいるのだとわかっている。
手紙が燃え切ったタイミングで、外が騒がしくなる。
確認のために、従者が天幕を出た。
「殿下?」
「ん?」
「それで、調べるのですか?」
「命令だからな・・・。そんな顔をするな。私としても、調べないほうがいいような気がしている」
ユリウスは、燃え残った紙片を見つめている。
重要な文面は残されていない。しかし、ユリウスやハンスたちの頭には命令の形で書かれていた”共和国の闇”が残っている。
確認しないほうがいいのは、自分たちというよりも、ライムバッハ家のためだ。
「殿下。ご命令を・・・」
ユリウスは、天幕の中でもっとも信頼できる者を探した。しかし、ユリウスが求める者は、”約束”を守るために、王国に帰還している。
天幕の中にいる者たちをしっかりと見つめてから、大きく息を吸い込んだ。
「共和国には協定違反の疑いがある。ハンス。5000を率いて、西門を閉鎖せよ」
「はっ」
「ギード。おまえは、ギルベルトと一緒に、東門からデュ・コロワの首都に入り、行政を抑えろ。援軍で来ている3000を預ける」
「殿下!それでは、殿下を守る兵が少なすぎます」
「大丈夫だ。俺は、ここから西にある平原までさがる。そして・・・。街道を抑える」
「・・・」
「本当に、大丈夫だ。街道の分岐は抑えたい。違うか?」
ユリウスの案は、大きくは間違ってはいない。
自分自身を囮に使おうとしているのが気に入らないだけだ。
「心配なら、さっさと制圧して証拠を押さえて戻ってこい」
「「御意」」
ハンスとギードの言葉が重なった。
二人は、深々と頭を下げてユリウスの指示を具体的な戦術に落とし込むためにはなしはじめる。
「ユリウス」
「ギル。悪いな。面倒な役割を押し付けてしまって・・・」
「かまわない。それよりも、本当に無理はするなよ?おまえに何かあったら、俺がアルに殺されてしまう」
「大丈夫だ。さすがに、俺もわかっている。無茶はしない約束する」
「本当に・・・。アルが居ればと思ったことは、何度も有ったけど・・・。今回は・・・」
「そうだな。アルが居れば、俺の代わりに街道を抑える役目か、ギードの代わりに突入部隊を任せて・・・」
二人は、居ない者を考えても仕方がないと思っていても、二人が信頼している独りの男を思い出して考えてしまった。
ライムバッハ領を任されるようになってから、誰も口に出しては言わないが、皆が同じ思いを持っていた。
「ギル。頼む」
「任せろ。ん?国としては、見つかったほうがいいよな?」
「そうだな。ライムバッハ家としては・・・。微妙だな」
「微妙?」
「正確には”間違いであってほしい”だな」
「え?領土が増えるのだろう?」
「あぁ最低でも、デュ・コロワ国は、ライムバッハ領になるだろう・・・。ギル。考えてみろ、国境が変わる。共和国は、国境が複雑になっている。それらの交渉をしなければならない。そして、問題は外だけではない」
「ん?」
「問題は、国内だ」
「え?」
「ギル。考えてみろ。もし、デュ・コロワ国だけを割譲できたとして・・・。今のライムバッハ家なら運営は大丈夫だろう。少し・・・。本当に少しだけ、文官が負担を強いられるだけだ」
「それはそうだが・・・。領地が増えるのだから、役職も増えるからいいのでは?」
「そうだな。ライムバッハ家としては、問題は少ない」
「なんだよ?何が問題になる」
「ギル。デュ・コロワ国の国境はライムバッハ家だけが接している」
「そうだな。辺境伯の名前は伊達じゃない」
「あぁそうなると、共和国を傘下に加えても、増えるのはライムバッハ家の領土だ。あとは、王家の直轄領とするかだが・・・」
「・・・。王国内の貴族がうるさい?」
「そうだな。それは、王家が黙らせればいいのだが・・・。デュ・コロワだけが協定違反をしていると思うか?」
ギルベルトは、首を横に振る。
「ギル!」
天幕の外から、ギルベルトを呼ぶ声が聞こえる。
準備が出来たようだ。
「行ってくる」
「頼む。無理はしないでくれ」
「大丈夫だ。俺は、ユリウスやアルとは違う」
笑いながら、ギルベルトが差し出した手をユリウスは握った。
天幕を出ていくギルベルトを見送ってから、ユリウスは残っている兵に指示を出した。
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共和国は、”民衆による政治”を謳っている。
過去には、”抑圧された民衆を解放する”という理由で、王国に攻め込んだ。その時に、共和国軍を撃退したのが、2代前のライムバッハ辺境伯だ。ライムバッハ家の意向を受けて、領土の割譲を望まなかった。領土が増えても、当時のライムバッハ家では領地の運営ができなかった。
王国が望んだのは、”奴隷制度の撤廃”と”共和国外への食料輸出の禁止”を突き付けた。
特にライムバッハ家が望んだのは、奴隷制度の撤廃だ。
民衆を考えてのことではない。王国と共和国と帝国の関係は絶妙なバランスで成り立っていた。
帝国は、王国にちょっかいを出すときに、主に”奴隷兵”を肉壁にして攻め込んできた。その奴隷兵の提供元が、共和国だ。共和国は、自国や近隣諸国から民衆を攫ってきて、”奴隷”として帝国に売っていた。帝国は、”奴隷”を隷属状態にして戦わせていた。ライムバッハ家は帝国とは国境を接していない。しかし、共和国とは国境を接している。共和国の”商人”を装った者たちが、ウーレンフートなどのライムバッハ領からも民衆を攫って、奴隷として売っていた。
そして、帝国は自給率が低い。王国で食料の買い付けを行っているが、戦争状態になればもちろん食料の買い付けは不可能になる。そのために、帝国は共和国から食料の買い付けを行っている。
王国は、共和国に二つの約定を呑ませた。
共和国にもメリットが存在した。食料の輸出が禁じられたことで、共和国の人口が徐々にではあるが増えた。増えた人口が、今回は足枷になってしまっている。
そして、増えた人口を有効に使おうと、第三国を通じて帝国に国民を売っていた。
隠れ蓑を用意して、”奴隷制度”を復活させていた。
ユリウスによってもたらされた情報だ。
ユリウスたちが捕らえた共和国の要人を人質として王国内に護送した。
ライムバッハ家で一時預かりになり、その後、王都に送られることになっていた。ライムバッハ家で調書を作成していた時に、自分が助かりたい一身で、”奴隷売買”に手を染めている議員がいる事をほのめかした。また、それらの情報と合わせて、商人からも似たような証言を得ていた。
”奴隷制度”を復活させていれば、まだマシだったかもしれない。
しかし、共和国は”拉致した者たちを奴隷として販売”していた。増えた自国民だけではない。ダンジョンを訪れた王国民もターゲットになっていた。
ユリウスたちが”見つかってほしくない証拠”と言っているのは、”王国民”を奴隷として帝国に違法に売っている証拠だ。かなり期待は薄いと思っている。共和国は商人たちが牛耳っている国だとしても、”奴隷売買”を一般商人が行える状況ではない。国家に関連している商人が主導しているのは間違いない。
約定を取り交わすきっかけになったのが、”ライムバッハ”だ。
メンツを保つ意味でも、約定が守られていなかった場合の対処が必要になる。最低でも、当時に割譲が可能だった領土を奪い取る必要がでてくる。そのうえで、共和国に賠償を求める必要がある。
賠償を拒否された場合には、当時に戻って戦争の継続が必要になってしまう。
王国のメンツを守るためにも、そしてユリウスの体面のためにも必要なことだ。
ギルベルトとギードがデュ・コロワ国の首都に突入してから、3日後。
ユリウスの下に、ギルベルトからの書状が届く。
望んではいなかったが、証拠が見つかったという知らせだ。
ユリウスが考えていた”最悪”をこえる方向に状況が進んだ。教会所属のシスターを含めた女性と女児が、奴隷紋を押された状態で見つかった。それも、暴行され殺された状態で・・・。シスターの身に着けていた衣類から、王国所轄の教会所属だと判明した。
報告を聞いたユリウスは苦悶の表情を浮かべていた。
「最悪だ」
側に居てほしいと思っている人物は、ホームタウンに戻っている。
もしかしたら、こちらに向かっているのかもしれないが、”影”からは何も情報が入ってこない。
ユリウスの言葉は、控えていた従者にも届いているのだが、従者はユリウスの言葉を聞いても、何も反応しない。従者は、反応ができない。反応してはダメだと思っている。今のユリウスに助言ができる者は天幕のなかには居ない。
ユリウスが苦悶の表情を浮かべている理由がわかっているので、従者も声をだすことができないでいる。
共和国との紛争・・・。既に、戦争に発展してしまっている状況の落としどころの一つが無くなってしまったからだ。
ユリウスは、報告書を握りつぶしたい衝動に駆られている。王太孫としても選択ができない。わかっているが納得ができるかと聞かれれば、”No”と答えることができる。
共和国は、正確にはデュ・コロワ国は、ライムバッハ前領主の暗殺にもかかわっていた。どこから、あれだけの刺客を用意したのか当時も不思議に思われていた。
たしかに王国の貴族がかかわっていた。しかし主導していたのは、貴族子息で当主ではない。子弟のそれも”できそこない”と、切り捨てられるだけの存在が、ライムバッハ家の護衛を倒して、武闘派筆頭であったライムバッハ前当主を倒している。どこから、その人員を用意したのか?
暗殺を行った者たちは一部を除いてアルノルトが倒してしまっている。残っていた一部の暗殺者たちからの情報をつなぎ合わせても、謎としてのこされていた。
押収された資料の中に、ライムバッハ家の襲撃に関わる文書があり、帝国から来ていた商人に依頼されて、強化奴隷を渡していた。それが、ライムバッハ家の襲撃に利用されることを承知した上で提供を行っていた。帝国の商人との契約なので、正しい事が書かれている保証はないが、文書を読んだユリウスの見解は、おおむね正しいだろうという判断をした。
ユリウスが懸念しているのは、文書の正当性ではない。
ライムバッハ家の襲撃計画に関わっているという文書が見つかったことが問題なのだ。
王国の王太孫としては、共和国は共和国として存続してくれたほうが都合がいい。
共和国は緩衝材になっている。一部の王国貴族には、共和国を滅ぼして自らの領地とすべきと主張する者がいる。しかし、王家派閥だけではなく、帝国よりの貴族も共和国の滅亡を望んでない。
王国から見た場合に、共和国の先には、共和国よりも小さな国々が存在している都市国家群と呼ぶような状態で、紛争地帯となっている。一部の現実が見られない貴族の者たちは、共和国を併呑して都市国家群を支配すればよいと言っている。
統治を行い始めたばかりのユリウスでさえも、貴族派の者たちが言っている内容が夢物語であることは理解できている。
共和国までなら、今の王国なら併呑できるだろう。統治が可能になるとは思えないが、併呑なら難しくない。
しかし、都市国家群は別だ。都市国家群の紛争は、領土的な意味合いもあるが、それ以上に民族や土着の宗教が関係した紛争だ。併呑したあとで、内部に火薬庫を抱え込むような物だ。火薬庫の近くで、安全性を無視した花火大会をおこなうような行政を行わなければならない。少しのミスで、火薬庫に火がついてしまう。火が一度でも着いたら消火は不可能にちかい。
「ユリウス様」
押収した資料を見分していた文官が、新しく見つかった文書を持って天幕に入ってきた。
「まだあるのか?」
「こちらは、共和国内の派閥をまとめた文書です。そして、ダンジョン関連の資料をまとめました」
「ありがとう。クリスにも伝えてくれたか?」
「はい。そちらは、伝令に持たせました」
「わかった」
ユリウスは見たくはないが、文官から書類を受け取った。
一目見て異常だと思われる書類がある。
文官は、ユリウスに資料を手渡して、役目が終わりとばかりに頭を下げて天幕から出て行こうとしたが、ユリウスが呼び止めた。
「ちょっと待て」
文官は、”やっぱり”という表情をして、ユリウスの前に戻ってきた。
「はい。なんでしょうか?」
「ダンジョンの資料だが、この話は本当なのか?」
「わかりません」
「・・・。聞き方をかえる。共和国の認識は、資料の通りなのか?」
「はい。お見せした資料が押収した物です。議会の議事録にも同様の記述があり、間違っていないと思っております」
「そうか・・・。わかった」
文官は、質問が来ないことを確認してから、頭を下げて天幕から出て行った。
残されたユリウスは資料を貪るように読み込んだ。
「ふぅ・・・」
ユリウスが読み込んだ資料は、近年のダンジョンから産出される物資の統計がまとめられた資料だ。
アルノルトからの報告を受けて、クリスティーネがまとめた資料と比較されている。
「そうか・・・」
独り言のように呟いて、自分を納得させるかのように文書を読んでいる。
アルノルトが攻略したダンジョンでは過去にさかのぼって、探索者たちが得たドロップ品がある程度まとめられている。クリスティーネは、アルノルトから借りているダンジョン・コアの力を使って資料にまとめた。
生ものも少なくないために、誤差が出てしまっているのは当然だと思っていた。
「誤差ではすまない量だな・・・」
ダンジョンという特殊な環境を使った取引が行われている。
帝国だけではなく、王国の貴族にもダンジョン産の物資が流れている。
王国の貴族は、共和国のダンジョンから産出した物資を”購入”したと言っていた。
「完全に賄賂だな。アルが掌握してからは、食料も減っているが・・・」
共和国が本当に困ったのは、食料ではない。
ダンジョンをアルノルトが把握してから、ドロップが極端に減った。食料もダンジョンに依存していた。しかし、ダンジョンが全てではなかった。そのために、共和国の上層部はダンジョンから供給される食料が減っても困らなかった。
上層部が混乱したのは、戦略物資として帝国や王国の一部貴族に流していたドロップ品が無くなってしまったことだ。
他にも国内で消費したことになっている高級品もドロップしなくなっている。
高級品は、賄賂として帝国や王国に流れている。誤差というには大きな隔たりが発生している。
「共和国内での奪い合いになっているとは・・・」
ダンジョンを多く所有していたのは、デュ・コロワ国だ。アルノルトがダンジョンを攻略したことで、影響が大きかったのも、デュ・コロワ国だ。
ユリウスはまとめられた資料を見て、面倒な状況には代わりはないが、これで”国内の膿”が焙り出せると考えた。
他国からの贈り物を受け取るのは問題にはならない。
しかし、受け取ったことを報告しなければならない。受け取ったら、すぐに報告しなければならない。
ほとんどの貴族が報告の義務を怠っている。忘れられた”法”だ。ユリウスは、この”法”を使って反対派閥の追い落としを行おうと考えている。王家が主体となって行うことではない。しかし、今のユリウスは”ライムバッハ家”の後見人の立場だ。最終的には、アルノルトに相談することになるが、”現ライムバッハ家当主”からの告発とする予定だ。
受け取った側は、”知らない”というのは間違いない。トカゲのしっぽ切りも発生するだろう。
それでも、”王家”が本気だと思わせることができれば、十分な収穫だと考えた。
王国から共和国に最後通牒となる”提案書”が届けられた。
ユリウスたちが突き付けた落としどころは、デュ・コロワ国にある”ダンジョン”の割譲と共和国とデュ・コロワ国の議会に、王国の議席を用意させることだ。一定数の議席を、両方の議会に確保させることで、共和国の流儀にのっとって国を支配する。ユリウスの発想ではない。
クリスティーネからユリウスに伝えられた”落としどころ”だが、ユリウスが誰から出た”アイディア”なのかすぐに気が付いた。
領土の割譲を行ってしまえば、王国内の貴族が”コバエ”のように湧いて出て来る。しかし、議席なら”うまみ”は少ないと思って、目に見える利益が出るまで”コバエ”は寄ってこない。目端が利く者たちは、デメリット以上のメリットがあるとわかるはずだ。国内の貴族を篩にかけることができる。
ユリウスが、皆の意見を聞きながら考え出した落としどころは、共和国に”毒”を仕込むのと同時に王国内の貴族に対する篩でもある。ある意味では、王国に向けての”毒”でもある。
(篩か・・・。アルのやつも面白いことを考える)
”落としどころ”は、共和国内でも受け入れられた。議席数を現在デュ・コロワ国が保有している数としたことが、共和国の他の国々から妥当とされた。
共和国の各国はこれ以上王国の軍が内部を食い荒らすのを”よし”としなかった。そのために、領土の割譲ではなく、ダンジョンの割譲と議席だけなら、問題はデュ・コロワ国内に留められると考えた。
王国が確保できる議席は、デュ・コロワ国と同じ議席だけだ。簡単に言えば、王国が何か議題を上げても、デュ・コロワ国が反対に回ればつぶせる程度の数で大きな問題にならないと考えられた。
しかし、足元で大きな問題が進行しているのを、共和国の議会は知らない。共和国にあるダンジョンが、次々に攻略されて、物資の産出が絞られ始めている事実を・・・。
共和国は、ウーレンフートのような攻略難易度が高いダンジョンはないが、鉱石や好物。食べられる穀物や肉や草木。水や塩などの生きるために必須な物が得られるダンジョンが多く点在している。多くのダンジョンを有する国が、議会でも大きな発言力を持っている。議会制をうたいながら、議席数以外で発言力が変わってくる歪んだ体制で運用されている。
アルノルトは、ヒューマノイドタイプを作成して、共和国内のダンジョンの攻略を行っている。
すべてをアルトワ・ダンジョンの配下において、リスプに管理を任せている。共和国のダンジョンは、ヒューマノイドでも攻略が完了できる。条件が存在しているが、アルノルトは条件を整えたうえで攻略を行っていた。
共和国から承諾した旨の書簡がユリウスの下に届けられた。デュ・コロワ国から、条件を含めて受諾する旨の書簡が届けられた。
書簡を読み終わったユリウスは、戻ってきたギルバードに話しかける。
「ギル?」
ユリウスが投げてきた書簡を受け取ってギルバードが眉をひそめながら返事をする。
「ん?」
ユリウスの手元には、もう一つの書簡がある。
クリスティーネから王国からもたらされた情報だ。これは、まだ正式な書簡ではないが、ほぼ間違いなく認められるだろう内容だ。
「議席の一つは、ライムバッハ家で確保することになったが、おまえが座るか?」
「魅力的な提案だけど、遠慮しておく。ユリウスは、無理だよな」
「あぁ本当なら、アルノルトが適任だが・・・」
「無理だな。それに、俺はエヴァに殺されたくない」
「ははは。そうだな。共和国よりも、エヴァの方が怖いな」
「あぁ・・・」
天幕の中には、学生の時から付き合いがある者しか残っていない。
包囲網の解除が決まって王国側も区切りがついたと判断した。次のシーンへの準備を行っている。
もちろん、気を緩めてはいない。
共和国だけではなく、デュ・コロワ国が攻撃を仕掛けて来る可能性が皆無だとはいえない。
包囲網が解除されたのを確認したのか、共和国からの使者が駆けつけてきた。
外が騒がしくなってきて、護衛の一人が天幕に入ってきた。
護衛は、王国との交渉を担当していたデュ・コロワ国の使者だ。ユリウスも、ギルバードも、話し合いの場で会っているので顔は覚えている。護衛が、使者を天幕の中に無条件で連れてきたのは、ユリウスから”使者が来たら連れてこい”と命令されていたからだ。
一般的な対応では考えられないことだが、使者はそんな”ありえない”対応をされていることにも気が付かないくらいに慌てている。
「使者殿?どうかしましたか?」
使者が慌てている理由は、ユリウスたちは予想ができている。
そして、使者では解決ができないこともわかっている。
「ユリウス殿下」
「何度も言わせないでください。私は”殿下”ではありません。ライムバッハ家当主代理です」
「失礼いたしました。ユリウス様」
「それで?。私たちは、約束通り、包囲網を解除しました。次は、貴国が約束を守る番だと思いますが?」
自分の間違いを訂正して、使者が仕切りなおそうとするが、ユリウスが自分たちのペースで話をすすめる。
「はい。もちろんです。しかし・・・」
「ん?使者殿は何か勘違いされていませんか?」
次の言葉を繋げようとする使者の言葉を切り捨てて、ユリウスが、言葉を紡ぐ。
実際に、何が発生しているのかわかるだけに、使者に全部を説明させる必要はない。そして、説明する前に、自分たちの立ち位置をはっきりとさせる。
「・・・。勘違いでございますか?」
ユリウスの言葉を聞いて、使者は自分たちが何か勘違いしているのか?間違っているのか?不安になって聞いてしまった。
「”しかし”なんて言葉は必要ないのですよ。包囲網は解除しました。物資の搬送も許可しました。これ以上。私たちに何がお望みなのですか?提案を受け入れていただけると、共和国からもデュ・コロワ国からも議会の承認が得られたとお聞きしましたが?私たちの勘違いなのでしょうか?それなら残念ながら、”承認をいただけなかった”と考えて、行動を開始するしかないですよね?」
ユリウスが一気に話す内容を聞いて使者の顔が青くなる。
承認が保護されたとユリウスが判断した。それは、王国軍の全面攻勢につながる。今、デュ・コロワ国は、ユリウスたちが率いる王国軍に対抗できる状況ではない。
「ユリウス。そう、使者殿を問い詰めても、ダメだろう。もしかしたら、使者殿が俺たちが望んだ”物”を持ってきたかもしれないだろう?」
ギルバードがユリウスの言葉を引き継ぐ形で、使者の助け舟になっているが、沈みかけている泥船を提示する。
「・・・」
使者も泥船なのがわかる。それに、ギルバードが言っている内容は、使者にとっては意味がない助け船だ。
「ギル。おまえの言い分はわかるが、使者殿がお一人で来ているのは間違いない。そうだろう?」
使者は、ユリウスとギルバードの茶番を聞かされることになる。
「はい。使者殿は、護衛以外には誰もお連れではありませんでした」
「ギル。おまえの予想は外れたな。使者殿?私たちは約束を守った。認識が違いますか?」
茶番だとわかっていても、その茶番に対する反論ができない立場だ。
「・・・。はい。包囲は解除され、流通も・・・。しかし・・・」
「何か?私たちは、譲歩に譲歩を重ねていますよ?」
使者は額に浮かぶ汗を拭きながら、必死に自分の使命を果たそうとするが、ユリウスが許すわけがない。
背中を流れていた汗は既に流れていない。青かった表情も、青から白に変わりつつある。
気を失えばどんなに楽なのか、そして、自分が気を失った瞬間にデュ・コロワ国はすべてを失うこともわかっている。
「はい。はい。それは・・・。かしかに・・・。しかし・・・」
使者は、最後の気力を振り絞ってユリウスの表情を見てから、自分の役割を果たそうと、足と腹に力を入れる。