俺とカルラは、荷物や馬車を置いて、アルバンが戦っている場所に急いだ。
アルバンが負けるとは思っていない。
俺とカルラが問題に思っているのは・・・。
アルバンが、相手を殺してしまう可能性があることだ。
アルバンの過去にも影響しているのだが、アルバンにはトリガーが存在している。トリガーが引かれると俺やカルラが対応しないと、抑えられない。今回は、大丈夫だとは思うが、何があるかわからない。
アルバンを襲った奴らが殺されようが、どんな酷い結末を迎えようが、気にしない。
しかし、アルバンが落ち込むのは避けたい。暴走したことをアルバンが気にするからだ。
共和国のダンジョンを攻略している時にも、攻略組を自称している奴らがアルバンに殲滅されている。
強さはウーレンフートで考えれば、下層を抜けるのが限界程度な奴らだったが、クズの見本市のような奴らだったので、殲滅は気にしなくてもよいとは思うのだが、アルバンが暫く落ち込んでしまった。
「カルラ!」
「大丈夫です」
カルラも解っているようだ。
アルバンが暴走し始めたら動きが変わる。本来の力が解放されるのではなく、近い者に攻撃を仕掛ける。それこそ、対象が死ぬまで攻撃を止めない。
見えてきた。
暴走はしていない。アルバンは、捕えた者たちの武装を解除している。
「アル!」
「兄ちゃん!」
「何があった?」
カルラは、俺とアルバンを追い越して、倒れている男たちの後ろに回り込む
潜んでいる者や監視をしている者が居ないか確認をするためだ。
「おいら。兄ちゃんに言われた通りに、採取を行っていたら・・・」
馬車の中に保管していた薬草が減っているのに気が付いて、薬草の採取をしておこうと考えたようだ。
そこで、急に村人のような奴らに襲われて、返り討ちにした。
簡単に説明された状況だけど、ほぼ、その通りなのだろう。
最初は、一般的な接触だったようだ。
アルバンが採取してまとめていた薬草を分けて欲しいと言ってきたようだ。
もちろん、アルバンは拒否する。自分で採取するなら好きにすればいいと伝えた。
元々、奪うつもりだったのか?アルバンが子供だったのか・・・。また、その両方なのか・・・。武器を構えたので、アルバンは応戦した。
「カルラ!」
「大丈夫です。近くには、誰も居ません」
「わかった。さて、尋問を開始しようか?」
刀を取り出して、捕えられている者たちに近づいた。
それだけで、しゃべる。しゃべる。聞いても居ないことまで・・・。
共和国のダンジョンがあった街から流れてきた流民だ。
盗賊や野盗の様な行為は、初めてだから許して欲しい。らしい。許すわけがない。
「カルラ。こいつらを連れて行くのは面倒だ。殺していくか?」
「そうですね。私たちが必要な情報を持っているようには思えません。奴隷商に売っても、共和国ではあまり意味がありません。帝国に連れて行くのは、面倒です。始末してしまうのがよろしいでしょう」
「そうだよな。アルバンを殺そうとしたのだから、殺されても、文句はないだろう」
刀を抜いて、男たちに近づくと、命乞いを始める。
アルバンを子供だと思って、楽に奪えると考えるような連中だ。ここで、逃がしても・・・。俺たち以外が被害にあるだろう。そして、同じ事を繰り返す。
「兄ちゃん?」
「ん?アル?どうした?」
アルバンが、男たちを指さして、アルトワ・ダンジョンで働かせると言い始めた。
その対価は、アルバンが育った”院”に送られる。金貨100枚分の対価の支払いが終わったら、命を助ける。自由にはしない。
アルバンが妥協点を提供した。
男たちは、アルバンの提案に飛びついた。
男たちは、俺たちが乗ってきた馬車に乗せられて、アルトワ・ダンジョンに向かわせる。
もちろん、男たちは拘束した状態で荷台に放り込む形にする。
面倒なので、馬車を曳いているヒューマノイドタイプに指示を出して、アルトワ・ダンジョンに向かわせる。エイダも一緒に向かわせる。
物資は、俺が持っているから問題ではない。
エイダだけなら、アルトワ・ダンジョンから移動ができる。ウーレンフートで合流すれば問題はないだろう。
カルラが、馬車を持ってきた。
男たちは何か言っているが無視して、荷台に放り込む。
エイダに、ヒューマノイドへの指示を頼んだ。これで、馬車は大丈夫だ。エイダは、俺に着いて行きたいようだが、王国に到着したら、ウーレンフートに戻って、エイダとアルバンとカルラと一緒に王都に向かう。
「カルラ。行程は、大丈夫だよな?」
「はい。予定通りに進めば、10日以上の余裕があります」
「それなら、大丈夫だな」
いろいろあったが、行程をすっ飛ばしたことで、余裕が産まれた。
エイダには、”ウーレンフートで合流”を指示する。エイダも、やるべきことは解っているのだろう。
エイダには、アルトワ・ダンジョンの領域に入ったら、ダンジョンの最下層に移動してもらう。
アルトワ・ダンジョンにいる者たちにも見せたくない物が馬車には積まれている。それらを、一緒に最下層からウーレンフートに移送してもらう。魔石を使った魔道具関連も隠しておく、この辺りなら必要な武器も一般的な物で十分な対処ができる。
他にも、防具も落とすことにした。
馬車を使っていない事を国境で何か言われる可能性がある為に、必要最低限の武器と防具だけを持って移動する。
クォートとシャープと合流が出来れば、行商人の真似事を偽装するくらいには荷物を持って国境を越えられる。
エイダの馬車には、男たちの行為と処分を書いた手紙を添えておく、カルラがいうには途中で馬車に、俺たちを見守っている者たちが合流するので、無人でも大丈夫だと言われた。
「大丈夫なのか?」
「はい?」
「俺の監視が居なくなるのだろう?」
馬車が離れたタイミングで、人が離れていくのが解る。
「大丈夫です。代わりの者が来ます」
「そうか・・・」
代わりがいるのか?
まぁ居るだろうな。
探索を、生命探知系のスキルに切り替えれば、範囲が広がるのが解る。
カルラが言っている交代は、範囲には居ないようだ。
生命探知に切り替えれば、平面になるが、距離が伸ばせる。
森の中なら、生命探知の方がいいだろう。アンデッドなら見た目で解る。動きが怠慢だから、見てからの対応でも大丈夫だ。空からの奇襲もあまり考えられない。下からの奇襲は無いと考えていいだろう。
生命探知にスキルを切り替えた。
シャープとクォートがこちらに向ってくるのが解る。
急いでいるのか、加速している。
問題があれば、連絡はできる。
しまった!
魔石を取り出して、カルラに投げる。
「カルラ。クォートに状況の説明を頼む」
「え?」
「クォートとシャープがこちらに急いでいる」
「・・・」
「多分、俺たちが乗っているはずの馬車が加速して、戻ったから、急いで合流しようとしていると思う」
「そうですね。わかりました」
カルラは、納得して連絡を始める。
「兄ちゃん。ごめん」
「アル。この辺りに、視界が開けた場所は?」
「え?」
「クォートたちを誘導するにしても、森の中だと奇襲が怖いからな」
「あっ!うん。見つけてあるよ」
アルバンの誘導に従って移動する。
場所は、離れていないが、確かに視界が開けた場所だ。
2-3メートルの高さの丘になっている場所だ。
ここなら、奇襲は難しいだろう。このくらいの高さなら、生命探知のスキルを使っていれば、近づいてくる者たちを見つけることができる。
それに、アンデッドが出てきても、見つけられる。対応も十分に行える。
「カルラ。アル。クォートたちと合流したら、王国に戻るぞ」
「はい」
「うん」
二人とも、嬉しそうに返事をする。
王国を離れて、共和国のダンジョンを攻略した。
新しい力は、得られなかったが、基礎力は上がったと思う。
制御が楽になっている。
余裕が感じられるようになってきた。
森から、クォートたちが乗る馬車が見えた。
アルバンが、馬車に向って駆け出す。
何度も言っているが・・・。アルバンの行動は俺の制止よりも早い。
確認を取ってから動き出して欲しい。
丘の頭頂部に座っていると、注ぎ込む太陽が気持ち良い。風も気持ちがいい。吹きおろしの風だ。
「アル!」「アルバン!」
何があった?
俺とカルラは、武器を抜いて走り出していた。
丘の頭頂部に座っていると、注ぎ込む太陽が気持ち良い。風も気持ちがいい。吹きおろしの風だ。
「アル!」「アルバン!」
何があった?
俺とカルラは、武器を抜いて走り出した。
丘から駈け下りる。
数十メートルの距離がもどかしい。
「クォート!シャープ!」
ダメだ。
森から出てくる奴らを抑えるだけで精一杯だ。二人が苦戦しているわけではない。連携が阻害されている。
違和感しかない連中だ。強いわけではない。数が多いわけではない。でも、ダメージをダメージとして認識していない?
武器を恐れていない。
でも、武器の扱いに慣れているようには見えない。武器も防具も服装もバラバラだ。どういった集団か解らない。
エイダが居れば分析をして、共通点から想像が出来たかもしれない。
エイダをアルトワ・ダンジョンに向かわせたのは失敗だったか?
まずは、怪我をして苦戦しているアルバンを助ける。
「カルラ!アルを助けろ!」
俺は、遠距離からスキルで補助を行う。
大技を使うには、アルバンやクォートやシャープが近すぎる。
相手を無力化する方法はないのか?
「はい」
アンデッドではない。魔物に変異しているようにも見えない。人だ。でも、人だとは思えない。意識が希薄で”個”がない。
アルバンも、苦戦はしているが余裕があるようにも見える。
敵意がない?
クォートとシャープも敵意がないから、対処が後手後手に回っている。
どうなっている?
カルラが、アルバンと敵の間に割り込む。アルバンを攻撃していた奴らは、間に割り込んだカルラを攻撃する。
襲ってきている連中は、訓練を受けている印象はない。スキルを使っている様子もない。
観察をしていて気が付いた。
「カルラ!アル!そいつら、攻撃のタイミング・・・。予備動作がない。身体を動かすのに、筋肉ではなく、未知のスキルを使っている。人形と戦っていると思え!」
操っている奴が居るかもしれない。今の助言で動きが変わるようなら、操っている奴が近くに居る。
動きに変化は見られない。
カルラとアルバンも、動きに慣れたのか、先手が取れ始めている。
これなら、安心して・・・。
クォートとシャープの加勢に迎える。
「カルラ!アル!そっちは任せる。徐々に、クォートとシャープ側に誘導してくれ」
「はい」「うん」
二人から承諾が得られる。
誘導は難しいかもしれないけど、移動はできるだろう。
「クォート!シャープ!」
反応が鈍い。
「旦那様」
クォートが戦いつつ、下がってきているのが解る。
戦えていない。抑えている?
ヒューマノイドタイプの設定に何か問題があるのか?
執事服がボロボロになっている。
シャープもメイド服が破れている。
ブラックボックスになっている部分はないはずだ。
エイダと俺で詳しく調べた。
状況が異常なのか?
それとも、俺が知らない何か設定が生きているのか?
襲ってくるのは、”人”だ。
魔物ではない。武器を持っていない。殺意もない。しかし、攻撃をしてくる。
そうか、クォートとシャープは、明確な攻撃でない為に、襲撃者の撃退が出来ない。
目の前で行われる。自分以外への明確な殺意の確認が出来ない為に、攻撃対象として認識が出来ていない。
「シャープ!クォート!身体を触らせるな!俺に近づけるな。近づいた者を排除しろ!」
それなら、明確な殺意を対処すべき攻撃に変えてしまえばいい。
ヒューマノイドタイプの基礎に関わる事だ。
小説の世界にあるような、”ロボット三原則”をAIに当てはめて考えたのが間違いだったのか?
”人の安全を脅かしてはならない。人の権利や尊厳を尊重しなければならない。指示に従い目的や役割の為に活動する”
今のクォートとシャープの行動は、俺が定めた”仕事”を完遂するための行動だ。
自己の身体への攻撃は対処すべき問題ではない。
”仕事”を行う為の定義を変えてしまえばいい。
”パチン”
指が鳴る音が響いた。
こんなに、大きな音がするのか?
え?
シャープとクォートに纏わりついていた人たちは動きを止めた。
何だ?
”パチパチパチ”
「いやぁここまで完璧に対処されてしまうとは・・・。アルノルト様。逞しくなりましたね。私は嬉しいですよ」
え?
あいつは・・・。
忘れられない。
あいつは!!!
「クラーラ!!!!」
刀を抜いて突っ込む!
お前だけは!お前だけは!
「怖い。怖い。アルノルト様。また強くなりましたね。従者だけじゃなくて、傀儡子まで使われて、私は嬉しいですよ」
ダメだ。
クラーラには届かない。
俺の攻撃がいなされてしまう。
スキルを併用しても届かない。
「っぐ」
「アルノルト様。癖が直っていませんよ。攻勢に逸る気持ちは解りますが、防御が甘いですよ。ほら、ここも・・・」
クラーラの蹴りが腹に突き刺さる。動きは見えていた。なのに防ぐことができなかった。肩を軽く推されてバランスが崩れてしまう。
手加減されて、遊ばれて、俺は弱くなったのか?
「クラーラ!何故だ!」
「はて?何をお聞きしたいのですか?」
「貴様!」
距離を離して、クラーラを観察する。
奴は、武器を持っていない。
「木龍!」
「ダメですよ。それは見ました」
交わすのは想定していた。
同時に、水龍を呼び出して、頭上から襲う。少しでも濡れたら、凍らせる。動きが鈍れば、捕えられる。
「ははは。アルノルト様。本当に、強くなりましたね。少しだけ本気をお見せしましょう」
な・・・。
クラーラがどこから武器を取り出したのか。
見えない。
「・・・」
水龍が消される。
スキルが霧散する。
クォートとシャープが、糸が切れたマリオネットのように倒れ込むのが解る。
「っ」
居ない。
「アルノルト様」
後ろ
「ダメですよ。戦闘中に、相手から視線を外しては・・・。でも、これじゃ、他の者には、アルノルト様のお相手は厳しいですね。困ったことだ」
「なっ。貴様!」
「今日は、後始末と回収が目的ですし、貴方が居るとは思っていなかったので、帰ります。貴方の始末も指示されていません」
「待て!」
俺の首筋に当てていた剣を納めた。
振り返ると、クラーラは10歩ほど離れた場所に立って俺を見ている。
食客として、ライムバッハ家に居た時と変わらない姿で、変わらない視線で、変わらない声で、俺を・・・。何故だ。
「そうだ。アルノルト様。これを、プレゼントします」
クラーラは、黒い石を俺に向かって投げる。
「これは・・・」
「そうですか、貴方でしたか?面白い偶然ですね」
「クラーラ!」
「魔物を暴走させ、進化させる石ですよ。ご存じですよね?」
頭が冷えて来る。
クラーラは殺さなければならない。でも、今の俺では無理だ。もっと力がいる。
「あぁ」
「対処していたのは、貴方でしたか?」
「さぁ対処とは?知らないな」
「ははは。腹芸は、旦那様、ライムバッハ辺境伯には敵わないようですね。まぁいいでしょう。その石は、私の腐った同僚が作ったのですが、気持ち悪いので、回収して処分するつもりだったのですよ。アルノルト様が代わりに対処してくれたようで、ありがとうございます」
「・・・」
「安心してください。その石を作った奴は、私たちの美学に反する行動でしたので殺しました。その一派を追って来たのですが、くだらない事をしていたので、追い詰めて殺したのですが・・・。まさか、アルノルト様にお会いできるとは、あのクズたちも、最後に面白い事をしてくれました」
「教えろ」
「何を?聞きたいのですか?お父上の事ですか?」
「違う」
「それなら?何をお聞きしたいのですか?」
「お前の、お前たちの目的は!」
「あぁそういえばお伝えしていなかったですね。妖精の涙ファーストのクラーラと言います」
綺麗なカーテシーを披露する。
妖精の涙
組織の名前か?
「・・・」
「盟主様が目指すのは、貴族や王族や皇族や宗教に頼らない民による。平等な世界です。私たちは、その為に活動をしています」
「平等な世界?」
「はい」
「平等?平等な世界?耳障りの言い言葉だな」
「ははは。耳が痛いですね。また、いずれ、お会いすることもあるでしょう。私は、この辺りでひかせてもらいます。クズの始末に来て、大きな収穫が得られました。アルノルト様。信じられないかもしれませんが、私は貴方が眩しくて羨ましいのです。そして、貴方の事が大好きです。殺してしまいたいくらいに!」
消えた?
『アルノルト様。私は帝国に帰ります。皇都に来られる時には、妖精の涙を訪ねてください。盟主と共に歓迎いたします』
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
クラーラ!
クラーラ!
お前だけは、お前だけは・・・。
『アルノルト様。その”絡繰り”はダメです』
指を鳴らす音が響いた。
「アルノルト様!」
カルラが慌てて、俺に駆け寄ってくる。
剣は構えたままだが、クラーラの姿が見えない。スキルを使うが、クラーラを補足さえできない。
「アルノルト様!クォートとシャープが!」
カルラに指摘されて、二人を見ると、糸が切れたかのように、身体から力が抜けて、座り込んでいる。
バックアップは作成してあるので、復元はできるだろう。
しかし・・・。
その前に、クラーラは、”何を”やったのだ?
それに、”絡繰り”と言っている。方法は解らないが、クォートとシャープを”絡繰り”と呼んでいる。もしかして、似たような技術が確立しているのか?
『おや。違うのですね。動かなくなった様ですが・・・。ふむ。盟主様に、ご報告しなくては・・・』
クラーラの声だけが聞こえる。
「クラーラ!どこにいる!出てこい!殺してやる!」
『怖い。怖い。アルノルト様。貴方様は、いろいろな所で恨まれていますよ。注意してください。貴方様は、盟主の贄なのです』
「クラーラ!贄とはなんだ!俺に何をさせたい!」
『廃棄物で申し訳ないのですが、遊んでください。それでは、またお会いするまで、ご壮健であられますよう』
「クラーラァァァァァァァァァ!」
俺の声だけが、虚しく森に吸い込まれていく・・・。
探索スキルを限界まで広げたが、ヒットしない。
転移?そんな事ができるのか?
似たような事はしているが、あれはダンジョンの権能を使っている。ダンジョンの領域内でなければ使えない。
奴らは、ダンジョンの外でもダンジョンの権能が使えるのか?
「アルノルト様!黒い獣です。数、多数!」
「何!?アルは!」
「だ、大丈夫。兄ちゃん。戦える」
頬を叩く。
そうだ、クラーラに構っていられない。
アルバンとカルラと生きて帰らなければ、約束が・・・。
「すまん。アル。俺と一緒に突っ込むぞ。カルラは、補助。行くぞ!」
「「はい」」
黒い獣の置き土産
これではっきりとした。
黒い石と黒い獣は、帝国の・・・。クラーラが属している組織が作った物だ。解ったから、何か解決するわけではない。しかし、点と点が結ばれた。
正面だけではない。
後ろ以外から黒い獣が攻め込んでくる。
立ち止まっていれば、囲まれてしまう。ワクチンのスキルを発動するが、効き目がない。
新しくワクチンを作っている暇はなさそうだ。
後ろは安全だとは思う。
クォートとシャープの後をついてきた”元アルトワ町の住人”たちだ。戦いは難しそうだ。
唯一の救いは、疲れ切っているのか、心が死んでいるのか、黒い獣を見ても、反応が薄い。
大声を上げられたり、暴れられたり、パニックになって黒い獣のヘイトを獲得しないだけ”まし”だと思っておこう。
黒い獣が、俺たち以外に向っていくのは、別に構わない。その結果、元住民が殺されても、かまわない。自分の身は、自分で守って欲しい。俺が懸念するのは、住民がヘイトを獲得してしまって、パニックになって逃げ出すのが怖い。黒い獣が群れでまとまっているので対処が出来ている状況なのに、住民を襲うために、戦線が広がってしまうと、俺とアルバンとカルラだけで支えるのは不可能だ。
今の広がりでギリギリなんとか戦えている。
もしかして、クラーラが俺たちを分析して・・・。
今は、あいつの事は考えない。考えるな。
まずは、この戦場から生きて帰る。
クォートとシャープが動いてくれれば、戦線の維持が楽になるのに、ダメなようだ。
二人を感じることは出来ている。しかし、生体情報が壊れているのか?情報伝達が出来ていないのか?動くことが出来ないようだ。
「アル!」
「うん!」
アルバンが、下がって俺を回り込んで反対側に移動する。
スキルを発動して、アルバンが居た場所に石壁を作成する。
「カルラ」
「はい!」
カルラが、石壁を回り込んで、黒い獣の集団に切り込む。
空いたスペースにアルバンが追い打ちをかける。
「アル!カルラ!下がれ!」
そこに、雷龍のスキルを放つ。
今まで、黒い獣と対峙してきた。戦いを経験して、”雷”が効果的なのは解っている。
雷龍は二人が下がった隙間に降り立つ。
加速して、黒い獣に襲い掛かる。クォートやシャープたちの戦闘経験から動きも洗練されている。出し惜しみはしない。プログラムが付与されている魔石も利用して、雷龍を産み出す。
「カルラ!」
「およそ、1割」
まだ10%程度しか倒していないのか?
スキルがギリギリだ。魔石の残数は多くない。帰るだけだと思って、アルトワダンジョンに置いて来てしまっている。
「くっ」
弓?
道具を使う者がいるのか?
「カルラ。後方に、遠距離を攻撃できる奴がいる。対処できるか?」
「兄ちゃん。おいらが!」
「アルは、雷龍が倒し損ねた奴を頼む」
「うん」
「やってみます」
カルラがスキルを発動する。
弓の精度を上げて、弓で攻撃を行うようだ。
スキルでの攻撃では、仕留めきれないと判断したのだろう。
アルバンは、俺の前に出て、襲ってくる黒い獣を切り始めている。
1体1体なら対処は容易だ。
1撃では屠れないが、負ける事はない。
戦闘が開始して10分近くが経過した。
雷龍の消耗から、時間を予測したのだが・・・。
徐々に、黒い獣との距離が空き始めている。
今なら逃げられるが、アルバンもカルラも逃げるという選択肢はないようだ。
後ろにいる住民たちから距離が出来たと思えばいいのか?
アルバンとカルラも、俺の意図がわかるのだろう。
徐々に黒い獣との距離を詰める。
木々が生い茂っている部分まで、後退させたい。
何度かの攻撃の波を乗り越えた。
黒い獣は、木々の辺りまで押し返せた。
「カルラ。右側に石壁を出せるか?」
「はい!」
カルラが、俺のいる位置まで戻ってきて、スキルを発動する。
右側に石壁が現れた。
俺も、カルラのスキルに合わせて、左側に石壁を生成する。
空地を石壁で覆う必要はない。
黒い獣が出て来る部分を少なくするのが目的だ。
戦闘時間は長くなるが、負担が減る。
「アル。休め。カルラ。前を頼む」
「兄ちゃん!おいら」「アル。ダメだ。まだ、半分にも到達していない。休める時に休め」
「わかった」
アルバンが抜けた場所をカルラが支える。
カルラ一人では、前衛を任せられないので、俺も近接戦闘に切り替える。
アルバンが復活してきて、前線が安定した。
1時間くらいが経過した。
「カルラ。下がれ」
「私は、大丈夫です。先に・・・」「カルラ!」
カルラの疲れが酷い。
支えられている間に休んで貰ったほうがいい。
言わなくても解っているだろうけど、焦りが見え始めている。
「わかりました」
カルラが後方に下がる。スキルを中心にして戦っていたアルバンが前線に上がってくる。
3人でローテーションを行い黒い獣を倒し続ける。
カルラの宣言で、残り半分。
スキルの底が見え始めている。
既に魔石は使い切ってしまっている。
相手が、死体が残らないのが攻めもの救いだ。
もう何体切ったのか、何体スキルで倒したのか解らない。
数体だけど、普通の魔物が混じっていた。
石壁への攻撃がないのも助かっている。
ひたすら、俺たちだけを狙ってきている。
クラーラの目的が解らない。
”廃棄物”と呼んでいた。物量で押し切る為の黒い獣ではないのか?
終わりが見えてきた。
本当に終わるのか解らないが、黒い獣の圧力が明らかに弱くなっている。
何とかなるのか?
刀を持つ腕に力を入れる。
アルバンもカルラも満身創痍だ。
怪我は無いようだが、疲労の色は隠せない。
後ろの使えない奴らは、本当に何ができるのだ?
俺たちの戦いを、眺めているだけだ。助けようともサポートもしようとしていない。
それどころか、生きているのさえ怪しい。息はしているようだけど、動きが遅い上に、規則的な動きしかしていない。初期に作ったヒューマノイドタイプのようだ。学習が施されていないのだろうか?
違う。人間だ。
ヒューマノイドではない。生きている。
でも、”死んでいない”状態にしか見えない。
「おいおい。クラーラ。最後に、それは・・・」
カルラがラスト1体と言ってから出てきたのは、今まで獣が狼型や猪型や鹿型などの野生動物の姿をしていたのに、最後に姿を現したのは・・・。
「ドラゴン?」
アルバンの呻きとも取れる呟きから、最後の相手は”ドラゴン”のようだ。
黒いドラゴン。ブラックドラゴンでないことを祈ろう。
「アルバン!カルラ!出し惜しみはなしだ!やるぞ!俺たちなら倒せる!」
黒ドラゴンは、黒い靄を纏っているようにも見える。
ブラックドラゴンではなさそうなのは・・・。不幸中の幸いか?
考えていても意味がなさそうだ。黒ドラゴンは、既に戦闘態勢だ。
四体の龍を呼び出す。
黒ドラゴンに突っ込ませるが、ダメージを与えているようには思えない。靄は、一瞬だけ剥がれるがすぐに元に戻ってしまう。それだけではない。龍を吸収しているようにも見える。
アルバンとカルラも、後ろを気にしながら攻撃を加えるが、黒い靄が崩れるだけで、すぐに戻ってしまう。
「カルラ!」
「はい。スキルで攻撃します」
「頼む。アル。下がるぞ」
「うん!」
カルラにスキルで攻撃をくわえてもらう。俺とアルバンは、カルラの斜線に入らない様に前面をあけるが牽制の為に、適度な距離で牽制を行う。ヘイトが俺に向っていればいいのだが、この黒ドラゴンはヘイトが俺たちに向ってこない。
攻撃を加えている時には、ヘイトが向いてくるが、近くに居る者にヘイトが向いたり、攻撃を加えた者に向いたり、弱い者に向いたり、不自然な動きが多い。ヘイトの管理ができない。不自然なくらいに攻撃対象が定まらない。規則性がない。
問題は、弱い者にヘイトが向いた時だ。
俺やカルラやアルバンではなく、後ろに居る死んでいない者たちにヘイトが向った時だ。逃げてくれればいいのだが・・・。水から出た魚のように、その場で蠢いている。逃げる行動を取らない。バラバラに逃げられないだけマシというレベルだ。
「カルラ!アル!時間を稼いで欲しい」
「はい」「うん」
俺は戦列から外れる。
二人の戦闘力でも十分に戦える。倒すのは難しいかもしれないが、その場に留めることはできる。大丈夫だとは思っているが、心配になってしまう。
トリックが何かあるのではないかと観察を行う。
後ろに回ってみたが、ドラゴン?の形態だ。
でも、何か違和感がある。
なんだ、この違和感は?
考えろ。思考を止めるな。
「カルラ!アルバン。スキルを使わないで攻撃をしてくれ!」
「はい」「うん」
カルラとアルバンから出ていたスキルが止まった。
やはり。
黒い靄のような物は、スキルを吸収している。
攻撃が効いていない様に見えるが・・・。違う。スキルを吸収して回復をしている。
そうなると、スキルがついている武器もダメか?
「アル。スキルがついていない武器を持っていたな」
「うん?凄く弱いよ?」
「それで攻撃をしてくれ!カルラは、アルの補助を頼む」
「はい」
アルバンが剣を取り出すまでの間は、カルラが牽制を行う。
アルバンがスキルがついていない武器で攻撃を加える。
やっと違和感の正体が解った。
「カルラ!」
カルラも解ったようだ。
武器を持ち替えている。
模擬戦で使うスキルも刃もついていない頑丈なだけが取柄の武器を持ち出している。
スキルを吸収している。
それだけではなく、黒ドラゴンは実体が不定なのだ。多数の黒い石が集まっている。それが、靄で繋がっている。一つ一つを分離して倒していく必要がある。分離した物はワクチンが効くので、カルラとアルバンが分離した黒い石を俺が駆除する。ワクチンを適用することで倒せるので、倒すのは難しくはないのだが、嫌らしい作りになっていて、時々変異種と呼ぶべきなのか、ワクチンだけでは倒せない黒い石がある。
ワクチンが効かない黒い石も、二つ以上に割ってしまえば機能を失うようだ。
黒い石は、黒ドラゴンから引き剥がしても、ワクチンを適用するか、破壊しなければ元に戻ろうとする。
核となる物があるのだろう。
連戦で疲れていて、巨大なスキルを使って一気に倒そうとしていたら、俺たちがやられていた可能性が高い。
運がよかった。
1時間かけて、黒ドラゴンが一回りほど小さくなった。
それでも、まだ10メートルを越す巨体だ。
対処は作業になってしまっている。
攻撃の種類は多くない。対処はパターン化してきている。
もしかしたら、俺たちの使ったスキルを吸収する前提で動きがプログラムされているのかもしれない。
面白い試みだと思う。
スキルの吸収を考えたことが無かった。
結界に応用ができれば、結界が攻撃手段を得る事になる。
「兄ちゃん!」
俺の所に黒ドラゴンが突っ込んできた。
簡単に避けることができた。
俺は黒い石を処理しているだけだ。俺にヘイトが向くとは思えない。
しかしヘイトが向いている。カルラとアルバンが攻撃を加えているのに、俺に向ってくる。
黒ドラゴンの突進や攻撃を交わしているので、避けタンクのような感じになっている。
2時間くらいが経過したか?
黒い靄が殆どなくなった。
黒ドラゴンだと思っていたのは、キメラと表現した方がいいのか?
いくつかの魔物の特徴を兼ね備えた物だ。
吐き気がする。
クラーラたちが、こんな物を作って何をしたかったのか解らない。
そして、核となっているのは、魔物ではない。
人だ。
「カルラ!あの武装は知っているか?」
「はい。帝国の標準的な兵士が使う防具です」
「兵士?」
「士官級です」
「調べたら、部隊が解るか?」
「わかります。私ではなく、王国に居る者に・・・」
簡単に言えば、クリスティーネを頼る必要があると言うことだな。
でも、やっとクラーラに繋がる細い糸だ。しっかりと手繰り寄せたい。
「わかった。アル。カルラ。あの武装を確保。他は、送ってやれ!」
「はい!」「うん」
どの程度の魔物や人が繋がれているのか解らない。
生きているのかも解らない。
口や目や耳があり、動いているようにも見える。意識があるのか解らない。
俺には、助ける事はできそうにない。
黒い石が無くなって、本体が露出した。
「兄ちゃん!」
「あぁ。カルラ。試してくれ」
「はい」
最初に気が付いたのはアルバンだ。
近い所で戦っているので、当然だろう。
本体か解らないが、ドラゴンの形をした歪な物体は、スキルを使いだした。
それも、法則もなくいきなりスキルが発動している。
「カルラ。大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
被弾はないが、俺たちは既に4時間以上戦い続けている。
気力だけで戦っている状況だ。
その中で、相克するスキルが放たれている。
対処が難しい。
カルラだけでは、抑えきれなくなってきている。
「俺も!」
「アルは、攻撃を続行。スキルへの対処は、俺が行う」
スキルを封殺するのが難しい。
アルバンの方向に向かない様にするので精一杯だ。
「アル。機動力を奪え」
「うん」
足になっている部分を倒してしまえば、動きが制限される。
動かなくなるだけで、スキルへの対応が楽になる。
アルバンに向ってくるスキルだけ対処すればいい。
アルバンにヘイトが固定されている状態になっている。
黒ドラゴン・キメラの本体への攻撃が開始された時点でヘイトが固定されている。
足の部分に居た魔物が離れた。
蠢いていた魔物をカルラが止めを刺す。
「うっ」
「悪趣味な・・・」
外側の魔物を剥がしたら、今度は人が大量に出てきた。
それも、どこかを繋げられた状態だ。
「兄ちゃん!」
「どうした?」
「あいつ!」
アルバンが剣で指し示した場所には、見知った・・・。言葉を交わしたことがある奴が居た。
帝国の軍服を着ている。
そうか、奴は帝国の密偵か何かだったのか?
共和国のダンジョン。
最難関だと言われていたダンジョンに入る前に、並んでいる時に声をかけてきた奴だ。
「アル。送ってやれ」
「うん」
アルバンの剣を握る手に力が入る。
アルバンを攻撃しているスキルも減ってきている。
「カルラ。対処は、俺がする。アルと一緒に攻撃してくれ」
「はい」
ほどなくして、黒ドラゴン・キメラは動かなくなった。
スキルの発動もない。
倒しきれたようだ。
キメラにされていた、魔物や人を送る。
炎龍を作り出して、遺体を燃やし尽くす。
赤い炎の形をした龍が、遺体を燃やす。
青白い炎で、暗くなってきた森を照らす。
俺たちなりの・・・。葬送だ。
黒い煙が空に上がっていくのを、俺とカルラとアルバンが見送るだけの寂しい葬送だ。
黒ドラゴンの正体が、人を核にしたキメラだった。
煙が天に上がる。
森の木々を越えたあたりで、煙が霧散する。
それぞれ・・・。待つ人の所に向かっているようにも思える。
「兄ちゃん?」
「アル。お疲れ。カルラは?」
「姉ちゃんは、防具をまとめている」
さっそく動き出している。
アルバンの視線を追うと、カルラが防具をまとめている姿が目に飛び込んできた。
俺とアルバンは、攻撃をかわすために、全力だった。スキルを使わない戦いは辛かった。
途中からスキルを全開で使わなければならなかった。
本当に、嫌らしい敵だ。
「旦那様」
止まっていた。クォートとシャープが背後から声をかけてきた。
「お!」
スキルの恩恵で動いているクォートとシャープは、黒ドラゴンの周りでは、スキルの発動が阻害されていた。奴が何かを仕掛けたことも考えられるが、俺たちが居るとは知らなかったはずだ。
動きが停止していた状況で、スキルが漏れ出さなかったら、黒ドラゴンから狙われなかったのか?
動かなくなったのが、奴が仕掛けたことで無ければ・・・。過剰電流ではないけど、過剰にスキルの発動が確認された時用のセーフティーネットが動いたのか?俺が組み込んだセーフティーネットとは違う動きだが、動かなくなるのは想定していたパターンの中に含まれている。
あとで、調査だな。
検証は難しいが、調べて対策を考えなければ、次に奴と遭遇した時に・・・。木龍たちと同じように、対応が取られる可能性が高い。奴には初見殺しを用意しなければ・・・。それも、複数の系統だ。奴たちの上をいかなければ、狩られるとは俺になってしまう。
「旦那様。自己検査を行いました」
「何か、異常の発見がされたのか?」
「はい。一万六千九百一回の介入が発見されました」
「は?」
「いちまん」「数字は、いい。介入は?ハッキングという意味でいいのか?」
「はい。コアへの介入です」
「大丈夫なのか?」
「はい。介入前に、表層部分のスキルが負荷に耐えられずにフリーズしました」
DoS攻撃を受けて、システムがシャッドダウンしたのか?
対策を考える必要はあるけど、クォートとシャープは対策を行っている。それを突破されているのも問題だけど、負荷をかけることができるスキルが解らない。
ん?
表層部分のスキル?
あれは、内部を守る為のファイアウォールの役割を持っている。攻撃を防ぐ目的もあるのだが、内部から外部にスキルが漏れ出さない様にする役割もある。
「クォート。表層部分の負荷で、内部へのスキル干渉ではないのだな?」
「はい。表層部分への負荷です。攻撃ではありません」
「鑑定やスキャンに近い物か?」
ポートスキャンか?
スキルで同じようなことができるのか?
そもそも、外部インターフェースが違うから、意味があるとは思えない。
クォートとシャープはスキルで構成されているが、根本部分は・・・。
奴は、”傀儡子”と表現した。クォートとシャープがスキルで動いている事を認識して、対応をおこなった。
俺の知らないスキルを使ったのか?
それとも、何か方法があるのか?
「詳細は不明です」
飽和攻撃か?
「わかった。何か、問題はあるのか?」
「自己診断を行いましたが、問題は発見されませんでした」
「そうか・・・。カルラを手伝ってくれ、カルラが集めた防具を、アルトワ・ダンジョンに向っているエイダに届けてくれ、そのままウーレンフートに送るように伝えて欲しい」
「わかりました」
クォートとシャープの動きを阻害するだけのスキャン?
今は、調べられない。
設備もなければ、手持ちの道具もない。
そして、黒ドラゴンの本体と戦う時に、スキルを全開で使ったために、これ以上はスキルが使えない。俺だけではなく、カルラもアルバンもスキルを使い果たしている。半日くらいは使えない感じだ。
継続戦闘には自信があったが、俺たちはまだまだ弱い。
ダンジョンを攻略して、強者になったつもりになっていただけの弱者だ。
もっと、力を・・・。
奴を殺せるだけの力を・・・。
---
クォートとシャープがカルラを手伝って、防具を馬車に詰め込んでいる。
ユニコーンとバイコーンは、離れた場所で止まっていたようだが、起動して戻ってきた。
二体には、クォートとシャープにない情報があった。
行動ログが生成されている。
正確には、クォートとシャープにも行動ログは生成されているのだが、コアに連動した形になっていて、機能を停止してメンテナンスモードにしなければ、見られない。簡単に言えば、ウーレンフートやコア・ルームでメンテナンスを行う時にしか見る事ができない。
ユニコーンとバイコーンのログをW-ZERO3で受け取った。
ユニコーンとパイコーンは、クォートとシャープと一緒にアルトワ・ダンジョンからウーレンフートに戻る事が決定している。
防具を積み込んだ馬車を曳いていくのには、ユニコーンとバイコーンが必要だ。クォートとシャープのログは、後日に確認するとして、まずは同等の機能を持っているユニコーンとバイコーンを調べる事にする。
ログは、大きかったが、いくつかの情報を下にフィルターをかけたら、かなり情報を絞る事ができた。
本格的に調べるのには、端末が必要だけど、辺りをつける位なら、この場所でもできる。
”この場所”で行う必要はないことは解っている。気になってしまっているのも事実だ。
そして大きな理由は、俺もアルバンもカルラも黒ドラゴンとの戦いで疲れてしまっていて、身体が休憩を求めているからだ。
何か食べたいとは思うけど、何も食べたくない。
黒ドラゴンの核を思い出すと・・・。
すぐに気持ちが落ち着くとは思うが、今は座っているだけの時間が欲しい。
座っているだけでも、ログを見るくらいはできる。
大きな理由として・・・。頭を動かしていないと、心が悲鳴を上げてしまう。
クラーラの姿を思い出しては、心を奮い立たせるが、黒ドラゴンにされてしまった人たちの表情を思い出すと・・・。
ログからは、推測が成り立った。
大きくは外れていないとは思う。
黒い靄が、纏わりつくと、スキルを吸収していた様に思える。
スキルの吸収が、黒い石が持っている権能だと仮定する事もできる。
黒い石を取り除いた、黒ドラゴンの本体はスキルの吸収ができていなかった。
靄がコンバーターの役割を果たしていたのだろう。
ログには、いろいろな攻撃が加えられたような痕跡が残されている。
別の推測になるが、靄はスキルを吸収していたのではなく、スキルを相殺していた可能性がある。
”相殺”と考えても、全ての現象の説明は不可能だ。
だけど、仮説として考えの始まりとしては、いいのかもしれない。
ログからだと、ユニコーンとバイコーンは、弱いスキル攻撃を受け続けて、スキルが停止した。DoS攻撃を受けたサーバの様な動きだ。
再起動時に、何かを仕込まれる可能性があるのかは解らない。内部に侵入された形跡はない。何かを持っていかれた可能性の否定はできないが、重要な情報は存在しない。直近の命令を持っていかれた可能性があるが、盗まれても困らない情報だ。
今後の事を考えると、DMZを作るのは当然だとして、ハニーポットを置いておく必要があるかもしれない。
コアをダブルにして、フォレンジック用のスキルを起動させた方がいいかもしれない。コストが倍になるが、クラーラたちを相手にするのなら必要な投資だろう。クラッキング対策の抜本的な見直しをしよう。
クラーラが言っていた、帝国にも行かなければならないようだ。
『アルノルト様。私は帝国に帰ります。皇都に来られる時には、妖精の涙を訪ねてください。盟主と共に歓迎いたします』
皇都?帝都ではないのか?
妖精の涙は、奴が属している組織の名前だろう。
盟主の存在。
俺が目指すべき物が朧気ながら見えてきた。
---
俺とアルバンとカルラは、休憩を選んだ。
そして、俺は休憩を選んだことを・・・。
戦闘は終わった。
体力も気力も限界だ。
精神的に疲れたので動きたくない。
カルラも珍しく座り込んでいる。アルバンは、横になって目を閉じている。
確かに、周りには脅威になるような物はない。
クォートとシャープもユニコーンもバイコーンも機能が十全に使えるようになって、確認をしてから移動を開始した。
クォートたちが帰って来るまで休憩する。
さすがに、疲れた。
葬送を終わらせて、やっと終わった感じがしている。
辺りは、先頭の余韻が漂っているが、しばらくしたら消えるだろう。
自然が戦闘を隠して、元の状態に戻すだろう。
無残に奪われた命は、大地を撫でる風が拡散してくれている。
クラーラへの復讐は、俺がやらなければならない。
奴には奴なりの正義があるのかもしれない。
”正義のため”などというつもりはない。俺が行おうとしているのは、俺の我儘だ。傲慢な考えだと思っている。奴が属している組織にも興味が出てしまった。目的が解らない。共和国での”黒い石”の実験を行ったようだが、クラーラは関わっていないと言っていた。組織と言っても、皆が同じ方向を見ていない可能性もある。大きな組織や、トップが絶大なる力を持っている組織では、下が上の顔色を伺いながら別々の方向を向いてしまう。
身体を起こして、足を投げ出して座る。
風が心地よい。
開発だけをして過ごしたいのに・・・。
---
いきなり暗くなった?
俺は寝ていたのか?
違う。
記憶が飛んでいる?
何も見えない。
二人の気配がしない。
違う。
二人だけではない。感じていた風も、大地も、何も感じない。
スキルが何も反応しない。
どうなっている?
「カルラ・・・?」
自分の声が聞こえない?
音が吸収されている?
違う。
声が出ていない。
「アルバン!カルラ!」
二人が居ない。
違う。俺が隔離された?
どうやって?
スキルか?
解らない。
解らない。
解らない。
考えろ。
考えろ。
ダメだ。
思考を止めるな。
何故だ。
何があった?
俺は・・・。
「アルノルト様!アルノルト様!」
誰だ!
俺は・・・。
「アルノルト様!」
そうだ。
俺は、アルノルト。アルノルト・フォン・ライムバッハ。
背中・・・。
違う。脇腹が熱い。
刺された?
誰に?
カルラとアルバンは無事なのか?
身体が動かない。
「カ・・・ル・・・ラ?」
大丈夫だ。声が出る。
音も聞こえる。
風も感じる。
「あぁ・・・。アルノルト様。申し訳ございません」
「なにが・・・」
俺は、倒れているのか?
大地を感じる。
カルラは片腕で俺を支えている?
カルラの顔が血で染まっている。カルラの血か?
「アル・・・バン・・・は?」
「・・・。さい・・・しょ・・・に、・・・アル・・・バンが・・・。か・・・ば・・・」
カルラは、何を言っている?
「っ!」
動けよ!
俺の身体!
動け!動け!動け!
「アル!アルバン!」
「にぃぃ・・・。ちゃん。よ・・・かっ・・・た」
「アル!アル!アルゥゥゥゥゥゥ!!!目を瞑るな。アル!アルバン!まっていろ!いま、治して」
「にぃぃ・・・ちゃん。おい・・・ら、にいちゃんを、まもれ・・・た」
「もちろん。アル。だから、だから、だから、アルバン!」
「よ、かっ・・・た。にい・・・ちゃん・・・あ、りが・・・とう。おい・・ら。がん・・・ばった」
「アル!アル!カルラ!アルの近くに、俺を、俺を、いそいで・・・。え?カルラ?」
なんで、カルラまで・・・。
「ア・・・ルノル・・・トさ・・・ま。わた・・・しも、おいと・・・ま、を・・・いただ・・・きたく・・・」
「ダメだ!カルラ!」
なんで、アルバンとカルラを!誰だ!何故だ!
「いえ・・・。もう、わたし・・・は、アル・・・ノル・・・トさまの、おや・・く・・には・・・た・・・てま・・・せん」
「ちがう。カルラ。アルバン。おれには、お前たちが、カルラ!お前が必要だ。ゆるさ、ない」
「さいごに・・・。アルノルトさま。おねがいが」
「カルラ。さいご?ちがう・・・。これからも」
「アルノルトさま。わたしの、ほんとうのなまえ・・・。アーシャと、よんで・・・くだ・・・」
「アーシャ!アーシャ。なんどでも呼んでやる!だから・・・。だから!アーシャャャャャ!!!!」
「あり、が、と、う、ご、ざい、ます。アーシャは、しあ、わせ、もの、です」
「アーシャ。アーシャ!」
「・・・。あるのるとさま。おしたいしておりました、あるのるとさまのほんかいを・・・。おてつだい、できなく、なる、ふしま、つを、おゆ、るし・・・」
なんで、俺は動けない!
動け!動け!動け!
カルラ!アーシャを!アルバンを!
許さない。許さない。
許さない。許さない。
---
遠くで、誰かが笑っている。
気持ち悪い笑い方だ。
俺は、寝ていたのか?
そうだ!
「カルラ!アルバン!」
『マスター。ご気分は?』
「エイダ?」
『はい。マスターの生体反応が微弱になったために、ウーレンフートに向かうのをキャンセルしました』
「・・・。カルラとアルバンは?」
『遺体は回収いたしました。私たちが到着した時には、手遅れな状態でした』
「・・・。エイダ。嘘だよな?」
『クォートとシャープが確認をおこないました。カルラ。アルバン。両名の生体反応が停止しているのを確認いたしました』
揺れている所を見ると、馬車か?
「エイダ。どこに向っている?」
『国境です。捕えた者は、処分しますか?』
俺は、こんなに冷静に考えている。
頭の中は、冷めきっている。
心がざわついている。
「そもそも、何があった?カルラとアルバンは、誰にやられた?」
少しだけだけど、身体が動くようになっている。
「エイダ!」
『現在、調査を行っております』
「調査?何か残されていたのか?」
『暗殺に使われたと思われるナイフが残されておりました。カルラが始末したと思われる遺体が多数。辛うじて生体反応が残されていた者が5名。手足の腱を切られた状態で放置されていました』
「ナイフ?」
『はい。詳細な調査を行っております。簡易検査の結果をお伝えしますか?』
「あぁ」
エイダの報告を聞いている。
心がざわついて気持ちが悪い。頭だけがどんどん冷めていき・・・。そして、遠い世界からの言葉を聞いている気分になってくる。
俺は、慢心していたのか?俺の油断で、カルラとアルバンを失ったのか?
油断はしていなかった。
ナイフには、”黒い石”と同じ成分が使われていた。
問題は、ナイフに塗られていた毒だ。
これが、利用者をも蝕んでいた。
俺が刺された、黒い石を細かく砕いた物が塗られていた。どんな作用があるのか解っていないが、人を死に至らしめる毒になっているのだろう。
簡易的な検査によると、黒い粉は、人の憎悪を増幅する作用があるらしい。
俺は、刺されて、黒い粉が身体の中に入った。それで、”殺したい程”に憎んだのか?
今は、その反動でざわついているけど、頭が冷えて、どこか他人事のように感じているのか?
エイダの報告では、俺が助かったのは、偶然の産物らしい。
カルラとアルバンは、持っていたポーションやワクチンを俺に使用した。自分たちにも使用すれば・・・。違うな。俺が刺された事で、俺を助けようと動いてくれた。順番は解らないが、俺が刺された。致命傷にはならなかった。次の攻撃をアルバンが防いだ。アルバンが、傷をおいながら俺を助けている間に、カルラが敵を殲滅した。
解らないが、カルラとアルバンなら・・・。
何が作用したのかわからないが、俺は助かった?
でも、俺を助けるために、カルラとアルバンは・・・。絶対に、仇は取る。
『マスター。一部の記憶ですが、捕えた者たちからの抜き取りが成功しました』
「クォートを呼んでくれ」
『はい』
「生き残った奴らを尋問する」
『わかりました』
尋問を始めようとしたが、”意味がない”と解ってしまった。
生き残っている奴も壊れてしまっている。
まともに会話が出来ない。苦痛を与えられても、”へらへら”と笑っている。指を切り落としても、足の骨を折っても反応がない。痛みを感じないのか?
うめき声を上げるから、痛みは感じるのだろうけど、言葉が通じない動物や魔物を相手にしているような感覚になる。
「エイダ。死んでも構わない。記憶を抜き取ってくれ」
『了』
クォートとシャープの後をついてきた奴らだと報告を貰った。
俺を襲ったナイフの解析を進めている。大本は解ったのだが、まだ不明な部分も多い。
やはり、帝国が使っていた”黒い石”が材料のようだ。鋭くはないが、スキルが付与されている。毒の様な物も付与されていた。毒は、解析中だが、俺たちが知らない毒のようだ。
聞けなくなってしまったが、カルラが知っていなかったのだろう。知っていたら、自分にも対処を行っているはずだ。
エイダが抜き取った記憶から襲撃の様子は大まかに解ってきた。
俺は刺された。
脇腹だ。いきなり刺されて、俺は倒れた。
そして、追撃をしてきた奴らを、カルラが一掃した。
第二撃に来た奴らを、アルバンが対応した。
カルラは、俺を助けようと持っているポーションやワクチンを俺に使い始める。
ここで効果があったのか解らない。
アルバンが倒しきって戻ってきた。
その時に、倒したと思っていた奴なのか?伏兵なのか?存在は解らないが、俺たちに襲い掛かってきて、カルラが俺を庇って刺された。カルラを刺した奴を倒そうとしたアルバンが別の奴に刺された。
刺されながらも、アルバンは反撃をして、二人を無力化した。
順番は理解が出来た。
問題は、目的だ。
ナイフを落とした時点で、こいつらの精神が壊れて、動かなくなっている。
”ひゃはひゃは”笑っている奴は居る。
よく見れば、アルトワ町の町長の妻だった奴だ。他にも、俺たちを襲撃した奴らの家族だ。
復讐なのか?
復讐と言われれば、理由は解るが、どこからかナイフを入手した。
本数も、27本?探せばまだあるかもしれない。全部、回収しておく必要があるだろう。こんなナイフは存在しないほうがいい。
帝国というか、やつらの組織が作っていたのだとしたら、何か対策を考える必要がある。
必ず、対峙する時が来る。今は、まだ対峙できない。俺には力がない。
「マスター」
クォートが、周りの探索から帰ってきた。安全の確保は絶対だ。何度でも確認をしておこう。カルラとアルバンをこれ以上の傷をつけずに連れて帰る。俺ができる最大の行いだ。絶対に、連れて帰る。
「クォートは、奴らの回収が終わったら、ナイフの探索と回収を頼む」
クォートには、散らばっている奴らの回収を頼む。
奴らは、捨てておきたい気持ちがあるが、”黒い石”に浸食されている場合に、放置したらどんな影響があるか解らない。共和国がどうなろうと構わないが、アルトワ・ダンジョンに居る連中に被害がでる可能性を考えれば、放置はできない。
「かしこまりました」
クォートには、俺たちを襲撃した奴らの回収をシャープと行ってもらっている。
散らばっている奴らも居る。魔物に襲われた奴らも居る。アルバンが無力化した奴らは、精神は壊れているけど、身体は大丈夫だ。動けなくはなっているが、生きては居る。人としては、死んでいるかもしれないが、生命活動は続いている。
どうやら、俺には天罰が下ったようだ。
笑い声を上げている人物が、俺に天罰を与えたと騒いでいる。
気持ち悪いうえに、気分も悪い。
「煩い。黙れ!」
顔を蹴り上げる。
歯が数本折れる音がするが気にしない。簡単には死なせない。殺さない。なんとか、精神を戻す方法を探す。戻したうえで、罪と罰を与える。それこそ、死んだ方が”まし”だと思えるような苦しみを与える。与え続ける。カルラもアルバンも望んでいないことは解っている。俺は、俺のために、こいつらを許せない。
そして、こいつらは道具だ。
ナイフで人を殺して、ナイフが訴えられて、罰せられることは考えられない。だから、道具を使った奴らを探して殺す。
壊れたレコードの様に、同じことを繰り返す。
「エイダ。こいつら、精神支配とか、精神系のスキルは見られないのだよな?」
『是』
やはり、秘密はナイフか?
「なぁこいつら、生きているよな?」
『生命活動の確認は出来ています』
「そうだよな・・・」
何か、違和感がある。
生きているのは、生きているのだろう。精神が壊れただけなのか?
ナイフに付与されていたスキルが原因なのか?
俺が、ヒューマノイドタイプに行っているように、人格のインストールができるのか?
そんな事ができるとは思えないが・・・。精神を壊したうえで、上書きを行う。同調する。スキルか?
ナイフの解析を進めないと解らないことだらけだ。
そして・・・。
大きな問題も存在している。
カルラとアルバンの死を伝えなければならない。
ヒルデガルドに何と言って詫びればいいのか・・・。詫びて済むような話ではない。ユリウスにも、報告をしなければ・・・。
クォートと一緒にナイフを集めていたシャープが戻ってきた。
「マスター。ナイフは、全部で31本です」
「そういえば、捕えた奴らは?」
「死者を含めて、31名です。私とシャープの後ろに居た者は、30名です」
「一人増えているのか?」
「はい」
「シャープ!こいつらの服装で、一人だけ違った奴は居ないか?」
「調べます」
「居たら、そいつだけは、別枠で頼む。もし居なかったら、手を調べてくれ」
「”手”ですか?」
「あぁ手が綺麗な奴が居たら、そいつが主犯格の一人だ」
「わかりました」
シャープに任せておけばいいだろう?
服や手を調べて行けば、わかるはずだ。
クラーラが言っていたことがヒントになるとは・・・。
俺の予想が当たっていたら、俺はまた奴に乗せられたことになるのか?
「マスター。一人だけ、手が綺麗な者が居ました」
ダメだ。
感情が抑えられない。
爆発しそうだ。
「エイダ。シャープが見つけた奴は・・・」
『死んでいます』
「だろうな。そいつが、ナイフを作って、黒い石をばらまいた奴だ。名前は解らない。クラーラが”殺した”と言っていた奴だ。そいつだけは、最初から死んでいたのだろう」
『わかりません』
「大丈夫だ。俺が、”そう”と考えているだけだ。正しくても、正しくなくても、どちらでも構わない」
エイダとクォートとシャープには答えられない。
当たり前だ。感情が芽生えていると言っても、元はAIだ。答えが無いのは解っている。必要もない。納得が出来れば、十分だ。
死んだ奴は、帝国の人間なのだろう。
クラーラの言葉からは、妖精の涙とかいう組織の人間なのだろう。席次があるようなことを言っていた。何番目なのか解らないが、クラーラに簡単に殺される程度だとしたら、実力は俺と同じくらいなのだろう。
「エイダ。クォート。シャープ。奴らはスキルで運ぶ。国境を目指すぞ」
「はい」
クォートが代表して答えている。
カルラなら・・・。
違う。考えても仕方がない。
---
国境までは、行商も居なかった。
国境の壁が見え始めた。
カルラとアルバンは、何としても一緒に帰るとしても、問題は死にかけている奴らだ。国境を越えられるとは思えない。
いくら、共和国の国境が緩くても、通過は無理だろう。
俺たちだけなら、俺の身分を明かして、強行突破が可能だとは思う。
「なぁカルラ・・・」
そうだな。
これからは、俺が考えて、俺が動かなければ、エイダもクォートもシャープも動かない。
わかったよ。カルラ。
明日になれば、何かが変わるとは思えないが、今日は休もう。
国境の検問が見える丘で、休息を取ろう。
疲れた。
俺は、ここで何をしているのか?
何日が経った?
ここは?
”クスクス”
”クスクス”
”おきた”
”めざめた”
”久しぶり!”
”久しぶり”
え?
久しぶり?俺は、ここは・・・?
前にも、こんなことがあった・・・。よな?
あれは・・・。
そうだ。
エリとエトか?
”そう”
”おもいだした?”
思い出した。
アリーダ様は?
”もうすぐ”
”くるよ”
何か、準備をしているのか?
”準備!”
”準備?”
疑問で返されても困るのだけど?
”困る”
”困って”
わかった。
待っていればいいのか?
”うん”
”そうだよ。待っていて!”
待つのはいいけど、ここは?
”ここ?”
”どこ?”
精霊宮なのか?
”ちがうよ?”
”ちがう。ちがう。精霊はいないよ?”
そうか・・・。ちがうのか?
何もないのか?
”あるよ”
”あるけど、ないよ”
どういうことだ?
”アルノルト・フォン・ライムバッハ”
お久しぶりです。
アリーダ様
”アリーダ様だ”
”アルノルトだ”
”エリ。エト。しっかりと歓待できたのですか?”
”できたよ”
”うん。大丈夫”
”そうですか、私は、アルノルト・フォン・ライムバッハと話があります。呼ぶまで、下がっていなさい”
”は~い”
”うん!”
”パタパタ”
”パタパタ”
口で言っても意味があるとは思えないけど、必要なのでしょうか?
目の前に魔法陣が出現する。
その場所から、空間がはっきりと視認できる状態になっていく・・・。
最初は、床が現れて、次に壁が、白い部屋になって、床にも壁にも、天井にも色が着いて行く・・・。
椅子が現れて、テーブルが現れる。
窓があるけど、外は見えない。
本棚が現れて、上段から本が埋められていく・・・。最初の頃は、背表紙の色が20冊くらいで色が変っていた。一段目が終わって二段目からは同じ色が続いている。40冊くらいで、次の色に変った。その色で、本が並ばなくなった。何か、意味があるのか?
天井には、ライトがないが部屋は明るい。
窓からも採光はされていない。
不思議な空間だけど、不思議に思うのは今更だな。
「え?」
椅子に、一人の女性が座っている。
話の流れから、アリーダ様なのだろう。でも、どことなく、ユリアンネが大人になったらこんな感じの美人になっていただろう。と、思える。母上とは違う。なぜか、ユリアンネを思い出す。何故だろう。
「座ってください」
女性が、アリーダ様だと仮定をすると、俺の考えが読めているはずなのに、反応がない?
読んでいないのか?
「はい」
言われた通りに座る。
「紅茶でいい?」
紅茶なんて久しぶりに聞いた。
「はい」
「砂糖は必要なかったわね。ミルクだけあればいいのよね?」
そうだな。
砂糖を入れるのは邪道だとは言わないが、たっぷりのミルクとブランデーがあれば・・・。
「はい」
ん?
甘くするよりも、ミルクを入れて飲むほうが美味しいと感じる。
ん?
アルノルト?え?ん?
「ごめんなさい。混乱させてしまいましたね」
「いえ、アリーダ様。そろそろ、説明をお願いしたいのですが?」
姿が、アルノルトではない。
真辺真一でもない。
誰の姿を借りている?
「そうですね。でも、紅茶を飲むくらいは大丈夫でしょ?お茶菓子に、クッキーを用意したのよ?」
「はぁ」
用意された紅茶を口に運ぶ。
美味しい。ブランデーが入っていないのが少しだけ残念に思える。
「ブランデーは今後の課題にさせて」
「はい」
やっぱり、考えが読めるのですね。
「本題だけど、いい?」
「はい」
なぜか、真剣な表情に切り替わる。
何か、悪い状況なのか?
「そうね。アルノルト・フォン・ライムバッハ。貴方は、死にかけていました」
「え?」
「身体の死ではありません。心の死です」
「・・・」
「心当たりがあるようですね」
「はい。ご存じなのですか?」
「いえ、私は頼まれただけです」
「頼まれた?」
「そうです」
「誰にですか?」
「それは言えません」
言えない?
それは、解っているという事だな。
「対価は?」
「既に頂いております」
「え?」
対価が必要な事だったのか?
それにしても、俺が死にかけていたのはなんとなく想像ができる。
そのうえで、俺が死にかけている理由が解って、対価を払って俺を救おうとする人が居るのか?
「正確には、対価はお金や物ではありません」
「アリーダ様。わかりやすく説明をして頂けると助かります」
「そうですね。どこまでの記憶がありますか?」
記憶と言われても、カルラとアルバンを失って、エイダとクォートとシャープでゴミを片づけて、尋問らしい尋問にはならなかったけど、情報を抜き出して・・・。王国に帰ろうと、国境を目指した。
国境が見える丘の上で疲れて、休んだ。国境を見ながら、何かを考えていた。
考えていたのは、覚えているけど、何を考えていたのか思い出せない。
「・・・」
「国境の見える丘で、貴方は5日間に渡って座っていました」
「え?5日?」
「そうです」
普通は死ぬよな?
何かを食べた記憶も飲んだ記憶もない。
「ちなみに、アルノルト・フォン・ライムバッハとしての体調は大丈夫です。10日ほどなら食べなくても、飲まなくても、大丈夫でしょう」
「え?」
「今は、その話は横に置いておきます。貴方の心が死にかけていたのを心配した者が、対価と引き換えにこの部屋を希望しました」
「??」
「ここは、貴方の心です」
「は?」
「最初は、何も無かったのですが、二日目に貴方が戻ってきました」
「??」
「風も光も闇も音も匂いも色も何もなかった部屋に、色がついて、部屋になって、物が産まれて、過去と未来が出来上がった」
意味がわからない。
ここが、俺の心だというのか?
「そうです。本棚には貴方の歴史が刻まれています。貴方は読むことは出来ません」
「え?読めない」
「そうです」
「この部屋は何のために?」
「それは言えません。でも、貴方の心を修復するために必要な処置でした」
「よくわからないが、ありがとうございます」
「いいのですよ。対価は頂いています」
「聞いていいですか?」
「このような部屋は皆が持っているのですか?」
「持っています。この部屋で、最終面談が行われます。貴方は、その時では無いので、安心してください」
皆が持っている?
この部屋の役割があるのか?
地獄に行くか、天国に行くか、分かれ道みたいな場所か?
「そう、考えていただければいいでしょう」
「あっ。ありがとうございます」
時々、考えを読んでくるのがよくわからない。
読まれていると考えていればいいのだろう。
ユリアンネに似た姿で現れたということは、対価を払ったのは、ユリアンネか?ラウラかカウラということも考えられるけど、二人は俺を恨んでいるかもしれない。父上か母上というのも考えられる。ルグリダは?
カルラとアルバンは、俺を恨んでいるのだろう。
俺が、もっとしっかりとしていたら・・・。
「アルノルト・フォン・ライムバッハ」
「はい。今、名前を上げた者は、貴方を恨んでいません。間違っては行けません」
アリーダ様の表情が、今まで以上に柔和になる。
「・・・」
「・・・。わかりました。アルノルト・フォン・ライムバッハ。貴方の心を修復して欲しいと依頼してきたのは、ラウラとカウラの二人です」
「え?」
「対価は、彼女たちの修業期間です」
「え?修行?」
「そうです。ラウラとカウラ。及びユリアンネは、精霊に転生します」
「精霊に転生?」
「そうです。本来なら禁則事項なのですが、貴方には話して構わないと言われました」
構わない?
アリーダ様の上位者が居るというのか?
「・・・」
「修業期間というのは?」
「ラウラとカウラは、数百年の修行で、精霊に転生できる予定でした」
「修行は何を?」
「禁則事項に該当して話せません」
「そうですか・・・」
「ユリアンネは、精霊に転生しているのですか?」
「・・・。しています」
「何か、条件が・・・。教えてくれそうに無いので、聞きません。ユリアンネは、俺の様に記憶を残しているのですか?」
「残しています。本人の希望で、最後まで・・・」
「え?最後?」
「はい。死に間際までの記憶は消されていません」
「・・・。ありがとうございます」
「・・・。何を考えているのかわかりますが、いばらの道ですよ?」
「解っています」
「加護を1以上にしなさい。それから、闇の上位加護と守の上位加護を得なさい」
「ありがとうございます。何の事か解りませんが、わかりました」
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懐かしい声が聞こえる。
3人?
違うな。5人?6人?
あぁ俺は、こんなにも・・・。
ラウラ。
カウラ。
ありがとう。
ここは?
だるい。
ん?草の匂い?
あぁ・・・。
眩しい。ダメだ。俺は、天を空を感じていいのか?
俺は・・・。
生き残ってしまったのか?
手が動く、腕も動く・・・。
天を・・・。”天”なぞいらない。俺を庇って死んだ・・・。アルバン、カルラ・・・。アーシャを・・・。
「アル!」
誰だ?
俺の手を握るのは?
「アル!?」
また、違う奴か?
頭が痛い。
思考に靄がかかっているようだ。考えたくない。起きるのも・・・。
「アルノルト・フォン・ライムバッハ!」
誰だ?
そうだ。
俺は、”アルノルト”。
違う。
俺は・・・。
「いい加減に起きろ!アル!」
アル?
アルバン?
「お前!勝手に死ぬのは許さん!俺との・・・」
煩い。
疲れた。黙れ!俺に命令をするな!
煩い奴だ。お前、誰だよ?
死ぬ?
誰が?
俺か?
俺は、死なない。
アーシャに言われた。
俺の本懐を・・・。
そうだ、俺は、やらなければ、ルグリダを、ラウラを、カウラを、アルバンを、アーシャを・・・。そして、父さん。母さん・・・。ユリアンネを!
クラーラ!
そうだ、クラーラを・・・。その為に、力を求めた。
求めた結果・・・。アルバンを、アーシャを、俺は愚かだ。
愚かだからこそ、止まることは許されない。誰が許しても、俺が許せない。
「アルノルト・フォン・ライムバッハ!いい加減にしろ!」
煩い奴だ。
起きているよ。
少しは休ませろ。
煩いのは一人ではないのか?
俺を呼んでいるのか?
叫ばなくても聞こえている。
大丈夫だ。
俺は、俺だ。
わかっている。やるべきことはわかっている。
疲れている。
休息が必要だとはおもわないのか?
「アルノルト様。エヴァとの約束はどうするのですか?」
「アル!いい加減に起きろ!」
エヴァ?
エヴァンジェリーナ・スカットーラ
そうだ。
迎えに行くと・・・。
眩しい。これは、俺を照らして・・・。皆を、照らしているのか?
皆?
俺は、アルノルト・フォン・ライムバッハ。
皆?
エヴァ?エヴァンジェリーナ・スカットーラ。エヴァは、元気にしているか?俺の・・・。俺が、愛した女性だ。俺を必要だと言ってくれた女性だ。待っていてくれると・・・。
皆?
ユリウス?リウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロート。皇太孫。ユリウス。クリス?
クリス?クリスティーネ・フォン・フォイルゲン。ユリウスの婚約者で、フォイルゲン辺境伯の娘。
皆?
ギードとハンス?
ユリウスの護衛でついてきたのか?
ギルは?ギルベルトは?居るのか?
皆。
そんな顔をするなよ。
俺は、生きる。生きている。生き残ってしまった。
「アル!アル!」
「ギル?煩い」
「アル!!」
ギルベルトが俺に抱き着いてくる。
煩いよ。
生きているよ。
「アルノルト!」
「ギードとハンス?我儘な皇太孫の護衛か?」
ハンスが、俺の手を握って身体を引っ張り上げる。
立つのは無理だな。身体を起こすのがやっとだ。
「我儘を言い出した殿下についてきた」
「そうか、ご苦労なことだ。ギード。どうした?」
「ザシャに命令された」
ザシャ?ザシャ・オストヴァルト
エルフ族の女性だ。
「命令?」
「お前を連れてこいと言われた。連れてこなければ、別れると言われた。俺の為にも、お前を連れて帰る」
「ははは。それは、大変だな」
「あぁ大変だ。だから、協力しろ」
「わかった」
ギードが差し出した手を握る。
剣だこが出来ている素晴らしい手だ。ギードも修練を積んだのだろう。
「アル。イレーネが、エヴァを抑えている。俺の為に、早く帰るぞ」
イレーネ?イレーネ・フォン・モルトケ。
モルトケ男爵の娘だ。そつなくこなすバランサー的な女性だ。
エヴァを抑えている?
そうか、イレーネに迷惑をかけたのか?
「ハンス。悪いな。お礼は、精神的に返すことにするよ」
「わかった。今は、思いつかないから、貸しとく」
「そうか、取り立ては、手加減してくれ・・・。借りを返すのは、俺の目的を果たした後でいいか?」
「あぁ・・・。わかった。それでいい。いいか、俺の取り立ては激しいぞ!だから、一緒に帰るぞ」
ハンスが手を出してきた。
しっかりと握る。そのあとで、拳を合わせる。
ハンスも、護衛として力をつけたのだろう。
拳が硬くなっている。
「アル。ディアナが、アクセサリーの量産を希望している。頼めるか?」
ディアナ?ディアナ・タールベルク。
ドワーフ族の女性だ。魔法力がドワーフ族にしては高かった。
アクセサリー?
エヴァに渡した奴か?違うよな?
「量産?」
「そうだ。地金は用意する。ディアナが、叩いて不純物を取り除いた物だ。それで、チェーンを作って欲しい。らしい。俺には、解らない。だから、アル。お前をディアナの前に連れて行くのが俺にできる最善な方法だ」
「わかった。ディアナと会って話をする」
「作った物は、俺が扱うからな」
ギルベルトが手を出してくる。
しっかりと握る。慣れない剣でも握ったのか?やけに汚れている。
手を広げる。
俺の前に手をだしてきた。手のひらを勢いよく合わせる。
乾燥した心に、心地よい音が響いてくる。
俺は・・・。生きている。守られた。アルバンに、アーシャに・・・。皆に会う事が出来た。
エヴァに会う事ができる。
「アル。随分、遅い目覚めだな」
ユリウスが来ていたのか?
”来ない”という選択肢は無いのだろう。逆か?ユリウスが来たから、これだけ大げさな陣容になっているのだろう。
「あぁ。それよりも、ユリウス。カールは大丈夫なのか?」
「安心しろ。ヒルダが相手をしている」
ヒルダ?ヒルデガルド・ローゼンハイム・フォン・アーベントロート。
ユリウスの妹だったか?
「殿下。報告は正確に行いましょう。アルノルト様。ヒルデガルド様だけではなく、お屋敷の皆が、お帰りを待っております」
クリスの言葉で納得した。
カールは、家の者に預けてきたのだろう。イレーネとディアナが居るのなら安心できる。ザシャは、王都か?エヴァは、王都にいるはずだ。
違うのか?ライムバッハの領都に来ているのか?
エヴァが居るのなら、カールも安心だ。
「クリス。カルラは・・・」
「わかっている。あの子を褒めてあげて」
「褒める?」
「あの子は、貴方のアルノルト様の護衛になる為に、カルラ衆を私に預けてきたわ」
「え?」
「詳しい話は、領都で話しましょう」
「わかった」
「アル。立てるか?」
「大丈夫だ。魔力も回復している。もう・・・。大丈夫だ」
立ち上がる。
ふらつくが、ここで無様に倒れない。倒れたら、アルバンとアーシャに笑われてしまう。
両足で踏ん張って、大地を掴む。
もう大丈夫だ。
立ち上がって、天を見る。
「(アーシャ。アルバン。見ていてくれ!無様な姿はこれで最後だ)」
二人の声が聞こえた気がした。
「アルノルト様」
「事情の説明か?」
「はい。ある程度は、クォート殿から聞きましたが・・・」
「クォート。シャープ。ありがとう」
二人が綺麗に頭を下げる。
エイダが俺の所に何かを持ってきた。
『報告書です。襲撃者の記憶を再構築した物です。マスターの記憶を含めてあります』
エイダから報告書を受け取って、読んでから、クリスティーネに渡す。
クリスティーネは、報告書を読んでからユリウスに渡す。
「アル!」
好戦的な視線で、ユリウスが襲撃者たちを睨みつける。
「・・・。アルノルト様」
「どうした?」
「この者たちは、アルノルト様を襲ったのでしょうか?それとも、王国のウーレンフートにあるマナベ商会を襲ったのでしょうか?」
「ウーレンフートのマナベ商会が襲われた。アルバンとアーシャ。カルラを襲った時には、俺は名乗りを挙げている。クラーラが居たからな」
「え?クラーラ?あの?」
「そうだ」
クリスティーネがユリウスを制する。
今は、クラーラを追うのは不可能だ。力が足りない。追跡も不可能だろう。帝国に行ければ足蹠程度はわかるかもしれないが・・・。
「アルノルト様。この件は、ライムバッハ領で預かっていいですか?」
「もちろんだ。ウーレンフートは、ライムバッハ領にある都市だ。そして、マナベ商会はウーレンフートに拠点を構える商会です。ライムバッハ辺境伯にお預けいたします」
言葉遣いがごちゃごちゃになってしまった。
クリスティーネは、”いい”笑顔で笑っている。
「アル。共和国に報復を行う。ライムバッハを一時的に預かっている身としては、ウーレンフートの商会に対する攻撃は看過できない。これより、少数による報告を開始する。アルトワと最初の宿場までは確保するぞ!」
ユリウスの宣言で、侵攻が決定した。