おいらの名前は、アルバン。
親に与えられた名前は、別にあるのだが、兄ちゃんから、”真名”を教えない設定でかっこいいと言われた。凄く気に入っている。真名は誰にも教えない。おいらだけが知っている。魂の名前。
兄ちゃんには、もちろん真名を教えている。
でも、普段は、アルと呼んでくれる。慣れているのもあるが、しっくりくる。自分が呼ばれていると思える。今更、真名で呼ばれてもしっくり来ない。
兄ちゃんには、おいらの事は、クリス姉ちゃんから指示を受けたおっちゃんと一緒に旅をしてきた者だと説明されている。
本当は違う。これは、カルラ姉ちゃんにも、兄ちゃんにも言っていない。
クリス姉ちゃんだけが知っているおいらと兄ちゃんの秘密だ。兄ちゃんは、覚えていない。絶対に覚えていないとは・・・。でも、兄ちゃんは、その時の記憶が定かではないらしい。クリス姉ちゃんからも、兄ちゃんには言わないように、厳命されている。
兄ちゃんの記憶が戻って、おいらを思い出したら話していいと言われている。そんな時が来ないことを祈っている。
おいらは、貧しい農村で過ごしていた。
年齢はよく覚えていない。
覚えているのは・・・。
村の大人たちが騒いで、偉そうな奴が来て、おいらの父ちゃんと母ちゃんを殺した。おいらの目の前で・・・。
そして、村は偉そうな奴が連れてきた者たちに蹂躙された。
何が行われているのか解らなかった。
昨日まで遊んでいた場所に、死んだ大人たちが積み上げられている。
偉そうな奴が連れてきた奴らは、大人たちのしたいが積み上がっている前で、村の姉ちゃんを裸にして、殴っている。
その近くで、別の男が宿屋のおっちゃんを縛って、ナイフを投げて笑っている。
何をしているの?
こいつらは?
おいらは、行商人のおっちゃんに匿われていた。
おっちゃんは泣いていた。おいらを抱きしめて、”すまん”と連呼していた。でも、夢だから大丈夫。そう思っていた。おいらは、村の近くの洞窟までおっちゃんに抱かれて逃げた。
そして、おいらを逃がすために、村長が殺されたと教えられた。おいらが、おっちゃんに何があったのか教えてくれとお願いして、教えてもらった。
おっちゃんは、フォイルゲン辺境伯から来たと教えられた。
そして、おいらの村を襲ったのは、証拠は何もないがルットマン子爵家の者と雇われた傭兵だと言われた。
ルットマン子爵。おいらたちの村を治める貴族だ。
その貴族がなんで、おいらたちの村を襲う?大人たちが、貴族が税として食べ物を持っていくと言っていた。貴族は悪い奴らなのか?
おっちゃんは違うと言っている。
でも、おいらの村から食べ物を持っていく、隣のおっちゃんとおばちゃんの所に産まれた子供、おいらの妹分になるはずだった子供は、産まれて10の夜を数えない間に、起きなくなった。おっちゃんとおばちゃんは、貴族が憎いと泣き叫んだ。村長が諫めていたが、子供が少しの火で全部が燃えて何も残らないのを見て、皆が泣いた。
おっちゃんと一緒に、各地を回った。
ライムバッハ辺境伯の領にある村を渡り歩いた。貧しい村もあるが、皆がご飯を食べて、子供も居る。おいらたちを歓迎しない雰囲気を出す村もあるが、それでも屋根があって、食べられる。それも、おいらの村では、年に一度の収穫後に食べられるような豪華な食事が毎日・・・。
なぜ?なぜ?なぜ?
酷かった。たった半日くらいの距離を歩いただけで・・・。川を越えただけで・・・。本当に、同じ村なのかと・・・。おっちゃんが、これが現実だと言っている。何が、現実なのか、おいらにはわからない。
おっちゃんを殴りながらいろいろ聞いた。おいらには解らない。
おいらの村があった場所に戻った。戻りたくなかった。でも、おっちゃんが大事だと言っていた。
村には、何もなかった。
おいらの家も、村長の家も、おいらたちが耕した畑も、井戸も・・・。本当に、何もなかった。
涙も出なかった。
握っていた手が痛かったことだけは覚えている。おっちゃんに連れられて、フォイルゲン辺境伯領にも行った。ライムバッハ領よりは、貧しい印象を持った。それでも・・・。本当に、貴族によって村の生活が違っている。
おっちゃんと一緒に、いろいろな貴族の領地を行商した。
フォイルゲン辺境伯領に戻った時に、おっちゃんに真剣な表情で聞かれた。
「貴族が憎いか?」
「貴族じゃない。ルットマン子爵が憎い」
「殺したいか?」
「殺せるのなら、でも、殺しても何も変わらない」
いろいろな街や都市を見て歩いた。もちろん、村や蹂躙された村も見た。おいらの・・・。別の未来がそこにはあった。子供が、柱に縛られて・・・。
ルットマンを殺しても、別の貴族が来て、似たような事をする。それなら、ライムバッハ辺境伯やフォイルゲン辺境伯の手助けをして、住みやすい村を作る手伝いがしたい。
おっちゃんに正直に伝えた。
おっちゃんは笑いながら、”ついてこい”とだけ言って歩き出してしまった。
なんか解らない間に、フォイルゲン辺境伯に面会していた。
そこで、”アルバン”と名乗るように言われた。
これからも、おっちゃんと一緒に各地を回って、気が付いた事をフォイルゲン辺境伯に報告するように言われた。
アルバンの名前は、おっちゃんの子供の名前だと教えられた。
アルバンの名前を貰ってから、王都に向った。
王都で次の指示を受けるように言われたからだ。
王都まで、1日くらいの距離にある休憩所で休んでいると、気持ちが悪い者たちが通って行った。
「おっちゃん?」
「どこかの傭兵か?」
「傭兵?」
「雇われた兵だ」
「ふぅ・・・。ん?」
なんか、違和感があった。見た事がある?
後から何とでも言える。おいらたちが、ここで休んでいるのは、もうすぐ、目の前を通り過ぎるだろう、ライムバッハ家の馬車を確認するためだ。
おいらたちだけではなくて、他の行商も、ライムバッハ家の馬車が通り過ぎたあとを着いて行く、大きな都市に向かう時にはよく見られる光景だ。評判がいい貴族家の馬車の後ろに着いて行けば、護衛もしっかりしているので、街道の安全が跳ね上がる。
おいらとおっちゃんは、行商たちの集団の中央に居た。
荷物も多くはない。先頭では、ライムバッハ辺境伯に近づきすぎてしまう為に、距離を離していた。
後ろから悲鳴が聞こえた。
おっちゃんは、おいらの手を引いて、まとまりから離れて、茂みに逃げる。
息を殺して・・・。何が行われるのか見る。
おっちゃんから言われたことだ。
おいらたちは、観測者だ。しっかりと行われた事を見て、報告をする。それが、どんなに辛いことか・・・。おいらは・・・。手の平に付いた傷跡をなぞる。悔しい。おいらに力があれば・・・。しっかりと見て、報告をする。こんな悲劇が繰り返されない事を祈って・・・。
「!!」
女の子が小さな子供を抱きかかえて、森に逃げていく、そのあとを、笑いながら気持ち悪い子供が追いかける。
「(ルットマン!)」
おいらの両親を笑いながら殺した奴だ!
顔を見た瞬間に、感情が弾けた。
そして、ルットマンに切りかかっていた。
「なんで、ガキが?全員、始末したのではないのか?」
「すみません」
目の前の男に阻まれてしまった。
「まぁいい。殺しておけ、俺は、逃げた奴を殺して、奴を待つ!」
「はい。はい」
このあとは、何を言われたのか解らない。
おっちゃんが逃げろと声を変えてきた。おいらを狙っていた傭兵は、おっちゃんを狙う。おいらは、傭兵に蹴りを入れられて・・・。痛くて、情けなくて、恥ずかしくて・・・。おっちゃんを助けにも行けない。
「え?」
何かが駆け抜けた。
傭兵たちが次々と殺されていく、おいらは・・・。
傭兵を殺してくれた。傭兵を倒してくれる。おいらの村を蹂躙した傭兵を殺して・・・。でも、何か苦しそうな・・・。悲しそうな・・・。寂しそうな・・・。
最後に見たのは、おいらより少しだけ年上の泣きそうな表情をした人だった。
おいらは、助けられた。
アルノルト・フォン・ライムバッハに・・・。おいらの両親を殺した、リーヌス・フォン・ルットマンを殺してくれた。それも、自分から死にたいと言うまで苦しめて・・・。
ダンジョンの攻略を終わらせて、王国に帰還するために、拠点を築いたアルトワ町に向かっている。
より正確に言えば、アルトワダンジョンに向かっている。
俺たちだけなら、アルトワダンジョンの最下層からウーレンフートに移動することも出来るのだが、国境で証拠を残す必要がある。
『マスター』
俺の横で静かに作業をしていたエイダが話しかけてきた。
「終わったのか?」
『是』
クォートとシャープと合流して、報告を受けたのだが、俺たちが攻略を見送った小さなダンジョンや、未発見状態だったダンジョンを攻略してきた。眷属を自由に増やしてよいと権限を与えたら、眷属を増やして、攻略を行ったようだ。最下層に問題が設置されていた場所もあったが、サーバに問い合わせを行って答えたようだ。変な”なぞなぞ”が無くてよかった。
眷属は、ヒューマノイドタイプだけではない。テイマーを装って、魔物を配下に加えている。
ヒューマノイドベアであるエイダが居るから考えていなかったけど、機動力を考えれば、テイマーは”有”だな。
クォートとシャープの合流で、攻略したダンジョンの統廃合を行った。未発見のダンジョンで、コアが存在していたダンジョンは、育つに任せることにする。食べられない魔物やドロップ品を絞る程度の調整を行って、フロアにも資源はない状態にした。
資源があるダンジョンは潰した。リソースは、アルトワダンジョンに吸収するようにした。
発見はされていたが、資源のダンジョンとして認識されていなかったダンジョンは、1-10階層は資源が皆無になった。11階層から下は、資源がある状態にしているが、魔物の強さを2段くらい強くした。ウーレンフートの中層以降と同じレベルだ。
クォートとシャープの報告から、やはり黒い石や黒い魔物が見つかっている。
「黒い石の対応も終わったのか?」
『把握できる範囲で対処済みです』
「エイダは、そのまま監視の強化」
『了』
支配下のダンジョンが増えた事で、できる事が増えた。
正確に言えば、情報量が増えた。未発見のダンジョンを活かす方法として、増えた情報量の処理を行わせることにした。リソースを喰わないようにして、魔物も最低限の配置にしてある。
階層は増やしてあるので、何もないダンジョンに潜っていく苦痛を味わってもらうコンセプトだ。そのうえで、階層主だけは強いけど、何もドロップしないように設定してある。潜るだけ赤字になる素晴らしいダンジョンだ。
「旦那様」
俺の作業がひと段落したのを見てカルラが声をかけてきた。
モニターには、ログの解析の状況が流れているが、異常は見られない。
「どうした?」
モニターにしっかりとログが流れている事を確認して、カルラに返事をする。
カルラも、俺からの返事を待って本題に入ってくれた。
「アルトワ町に寄りますか?」
確かに、寄った方がいいだろう。
町というか、村の様子も気になる部分がある。
「そうだな。アルトワダンジョンの事が知られているのか気になる」
ダンジョンが発見された事や、資材を持ち込んで拠点にして、実質的な支配をされているとは思っていないだろうけど、何か情報が流れているとしたら、対処が必要になるだろう。
共和国の兵がアルトワダンジョンの拠点に向かったとしても、対処は可能だろう。
「わかりました」
カルラの様子が?
何か、懸念があるのか?
「どうした?何か、心配事か?」
聞いたほうがいいだろう。
カルラが何かを感じたのなら、それは考えた方がいい事だろう。直感は、無視しないほうがいいことが多い。特に、カルラの様に経験を積んでいるのなら、なおさらだ。
「はい。自業自得ですが、アルトワ町の町民や町長を私たちが殺したのは事実です」
完全に忘れていた。
情報が伝わっているとは思わないけど、情報が伝わっていたとしても、俺たちが恨まれるのは間違っているが、間違っていることを正面から受け止める事ができる者は少ない。
村が静かな衰退に向かって行くのを止めようと動いたが、間違った方法を取った結果だから、受け入れて欲しい。
でも、残された者たちは、楽に恨むことができる俺たちを恨むだろう。
情報収集は諦めた方がいいだろう。
「あぁそうか・・・。やめておくのが無難か?」
アルトワ町の連中だけなら、対処は可能だろうけど、俺は、俺たちは、殺戮者ではない。襲われれば、返り討ちにするけど、襲ってこない者を切って捨てようとは思わない。
面倒ごとを避ける意味でも、アルトワ町には寄らないほうがいいだろう。
補給の必要もない。
そもそも、補給ならアルトワダンジョンの拠点で行えばいい。
「はい」
カルラの進言を受け入れる。
アルトワ町に寄ろうと思ったのも、アルトワダンジョンの情報が流れているか確認する為だし、必要はないだろう。
「旦那様。私とシャープで聞き込みを行いましょうか?」
俺とカルラの話を聞いていた、クォートが自分たちで行くと言い出した。
「うーん」
確かに、クォートとシャープなら上手くやるだろう。
「元々は、目立たない様になっていますので、大丈夫だと思います」
そうだな。
目立つ目立たないで言えば、目立つのだが、印象に残らないような作りになっている。
テンプレートの執事とメイドだ。貴族や、豪商なら一緒に行動しても不思議ではない見た目をしている。だから、執事とメイドとして印象には残るが、主人までは印象に残らない(はず)。
「わかった。クォートとシャープでアルトワ町での聞き込みを頼む。無理はしなくていい。アルトワダンジョンに人が来ていれば、見つかったと判断ができる」
クォートとシャープでアルトワ町に入ってもらう。
その時に、新しく加わった眷属を連れて行くことになった。魔物も一緒だ。印象が完全に違うようにしてしまえば、クォートとシャープが目立たない。
クォートとシャープは、馬車で移動する。俺たちは森の中を移動するので、馬車は不要だ。
髪の毛の色と目の色を変えて、アルトワ町に向かう。
「カルラ。アル。エイダ。俺たちは、森の中に入って、アルトワダンジョンに向かう」
「はい」「うん」『了』
森の中を進むのには慣れている。
大きな問題もなく、アルトワダンジョンの拠点に辿り着いた。
「大将!」
ベルメルトか?
相変わらずだけど、アイツも呼び方を改めないな。
「悪いな。少しだけ世話になる」
「了解です!おい!」
塀の上から俺を確認して、門を開けるように伝える。
門が開いて、橋が掛けられる。
ここの頭は、ベルメルトで大丈夫だな。
紛れ込んだと言っている者たちも素直に従っているのだろう。
「ベルメルト」
「はい!大将!」
「だから、大将は辞めろ」
「ダメです。大将だから、大将なのです!そうだろう!」
”はい。大将!”
見事に揃っている。
子供が増えている?
その辺りを含めて、状況の確認が必要だな。
その前に・・・。
「エイダ。パスカルやリスプへの接続は?」
『問題はありません』
「わかった。リソースは?」
『想定の範囲内。12%の利用です』
「ん?12%?」
『はい。ダンジョンにリソースを振り分ける事で、一時的にリソースの利用が上がっています』
「あぁそうか、それならしょうがない」
『また、アルトワダンジョンで戦闘が行われて、リソースを利用しました。パフォーマンスを上げますか?』
「そうだな。利用率は、10%未満にしてくれ、ウーレンフートからサーバを補充してくれ、弾の残りはあるよな?」
『はい。ラックサーバを設置しますか?』
「必要か?」
『必要になる可能性は43%です。現在、非活性のダンジョンに戦闘が行われるようになると、リソースが不足します』
「わかった。リスプを増強してくれ、他の非活性のダンジョンも、できる限り増強してくれ」
『了』
俺とエイダのやり取りを黙って見守っていた者たちが、綺麗に並んでいる。
必要ないと言っても辞めないのだろう。
このアルトワダンジョンを要塞化してしまおうか?
ベルメルトに代官の真似事をさせればいいだろう。共和国が認めなくても、認めても、どちらでもいい。俺たちが実効支配してしまえばいいだけだ。
俺は、カルラとアルバンをアルトワ・ダンジョンの拠点に残して、最下層に移動した。エイダと二人で駆け抜けた。
『マスター』
「ウーレンフートから、ラックを持ってきてくれ」
『了』
エイダに指示を出す。ラックサーバで、アルトワ・ダンジョンと周辺を構築する。
城塞を作るには、組み込んでいるサーバーではパワーが足りない。アルトワ・ダンジョンは、共和国内のダンジョンを管理する必要もある。モニターを行うだけでも、十分なパワーがないと重要な情報を見逃すことがある。
各ダンジョンには、最低限の施設だけを残すようにして、アルトワに向かっている最中に構築したスキルを連動させる。アルトワ・ダンジョン以外のダンジョンは自爆するようにした。コアは、アルトワ・ダンジョンに避難が終わっている。
現在は、遠隔でダンジョンの管理ができるのか確認をしている。
『マスター。フルスペックですか?』
「そんなに珠があるのか?」
『2Uが混ざりますが、ハーフラックが埋まります』
「そこまでは・・・。そうだな。フルスペックで頼む」
『了』
ヒューマノイドタイプが、ラックを持ってきて設置する。
サーバの組み込みは終わっていない。一度、配線を綺麗にやって見せてから、ヒューマノイドタイプたちも練習をしたようだ。今では、十分に綺麗な配線が出来ている。
ネットワークもしっかりと接続された。
”火”が入ると、ファンが回りだす。サーバーの機能を順次移動させていく、まずはアルトワ・ダンジョンだ。
『移行が完了しました』
「解った。旧システムの”火”を落して、ウーレンフートに持っていってくれ、ログは解析に回す」
『了』
ログを吸い上げた媒体をヒューマノイドに渡す。
サーバの”火”が落ちたのを確認して、サーバを移動させる。
モニターは、このまま使う。
6面用のモニターアームがあったので、サイズを揃えたモニターを取り付けている。
「他のダンジョンは、仮想環境で構築」
『了』
「コアに制御を任せないで運営ができるのか確認」
『了』
「移行に問題は?」
『ありません』
「よし、移行を実施。各ダンジョンには制御を残さないように!」
『了。移行完了までの予想時間は、7時間37分』
「終了後、コアの確認と、運用テストを実施。任せて大丈夫か?」
『是』
ダンジョンの移行は、エイダに任せられる。
終了後のテストは、ヒューマノイドたちに任せて問題があればエイダが対応を行う。
ウーレンフートでも実行は出来たが、サブルームの意味もあるので、アルトワ・ダンジョンで構築を行った。
これで、ウーレンフートのダンジョンが誰かに強襲されたとしても、アルトワ・ダンジョンに逃げられる。ウーレンフートのログやシステムは、バックアップを自動的に作成している。アルトワ・ダンジョンから、ウーレンフートのバックアップを取得して保存する。プッシュも考えたが、プル方式での運用にした。
アルトワ・ダンジョンのサーバーを強化した。共和国で攻略したダンジョンを監視する体制が整った。
さて、アルトワ・ダンジョン村を、要塞化しよう。
カルラとアルバンに、連絡を入れる。
ダンジョンの支配領域から出なければ、連絡ができる。
まずは、外壁の拡張だ。
現状でも、今の規模なら大丈夫だ。
攻め込まれた時を考えると、不安な部分が多い。
まずは、スキルへの対応が出来ていない。趣味に走らせてもらう。
五稜郭を真似しよう。今の拠点を守っている壁と堀を囲むように五稜郭の堀を作る。水は、前と同じでいいだろう。ダンジョンを使って循環させる。
城壁は、5メートルクラスでいいだろう。ヒューマノイドを配置したい。ヒューマノイドを外に出すのには抵抗が強い。クォートやシャープくらいまで作り込めばいいのだろうけど、あまり俺が立ち寄らない場所に配置するのは好ましくない。
上に戻って、状況を確認してから、続きは遠隔で調整だな。
「エイダ。遠隔での調整は可能か?」
『是』
エイダも残りは、遠隔で大丈夫なようだ。
他にも調整が必要だとは思うが、ヒューマノイドに指示をだす事ができる。
「そうだ。エイダ。リスプの成長は?」
『制御を、ウーレンフートで負担しています。リソースを成長に割り振られます』
「そうか、他のダンジョン・コアの支配ができるか?」
『是』
「共和国のダンジョン・コアは、リスプの配下にして、成長を優先させてくれ」
『了』
リスプを成長させるだけのリソースを用意しなければならない。
成長が早ければ、支配が進む。支配が進めば、”黒い石”の浸食を把握できる可能性が出て来る。
”黒い石”は存在してはダメな物だと思える。
ウィルスだと仮定して対策を作ってみたが、まだ狙いが解らない。魔物への浸食だけが目的なのか?ダンジョンへの浸食が目的だとしたら?
ダンジョンを支配する意味は大きい。
俺が得ているメリットを考えれば・・・。
俺とは違う方法で支配を試みている者たちが居るのだとしたら、俺の敵だ。ルールを曲げるような攻略を容認することはできない。それは、暗殺で父を母を妹を大切な従者を乳母を失った俺には解る。決められたルール上なら何をやってもいいとは思うが、ルールから逸脱する行為は、ルールを作る側になって初めて成立する事だ。自分たちが、ルールを作っている側だと勘違いをしている連中が使っている”黒い石”は、ダンジョンのルールから外れている。
俺が全面的に正しいとは思わない。
しかし、俺が”気分が悪い”と判断しているから、対処を行う。
「”黒い石”を発見したら、追跡を行うように指示してくれ、リソースを喰らっても構わない。素性が知りたい」
『了』
「リスプにも、パターン学習を頼む。特に、浸食に関しては、確実に覚えさせてくれ、対処はヒューマノイドに覚えさせて、リスプには、アラーム機能と追跡機能の強化だ。十分な成長が行われた時の為に、準備を頼む」
『了』
エイダと話をしながら、城壁に向かった。
城壁と新しく支配領域に設定した場所を見回していると、門から出てきた者が俺を呼んだ。
「大将!」
いい加減に呼び名を変えて欲しいが、前回の話し合いで無理だと悟った。
俺が受け入れればいいだけなのだ。
それに、砦を守っている者たちの責任者なら、”ボス”か”大将”が正しいようにも思えてきた。
「どうした?」
「どうした?急に壁が出来て、どうせ大将の仕業だろうと、皆には説明しておいた」
「説明?」
「ウーレンフートからの行商が来ている」
「物資の搬送か?」
「依頼していた物が揃ったから、アルトワ・ダンジョンの環境が揃う」
「そうか、食料はダンジョンがあるから大丈夫だと思ったのだが?」
「大将。本当に・・・。いや、辞めておこう。食料や水は確保出来ているが、生活をするのに他にも必要な物があるだろう?」
「ん?」
「最初の頃は我慢もできる。安定してくると、食器や家具が必要になる。他にも、武器のメンテナンスも必要だ」
「あぁ・・・。すまん。忘れていた」
「いいさ。もともと、運び込む予定だったからな。次は、職人を連れてきてもらう予定だ」
「そうだな」
「それで・・・。大将?」
「なんだ?」
「この場所は、結局どうする?ウーレンフートの飛び地のように感じているけど、占拠している状況だよな?」
「それは大丈夫だ。共和国の法で、未開発地に村を作ったのなら、占有できる権利が貰える。まぁ税金を払う必要があるけどな・・・」
「どこかに、属するのか?」
「文句を言われたら考えればいい。今の戦力なら、攻め込まれても撃退ができるだろう?」
「撃退していいのか?」
「攻められれば撃退するのは当然だろう?」
「ははは。確かに!」
ベルメルトに要塞化した。アルトワ・ダンジョン村の防御施設を説明した。ベルメルトが心配していたのは、共和国に攻められることも心配していたが、それ以上にダンジョンの氾濫が発生しないかだが、伝えてはいないが、氾濫は制御できているので大丈夫だ。怖いのは、”黒い石”関連だけだ。
アルトワ・ダンジョンの要塞化は、残りは中身をソフトウェアを整える段階に入った。ここからは、時間がかかる為に、アルトワ・ダンジョンに残る者たちに任せることになる。
残る者たちの手助けに鳴るように、警報装置を設置した。
結界を応用した物だが、消費を抑えた魔法が完成した。かなり機能を削ったが、アラーム程度には使える。アルトワ・ダンジョンに近づいた者をマーキングするだけの魔法だ。
正規の手続きをしないで、城壁を越えたらアラームが鳴るようになっている。
出来たらブラックリストを作りたかったが、そこまで組み込むと消費を抑えることが難しくなりそうだった。
常時発動しているのは、極々小さなモジュールで、そこから数秒単位で、探索を行うようにしてある。あとは、コアの仕組みを使ったイベントを拾えるようにしてあるが、イベントが遅れる事象が見られたので、イベントでの通知は補助程度だと考えている。
成長がある程度まで進めば、イベントや処理に割けるリソースが増やせる。増えたら状況が変わる。
クォートとシャープが戻ってきた。
アルトワ町では何もなかったようだ。考えすぎていたのか?
「旦那様。食料は余剰がないという事でしたので、水場から水を得てきました。他にも町で余剰な物を買ってきました」
元々、食料の余剰があるような町ではなかった。
それに、援助が無ければ立ち行かなくなるのが解っていた。俺たちが持っていた余剰分を分け与えたのだが、焼け石に水状態だったのだろう。短期的に改善できる手段と考えたのが、愚かな行為だ。
町で余剰になっていたのは、薪だろう。
他にも、石材も余っている可能性がある。俺たちには必要はないが、買い取れる物は買い取っておこう。俺たちには必要はないが、アルトワ・ダンジョンには必要になる可能性もある。
「クォートとシャープが必要ないと判断した物は、アルトワ・ダンジョンに置いて行こう」
薪なら、有っても困らない。
最悪は、ダンジョンに吸収させてしまってもいい。邪魔な荷物を捨てる場所としても都合がいい。
「かしこまりました。情報も多少ですが仕入れてきました」
情報か?
それほど必要になるとは思えない。共和国のダンジョンは俺たちの支配下にある。情報は、ダンジョンからでも搾り取れる。それだけではなく、ダンジョンに依存していた場所は、これから衰退するだろう。採取だけではなく、魔物の討伐が難しくなり、素材の確保ができなくなる。
依存の度合いで変わってくるが、それでも、多くの町や都市が崩壊する可能性が高い。カルラを通して、アイツらにも伝えている。対共和国で戦端を開くとは思えないが警戒をしておく必要がある。
その為の、アルトワ・ダンジョンでもある。
「ありがとう。食料が買えなかったのか?偽装の為だから、無ければないでしょうがない」
食料があれば嬉しかったが、無ければ手持ちから出せばいい。
動物を探して狩ってもいいだろう。俺たちだけならなんとかなる。
「はい」
「情報は、カルラに渡してくれ、俺が知りたいのは、町の様子だ」
情報は、俺よりもカルラの方がうまく使えるだろう。
それに、俺が持っていてもうまく使える自信がない。
「衰退を受け入れている感じでした」
働き手になりえる者たちが捕まったり死んでしまったり奴隷落ちしたり衰退を受け入れるしかないのだろう。
立ち直る方法はまだあるとは思うが、俺が心配するようなことではない。きっかけは、俺たちの行動だが、破滅への道を選んだのは、町長たちだ。
「わかった。ありがとう。エイダと合流して、出立の準備をしてくれ」
衰退を受け入れている?
そんな感じなのか?
少しだけ意外な感じがした。良くも悪くも、足掻いているのかと思っていた。衰退を受け入れたのなら、俺たちが顔をだしても問題にはならなかった可能性もあった。
エイダは、カルラと協力して出立の準備を行っている。
馬車の改造から始めているから時間がかかった。クォートとシャープが帰ってきたのなら、馬車と馬の問題は解決する。
今、エイダとカルラが調整を行っている馬車は、荷馬車にすればいいだろう。
俺たちが付悪の葉、クォートとシャープが使っていた馬車だ。
「かしこまりました」
クォートとシャープが頭を下げて、馬車をアルトワ・ダンジョンに移動する。
カルラとエイダが馬車を改造している場所は、誰かに聞けばすぐにわかるだろう。そもそも、エイダが居れば、クォートとシャープを誘導するのは簡単だ。今は切断されているが、エイダはアルトワ・ダンジョンの影響下に居る。クォートとシャープも影響下に入った事で、コネクトができるようになっているはずだ。
クォートとシャープに出立の準備を頼むことにした。準備はカルラが済ませている。最終確認と、馬車の偽装が残っている状況だ。最終確認だけなのだが、クォートとシャープなら安心して任せられる。
二人を見送ったあと、俺は城壁を越えて、森に向かうことにした。
スキルの実験を行っておきたい。アルトワ・ダンジョンの影響下だと、スキルの消耗がわかりにくい。独立した状況で、判断しておきたい。
確認を行いたいプログラムは新しく作った物だけだ。W-ZERO3での動作確認は出来ている。あとは、影響下から外れた状況でも、ダンジョンにアクセスを行ってデータの表示ができるのか?レスポンスには問題はないのか?それらの判断をしておかなければならない。
もし、レスポンスが悪い場合には、削れる機能を探さなければならない。
城壁近くまで歩いた時に、後ろからアルバンが呼びかけてきた。
「兄ちゃん」
「アル?」
もしかしたら、カルラに俺の護衛をするように言われたのかもしれない。
必要ないとは言わないが、この辺りなら大丈夫だろう?
アルトワ・ダンジョンの影響下なら大きな問題が発生するとは思えない。カルラも、解っているのに・・・。
「兄ちゃん。どこに行くの?」
「森の中を散策しようと思っただけだ。アルも来るか?」
「うん!あっカルラ姉ちゃんも呼んでくる」
やはり俺の行動を知りたかったのだろう。
「そうだな。一緒の方が・・・」
カルラを呼ばなかったら、護衛を連れないで・・・。とか、小言を貰いそうだ。
アルバンに、カルラを呼びに言ってもらう間に、新しく作った結界を試してみよう。
徐々に範囲を広げていく、動物らしき物が数体だけヒットするだけで、近くには魔物は存在しないようだ。
アルトワ・ダンジョンに居る者たちは、登録を済ませてあるので、味方判定にしている。これから、人が増えたら味方以外のフラグも用意しておいた方がいいだろう。
2キロくらいまでなら広げられることが解った。
外で使うには、2キロの距離があるのなら、逃げるにしても、戦うにしても、時間的な余裕がある。余裕があれば、対処も考えられる。問題は常時発動型ではないので、イベントの取得を工夫しなければならないことだ。動かない結界なら、問題はないが、俺を中心にしている場合には、イベントの買える場所
が実行されるか解らない。
---
「本当ですか?」
「本当ですよ?お疑いですか?」
「いえ。いえ。あなた様は、信頼できるお方です。アイツらとは違います」
「そうだ。彼らは、強いですからね。貴方に、これを授けましょう」
「これは?」
「少しの傷でも貴方の望みを叶えてくれる物です。予備を含めて、3本ほどあります。ダンジョンで得た物ですが、貴方の気持ちを考えて、お渡しいたします」
「よろしいのですか?」
「私も商人ですので、対価をいただきたいと思います」
「すみません。お支払いできる物が・・・」
「あぁ大丈夫です。金貨や銀貨ではありません。貴方が支払えるものです」
「それは?」
「貴方の目的が成就できた時にお話をしましょう」
「よろしいのですか?」
「かまいませんよ」
アルトワ・ダンジョンの周りには、動物がちらほらと見受けられるが、魔物や人は存在していない。
街道から外れている状況で、且つ、その街道が殆ど使われていないことを考えれば、当たり前の結果だが、野盗が隠れている可能性も考慮した。
動物を見つけられたから、盗賊は居ないと思っていた。
アイツらは、近くに居る動物は狩りつくす。狩りつくした上に、盗賊行為を行う。知恵が付いたゴブリンだ。見つけ次第、殲滅が正しい対応だと思っている。使い道もあるので、殺さずに捕まえることが多いのだが・・・。共和国に入ってからは、野盗は殺している。
ダンジョンの中にも、当然の様に”野盗くずれ”が存在していた。基本は、殲滅を行っていたが、捕えて情報を抜き出した後で、殺す場合も多かった。ダンジョンの中を住処にしているような”野盗くずれ”は、階層を根城にしている場合が多いので、地形を把握していて、ドロップ情報を持っている場合も多い。命乞いをする為に、情報を提示する者たちも多かった。
俺たちは、情報を欲していたが、その情報の対価で、”野郎くずれ”を許すほど優しくない。きっちりと、自分たちの行いを自分の身で受けてもらった。
アルトワ・ダンジョンの状況は、クリアだ。魔物や野盗が存在していないだけでも安全性は上がる。
森の中を見ていたアルバンが俺の所まで戻ってきた。
「兄ちゃん?」
アルバンが普段とは違う。
疲れているのとは違う。不安な表情が印象的だ。
「どうした?」
何かを感じ取ったのか?
俺の探索では、何も感じられない。カルラも、何かを見つけたわけではなさそうだ。
「うーん。よく解らないけど、気持ち悪い感じがする」
よくわからない。
感覚的な物ならいいが、アルバンの経験に基づく気持ち悪さだと怖いな。
「気持ち悪い?」
「うん。感覚だから、説明が難しいけど・・・」「アルバン。何が、気持ち悪いのですか?」
カルラの気持ちも解る。
俺への報告をしっかりさせたいのだろう。”何か解らないけど・・・”では、報告になっていない。今後の事を考えれば、アルバンにもしっかりと報告を行う技術を身に着けて欲しい。
共和国に居る間なら大きな問題は無いのだが、王国に戻ってしまうと、問題に感じる者が湧いて出てくる可能性が高い。
特に、俺がエヴァンジェリーナを迎えれば自然と帝国はもちろんだけど、西方教会との関係にも影響が懸念される。
影響が”全くない”と考える者は少ないだろう。そして、俺は皇太孫と結びつきが強い。
これらの情報が一瞬で王国を駆け巡るだろう。
その結果、従者を押し付けようとする者が出てくるだろう。多くは、排除ができるとは思うが、難しい場合もある。その時に、アルバンでは不適格だと言い出す者たちは必ず現れる。
カルラが、アルバンを厳しく教育するのには、そんな背景がある。
でも、俺は・・・。
「カルラ。いま、アルが考えているから、少しだけ控えて欲しい」
カルラの気持ちはありがたいが、アルバンには、アルバンの役割がある。
アルバンの言動が軽いと苦情をいう者が現れる可能性は否定が出来ない。
俺は、アルバンを変えるつもりはない。アルバンは、普段の言動は従者ではなく、舎弟がいい所だろう。でも、アルバンは俺に危機が迫っていれば、自分の命を投げ出してでも、俺を助けようとするだろう。カルラが、情報を持ち帰るのを優先するのと違って、アルバンは俺を助けるためなら、自分の命は無くなっても構わないと考えている。
だから、俺はアルバンの言動を許している。それに、気楽な関係であるアルバンが側に居る事も助かっている。エヴァンジェリーナも同じように感じてくれるはずだ。
「もうしわけありません」
カルラが一歩下がってから頭を下げる。
俺に謝っているのだが、アルバンに謝り方も見せている感じもする。
アルバンも、カルラを信頼しているので、カルラの態度も解るのだろう。
カルラの表情を見ながら、アルバンも頭を下げる。
「それで、アル。何が、気持ち悪い?お前が感じたことを教えて欲しい」
「うん!」
普段のアルバンに戻って、自分が思った事を、乱雑に語りはじめる。
質問を交えながら話をまとめる。
魔物が居ないのは、アルトワ・ダンジョンに常駐している者たちが狩った可能性もあるが、生存していた可能性を示すような印がある。
動物も同じで、大型の動物の存在が疑えるような跡はあるが、移動したわけでも、戦闘跡もなく、存在だけがない。
アルバンが気持ち悪いと感じるのは、森が静かすぎることだ。
アルバンの住んでいた村の話は聞いている。
その村が襲われた時の森の様子に似ているのが、落ち着かない気持ちで、気持ちが悪いと言っている。
確かに、証拠と言える物は、”跡”が存在していることだけだ。
しかし・・・
「カルラ。無視ができる状況ではなさそうだ」
「はい。出発を早めますか?」
「それもあるが、アルトワ・ダンジョンの中に裏切り者が居ないか調べて欲しい」
「え?」「??」
アルバンの気持ち悪さが、何に経験に由来しているのかがわかった。
無視は出来ない。
二人が驚いているけど、アルトワ・ダンジョンに来ている者たちは、ウーレンフートから随行してきたメンバーだけど、全員が俺と親しいわけではない。俺を恨んでいる者が紛れ込んでいても驚かない。そして、少しの心のスキマを利用して、裏切り者に仕立てる者が居ても驚かない。
実際に・・・。
「アルノルト様」
「カルラ!」
「失礼いたしました。マナベ様。アルトワ・ダンジョンの調査は、どのように致しますか?」
「カルラたちなら、どうする?」
カルラたちなら、偽情報を掴ませて、釣る方法が多いようだ。
「アルトワ・ダンジョンでは使えないな」
「はい」
「兄ちゃん。姉ちゃん。使えない理由は?」
アルバンの素朴な疑問だ。
俺とカルラは、釣りでは釣れた場合の対処が違うのだが、どのみち裏切り者が相手の情報を送る方法が確定していない限りは、難しい。
カルラが、説明をしているが、釣る為の偽情報を作るのが難しいと言うのが、カルラの考えだ。
アルトワ・ダンジョンでは、”ほぼ”固定のメンバーになっている。その為に、偽情報を流すのが難しい。
俺が懸念しているのは、カルラと同じだが、もう一つの可能性がある。
「カルラ。裏切っていない者が情報を流している可能性もあるぞ」
「そうですね。それは、難しいですね。マナベ様。裏切り者の存在は・・・」
「解らない。解らないけど、”居る”と思って行動した方がいいだろう?」
「はい」
実際に、俺たちが取れる手は少ない。
ダンジョンを把握しているので、アドバンテージはあるのだが、諜報だけを考えれば、カルラが頼りで、俺とアルバンは戦力外だ。クォートやシャープは素直過ぎる所があるので、向いていない。
「カルラ。頼めるか?」
「かしこまりました」
”裏切り者”と考えるよりも、情報流出を行っている者を見つけることに注力してもらう。
「兄ちゃん。おいらは?」
「アルは、俺の護衛だ。任せるぞ」
「うん!」
結界は維持した状態で、アルトワ・ダンジョンから情報が漏れていないか再調査を行う。
俺とアルバンが派手に動けば、カルラの張る網に引っかかる可能性がある。
それで、網にも掛からずに、何事もなく王国に抜けられれば、アルバンの考えすぎで、俺の対応が間違えていたことになるだけだ。
ここで、情報戦への対応をアルバンに経験させることができる。十分な経験値にもなる。
密談の様な状態になってしまったが、アルトワ・ダンジョンの状況が把握できる上に、アルバンの経験にもなる。俺たちは、王国への帰還が安全にできる。いろいろメリットがある。
準備が出来た馬車を、あえて王国とは逆の方角に馬車を進めた。
カルラは、反対したのだが、俺が押し切った形だ。
3つの情報を流した。流し方にも工夫をした。俺たちの情報だと解るようにした物と、俺たちだと解らないようにした情報だ。
・アルトワ町に寄ってから共和国内の別の国から王国に帰る
・馬車は囮で、徒歩で王国に向かっている
・数多くの嘘情報を流して、裏切り者を探している。実際にはダンジョン内に隠れている者をあぶりだす。
情報を流して、すぐに効果が現れた。半日程度で状況が変わったのには驚いた。しっかりと、耳が設置されている証拠だ。
釣れたのは、ダンジョンの中に隠れているという情報だ。俺たちを狙った物ではなく、ダンジョン内に異常な魔物が現れて、討伐に向かうという情報だ。
捕えた者たちを見たが、知らない顔だ。
アルトワ・ダンジョンに来ている連中も、捕えた者の素性を知らなかった。”○○さんの知り合い”だとか、”△△さんの関係者”だとか、曖昧な状況だ。
拷問をしても情報を漏らすとは思えない。解放するのも、問題に繋がる。裏切り者はダンジョンに隔離することにした。ダンジョンの中なら、監視は簡単にできる人員もヒューマノイドが居る。手間を考えれば、ダンジョンの中が都合がいい。
尋問で得られた情報がすくない。
裏切り者というよりも、内通者なのだろう。元々、別の組織に属していて、ウーレンフートの俺たちのホームの秘密を得るために、忍び込んだ。そして、新たなダンジョンにホームを築くと聞いて、付いてきた感じがする。
それだけでは無いように思える。
他にも、仲間や連絡員が居るように思える。
『マスター』
エイダが、何かを思いついたようだ。エイダからの提案は珍しい。
「どうした?」
『さきほどの男たちと同じヒューマノイドを作ってはどうでしょうか?』
ヒューマノイド?
確かに、いきなり調査をしていた者が消えたら不審に思うか?
ヒューマノイドは、本人の記憶を継承できない。記憶の継承が出来るのなら、インスタンスとしても優秀なのだけど、難しい。どうやっても、記憶のバックアップを作る事が出来ない。バックアップが出来れば、そこからの復元も可能だ。ヒューマノイドを使う上での懸案が減る。
「ん?」
『アルトワ・ダンジョンに残っている内通者たちの関係者が釣れる可能性があります』
”釣り”と言ってしまっている。
実際に、友釣りに近い方法だ。内通者同士で連絡を取り合っているのなら、釣れるだろう。
「そうか、そうだな。やってみるか?」
俺たちにデメリットが発生しない。
メリットは、釣れた場合だけだが・・・。
『はい』
ヒューマノイドを使った釣りは、面白いように釣れた。
結局、アルトワ・ダンジョンで内通者と思われる者は、当初に捕まった3名とは別に4名を捕えた。
その中の一人が、ウーレンフートに行商人として入ってきて、そのままウーレンフートで生活をしていた者だ。全体の統括をしていたと俺たちは見ている。連絡方法は、スキルを使っていない。原始的な方法だ。
その為に、どんな情報を得ようとしていたのか判明した。そして・・・。
「帝国か?」
「はい。まず、間違いないかと・・・」
カルラと俺の見解が一致した。
そして、情報としては、ダンジョンの状況を逐一送っているような報告だ。
なぜ、ダンジョンの情報を欲していたのか解らないが、細かい情報を欲していた。
ダンジョンの変化や魔物の変化を調べていたようだ。
「黒い石か?」
「はい。私も、マナベ様と同じ考えです」
そうなると・・・。
「エイダ!」
『ウーレンフート・ダンジョンおよびアルトワ・ダンジョンには、”黒い石”および類する物は存在していません』
まずは、安心してよさそうだ。
俺が、ウーレンフートのギルドを掌握していなかったら、ウーレンフートにも仕掛けられていた?
ウーレンフートのホームを改造して、ギルドに関しても、粛清を行った。帝国に関連している連中を拘束して、追放した。犯罪に加担していた場合には、ライムバッハ家の”法”に照らし合わせて処理を行った。
帝国が狙っていたのは、ウーレンフートでの実験なのだろうか?
「マナベ様。内通者はどうしますか?」
処分してしまうのが、後腐れなくていいようにも思える。
アルトワ・ダンジョン内で実験に付き合ってもらうのもいいかもしれない。
「トラップで、中に配置した魔物を倒さないと出られない部屋は設置できるよな?」
『可能です』
「部屋を囲うように部屋を作って、同じように、配置した魔物を倒さなくては抜け出せない部屋は可能か?」
『可能です』
「時間の制限を付けて、時間以内に倒しきれなければ、最初の部屋に戻されるようにはできるか?」
『可能です』
「よし。罠を構築して欲しい。配置する魔物はゴブリンのみ。部屋は11層。最初の部屋には、ゴブリンは配置しない。次の部屋には、2体のゴブリン。次は、2×2で4体。次は、4×2で8体。16体。と、倍々に増える。時間は、5分+攻略した部屋の数」
『了』
内通者を生きて返すつもりはないが、どの程度の力があるのか見極めたい。
多分、送り出した者たちからしたら、捨て駒だろう。捨て駒にどの程度の質が期待できるのか解らない。情報がないよりはマシだと思うことにする。
内通者たちの処遇を決めて、エイダがヒューマノイドたちに指示を出して、設定を行う。
作った部屋は、そのまま階層に割り当てることになった。階層として使う時には、時間制限を無くした。その代わりに、戦っている部屋から戻ってしまうとゴブリンが復活する。
「兄ちゃん?」
「アル。挑戦はさせないぞ?」
「え?だって、ゴブリンでしょ?」
「そうだ、最初は余裕で攻略ができるだろう。7つ目の部屋を攻略した辺りからきつくなるぞ」
「え?」
「そうだな。ゴブリンでも、512体を相手にするのは体力が持たなくなる可能性がある。俺の使う魔法の様に、ある程度は自動で攻撃が出来ないと、攻略は不可能に近いと思う」
「そうか、倍々になるから・・・。体力が持たない?」
「そうだな。武器も壊れるだろう?装備品も持たない」
「ゴブリンでも数が居れば・・・」
アルバンが嫌そうな表情をする。
ほぼ、最弱と言ってもいいゴブリンでも、大量に居れば・・・。数の暴力には、より強い暴力が必要になる。
内通者たちは楽しんでもらえるのか?倒れるまでゴブリンと戦い続けられる。
魔物も部屋を開けた時にポップするようにしているので、待機させているわけではないので、瞬間的なリソースは必要になるが、大きくリソースを割いておく必要はない。
「マナベ様?」
どうやら遊びすぎたようだ。
内通者も始末した。
アルトワ・ダンジョンを核にしたダンジョン網の構築も出来そうだ。
内通者が帝国の者だというのは、確定だ。内通者たちの心が折れて、今までしゃべらなかった情報や自分自身の身元を話し始めた。
目的も、予想した通り、”黒い魔物”がダンジョン内や外で見つかるのか調べて情報を特定の方法で流すことになっていた。情報が無ければ、ダンジョン内で死亡したと見られてしまうらしい。切り捨てられるのだな。確かに、ダンジョン内なら証拠も残らない(可能性が高い)。
「わかった。そろそろ、本当に、王国に帰ろう。まだ、急がなくても間に合うだろう?」
「はい。通常の旅程で、10日程の余裕があります」
「クォートとシャープが戻ってきたら、懐かしのウーレンフートに帰ってから、王都に向かう」
内通者をあぶりだすために、クォートとシャープはアルトワ町に向かって、そこから他国に向かうアリバイを作ろうとしていた。
「はい」「うん!」
「そうか・・・。エイダに、クォートとシャープに連絡して、途中で合流すれば、時間的には余裕ができるな」
「はい」
短縮できる時間は、大きくないが、ギリギリになってしまうのは良くない。
余裕がある間に、旅程が短くなる工夫をしておこう。
それに、合流が出来れば、クォートとシャープなら交代は必要ない。
俺たちは、後ろでゆっくり休める。はずだ。
クォートとシャープとの合流まで、半日程度の距離に到着した。
順調な行程に、少しだけ不安を覚える。
俺たち側には、問題は出ていない。
アルバンが暇をもてあましたのが、問題と言えば問題になっている程度だ。俺もカルラも、それぞれでやることがある。何もないアルバンだけが暇を持て余している状態になってしまっていた。狩りに出かけようにも、目的が合流なので、俺たちから離れての行動は許可できない。食料の調達や素材の確保も現状では必要ない。流石に、文句は言っていないが、何もない状況に飽きているのが目に見えてわかってしまう。
しかし、俺もカルラも王国に戻ったあとに発生すると考えられる。面倒な処理を先に行おうと考えていた。主に、過保護な奴らに見せる報告書だ。
こちらに向かっているクォートとシャープたちにも、大きな問題はないは発生していない。しかし、順調だとは言えない。
向こうからは、定時連絡がしっかりと入っている。行程に問題は出ていない。合流にも問題はないと思われる。
クォートとシャープの隊列に、付かず離れずの距離で同行してくる者たちが居る。二人が認識して、俺に報告をしてきた。
対処するのは簡単だけど、難しい問題に発展しそうな雰囲気がある。
アルトワ町の町長だった男の妻や、俺を襲った者たちの家族たちが、アルトワ町での生活が難しくなり、町から出ていくことに決めた連中が、クォートたちの隊列の勝手な同行者になっている。
クォートから町の状況の報告が上がってきている。
町の運営に問題が発生していないのは、少しだけ意外だった。確かに、人数が減った事で、いろいろな物に手が回らなくなったらしいが・・・。以前と同程度だと報告が上がってきている。シャープからは、食事が以前とは違うと報告が上がっている。以前よりも、豪華ではないが、量が増えたようだ。人が少なくなって、配分を増やしたか、今まで不正を行っていた連中が居なくなって健全な経営になったのか?
どちらかだろうと思える。カルラに潜入して貰えば、詳細な情報は抜けるかもしれないが、共和国内の一つの寂れた町だ。アルトワ町が与える影響は軽微だと思える事や、カルラには内通者対策を頼んでいた。これ以上の作業は負担になると考えて、アルトワ町の内情は調べていない。アルトワ・ダンジョンに与える影響は皆無だろうと考えたのも放置した理由だ。
そのアルトワ町に居づらくなった者たちが、街から追い出されるタイミングで、クォートとシャープがアルトワ町を訪れた。交渉は無かった。町に残っている人間たちも何も言わなかった。らしい。
アルトワ町から出た者たちは、いろいろ言い訳をしているようだ。
クォートとシャープがそれとなく監視をしている。眷属たちやヒューマノイドタイプを使って同行者未満の奴らの話を拾ってきている。俺の名前を含まれた恨み言を聞いたら、処分するつもりで監視を続けている(らしい)。俺は、過剰な反応だと思ったのだが、カルラとクォートとシャープだけではなく、エイダさえも、”処分”を推奨してきた。
クォートとシャープの後についているのは、共和国を見限って、王国に移り住むことを考えている(らしい)。そして、クォートとシャープの戦闘力が解っているので、道中の安全を考えて、付かず離れずの距離感を保っているようだ。
問題ではないが、面倒な状況になりつつある。本当に、”処分”が一番の解決方法に思えて来る。
王国に入る検問の通貨は、どうするつもりなのか?王国内に当てはあるのか?
共和国から王国に入る場合には、俺たちは大きな問題は出ない。
特に、王国側の検閲は簡単に抜けられる。
同行者未満の奴らは、どうするつもりなのか?
俺たちを頼るつもりなら、お門違いだ。
俺たちは襲ってきた者たちを返り討ちにした。殺した連中も居る。捕えて、奴隷として売り払った者たちも居る。
しかし、元々は、彼らが間違えたからだ。俺たちは襲われた被害者だ。確かに、誘導したが、襲撃を選んだのは、彼等であり、俺が強要したわけではない。間違えないで欲しい。
しかし、今の俺たちなら襲われても対処は可能だろう。
アルバンもカルラも強くなった。クラーラには及ばないだろうが、薬で強化したリーヌス程度では二人を傷つける事は出来ない。
カルラが自分の作業を中断して、外部から来た物から何かを受け取っている。
カルラの部下なのか、王国に居る心配性からの連絡なのか?それとも、催促か?
カルラの表情からは何も読み取れない。
アルバンも、何かを感じているのか、武器に手を置いている。襲撃や襲撃の予兆があるのなら、カルラは報告の聞き直しをしないだろう。
想定内のことが発生したと考えるのがよさそうだ。
緊張を解いて、カルラの説明を待つ。アルバンも、俺の態度を見て緊張を解いた。
「旦那様」
俺の呼び名が、旦那様に戻ったのは、怪しい同行者が居ると解ったからだ。
「どうした?」
受けた報告から、俺に伝えなければならない事があるのだろう。
敵襲や罠が見つかったのなら、これほど落ち着いてはいない。
安心は出来ないが、緊急の案件では無いのだろう。
「合流を少しだけ遅らせた方が良いかと思います」
クォートたちに関係することなのか?
「ん?問題が発生したのか?」
問題なら、こんなに落ち着いていない。
緊迫感が出てもいいはずなのに、カルラの様子を見ると、どこか呆れているように思える。
合流を送らせるのも、後始末を考えてのことなのかもしれない。
「内通者が捕えました」
内通者?
まだ居たのか?
それとも、いままで活動をしていなかったのか?
「え?今?」
今?
なんで、こんなに警戒している時に行動するの?
「はい。先ほど、捕えたと報告がありました」
捕まえた?
それなら、情報が流れていないのか?
そもそも、情報は何かを流そうとしていた。
相手は?
「何をした?」
カルラなら既に状況の把握は出来ているだろう。
先ほど来た報告が、”内通者”に関しての報告なら、慌てなくても大丈夫なのだろう。
それに、共和国にいる間に、俺たちの素性が知られたとしても、困るのは共和国で、俺たちではない。
俺たちの存在が知られて困るのは、俺たちの命を狙っている連中が居る場合だけだが、今のところ共和国で俺たちの所業が知られている様子はない。アルトワ・ダンジョンに居た内通者なら、俺たちの所業を知っている可能性は皆無だ。
アルトワ・ダンジョン内で知っている人間は、居ない。はずだ。
「帝国に情報を送ろうとした所を捕えたようです」
「情報は、アルトワ・ダンジョンか?」
「はい。内部の人数や配置情報でした」
そんな情報を”今”送る理由が解らない。
何か、情報に意味があるのか?
隠された情報があるのかもしれない。
「わかった。捕えたやつらは、ダンジョンの中階層か下層で隔離する。搬送は、途中まででいい。そこからは・・・。エイダ。頼めるか?」
情報を抜き出さなくては対処が出来ない。
上層に檻を作ろうか?
今回は必要なさそうだけど、今後の事を考えると、どこかのダンジョンに収容所を作ってもいいかもしれない。
俺が定めた”罪人”を隔離するには必要な処置だろう。
『是』
ダンジョンに送り込んでおけば、あとはヒューマノイドたちが情報を抜き取るだろう。
それにしても・・・。
帝国に情報?
このタイミングで?
帝国からの増援が来る頃には、俺は王国に入っている。ウーレンフートには向かわないが、目的の場所には到着しているだろう。
うかつすぎないか?
俺ならどうする?
使い捨ての機能に、重要な情報を渡さずに目的を達成させる。
シグナルがロストしたことで、情報を得る?
俺なら・・・。
どうでもいい情報を、シグナルとして送信させる。ダミーとは言わないが、届けばラッキー程度の情報だ。今更、人数や配置情報を受け取っても、日々変わる。作戦に必要な数字ではない。アルトワ・ダンジョンの規模の推測には役に立たないジャンクな情報だ。
情報を受け取る側も、捕えられても問題がない奴らを配置しているのか?
どうせ、お互いに情報を取り合っているのは解り切っている。お互いに、どんな情報を抜き出して送付して解析しているのかが重要になってくる。相手が知っていると考えるのか、知らないのかで、考え方も違ってくる。
そうか・・・。
ジャンクな情報!
しまった!
しまった!
内通者の存在自体が罠の可能性を完全に忘れていた。
王国に帰ることで頭がいっぱいだった。
共和国のダンジョンが弱かったことや、思っていた以上に共和国の連中が弱かったから、気を抜いてしまっていた。
俺たちだけが、共和国内で実践形式の訓練をしていたわけではない。
帝国の奴らも、共和国を狙っていても・・・。それなら、俺たちを見つけて、情報を抜こうとしていても不思議ではない。
俺が、帝国の立場でも同じ事を考えただろう。
そして、実行する。
内通者が仕立て上げられたら、内通者に情報を送らせる。
情報が流れてくれば、情報を受け取るだけでも十分なメリットがある。情報が流れなくなったら、撤退か強襲をかける。相手は、内通者を見つけて、これで”安全”だと判断する。
安全だと判断しているのなら、強襲を考える。
安全だと判断をしないで、防御を固めたのなら撤退を考える。
「旦那様?」
俺が思考を加速させるタイミングで、カルラが声をかけてきた。
確かに、この場所に留まるのは避けた方がいいだろう。
しかし、思考がまとまらない。
「カルラ。情報を生業にする者としての意見が欲しい」
カルラに意見を求める。
情報の取り扱いなら、カルラの方が得意だ。
「はい」
いつもと違う表情で俺をしっかりと見つめている。
これは、プライドから来る姿勢なのだろう。それとも、俺に求められたから・・・。だとしたら、嬉しい変化だ。
「前提条件として、情報も欲しいが、相手の動向を調べている状況だ」
前提条件として、現状の俺たちの状況を説明する。
カルラには、言わなくてもいいとは思うが、自分自身で整理するために、状況の説明を行う。
「はい」
カルラも、俺が状況の説明を始めた事で、現状に当てはめていると理解が出来たのだろう。
表情が先ほどよりも厳しい物に変わる。
「相手に、自分たちが情報を抜き出していると知られても問題にはならない」
「はい」
これは、俺の憶測だけど、間違っている可能性は低いと思っている。相手に知らせる事で、相手の動きを狭めることができる。
仕掛ける側としては、たいした手間もなく、相手が取れる動きを絞ることが出来るのだ。
相手が、想定している範囲内で優秀でなければ出来ない。
優秀なのか?凡庸なのか?
罠を仕掛ける前に、事前調査である程度は把握ができる。
仕掛けられた側としては厄介な罠だ。
「相手が動きを見せるタイミングが知りたい」
ここからは、カルラの報告を通して相手側から見える状況を説明する。
「はい」
「内通者を仕立て上げて、情報を定期的に送らせる」
UDPでの送付ではないけど、受け取り側での処理がしっかりしていれば、情報の確度よりも、情報が送られていることが重要になる。
死活確認の方法では、俺もよく使っていた。
「はい」
「定期連絡が途絶えた。どう考える?」
カルラの表情が険しい。
俺が何を期待しているのか考えているのだろう。
「はい。まずは、内通者が捕えられたと考えます。しかし、すでに内通者が居ることは知られていると考えられる状況ですので、ターゲットが動きを・・・」
ゆっくりとした語り口で、しっかりと説明ができるように考えながら話しているのがよくわかる。
自分で、話しながら、俺の意図に気が付いたのだろう。
”ターゲット”という言葉で、表情が一気に変わる。
険しかった表情が、より厳しくなり、俺を見つめる目が表情以上に慌てているのが解る。
「その時に、ターゲットが普段と違う動きを見せていた」
俺たちの動きは、カルラは解っているのだろう。
状況として、俺たちの動きの補足を入れておく.重要な事だ。
ここからが、カルラに聞きたい事だ。
王国と帝国では考え方が違っているだろう。でも、指標くらいにはなるだろうし、今後の予測もできる。
「私たちなら、上位者に連絡をします。その後で、ターゲットの情報を精査して、急襲が可能なら実行部隊を動かすように進言します。もし、ターゲットが用心していれば、撤退をするか、ターゲットから距離を取ります」
「俺たちの状況としては、選択肢としては、どちらの可能性が高い?」
「旦那様の行いの半分・・・。四分の一でも把握できていれば、脅威と認定して、急襲を選択します。また、護衛についているのが、子供と女性です。このタイミングを逃すとは・・・」
カルラの顔がより一層厳しくなる。
現状の把握が出来たのだろう。
これは確定か?
しかし、襲撃者?
「カルラ。内通者は帝国の関係者だったのだよな?」
「はい。間違いなく、裏も取れています。最初は、共和国の一国だと言い張っていましたが・・・」
やはり、帝国か・・・。
王国を通り抜けられたのも気分が悪いが、その上で俺の情報を調べていたのか?
違うかな?
俺をターゲットにしているのは正しいだろう。
ただ、俺を初めから狙っていた感じはしない。
それなら、アルトワ・ダンジョンができる前から俺に網を張ることが出来ない。
状況と、俺たちの動きから、共和国のダンジョンに網を張っていたのか?
それも、なんとなく釈然としない。
俺たちは、ダンジョンでは下層に入る時には、注意を行っていた。
やはり、アルトワ・ダンジョンか?
それとも、ウーレンフートを監視していた流れか?
「カルラ。どこから、俺たちが見張られていたと思う?」
「私と旦那様の視線とスキルを掻い潜って?考えにくいです」
「そうだよな・・・。でも、実際に内通者が居た。それも、どうやら、ターゲットは、”俺”か”俺たち”だろう」
「え?」
「アルトワ・ダンジョンが狙いなら、襲撃か動きが有ってもいいと思うが、索敵が可能な範囲には、敵と思える者たちは存在しない」
俺とカルラが、知恵を絞っている間に、アルバンと近くを探索している。
アルバンなら採取をしているわけではないだろう。
戦闘は、俺たちが許可しない限りは、襲われない限りは逃げてくるように伝えている。アルバンなら、この辺りに生息している魔物なら、背後を取られて、先制を取られたとしても、対応ができるだろう。
「カルラ。アルとエイダは?」
エイダは、近くで反応があるが、姿が見えない。
「エイダは、先ほど、索敵を行うと、木に上がっていました」
上かぁ
3Dでの索敵ができるようにしないとダメだな。
今度、結界を参考に索敵を考えてみよう。
今までは、不便だとは思わなかったが、必要な時に出来ないと困る。
「アルは?」
アルバンは、索敵の範囲内に居る事は解っている。
カルラがアルバンの状態を把握出来ていればいい。
「探索だと思います」
問題はなさそうだ。
範囲内には居る。遠くには行っていない。それに、探索というよりも、散歩程度の感覚なのかもしれない。
状況が状況で無ければ、認めてもよかったのだが・・・。それでも、一人で離れるのはダメだ。
「カルラ?」
俺の索敵は、悪意や敵認定した者には反応するが、それ以外では、カルラの感知の方が優れている。
カルラが、何か気が付いた。
「旦那様。アルバンが、誰かと戦っています」
戦っているようには見えない。
近くで、反応はあるが、悪意がない?
それとも、魔物ですらないのか?
何と戦っている?
「え?」
索敵のスキルを発動するが、魔物は該当しない。
「しまった!襲撃か!」
「はい。しかし・・・」
「そうだな。俺たちも、アルと合流しよう。丁度、クォートとシャープもアルバンの場所に向かっているようだ」
「はい」
俺とカルラも、内通者と帝国の動きを考察するのを、棚上げして、アルバンの所に急ぐことにした。
俺とカルラは、荷物や馬車を置いて、アルバンが戦っている場所に急いだ。
アルバンが負けるとは思っていない。
俺とカルラが問題に思っているのは・・・。
アルバンが、相手を殺してしまう可能性があることだ。
アルバンの過去にも影響しているのだが、アルバンにはトリガーが存在している。トリガーが引かれると俺やカルラが対応しないと、抑えられない。今回は、大丈夫だとは思うが、何があるかわからない。
アルバンを襲った奴らが殺されようが、どんな酷い結末を迎えようが、気にしない。
しかし、アルバンが落ち込むのは避けたい。暴走したことをアルバンが気にするからだ。
共和国のダンジョンを攻略している時にも、攻略組を自称している奴らがアルバンに殲滅されている。
強さはウーレンフートで考えれば、下層を抜けるのが限界程度な奴らだったが、クズの見本市のような奴らだったので、殲滅は気にしなくてもよいとは思うのだが、アルバンが暫く落ち込んでしまった。
「カルラ!」
「大丈夫です」
カルラも解っているようだ。
アルバンが暴走し始めたら動きが変わる。本来の力が解放されるのではなく、近い者に攻撃を仕掛ける。それこそ、対象が死ぬまで攻撃を止めない。
見えてきた。
暴走はしていない。アルバンは、捕えた者たちの武装を解除している。
「アル!」
「兄ちゃん!」
「何があった?」
カルラは、俺とアルバンを追い越して、倒れている男たちの後ろに回り込む
潜んでいる者や監視をしている者が居ないか確認をするためだ。
「おいら。兄ちゃんに言われた通りに、採取を行っていたら・・・」
馬車の中に保管していた薬草が減っているのに気が付いて、薬草の採取をしておこうと考えたようだ。
そこで、急に村人のような奴らに襲われて、返り討ちにした。
簡単に説明された状況だけど、ほぼ、その通りなのだろう。
最初は、一般的な接触だったようだ。
アルバンが採取してまとめていた薬草を分けて欲しいと言ってきたようだ。
もちろん、アルバンは拒否する。自分で採取するなら好きにすればいいと伝えた。
元々、奪うつもりだったのか?アルバンが子供だったのか・・・。また、その両方なのか・・・。武器を構えたので、アルバンは応戦した。
「カルラ!」
「大丈夫です。近くには、誰も居ません」
「わかった。さて、尋問を開始しようか?」
刀を取り出して、捕えられている者たちに近づいた。
それだけで、しゃべる。しゃべる。聞いても居ないことまで・・・。
共和国のダンジョンがあった街から流れてきた流民だ。
盗賊や野盗の様な行為は、初めてだから許して欲しい。らしい。許すわけがない。
「カルラ。こいつらを連れて行くのは面倒だ。殺していくか?」
「そうですね。私たちが必要な情報を持っているようには思えません。奴隷商に売っても、共和国ではあまり意味がありません。帝国に連れて行くのは、面倒です。始末してしまうのがよろしいでしょう」
「そうだよな。アルバンを殺そうとしたのだから、殺されても、文句はないだろう」
刀を抜いて、男たちに近づくと、命乞いを始める。
アルバンを子供だと思って、楽に奪えると考えるような連中だ。ここで、逃がしても・・・。俺たち以外が被害にあるだろう。そして、同じ事を繰り返す。
「兄ちゃん?」
「ん?アル?どうした?」
アルバンが、男たちを指さして、アルトワ・ダンジョンで働かせると言い始めた。
その対価は、アルバンが育った”院”に送られる。金貨100枚分の対価の支払いが終わったら、命を助ける。自由にはしない。
アルバンが妥協点を提供した。
男たちは、アルバンの提案に飛びついた。
男たちは、俺たちが乗ってきた馬車に乗せられて、アルトワ・ダンジョンに向かわせる。
もちろん、男たちは拘束した状態で荷台に放り込む形にする。
面倒なので、馬車を曳いているヒューマノイドタイプに指示を出して、アルトワ・ダンジョンに向かわせる。エイダも一緒に向かわせる。
物資は、俺が持っているから問題ではない。
エイダだけなら、アルトワ・ダンジョンから移動ができる。ウーレンフートで合流すれば問題はないだろう。
カルラが、馬車を持ってきた。
男たちは何か言っているが無視して、荷台に放り込む。
エイダに、ヒューマノイドへの指示を頼んだ。これで、馬車は大丈夫だ。エイダは、俺に着いて行きたいようだが、王国に到着したら、ウーレンフートに戻って、エイダとアルバンとカルラと一緒に王都に向かう。
「カルラ。行程は、大丈夫だよな?」
「はい。予定通りに進めば、10日以上の余裕があります」
「それなら、大丈夫だな」
いろいろあったが、行程をすっ飛ばしたことで、余裕が産まれた。
エイダには、”ウーレンフートで合流”を指示する。エイダも、やるべきことは解っているのだろう。
エイダには、アルトワ・ダンジョンの領域に入ったら、ダンジョンの最下層に移動してもらう。
アルトワ・ダンジョンにいる者たちにも見せたくない物が馬車には積まれている。それらを、一緒に最下層からウーレンフートに移送してもらう。魔石を使った魔道具関連も隠しておく、この辺りなら必要な武器も一般的な物で十分な対処ができる。
他にも、防具も落とすことにした。
馬車を使っていない事を国境で何か言われる可能性がある為に、必要最低限の武器と防具だけを持って移動する。
クォートとシャープと合流が出来れば、行商人の真似事を偽装するくらいには荷物を持って国境を越えられる。
エイダの馬車には、男たちの行為と処分を書いた手紙を添えておく、カルラがいうには途中で馬車に、俺たちを見守っている者たちが合流するので、無人でも大丈夫だと言われた。
「大丈夫なのか?」
「はい?」
「俺の監視が居なくなるのだろう?」
馬車が離れたタイミングで、人が離れていくのが解る。
「大丈夫です。代わりの者が来ます」
「そうか・・・」
代わりがいるのか?
まぁ居るだろうな。
探索を、生命探知系のスキルに切り替えれば、範囲が広がるのが解る。
カルラが言っている交代は、範囲には居ないようだ。
生命探知に切り替えれば、平面になるが、距離が伸ばせる。
森の中なら、生命探知の方がいいだろう。アンデッドなら見た目で解る。動きが怠慢だから、見てからの対応でも大丈夫だ。空からの奇襲もあまり考えられない。下からの奇襲は無いと考えていいだろう。
生命探知にスキルを切り替えた。
シャープとクォートがこちらに向ってくるのが解る。
急いでいるのか、加速している。
問題があれば、連絡はできる。
しまった!
魔石を取り出して、カルラに投げる。
「カルラ。クォートに状況の説明を頼む」
「え?」
「クォートとシャープがこちらに急いでいる」
「・・・」
「多分、俺たちが乗っているはずの馬車が加速して、戻ったから、急いで合流しようとしていると思う」
「そうですね。わかりました」
カルラは、納得して連絡を始める。
「兄ちゃん。ごめん」
「アル。この辺りに、視界が開けた場所は?」
「え?」
「クォートたちを誘導するにしても、森の中だと奇襲が怖いからな」
「あっ!うん。見つけてあるよ」
アルバンの誘導に従って移動する。
場所は、離れていないが、確かに視界が開けた場所だ。
2-3メートルの高さの丘になっている場所だ。
ここなら、奇襲は難しいだろう。このくらいの高さなら、生命探知のスキルを使っていれば、近づいてくる者たちを見つけることができる。
それに、アンデッドが出てきても、見つけられる。対応も十分に行える。
「カルラ。アル。クォートたちと合流したら、王国に戻るぞ」
「はい」
「うん」
二人とも、嬉しそうに返事をする。
王国を離れて、共和国のダンジョンを攻略した。
新しい力は、得られなかったが、基礎力は上がったと思う。
制御が楽になっている。
余裕が感じられるようになってきた。
森から、クォートたちが乗る馬車が見えた。
アルバンが、馬車に向って駆け出す。
何度も言っているが・・・。アルバンの行動は俺の制止よりも早い。
確認を取ってから動き出して欲しい。
丘の頭頂部に座っていると、注ぎ込む太陽が気持ち良い。風も気持ちがいい。吹きおろしの風だ。
「アル!」「アルバン!」
何があった?
俺とカルラは、武器を抜いて走り出していた。