地上には一気に戻らなかった。最下層のボスが居た場所には、魔法陣が出現している。
一気に戻る方法は存在している。戻る場所がダンジョンの外側に設定されているために、使うのを躊躇っていた。エイダの解析でも、設定の変更は不可能だと言われてしまった。ダンジョンに組み込まれている機能のようだ。オーバライドが可能かもしれないが、解析を行って、組み込みを作るのなら、俺たちしか使わないことを考えれば必要がない。入口近くに転移するゲートを設置したほうが合理的だ。
「カルラ。アル」
二人を呼び寄せて、俺の考えを伝える。
「兄ちゃん?わざわざ?」
「そうだ。エイダが、ダンジョンに接続が完了しているから、”人”の把握が出来ている」
「人を避けて、途中から戦っている所を見せながら戻る?」
「そうだ。俺たちが、中層で戻ってきたと印象を植え付ける。必要があるとは思えないけど、何か言われた時の為に・・・」
「解った。中層なら、おいらだけでも対応ができるけど・・・」
「そうだな。カルラと一緒に戦うようにしてくれ。あと、ときどきで構わないから、エイダと戦ってくれ」
カルラを見ると頷いているので、俺の意図は伝わったのだろう。
最下層には行けないが、中層では困らないくらいの力だと思わせておきたい。深層では、戦えないから、中層で討伐を行って、採取をしていた。その程度の実力だと思われるのが丁度いい。
自分から、吹聴する予定はないが、カバーストーリーは必要だ。
それに、このダンジョンに面白い物が流れ着いていた。
転生する前にも持っていたが、プログラムを作る前にこっちに来てしまった。数年前から商品としては存在していたが、実用に耐えられる物になってきた所だった。
商品としてはARグラスだが、HMDと一緒になったシリーズだ。
装着した状態での戦闘は不可能に思える。情報を表示しながら作業を行うのには、適したソリューションだ。音声認識やハンドゼスチャーが組み込まれているだけでも意味がある。他のARグラスと違って、他のデバイスとの接続が必要なく、最低限のことは本体に組み込まれている機能で実現できる。
今は、エイダに協力してもらって、ダンジョンの情報を表示するようにしてある。
マップを表示して、人と魔物を表示している。
「アル!次は、右だ」
「うん!」
俺が後ろで指示を出して、アルバンとカルラが討伐を行う。
潜っている奴らも表示されているから、避けるのは簡単だ。
20階層程度から、人が近くに居る魔物を狙って討伐を行って。
印象を持たれるような行動をしている。
それでなくても、3人とエイダだけで行動している。特に、戦闘は目立つだろう。
地上まで戻ってきた。
ドロップ率は、徐々に絞るようにしているから、まだ問題には発展していない。
地上では、相変わらず、ダンジョンに入る者たちの審査?が行われている。
俺たちと同様にダンジョンから出て来る者たちは、何かしらの採取品を持っている。
俺たちも、カルラとアルバンが採取した物を持って、ダンジョンの入口近くに居る商隊に売りに行った。相場を調べる意味があり、今までも全部ではないが、採取した物は売るようにしていた。
徐々に値段が上がっている物が多くなっている。それだけではなく、採取リストを配り始めている業者も現れている。
絞った状況で、影響が現れ始めている。しっかりと記憶していなければ、解らない程度だが、物資が足りなくなってきている。供給量が大きくは減っていないことから、まだ大きな混乱にはなっていない。
カルラとアルバンが、売りに言っている最中に、俺は物資の補給という名目で何店舗か、露天商に話を聞いたが、”よく売れるようになってきた”という話だ。よく売れるから徐々に値段が上がっている。露天商も、値段が上がっていると認識はしているが、問題だとは思っていない。仕入れは、大きく値段が上がっていないのだろう。
カルラとアルバンが、戻ってきた。カルラが、アルバンに何かを言っている。
俺を見つけて、アルバンが駆け寄ってくる。
「兄ちゃん?」
アルバンが少しだけ不安な表情で俺の所に来た。普段では見せない表情だ。カルラを気にしているのか?
カルラを連れている事から、カルラが主体でなく、アルバンが主体なのだろう。カルラは、アルバンの後ろに控えるように立っている。アルバンに任せるようだ。
「どうした?」
深刻な表情だけど、すぐに何かが発生している状況ではないだろう。
もし、即座の対応が必要なら、アルバンではなくカルラが俺に報告してきて対応を決めるように言ってくるだろう。
「うーん」
アルバンの表情を見ると、どうやって説明していいのか困っている感じだ。
「アルバン?何か、引っかかったのなら報告をしなさい」
「カルラ。いいよ。それで、アル。何か、気になったのか?」
多分、カルラに話をした時に、うまく伝わらなくて、痺れを切らしたカルラが俺の所に報告に行くように話をしたのだろう。
「うん。おいらの勘違いだと思うけど・・・」
アルバンが周りを気にしているので、エイダがスキルを発動した。
結界ではないが、俺たちの声が周りに漏れないようにした。
アルバンが感じたのは、ダンジョンの中での視線だ。視線の中に、不思議な視線を感じたようだ。
「カルラは感じたのか?」
俺の質問にカルラは首を横に振る。
俺も感じなかった。
感じなかったが、もしかしたらARグラスに夢中で・・・。
そんなことが・・・。あり得る。新しい玩具が楽しくて、いろいろ試していた。安全な状況になってからは、ARグラスでいろいろと情報を表示させて遊んでいた。そのうちARグラスで、”戦闘力5か、ゴミめ”遊びをやろうと考えていた。
ステータスは存在していないが、戦闘力は数値化できる可能性は残されている。どうせ、数値化は考えていた。戦闘力という曖昧な物なら、それほどおおきな影響はないだろう。戦闘力以上に、経験が関係してくるの。経験の数値化は無理だと思っている。現状のスキルの状況から、係数で疑似的な”戦闘力”を算出ができる。はずだ。
「アル。他には、何か感じたのか?」
「うん。一人だけ、異様な雰囲気・・・」
「アルバン。”異様”では解りませんよ!」
カルラは、アルバンに報告の仕方を教えようとしているのか?
それとも、自分が感じられなかった事を、アルバンが感じたのが気に入らないのか?
「ゴメン。兄ちゃん。黒い石に侵された魔物に似た雰囲気があった。でも、人しか居なかった。それに、黒い石もなかったから・・・」
人から黒い石の雰囲気?
魔物が変異するのと同じで、人も黒い石に侵される?
でも、そうなると、人にもプログラムが作用することになってしまう。その時の、動力源は?魔石を埋め込んでいるのか?それとも、人にプログラムを埋め込むことができるのか?
纏っていただけなら、”雰囲気”とはアルバンは感じないだろう。
魔石を使った武器や防具は存在している。それを持っていただけか?
「どの辺りだ?」
「ん?あっ・・・。たしか、2階層だと思う。おいらとエイダで戦っていた時だから・・・」
アルバンは、少しだけ考えてから、2階層と答えた。
2階層で、魔石を使っている武器や防具を装備している連中が居るとは思えない。
「感じたのは、その時だけか?」
「うん。1度だけ、それも、一瞬だから、勘違いかも・・・」
一瞬というのがまた気になる。
ON/OFFができるのか?アルバンの勘違いだと考えるのが簡単だが、アルバンの雰囲気から、黒い石と同じような雰囲気を持った”人”が居たのだろう。俺が、アルバンを疑う理由はない。
”居ない”と考えて行動するよりも、”居る”と考えて行動方針を決めた方がいいだろう。
「わかった。アル。2階層だな?」
「うん」
2階層なら、今日と明日だけ監視をしておけばいいだろう。
深く潜るのなら、エイダの監視網にヒットする。ダンジョンは、俺たちの監視下にある。出て来る奴らを監視すればいい。
「アル。カルラ。暫く、ダンジョンの出口を見ていてくれ、出てくる奴らを監視してくれ」
二人に指示を出して、俺は、ダンジョンの入口に並んでいる連中を観察する。
黒い石を持ち込んでいる連中が居るのなら、ここに並んでいる可能性が高い。
露天商や商隊には、黒い石を扱うメリットはない。”ない”と考えて大丈夫だろう。ないよな?
観察を続けたが、エイダからの報告でも、それらしい反応を見つけることが出来なかった。ダンジョンの内部に、黒い石や関連する物も発見が出来ていない。
アルバンとカルラには、ダンジョンに入ってもらって、低階層を周ってきてもらった。
列は途切れないが、ダンジョンから出たばかりの者には救済処置が存在している。
話を聞くと、補給を行うために出てきて、並びなおしている間に、ダンジョンの中で待っている者たちが死んでしまった事例が重なって、ダンジョンから出た当日と翌日は簡単な検査だけでダンジョンに入ることができる。らしい。抜け道として利用ができそうが、一度、不正な利用だと判断されてしまうと、次から検査が厳しくなるだけではなく、最悪はダンジョンへの入場が出来なくなってしまう。
「兄ちゃん?どうする?」
アルバンが、ダンジョンから戻ってきた。
俺とエイダが出口を監視していたので、近づいてきて話しかけてきた。
「そうだな。仕込みが終わったから、帰るか?」
ダンジョンを監視するモジュールの設定だが、全階層を監視対象にしたので、展開を行う時間が必要だった。
「そうですね。余裕を考えれば、タイミングはよろしいと思います」
カルラが言っている”タイミング”は、王都に向かうタイミングだ。
力をつけるために、時間を貰った。約束の時間が近づいている。大凡のタイミングは確認していたが、カルラがいうのなら、タイミングはいいのだろう。
「うん!」
アルバンは嬉しそうにしている。王国に戻るだけだが、面白くない調査を行っているよりも、王国に移動した方が”楽しい”と思っているのだろう。
俺は、エヴァンジェリーナ・スカットーラに会って・・・。
そのあとは、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロートやクリスティーネ・フォン・フォイルゲンと話をするために、ライムバッハ領に移動か?
アルバンとカルラは、どうするのだろう?一緒に行動してくれたら嬉しい。クリスティーネに聞いてみるのがいいかな?
カルラの表情を見ると、何かいいたいのだろう。
それとも、俺が何か忘れているのか?
「カルラ。何かあるのか?」
「アルトワ・ダンジョンは、どうなさいますか?」
アルトワは、ウーレンフートの支店?のような役割になっている。
バックアップだと考えれば、維持しか選択肢はない。
「維持だ」
「一度、アルトワ・ダンジョンに向かいますか?」
カルラが提案してきたということは、その位の余裕はあるのだろう。
バッファーがどの程度だと考えているのか解らない。遅延しないで到着しても大丈夫だろう。早く着くのなら問題はない。遅くなって、エヴァンジェリーナを待たせるのは、最悪だ。散々、待たせているのに、これ以上、待たせたくない。
例え、数日でも・・・。俺が反対の立場なら、”約束の日”までは我慢するが、”約束の日”を過ぎれば、探しに出るだろう。
「そうだな。アルトワ町に寄って補給をしてから、アルトワ・ダンジョンの確認をして・・・。俺たちが居るべき場所に帰るか?」
「うん!」「はい」
カルラもアルバンも、俺の決定で問題はないようだ。
『マスター』
エイダ?
俺が抱きかかえて、辺りを見回していたエイダから警戒のサインが出された。
『結界を破壊した者が居ます』
『どこの結界だ?ダンジョン内か?』
『いえ、今、マスターたちを囲っている結界の外側です』
今、俺たちを囲っているのは、身体の近くに物理・スキル結界が張られている。その外側に、通常結界を展開して、その外側に、解りやすいように遮音・認識阻害の結界を展開している。
エイダの説明では、遮音・認識阻害の結界が破壊されたようだ。
この結界は、ある程度の力がある者か、同種のスキルを展開している者か、結界を無効にするアイテムを身に着けている者なら、難しくない。
あえて、解りやすく展開しているのは、力量を示す意味もある。
認識阻害の結界を展開しているので、結界を突破できない者には、結界さえ認識できない。はずだ。
『エイダ。方向は?』
『6時の方向。後ろです』
近づいてくる様子はない。
後ろの気配を探るが、ダンジョンから帰ってきたと思える者が居る。近い場所に居るのは、6人?パーティか?その近くにも、数組のパーティが居る。その中の誰が、結界を破ったのか解らない。
そもそも・・・。
偶然なのか?俺たちを狙ったのか?地上で結界が展開されていたから、近づいたのか?
アルバンとカルラを、俺の正面に移動させる。
「あっ!」
アルバンが、俺の後ろに居る奴を見て声を上げる。
「アル?」
「おや?貴方たちは?」
男の声だ。
聞き覚えがある声だけど、どこで聞いたのか・・・。記憶を手繰るが、思い出せない。
しょうがない。話しかけられたので、アルバンにエイダを渡して、後ろを振り向く。
「・・・。あっ!ダンジョンに入る前に話しかけてきた・・・」
後ろから話しかけてきた男だ。
エイダからの報告では、結界を破ったのは、”この男”ではない。後ろに居る奴だ。アイテムを身に着けていると判断している。
ダンジョンに入る前よりも人数が増えている?
「おっ覚えていた?」
少しだけテンションが高いか?
名前は聞いていない。
聞いていたら、エイダが教えてくれる。
「はい。お名前を伺っていなかった・・・。ですよね?」
「あぁ君たちは、特徴的だったから覚えていたよ。それで、ダンジョンでは何か得られたのか?」
マナーとしては、ギリギリだろう。
「えぇまぁ旅費の一部が戻ってくる程度には・・・」
「それは羨ましい。俺たちは、ダメだ。まぁ商人の護衛料が貰えたから、赤字はまぬかれたけどな」
「え?入る前は?」
「ははは。よくある話だ。商人は、ダンジョンの低階層なら安全だと思って、入って・・・」
「あぁそうなのですね。それで、その商人さんを護衛して戻ってきたのですか?」
「違う。違う。商人に話を聞いて、商人が欲しいと言った素材の採取を手伝って、襲ってきた魔物たちを倒して、ダンジョンの外まで護衛してきた」
「ほぉ。そんな依頼があるのですね」
「まぁな。兄ちゃんたちは?」
いきなり、フレンドリーになったな。
気にしてもしょうがない。俺の身分やエイダが知られなければ、大きな問題にはならない。
ウーレンフートから来ていることは、ダンジョンに入る前に話をしている。
「ダンジョン産の魔物素材が欲しいと言われたので、それを狙っていました」
「ほぉ?」
「このダンジョンの15階層に出る徘徊ボス素材が欲しいと言われて・・・」
「そりゃぁ難儀な依頼だな。15階層だと、ウルフ系の素材か?」
「そうです。牙が欲しいと言われて、探して、5回もアタックしましたよ」
ダンジョンに入って、15階層まで潜って、15階層を探しまくった設定なら、時間軸に狂いはないだろう。これは、エイダとカルラと、ダンジョンから出る時に決めた設定だ。準備しておいてよかった。
もちろん、ダミーで素材も持っている。アルバンが持っている、袋の中に入れてある。牙と爪と角だ。売値を、調べたら俺たちの報酬を考えると、少しだけ安いが実力を見せつつ、依頼を受けていることを印象付けるのには丁度いいと判断した。
それから、男とダンジョンの中に関しての情報交換を行った。
俺たちは、15階層を徘徊したことになっているので、男が情報量を支払うから、教えて欲しいと言い出したからだ。
男たちは、補給をおこなったら、明日の朝にもう一度、ダンジョンに潜るようだ。商人が欲しい素材の全部が揃っていないらしい。俺たちに真偽の判断はできないが、気にしないことにした。
「そうですか?」
「兄ちゃんたちは・・・」
俺は、知らないと答える。
「そりゃぁそうだな。兄ちゃんたちは、ホームは違うのだったな」
「はい。でも、それほど、変わったのですか?」
「商人や上の連中は気にしていないようだが、現場に出ている俺たちは、経験から、ダンジョンの変性期に入ったと見ている」
「そうですか?何か、前兆があるのですか?ウーレンフートでは、急に魔物が強くなった時に、変性期だと言われていたくらいなので・・・」
どうやら、ダンジョンから採取できる物が減っているというのは、ダンジョンに潜っている者たちの中では共通認識になっているようだ。
このダンジョンは、まだ減ったという報告がないから、来てみたら、減っているように感じている。らしい。
毒が回るまでは、まだ少しだけ時間が必要になりそうだが、確実に毒は回っている。
話しかけてきた男は、またダンジョンに潜るらしい。男たちの後ろに居た商人風の男は、ダンジョンに潜らないようだ。
しかし、商人風の奴は・・・。視線が気になる。確かに、商人に見えるが、何か違和感がある。
しっかりとした根拠があるわけではない。ねちっこく観察されているように思える。商人の視線”だけ”ではない。値踏みしているような視線は、何度も向けられたことがある。辺境伯の跡取りを見るような視線とも違う。敵対している者を見るような視線でもない。
未知な視線だ。確実に俺を見ている。実に気持ちが悪い。
商人風の男は、別のグループに合流するのだろうか?
新しい男たちと話をしている護衛なのだろうか?
「なにか?」
商人風の男が、俺の視線に気が付いたのか、話しかけてきた。
「いえ、ダンジョンには向かわないのですね」
無難な返事を考えておいてよかった。
「ははは。そうですね。これから、採取した物を持って、移動しなければならないのですよ」
相手も、無難な答えだ。
それ以上は、突っ込みようがない。
「そうですか、道中、お気をつけてください」
「ありがとう。貴殿たちもお気をつけて・・・」
男が手を差し出してきたので、手を握ってから別れる。
繋いだ手を見ていると、カルラが話しかけてきた。
「何か、お気になることでも?」
気になるが、何に、気になるのか解らない。
モヤモヤした気持ちだ。
「何でもない。ただ・・・」
そうか、握った手が”商人”らしくない。
俺が知っている商人が、標準的な商人だとは思わないが、多かれ少なかれ、商人の手は扱っている商品で汚れる。そして、どれほど硬貨を磨いても、硬貨は人から人に、移動する。そして、人の生活で汚れる。硬貨を扱う商人の手を汚す。
商人は、硬貨を扱う。そして、硬貨の汚れが・・・。
「マナベ様?」
カルラの呼びかけで、意識が戻る。
周りを見たが、既に遅かった。男たちの姿を見失っていた。
「なんでもない」
スキルを使ってみるが、近くには居ないようだ。
手を見て、スキルを発動する。
ん?
何か、スキルを付与されたのか?
「エイダ。俺の手を調べてくれ」
『スキルの痕跡があります』
スキル?
「どんなスキルか解るか?」
『解析を開始します』
エイダが解析を始めたが、自分でも調べてみる必要があるだろう。
魅了系のスキルでは無いのは、俺が解っている。探索系や追跡系でもなさそうだ。攻撃スキルは、常時展開している結界が反応していないので、違うだろう。侵入してくるようなスキルか?
『マスター。解析が終了しました』
「カルラ!アル!」
二人を呼び戻して、エイダの解析をしっかりと共有する。
『使われたスキルは、痕跡からの判断ですが、仮称”浸食”です』
俺が、カルラとアルバンを呼んだので、エイダも解ったのだろう。二人にも話が解るように伝えてくれたようだ。
二人が、驚いた表情をしている。
俺も、想像はしていたが、実際に”浸食”だと知らされると、恐怖に思えてしまう。
「エイダ!マスターは?マナベ様は、大丈夫ですか?」
カルラが慌てだす。
俺の精神が浸食されたのなら問題だ。エイダが解析を行っていて、慌てていないのなら大丈夫なのだろう。エイダや俺のスキルさえも突破してくるようなスキルなら、万全な状態で挑んでもダメなのだろう。
これで、ウイルス対策だけではなく、侵入や浸食への対策を皆にも施す必要が出て来る。
『大丈夫です。結界で阻まれています。ワクチンが作用しました』
俺が使っている結界には、ワクチンの機能を付与している。
魔法スキルを書き換えようとした場合に対応するようにしている。助けられたようだ。”黒い石”関連のワクチンを作った時に、作成したのだが、結界に付与できるようにしておいて良かった。
「ん?エイダ。ワクチンが有効だったのか?」
それにしても、ワクチンが作用したのか?
カルラやアルバンだけではなく、ダンジョン内にも適用しておく必要がありそうだ。
もしかして、”黒い魔物”がセーフエリアにも出たというのは、ダンジョンが浸食された結果なのか?
『是』
エイダの解析は信じられる。
富岳とは言わないがそれなりの処理速度を持っている。汎用機レベルには到達している。実際に、AS400も動き始めている。贅沢な環境だ。
「”黒い石”との類似点は?」
問題は、”黒い石”との関係だ。情報が少ないが、まったく”無関係”と思えない。
『不明』
どういうことだ?
エイダでも解析が出来なかったのか?類似点を見つける事が出来なかったのか?
「どういうことだ?」
『ワクチンで、ウイルスが破壊され、解析が不可能』
そうか、それならしょうがない。
あの商人を追えなかったのが悔やまれる。
そして、ダンジョンに潜っていった男たちは、”何か”に侵されてのか?
「エイダ。カルラとアルバンを検査してくれ」
『了』
俺が使っている結界と同じ物を使わせているので大丈夫だと思いたい。
それに、侵入と浸食を防ぐためのファイアウォールの開発も視野に入れておく必要がありそうだ。
そういえば・・・。
「カルラ」
「はい」
「俺が手を握った商人風の男だけど、面は見た?」
「え?」
やっぱり、カルラもダメか?
「アルは?」
アルバンも、首を横に振る。
エイダは、近くに居なかった。
もしかしたら、いや、理論を構築するには情報が少なすぎる。
俺も、男の”顔”は見ている。
カルラも、アルバンも、見ているはずだ。でも、記憶に残っていない。
男だったのは間違っていない。にこやかに接してきた。何処にでもいるような人物で、商人風だと俺は思った。表情は思い出せるが、顔の印象が薄い。記憶に残っていない。浸食の影響なのか?
それなら、触られていないカルラやアルバンが忘れるのは理屈に合わない。
カルラは、密偵だ。
一度でも見た人物は忘れない。その、カルラが忘れてしまっている。
忘れさせるようなスキルがあるのか?
「ダメだ。情報が少ない。エイダ!」
考えてもしょうがない。情報が集まってきて・・・。そんな時間があるとは思えないが、今は考えなくてよい。
認識ができない”方法”があると、解っただけで十分だ。
『ダンジョン内で同様のスキルが使われたのか調べます』
「頼む。でも、無理しなくていい。防ぐ方法を確立する方が先だ」
ログを漁るにしても、俺では時間だけが経ってしまう。エイダなら該当データを探す事ができる。
それに、ログの種類を増やさなくては、見つけられない可能性がある。
該当ダンジョンだけでも、使われたスキルの情報を集めておく必要があるだろう。あまりにも、ログが大きくなると調べるのも厄介だ。
未知の攻撃が確認されたからには、ログは必須だ。ログの適用範囲を増やしていけばいいだろう。
『了』
「旦那様。防ぐと言っても・・・」
「解っている。でも、未知ではなく、攻撃方法が解らなければ、攻撃を認識する方法を考える。これは、俺の役割だ」
「はい」
「アルトワ町に立ち寄ってから、アルトワダンジョンに向かう。アルトワダンジョンには、2日程度の滞在だ。それから、王国に戻る。可能か?」
「はい。クォートとシャープと合流すれば可能です」
「わかった。手配してくれ、俺は、浸食のスキルに対応する方法を構築する」
「かしこまりました」
もう一度、ダンジョンに潜って、男たちを探したい衝動もあるが、対策を行わない状態で、商人風の男に会ってしまうのは避けたい。
たしかに、クォートたちと合流して、馬車で移動を行えば、時間の短縮ができる。そのうえで、開発を行うのも可能だ。
ファイアウォールは、ダンジョンには組み込まれているが見直しが必要だろう。
結界への適用も、効率を考えなければ、俺たち以外への・・・。エヴァだけではなく、ユリウスたちへの利用を考えれば、効率をよくしないと、常時発動が難しい。いろいろ、新しい知見も手に入れた。
王国に帰るのには丁度いいタイミングなのだろう。
ダンジョンを狙っているのか?”黒い石”という新しい脅威と新しい敵が見え始めている。
今回、”商人風の男”が敵として姿を見せた。
まだまだ、解らない事が多い。
私は、カルラ。
カルラの名を継いでから5年が過ぎた。今の主は、クリスティーネ・フォン・フォイルゲン様。フォイルゲン辺境伯家のご息女で、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロート皇太孫の婚約者だ。貴族家にしては珍しく、恋愛からの婚姻(クリスティーネ様が断言されていた)らしい。
クリスティーネ様からの指示を聞いたときに、不思議に思った。クリスティーネ様と幼年学校からのクラスメイトで少しだけ変わった感性を持っていると教えられた、アルノルト・フォン・ライムバッハ。フォイルゲン辺境伯家と同等の辺境伯の跡継ぎと、一緒に過ごして、調査を行い、些細なことでも報告する。
アルノルト様は、クリスティーネ様以上に不思議な方だ。
私が、アルノルト様を調査して、行動をまとめて、クリスティーネ様に送っているのを知っているのに止めないどころか、流す情報を増やすありさまだ。こんなに、潜入が簡単だった話はない。
クリスティーネ様は、カルラの名を引き継いだばかりの私だけではなく、アルバンも従者としてアルノルト様に推薦をしていた。
アルバンの名は、襲名ではないが、近い物があると教えられた。
アルノルト様とアルバンは、気が合うのか二人でふざける事が多い。
ふざけると言っても、年相応の悪ふざけではない。
殆どが、模擬戦だ。
騎士や護衛の模擬戦を見てきたが、二人の模擬戦は少しだけ、本当に少しだけ・・・。ダメだ。自分をごまかせない。二人と私を含めた模擬戦は、おかしい。騎士たちが行う模擬戦とは格段に危険度が違う。
条件付けもおかしい。”スキルや魔法は使わない”は、模擬戦ではよく使われる。しかし、私たちが行う模擬戦はスキルだけではなく、武器も通常の物を使う。それだけではなく、アルノルト様が作られた(で、あっているよね?)エイダと呼んでいる。ヒューマノイド・ベアがスキルを使用して、身体が重くなるようにして模擬戦を行ったり、高所と同じ状態にして模擬戦をしたり、息ができない状況を作り出したこともある。とにかく、異常な模擬戦を行う。
アルノルト様は、多くを語らない。
ダンジョンやスキルに関しての話は饒舌に話をしてくれるが、ご自身のことや、敵の事はあまり語って下さらない。クリスティーネ様も何かをご存じなご様子だが、アルノルト様から聞き出す必要はないと御下命を頂いている。
アルノルト様は、異常だ。
アルノルト様が持つ力が、王国に向った時には・・・。そうならないようにするのが、私の仕事で責務だ。
実際に、アルノルト様は、難攻不落と言われていたウーレンフートのダンジョンを単独で攻略された。
他の貴族に汚染されていたウーレンフートの街を含めて復興させた。それだけではなく、ダンジョンという場所柄、親を失う子供が多くいた。その子供たちに教育を施して、戦力として数えられるようにする方法を示した。他家ではできないことだ。この”学校”があれば・・・。先代のカルラも言っていた。私たちのような”カルラ”を育成するしかない状況を変えたい。自分の代で出来なかったことを、私に託された。最後の言葉は、”子供たちを守って”だ。私は、先代カルラの意思を継ぎたいと考えた。
この状況は、私が望んだことだ。最初は、クリスティーネ様からの指示だったが、不思議な男性であるアルノルト様が行ったことを聞いて興味をひかれた。娘は、カルラへの道を進んで欲しくなかったが・・・。
アルノルト様は、ウーレンフートだけではない。
共和国には、新しい力を得るために、新しいスキルを得て、経験を積むために来たはずなのに、共和国を苦しめる施策を考えて・・・。実行している。
王国と共和国は、不可侵条約を結んでいるわけではない。
共和国は多数の国を、少数の国で支配している。合議制で国の運営を行っているという建前だが、建前さえも守られなくなっている。そして、時折、王国に出兵を行う。
アルノルト様の一番と言っていいほど異常な部分は、辺境伯家の跡継ぎだったのにも関わらず、料理の腕前が一流だという事だ。
最初は、少しだけ不思議に思っていたのですが、クリスティーネ様から聞いた話や、実際に私が経験した状況を踏まえると、異常だという結論になった。
まず、前提条件として、貴族家の跡継ぎは、料理はしない。菓子作りを趣味として嗜む者は存在している。料理が好きだという者も居る。しかし、そんなレベルではない。王都の高級店よりもおいしい料理を、野営で出された時には、驚きを通り越してしまった。アルノルト様は、それだけではなく、料理のレシピや調理方法を教えてくださいました。本当に、貴族のご子息なのでしょうか?
クリスティーネ様も、御器用にこなしますが・・・。料理だけは、相性が悪いようです。クリスティーネ様は、未来の王妃です。出来もしない料理に時間を掛けるよりも大事なことがあるのですが・・・。
能力は、クリスティーネ様から聞いていた物とは違っていたので、困惑しましたが、それ以上に”知識”が異常です。
通常、魔法やスキルを使う時に、詠唱を必要とします。しかし、アルノルト様の詠唱は、通常の詠唱とは違います。試しに、アルノルト様の詠唱を教えてもらって、”身体強化”のスキルを利用したら、今までの詠唱と比べて、利用時間が5倍以上に伸びて、能力の底上げが2倍以上になりました。そして、調整が可能になって、短期間の行使も可能になり、戦略の幅が広がりました。
この新しい技術も秘匿しないで、教えてくれました。
それだけではなく、クリスティーネ様に報告を行うように言われました。そして、私を通して、クリスティーネ様やユリウス様を守るための魔道具も提供してくれました。同じ物を私とアルバンも持っています。
結界だと言われていますが、常時発動型では、動きが阻害されてしまうので、”悪意”に反応するようになっています。
アルノルト様と一緒に居て、私の力も上がっています。
アルバンも・・・。いえ、アルバンは、私以上に力を付けています。そして、私以上にアルノルト様に依存しているように思えます。アルバンの過去は、クリスティーネ様に簡単に聞きました。よくある話です。よくあるだけで、悲劇が喜劇に変わるわけではありません。
アルバンは、アルノルト様に危険な位に依存しています。そして、心酔していると言ってもいいでしょう。私も、アルバンのことを言えませんが・・・。アルバンは、私と違って、クリスティーネ様から受けた命令は一つだけです。
”アルノルト・フォン・ライムバッハを守りなさい”
アルノルト様に、護衛が必要だとは思えません。
確かに、油断していることはあります。しかし、油断している時の為だけに、アルバンが居るとは思えません。本当に、アルノルト様は”誰と”戦っているのでしょう?
クリスティーネ様からお聞きした、アルノルト様の事情には、少しだけ不思議な所があったので、黙って独自に調べました。
情報統制が行き届いているのか、アルノルト様の従者を”誰が”殺したのか解りませんでした。他の方々は、予測を含めてですが、判明しています。帝国が手引きしていたという噂も出ています。しかし、二人いた従者の一人は、”誰に”殺されたのか解らないままです。
本当に不思議な人です。
そして、凄く眩しい人です。私たちとは違う場所を歩いて行ける人です。
私とアルバンに向って、一緒に歩くように道を示してくれています。クリスティーネ様には、アルノルト様の手を取るのは自由だと言われています。ご命令されれば、違いますね。自分で考えて、アルノルト様の近くに居たいと思わない限り、アルノルト様には受け入れてもらえないでしょう。そして、西方教会の聖女であったエヴァンジェリーナ・スカットーラ様にも失礼でしょう。
私が、アルノルト様を理解する為に、書き始めたノートもこれで3冊目です。
これからも増え続けるでしょう。まだ何かを隠しているのは・・・。怖くもあり、楽しみです。
おいらの名前は、アルバン。
親に与えられた名前は、別にあるのだが、兄ちゃんから、”真名”を教えない設定でかっこいいと言われた。凄く気に入っている。真名は誰にも教えない。おいらだけが知っている。魂の名前。
兄ちゃんには、もちろん真名を教えている。
でも、普段は、アルと呼んでくれる。慣れているのもあるが、しっくりくる。自分が呼ばれていると思える。今更、真名で呼ばれてもしっくり来ない。
兄ちゃんには、おいらの事は、クリス姉ちゃんから指示を受けたおっちゃんと一緒に旅をしてきた者だと説明されている。
本当は違う。これは、カルラ姉ちゃんにも、兄ちゃんにも言っていない。
クリス姉ちゃんだけが知っているおいらと兄ちゃんの秘密だ。兄ちゃんは、覚えていない。絶対に覚えていないとは・・・。でも、兄ちゃんは、その時の記憶が定かではないらしい。クリス姉ちゃんからも、兄ちゃんには言わないように、厳命されている。
兄ちゃんの記憶が戻って、おいらを思い出したら話していいと言われている。そんな時が来ないことを祈っている。
おいらは、貧しい農村で過ごしていた。
年齢はよく覚えていない。
覚えているのは・・・。
村の大人たちが騒いで、偉そうな奴が来て、おいらの父ちゃんと母ちゃんを殺した。おいらの目の前で・・・。
そして、村は偉そうな奴が連れてきた者たちに蹂躙された。
何が行われているのか解らなかった。
昨日まで遊んでいた場所に、死んだ大人たちが積み上げられている。
偉そうな奴が連れてきた奴らは、大人たちのしたいが積み上がっている前で、村の姉ちゃんを裸にして、殴っている。
その近くで、別の男が宿屋のおっちゃんを縛って、ナイフを投げて笑っている。
何をしているの?
こいつらは?
おいらは、行商人のおっちゃんに匿われていた。
おっちゃんは泣いていた。おいらを抱きしめて、”すまん”と連呼していた。でも、夢だから大丈夫。そう思っていた。おいらは、村の近くの洞窟までおっちゃんに抱かれて逃げた。
そして、おいらを逃がすために、村長が殺されたと教えられた。おいらが、おっちゃんに何があったのか教えてくれとお願いして、教えてもらった。
おっちゃんは、フォイルゲン辺境伯から来たと教えられた。
そして、おいらの村を襲ったのは、証拠は何もないがルットマン子爵家の者と雇われた傭兵だと言われた。
ルットマン子爵。おいらたちの村を治める貴族だ。
その貴族がなんで、おいらたちの村を襲う?大人たちが、貴族が税として食べ物を持っていくと言っていた。貴族は悪い奴らなのか?
おっちゃんは違うと言っている。
でも、おいらの村から食べ物を持っていく、隣のおっちゃんとおばちゃんの所に産まれた子供、おいらの妹分になるはずだった子供は、産まれて10の夜を数えない間に、起きなくなった。おっちゃんとおばちゃんは、貴族が憎いと泣き叫んだ。村長が諫めていたが、子供が少しの火で全部が燃えて何も残らないのを見て、皆が泣いた。
おっちゃんと一緒に、各地を回った。
ライムバッハ辺境伯の領にある村を渡り歩いた。貧しい村もあるが、皆がご飯を食べて、子供も居る。おいらたちを歓迎しない雰囲気を出す村もあるが、それでも屋根があって、食べられる。それも、おいらの村では、年に一度の収穫後に食べられるような豪華な食事が毎日・・・。
なぜ?なぜ?なぜ?
酷かった。たった半日くらいの距離を歩いただけで・・・。川を越えただけで・・・。本当に、同じ村なのかと・・・。おっちゃんが、これが現実だと言っている。何が、現実なのか、おいらにはわからない。
おっちゃんを殴りながらいろいろ聞いた。おいらには解らない。
おいらの村があった場所に戻った。戻りたくなかった。でも、おっちゃんが大事だと言っていた。
村には、何もなかった。
おいらの家も、村長の家も、おいらたちが耕した畑も、井戸も・・・。本当に、何もなかった。
涙も出なかった。
握っていた手が痛かったことだけは覚えている。おっちゃんに連れられて、フォイルゲン辺境伯領にも行った。ライムバッハ領よりは、貧しい印象を持った。それでも・・・。本当に、貴族によって村の生活が違っている。
おっちゃんと一緒に、いろいろな貴族の領地を行商した。
フォイルゲン辺境伯領に戻った時に、おっちゃんに真剣な表情で聞かれた。
「貴族が憎いか?」
「貴族じゃない。ルットマン子爵が憎い」
「殺したいか?」
「殺せるのなら、でも、殺しても何も変わらない」
いろいろな街や都市を見て歩いた。もちろん、村や蹂躙された村も見た。おいらの・・・。別の未来がそこにはあった。子供が、柱に縛られて・・・。
ルットマンを殺しても、別の貴族が来て、似たような事をする。それなら、ライムバッハ辺境伯やフォイルゲン辺境伯の手助けをして、住みやすい村を作る手伝いがしたい。
おっちゃんに正直に伝えた。
おっちゃんは笑いながら、”ついてこい”とだけ言って歩き出してしまった。
なんか解らない間に、フォイルゲン辺境伯に面会していた。
そこで、”アルバン”と名乗るように言われた。
これからも、おっちゃんと一緒に各地を回って、気が付いた事をフォイルゲン辺境伯に報告するように言われた。
アルバンの名前は、おっちゃんの子供の名前だと教えられた。
アルバンの名前を貰ってから、王都に向った。
王都で次の指示を受けるように言われたからだ。
王都まで、1日くらいの距離にある休憩所で休んでいると、気持ちが悪い者たちが通って行った。
「おっちゃん?」
「どこかの傭兵か?」
「傭兵?」
「雇われた兵だ」
「ふぅ・・・。ん?」
なんか、違和感があった。見た事がある?
後から何とでも言える。おいらたちが、ここで休んでいるのは、もうすぐ、目の前を通り過ぎるだろう、ライムバッハ家の馬車を確認するためだ。
おいらたちだけではなくて、他の行商も、ライムバッハ家の馬車が通り過ぎたあとを着いて行く、大きな都市に向かう時にはよく見られる光景だ。評判がいい貴族家の馬車の後ろに着いて行けば、護衛もしっかりしているので、街道の安全が跳ね上がる。
おいらとおっちゃんは、行商たちの集団の中央に居た。
荷物も多くはない。先頭では、ライムバッハ辺境伯に近づきすぎてしまう為に、距離を離していた。
後ろから悲鳴が聞こえた。
おっちゃんは、おいらの手を引いて、まとまりから離れて、茂みに逃げる。
息を殺して・・・。何が行われるのか見る。
おっちゃんから言われたことだ。
おいらたちは、観測者だ。しっかりと行われた事を見て、報告をする。それが、どんなに辛いことか・・・。おいらは・・・。手の平に付いた傷跡をなぞる。悔しい。おいらに力があれば・・・。しっかりと見て、報告をする。こんな悲劇が繰り返されない事を祈って・・・。
「!!」
女の子が小さな子供を抱きかかえて、森に逃げていく、そのあとを、笑いながら気持ち悪い子供が追いかける。
「(ルットマン!)」
おいらの両親を笑いながら殺した奴だ!
顔を見た瞬間に、感情が弾けた。
そして、ルットマンに切りかかっていた。
「なんで、ガキが?全員、始末したのではないのか?」
「すみません」
目の前の男に阻まれてしまった。
「まぁいい。殺しておけ、俺は、逃げた奴を殺して、奴を待つ!」
「はい。はい」
このあとは、何を言われたのか解らない。
おっちゃんが逃げろと声を変えてきた。おいらを狙っていた傭兵は、おっちゃんを狙う。おいらは、傭兵に蹴りを入れられて・・・。痛くて、情けなくて、恥ずかしくて・・・。おっちゃんを助けにも行けない。
「え?」
何かが駆け抜けた。
傭兵たちが次々と殺されていく、おいらは・・・。
傭兵を殺してくれた。傭兵を倒してくれる。おいらの村を蹂躙した傭兵を殺して・・・。でも、何か苦しそうな・・・。悲しそうな・・・。寂しそうな・・・。
最後に見たのは、おいらより少しだけ年上の泣きそうな表情をした人だった。
おいらは、助けられた。
アルノルト・フォン・ライムバッハに・・・。おいらの両親を殺した、リーヌス・フォン・ルットマンを殺してくれた。それも、自分から死にたいと言うまで苦しめて・・・。
ダンジョンの攻略を終わらせて、王国に帰還するために、拠点を築いたアルトワ町に向かっている。
より正確に言えば、アルトワダンジョンに向かっている。
俺たちだけなら、アルトワダンジョンの最下層からウーレンフートに移動することも出来るのだが、国境で証拠を残す必要がある。
『マスター』
俺の横で静かに作業をしていたエイダが話しかけてきた。
「終わったのか?」
『是』
クォートとシャープと合流して、報告を受けたのだが、俺たちが攻略を見送った小さなダンジョンや、未発見状態だったダンジョンを攻略してきた。眷属を自由に増やしてよいと権限を与えたら、眷属を増やして、攻略を行ったようだ。最下層に問題が設置されていた場所もあったが、サーバに問い合わせを行って答えたようだ。変な”なぞなぞ”が無くてよかった。
眷属は、ヒューマノイドタイプだけではない。テイマーを装って、魔物を配下に加えている。
ヒューマノイドベアであるエイダが居るから考えていなかったけど、機動力を考えれば、テイマーは”有”だな。
クォートとシャープの合流で、攻略したダンジョンの統廃合を行った。未発見のダンジョンで、コアが存在していたダンジョンは、育つに任せることにする。食べられない魔物やドロップ品を絞る程度の調整を行って、フロアにも資源はない状態にした。
資源があるダンジョンは潰した。リソースは、アルトワダンジョンに吸収するようにした。
発見はされていたが、資源のダンジョンとして認識されていなかったダンジョンは、1-10階層は資源が皆無になった。11階層から下は、資源がある状態にしているが、魔物の強さを2段くらい強くした。ウーレンフートの中層以降と同じレベルだ。
クォートとシャープの報告から、やはり黒い石や黒い魔物が見つかっている。
「黒い石の対応も終わったのか?」
『把握できる範囲で対処済みです』
「エイダは、そのまま監視の強化」
『了』
支配下のダンジョンが増えた事で、できる事が増えた。
正確に言えば、情報量が増えた。未発見のダンジョンを活かす方法として、増えた情報量の処理を行わせることにした。リソースを喰わないようにして、魔物も最低限の配置にしてある。
階層は増やしてあるので、何もないダンジョンに潜っていく苦痛を味わってもらうコンセプトだ。そのうえで、階層主だけは強いけど、何もドロップしないように設定してある。潜るだけ赤字になる素晴らしいダンジョンだ。
「旦那様」
俺の作業がひと段落したのを見てカルラが声をかけてきた。
モニターには、ログの解析の状況が流れているが、異常は見られない。
「どうした?」
モニターにしっかりとログが流れている事を確認して、カルラに返事をする。
カルラも、俺からの返事を待って本題に入ってくれた。
「アルトワ町に寄りますか?」
確かに、寄った方がいいだろう。
町というか、村の様子も気になる部分がある。
「そうだな。アルトワダンジョンの事が知られているのか気になる」
ダンジョンが発見された事や、資材を持ち込んで拠点にして、実質的な支配をされているとは思っていないだろうけど、何か情報が流れているとしたら、対処が必要になるだろう。
共和国の兵がアルトワダンジョンの拠点に向かったとしても、対処は可能だろう。
「わかりました」
カルラの様子が?
何か、懸念があるのか?
「どうした?何か、心配事か?」
聞いたほうがいいだろう。
カルラが何かを感じたのなら、それは考えた方がいい事だろう。直感は、無視しないほうがいいことが多い。特に、カルラの様に経験を積んでいるのなら、なおさらだ。
「はい。自業自得ですが、アルトワ町の町民や町長を私たちが殺したのは事実です」
完全に忘れていた。
情報が伝わっているとは思わないけど、情報が伝わっていたとしても、俺たちが恨まれるのは間違っているが、間違っていることを正面から受け止める事ができる者は少ない。
村が静かな衰退に向かって行くのを止めようと動いたが、間違った方法を取った結果だから、受け入れて欲しい。
でも、残された者たちは、楽に恨むことができる俺たちを恨むだろう。
情報収集は諦めた方がいいだろう。
「あぁそうか・・・。やめておくのが無難か?」
アルトワ町の連中だけなら、対処は可能だろうけど、俺は、俺たちは、殺戮者ではない。襲われれば、返り討ちにするけど、襲ってこない者を切って捨てようとは思わない。
面倒ごとを避ける意味でも、アルトワ町には寄らないほうがいいだろう。
補給の必要もない。
そもそも、補給ならアルトワダンジョンの拠点で行えばいい。
「はい」
カルラの進言を受け入れる。
アルトワ町に寄ろうと思ったのも、アルトワダンジョンの情報が流れているか確認する為だし、必要はないだろう。
「旦那様。私とシャープで聞き込みを行いましょうか?」
俺とカルラの話を聞いていた、クォートが自分たちで行くと言い出した。
「うーん」
確かに、クォートとシャープなら上手くやるだろう。
「元々は、目立たない様になっていますので、大丈夫だと思います」
そうだな。
目立つ目立たないで言えば、目立つのだが、印象に残らないような作りになっている。
テンプレートの執事とメイドだ。貴族や、豪商なら一緒に行動しても不思議ではない見た目をしている。だから、執事とメイドとして印象には残るが、主人までは印象に残らない(はず)。
「わかった。クォートとシャープでアルトワ町での聞き込みを頼む。無理はしなくていい。アルトワダンジョンに人が来ていれば、見つかったと判断ができる」
クォートとシャープでアルトワ町に入ってもらう。
その時に、新しく加わった眷属を連れて行くことになった。魔物も一緒だ。印象が完全に違うようにしてしまえば、クォートとシャープが目立たない。
クォートとシャープは、馬車で移動する。俺たちは森の中を移動するので、馬車は不要だ。
髪の毛の色と目の色を変えて、アルトワ町に向かう。
「カルラ。アル。エイダ。俺たちは、森の中に入って、アルトワダンジョンに向かう」
「はい」「うん」『了』
森の中を進むのには慣れている。
大きな問題もなく、アルトワダンジョンの拠点に辿り着いた。
「大将!」
ベルメルトか?
相変わらずだけど、アイツも呼び方を改めないな。
「悪いな。少しだけ世話になる」
「了解です!おい!」
塀の上から俺を確認して、門を開けるように伝える。
門が開いて、橋が掛けられる。
ここの頭は、ベルメルトで大丈夫だな。
紛れ込んだと言っている者たちも素直に従っているのだろう。
「ベルメルト」
「はい!大将!」
「だから、大将は辞めろ」
「ダメです。大将だから、大将なのです!そうだろう!」
”はい。大将!”
見事に揃っている。
子供が増えている?
その辺りを含めて、状況の確認が必要だな。
その前に・・・。
「エイダ。パスカルやリスプへの接続は?」
『問題はありません』
「わかった。リソースは?」
『想定の範囲内。12%の利用です』
「ん?12%?」
『はい。ダンジョンにリソースを振り分ける事で、一時的にリソースの利用が上がっています』
「あぁそうか、それならしょうがない」
『また、アルトワダンジョンで戦闘が行われて、リソースを利用しました。パフォーマンスを上げますか?』
「そうだな。利用率は、10%未満にしてくれ、ウーレンフートからサーバを補充してくれ、弾の残りはあるよな?」
『はい。ラックサーバを設置しますか?』
「必要か?」
『必要になる可能性は43%です。現在、非活性のダンジョンに戦闘が行われるようになると、リソースが不足します』
「わかった。リスプを増強してくれ、他の非活性のダンジョンも、できる限り増強してくれ」
『了』
俺とエイダのやり取りを黙って見守っていた者たちが、綺麗に並んでいる。
必要ないと言っても辞めないのだろう。
このアルトワダンジョンを要塞化してしまおうか?
ベルメルトに代官の真似事をさせればいいだろう。共和国が認めなくても、認めても、どちらでもいい。俺たちが実効支配してしまえばいいだけだ。
俺は、カルラとアルバンをアルトワ・ダンジョンの拠点に残して、最下層に移動した。エイダと二人で駆け抜けた。
『マスター』
「ウーレンフートから、ラックを持ってきてくれ」
『了』
エイダに指示を出す。ラックサーバで、アルトワ・ダンジョンと周辺を構築する。
城塞を作るには、組み込んでいるサーバーではパワーが足りない。アルトワ・ダンジョンは、共和国内のダンジョンを管理する必要もある。モニターを行うだけでも、十分なパワーがないと重要な情報を見逃すことがある。
各ダンジョンには、最低限の施設だけを残すようにして、アルトワに向かっている最中に構築したスキルを連動させる。アルトワ・ダンジョン以外のダンジョンは自爆するようにした。コアは、アルトワ・ダンジョンに避難が終わっている。
現在は、遠隔でダンジョンの管理ができるのか確認をしている。
『マスター。フルスペックですか?』
「そんなに珠があるのか?」
『2Uが混ざりますが、ハーフラックが埋まります』
「そこまでは・・・。そうだな。フルスペックで頼む」
『了』
ヒューマノイドタイプが、ラックを持ってきて設置する。
サーバの組み込みは終わっていない。一度、配線を綺麗にやって見せてから、ヒューマノイドタイプたちも練習をしたようだ。今では、十分に綺麗な配線が出来ている。
ネットワークもしっかりと接続された。
”火”が入ると、ファンが回りだす。サーバーの機能を順次移動させていく、まずはアルトワ・ダンジョンだ。
『移行が完了しました』
「解った。旧システムの”火”を落して、ウーレンフートに持っていってくれ、ログは解析に回す」
『了』
ログを吸い上げた媒体をヒューマノイドに渡す。
サーバの”火”が落ちたのを確認して、サーバを移動させる。
モニターは、このまま使う。
6面用のモニターアームがあったので、サイズを揃えたモニターを取り付けている。
「他のダンジョンは、仮想環境で構築」
『了』
「コアに制御を任せないで運営ができるのか確認」
『了』
「移行に問題は?」
『ありません』
「よし、移行を実施。各ダンジョンには制御を残さないように!」
『了。移行完了までの予想時間は、7時間37分』
「終了後、コアの確認と、運用テストを実施。任せて大丈夫か?」
『是』
ダンジョンの移行は、エイダに任せられる。
終了後のテストは、ヒューマノイドたちに任せて問題があればエイダが対応を行う。
ウーレンフートでも実行は出来たが、サブルームの意味もあるので、アルトワ・ダンジョンで構築を行った。
これで、ウーレンフートのダンジョンが誰かに強襲されたとしても、アルトワ・ダンジョンに逃げられる。ウーレンフートのログやシステムは、バックアップを自動的に作成している。アルトワ・ダンジョンから、ウーレンフートのバックアップを取得して保存する。プッシュも考えたが、プル方式での運用にした。
アルトワ・ダンジョンのサーバーを強化した。共和国で攻略したダンジョンを監視する体制が整った。
さて、アルトワ・ダンジョン村を、要塞化しよう。
カルラとアルバンに、連絡を入れる。
ダンジョンの支配領域から出なければ、連絡ができる。
まずは、外壁の拡張だ。
現状でも、今の規模なら大丈夫だ。
攻め込まれた時を考えると、不安な部分が多い。
まずは、スキルへの対応が出来ていない。趣味に走らせてもらう。
五稜郭を真似しよう。今の拠点を守っている壁と堀を囲むように五稜郭の堀を作る。水は、前と同じでいいだろう。ダンジョンを使って循環させる。
城壁は、5メートルクラスでいいだろう。ヒューマノイドを配置したい。ヒューマノイドを外に出すのには抵抗が強い。クォートやシャープくらいまで作り込めばいいのだろうけど、あまり俺が立ち寄らない場所に配置するのは好ましくない。
上に戻って、状況を確認してから、続きは遠隔で調整だな。
「エイダ。遠隔での調整は可能か?」
『是』
エイダも残りは、遠隔で大丈夫なようだ。
他にも調整が必要だとは思うが、ヒューマノイドに指示をだす事ができる。
「そうだ。エイダ。リスプの成長は?」
『制御を、ウーレンフートで負担しています。リソースを成長に割り振られます』
「そうか、他のダンジョン・コアの支配ができるか?」
『是』
「共和国のダンジョン・コアは、リスプの配下にして、成長を優先させてくれ」
『了』
リスプを成長させるだけのリソースを用意しなければならない。
成長が早ければ、支配が進む。支配が進めば、”黒い石”の浸食を把握できる可能性が出て来る。
”黒い石”は存在してはダメな物だと思える。
ウィルスだと仮定して対策を作ってみたが、まだ狙いが解らない。魔物への浸食だけが目的なのか?ダンジョンへの浸食が目的だとしたら?
ダンジョンを支配する意味は大きい。
俺が得ているメリットを考えれば・・・。
俺とは違う方法で支配を試みている者たちが居るのだとしたら、俺の敵だ。ルールを曲げるような攻略を容認することはできない。それは、暗殺で父を母を妹を大切な従者を乳母を失った俺には解る。決められたルール上なら何をやってもいいとは思うが、ルールから逸脱する行為は、ルールを作る側になって初めて成立する事だ。自分たちが、ルールを作っている側だと勘違いをしている連中が使っている”黒い石”は、ダンジョンのルールから外れている。
俺が全面的に正しいとは思わない。
しかし、俺が”気分が悪い”と判断しているから、対処を行う。
「”黒い石”を発見したら、追跡を行うように指示してくれ、リソースを喰らっても構わない。素性が知りたい」
『了』
「リスプにも、パターン学習を頼む。特に、浸食に関しては、確実に覚えさせてくれ、対処はヒューマノイドに覚えさせて、リスプには、アラーム機能と追跡機能の強化だ。十分な成長が行われた時の為に、準備を頼む」
『了』
エイダと話をしながら、城壁に向かった。
城壁と新しく支配領域に設定した場所を見回していると、門から出てきた者が俺を呼んだ。
「大将!」
いい加減に呼び名を変えて欲しいが、前回の話し合いで無理だと悟った。
俺が受け入れればいいだけなのだ。
それに、砦を守っている者たちの責任者なら、”ボス”か”大将”が正しいようにも思えてきた。
「どうした?」
「どうした?急に壁が出来て、どうせ大将の仕業だろうと、皆には説明しておいた」
「説明?」
「ウーレンフートからの行商が来ている」
「物資の搬送か?」
「依頼していた物が揃ったから、アルトワ・ダンジョンの環境が揃う」
「そうか、食料はダンジョンがあるから大丈夫だと思ったのだが?」
「大将。本当に・・・。いや、辞めておこう。食料や水は確保出来ているが、生活をするのに他にも必要な物があるだろう?」
「ん?」
「最初の頃は我慢もできる。安定してくると、食器や家具が必要になる。他にも、武器のメンテナンスも必要だ」
「あぁ・・・。すまん。忘れていた」
「いいさ。もともと、運び込む予定だったからな。次は、職人を連れてきてもらう予定だ」
「そうだな」
「それで・・・。大将?」
「なんだ?」
「この場所は、結局どうする?ウーレンフートの飛び地のように感じているけど、占拠している状況だよな?」
「それは大丈夫だ。共和国の法で、未開発地に村を作ったのなら、占有できる権利が貰える。まぁ税金を払う必要があるけどな・・・」
「どこかに、属するのか?」
「文句を言われたら考えればいい。今の戦力なら、攻め込まれても撃退ができるだろう?」
「撃退していいのか?」
「攻められれば撃退するのは当然だろう?」
「ははは。確かに!」
ベルメルトに要塞化した。アルトワ・ダンジョン村の防御施設を説明した。ベルメルトが心配していたのは、共和国に攻められることも心配していたが、それ以上にダンジョンの氾濫が発生しないかだが、伝えてはいないが、氾濫は制御できているので大丈夫だ。怖いのは、”黒い石”関連だけだ。
アルトワ・ダンジョンの要塞化は、残りは中身をソフトウェアを整える段階に入った。ここからは、時間がかかる為に、アルトワ・ダンジョンに残る者たちに任せることになる。
残る者たちの手助けに鳴るように、警報装置を設置した。
結界を応用した物だが、消費を抑えた魔法が完成した。かなり機能を削ったが、アラーム程度には使える。アルトワ・ダンジョンに近づいた者をマーキングするだけの魔法だ。
正規の手続きをしないで、城壁を越えたらアラームが鳴るようになっている。
出来たらブラックリストを作りたかったが、そこまで組み込むと消費を抑えることが難しくなりそうだった。
常時発動しているのは、極々小さなモジュールで、そこから数秒単位で、探索を行うようにしてある。あとは、コアの仕組みを使ったイベントを拾えるようにしてあるが、イベントが遅れる事象が見られたので、イベントでの通知は補助程度だと考えている。
成長がある程度まで進めば、イベントや処理に割けるリソースが増やせる。増えたら状況が変わる。
クォートとシャープが戻ってきた。
アルトワ町では何もなかったようだ。考えすぎていたのか?
「旦那様。食料は余剰がないという事でしたので、水場から水を得てきました。他にも町で余剰な物を買ってきました」
元々、食料の余剰があるような町ではなかった。
それに、援助が無ければ立ち行かなくなるのが解っていた。俺たちが持っていた余剰分を分け与えたのだが、焼け石に水状態だったのだろう。短期的に改善できる手段と考えたのが、愚かな行為だ。
町で余剰になっていたのは、薪だろう。
他にも、石材も余っている可能性がある。俺たちには必要はないが、買い取れる物は買い取っておこう。俺たちには必要はないが、アルトワ・ダンジョンには必要になる可能性もある。
「クォートとシャープが必要ないと判断した物は、アルトワ・ダンジョンに置いて行こう」
薪なら、有っても困らない。
最悪は、ダンジョンに吸収させてしまってもいい。邪魔な荷物を捨てる場所としても都合がいい。
「かしこまりました。情報も多少ですが仕入れてきました」
情報か?
それほど必要になるとは思えない。共和国のダンジョンは俺たちの支配下にある。情報は、ダンジョンからでも搾り取れる。それだけではなく、ダンジョンに依存していた場所は、これから衰退するだろう。採取だけではなく、魔物の討伐が難しくなり、素材の確保ができなくなる。
依存の度合いで変わってくるが、それでも、多くの町や都市が崩壊する可能性が高い。カルラを通して、アイツらにも伝えている。対共和国で戦端を開くとは思えないが警戒をしておく必要がある。
その為の、アルトワ・ダンジョンでもある。
「ありがとう。食料が買えなかったのか?偽装の為だから、無ければないでしょうがない」
食料があれば嬉しかったが、無ければ手持ちから出せばいい。
動物を探して狩ってもいいだろう。俺たちだけならなんとかなる。
「はい」
「情報は、カルラに渡してくれ、俺が知りたいのは、町の様子だ」
情報は、俺よりもカルラの方がうまく使えるだろう。
それに、俺が持っていてもうまく使える自信がない。
「衰退を受け入れている感じでした」
働き手になりえる者たちが捕まったり死んでしまったり奴隷落ちしたり衰退を受け入れるしかないのだろう。
立ち直る方法はまだあるとは思うが、俺が心配するようなことではない。きっかけは、俺たちの行動だが、破滅への道を選んだのは、町長たちだ。
「わかった。ありがとう。エイダと合流して、出立の準備をしてくれ」
衰退を受け入れている?
そんな感じなのか?
少しだけ意外な感じがした。良くも悪くも、足掻いているのかと思っていた。衰退を受け入れたのなら、俺たちが顔をだしても問題にはならなかった可能性もあった。
エイダは、カルラと協力して出立の準備を行っている。
馬車の改造から始めているから時間がかかった。クォートとシャープが帰ってきたのなら、馬車と馬の問題は解決する。
今、エイダとカルラが調整を行っている馬車は、荷馬車にすればいいだろう。
俺たちが付悪の葉、クォートとシャープが使っていた馬車だ。
「かしこまりました」
クォートとシャープが頭を下げて、馬車をアルトワ・ダンジョンに移動する。
カルラとエイダが馬車を改造している場所は、誰かに聞けばすぐにわかるだろう。そもそも、エイダが居れば、クォートとシャープを誘導するのは簡単だ。今は切断されているが、エイダはアルトワ・ダンジョンの影響下に居る。クォートとシャープも影響下に入った事で、コネクトができるようになっているはずだ。
クォートとシャープに出立の準備を頼むことにした。準備はカルラが済ませている。最終確認と、馬車の偽装が残っている状況だ。最終確認だけなのだが、クォートとシャープなら安心して任せられる。
二人を見送ったあと、俺は城壁を越えて、森に向かうことにした。
スキルの実験を行っておきたい。アルトワ・ダンジョンの影響下だと、スキルの消耗がわかりにくい。独立した状況で、判断しておきたい。
確認を行いたいプログラムは新しく作った物だけだ。W-ZERO3での動作確認は出来ている。あとは、影響下から外れた状況でも、ダンジョンにアクセスを行ってデータの表示ができるのか?レスポンスには問題はないのか?それらの判断をしておかなければならない。
もし、レスポンスが悪い場合には、削れる機能を探さなければならない。
城壁近くまで歩いた時に、後ろからアルバンが呼びかけてきた。
「兄ちゃん」
「アル?」
もしかしたら、カルラに俺の護衛をするように言われたのかもしれない。
必要ないとは言わないが、この辺りなら大丈夫だろう?
アルトワ・ダンジョンの影響下なら大きな問題が発生するとは思えない。カルラも、解っているのに・・・。
「兄ちゃん。どこに行くの?」
「森の中を散策しようと思っただけだ。アルも来るか?」
「うん!あっカルラ姉ちゃんも呼んでくる」
やはり俺の行動を知りたかったのだろう。
「そうだな。一緒の方が・・・」
カルラを呼ばなかったら、護衛を連れないで・・・。とか、小言を貰いそうだ。
アルバンに、カルラを呼びに言ってもらう間に、新しく作った結界を試してみよう。
徐々に範囲を広げていく、動物らしき物が数体だけヒットするだけで、近くには魔物は存在しないようだ。
アルトワ・ダンジョンに居る者たちは、登録を済ませてあるので、味方判定にしている。これから、人が増えたら味方以外のフラグも用意しておいた方がいいだろう。
2キロくらいまでなら広げられることが解った。
外で使うには、2キロの距離があるのなら、逃げるにしても、戦うにしても、時間的な余裕がある。余裕があれば、対処も考えられる。問題は常時発動型ではないので、イベントの取得を工夫しなければならないことだ。動かない結界なら、問題はないが、俺を中心にしている場合には、イベントの買える場所
が実行されるか解らない。
---
「本当ですか?」
「本当ですよ?お疑いですか?」
「いえ。いえ。あなた様は、信頼できるお方です。アイツらとは違います」
「そうだ。彼らは、強いですからね。貴方に、これを授けましょう」
「これは?」
「少しの傷でも貴方の望みを叶えてくれる物です。予備を含めて、3本ほどあります。ダンジョンで得た物ですが、貴方の気持ちを考えて、お渡しいたします」
「よろしいのですか?」
「私も商人ですので、対価をいただきたいと思います」
「すみません。お支払いできる物が・・・」
「あぁ大丈夫です。金貨や銀貨ではありません。貴方が支払えるものです」
「それは?」
「貴方の目的が成就できた時にお話をしましょう」
「よろしいのですか?」
「かまいませんよ」
アルトワ・ダンジョンの周りには、動物がちらほらと見受けられるが、魔物や人は存在していない。
街道から外れている状況で、且つ、その街道が殆ど使われていないことを考えれば、当たり前の結果だが、野盗が隠れている可能性も考慮した。
動物を見つけられたから、盗賊は居ないと思っていた。
アイツらは、近くに居る動物は狩りつくす。狩りつくした上に、盗賊行為を行う。知恵が付いたゴブリンだ。見つけ次第、殲滅が正しい対応だと思っている。使い道もあるので、殺さずに捕まえることが多いのだが・・・。共和国に入ってからは、野盗は殺している。
ダンジョンの中にも、当然の様に”野盗くずれ”が存在していた。基本は、殲滅を行っていたが、捕えて情報を抜き出した後で、殺す場合も多かった。ダンジョンの中を住処にしているような”野盗くずれ”は、階層を根城にしている場合が多いので、地形を把握していて、ドロップ情報を持っている場合も多い。命乞いをする為に、情報を提示する者たちも多かった。
俺たちは、情報を欲していたが、その情報の対価で、”野郎くずれ”を許すほど優しくない。きっちりと、自分たちの行いを自分の身で受けてもらった。
アルトワ・ダンジョンの状況は、クリアだ。魔物や野盗が存在していないだけでも安全性は上がる。
森の中を見ていたアルバンが俺の所まで戻ってきた。
「兄ちゃん?」
アルバンが普段とは違う。
疲れているのとは違う。不安な表情が印象的だ。
「どうした?」
何かを感じ取ったのか?
俺の探索では、何も感じられない。カルラも、何かを見つけたわけではなさそうだ。
「うーん。よく解らないけど、気持ち悪い感じがする」
よくわからない。
感覚的な物ならいいが、アルバンの経験に基づく気持ち悪さだと怖いな。
「気持ち悪い?」
「うん。感覚だから、説明が難しいけど・・・」「アルバン。何が、気持ち悪いのですか?」
カルラの気持ちも解る。
俺への報告をしっかりさせたいのだろう。”何か解らないけど・・・”では、報告になっていない。今後の事を考えれば、アルバンにもしっかりと報告を行う技術を身に着けて欲しい。
共和国に居る間なら大きな問題は無いのだが、王国に戻ってしまうと、問題に感じる者が湧いて出てくる可能性が高い。
特に、俺がエヴァンジェリーナを迎えれば自然と帝国はもちろんだけど、西方教会との関係にも影響が懸念される。
影響が”全くない”と考える者は少ないだろう。そして、俺は皇太孫と結びつきが強い。
これらの情報が一瞬で王国を駆け巡るだろう。
その結果、従者を押し付けようとする者が出てくるだろう。多くは、排除ができるとは思うが、難しい場合もある。その時に、アルバンでは不適格だと言い出す者たちは必ず現れる。
カルラが、アルバンを厳しく教育するのには、そんな背景がある。
でも、俺は・・・。
「カルラ。いま、アルが考えているから、少しだけ控えて欲しい」
カルラの気持ちはありがたいが、アルバンには、アルバンの役割がある。
アルバンの言動が軽いと苦情をいう者が現れる可能性は否定が出来ない。
俺は、アルバンを変えるつもりはない。アルバンは、普段の言動は従者ではなく、舎弟がいい所だろう。でも、アルバンは俺に危機が迫っていれば、自分の命を投げ出してでも、俺を助けようとするだろう。カルラが、情報を持ち帰るのを優先するのと違って、アルバンは俺を助けるためなら、自分の命は無くなっても構わないと考えている。
だから、俺はアルバンの言動を許している。それに、気楽な関係であるアルバンが側に居る事も助かっている。エヴァンジェリーナも同じように感じてくれるはずだ。
「もうしわけありません」
カルラが一歩下がってから頭を下げる。
俺に謝っているのだが、アルバンに謝り方も見せている感じもする。
アルバンも、カルラを信頼しているので、カルラの態度も解るのだろう。
カルラの表情を見ながら、アルバンも頭を下げる。
「それで、アル。何が、気持ち悪い?お前が感じたことを教えて欲しい」
「うん!」
普段のアルバンに戻って、自分が思った事を、乱雑に語りはじめる。
質問を交えながら話をまとめる。
魔物が居ないのは、アルトワ・ダンジョンに常駐している者たちが狩った可能性もあるが、生存していた可能性を示すような印がある。
動物も同じで、大型の動物の存在が疑えるような跡はあるが、移動したわけでも、戦闘跡もなく、存在だけがない。
アルバンが気持ち悪いと感じるのは、森が静かすぎることだ。
アルバンの住んでいた村の話は聞いている。
その村が襲われた時の森の様子に似ているのが、落ち着かない気持ちで、気持ちが悪いと言っている。
確かに、証拠と言える物は、”跡”が存在していることだけだ。
しかし・・・
「カルラ。無視ができる状況ではなさそうだ」
「はい。出発を早めますか?」
「それもあるが、アルトワ・ダンジョンの中に裏切り者が居ないか調べて欲しい」
「え?」「??」
アルバンの気持ち悪さが、何に経験に由来しているのかがわかった。
無視は出来ない。
二人が驚いているけど、アルトワ・ダンジョンに来ている者たちは、ウーレンフートから随行してきたメンバーだけど、全員が俺と親しいわけではない。俺を恨んでいる者が紛れ込んでいても驚かない。そして、少しの心のスキマを利用して、裏切り者に仕立てる者が居ても驚かない。
実際に・・・。
「アルノルト様」
「カルラ!」
「失礼いたしました。マナベ様。アルトワ・ダンジョンの調査は、どのように致しますか?」
「カルラたちなら、どうする?」
カルラたちなら、偽情報を掴ませて、釣る方法が多いようだ。
「アルトワ・ダンジョンでは使えないな」
「はい」
「兄ちゃん。姉ちゃん。使えない理由は?」
アルバンの素朴な疑問だ。
俺とカルラは、釣りでは釣れた場合の対処が違うのだが、どのみち裏切り者が相手の情報を送る方法が確定していない限りは、難しい。
カルラが、説明をしているが、釣る為の偽情報を作るのが難しいと言うのが、カルラの考えだ。
アルトワ・ダンジョンでは、”ほぼ”固定のメンバーになっている。その為に、偽情報を流すのが難しい。
俺が懸念しているのは、カルラと同じだが、もう一つの可能性がある。
「カルラ。裏切っていない者が情報を流している可能性もあるぞ」
「そうですね。それは、難しいですね。マナベ様。裏切り者の存在は・・・」
「解らない。解らないけど、”居る”と思って行動した方がいいだろう?」
「はい」
実際に、俺たちが取れる手は少ない。
ダンジョンを把握しているので、アドバンテージはあるのだが、諜報だけを考えれば、カルラが頼りで、俺とアルバンは戦力外だ。クォートやシャープは素直過ぎる所があるので、向いていない。
「カルラ。頼めるか?」
「かしこまりました」
”裏切り者”と考えるよりも、情報流出を行っている者を見つけることに注力してもらう。
「兄ちゃん。おいらは?」
「アルは、俺の護衛だ。任せるぞ」
「うん!」
結界は維持した状態で、アルトワ・ダンジョンから情報が漏れていないか再調査を行う。
俺とアルバンが派手に動けば、カルラの張る網に引っかかる可能性がある。
それで、網にも掛からずに、何事もなく王国に抜けられれば、アルバンの考えすぎで、俺の対応が間違えていたことになるだけだ。
ここで、情報戦への対応をアルバンに経験させることができる。十分な経験値にもなる。
密談の様な状態になってしまったが、アルトワ・ダンジョンの状況が把握できる上に、アルバンの経験にもなる。俺たちは、王国への帰還が安全にできる。いろいろメリットがある。