異世界でもプログラム


 透明な扉は突破した。
 最下層のボスは討伐した。

 奥に進むための扉が開かない。

 扉は、鍵がかかっている状況には思えない。
 両開きの扉で、隙間があり、閂などが見えない。ダンジョンのギミックで、扉が閉められていると考えるのが妥当だろう。

 扉の近くを探していると、後ろに気配を感じた。

「兄ちゃん!」

 アルバンの声に驚いて、後ろを振り向くと、先ほど倒したオルトロスが現れた。
 まだ臨戦態勢ではない。

 時間の問題だろう。
 オルトロスが現れたと同時くらいに、調べていた扉が消えて、壁に変わる。やはり、オルトロスと扉は連動しているのだろう。オルトロスが階層主だと考えて大丈夫だ。それなら、なぜ扉が開かない?

 いや、今は、扉を考える時ではない。
 目の前に現れたオルトロスに対応しなければならない。

「アル!カルラ!」

 二人に声を掛けると同時に、オルトロスが咆哮を上げる。

 戦闘は回避できないのか?
 扉を探す時間にタイムリミットがあるのか?
 それとも、ボス戦を繰り返さなければ、扉が開かないのか?

 迎撃の準備をする。

 どうやら、初手はこちらに優先権があるようだ。オルトロスは、咆哮をあげてから動いていない。
 ボス部屋に居れば、初手は譲られるのか?検証はしたくないが、検証した方がよさそうな状況だ。

 まずは、倒してから考える。
 今の状況では、倒してもまた復活してくるだろう。

「いくぞ!」

「はい!」「うん」

「エイダ。補助を頼む」

『了』

 オルトロスは、先ほどと同じか、それ以下の時間で討伐ができた。
 初手がとれたのが大きい。不意打ちではないが、不意打ちに近い効果があった。ノックバックを起こしてダウンしたオルトロスを総攻撃した。

 大きなダメージは入ったが、倒すまでには至らなかった。
 しかし、安全に倒す事ができた。無理をしないで、倒せるのなら、安全に倒したい。
 安全なマージンを確保した上で、倒せるので大丈夫だろう。

 オルトロスが倒れると、扉が現れる。

 扉は、やはり開かない。

「兄ちゃん。扉の隙間が少しだけ広がっていない?」

 アルバンに指摘されるまでもなく、俺も広がっていると思っている。最初の隙間は、指が入る程度だ。隙間が広がっているのは目視でも確認ができる。
 広がった幅は目測で2-3cm程度。人が通られるようになるのには、50cmだと考えても、25回近くはオルトロスと戦わなければならない。初手で攻撃ができると言っても、必ず安全だとは言い切れない。

 何か、扉が開くトリガーが別にあるはずだ。

「マナベ様?」

 隙間を見て考え込んでいたら、カルラが近づいてきて、心配そうな声で話しかけてきた。
 別に落胆しているわけではない。

「悪い。カルラ。入口から壁を調べてくれ」

 ボスを倒して扉が開く仕組みなら、どこかにトリガーがあると思う。

 それとももっと単純な仕掛けなのか?

「はい?」

 カルラは、少しだけ反対の意見を持っている時の表情をしている。
 それとも疑問があるのか?

「疑問に思うのは当然だ。でも、フロアボスを倒し続けるだけが、扉を開ける為の方法だとは思えない」

「それは・・・」

 カルラの中でも、何が最適解なのか出ていないのだろう。
 まだボス戦も2回目だ。このまま調べないで、状況の推移をみまもるとしたら、ボスを倒し続けるしかない。最適解だとは思えないが、何もヒントがない状況では、ボスを倒しながら部屋を調べるしかない。

「カルラ。もし、フロアボスに連動しているのなら、ボスが次に出現する間隔が、短くてもいいと思える。部屋の探索(サーチ)ができるだけの時間があるのが、解らない」

 他にも、扉が出現してくるのは解るが、開いていないのが解らない。
 見落としている何かがあるのか?

「それは、次のボスに備えて、体力を戻すための時間なのでは?」

 たしかに、カルラの考えも納得ができる。
 それなら、入口の扉が閉まっている理由にも納得ができる。

「そうかもしれない。でも、俺には、部屋を探索する時間に思える」

「わかりました。壁を調べます」

 俺たちは、休息が必要になるほどには疲れていない。
 そのうえで、ダメージも軽微だ。次が出現するまでの時間に、探索(サーチ)を行えばいい。何もなければ、ボスを連続で討伐するだけだ。

「頼む。アル。カルラと協力して、壁を調べてくれ」

「うん!兄ちゃんは?」

「俺は、エイダと床を調べる」

 エイダと床にサーチを行う。
 階層主の部屋は、広いまだ入口近くしかサーチが出来ていない。

 それでも、3回目のボス戦が始まってしまう。
 ボスは、やっぱりオルトロスだ。

 3度目のボス戦を終えて周りを見渡す。

 通常なら、入ってきた扉が開かれるのだが、扉が開いた様子はない。

「アル。入ってきた扉は、開くのか?」

 気になっていたことを、アルバンに聞いておく、撤退の必要性はないが、撤退が必要になった場合に、何も手がないのでは困ってしまう。
 この状態でも、10日程度なら耐えられるとは思うが、寝る時間が必要だ。

 寝る時間の確保ができなければ、脱出を考える必要がある。

「うん。開く」

「そうか・・・」

 通常の部屋なら、ボスを倒すと、出口が示されるのと同時に入口も開く。
 アルバンが扉を開こうとすれば、開くようだ。

 3回目の戦いの後も同じ状況になっている。
 徐々に扉の隙間は広がっている。外に出なければ、大丈夫なのか?それとも、永続的に広がっていくのか?

 4回目/5回目と、続けてオルトロスを倒した。

 扉は広がっている。
 床にも壁にも仕掛けを見つけることが出来ていない。

 これは、カルラの説が正しいか?
 ボスの出現時間が徐々に伸びているように思える。やはり、連続でボス戦を行うのが最適解か?

 6回目で、出現するボスが変わった。
 腕が4本ある熊
 フォースアームズベア?初めて対峙するボスだが、カルラが特性を知っていたために、問題なく討伐ができた。

 壁や床を、もう一度だけチェックしたが、仕掛けは見当たらない。
 担当を入れ替えて、確認しても同じだ。

 ボスの撃破が、扉を開ける最適化なのだろう。

 4本腕の熊(フォースアームズベア)の相手は、予想通りに5回。

 次に現れたのは、レッサー・ベヒモス。
 対処は解っている魔物が続いているので、俺たちの負担も少ない。

 しかし、通常ならこんなにボス戦は連続で行わない。

 ボスの強さで扉の開く幅が違うのか、押し込めばエイダだけなら通過できるくらいには広がった。

 しかし、エイダが扉の先を見てみると、何もない空間が広がっているだけのようで、扉がしっかりと開ききるまで、扉の先にはいけないような仕組みのようだ。少しだけ考えれば解ることだ。俺が、このボス部屋のデザインをしても、既定の回数をこなさなければ先には進ませない。

 10回目からは、レッサー・ファイア・ドラゴン。
 初めて対峙したが、レッサーだけあって、動きも単純で、ダメージ蓄積でパターンの変更もなく、倒せた。モーションが大きく予測が簡単だった。
 レッサー・ファイア・ドラゴンからは、出現する場所に魔法陣が表示されるようになった。
 魔法陣の上に立っていると、レッサー・ドラゴンが出現しないことに、12回目の対峙で解った。

 レッサー・ドラゴン種は、属性が変わるが、攻撃パターンの変更はなかった。

 これで、疲れた場合には連続ボス戦を途中で休憩を挟むことができる。
 救済措置なのか、わからないが利用することにした。

 既に、15回目が終了している。
 深刻なダメージは負っていないが、精神は疲れ始めている。そこで、15回目が終了した時点で休憩を挟むことにした。

 順番に仮眠を取ってから、16回目に挑んだ。

 回数にして、25回目の討伐を終えて、魔法陣が表示されていた場所を見ると、鍵が出現した。

 そして、大きく広がっている扉の奥に鍵穴が出現した。
 鍵穴だけが宙に浮いているような不思議な情景だ。

 数日は覚悟していた。面倒なボス部屋のギミックだ。

 やっと次の階層に向う事ができそうだ。
 制御室に繋がる部屋だと嬉しいのだけど、通常だと地上に戻る方法が提示されるはずだから・・・。

 扉を抜けると、階段が見えた。
 下の階層に向うようだ。

 降りていくと、途中で二つに別れていた。

 一つは、扉で塞がれている。
 もう一つは、扉はついていない。

「扉がないのは、地上に戻る部屋か?」

「わかりませんが、その可能性が高いでしょう」

 扉に触れると、面倒な”箱”が現れた。寄木細工だ。

「兄ちゃん?」

「ん?アル。やってみるか?」

「うん!」

 アルバンに寄木細工の箱を投げ渡す。簡単に説明をするが、俺もそこまで詳しくない。
 振ると、何か入っているのが解るが、そのまま蓋を開けたのでは、鍵は取り出せない。

 俺も、何度か触ったことがある程度だから自信はないが、それほど複雑な細工はないと思っている。

 そんな考えが俺にもあった。
 甘かった。

 途中で、箱の破壊も考えたが、ダンジョンのオブジェクトになっているようで、破壊ができない。思いっきり切りつけても傷が付かない。もちろん、スキルも意味がない。

 動かせる場所は4箇所。4箇所がスライドする。スライドは、7段階。その組み合わせなのか、順番なのか?

 アルバンは、途中で飽きてしまった。
 カルラも試したが、自分には向いていないと早々に諦めてしまった。

 最終的に、この手の単純作業に向いているのは、エイダだと結論が出た。
 エイダが黙々と試している。こんな面倒だったか?もっと楽しかった思い出がある。

 2時間後、エイダが鍵を取り出した。
 寄木細工は、鍵を取り出したら消えてしまった。欲しかったがしょうがない。

 扉を開けて、階段を降りると、俺たちの予想通りに、制御室に辿り着いた。

「X1turbo?それに、X68Kか!SUPERか!SCSIインターフェースがある!PROでもいいけど、やっぱりSUPERだな」

 奥を見ると、ポケコンの山が出来上がっている。
 これは嬉しい。宝の山だ。

 MZシリーズまである。シャープの展示場か?

 え?あれは・・・。SM-UX8000?嘘だろう?UNIXを積んだ機種だ。
 俺も、実物は触ったことがない。博物館か?

 ふぅ・・・。
 興奮してしまった。

「旦那様?」

「なんでもない。ポケコン・・・。そっちの山になっている物を頼む。エイダ、いつものように、ウーレンフートに繋いでくれ」

『了』

 これからは、手慣れた作業だ。
 問題は、データの互換性があるのかだけど、大丈夫だろうと勝手に思っている。

 今までも、PC88やPC98でダンジョンが動いていたことがあった。
 管理端末の入れ替えを行って、徐々にデータの移行を行えば多少の問題は発生したが、移行は完了した。

 今回は、最難関だけあって、X68Kに拡張ボードが入っている。

 管理している端末のスペックに依存した深さになるのだろう。
 概ねの感触なので、間違っているのかもしれない。

『マスター。ボスと仕掛けはどうしますか?』

「最下層のボスと仕掛けは継続」

『了』

 あのボス戦は面倒だけど、考えられている。
 確かに、途中で辞めてしまいたくなる。

「エイダ。ボス戦だけど、途中で、地上に戻る魔法陣は出せるか?」

『可能です』

「頼む」

『了』

 設定を変更して、ウーレンフートに繋ぐ前に、”黒い石”の調査を行う。
 全フロアのチェックなので時間が必要だ。

「旦那様。お食事にしますか?」

 俺の返事を聞く前に、カルラが準備を始めている。
 確かに、時間を考えれば、食事をして仮眠をとっても十分な時間だ。

 エイダに後を任せて、仮眠をすることにした。



「旦那様」

 カルラが起こしに来たようだ。

「終わったのか?」

「はい」

 カルラでは、正確なことは不明だろう。
 作業していた場所に向うとエイダがケーブルを繋げて作業を行っている。

「エイダ」

『マスター。移行作業は終了しました。黒い石の探索および駆除も終了しました』

「そうか、黒い石は?」

『37個の存在を確認。動作していた物は、13個でした。駆除(ワクチン適用)は終了しています』

「魔物は?」

『駆除が終了しています』

「わかった。移行は・・・」

 見れば、ヒューマノイドが居るのだから、ウーレンフートと繋がったのだろう。
 ネットワークの構築も終了しているようだ。

 以前に伝えたように、サブ拠点として使えるように、ハードウェアを持ち込んでいるようだ。

「ネットワークの構築か?」

『是』

 ウーレンフートが落ちた時のためのバックアップ環境が欲しかった。
 確かに、このダンジョンがボスの難易度から適切だろう。

「エイダ。前室を作って、ダミーの制御室を作ろう」

『是』

 エイダがヒューマノイドたちに指示を出して、部屋を構築する。
 俺たちは、何もすることがないから、作業を見ているだけだ。

 もう少しだけ寝ていられるな。
 今日は、寝て過ごそう。

「カルラ。アル。俺は、もう少しだけ寝る。自由にしていいぞ?あっ外には行くなよ」

「うん」「はい」

 丁度、パイプ椅子が3つあったので、贅沢に3つ使って寝る事にする。
 二つだとバランスが悪い。3つあれば寝るのには十分だ。

 カルラは、連絡用の資料をまとめるようだ。
 アルバンは、何もやることがないので、前室に戻って訓練をすると言っていた。

 まぁ問題はないだろう。
 ボス戦のトリガーを引かなければ大丈夫だ。

 階段を使った模擬戦を行うようだ。



「旦那様。旦那様」

 カルラが、パイプ椅子の前で跪いている。

「ん?カルラ?」

「はい。エイダから、旦那様にご報告があるようです」

 エイダから?
 なら、エイダが起こせばいいのに、何か問題が発生したのか?

「どうした?」

 エイダは、相変わらずコネクトした状態で作業を行っている。

『マスター。前室の設置が終了しました』

 前室の設定は終了したのか?
 前室の様子はモニタリングが出来ているようだ。

 既に、X1turboやX68Kは持ち出されている。
 移行も終わったようだ。細かい設定は違っても、問題にならない。問題になっても、なんといっても、不思議空間のダンジョンだ。大騒ぎするほうが問題だと思われてしまう。

「わかった?それで?」

『はい。予期せぬことですが、ダンジョンの中にダンジョンが発生してしまいました』

「ん?ダンジョン?それは大丈夫なのか?」

『ログを調べていますが、大きな問題にはなっていません。リソースの食いあいも発生していません』

 ログ?
 モニターには表示ができないのか?

「何が違う?」

『設定が違うダンジョンの設置が可能です』

「ん?ウーレンフートでもできるのか?31階層を海にするのとは違うよな?」

『はい。処理の分散が可能になります』

「うーん。わかった。ひとまず、現状を維持、様子を見よう。あっ!前室は、スタンドアロンだよな?」

 そうか、それでログでの監視になってしまうのだな。
 ログを見るためのツールが必要になりそうだ。

 面倒だな。現状で監視を強化しておこう。
 端末で見ていないと、リアルタイムでの監視ができない。ログでは、タイムラグが出てしまう。問題にはならないとは思うが・・・。

『はい』

「わかった。遊びのダンジョン以外では、メリットが少ない。ここも、あまり大きくならないように調整してくれ」

『了』

 ログだけなら、リモートでも確認ができる。
 これで、設定は終わったかな?

 最初に決めていた通りに設定が行われた。

 これで、このダンジョンからもドロップが渋くなる。採取も難しくなるだろう。

 パーティーの問題は、何も設定が行われていない。
 デマではないが、偶然が続いたことで、禁則事項になったのかもしれない。

 ダンジョンの設定には、人数で区切っている場所は見当たらない。
 引き続いて、ヒューマノイドタイプには調査をしてもらっている。該当するような機能が見つからなければ、設定を作ってもいいと思っている。少しだけ厄介だが、スタート時点のプロパティを監視すればいいだけなので、出来そうな気がする。

 さて・・・。

「カルラ!アルを拾って、地上に帰るか?」

「かしこまりました」

 階段で、ヒューマノイドタイプと模擬戦をしていたアルバンを拾って、もう一つの階段を降って、魔法陣が書かれた部屋に辿り着いた。

 地上には一気に戻らなかった。最下層のボスが居た場所には、魔法陣が出現している。
 一気に戻る方法は存在している。戻る場所がダンジョンの外側に設定されているために、使うのを躊躇っていた。エイダの解析でも、設定の変更は不可能だと言われてしまった。ダンジョンに組み込まれている機能のようだ。オーバライドが可能かもしれないが、解析を行って、組み込みを作るのなら、俺たちしか使わないことを考えれば必要がない。入口近くに転移するゲートを設置したほうが合理的だ。

「カルラ。アル」

 二人を呼び寄せて、俺の考えを伝える。

「兄ちゃん?わざわざ?」

「そうだ。エイダが、ダンジョンに接続が完了しているから、”人”の把握が出来ている」

「人を避けて、途中から戦っている所を見せながら戻る?」

「そうだ。俺たちが、中層で戻ってきたと印象を植え付ける。必要があるとは思えないけど、何か言われた時の為に・・・」

「解った。中層なら、おいらだけでも対応ができるけど・・・」

「そうだな。カルラと一緒に戦うようにしてくれ。あと、ときどきで構わないから、エイダと戦ってくれ」

 カルラを見ると頷いているので、俺の意図は伝わったのだろう。
 最下層には行けないが、中層では困らないくらいの力だと思わせておきたい。深層では、戦えないから、中層で討伐を行って、採取をしていた。その程度の実力だと思われるのが丁度いい。
 自分から、吹聴する予定はないが、カバーストーリーは必要だ。

 それに、このダンジョンに面白い物が流れ着いていた。
 転生する前にも持っていたが、プログラムを作る前にこっちに来てしまった。数年前から商品としては存在していたが、実用に耐えられる物になってきた所だった。

 商品としてはARグラスだが、HMDと一緒になったシリーズだ。
 装着した状態での戦闘は不可能に思える。情報を表示しながら作業を行うのには、適したソリューションだ。音声認識やハンドゼスチャーが組み込まれているだけでも意味がある。他のARグラスと違って、他のデバイスとの接続が必要なく、最低限のことは本体に組み込まれている機能で実現できる。
 今は、エイダに協力してもらって、ダンジョンの情報を表示するようにしてある。
 マップを表示して、人と魔物を表示している。

「アル!次は、右だ」

「うん!」

 俺が後ろで指示を出して、アルバンとカルラが討伐を行う。
 潜っている奴らも表示されているから、避けるのは簡単だ。

 20階層程度から、人が近くに居る魔物を狙って討伐を行って。
 印象を持たれるような行動をしている。

 それでなくても、3人とエイダだけで行動している。特に、戦闘は目立つだろう。

 地上まで戻ってきた。
 ドロップ率は、徐々に絞るようにしているから、まだ問題には発展していない。

 地上では、相変わらず、ダンジョンに入る者たちの審査?が行われている。
 俺たちと同様にダンジョンから出て来る者たちは、何かしらの採取品を持っている。

 俺たちも、カルラとアルバンが採取した物を持って、ダンジョンの入口近くに居る商隊に売りに行った。相場を調べる意味があり、今までも全部ではないが、採取した物は売るようにしていた。
 徐々に値段が上がっている物が多くなっている。それだけではなく、採取リストを配り始めている業者も現れている。
 絞った状況で、影響が現れ始めている。しっかりと記憶していなければ、解らない程度だが、物資が足りなくなってきている。供給量が大きくは減っていないことから、まだ大きな混乱にはなっていない。

 カルラとアルバンが、売りに言っている最中に、俺は物資の補給という名目で何店舗か、露天商に話を聞いたが、”よく売れるようになってきた”という話だ。よく売れるから徐々に値段が上がっている。露天商も、値段が上がっていると認識はしているが、問題だとは思っていない。仕入れは、大きく値段が上がっていないのだろう。

 カルラとアルバンが、戻ってきた。カルラが、アルバンに何かを言っている。

 俺を見つけて、アルバンが駆け寄ってくる。

「兄ちゃん?」

 アルバンが少しだけ不安な表情で俺の所に来た。普段では見せない表情だ。カルラを気にしているのか?
 カルラを連れている事から、カルラが主体でなく、アルバンが主体なのだろう。カルラは、アルバンの後ろに控えるように立っている。アルバンに任せるようだ。

「どうした?」

 深刻な表情だけど、すぐに何かが発生している状況ではないだろう。
 もし、即座の対応が必要なら、アルバンではなくカルラが俺に報告してきて対応を決めるように言ってくるだろう。

「うーん」

 アルバンの表情を見ると、どうやって説明していいのか困っている感じだ。

「アルバン?何か、引っかかったのなら報告をしなさい」

「カルラ。いいよ。それで、アル。何か、気になったのか?」

 多分、カルラに話をした時に、うまく伝わらなくて、痺れを切らしたカルラが俺の所に報告に行くように話をしたのだろう。

「うん。おいらの勘違いだと思うけど・・・」

 アルバンが周りを気にしているので、エイダがスキルを発動した。
 結界ではないが、俺たちの声が周りに漏れないようにした。

 アルバンが感じたのは、ダンジョンの中での視線だ。視線の中に、不思議な視線を感じたようだ。

「カルラは感じたのか?」

 俺の質問にカルラは首を横に振る。
 俺も感じなかった。

 感じなかったが、もしかしたらARグラスに夢中で・・・。

 そんなことが・・・。あり得る。新しい玩具が楽しくて、いろいろ試していた。安全な状況になってからは、ARグラスでいろいろと情報を表示させて遊んでいた。そのうちARグラスで、”戦闘力5か、ゴミめ”遊びをやろうと考えていた。
 ステータスは存在していないが、戦闘力は数値化できる可能性は残されている。どうせ、数値化は考えていた。戦闘力という曖昧な物なら、それほどおおきな影響はないだろう。戦闘力以上に、経験が関係してくるの。経験の数値化は無理だと思っている。現状のスキルの状況から、係数で疑似的な”戦闘力”を算出ができる。はずだ。

「アル。他には、何か感じたのか?」

「うん。一人だけ、異様な雰囲気・・・」

「アルバン。”異様”では解りませんよ!」

 カルラは、アルバンに報告の仕方を教えようとしているのか?
 それとも、自分が感じられなかった事を、アルバンが感じたのが気に入らないのか?

「ゴメン。兄ちゃん。黒い石に侵された魔物に似た雰囲気があった。でも、人しか居なかった。それに、黒い石もなかったから・・・」

 人から黒い石の雰囲気?
 魔物が変異するのと同じで、人も黒い石に侵される?

 でも、そうなると、人にもプログラムが作用することになってしまう。その時の、動力源は?魔石を埋め込んでいるのか?それとも、人にプログラムを埋め込むことができるのか?
 纏っていただけなら、”雰囲気”とはアルバンは感じないだろう。
 魔石を使った武器や防具は存在している。それを持っていただけか?

「どの辺りだ?」

「ん?あっ・・・。たしか、2階層だと思う。おいらとエイダで戦っていた時だから・・・」

 アルバンは、少しだけ考えてから、2階層と答えた。
 2階層で、魔石を使っている武器や防具を装備している連中が居るとは思えない。

「感じたのは、その時だけか?」

「うん。1度だけ、それも、一瞬だから、勘違いかも・・・」

 一瞬というのがまた気になる。
 ON/OFFができるのか?アルバンの勘違いだと考えるのが簡単だが、アルバンの雰囲気から、黒い石と同じような雰囲気を持った”人”が居たのだろう。俺が、アルバンを疑う理由はない。
 ”居ない”と考えて行動するよりも、”居る”と考えて行動方針を決めた方がいいだろう。

「わかった。アル。2階層だな?」

「うん」

 2階層なら、今日と明日だけ監視をしておけばいいだろう。
 深く潜るのなら、エイダの監視網にヒットする。ダンジョンは、俺たちの監視下にある。出て来る奴らを監視すればいい。

「アル。カルラ。暫く、ダンジョンの出口を見ていてくれ、出てくる奴らを監視してくれ」

 二人に指示を出して、俺は、ダンジョンの入口に並んでいる連中を観察する。
 黒い石を持ち込んでいる連中が居るのなら、ここに並んでいる可能性が高い。

 露天商や商隊には、黒い石を扱うメリットはない。”ない”と考えて大丈夫だろう。ないよな?


 観察を続けたが、エイダからの報告でも、それらしい反応を見つけることが出来なかった。ダンジョンの内部に、黒い石や関連する物も発見が出来ていない。

 アルバンとカルラには、ダンジョンに入ってもらって、低階層を周ってきてもらった。
 列は途切れないが、ダンジョンから出たばかりの者には救済処置が存在している。

 話を聞くと、補給を行うために出てきて、並びなおしている間に、ダンジョンの中で待っている者たちが死んでしまった事例が重なって、ダンジョンから出た当日と翌日は簡単な検査だけでダンジョンに入ることができる。らしい。抜け道として利用ができそうが、一度、不正な利用だと判断されてしまうと、次から検査が厳しくなるだけではなく、最悪はダンジョンへの入場が出来なくなってしまう。

「兄ちゃん?どうする?」

 アルバンが、ダンジョンから戻ってきた。
 俺とエイダが出口を監視していたので、近づいてきて話しかけてきた。

「そうだな。仕込みが終わったから、帰るか?」

 ダンジョンを監視するモジュールの設定だが、全階層を監視対象にしたので、展開を行う時間が必要だった。

「そうですね。余裕を考えれば、タイミングはよろしいと思います」

 カルラが言っている”タイミング”は、王都に向かうタイミングだ。
 力をつけるために、時間を貰った。約束の時間が近づいている。大凡のタイミングは確認していたが、カルラがいうのなら、タイミングはいいのだろう。

「うん!」

 アルバンは嬉しそうにしている。王国に戻るだけだが、面白くない調査を行っているよりも、王国に移動した方が”楽しい”と思っているのだろう。

 俺は、エヴァンジェリーナ・スカットーラに会って・・・。
 そのあとは、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロートやクリスティーネ・フォン・フォイルゲンと話をするために、ライムバッハ領に移動か?
 アルバンとカルラは、どうするのだろう?一緒に行動してくれたら嬉しい。クリスティーネに聞いてみるのがいいかな?

 カルラの表情を見ると、何かいいたいのだろう。
 それとも、俺が何か忘れているのか?

「カルラ。何かあるのか?」

「アルトワ・ダンジョンは、どうなさいますか?」

 アルトワは、ウーレンフートの支店?のような役割になっている。
 バックアップだと考えれば、維持しか選択肢はない。

「維持だ」

「一度、アルトワ・ダンジョンに向かいますか?」

 カルラが提案してきたということは、その位の余裕はあるのだろう。
 バッファー(遅延の許容範囲)がどの程度だと考えているのか解らない。遅延しないで到着しても大丈夫だろう。早く着くのなら問題はない。遅くなって、エヴァンジェリーナを待たせるのは、最悪だ。散々、待たせているのに、これ以上、待たせたくない。
 例え、数日でも・・・。俺が反対の立場なら、”約束の日”までは我慢するが、”約束の日”を過ぎれば、探しに出るだろう。

「そうだな。アルトワ町に寄って補給をしてから、アルトワ・ダンジョンの確認をして・・・。俺たちが居るべき場所に帰るか?」

「うん!」「はい」

 カルラもアルバンも、俺の決定で問題はないようだ。

『マスター』

 エイダ?

 俺が抱きかかえて、辺りを見回していたエイダから警戒のサインが出された。

『結界を破壊した者が居ます』

『どこの結界だ?ダンジョン内か?』

『いえ、今、マスターたちを囲っている結界の外側です』

 今、俺たちを囲っているのは、身体の近くに物理・スキル結界が張られている。その外側に、通常結界を展開して、その外側に、解りやすいように遮音・認識阻害の結界を展開している。

 エイダの説明では、遮音・認識阻害の結界が破壊されたようだ。
 この結界は、ある程度の力がある者か、同種のスキルを展開している者か、結界を無効にするアイテムを身に着けている者なら、難しくない。

 あえて、解りやすく展開しているのは、力量を示す意味もある。
 認識阻害の結界を展開しているので、結界を突破できない者には、結界さえ認識できない。はずだ。

『エイダ。方向は?』

『6時の方向。後ろです』

 近づいてくる様子はない。
 後ろの気配を探るが、ダンジョンから帰ってきたと思える者が居る。近い場所に居るのは、6人?パーティか?その近くにも、数組のパーティが居る。その中の誰が、結界を破ったのか解らない。

 そもそも・・・。
 偶然なのか?俺たちを狙ったのか?地上で結界が展開されていたから、近づいたのか?

 アルバンとカルラを、俺の正面に移動させる。

「あっ!」

 アルバンが、俺の後ろに居る奴を見て声を上げる。

「アル?」

「おや?貴方たちは?」

 男の声だ。
 聞き覚えがある声だけど、どこで聞いたのか・・・。記憶を手繰るが、思い出せない。

 しょうがない。話しかけられたので、アルバンにエイダを渡して、後ろを振り向く。

「・・・。あっ!ダンジョンに入る前に話しかけてきた・・・」

 後ろから話しかけてきた男だ。
 エイダからの報告では、結界を破ったのは、”この男”ではない。後ろに居る奴だ。アイテムを身に着けていると判断している。

 ダンジョンに入る前よりも人数が増えている?

「おっ覚えていた?」

 少しだけテンションが高いか?

 名前は聞いていない。
 聞いていたら、エイダが教えてくれる。

「はい。お名前を伺っていなかった・・・。ですよね?」

「あぁ君たちは、特徴的だったから覚えていたよ。それで、ダンジョンでは何か得られたのか?」

 マナーとしては、ギリギリだろう。

「えぇまぁ旅費の一部が戻ってくる程度には・・・」

「それは羨ましい。俺たちは、ダメだ。まぁ商人の護衛料が貰えたから、赤字はまぬかれたけどな」

「え?入る前は?」

「ははは。よくある話だ。商人は、ダンジョンの低階層なら安全だと思って、入って・・・」

「あぁそうなのですね。それで、その商人さんを護衛して戻ってきたのですか?」

「違う。違う。商人に話を聞いて、商人が欲しいと言った素材の採取を手伝って、襲ってきた魔物たちを倒して、ダンジョンの外まで護衛してきた」

「ほぉ。そんな依頼があるのですね」

「まぁな。兄ちゃんたちは?」

 いきなり、フレンドリーになったな。
 気にしてもしょうがない。俺の身分やエイダが知られなければ、大きな問題にはならない。

 ウーレンフートから来ていることは、ダンジョンに入る前に話をしている。

「ダンジョン産の魔物素材が欲しいと言われたので、それを狙っていました」

「ほぉ?」

「このダンジョンの15階層に出る徘徊ボス素材が欲しいと言われて・・・」

「そりゃぁ難儀な依頼だな。15階層だと、ウルフ系の素材か?」

「そうです。牙が欲しいと言われて、探して、5回もアタックしましたよ」

 ダンジョンに入って、15階層まで潜って、15階層を探しまくった設定なら、時間軸に狂いはないだろう。これは、エイダとカルラと、ダンジョンから出る時に決めた設定だ。準備しておいてよかった。
 もちろん、ダミーで素材も持っている。アルバンが持っている、袋の中に入れてある。牙と爪と角だ。売値を、調べたら俺たちの報酬を考えると、少しだけ安いが実力を見せつつ、依頼を受けていることを印象付けるのには丁度いいと判断した。

 それから、男とダンジョンの中に関しての情報交換を行った。
 俺たちは、15階層を徘徊したことになっているので、男が情報量を支払うから、教えて欲しいと言い出したからだ。

 男たちは、補給をおこなったら、明日の朝にもう一度、ダンジョンに潜るようだ。商人が欲しい素材の全部が揃っていないらしい。俺たちに真偽の判断はできないが、気にしないことにした。

「そうですか?」

「兄ちゃんたちは・・・」

 俺は、知らないと答える。

「そりゃぁそうだな。兄ちゃんたちは、ホームは違うのだったな」

「はい。でも、それほど、変わったのですか?」

「商人や上の連中は気にしていないようだが、現場に出ている俺たちは、経験から、ダンジョンの変性期に入ったと見ている」

「そうですか?何か、前兆があるのですか?ウーレンフートでは、急に魔物が強くなった時に、変性期だと言われていたくらいなので・・・」

 どうやら、ダンジョンから採取できる物が減っているというのは、ダンジョンに潜っている者たちの中では共通認識になっているようだ。
 このダンジョンは、まだ減ったという報告がないから、来てみたら、減っているように感じている。らしい。

 毒が回るまでは、まだ少しだけ時間が必要になりそうだが、確実に毒は回っている。

 話しかけてきた男は、またダンジョンに潜るらしい。男たちの後ろに居た商人風の男は、ダンジョンに潜らないようだ。

 しかし、商人風の奴は・・・。視線が気になる。確かに、商人に見えるが、何か違和感がある。
 しっかりとした根拠があるわけではない。ねちっこく観察されているように思える。商人の視線”だけ”ではない。値踏みしているような視線は、何度も向けられたことがある。辺境伯の跡取りを見るような視線とも違う。敵対している者を見るような視線でもない。
 未知な視線だ。確実に俺を見ている。実に気持ちが悪い。

 商人風の男は、別のグループに合流するのだろうか?
 新しい男たちと話をしている護衛なのだろうか?

「なにか?」

 商人風の男が、俺の視線に気が付いたのか、話しかけてきた。

「いえ、ダンジョンには向かわないのですね」

 無難な返事を考えておいてよかった。

「ははは。そうですね。これから、採取した物を持って、移動しなければならないのですよ」

 相手も、無難な答えだ。
 それ以上は、突っ込みようがない。

「そうですか、道中、お気をつけてください」

「ありがとう。貴殿たちもお気をつけて・・・」

 男が手を差し出してきたので、手を握ってから別れる。

 繋いだ手を見ていると、カルラが話しかけてきた。

「何か、お気になることでも?」

 気になるが、何に、気になるのか解らない。
 モヤモヤした気持ちだ。

「何でもない。ただ・・・」

 そうか、握った手が”商人”らしくない。
 俺が知っている商人が、標準的な商人だとは思わないが、多かれ少なかれ、商人の手は扱っている商品で汚れる。そして、どれほど硬貨を磨いても、硬貨は人から人に、移動する。そして、人の生活で汚れる。硬貨を扱う商人の手を汚す。
 商人は、硬貨を扱う。そして、硬貨の汚れが・・・。

「マナベ様?」

 カルラの呼びかけで、意識が戻る。

 周りを見たが、既に遅かった。男たちの姿を見失っていた。

「なんでもない」

 スキルを使ってみるが、近くには居ないようだ。

 手を見て、スキルを発動する。

 ん?
 何か、スキルを付与されたのか?

「エイダ。俺の手を調べてくれ」

『スキルの痕跡があります』

 スキル?

「どんなスキルか解るか?」

『解析を開始します』

 エイダが解析を始めたが、自分でも調べてみる必要があるだろう。
 魅了系のスキルでは無いのは、俺が解っている。探索系や追跡系でもなさそうだ。攻撃スキルは、常時展開している結界が反応していないので、違うだろう。侵入してくるようなスキルか?

『マスター。解析が終了しました』

「カルラ!アル!」

 二人を呼び戻して、エイダの解析をしっかりと共有する。

『使われたスキルは、痕跡からの判断ですが、仮称”浸食”です』

 俺が、カルラとアルバンを呼んだので、エイダも解ったのだろう。二人にも話が解るように伝えてくれたようだ。
 二人が、驚いた表情をしている。

 俺も、想像はしていたが、実際に”浸食”だと知らされると、恐怖に思えてしまう。

「エイダ!マスターは?マナベ様は、大丈夫ですか?」

 カルラが慌てだす。
 俺の精神が浸食されたのなら問題だ。エイダが解析を行っていて、慌てていないのなら大丈夫なのだろう。エイダや俺のスキルさえも突破してくるようなスキルなら、万全な状態で挑んでもダメなのだろう。
 これで、ウイルス対策だけではなく、侵入や浸食への対策を皆にも施す必要が出て来る。

『大丈夫です。結界で阻まれています。ワクチンが作用しました』

 俺が使っている結界には、ワクチンの機能を付与している。
 魔法スキルを書き換えようとした場合に対応するようにしている。助けられたようだ。”黒い石”関連のワクチンを作った時に、作成したのだが、結界に付与できるようにしておいて良かった。

「ん?エイダ。ワクチンが有効だったのか?」

 それにしても、ワクチンが作用したのか?
 カルラやアルバンだけではなく、ダンジョン内にも適用しておく必要がありそうだ。

 もしかして、”黒い魔物”がセーフエリアにも出たというのは、ダンジョンが浸食された結果なのか?

『是』

 エイダの解析は信じられる。

 富岳とは言わないがそれなりの処理速度を持っている。汎用機レベルには到達している。実際に、AS400も動き始めている。贅沢な環境だ。

「”黒い石”との類似点は?」

 問題は、”黒い石”との関係だ。情報が少ないが、まったく”無関係”と思えない。

『不明』

 どういうことだ?
 エイダでも解析が出来なかったのか?類似点を見つける事が出来なかったのか?

「どういうことだ?」

『ワクチンで、ウイルスが破壊され、解析が不可能』

 そうか、それならしょうがない。

 あの商人を追えなかったのが悔やまれる。
 そして、ダンジョンに潜っていった男たちは、”何か”に侵されてのか?

「エイダ。カルラとアルバンを検査してくれ」

『了』

 俺が使っている結界と同じ物を使わせているので大丈夫だと思いたい。

 それに、侵入と浸食を防ぐためのファイアウォールの開発も視野に入れておく必要がありそうだ。

 そういえば・・・。

「カルラ」

「はい」

「俺が手を握った商人風の男だけど、面は見た?」

「え?」

 やっぱり、カルラもダメか?

「アルは?」

 アルバンも、首を横に振る。

 エイダは、近くに居なかった。
 もしかしたら、いや、理論を構築するには情報が少なすぎる。

 俺も、男の”顔”は見ている。
 カルラも、アルバンも、見ているはずだ。でも、記憶に残っていない。

 男だったのは間違っていない。にこやかに接してきた。何処にでもいるような人物で、商人風だと俺は思った。表情は思い出せるが、顔の印象が薄い。記憶に残っていない。浸食の影響なのか?
 それなら、触られていないカルラやアルバンが忘れるのは理屈に合わない。

 カルラは、密偵だ。
 一度でも見た人物は忘れない。その、カルラが忘れてしまっている。

 忘れさせるようなスキルがあるのか?

「ダメだ。情報が少ない。エイダ!」

 考えてもしょうがない。情報が集まってきて・・・。そんな時間があるとは思えないが、今は考えなくてよい。
 認識ができない”方法”があると、解っただけで十分だ。

『ダンジョン内で同様のスキルが使われたのか調べます』

「頼む。でも、無理しなくていい。防ぐ方法を確立する方が先だ」

 ログを漁るにしても、俺では時間だけが経ってしまう。エイダなら該当データを探す事ができる。
 それに、ログの種類を増やさなくては、見つけられない可能性がある。

 該当ダンジョンだけでも、使われたスキルの情報を集めておく必要があるだろう。あまりにも、ログが大きくなると調べるのも厄介だ。
 未知の攻撃が確認されたからには、ログは必須だ。ログの適用範囲を増やしていけばいいだろう。

『了』

「旦那様。防ぐと言っても・・・」

「解っている。でも、未知ではなく、攻撃方法が解らなければ、攻撃を認識する方法を考える。これは、俺の役割だ」

「はい」

「アルトワ町に立ち寄ってから、アルトワダンジョンに向かう。アルトワダンジョンには、2日程度の滞在だ。それから、王国に戻る。可能か?」

「はい。クォートとシャープと合流すれば可能です」

「わかった。手配してくれ、俺は、浸食のスキルに対応する方法を構築する」

「かしこまりました」

 もう一度、ダンジョンに潜って、男たちを探したい衝動もあるが、対策を行わない状態で、商人風の男に会ってしまうのは避けたい。
 たしかに、クォートたちと合流して、馬車で移動を行えば、時間の短縮ができる。そのうえで、開発を行うのも可能だ。

 ファイアウォールは、ダンジョンには組み込まれているが見直しが必要だろう。
 結界への適用も、効率を考えなければ、俺たち以外への・・・。エヴァだけではなく、ユリウスたちへの利用を考えれば、効率をよくしないと、常時発動が難しい。いろいろ、新しい知見も手に入れた。
 王国に帰るのには丁度いいタイミングなのだろう。

 ダンジョンを狙っているのか?”黒い石”という新しい脅威と新しい敵が見え始めている。
 今回、”商人風の男”が敵として姿を見せた。

 まだまだ、解らない事が多い。

 私は、カルラ。
 カルラの名を継いでから5年が過ぎた。今の主は、クリスティーネ・フォン・フォイルゲン様。フォイルゲン辺境伯家のご息女で、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロート皇太孫の婚約者だ。貴族家にしては珍しく、恋愛からの婚姻(クリスティーネ様が断言されていた)らしい。

 クリスティーネ様からの指示を聞いたときに、不思議に思った。クリスティーネ様と幼年学校からのクラスメイトで少しだけ変わった感性を持っていると教えられた、アルノルト・フォン・ライムバッハ。フォイルゲン辺境伯家と同等の辺境伯の跡継ぎと、一緒に過ごして、調査を行い、些細なことでも報告する。

 アルノルト様は、クリスティーネ様以上に不思議な方だ。
 私が、アルノルト様を調査して、行動をまとめて、クリスティーネ様に送っているのを知っているのに止めないどころか、流す情報を増やすありさまだ。こんなに、潜入が簡単だった話はない。
 クリスティーネ様は、カルラの名を引き継いだばかりの私だけではなく、アルバンも従者としてアルノルト様に推薦をしていた。
 アルバンの名は、襲名ではないが、近い物があると教えられた。

 アルノルト様とアルバンは、気が合うのか二人でふざける事が多い。
 ふざけると言っても、年相応の悪ふざけではない。

 殆どが、模擬戦だ。
 騎士や護衛の模擬戦を見てきたが、二人の模擬戦は少しだけ、本当に少しだけ・・・。ダメだ。自分をごまかせない。二人と私を含めた模擬戦は、おかしい。騎士たちが行う模擬戦とは格段に危険度が違う。
 条件付けもおかしい。”スキルや魔法は使わない”は、模擬戦ではよく使われる。しかし、私たちが行う模擬戦はスキルだけではなく、武器も通常の物を使う。それだけではなく、アルノルト様が作られた(で、あっているよね?)エイダと呼んでいる。ヒューマノイド・ベアがスキルを使用して、身体が重くなるようにして模擬戦を行ったり、高所と同じ状態にして模擬戦をしたり、息ができない状況を作り出したこともある。とにかく、異常な模擬戦を行う。

 アルノルト様は、多くを語らない。
 ダンジョンやスキルに関しての話は饒舌に話をしてくれるが、ご自身のことや、敵の事はあまり語って下さらない。クリスティーネ様も何かをご存じなご様子だが、アルノルト様から聞き出す必要はないと御下命を頂いている。

 アルノルト様は、異常だ。
 アルノルト様が持つ力が、王国に向った時には・・・。そうならないようにするのが、私の仕事で責務だ。

 実際に、アルノルト様は、難攻不落と言われていたウーレンフートのダンジョンを単独で攻略された。
 他の貴族に汚染されていたウーレンフートの街を含めて復興させた。それだけではなく、ダンジョンという場所柄、親を失う子供が多くいた。その子供たちに教育を施して、戦力として数えられるようにする方法を示した。他家ではできないことだ。この”学校”があれば・・・。先代のカルラも言っていた。私たちのような”カルラ”を育成するしかない状況を変えたい。自分の代で出来なかったことを、私に託された。最後の言葉は、”子供たちを守って”だ。私は、先代カルラの意思を継ぎたいと考えた。
 この状況は、私が望んだことだ。最初は、クリスティーネ様からの指示だったが、不思議な男性であるアルノルト様が行ったことを聞いて興味をひかれた。娘は、カルラへの道を進んで欲しくなかったが・・・。

 アルノルト様は、ウーレンフートだけではない。
 共和国には、新しい力を得るために、新しいスキルを得て、経験を積むために来たはずなのに、共和国を苦しめる施策を考えて・・・。実行している。

 王国と共和国は、不可侵条約を結んでいるわけではない。
 共和国は多数の国を、少数の国で支配している。合議制で国の運営を行っているという建前だが、建前さえも守られなくなっている。そして、時折、王国に出兵を行う。

 アルノルト様の一番と言っていいほど異常な部分は、辺境伯家の跡継ぎだったのにも関わらず、料理の腕前が一流だという事だ。
 最初は、少しだけ不思議に思っていたのですが、クリスティーネ様から聞いた話や、実際に私が経験した状況を踏まえると、異常だという結論になった。

 まず、前提条件として、貴族家の跡継ぎは、料理はしない。菓子作りを趣味として嗜む者は存在している。料理が好きだという者も居る。しかし、そんなレベルではない。王都の高級店よりもおいしい料理を、野営で出された時には、驚きを通り越してしまった。アルノルト様は、それだけではなく、料理のレシピや調理方法を教えてくださいました。本当に、貴族のご子息なのでしょうか?
 クリスティーネ様も、御器用にこなしますが・・・。料理だけは、相性が悪いようです。クリスティーネ様は、未来の王妃です。出来もしない料理に時間を掛けるよりも大事なことがあるのですが・・・。

 能力は、クリスティーネ様から聞いていた物とは違っていたので、困惑しましたが、それ以上に”知識”が異常です。
 通常、魔法やスキルを使う時に、詠唱を必要とします。しかし、アルノルト様の詠唱は、通常の詠唱とは違います。試しに、アルノルト様の詠唱を教えてもらって、”身体強化”のスキルを利用したら、今までの詠唱と比べて、利用時間が5倍以上に伸びて、能力の底上げが2倍以上になりました。そして、調整が可能になって、短期間の行使も可能になり、戦略の幅が広がりました。
 この新しい技術(方法)も秘匿しないで、教えてくれました。
 それだけではなく、クリスティーネ様に報告を行うように言われました。そして、私を通して、クリスティーネ様やユリウス様を守るための魔道具も提供してくれました。同じ物を私とアルバンも持っています。
 結界だと言われていますが、常時発動型では、動きが阻害されてしまうので、”悪意”に反応するようになっています。

 アルノルト様と一緒に居て、私の力も上がっています。
 アルバンも・・・。いえ、アルバンは、私以上に力を付けています。そして、私以上にアルノルト様に依存しているように思えます。アルバンの過去は、クリスティーネ様に簡単に聞きました。よくある話です。よくあるだけで、悲劇が喜劇に変わるわけではありません。
 アルバンは、アルノルト様に危険な位に依存しています。そして、心酔していると言ってもいいでしょう。私も、アルバンのことを言えませんが・・・。アルバンは、私と違って、クリスティーネ様から受けた命令は一つだけです。

”アルノルト・フォン・ライムバッハを守りなさい”

 アルノルト様に、護衛が必要だとは思えません。
 確かに、油断していることはあります。しかし、油断している時の為だけに、アルバンが居るとは思えません。本当に、アルノルト様は”誰と”戦っているのでしょう?

 クリスティーネ様からお聞きした、アルノルト様の事情には、少しだけ不思議な所があったので、黙って独自に調べました。
 情報統制が行き届いているのか、アルノルト様の従者を”誰が”殺したのか解りませんでした。他の方々は、予測を含めてですが、判明しています。帝国が手引きしていたという噂も出ています。しかし、二人いた従者の一人は、”誰に”殺されたのか解らないままです。

 本当に不思議な人です。
 そして、凄く眩しい人です。私たちとは違う場所を歩いて行ける人です。
 私とアルバンに向って、一緒に歩くように道を示してくれています。クリスティーネ様には、アルノルト様の手を取るのは自由だと言われています。ご命令されれば、違いますね。自分で考えて、アルノルト様の近くに居たいと思わない限り、アルノルト様には受け入れてもらえないでしょう。そして、西方教会の聖女であったエヴァンジェリーナ・スカットーラ様にも失礼でしょう。

 私が、アルノルト様を理解する為に、書き始めたノートもこれで3冊目です。
 これからも増え続けるでしょう。まだ何かを隠しているのは・・・。怖くもあり、楽しみです。

 おいらの名前は、アルバン。
 親に与えられた名前は、別にあるのだが、兄ちゃんから、”真名(まな)”を教えない設定でかっこいいと言われた。凄く気に入っている。真名(まな)は誰にも教えない。おいらだけが知っている。魂の名前。

 兄ちゃんには、もちろん真名(まな)を教えている。
 でも、普段は、アルと呼んでくれる。慣れているのもあるが、しっくりくる。自分が呼ばれていると思える。今更、真名(まな)で呼ばれてもしっくり来ない。

 兄ちゃんには、おいらの事は、クリス姉ちゃんから指示を受けたおっちゃんと一緒に(行商)をしてきた者だと説明されている。

 本当は違う。これは、カルラ姉ちゃんにも、兄ちゃんにも言っていない。
 クリス姉ちゃんだけが知っているおいらと兄ちゃんの秘密だ。兄ちゃんは、覚えていない。絶対に覚えていないとは・・・。でも、兄ちゃんは、その時の記憶が定かではないらしい。クリス姉ちゃんからも、兄ちゃんには言わないように、厳命されている。
 兄ちゃんの記憶が戻って、おいらを思い出したら話していいと言われている。そんな時が来ないことを祈っている。

 おいらは、貧しい農村で過ごしていた。
 年齢はよく覚えていない。

 覚えているのは・・・。
 村の大人たちが騒いで、偉そうな(子供)が来て、おいらの父ちゃんと母ちゃんを殺した。おいらの目の前で・・・。
 そして、村は偉そうな(子供)が連れてきた者たちに蹂躙された。

 何が行われているのか解らなかった。
 昨日まで遊んでいた場所に、死んだ大人たちが積み上げられている。

 偉そうな(子供)が連れてきた奴らは、大人たちのしたいが積み上がっている前で、村の姉ちゃんを裸にして、殴っている。
 その近くで、別の男が宿屋のおっちゃんを縛って、ナイフを投げて笑っている。

 何をしているの?
 こいつらは?

 おいらは、行商人のおっちゃんに匿われていた。

 おっちゃんは泣いていた。おいらを抱きしめて、”すまん”と連呼していた。でも、夢だから大丈夫。そう思っていた。おいらは、村の近くの洞窟までおっちゃんに抱かれて逃げた。
 そして、おいらを逃がすために、村長が殺されたと教えられた。おいらが、おっちゃんに何があったのか教えてくれとお願いして、教えてもらった。

 おっちゃんは、フォイルゲン辺境伯から来たと教えられた。
 そして、おいらの村を襲ったのは、証拠は何もないがルットマン子爵家の者と雇われた傭兵だと言われた。

 ルットマン子爵。おいらたちの村を治める貴族だ。
 その貴族がなんで、おいらたちの村を襲う?大人たちが、貴族が税として食べ物を持っていくと言っていた。貴族は悪い奴らなのか?

 おっちゃんは違うと言っている。
 でも、おいらの村から食べ物を持っていく、隣のおっちゃんとおばちゃんの所に産まれた子供、おいらの妹分になるはずだった子供は、産まれて10の夜を数えない間に、起きなくなった。おっちゃんとおばちゃんは、貴族が憎いと泣き叫んだ。村長が諫めていたが、子供が少しの火で全部が燃えて何も残らないのを見て、皆が泣いた。

 おっちゃんと一緒に、各地を回った。
 ライムバッハ辺境伯の領にある村を渡り歩いた。貧しい村もあるが、皆がご飯を食べて、子供も居る。おいらたちを歓迎しない雰囲気を出す村もあるが、それでも屋根があって、食べられる。それも、おいらの村では、年に一度の収穫後に食べられるような豪華な食事が毎日・・・。

 なぜ?なぜ?なぜ?
 酷かった。たった半日くらいの距離を歩いただけで・・・。川を越えただけで・・・。本当に、同じ村なのかと・・・。おっちゃんが、これが現実だと言っている。何が、現実なのか、おいらにはわからない。

 おっちゃんを殴りながらいろいろ聞いた。おいらには解らない。

 おいらの村があった場所に戻った。戻りたくなかった。でも、おっちゃんが大事だと言っていた。

 村には、何もなかった。
 おいらの家も、村長の家も、おいらたちが耕した畑も、井戸も・・・。本当に、何もなかった。

 涙も出なかった。
 握っていた手が痛かったことだけは覚えている。おっちゃんに連れられて、フォイルゲン辺境伯領にも行った。ライムバッハ領よりは、貧しい印象を持った。それでも・・・。本当に、貴族によって村の生活が違っている。

 おっちゃんと一緒に、いろいろな貴族の領地を行商した。

 フォイルゲン辺境伯領に戻った時に、おっちゃんに真剣な表情で聞かれた。

「貴族が憎いか?」

「貴族じゃない。ルットマン子爵が憎い」

「殺したいか?」

「殺せるのなら、でも、殺しても何も変わらない」

 いろいろな街や都市を見て歩いた。もちろん、村や蹂躙された村も見た。おいらの・・・。別の未来がそこにはあった。子供が、柱に縛られて・・・。
 ルットマンを殺しても、別の貴族が来て、似たような事をする。それなら、ライムバッハ辺境伯やフォイルゲン辺境伯の手助けをして、住みやすい村を作る手伝いがしたい。

 おっちゃんに正直に伝えた。
 おっちゃんは笑いながら、”ついてこい”とだけ言って歩き出してしまった。

 なんか解らない間に、フォイルゲン辺境伯に面会していた。
 そこで、”アルバン”と名乗るように言われた。

 これからも、おっちゃんと一緒に各地を回って、気が付いた事をフォイルゲン辺境伯に報告するように言われた。
 アルバンの名前は、おっちゃんの子供の名前だと教えられた。

 アルバンの名前を貰ってから、王都に向った。
 王都で次の指示を受けるように言われたからだ。

 王都まで、1日くらいの距離にある休憩所で休んでいると、気持ちが悪い者たちが通って行った。

「おっちゃん?」

「どこかの傭兵か?」

「傭兵?」

「雇われた兵だ」

「ふぅ・・・。ん?」

 なんか、違和感があった。見た事がある?
 後から何とでも言える。おいらたちが、ここで休んでいるのは、もうすぐ、目の前を通り過ぎるだろう、ライムバッハ家の馬車を確認するためだ。

 おいらたちだけではなくて、他の行商も、ライムバッハ家の馬車が通り過ぎたあとを着いて行く、大きな都市に向かう時にはよく見られる光景だ。評判がいい貴族家の馬車の後ろに着いて行けば、護衛もしっかりしているので、街道の安全が跳ね上がる。

 おいらとおっちゃんは、行商たちの集団の中央に居た。
 荷物も多くはない。先頭では、ライムバッハ辺境伯に近づきすぎてしまう為に、距離を離していた。

 後ろから悲鳴が聞こえた。
 おっちゃんは、おいらの手を引いて、まとまりから離れて、茂みに逃げる。
 息を殺して・・・。何が行われるのか見る。

 おっちゃんから言われたことだ。
 おいらたちは、観測者だ。しっかりと行われた事を見て、報告をする。それが、どんなに辛いことか・・・。おいらは・・・。手の平に付いた傷跡をなぞる。悔しい。おいらに力があれば・・・。しっかりと見て、報告をする。こんな悲劇が繰り返されない事を祈って・・・。

「!!」

 女の子が小さな子供を抱きかかえて、森に逃げていく、そのあとを、笑いながら気持ち悪い子供が追いかける。

「(ルットマン!)」

 おいらの両親を笑いながら殺した奴だ!

 顔を見た瞬間に、感情が弾けた。
 そして、ルットマンに切りかかっていた。

「なんで、ガキが?全員、始末したのではないのか?」

「すみません」

 目の前の男に阻まれてしまった。

「まぁいい。殺しておけ、俺は、逃げた奴を殺して、奴を待つ!」

「はい。はい」

 このあとは、何を言われたのか解らない。
 おっちゃんが逃げろと声を変えてきた。おいらを狙っていた傭兵は、おっちゃんを狙う。おいらは、傭兵に蹴りを入れられて・・・。痛くて、情けなくて、恥ずかしくて・・・。おっちゃんを助けにも行けない。

「え?」

 何かが駆け抜けた。
 傭兵たちが次々と殺されていく、おいらは・・・。

 傭兵を殺してくれた。傭兵を倒してくれる。おいらの村を蹂躙した傭兵を殺して・・・。でも、何か苦しそうな・・・。悲しそうな・・・。寂しそうな・・・。
 最後に見たのは、おいらより少しだけ年上の泣きそうな表情をした人だった。

 おいらは、助けられた。
 アルノルト・フォン・ライムバッハに・・・。おいらの両親を殺した、リーヌス・フォン・ルットマンを殺してくれた。それも、自分から死にたいと言うまで苦しめて・・・。

 ダンジョンの攻略を終わらせて、王国に帰還するために、拠点を築いたアルトワ町に向かっている。
 より正確に言えば、アルトワダンジョンに向かっている。

 俺たちだけなら、アルトワダンジョンの最下層からウーレンフートに移動することも出来るのだが、国境で証拠を残す必要がある。

『マスター』

 俺の横で静かに作業をしていたエイダが話しかけてきた。

「終わったのか?」

『是』

 クォートとシャープと合流して、報告を受けたのだが、俺たちが攻略を見送った小さなダンジョンや、未発見状態だったダンジョンを攻略してきた。眷属を自由に増やしてよいと権限を与えたら、眷属を増やして、攻略を行ったようだ。最下層に問題が設置されていた場所もあったが、サーバに問い合わせを行って答えたようだ。変な”なぞなぞ”が無くてよかった。
 眷属は、ヒューマノイドタイプだけではない。テイマーを装って、魔物を配下に加えている。

 ヒューマノイドベアであるエイダが居るから考えていなかったけど、機動力を考えれば、テイマーは”有”だな。

 クォートとシャープの合流で、攻略したダンジョンの統廃合を行った。未発見のダンジョンで、コアが存在していたダンジョンは、育つに任せることにする。食べられない魔物やドロップ品を絞る程度の調整を行って、フロアにも資源はない状態にした。

 資源があるダンジョンは潰した。リソースは、アルトワダンジョンに吸収するようにした。
 発見はされていたが、資源のダンジョンとして認識されていなかったダンジョンは、1-10階層は資源が皆無になった。11階層から下は、資源がある状態にしているが、魔物の強さを2段くらい強くした。ウーレンフートの中層以降と同じレベルだ。

 クォートとシャープの報告から、やはり黒い石や黒い魔物が見つかっている。

「黒い石の対応も終わったのか?」

『把握できる範囲で対処済みです』

「エイダは、そのまま監視の強化」

『了』

 支配下のダンジョンが増えた事で、できる事が増えた。
 正確に言えば、情報量が増えた。未発見のダンジョンを活かす方法として、増えた情報量の処理を行わせることにした。リソースを喰わないようにして、魔物も最低限の配置にしてある。
 階層は増やしてあるので、何もないダンジョンに潜っていく苦痛を味わってもらうコンセプトだ。そのうえで、階層主だけは強いけど、何もドロップしないように設定してある。潜るだけ赤字になる素晴らしいダンジョンだ。

「旦那様」

 俺の作業がひと段落したのを見てカルラが声をかけてきた。
 モニターには、ログの解析の状況が流れているが、異常は見られない。

「どうした?」

 モニターにしっかりとログが流れている事を確認して、カルラに返事をする。
 カルラも、俺からの返事を待って本題に入ってくれた。

「アルトワ町に寄りますか?」

 確かに、寄った方がいいだろう。
 町というか、村の様子も気になる部分がある。

「そうだな。アルトワダンジョンの事が知られているのか気になる」

 ダンジョンが発見された事や、資材を持ち込んで拠点にして、実質的な支配をされているとは思っていないだろうけど、何か情報が流れているとしたら、対処が必要になるだろう。
 共和国の兵がアルトワダンジョンの拠点に向かったとしても、対処は可能だろう。

「わかりました」

 カルラの様子が?
 何か、懸念があるのか?

「どうした?何か、心配事か?」

 聞いたほうがいいだろう。
 カルラが何かを感じたのなら、それは考えた方がいい事だろう。直感は、無視しないほうがいいことが多い。特に、カルラの様に経験を積んでいるのなら、なおさらだ。

「はい。自業自得ですが、アルトワ町の町民や町長を私たちが殺したのは事実です」

 完全に忘れていた。
 情報が伝わっているとは思わないけど、情報が伝わっていたとしても、俺たちが恨まれるのは間違っているが、間違っていることを正面から受け止める事ができる者は少ない。
 村が静かな衰退に向かって行くのを止めようと動いたが、間違った方法を取った結果だから、受け入れて欲しい。

 でも、残された者たちは、楽に恨むことができる俺たちを恨むだろう。

 情報収集は諦めた方がいいだろう。

「あぁそうか・・・。やめておくのが無難か?」

 アルトワ町の連中だけなら、対処は可能だろうけど、俺は、俺たちは、殺戮者ではない。襲われれば、返り討ちにするけど、襲ってこない者を切って捨てようとは思わない。
 面倒ごとを避ける意味でも、アルトワ町には寄らないほうがいいだろう。

 補給の必要もない。
 そもそも、補給ならアルトワダンジョンの拠点で行えばいい。

「はい」

 カルラの進言を受け入れる。
 アルトワ町に寄ろうと思ったのも、アルトワダンジョンの情報が流れているか確認する為だし、必要はないだろう。

「旦那様。私とシャープで聞き込みを行いましょうか?」

 俺とカルラの話を聞いていた、クォートが自分たちで行くと言い出した。

「うーん」

 確かに、クォートとシャープなら上手くやるだろう。

「元々は、目立たない様になっていますので、大丈夫だと思います」

 そうだな。
 目立つ目立たないで言えば、目立つのだが、印象に残らないような作りになっている。
 テンプレートの執事とメイドだ。貴族や、豪商なら一緒に行動しても不思議ではない見た目をしている。だから、執事とメイドとして印象には残るが、主人までは印象に残らない(はず)。

「わかった。クォートとシャープでアルトワ町での聞き込みを頼む。無理はしなくていい。アルトワダンジョンに人が来ていれば、見つかったと判断ができる」

 クォートとシャープでアルトワ町に入ってもらう。
 その時に、新しく加わった眷属を連れて行くことになった。魔物も一緒だ。印象が完全に違うようにしてしまえば、クォートとシャープが目立たない。

 クォートとシャープは、馬車で移動する。俺たちは森の中を移動するので、馬車は不要だ。
 髪の毛の色と目の色を変えて、アルトワ町に向かう。

「カルラ。アル。エイダ。俺たちは、森の中に入って、アルトワダンジョンに向かう」

「はい」「うん」『了』

 森の中を進むのには慣れている。
 大きな問題もなく、アルトワダンジョンの拠点に辿り着いた。

「大将!」

 ベルメルトか?
 相変わらずだけど、アイツも呼び方を改めないな。

「悪いな。少しだけ世話になる」

「了解です!おい!」

 塀の上から俺を確認して、門を開けるように伝える。

 門が開いて、橋が掛けられる。

 ここの頭は、ベルメルトで大丈夫だな。
 紛れ込んだと言っている者たちも素直に従っているのだろう。

「ベルメルト」

「はい!大将!」

「だから、大将は辞めろ」

「ダメです。大将だから、大将なのです!そうだろう!」

”はい。大将!”

 見事に揃っている。
 子供が増えている?

 その辺りを含めて、状況の確認が必要だな。

 その前に・・・。

「エイダ。パスカルやリスプへの接続は?」

『問題はありません』

「わかった。リソースは?」

『想定の範囲内。12%の利用です』

「ん?12%?」

『はい。ダンジョンにリソースを振り分ける事で、一時的にリソースの利用が上がっています』

「あぁそうか、それならしょうがない」

『また、アルトワダンジョンで戦闘が行われて、リソースを利用しました。パフォーマンスを上げますか?』

「そうだな。利用率は、10%未満にしてくれ、ウーレンフートからサーバ()を補充してくれ、弾の残りはあるよな?」

『はい。ラックサーバを設置しますか?』

「必要か?」

『必要になる可能性は43%です。現在、非活性のダンジョンに戦闘が行われるようになると、リソースが不足します』

「わかった。リスプを増強してくれ、他の非活性のダンジョンも、できる限り増強してくれ」

『了』

 俺とエイダのやり取りを黙って見守っていた者たちが、綺麗に並んでいる。
 必要ないと言っても辞めないのだろう。

 このアルトワダンジョンを要塞化してしまおうか?
 ベルメルトに代官の真似事をさせればいいだろう。共和国が認めなくても、認めても、どちらでもいい。俺たちが実効支配してしまえばいいだけだ。

 俺は、カルラとアルバンをアルトワ・ダンジョンの拠点に残して、最下層に移動した。エイダと二人で駆け抜けた。

『マスター』

「ウーレンフートから、ラックを持ってきてくれ」

『了』

 エイダに指示を出す。ラックサーバで、アルトワ・ダンジョンと周辺を構築する。
 城塞を作るには、組み込んでいるサーバーではパワーが足りない。アルトワ・ダンジョンは、共和国内のダンジョン(サーバー)を管理する必要もある。モニターを行うだけでも、十分なパワーがないと重要な情報を見逃すことがある。

 各ダンジョンには、最低限の施設だけを残すようにして、アルトワに向かっている最中に構築したスキルを連動させる。アルトワ・ダンジョン以外のダンジョンは自爆するようにした。コアは、アルトワ・ダンジョンに避難が終わっている。

 現在は、遠隔でダンジョンの管理ができるのか確認をしている。

『マスター。フルスペックですか?』

「そんなに珠があるのか?」

『2Uが混ざりますが、ハーフラックが埋まります』

「そこまでは・・・。そうだな。フルスペックで頼む」

『了』

 ヒューマノイドタイプが、ラックを持ってきて設置する。
 サーバの組み込みは終わっていない。一度、配線を綺麗にやって見せてから、ヒューマノイドタイプたちも練習をしたようだ。今では、十分に綺麗な配線が出来ている。

 ネットワークもしっかりと接続された。
 ”火”が入ると、ファンが回りだす。サーバーの機能を順次移動させていく、まずはアルトワ・ダンジョンだ。

『移行が完了しました』

「解った。旧システムの”火”を落して、ウーレンフートに持っていってくれ、ログは解析に回す」

『了』

 ログを吸い上げた媒体をヒューマノイドに渡す。
 サーバの”火”が落ちたのを確認して、サーバを移動させる。

 モニターは、このまま使う。
 6面用のモニターアームがあったので、サイズを揃えたモニターを取り付けている。

「他のダンジョンは、仮想環境で構築」

『了』

「コアに制御を任せないで運営ができるのか確認」

『了』

「移行に問題は?」

『ありません』

「よし、移行を実施。各ダンジョンには制御を残さないように!」

『了。移行完了までの予想時間は、7時間37分』

「終了後、コアの確認と、運用テストを実施。任せて大丈夫か?」

『是』

 ダンジョンの移行は、エイダに任せられる。
 終了後のテストは、ヒューマノイドたちに任せて問題があればエイダが対応を行う。

 ウーレンフートでも実行は出来たが、サブルームの意味もあるので、アルトワ・ダンジョンで構築を行った。

 これで、ウーレンフートのダンジョンが誰かに強襲されたとしても、アルトワ・ダンジョンに逃げられる。ウーレンフートのログやシステムは、バックアップを自動的に作成している。アルトワ・ダンジョンから、ウーレンフートのバックアップを取得して保存する。プッシュも考えたが、プル方式での運用にした。

 アルトワ・ダンジョンのサーバーを強化した。共和国で攻略したダンジョンを監視する体制が整った。

 さて、アルトワ・ダンジョン村を、要塞化しよう。

 カルラとアルバンに、連絡を入れる。
 ダンジョンの支配領域から出なければ、連絡ができる。

 まずは、外壁の拡張だ。

 現状でも、今の規模なら大丈夫だ。
 攻め込まれた時を考えると、不安な部分が多い。

 まずは、スキルへの対応が出来ていない。趣味に走らせてもらう。
 五稜郭を真似しよう。今の拠点を守っている壁と堀を囲むように五稜郭の堀を作る。水は、前と同じでいいだろう。ダンジョンを使って循環させる。
 ()壁は、5メートルクラスでいいだろう。ヒューマノイドを配置したい。ヒューマノイドを外に出すのには抵抗が強い。クォートやシャープくらいまで作り込めばいいのだろうけど、あまり俺が立ち寄らない場所に配置するのは好ましくない。

 上に戻って、状況を確認してから、続きは遠隔で調整だな。

「エイダ。遠隔での調整は可能か?」

『是』

 エイダも残りは、遠隔で大丈夫なようだ。
 他にも調整が必要だとは思うが、ヒューマノイドに指示をだす事ができる。

「そうだ。エイダ。リスプの成長は?」

『制御を、ウーレンフートで負担しています。リソースを成長に割り振られます』

「そうか、他のダンジョン・コアの支配ができるか?」

『是』

「共和国のダンジョン・コアは、リスプの配下にして、成長を優先させてくれ」

『了』

 リスプを成長させるだけのリソース(栄養)を用意しなければならない。
 成長が早ければ、支配が進む。支配が進めば、”黒い石”の浸食を把握できる可能性が出て来る。

 ”黒い石”は存在してはダメな物だと思える。
 ウィルスだと仮定して対策を作ってみたが、まだ狙いが解らない。魔物への浸食だけが目的なのか?ダンジョンへの浸食が目的だとしたら?

 ダンジョンを支配する意味は大きい。
 俺が得ているメリットを考えれば・・・。

 俺とは違う方法で支配を試みている者たちが居るのだとしたら、俺の敵だ。ルールを曲げるような攻略を容認することはできない。それは、暗殺で父を母を妹を大切な従者を乳母を失った俺には解る。決められたルール上なら何をやってもいいとは思うが、ルールから逸脱する行為は、ルールを作る側になって初めて成立する事だ。自分たちが、ルールを作っている側だと勘違いをしている連中が使っている”黒い石”は、ダンジョンのルールから外れている。
 俺が全面的に正しいとは思わない。
 しかし、俺が”気分が悪い”と判断しているから、対処を行う。

「”黒い石”を発見したら、追跡を行うように指示してくれ、リソースを喰らっても構わない。素性が知りたい」

『了』

「リスプにも、パターン学習を頼む。特に、浸食に関しては、確実に覚えさせてくれ、対処はヒューマノイドに覚えさせて、リスプには、アラーム機能と追跡機能の強化だ。十分な成長が行われた時の為に、準備を頼む」

『了』

 エイダと話をしながら、城壁に向かった。

 城壁と新しく支配領域に設定した場所を見回していると、門から出てきた者が俺を呼んだ。

「大将!」

 いい加減に呼び名を変えて欲しいが、前回の話し合いで無理だと悟った。
 俺が受け入れればいいだけなのだ。

 それに、砦を守っている者たちの責任者なら、”ボス”か”大将”が正しいようにも思えてきた。

「どうした?」

「どうした?急に壁が出来て、どうせ大将の仕業だろうと、皆には説明しておいた」

「説明?」

「ウーレンフートからの行商が来ている」

「物資の搬送か?」

「依頼していた物が揃ったから、アルトワ・ダンジョンの環境が揃う」

「そうか、食料はダンジョンがあるから大丈夫だと思ったのだが?」

「大将。本当に・・・。いや、辞めておこう。食料や水は確保出来ているが、生活をするのに他にも必要な物があるだろう?」

「ん?」

「最初の頃は我慢もできる。安定してくると、食器や家具が必要になる。他にも、武器のメンテナンスも必要だ」

「あぁ・・・。すまん。忘れていた」

「いいさ。もともと、運び込む予定だったからな。次は、職人を連れてきてもらう予定だ」

「そうだな」

「それで・・・。大将?」

「なんだ?」

「この場所は、結局どうする?ウーレンフートの飛び地のように感じているけど、占拠している状況だよな?」

「それは大丈夫だ。共和国の法で、未開発地に村を作ったのなら、占有できる権利が貰える。まぁ税金を払う必要があるけどな・・・」

「どこかに、属するのか?」

「文句を言われたら考えればいい。今の戦力なら、攻め込まれても撃退ができるだろう?」

「撃退していいのか?」

「攻められれば撃退するのは当然だろう?」

「ははは。確かに!」

 ベルメルトに要塞化した。アルトワ・ダンジョン村の防御施設を説明した。ベルメルトが心配していたのは、共和国に攻められることも心配していたが、それ以上にダンジョンの氾濫が発生しないかだが、伝えてはいないが、氾濫は制御できているので大丈夫だ。怖いのは、”黒い石”関連だけだ。