カルラの案内で、共和国で一番大きな国であるデュ・コロワ国の首都に到着した。
移動は、人に見られない場所を全力で駆け抜けた。
ステータスが上がっている関係で、それほど疲労はしていない。
「兄ちゃん?」
「解っている。アル。耐えろ」
アルが音を上げている。俺も、かなり辟易している。
首都に入るのは楽に入られた。王国の貴族章を使わなくても、カルラが用意した”商人”の身分で楽に通ることができた。
宿も、確保できた。
カルラが、報告のために一時的に離れたが、俺とアルで武器や防具や消耗品の点検をしていた。
報告が終わって戻ってきたカルラを交えて、ダンジョンアタックの日程を決めた。
最下層まで行くことが出来ればいいが、深度を考えれば、一度のアタックで攻略は不可能だと思われた。
それでも、準備にはしっかりと時間を使う。
準備を怠って、ダンジョンの中で屍を晒すような自体は避けなければならない。特に、エヴァのことを考えれば、自然と生き残る方向に思考が流される。強くなるのは大事だが、その前に生き残らなければ意味がない。
準備を終えて、ダンジョンアタックの倍の日数分の食料を買い込んで、最難関だと言われるダンジョンの入口に向かった。
入口に付いたのは、太陽が昇るころだ。
既に、太陽は昇りきって、眠っていた首都を起こしている。気温も、俺たちが並び始めた頃から考えれば、4度くらいは上がっているだろう。風が拭けば、肌寒いと感じていたが、日差しのおかげで、寒さは感じない。汗ばむ寸前だ。
列が進まない理由を、周りに並んでいる者たちに、聞いても誰にも解らない。
そこで、周りにいる連中に話をして、カルラが列の先頭を確認してくる事になった。
ソロでダンジョンに入る者は居ないが、二人パーティや三人パーティが多い。
後ろに並んでいる冒険者の一人が話しかけてきた。
「お前さんたちは、3人か?」
カルラが居たのを見て知っているのだろう。俺とアルとカルラの3人だと考えたのだろう。実際に、”エイダ”が居るけど、エイダを”一人”と数えるのには無理がある。
「そうですが?」
3人で1人が離れている。
何か、狙っているのか?
「中で誰かが待っているのか?」
中?
待っている?
「え?」
「違うのか?」
違うも何も・・・。
ダンジョンの中で待ち合わせ?意味があるのか?
新しい情報だ。
「はい。3人で行動しています」
「ほぉ。言葉の感じから、この辺りじゃないよな?」
言葉で判断されるとは思わなかった。
ごまかしてもしょうがない。ライムバッハ家との繋がりだけは隠しておいた方がいいだろう。あとは、正直に話しても、冒険者マナベなら問題にはならない。建前の話だが、建前を押し通すのも大事なことだ。
「はい。ウーレンフートから来ました」
「そりゃぁ凄いな。本場だな」
凄い?本場?
「本場?」
「知らないのか?」
「え?何を?」
「今、噂になっている奴を?」
噂?
ウーレンフートで何かあったのか?
冒険者たちの噂になるようなことがあれば、俺に報告が上がってくるはずだ。カルラも何も言っていない。ダンジョンの中なら、把握ができるはずだ。
「いえ、ウーレンフートを出たのは、かなり昔なので・・・」
「そうか?ウーレンフートで大改革があったのは知っているか?」
「改革?」
「あぁギルドが解体されて、そのギルドを潰した奴が、ウーレンフートの代官や貴族や商人を巻き込んで、ダンジョンの上にホームを築いた」
え?
「あぁ風の噂で・・・」
ごまかすしかない。
共和国まで話が流れてきているとは・・・。
「そうか・・・」
「どうしました?」
「その、ギルドを解体した奴・・・。プラチナデビルと呼ばれているようだが、どんな奴なのか、情報が流れてこなくて、出身なら何か知っているのかと思っていな」
「・・・。プラチナデビル?」
「知らないか?」
「えぇ残念ながら」
何、その恥ずかしい名前は、厨二でももう少しましな通り名をつけるぞ。帰ったら、誰が流したか確認しなければ、多分ギル辺りが”おもしろい”とかいう理由で流し始めた気がする。
男性は、それ以外にもウーレンフートのホームがどれほど素晴らしいか語りだした。
共和国にはない考えで、資源をホームが管理して適切な値段で卸しているのも評価が高い。それだけではなく、ホーム内の訓練場での試験に合格しないと、ダンジョンに入ることができないのも、冒険者を守っていると評価されている。他のダンジョンでも真似をする場所が出始めている。地域を聞いたら、クリスや同級生たちの領地が多い。
男と話をしていたら、カルラが戻ってきた。
「旦那様」
「どうだった?」
「はい。家名までは把握が出来ませんでしたが、貴族家に仕える者がもめていました」
「はぁ・・・。またか・・・」
「ん?また?」
「お前さんたちは、コロワダンジョンは初めてか?」
「はい。せっかく、共和国に来たので、最難関と言われるダンジョンに入ってみようと思いまして・・・。ここは、入場の時に、税を払えば、誰でも入られると聞いたので・・・」
「間違っちゃいない。問題は、このダンジョンじゃなくて、周りのダンジョンだ」
「どういう?」
「共和国のダンジョンで、低階層のドロップが減っている」
うん。知っている。
俺が攻略したダンジョンは、ドロップが極端に少なく鳴るように設定を変えた。
「え?!それは・・・」
「すぐに、共和国が困るようなことにはならないが、渋いダンジョンは、どうしても冒険者が減るだろう?」
これも、確認している。
調整をしているから、減ったダンジョンに潜っている者たちには少しだけいい物をドロップするようにしているが、以前よりも渋いのは変えていない。
「そうですね。ドロップがなければ、潜る意味も少ないですよね」
「そうだ。以前は、10日潜れば、1ヶ月くらいは生活ができたが、最近では10日潜っても、消耗品を買いなおしたら、4-5日しか過ごせない」
そこまでとは考えていなかったが、もうドロップするようにしてもいいかもいれない。
それとも、採取系は増やしてもいいかもしれない。冒険者や市民が困ってもいいとは思っていたが、思っていた以上な状況は制御が難しくなってしまう。
「それでは、潜る意味があるのですか?」
「ない。だから、ドロップがいいダンジョンに人が集まる」
「でも、それだと」
「そうだ。ドロップは同じでも冒険者同士の奪い合いが発生する。それだけではなく、ダンジョンに依存していた貴族が、こことかドロップが変わらないダンジョンに騎士を送って、資源を奪おうとしている」
「それは、なんというか・・・。迷惑な話ですね」
「あぁまだ、それだけなら良かったのだが、食料をダンジョンに依存していた貴族は、民衆の反乱にあって、酷い事になった場所もある」
当然だ。
下を見ない為政者なんて、必要ない。一人を全力で助けるのが、為政者の行う作業だ。一人を切り捨てて、全体を守るのなら、切り捨てられる一人は為政者自身でなければならない。
「そんなに?でも、ダンジョンに食料を依存って無茶なことをしますね」
「ハハハ。ウーレンフート出身は違うね。だが、共和国なら一般的な考え方だ」
「へぇそうなのですね。知らなかったです。そうか、それで、貴族が揉めるのは多いのですか?」
「あぁそうだな。お前さんは、3人だから問題はないが、6人以上で入ろうとすると、なぜかダンジョンの難易度が上がってしまう。その為に、入口で6人未満になるように調整しているのさ。6人以上で入る場合には、税も10倍近くになる。危険な行為として認知するためだな」
「へぇでも、中で・・・。あぁだから、仲間が先に入っているのか?と、聞いたのですね」
「そうだ。その仕組みが、このダンジョンを最難関にしている理由だな」
「え?」
最難関になっている理由?
すごく興味がある。カルラも、この話は知らなかったようだ。
コロワダンジョンに潜っている者には、当たり前過ぎて情報としての価値が低いと判断されているのだろう。男の表情から、コロワダンジョンなら知っていて当然だと思っている雰囲気がある。俺が、ウーレンフートの出身だと言ったので、知らないと思って説明をしてくれるようだ。
男から、話を聞いていたら、列が動き出した。
列の横を、豪奢な馬車が駆け抜けていった。どうやら、貴族は、突入を諦めたようだ。後ろに居る騎士たちが安堵の表情を浮かべているので、よほど”慕われている”貴族なのだろう。騎士風の男たちは、貴族家への称賛を忘れない。馬車に乗っている者の情報を、べらべらと話してくれている。それも、待機列で待っている者たちに聞こえるように・・・。
やはり、男が想像した通りに、貴族家が治める領地にあったダンジョンから食料だけではなく、貴族家として戦略物資になっていた物もドロップしなくなった。それで、他のダンジョンに潜って物資を横取りすることを考えた貴族が、ルールやマナーも守らずにダンジョンにアタックしようとして止められた。
主を守るべき立場の者たちが、”頭の悪い3代目”と言っているのが印象に残った。実査、間違っていない。ダンジョンに依存した施策が正しいか解らないが、無くなってしまった物に縋るような施策は間違っている。保険となる施策を打っていなかったのが間違いなのだ。
男は、騎士たちの暴言を聞いて、肩をすくめてから、自分の仲間がいる場所に戻っていった。
男は、俺たちに話しかけて、情報が欲しかったのだろう。俺たちも、男から情報を得られたのだから、都合がよかった。
「兄ちゃん」
アルバンが心配そうな表情をする。
貴族が絡んでいるのが心配なのだろう。しかし、俺たちは絡まれるような状況になっていない。俺たちが、ダンジョンを支配しているのは知られていない。共和国に都合が悪い状況になっているのは、皆が感じている。しかし、明確な事情が解らない状況で、”ダンジョンの変性期に入ったのだ”と判断をしているようだ。
「大丈夫だ」
「アルバン!」
カルラが、アルバンを手招きしている。
俺から、離れてカルラの近くに移動した。カルラから、説明という名前の説教が行われるようだ。
最近では、少なくなってきたが、カルラから見ると、アルバンは従者として失格なのだ。気にしなくていいと言っているが、今後のことを考えると、アルバンにはしっかりと教え込んでおきたいようだ。
アルバンが抱えている問題は、俺には伝えられていない。
貴族家が関係しているのは解っているのだが、詳細までは聞いていない。カルラが認めている上に、カルラの上司が大丈夫だと言っている。俺には、それだけで十分だ。
珍しく、アルバンが言い返している。
雑踏の中で行われる会話は、断片的に拾えるだけの声量で行われている。
「カルラ!アル!話は、後にして、準備を進めてくれ、俺たちの順番が近づいてきている」
ダンジョンに近づけば、男が言っていた内容以上のことが解ってきた。
ダンジョンに入る為の手続きの方法だ。
男は、常識としてダンジョンに入る方法は話題に乗せてこなかった。
天幕のような場所で、申請をしてからダンジョンに入っていく、天幕には、一度に数パーティーが呼び込まれる。並んでいる時に、入るための税とパーティー名と人数を申請している。そのために、天幕にはリーダーだけが呼ばれる仕組みのようだ。
俺が天幕に入ると、先に来ていたパーティーリーダーたちが話をしている。
ダンジョンの注意事項が伝えられる。知っている者は、話をスキップできる仕組みだ。俺は、男から聞いていたが、食い違っていると問題になるので、説明官にダンジョンでの注意事項を聞いた。大筋は、男から聞いた話と同じだったが、細かい所で違っていた。
違っていたと思っていたが、最後まで説明を聞いていると、共和国では常識として捕えている部分の説明が抜けていただけだ。王国から来た事を伝えたら細かく税を含めて教えてくれた。
最難関だと言われているだけあって、説明も細かく親切だ。
「他には何かあるのか?」
「いえ、大丈夫です」
最後に、意思確認をされた。
税を払っているのだから、ダンジョンに入るのは当然なのだが、それでもダンジョンに入れば、自己責任だ。安全は保証されない。
攻略を目的としているとは言わないが、商売の種を採取してくる予定だと宣言する。
これで、意思確認が終わって、ダンジョンにアタックが行える。
長かったが、必要な儀式なのだろう。
天幕から出ると、ダンジョンの入口に誘導される。
そこには、カルラやアルバンが待っている。
「旦那様。準備は整っております」
カルラが律儀に頭を下げる。
アルバンに見本として見せているのだろう。別に、気にしなくてもいいのに・・・。アルバンもカルラも、旅の仲間だと思っている。
「ありがとう。順番は・・・。もう少しだけ、かかりそうだな。最終確認でもして待っているか?」
最終確認をしていたら、俺たちの順番が回ってきた。
最難関とされているダンジョンだ。
前のパーティーが入ってから、10分以上が経過している。
この時間が重要だと説明を受けた。
別に、文句をいうようなことでもない。それに、前後のパーティーとの間隔が開いているのは、俺たちの事情を考えるとありがたい。
ダンジョンは、通常のダンジョンと同じで、サクサクと進んでいける。
「カルラ。現在の攻略のトップは?」
「はい。最新の情報か解りませんが、58階層で止まっています」
前からやってきたオーガロードを倒しながら、疑問に思ったので聞いてみた。
「なぜ?止まっている?」
「はい。正確な情報は伝わってきていませんが、下層に続く道が見つからないと言われています」
58階層で終わりなら、ボスが居てコアルームがあるが、最下層だと判断されていないことから、何も最下層だと解る物が見つからない。下層への階段も見つかっていない。
「そうなると、かなりの人間が、58階層まで辿り着いているのか?探索をしたのだよな?」
「正確な人数まではわかりません。3つのパーティーの合同です」
「3つ?18名?」
「いえ、ダンジョン内で合流して、パーティーを構成したようです」
「へぇ・・・」
オーガロードの足を俺が切って、カルラが首筋を切りつけた。
留めは、アルバンが剣を突き立てて終わった。
「兄ちゃんも、カルラ姉も、真剣に戦ってよ」
「おっそうだな。すまん。でも、オーガロードくらいなら、アルだけで十分だろう?」
索敵を行っているエイダは戦いには参加していない。
後方から襲われた時に対処する為に、エイダは戦闘には加わっていない。それでも、余裕がある。
「そうだけど・・・」
通常のパーティーでは苦戦する40階層に到達している。
オーガロードが、40階層のボスだったようだ。
アイテムを残して消えた後には、下層に繋がる魔法陣が残されている。
41階層からは、魔物が一変する。フィールドも洞窟タイプから、草原タイプに戻る。浅い階層と同じ草原フィールドだが、魔物の強さは段違いだ。エンカウント率も上がっている。洞窟エリアと違って、休める場所が少ない。
浅い階層では、ドロップした物を運び出す者たちがいたが、どうつくフィールドでは、重要なドロップアイテムしか運び出していない。
攻略を目指すには、ここからが本番と考えてもいいだろう。
情報も秘匿されている。50階層までは、階層の雰囲気は伝えられているが、具体的な攻略に必要な情報は集められなかった。
「兄ちゃん?」
「どうした?」
「おいら・・・。少しだけ不思議に思って・・・」
「ん?」
「ここが、最難関なのはわかったけど、このダンジョンをここまで攻略できるパーティーがいるって事だよね?」
「そうだな」
カルラを見ると、頷いているので、実際に攻略しているパーティーは存在している。
アルバンが何を言いたいのか解ってきた。
「そうだな。カルラ。このダンジョンを攻略している奴らの目的はなんだ?」
アルバンの言葉をきっかけに俺の中にも疑問が出てきた。
最難関のダンジョン。50階層を突破できるような者たちが、他のダンジョンを攻略対象にしないで、このダンジョンに拘る理由があるはずだ。それだけではない。ダンジョンに潜ってみて気が付いたのだが、最前線に物資を送り届ける者たちも存在している。最前線で戦っている者たちと同等の力があるように思える。どこかの階層にキャンプ地を作っているのだろう。
これまでの階層では、出会っていないから、ここよりも下の階層なのだろう。
そこまでして、このダンジョンの攻略に拘っている理由を知りたい。
カルラに聞いても、攻略組がこのダンジョンに拘っている理由は解らなかった。
最難関と言われているダンジョンを攻略すれば、名誉なことだが、同時に攻略して、俺たちの様に永続させる方法が無ければ、ダンジョンの破壊に繋がる。最難関のダンジョンだ。同時にアタックしている人間は、10や20ではない。万に届く可能性もある。
それらの人間がどうなるのか?俺たちがやっているように、ダンジョンを乗っ取っていくのなら、アタックしている者たちは何も気が付かない。しかし、ダンジョンが破壊されてしまったら・・・。俺たちだけなら、逃げるのは可能だ。エイダにウーレンフートやアルトワダンジョンに強制接続して脱出すればいい。
考えても解らない事は多い。
攻略中に考えることではないが、気になってしまう。頭の片隅に攻略組のことを押しやる。
今から50階層の階層主との戦いだ。
50階層の階層主は、オーガキングとオーガの変異種だ。
確かに強敵だけど、倒せない相手ではない。
「カルラ!アル!」
二人が飛び出す。
俺とエイダは、後方支援だ。
数は、オーガキングを入れて6体。パーティの人数と同じだ。
俺たちのほうが数では少ない。しかし、対処を間違えなければ、負けない。完封も可能だ。
「アル!」
「大丈夫!」
アルバンが、オーガキングを抑える。
カルラは、アルバンが抑えているオーガキングの近い距離に居る変異種を牽制する。倒す必要はない。俺とエイダが、他の変異種を倒すまで牽制していればいいだけだ。
オーガで怖いのは、膂力だ。
腕の力で、重く硬い棍棒を、振り回す。当たれば、大ダメージ。一番の攻撃だ。技を使ってくれれば、モーションで判断ができるのだが、力任せに振り回されると、避けるしか対処方法がない。
俺の武器なら、棍棒に合わせれば耐えられる可能性もあるが、試す気にならない。折れたらショックだ。
魔法での攻撃は、腕に集中させる。
オーガの最大の武器を破壊すれば、あとは作業だ。
腕が切り飛ばされたオーガに残された攻撃手段は、自身の身体を武器として突撃するしかない。
その場合には、足に攻撃を集中すればいい。猪と同じで直線での攻撃しかできない。避けるのも容易い。変異種を先に片づけるのは、オーガキングだけは可能性の一つとして魔法を使ってくる。低確率だが、魔法攻撃がある。自然回復も、変異種に比べれば早い。そのために、変異種を片づけてから、攻撃を集中させる。回復を許さないダメージを与えて倒す。
俺とカルラが変異種を片づけている時に、アルバンはオーガキングを牽制している。倒す必要はない。牽制で十分だ。
アルバンがオーガキングを引き付けて、俺とカルラが変異種を倒している。その間に、エイダは魔力の構成と詠唱を終わらせる。
5体の変異種が倒れた。
「カルラ!アルのサポート!エイダ。トリガーは、アル!」
俺の声で、アルバンが最大の攻撃を、オーガキングに浴びせる。オーガキングが怯んで、後退した所にカルラが魔法で牽制する。
アルバンが、カルラの魔法で、体勢を崩したオーガキングから大きく離れる。
「エイダ!」
アルバンの声に反応して、エイダが極大魔法を放つ。
雷属性の魔法だ。エイダは、詠唱することで、威力が増す。制御されていた魔力を使って、詠唱された雷魔法は、一筋の光となって、体勢を崩しているオーガキングの脳天に直撃する。
オーガキングの断末魔は、エイダの雷魔法でかき消された。
光の奔流がおさまって、辺りを優しい光が支配する。
部屋の中央では、倒れたオーガキングが、光の粒になって消える。
残されたのは、宝箱だ。
宝箱の中身は、反りがある短剣が二本だ。
「アル。使うか?」
「おいら?」
「あぁ双剣だから、カルラ向きじゃない。アルだろう?」
アルバンが使っているのは、不揃いの剣を使っている。揃いの剣の方が使いやすいだろう。
双剣を鑑定すると、属性の付与が可能になっている。
「アル。その双剣は、カルラが持っている物と同じで、属性が付与できる。どうする?」
魔石に属性を付与すればいいようだ。
アルバンが属性を考えている間に、他に何かドロップがないか確認する。
エイダが、魔石を集めてきた。
それ以外には、ドロップは無いようだ。
アルバンが希望したのは、雷と氷だ。属性を付与して、アルバンに渡す。
50階層の攻略が完了した。
「エイダ!下層に向ったら、警戒範囲を広げてくれ」
『はい』
「相手に気が付かれてもいい。できるだけ、遠くで把握したい」
『わかりました』
今まで、エイダの探索に気が付いた者は居ない。
しかし、これからも現れないと思うのは間違っている。俺たちにできることなら、”できる者がこれより先には居る”と考えた方がいい。
下層に向かう。
カルラの仕入れてきた情報だと、オープンフィールドになっている。
草原フィールドだと俺たちの存在が認識されてしまう。相手との距離感が大事だ。
エイダの索敵を最大に利用して、戦闘とアタックしている人たちを避けて、下層に移動する。
草原フィールドでは、戦闘を避けていたのだが、森林フィールドになれば、戦闘が避けにくくなってくる。
なんどか戦闘を行いつつ、下層に進んだ。
キャンプ地を見つけた。
下層に向かう階段近くでキャンプを行っている。
物資の搬入が行われていた。
下層に向っている者たちへの物資なのだろう。56階層にキャンプ地が存在していることから、アタックしている階層が近い可能性がある。
パーティ単位で動いているのは、このダンジョンの設定が影響しているのだろう。
おかげで、下層に向かう階段に潜り込むことができた。
パーティ単位で安全マージンを取った状態で、キャンプ地を設営しているのだろう。
木々の隙間から、物資の集積場はしっかりと見えるような配置にはなっているが、外側への警戒はあまり強くしていない。索敵に自身がある者たちが外側の警戒をしているのだろう。
カルラの警戒網に何度かヒットしたが、階段を使って下層に向かう事ができた。
そこからは、エイダの索敵にヒットする魔物だけを狩って下層を目指した。
58階層で、戦っている者たちがエイダの索敵範囲内に入ったが、こちらに気が付いた様子は無かった。
「エイダ。何人だ?」
『18名です』
「3パーティ規模か?」
『戦っている者たちとは別の場所に、24名が居ます』
「物資を運んできたものか?」
『わかりません』
待機組なのか?
新たなキャンプ地を作る為の者たちなのか?
「カルラ。キャンプ地の体制は?」
「はい。18パーティでした。フルメンバーか、判断ができません」
キャンプ地に18パーティ。攻略の戦闘組が3パーティ?予備が4パーティ?多分、キャンプ地は、他に”ある”のだろう。同じ規模か?半分だとしても、9パーティか・・・。俺たちなら補給は大丈夫だが、補給を考えれば、2-3箇所は必要だ。すくなく考えれば、2箇所。18パーティか?
258名?
大所帯だな。これだけの人数の展開が可能な組織があるのか?地上での補給物資の搬送を考えれば、倍の人数でも驚かない。
500名。
大隊規模だ。
どのくらいの期間、潜っているのか解らないが、資金がショートしないのか?
食料が厳しくなってきている共和国で、ダンジョンの攻略を行うために食料を集めている?
攻略組の戦闘は、暫く続きそうだ。
相手の数が多い。俺たちなら、戦わない相手だ。
レッサーフェンリル。
ダメージを負うと回復を行う。そのうえで、眷属を呼び出すので、長期戦になりやすい。それでなくても、魔法への耐性が強めで動きも早い。特に、森林フィールドは、相手のホームのような場所だ。戦うのに適していない。
ボス部屋の様に、制限された領域ならそれほど難しくもないのだが、オープンで足場がある場所では戦わないほうがいい。
攻略組は苦戦している様子はないので、そのまま先に進ませてもらう。
もしかして、攻略組は索敵で見つけた魔物を倒しているのでは?
魔物を倒さなければ、ドロップアイテムは得られない。物資を運ぶためにも、資金が必要だ。資金の為には、深い階層の魔物の素材やドロップアイテムを換金するのが早い。
攻略組のベースキャンプは、61階層にも存在していた。
最前線は、一つ下の階層にキャンプを構築していた。階段付近は、キャンプに適していなかったようで、少しだけ離れた場所に構築を行っていた。
俺たちは、攻略組に気が付かれないように、迂回しながら下層に向かった。
63階層からは、索敵範囲を広げても、魔物以外はヒットしなくなった。
「アル。カルラ。エイダ。手加減は無用だ。最短で最下層を目指す」
64階層も同じ状況だ。
今までは、戦闘時に使うスキルを制限していた。
スキル発動時の音や魔物を撃退するときの波動で、同じ階層に居る者が、俺たちの行動に気が付く可能性が有ったからだ。
魔物の討伐にも時間は必要だが、これまでの階層では、人を避けていたために、時間が掛かってしまっていた。
しかし、65階層でも、誰も居ない事が判明したので、遠慮する必要がなくなった。
65階層には、階層主が居た為に、簡単に下層に向かう階段が発見できた。
階層主以外の魔物も、強くはなっているが、スキルを併用する戦い方に変更した事で、余裕ではないが、マージンを持った状態で下層に向かう事が出来ている。
66階層からも討伐の速度は落ちるが、問題なく突破ができる。
俺たちの短い快進撃は、66階層の階層主を倒して、下層に向かった所で途切れた。
「え?」
カルラの声だが、俺もアルバンも同じ思いだ。
草原エリアなのは、間違いはない。
だが、草原が”黒く”染まっている。
正確には、見渡す限り、”黒い獣”で埋め尽くされている。夏と冬のビックサイトのようだ。
今まで戦って討伐してきた”黒い獣”とは完全に違う。
動きを止めているが、種別が違う魔物が、整然と並んでいる。
数は、万は軽く越えている。
「兄ちゃん?」
アルバンが不安になるのも解る。
俺も、何が発生しているのか解らないが、このままにしておいていいとも思えない。
今までの”黒い獣”の特性を持っているのなら、階層を越える。
この種別を見ると、それほど強い魔物はいない。
今なら、俺たちなら倒せる。
見える範囲の魔物だけなら、何とかなる。
破滅思想があるわけではない。英雄でも、勇者でもない。俺は、復讐者だ。力を求めて、奴を殺す為に、力を求めてきた。
「カルラ!アル!力を貸してくれ」
「もちろん!」「御意」
「エイダ。俺を強化。そのあとは、アルをサポート!行くぞ!」
動かない木偶なら、簡単だ。動き始める前に、最大なスキルをぶつければいい。
各個撃破が無理なら、分断して、倒していけばいい。
簡単な事だ。
前に居る”黒い獣”を斬る。スキルをぶつける。簡単な作業だ。
『マスター!』
エイダの声が聞こえた。
何を焦っている。俺は大丈夫だ。まだ戦える。
『マスター!お休み下さい。既に、6時間。戦い続けています』
6時間?
まだ、戦い始めたばかりだ。
「エイダ!何を!」
『いえ、間違っていません。マスターは、6時間19分。戦っております』
エイダの冷静な声で、身体と頭の感覚が同期する。周りを見れば、夥しい魔物の死骸だけが残されている。
手や顔や身体は、”黒い獣”の体液で汚れている。
「エイダ!アルとカルラは!」
『ご無事です。2時間4分前に、アルバン様が、1時間47分前にカルラ様が倒れました』
「無事なのか?」
『はい。階段に退避しております。既に、意識を取り戻しておいでです。アルバン様が、マスターに駆け寄ろうとしましたが、カルラ様がお止めになりました』
そうか、俺は・・・。
「エイダ。”黒い獣”は?」
『不明です。マスターにご報告です。”黒い石”を発見し、解析を行いました』
「わかった」
6時間以上・・・。刃こぼれもなく、刀は鞘に納まる。
魔物たちの怨嗟は聞こえてこない。
”黒い獣”になってしまった時点で、自我が芽生える可能性はない。
エイダは、”黒い石”の解析と言ったか?
ワクチンは、既に開発済みだ。解析の必要はない?はずだ。
「エイダ。”黒い石”は何か違ったのか?」
『いえ、見た目は同じでした』
「それなら、なぜ解析を行った?」
『はい。カルラ様が、”何か違う”とおっしゃったので、解析を行いました』
「結果は?同じ物だったのか?」
『マスターが解析した結果とは異なっていました。ワクチンは作用しました』
ワクチンが作用したのなら根本は同じで、動作が違うのか?
「何が違っていた?」
『”黒い獣”への命令が、組み込まれていました』
「命令?」
『正確には、トリガーです。マスターの解析結果との違いを検証した結果、動き出すためのトリガーが仕掛けられていました』
それで単純な防御と攻撃しかしてこなかったのだな。
木偶にしては動きがないと思っていたのだが、理由が解ってすっきりとした。
「そうなると、トリガーが存在しているのだな?トリガーは判明したのか?」
『不明です』
「石は?」
『確保してあります』
無効になっているのなら、調べても何も解らない可能性がある。
しかし、”黒い石”の存在が明らかになった。それも、以前の物と比べると、機能が追加されている。
「エイダ。トリガーで、”動き出す”のだったな?」
『はい。制限が解除されます』
「万を数える魔物が暴走?”黒い獣”として?」
『マスターが倒さなければ、トリガーが発せられたら、現実になっていました』
誰かが狙っているにしても、トリガーを発する奴は知っているのか?
「エイダ。トリガーが解らないと言っていたな?」
『はい』
頭を下げて謝罪の意を伝えて来るが、俺が気になるのはトリガーではない。トリガーを発するときに、万を越える魔物たちにスキルを当てなければならないのか?現実敵ではない。
そうか、スキルが伝播するようにすればいいのか?
でも、俺が知っているスキルは、どんなに頑張っても、数キロ程度だ。念話なら距離は伸びるが、その時にはアクティブ状態にしておかなければならない。”黒い獣”を整然と並べるようにするのは、組み込めば可能だろう。
しかし、待機の状態で念話を受けるのは難しい。
それとも、ブロードキャストか?それなら、少ない情報なら・・・。
スキルを発生させる方法や、”黒い獣”に伝える方法は、解らない。
しかし、伝えた奴は、”黒い獣”に襲われないような仕組みがあるのか?それとも、何か組み込まれているのか?
エイダの話では、俺が作ったワクチンが効いたのなら、除外設定は”同族”に絞られるはずだ。”黒い獣”同士なら襲われない”可能性がある”だけだ。優先順位が低いだけで、絶対ではない。
周りが、”黒い獣”だけになっているのなら、”黒い獣”の同族で無ければ、”襲われない”ことを前提にするのは難しい。
「兄ちゃん!」「ツクモ様!」
アルバンとカルラが駆け寄ってきた。
無事な様だ。
木偶を倒すだけの単純な作業だと思っていたら、動かないだけで反撃はしっかりとしてくる。
”黒い獣”は、種別を問わない。66階層に居るとは思えない魔物まで含まれている。
「アル。カルラ。悪かったな」
「いえ、大丈夫です。ツクモ様は?」
カルラが俺の前まで来て跪いて謝意を示しながら、質問をしてきた。
報告をしなければならないのだ。状況はしっかりと把握したいのだろう。
「大丈夫だ。硬い魔物も居たが、動きが鈍い上に連携がないから、余裕ではないが、かすってもいない」
カルラが、濡れた布を取り出して、俺に渡してきた。
身体に着いた体液を拭けという事だろう。
アルバンを見ると、悔しそうにしている。
この階層は、エイダやカルラが感じた所では、”黒い獣”以外には魔物はいないようだ。”殲滅する”ことに決めた。
俺は1人で、カルラとアルは一緒に行動する。エイダは、下の階層に向かう場所を探している。
2時間後に、エイダから連絡が入った。
下層に繋がる場所を見つけたらしい。
そこには、階層主は居なかった。
下層に向かう階段だけが存在していた。
黒い獣の集団を駆逐して、下層に向う。
次の階層には、魔物は居なかった。予想はしていた。黒い獣の集団は、一つの階層だけの魔物ではなかった。
「エイダ。黒い石が無いか調べてくれ」
『了』
下層に向う階段を探しながら、黒い石を探す。
階段を見つけるまでに、13個の黒い石を発見した。実際には、もっとあるのだろう。エイダの探索にも限界はある。
黒い石が機能していることから、このダンジョンも制御室があるはずだ。
最下層に設置されているはずの、制御室で”黒い石”を一斉に駆除したい。一斉の駆除が可能なら・・・。
何も、得られない状態で階層を降りた。
魔物は、黒い獣を駆逐してから遭遇していない。
本当に、あの階層に集まっていたのか?
ポップもしてこないのか?
疑心暗鬼になってしまいそうだ。
俺は、俺たちは、何か対応を間違えたのか?俺の作ったワクチンではダメだったのか?人為的に引き起こされた現象ではなく、ダンジョンの意思だったのか?
ダンジョンの中なのに、魔物が出てこないと不安に感じてしまう。ダンジョンの仕組みを知った気になっていたが、まだ隠された機能がある。
黒い石には、俺が、まだ気が付かなかった権能があるのかもしれない。
『マスター』
「どうした?」
『下層への階段があります』
エイダが発見したのは、下層への階段だ。
「わかった」
この草原の階層でも、数個の黒い石が発見できただけで、魔物は存在しなかった。
それだけではない。
少しだけ気になって確認をしていたのだが・・・。
「カルラ。採取はできたか?」
「いえ・・・」
草原フィールドなら、採取が可能な物があるのだが、有益な物はもちろん、必要のない草を採取しようとして、地面から切り離すと、消滅してしまう。
唯一、採取というか・・・。汲み取れたのは、池の水だけだ。
木になっていた果物らしき物も、木から切り離すと消滅してしまう。
「わかった」
何かが発生している
エラーなのか?
それとも、これが正常なのか?
仕様書が欲しい。設計書が・・・。
「兄ちゃん?」
アルバンが、下層に向う階段を指さして居る。
魔物は見られない。やはり、階層主も居ないようだ。
「どうした?」
俺は、階段に向って歩き始める。
「え?」
「え?兄ちゃん?見えないの?」
カルラにも、何かが見えているようだ。
俺にだけ見えない?
「エイダ!」
『マスター。階段の前に、扉が存在しています』
扉?
アルバンに誘導されるように近づくと、確かに何かが存在している。
しかし、俺には何も見えない。
どういうことだ?
カルラにも見えているようだ。
しかし、カルラとアルバンでは扉の色が違っている。
俺とエイダ以外が、扉に触ると、微弱なダメージが入る。
エイダでは扉は開けられない。
俺では、扉が見えない。
カルラとアルバンでは、扉に触ると継続ダメージが入る。
階段があるのは、俺には見えている。
扉を攻撃してみるか?
「カルラ。アル。少しだけ下がってくれ、扉を攻撃してみる。状況を見ていてくれ」
「はい」「うん」
まずは、火からだ。
確かに、扉がある。階段に吸い込まれる寸前で、何か着弾している。
感覚的に、ダンジョンの扉だと思える。試しに、壁になっている部分に同じ威力の魔法をぶつける。
多少の違いはあるが、同じような挙動をしめす。
「ダンジョンの壁のようだな」
カルラもアルバンも同じ意見だ。
そうなると、何かのトラップになっているのだろう。ダメージが入る扉は、今まで見た事がない。
「ねぇ兄ちゃん」
「なんだ?」
「おいらとカルラ姉が兄ちゃんを誘導して、扉を開けるのはダメ?あと、さっき気が付いたけど、カルラ姉とおいらでは、ダメージの種類が違うように思う」
「そうか?」
カルラとアルバンが俺の攻撃を見て、違う色に見えたことから、カルラとアルバンで継続ダメージを離したら、違っていることが判明した。
もしかして、俺が正しいのではなく、俺がイレギュラーな存在なのか?
流れを見ると、俺が正しくて、カルラとアルバンが間違っているとは思えない。
扉が見えるのが”標準”で、扉のダメージを受けないようにするのが、このトラップの意味なのでは?
カルラとアルバンの違い。
性差は存在している。種族も違う。しかし、俺が見えていないことから、アルバンと俺の違いに性差や種族の違いは当てはまらない。
エイダにも扉があることは認識できている。
しかし、エイダにはダメージが入らない。扉を開けることもできそうもない。
属性か?
俺は、全ての属性を持っている。だから、ダメージが入らない?
「アル。今から、アルに属性を付与する。扉の変化を報告してくれ」
「わかった」
実験の結果、属性が扉の色に影響しているのがわかった。
上位属性を付与しても、状況は変わらない。しかし、全部の属性を付与すると、扉が消える。
俺が見えない理由はわかった。
次は、罠の解除に取り掛かる。属性を付与している時に、”もしかしたら”レベルだが解ってきた。
実験を継続した。
俺の想像通りだ。
CMYKに属性が対応している?
”火”=C
”風”=M
”水”=Y
”土”=K
まぁ違っていても困らない。どうせ、パターンが解らないのだから、全部のパターンを試す。
値の調整は難しそうだ。
そして、扉を開けるには?
今の状況では、四属性の攻撃を値合わせで行えばいいように思う。
これは、プログラムを作れば、それほど難しくない。
エイダを入れて、4つの属性が攻撃できる。タイミングを合わせるのは、トリガーを設定すればいい。
込める魔力が違っても、プログラムで調整を行えばいい。
端末を起動して、簡単にスクリプト程度のプログラムだ。それほど時間は掛からない。パラメータで、数値を渡せるようにしよう。
この罠?は、今までにないまっとうな物だ。
この場所には、本来はフロアボスが出ているのだろう。戦ってから、次にポップするまでに、罠を解析して、理解して、対策を行わなければならない。かなり、難しい。俺たちは、この場で魔石にプログラムを入れ込んで実験を行うことができる。
何度目の調整で、扉が白く浮かび上がった。
俺が見えたということは、罠の解除に成功したのだろう。
割合を見ると、Kに込めた魔力を100とすると、CMYが40だ。
リッチブラックの割合か?記憶に間違いが無ければ・・・。だけど・・・。
憶測は意味がない。
白くなって表示した扉は、俺が触っても大丈夫だ。カルラやアルが触っても大丈夫。
さて、開ける方法は?
「旦那様。押しても開きません」
そうだよな。
俺が力を込めてもダメだ。
扉を眺めていると、色が薄くなっていく、そうか、制限時間があるのか?
もう一度、同じ攻撃を当てれば、白い扉が現れる。パターンの変更は無いようだ。よかった。
反対色をぶつけてみるか?
リッチブラックの反対は、ホワイトでいいのか?色は詳しくないから解らない。
総当たりで試すしかないか・・・。
全部を0にするのはプログラムが書けないと無理だ。
0の属性を放出する?
扉が開いた。
できたから、深くは考えない。もしかしたら、各属性を持った者が扉を押せば開いた?
今の階層が終わりだと嬉しいが・・・。
違った。
今度は、普通の階層だ。
エイダがいうには、70階層だ。
階層は、洞窟に変わって、道が続いている。
奥には、大きな扉があるだけだ。
扉を開けると、オルトロスがこちらを睨む。
「アル!カルラ!できるか?」
「もちろん!」「はい」
二人の返事を聞いて、部屋に踏み込む。
「中央を、俺。赤い瞳をカルラ。青い瞳をアル。エイダは補助。行くぞ!」
何をしなければいいのかは解っている。
オルトロスとは、ウーレンフートで戦っている。
対処も解っている。
3つの頭が同時に咆哮をあげる時にだけ注意すれば、あとは中央を攻めている者に前足の攻撃が付与される。それ以外は、尻尾と後ろ足にだけ注意すれば大丈夫だ。
先に、カルラが攻めていた赤い瞳を持つ頭が沈黙する。
そうなると簡単だ。直後に青い瞳の頭も沈黙する。
「アル。カルラ。離れろ!」
二人が離れたのを確認して、刀を構え直す。
雷属性を纏って、足を飛ばす。あとは、作業だ。攻撃に注意しながら、ダメージをあてる。
アルとカルラも、持っている遠距離の攻撃手段でダメージを与える。
扉に入ってから、40分。
オルトロスは光の粒になって消えた。そこには、魔法陣が一つと、奥に繋がる扉が現れた。
どうやら、最下層の攻略に成功したようだ。
透明な扉は突破した。
最下層のボスは討伐した。
奥に進むための扉が開かない。
扉は、鍵がかかっている状況には思えない。
両開きの扉で、隙間があり、閂などが見えない。ダンジョンのギミックで、扉が閉められていると考えるのが妥当だろう。
扉の近くを探していると、後ろに気配を感じた。
「兄ちゃん!」
アルバンの声に驚いて、後ろを振り向くと、先ほど倒したオルトロスが現れた。
まだ臨戦態勢ではない。
時間の問題だろう。
オルトロスが現れたと同時くらいに、調べていた扉が消えて、壁に変わる。やはり、オルトロスと扉は連動しているのだろう。オルトロスが階層主だと考えて大丈夫だ。それなら、なぜ扉が開かない?
いや、今は、扉を考える時ではない。
目の前に現れたオルトロスに対応しなければならない。
「アル!カルラ!」
二人に声を掛けると同時に、オルトロスが咆哮を上げる。
戦闘は回避できないのか?
扉を探す時間にタイムリミットがあるのか?
それとも、ボス戦を繰り返さなければ、扉が開かないのか?
迎撃の準備をする。
どうやら、初手はこちらに優先権があるようだ。オルトロスは、咆哮をあげてから動いていない。
ボス部屋に居れば、初手は譲られるのか?検証はしたくないが、検証した方がよさそうな状況だ。
まずは、倒してから考える。
今の状況では、倒してもまた復活してくるだろう。
「いくぞ!」
「はい!」「うん」
「エイダ。補助を頼む」
『了』
オルトロスは、先ほどと同じか、それ以下の時間で討伐ができた。
初手がとれたのが大きい。不意打ちではないが、不意打ちに近い効果があった。ノックバックを起こしてダウンしたオルトロスを総攻撃した。
大きなダメージは入ったが、倒すまでには至らなかった。
しかし、安全に倒す事ができた。無理をしないで、倒せるのなら、安全に倒したい。
安全なマージンを確保した上で、倒せるので大丈夫だろう。
オルトロスが倒れると、扉が現れる。
扉は、やはり開かない。
「兄ちゃん。扉の隙間が少しだけ広がっていない?」
アルバンに指摘されるまでもなく、俺も広がっていると思っている。最初の隙間は、指が入る程度だ。隙間が広がっているのは目視でも確認ができる。
広がった幅は目測で2-3cm程度。人が通られるようになるのには、50cmだと考えても、25回近くはオルトロスと戦わなければならない。初手で攻撃ができると言っても、必ず安全だとは言い切れない。
何か、扉が開くトリガーが別にあるはずだ。
「マナベ様?」
隙間を見て考え込んでいたら、カルラが近づいてきて、心配そうな声で話しかけてきた。
別に落胆しているわけではない。
「悪い。カルラ。入口から壁を調べてくれ」
ボスを倒して扉が開く仕組みなら、どこかにトリガーがあると思う。
それとももっと単純な仕掛けなのか?
「はい?」
カルラは、少しだけ反対の意見を持っている時の表情をしている。
それとも疑問があるのか?
「疑問に思うのは当然だ。でも、フロアボスを倒し続けるだけが、扉を開ける為の方法だとは思えない」
「それは・・・」
カルラの中でも、何が最適解なのか出ていないのだろう。
まだボス戦も2回目だ。このまま調べないで、状況の推移をみまもるとしたら、ボスを倒し続けるしかない。最適解だとは思えないが、何もヒントがない状況では、ボスを倒しながら部屋を調べるしかない。
「カルラ。もし、フロアボスに連動しているのなら、ボスが次に出現する間隔が、短くてもいいと思える。部屋の探索ができるだけの時間があるのが、解らない」
他にも、扉が出現してくるのは解るが、開いていないのが解らない。
見落としている何かがあるのか?
「それは、次のボスに備えて、体力を戻すための時間なのでは?」
たしかに、カルラの考えも納得ができる。
それなら、入口の扉が閉まっている理由にも納得ができる。
「そうかもしれない。でも、俺には、部屋を探索する時間に思える」
「わかりました。壁を調べます」
俺たちは、休息が必要になるほどには疲れていない。
そのうえで、ダメージも軽微だ。次が出現するまでの時間に、探索を行えばいい。何もなければ、ボスを連続で討伐するだけだ。
「頼む。アル。カルラと協力して、壁を調べてくれ」
「うん!兄ちゃんは?」
「俺は、エイダと床を調べる」
エイダと床にサーチを行う。
階層主の部屋は、広いまだ入口近くしかサーチが出来ていない。
それでも、3回目のボス戦が始まってしまう。
ボスは、やっぱりオルトロスだ。
3度目のボス戦を終えて周りを見渡す。
通常なら、入ってきた扉が開かれるのだが、扉が開いた様子はない。
「アル。入ってきた扉は、開くのか?」
気になっていたことを、アルバンに聞いておく、撤退の必要性はないが、撤退が必要になった場合に、何も手がないのでは困ってしまう。
この状態でも、10日程度なら耐えられるとは思うが、寝る時間が必要だ。
寝る時間の確保ができなければ、脱出を考える必要がある。
「うん。開く」
「そうか・・・」
通常の部屋なら、ボスを倒すと、出口が示されるのと同時に入口も開く。
アルバンが扉を開こうとすれば、開くようだ。
3回目の戦いの後も同じ状況になっている。
徐々に扉の隙間は広がっている。外に出なければ、大丈夫なのか?それとも、永続的に広がっていくのか?
4回目/5回目と、続けてオルトロスを倒した。
扉は広がっている。
床にも壁にも仕掛けを見つけることが出来ていない。
これは、カルラの説が正しいか?
ボスの出現時間が徐々に伸びているように思える。やはり、連続でボス戦を行うのが最適解か?
6回目で、出現するボスが変わった。
腕が4本ある熊
フォースアームズベア?初めて対峙するボスだが、カルラが特性を知っていたために、問題なく討伐ができた。
壁や床を、もう一度だけチェックしたが、仕掛けは見当たらない。
担当を入れ替えて、確認しても同じだ。
ボスの撃破が、扉を開ける最適化なのだろう。
4本腕の熊の相手は、予想通りに5回。
次に現れたのは、レッサー・ベヒモス。
対処は解っている魔物が続いているので、俺たちの負担も少ない。
しかし、通常ならこんなにボス戦は連続で行わない。
ボスの強さで扉の開く幅が違うのか、押し込めばエイダだけなら通過できるくらいには広がった。
しかし、エイダが扉の先を見てみると、何もない空間が広がっているだけのようで、扉がしっかりと開ききるまで、扉の先にはいけないような仕組みのようだ。少しだけ考えれば解ることだ。俺が、このボス部屋のデザインをしても、既定の回数をこなさなければ先には進ませない。
10回目からは、レッサー・ファイア・ドラゴン。
初めて対峙したが、レッサーだけあって、動きも単純で、ダメージ蓄積でパターンの変更もなく、倒せた。モーションが大きく予測が簡単だった。
レッサー・ファイア・ドラゴンからは、出現する場所に魔法陣が表示されるようになった。
魔法陣の上に立っていると、レッサー・ドラゴンが出現しないことに、12回目の対峙で解った。
レッサー・ドラゴン種は、属性が変わるが、攻撃パターンの変更はなかった。
これで、疲れた場合には連続ボス戦を途中で休憩を挟むことができる。
救済措置なのか、わからないが利用することにした。
既に、15回目が終了している。
深刻なダメージは負っていないが、精神は疲れ始めている。そこで、15回目が終了した時点で休憩を挟むことにした。
順番に仮眠を取ってから、16回目に挑んだ。
回数にして、25回目の討伐を終えて、魔法陣が表示されていた場所を見ると、鍵が出現した。
そして、大きく広がっている扉の奥に鍵穴が出現した。
鍵穴だけが宙に浮いているような不思議な情景だ。
数日は覚悟していた。面倒なボス部屋のギミックだ。
やっと次の階層に向う事ができそうだ。
制御室に繋がる部屋だと嬉しいのだけど、通常だと地上に戻る方法が提示されるはずだから・・・。
扉を抜けると、階段が見えた。
下の階層に向うようだ。
降りていくと、途中で二つに別れていた。
一つは、扉で塞がれている。
もう一つは、扉はついていない。
「扉がないのは、地上に戻る部屋か?」
「わかりませんが、その可能性が高いでしょう」
扉に触れると、面倒な”箱”が現れた。寄木細工だ。
「兄ちゃん?」
「ん?アル。やってみるか?」
「うん!」
アルバンに寄木細工の箱を投げ渡す。簡単に説明をするが、俺もそこまで詳しくない。
振ると、何か入っているのが解るが、そのまま蓋を開けたのでは、鍵は取り出せない。
俺も、何度か触ったことがある程度だから自信はないが、それほど複雑な細工はないと思っている。
そんな考えが俺にもあった。
甘かった。
途中で、箱の破壊も考えたが、ダンジョンのオブジェクトになっているようで、破壊ができない。思いっきり切りつけても傷が付かない。もちろん、スキルも意味がない。
動かせる場所は4箇所。4箇所がスライドする。スライドは、7段階。その組み合わせなのか、順番なのか?
アルバンは、途中で飽きてしまった。
カルラも試したが、自分には向いていないと早々に諦めてしまった。
最終的に、この手の単純作業に向いているのは、エイダだと結論が出た。
エイダが黙々と試している。こんな面倒だったか?もっと楽しかった思い出がある。
2時間後、エイダが鍵を取り出した。
寄木細工は、鍵を取り出したら消えてしまった。欲しかったがしょうがない。
扉を開けて、階段を降りると、俺たちの予想通りに、制御室に辿り着いた。
「X1turbo?それに、X68Kか!SUPERか!SCSIインターフェースがある!PROでもいいけど、やっぱりSUPERだな」
奥を見ると、ポケコンの山が出来上がっている。
これは嬉しい。宝の山だ。
MZシリーズまである。シャープの展示場か?
え?あれは・・・。SM-UX8000?嘘だろう?UNIXを積んだ機種だ。
俺も、実物は触ったことがない。博物館か?
ふぅ・・・。
興奮してしまった。
「旦那様?」
「なんでもない。ポケコン・・・。そっちの山になっている物を頼む。エイダ、いつものように、ウーレンフートに繋いでくれ」
『了』
これからは、手慣れた作業だ。
問題は、データの互換性があるのかだけど、大丈夫だろうと勝手に思っている。
今までも、PC88やPC98でダンジョンが動いていたことがあった。
管理端末の入れ替えを行って、徐々にデータの移行を行えば多少の問題は発生したが、移行は完了した。
今回は、最難関だけあって、X68Kに拡張ボードが入っている。
管理している端末のスペックに依存した深さになるのだろう。
概ねの感触なので、間違っているのかもしれない。
『マスター。ボスと仕掛けはどうしますか?』
「最下層のボスと仕掛けは継続」
『了』
あのボス戦は面倒だけど、考えられている。
確かに、途中で辞めてしまいたくなる。
「エイダ。ボス戦だけど、途中で、地上に戻る魔法陣は出せるか?」
『可能です』
「頼む」
『了』
設定を変更して、ウーレンフートに繋ぐ前に、”黒い石”の調査を行う。
全フロアのチェックなので時間が必要だ。
「旦那様。お食事にしますか?」
俺の返事を聞く前に、カルラが準備を始めている。
確かに、時間を考えれば、食事をして仮眠をとっても十分な時間だ。
エイダに後を任せて、仮眠をすることにした。
「旦那様」
カルラが起こしに来たようだ。
「終わったのか?」
「はい」
カルラでは、正確なことは不明だろう。
作業していた場所に向うとエイダがケーブルを繋げて作業を行っている。
「エイダ」
『マスター。移行作業は終了しました。黒い石の探索および駆除も終了しました』
「そうか、黒い石は?」
『37個の存在を確認。動作していた物は、13個でした。駆除は終了しています』
「魔物は?」
『駆除が終了しています』
「わかった。移行は・・・」
見れば、ヒューマノイドが居るのだから、ウーレンフートと繋がったのだろう。
ネットワークの構築も終了しているようだ。
以前に伝えたように、サブ拠点として使えるように、ハードウェアを持ち込んでいるようだ。
「ネットワークの構築か?」
『是』
ウーレンフートが落ちた時のためのバックアップ環境が欲しかった。
確かに、このダンジョンがボスの難易度から適切だろう。
「エイダ。前室を作って、ダミーの制御室を作ろう」
『是』
エイダがヒューマノイドたちに指示を出して、部屋を構築する。
俺たちは、何もすることがないから、作業を見ているだけだ。
もう少しだけ寝ていられるな。
今日は、寝て過ごそう。
「カルラ。アル。俺は、もう少しだけ寝る。自由にしていいぞ?あっ外には行くなよ」
「うん」「はい」
丁度、パイプ椅子が3つあったので、贅沢に3つ使って寝る事にする。
二つだとバランスが悪い。3つあれば寝るのには十分だ。
カルラは、連絡用の資料をまとめるようだ。
アルバンは、何もやることがないので、前室に戻って訓練をすると言っていた。
まぁ問題はないだろう。
ボス戦のトリガーを引かなければ大丈夫だ。
階段を使った模擬戦を行うようだ。
「旦那様。旦那様」
カルラが、パイプ椅子の前で跪いている。
「ん?カルラ?」
「はい。エイダから、旦那様にご報告があるようです」
エイダから?
なら、エイダが起こせばいいのに、何か問題が発生したのか?
「どうした?」
エイダは、相変わらずコネクトした状態で作業を行っている。
『マスター。前室の設置が終了しました』
前室の設定は終了したのか?
前室の様子はモニタリングが出来ているようだ。
既に、X1turboやX68Kは持ち出されている。
移行も終わったようだ。細かい設定は違っても、問題にならない。問題になっても、なんといっても、不思議空間のダンジョンだ。大騒ぎするほうが問題だと思われてしまう。
「わかった?それで?」
『はい。予期せぬことですが、ダンジョンの中にダンジョンが発生してしまいました』
「ん?ダンジョン?それは大丈夫なのか?」
『ログを調べていますが、大きな問題にはなっていません。リソースの食いあいも発生していません』
ログ?
モニターには表示ができないのか?
「何が違う?」
『設定が違うダンジョンの設置が可能です』
「ん?ウーレンフートでもできるのか?31階層を海にするのとは違うよな?」
『はい。処理の分散が可能になります』
「うーん。わかった。ひとまず、現状を維持、様子を見よう。あっ!前室は、スタンドアロンだよな?」
そうか、それでログでの監視になってしまうのだな。
ログを見るためのツールが必要になりそうだ。
面倒だな。現状で監視を強化しておこう。
端末で見ていないと、リアルタイムでの監視ができない。ログでは、タイムラグが出てしまう。問題にはならないとは思うが・・・。
『はい』
「わかった。遊びのダンジョン以外では、メリットが少ない。ここも、あまり大きくならないように調整してくれ」
『了』
ログだけなら、リモートでも確認ができる。
これで、設定は終わったかな?
最初に決めていた通りに設定が行われた。
これで、このダンジョンからもドロップが渋くなる。採取も難しくなるだろう。
パーティーの問題は、何も設定が行われていない。
デマではないが、偶然が続いたことで、禁則事項になったのかもしれない。
ダンジョンの設定には、人数で区切っている場所は見当たらない。
引き続いて、ヒューマノイドタイプには調査をしてもらっている。該当するような機能が見つからなければ、設定を作ってもいいと思っている。少しだけ厄介だが、スタート時点のプロパティを監視すればいいだけなので、出来そうな気がする。
さて・・・。
「カルラ!アルを拾って、地上に帰るか?」
「かしこまりました」
階段で、ヒューマノイドタイプと模擬戦をしていたアルバンを拾って、もう一つの階段を降って、魔法陣が書かれた部屋に辿り着いた。
地上には一気に戻らなかった。最下層のボスが居た場所には、魔法陣が出現している。
一気に戻る方法は存在している。戻る場所がダンジョンの外側に設定されているために、使うのを躊躇っていた。エイダの解析でも、設定の変更は不可能だと言われてしまった。ダンジョンに組み込まれている機能のようだ。オーバライドが可能かもしれないが、解析を行って、組み込みを作るのなら、俺たちしか使わないことを考えれば必要がない。入口近くに転移するゲートを設置したほうが合理的だ。
「カルラ。アル」
二人を呼び寄せて、俺の考えを伝える。
「兄ちゃん?わざわざ?」
「そうだ。エイダが、ダンジョンに接続が完了しているから、”人”の把握が出来ている」
「人を避けて、途中から戦っている所を見せながら戻る?」
「そうだ。俺たちが、中層で戻ってきたと印象を植え付ける。必要があるとは思えないけど、何か言われた時の為に・・・」
「解った。中層なら、おいらだけでも対応ができるけど・・・」
「そうだな。カルラと一緒に戦うようにしてくれ。あと、ときどきで構わないから、エイダと戦ってくれ」
カルラを見ると頷いているので、俺の意図は伝わったのだろう。
最下層には行けないが、中層では困らないくらいの力だと思わせておきたい。深層では、戦えないから、中層で討伐を行って、採取をしていた。その程度の実力だと思われるのが丁度いい。
自分から、吹聴する予定はないが、カバーストーリーは必要だ。
それに、このダンジョンに面白い物が流れ着いていた。
転生する前にも持っていたが、プログラムを作る前にこっちに来てしまった。数年前から商品としては存在していたが、実用に耐えられる物になってきた所だった。
商品としてはARグラスだが、HMDと一緒になったシリーズだ。
装着した状態での戦闘は不可能に思える。情報を表示しながら作業を行うのには、適したソリューションだ。音声認識やハンドゼスチャーが組み込まれているだけでも意味がある。他のARグラスと違って、他のデバイスとの接続が必要なく、最低限のことは本体に組み込まれている機能で実現できる。
今は、エイダに協力してもらって、ダンジョンの情報を表示するようにしてある。
マップを表示して、人と魔物を表示している。
「アル!次は、右だ」
「うん!」
俺が後ろで指示を出して、アルバンとカルラが討伐を行う。
潜っている奴らも表示されているから、避けるのは簡単だ。
20階層程度から、人が近くに居る魔物を狙って討伐を行って。
印象を持たれるような行動をしている。
それでなくても、3人とエイダだけで行動している。特に、戦闘は目立つだろう。
地上まで戻ってきた。
ドロップ率は、徐々に絞るようにしているから、まだ問題には発展していない。
地上では、相変わらず、ダンジョンに入る者たちの審査?が行われている。
俺たちと同様にダンジョンから出て来る者たちは、何かしらの採取品を持っている。
俺たちも、カルラとアルバンが採取した物を持って、ダンジョンの入口近くに居る商隊に売りに行った。相場を調べる意味があり、今までも全部ではないが、採取した物は売るようにしていた。
徐々に値段が上がっている物が多くなっている。それだけではなく、採取リストを配り始めている業者も現れている。
絞った状況で、影響が現れ始めている。しっかりと記憶していなければ、解らない程度だが、物資が足りなくなってきている。供給量が大きくは減っていないことから、まだ大きな混乱にはなっていない。
カルラとアルバンが、売りに言っている最中に、俺は物資の補給という名目で何店舗か、露天商に話を聞いたが、”よく売れるようになってきた”という話だ。よく売れるから徐々に値段が上がっている。露天商も、値段が上がっていると認識はしているが、問題だとは思っていない。仕入れは、大きく値段が上がっていないのだろう。
カルラとアルバンが、戻ってきた。カルラが、アルバンに何かを言っている。
俺を見つけて、アルバンが駆け寄ってくる。
「兄ちゃん?」
アルバンが少しだけ不安な表情で俺の所に来た。普段では見せない表情だ。カルラを気にしているのか?
カルラを連れている事から、カルラが主体でなく、アルバンが主体なのだろう。カルラは、アルバンの後ろに控えるように立っている。アルバンに任せるようだ。
「どうした?」
深刻な表情だけど、すぐに何かが発生している状況ではないだろう。
もし、即座の対応が必要なら、アルバンではなくカルラが俺に報告してきて対応を決めるように言ってくるだろう。
「うーん」
アルバンの表情を見ると、どうやって説明していいのか困っている感じだ。
「アルバン?何か、引っかかったのなら報告をしなさい」
「カルラ。いいよ。それで、アル。何か、気になったのか?」
多分、カルラに話をした時に、うまく伝わらなくて、痺れを切らしたカルラが俺の所に報告に行くように話をしたのだろう。
「うん。おいらの勘違いだと思うけど・・・」
アルバンが周りを気にしているので、エイダがスキルを発動した。
結界ではないが、俺たちの声が周りに漏れないようにした。
アルバンが感じたのは、ダンジョンの中での視線だ。視線の中に、不思議な視線を感じたようだ。
「カルラは感じたのか?」
俺の質問にカルラは首を横に振る。
俺も感じなかった。
感じなかったが、もしかしたらARグラスに夢中で・・・。
そんなことが・・・。あり得る。新しい玩具が楽しくて、いろいろ試していた。安全な状況になってからは、ARグラスでいろいろと情報を表示させて遊んでいた。そのうちARグラスで、”戦闘力5か、ゴミめ”遊びをやろうと考えていた。
ステータスは存在していないが、戦闘力は数値化できる可能性は残されている。どうせ、数値化は考えていた。戦闘力という曖昧な物なら、それほどおおきな影響はないだろう。戦闘力以上に、経験が関係してくるの。経験の数値化は無理だと思っている。現状のスキルの状況から、係数で疑似的な”戦闘力”を算出ができる。はずだ。
「アル。他には、何か感じたのか?」
「うん。一人だけ、異様な雰囲気・・・」
「アルバン。”異様”では解りませんよ!」
カルラは、アルバンに報告の仕方を教えようとしているのか?
それとも、自分が感じられなかった事を、アルバンが感じたのが気に入らないのか?
「ゴメン。兄ちゃん。黒い石に侵された魔物に似た雰囲気があった。でも、人しか居なかった。それに、黒い石もなかったから・・・」
人から黒い石の雰囲気?
魔物が変異するのと同じで、人も黒い石に侵される?
でも、そうなると、人にもプログラムが作用することになってしまう。その時の、動力源は?魔石を埋め込んでいるのか?それとも、人にプログラムを埋め込むことができるのか?
纏っていただけなら、”雰囲気”とはアルバンは感じないだろう。
魔石を使った武器や防具は存在している。それを持っていただけか?
「どの辺りだ?」
「ん?あっ・・・。たしか、2階層だと思う。おいらとエイダで戦っていた時だから・・・」
アルバンは、少しだけ考えてから、2階層と答えた。
2階層で、魔石を使っている武器や防具を装備している連中が居るとは思えない。
「感じたのは、その時だけか?」
「うん。1度だけ、それも、一瞬だから、勘違いかも・・・」
一瞬というのがまた気になる。
ON/OFFができるのか?アルバンの勘違いだと考えるのが簡単だが、アルバンの雰囲気から、黒い石と同じような雰囲気を持った”人”が居たのだろう。俺が、アルバンを疑う理由はない。
”居ない”と考えて行動するよりも、”居る”と考えて行動方針を決めた方がいいだろう。
「わかった。アル。2階層だな?」
「うん」
2階層なら、今日と明日だけ監視をしておけばいいだろう。
深く潜るのなら、エイダの監視網にヒットする。ダンジョンは、俺たちの監視下にある。出て来る奴らを監視すればいい。
「アル。カルラ。暫く、ダンジョンの出口を見ていてくれ、出てくる奴らを監視してくれ」
二人に指示を出して、俺は、ダンジョンの入口に並んでいる連中を観察する。
黒い石を持ち込んでいる連中が居るのなら、ここに並んでいる可能性が高い。
露天商や商隊には、黒い石を扱うメリットはない。”ない”と考えて大丈夫だろう。ないよな?
観察を続けたが、エイダからの報告でも、それらしい反応を見つけることが出来なかった。ダンジョンの内部に、黒い石や関連する物も発見が出来ていない。
アルバンとカルラには、ダンジョンに入ってもらって、低階層を周ってきてもらった。
列は途切れないが、ダンジョンから出たばかりの者には救済処置が存在している。
話を聞くと、補給を行うために出てきて、並びなおしている間に、ダンジョンの中で待っている者たちが死んでしまった事例が重なって、ダンジョンから出た当日と翌日は簡単な検査だけでダンジョンに入ることができる。らしい。抜け道として利用ができそうが、一度、不正な利用だと判断されてしまうと、次から検査が厳しくなるだけではなく、最悪はダンジョンへの入場が出来なくなってしまう。
「兄ちゃん?どうする?」
アルバンが、ダンジョンから戻ってきた。
俺とエイダが出口を監視していたので、近づいてきて話しかけてきた。
「そうだな。仕込みが終わったから、帰るか?」
ダンジョンを監視するモジュールの設定だが、全階層を監視対象にしたので、展開を行う時間が必要だった。
「そうですね。余裕を考えれば、タイミングはよろしいと思います」
カルラが言っている”タイミング”は、王都に向かうタイミングだ。
力をつけるために、時間を貰った。約束の時間が近づいている。大凡のタイミングは確認していたが、カルラがいうのなら、タイミングはいいのだろう。
「うん!」
アルバンは嬉しそうにしている。王国に戻るだけだが、面白くない調査を行っているよりも、王国に移動した方が”楽しい”と思っているのだろう。
俺は、エヴァンジェリーナ・スカットーラに会って・・・。
そのあとは、ユリウス・ホルトハウス・フォン・アーベントロートやクリスティーネ・フォン・フォイルゲンと話をするために、ライムバッハ領に移動か?
アルバンとカルラは、どうするのだろう?一緒に行動してくれたら嬉しい。クリスティーネに聞いてみるのがいいかな?
カルラの表情を見ると、何かいいたいのだろう。
それとも、俺が何か忘れているのか?
「カルラ。何かあるのか?」
「アルトワ・ダンジョンは、どうなさいますか?」
アルトワは、ウーレンフートの支店?のような役割になっている。
バックアップだと考えれば、維持しか選択肢はない。
「維持だ」
「一度、アルトワ・ダンジョンに向かいますか?」
カルラが提案してきたということは、その位の余裕はあるのだろう。
バッファーがどの程度だと考えているのか解らない。遅延しないで到着しても大丈夫だろう。早く着くのなら問題はない。遅くなって、エヴァンジェリーナを待たせるのは、最悪だ。散々、待たせているのに、これ以上、待たせたくない。
例え、数日でも・・・。俺が反対の立場なら、”約束の日”までは我慢するが、”約束の日”を過ぎれば、探しに出るだろう。
「そうだな。アルトワ町に寄って補給をしてから、アルトワ・ダンジョンの確認をして・・・。俺たちが居るべき場所に帰るか?」
「うん!」「はい」
カルラもアルバンも、俺の決定で問題はないようだ。
『マスター』
エイダ?
俺が抱きかかえて、辺りを見回していたエイダから警戒のサインが出された。
『結界を破壊した者が居ます』
『どこの結界だ?ダンジョン内か?』
『いえ、今、マスターたちを囲っている結界の外側です』
今、俺たちを囲っているのは、身体の近くに物理・スキル結界が張られている。その外側に、通常結界を展開して、その外側に、解りやすいように遮音・認識阻害の結界を展開している。
エイダの説明では、遮音・認識阻害の結界が破壊されたようだ。
この結界は、ある程度の力がある者か、同種のスキルを展開している者か、結界を無効にするアイテムを身に着けている者なら、難しくない。
あえて、解りやすく展開しているのは、力量を示す意味もある。
認識阻害の結界を展開しているので、結界を突破できない者には、結界さえ認識できない。はずだ。
『エイダ。方向は?』
『6時の方向。後ろです』
近づいてくる様子はない。
後ろの気配を探るが、ダンジョンから帰ってきたと思える者が居る。近い場所に居るのは、6人?パーティか?その近くにも、数組のパーティが居る。その中の誰が、結界を破ったのか解らない。
そもそも・・・。
偶然なのか?俺たちを狙ったのか?地上で結界が展開されていたから、近づいたのか?
アルバンとカルラを、俺の正面に移動させる。
「あっ!」
アルバンが、俺の後ろに居る奴を見て声を上げる。
「アル?」
「おや?貴方たちは?」
男の声だ。
聞き覚えがある声だけど、どこで聞いたのか・・・。記憶を手繰るが、思い出せない。
しょうがない。話しかけられたので、アルバンにエイダを渡して、後ろを振り向く。
「・・・。あっ!ダンジョンに入る前に話しかけてきた・・・」
後ろから話しかけてきた男だ。
エイダからの報告では、結界を破ったのは、”この男”ではない。後ろに居る奴だ。アイテムを身に着けていると判断している。
ダンジョンに入る前よりも人数が増えている?
「おっ覚えていた?」
少しだけテンションが高いか?
名前は聞いていない。
聞いていたら、エイダが教えてくれる。
「はい。お名前を伺っていなかった・・・。ですよね?」
「あぁ君たちは、特徴的だったから覚えていたよ。それで、ダンジョンでは何か得られたのか?」
マナーとしては、ギリギリだろう。
「えぇまぁ旅費の一部が戻ってくる程度には・・・」
「それは羨ましい。俺たちは、ダメだ。まぁ商人の護衛料が貰えたから、赤字はまぬかれたけどな」
「え?入る前は?」
「ははは。よくある話だ。商人は、ダンジョンの低階層なら安全だと思って、入って・・・」
「あぁそうなのですね。それで、その商人さんを護衛して戻ってきたのですか?」
「違う。違う。商人に話を聞いて、商人が欲しいと言った素材の採取を手伝って、襲ってきた魔物たちを倒して、ダンジョンの外まで護衛してきた」
「ほぉ。そんな依頼があるのですね」
「まぁな。兄ちゃんたちは?」
いきなり、フレンドリーになったな。
気にしてもしょうがない。俺の身分やエイダが知られなければ、大きな問題にはならない。
ウーレンフートから来ていることは、ダンジョンに入る前に話をしている。
「ダンジョン産の魔物素材が欲しいと言われたので、それを狙っていました」
「ほぉ?」
「このダンジョンの15階層に出る徘徊ボス素材が欲しいと言われて・・・」
「そりゃぁ難儀な依頼だな。15階層だと、ウルフ系の素材か?」
「そうです。牙が欲しいと言われて、探して、5回もアタックしましたよ」
ダンジョンに入って、15階層まで潜って、15階層を探しまくった設定なら、時間軸に狂いはないだろう。これは、エイダとカルラと、ダンジョンから出る時に決めた設定だ。準備しておいてよかった。
もちろん、ダミーで素材も持っている。アルバンが持っている、袋の中に入れてある。牙と爪と角だ。売値を、調べたら俺たちの報酬を考えると、少しだけ安いが実力を見せつつ、依頼を受けていることを印象付けるのには丁度いいと判断した。
それから、男とダンジョンの中に関しての情報交換を行った。
俺たちは、15階層を徘徊したことになっているので、男が情報量を支払うから、教えて欲しいと言い出したからだ。
男たちは、補給をおこなったら、明日の朝にもう一度、ダンジョンに潜るようだ。商人が欲しい素材の全部が揃っていないらしい。俺たちに真偽の判断はできないが、気にしないことにした。
「そうですか?」
「兄ちゃんたちは・・・」
俺は、知らないと答える。
「そりゃぁそうだな。兄ちゃんたちは、ホームは違うのだったな」
「はい。でも、それほど、変わったのですか?」
「商人や上の連中は気にしていないようだが、現場に出ている俺たちは、経験から、ダンジョンの変性期に入ったと見ている」
「そうですか?何か、前兆があるのですか?ウーレンフートでは、急に魔物が強くなった時に、変性期だと言われていたくらいなので・・・」
どうやら、ダンジョンから採取できる物が減っているというのは、ダンジョンに潜っている者たちの中では共通認識になっているようだ。
このダンジョンは、まだ減ったという報告がないから、来てみたら、減っているように感じている。らしい。
毒が回るまでは、まだ少しだけ時間が必要になりそうだが、確実に毒は回っている。