異世界でもプログラム


 最下層を目指すのは、初めから決まっていた。

 全速ではないが、魔物が出てきた場合でも、対処が可能な状況を維持しつつ、最速で最下層を目指す。
 エイダには、全力で索敵を行ってもらっている。

 アルバンも、カルラも、問題はなさそうだ。

 最下層の直前(だと思える場所)に、ボス部屋が設置されている。
 アルバンが、躊躇なく扉を開ける。俺とカルラを見たことだけは褒めてあげるが、開ける前に一言くらいは欲しかった。

 ボスは、黒い靄を纏っていない。

「相手は、キングエイプ。エイプ種の手下を5体」

 カルラがボス部屋を観察して報告を上げる。
 目視できる場所には、キングエイプしか見えない。カルラが、言っているのなら、キングエイプの後ろにでも控えているのだろう。

「兄ちゃん!おいらに、キングエイプをやらせて!」

「カルラ。サポートを頼む。アル。一人ではダメだ。カルラのサポートを受けるのなら、許可する」

「わかった。姉ちゃん。お願い」

「かしこまりました」

「エイダ。俺とエイプ種をキングエイプから引き剥がすぞ」

『了』

 アルバンが飛び出していくが、カルラがしっかりと後ろからついていく、キングエイプの攻撃動作をしっかりとキャンセルしている。

 俺とエイダは、後ろに控えていたエイプ種5体のヘイトを管理する。
 難しくはない。5体にスキルを浴びせる。キングエイプに当たらないように調整するだけで十分だ。俺たちに意識が向いた所で、アルバンとカルラが居る方向とは逆に走り出す。
 エイプ種は、しっかりと釣れた。

「エイダ。やれるか?」

『了』

 エイプ種を見ると、上位種は居ない。変異種が1体だけだ。

 これが最下層のボスなのか?弱すぎる?

 エイダがスキルを発動する。

 一撃では、倒せない。
 エイダのスキルは、それなりの威力がある。エイプ種が耐えられる威力ではない。半数は、倒せると思っていたが、一体も倒せないのは、計算外だ。

『マスター。エイプ種は、変異種です』

「変異種?通常のエイプと同じだぞ?」

 変異種や上位種は、色や顔つきが違っている。
 目の前の、エイプ種は一体を除いては、通常のエイプと同じだ。

『マスター!』

 エイダの声で、思考が戻ってきた。
 そうだ、考えるのは後だ。

「エイダ。エイプ種を引き離すぞ!もしかしたら、変異種に見えるエイプが本当のボスかもしれない」

『是』

 アルバンとカルラを見ると、問題はなさそうだ。
 キングエイプとは何度かダンジョン内で戦っている。多少は、強くはなっているようだが、想定の範囲内だ。

 後ろに居たのは、従えていたわけではなく、本当のボスが変異種に見えるエイプなのだろうか?

「俺が、変異種に当たる。他の4体を頼む。倒す必要はない。アルバンとカルラが駆けつけるまで持たせろ」

『了』

 大廻で、変異種に見えるエイプに肉薄する。
 見た目は、変異種だが確かに違う。これは、エイプなのか?

 今、俺を見た。
 ダンジョンの中に居る魔物との戦闘は、それほど難しくない。ヘイト管理が、外に居る魔物や人よりも格段に楽だからだ。
 でも、変異種は俺が攻撃を仕掛ける前に、俺を見た。ダンジョンの中では発生しない事象だ。ウーレンフートのダンジョンの様に、パターンデータを改変してあったり、パターン学習をさせてあったり、戦闘データから学習させているような状況で無ければ、外から魔物を連れてきて、育てる必要がある。

 理由は解らないが、こいつ(変異種)が最強だ。
 戦闘が開始したら、入口が閉まった。それに、俺たちが攻撃を開始するまで、動かなかった。いくつかの状況から、この6体がボスだと言っている。しかし、違和感しかない。イレギュラーな状況だ。

 変異種は、通常のエイプの変異種では考えられない位に強い。
 速度は、同じ程度だが、力が数倍は強い。動きは、エイプ種と変わらない。力だけが強くなっている?

「アルバン!カルラ!キングエイプが終わったら、エイプ種を頼む」

「うん」「はい」

 え?
 エイプが、放出系のスキルを使った?

 動きに翻弄されなければ対処は可能だ。
 じっくりと削っていく!

 アルバンとカルラが、キングエイプを倒した。
 これで、エイダの負担が減る。

「エイダ!解析!」

『了』

 エイダも解ったのだろう。
 カルラとアルバンが、エイプ種に接近して、攻撃を開始した瞬間に離脱して、変異種の解析を行う。

『マスター!変異種は、キングエイプの3倍の体力。力は、5倍。スキルは解析失敗。複数の所持を確認』

「わかった」

 想像以上だ。
 勝てない相手ではない。カルラとアルバンも、エイプ種の相手をしている。向こうも余裕はないが、問題はなさそうだ。

 俺も、ゆっくりはしていられない。
 武器を取り出す。

 エイプの変異種。
 これからは、今までとは少しだけ違うぞ!

 武器を持った俺に、変異種は構えを変える。
 やはり、通常のダンジョンで発生するボスの動きではない。ウーレンフートで設定したから解る。これは、戦闘訓練やデータを組み込まれた個体だ。

 刀を構えながら、スキルを発動する。
 意表を付くような攻撃には対応が(まだ)できないようだ。

 高位のスキルが来ないと判断したのか、スキルを無視して突っ込んでくる。
 いい判断だが、もう少しだけ賢くなって戻ってこい。これは、悪手だ。

 肉薄する。変異種の足にスキルを集中する。風属性のスキルだ。無視して突っ込んでくる。スキルは、変異種の皮膚で弾かれる。その後に、同じ風属性のスキルを腕に放つ。今度は、雷属性を付与した物だ。

 無視して、俺の首を掴もうとしたエイプの腕にスキルがヒットする。
 風属性のスキルは、皮膚に弾かれる。しかし、雷属性のスキルがエイプの身体を痺れさせる。ほんの少しの時間だが、動きが止まる。俺には、十分な時間だ。

 エイプが俺を掴もうとした腕を、切り落とす。
 絶叫がボス部屋に響き渡る。

 え?

「兄ちゃん?」

「あぁ・・・」

 通常なら、腕の一本を切り落としても、ボス戦が終わることはない。

 アルバンとカルラも、不思議な状況に混乱している。

「エイダ!」

『解析失敗』

 エイダでもダメ?

 俺が腕を切り落とした変異種もどきが絶叫を上げた。
 ここまでは、想定していた。

 問題は、カルラとアルバンが相手していたエイプたちが、黒い靄になって消えてしまった。

 変異種も、腕だけを残して黒い靄になった。

 カルラとアルバンが倒したキングエイプに黒い靄が集まっていく。
 復活するのかと構えたが、復活する様子はない。

 数秒後に、魔法陣が現れた。
 これは、ボスが討伐された証拠だ。この時点で、腕が有った場所にドロップが現れる。腕は通常のボス戦の様に消えている。

 キングエイプは、魔法陣が現れた瞬間に黒い石を残して消えてしまった。

 ボス撃破の報酬はしっかりと出ている。

 最下層に繋がる魔法陣が表示されている。上に戻る為の魔法陣もある。

「エイダ。魔法陣を調べてくれ」

『了』

 エイダが解析を始める。
 アルバンとカルラは、ボス部屋の様子を調べるが、黒い石が残された以外は、通常のボス部屋だ。

『マスター。通常の魔法陣です。赤が下層への魔法陣で、青が1階層への移動です』

「わかった。下層に移動するぞ」

「兄ちゃん。黒い石はどうする?」

『マスター。確保をお願いします』

「どうした?」

『マスター。スキルの痕跡があります。今までの物とは違います』

「触っても大丈夫か?」

『大丈夫です。結界で覆いました。スキルが漏れないようにしました』

「わかった」

「旦那様。私が持ちます」

 カルラの申し出は嬉しい。
 しかし・・・。

 カルラを見ると、アルバンに持たせるのは、何かあった時に対応が難しい。俺は、論外だといいたいようだ。エイダでは、スキルがウイルスなら被害が大きくなりすぎる。カルラなら、異常状態の耐性が強いだけではなく、対応も慣れている。

「わかった。カルラ。頼む」

「はい」

 カルラが、黒い石を持ち上げる。
 エイダが結界を張っているので、手から少しだけ浮いているのが不思議な状況だが、異常はなさそうだ。スキル発動にトリガーが必要なのかもしれない。
 俺が持っている容量が小さいマジックバッグをカルラに渡して、使うように指示する。中身には、何も入っていない。大丈夫だとは思うが、トリガーが解らないだけに、用心は必要だ。

 まだ下層が存在しているようだ。
 ボスを倒して、発現した魔法陣に乗って、下層に移動する。全員が乗った所で、魔法陣に魔力を流す。

 魔法陣は・・・。
 発動したけど、ここで問題が出るのか?

”4桁の数字を並び替えて、最大にしたものと最小にしたものとの差を計算する。これを繰り返すことで、現れる数字を答えよ。ただし、同じ数字だけで構成された整数は除く”

 また面倒な問題だな。
 カプレカ数だろう?

「アル。問題には、選択肢は出ているのか?」

「出てない。4桁の数字を入力する様になっている」

「”6174”と入力してくれ」

「わかった!」

 アルが、問題が表示されている板?に数字を入力する。
 4桁でよかった。3桁は、”495”と覚えているけど、それ以外だと計算しないと解らなかった。カプレカ数を知らなければ、計算が出来ても答えには辿り着けない。

 どうせ、一回しか回答権を与えられていないのだろう。間違えたら、入口にでも飛ばされるか、もう一度ボス戦だろう。

「兄ちゃん!」

「入力したら、回答してくれ」

「うん。6174と入力した。回答!」

 いきなり、魔法陣の転送が始まるのか?

 光が俺たちを包み込む。

 光が無くなっている。一瞬で終わってしまった。

「エイダ!」

『最下層です』

 最下層の扉にも問題がついている。
 今度は、495が答えになる。4桁の方が難しいと思うのだけど、別に困らないからいいのか?

 答えをアルバンが入力すると、扉が開いた。
 前室になっているようだ。

「カルラ。アルバン。この部屋を整えてくれ、必要な物は・・・」

 周りを見ると、いろいろと物資が流れ着いているように見える。

「かしこまりました。旦那様がお休み頂ける部屋にしておきます」

「頼む。ゆっくりでいいからな」

 食料を渡しておけば、飢える事はないだろう。

『マスター』

「どうした?」

『”黒い石の解析を実行したい”と思います。ご許可を頂きたい』

 黒い石に関しては、少しでも情報が欲しい。
 ただ持ち込めばいいのか?それとも、何か条件があるのか?条件があるのなら潰せばいい。持ち込むだけで発動してしまうのなら、持ち込ませないようにする必要がある。罠の応用でできるか確認が必要だが、転移する罠で武器だけを奪うことができる。同じように、黒い石だけを奪う事が出来れば、持ち込ませる状況を回避できる。

「わかった。許可する。ただし、俺も一緒に解析を行う」

『了』

 奥の部屋も気になるが、黒い石の方が重要だ。
 それに、黒い石の正体が解らないまま、ウーレンフートに繋ぐのは怖い。危険だ。直感から来るものだが、この場で解析を行ったほうがいい。

「カルラ。アル。黒い石の解析を行う。なるべく近づかないでくれ」

 二人から了承の返事が来る。

 ノートパソコン--DELL製の13インチモデル--を、取り出して接続を行う。普段開発で使っているSurfaceは繋がない。DELLのいい所は、パソコンに癖がないから、いろいろなOSが試せることだ。一部には、ドライバが必要になる場合もあるが、標準のドライバで動いてくれる。

 繋いですぐに判明した。
 黒い石は、やはりウイルスが仕組まれている。と、いうよりも、”黒い石”自体がウイルスだ。

 機能は単純だ。
1.繋がった端末に自分をコピーする
 この時に、抵抗ができる。パソコンに繋いだ時にすぐに判明した理由だ。
2.相手に強制的にスキルを植え付ける
 感染フェーズで、どうやら動きが単純になってしまっていた理由のようだ。乗っ取りを行うのだが単純な行動パターンになってしまっている。
3.複製の作成
 今回は、これがうまく作動していなかった。複製が行えれば、感染した端末を使って別の端末に感染させられる。経路が複数になるようには調整されていない為に、”1”が邪魔して複製が失敗している。
4.魔核(石)に侵入して機能を複写する

 ワクチンは必要なさそうだ。振れなければいいだけだ。
 これで、各階層に置かれていた理由がわかった。魔物たちが、倒されて、魔石が残されると、そこから新しい黒い靄を纏った魔物が産まれる。これの繰り返しだった。
 接触で侵入を行う。

 解析を行って、プログラムの癖が解った。
 サンプルが一つだけだから、正しいか解らないが、回りくどい方法を用いている。わざとそうしているのか?癖なのか?それとも、何かのサンプルのコピーなのか解らない。

『マスター』

 エイダに頼んでいた、黒い石の固有情報に思える物が見つかった。あとは、全ての黒い石で共通する部分か、何かしらの係数を与える事で、同一の物とみなす事が出来れば、識別が可能になる。これは、俺じゃなくて、エイダが得意とする分野だ。
 今まで、いくつかの黒い石を見つけてきていた。ウイルスにも、指紋のような物は存在する。プログラムでも同じだ。抜け殻になっている黒い石にも残された情報を見つける事ができた。

 総当たりの計算は、簡単なプログラムを組んで、あとはエイダに任せてしまおう。

「エイダ。情報をまとめてくれ」

『了』

 結果が出るまで、俺はこのダンジョンの設定を行う。

 奥の部屋に入ると、そこには、NEC PC-8801MHだ。
 なつかしさがこみあげて来る。キーボードも純正品だ。モニターは残念ながら純正品ではなかった。EPSONのモニターだ。
 PC-88には、ネットワークアダプターは存在していない。RS-232Cからデータの吸い上げを行おうかと思ったが、簡単に行きそうになかった。周りを見ると、1,200bpsのモデムが落ちている。
 手元にはないが、ウーレンフートにならモデムが搭載されているパソコンがあったはずだ。
 RJ11で繋げばいいはずだ。リバースにする必要は無かったはずだ。モデムがビジネスモデムの様だから、6極4芯のケーブルを用意すればいいのか?

 うーん。ここで、コネクタを作るのは出来そうにない。
 一度、ウーレンフートに戻ってコネクタを作るか?

 それとも、もうウーレンフートと繋いでしまって・・・。

 もしかして、このダンジョンの魔物やボスが単調な動きになっていたのは、PC-8801MHをコアに使っていたからか?

『マスター』

 前室で、解析を行っているエイダが何か報告があるようだ。

『どうした?』

 こちらは、もう何もできないので、前室に戻る。

『マスター。解析が終わりました』

「早いな」

『はい。同一のフィンガープリントが存在します』

「そうか!それなら、識別は出来そうだな。全ての魔石か?」

『はい。元を作成して、コピーしているようです。ボスの部屋で見つけた物は、元々の魔石が大きかった為に、プログラムが残っていたようです』

「通常の魔石では見られない特徴だよな?」

『はい』

「フィルタリングは可能か?」

『可能です』

「追跡は?」

『不可能です』

「接触感染だと、センターから排除は可能か?」

『可能です。ダンジョンへの侵入検知が可能です』

「わかった。それで、防御を組み立てる」

『了』

 これで、黒い石に関しては、安心できる。

「エイダ。手伝ってくれ、ウーレンフートに繋げて、コアを変更する。今の物では、処理能力が不足している」

『了』

 カルラとアルバンには、引き続き前室の掃除を頼んだ。
 エイダとコントロール室に戻って、今度はエイダとウーレンフートに繋げる準備を行う。

 黒い石の解析に使った、DELLを使う。ウーレンフートに繋げる。向こうにいるヒューマノイドに、こちらのダンジョンに接続を行うように指示を出す。
 すぐに、接続確認が表示されたので、承認を行う。

 あとは手慣れた作業だ。
 ヒューマノイドに必要になる機材を持ってこさせる。RJ11のケーブルを作成して、モデムを経由して、ウーレンフートから持ってきた端末に繋げる。

 データ移設には、21時間が必要になるようだ。
 戦闘ログなどは残っていない。殆どが、階層データの様だ。後は、中で戦っている者たちをどうするのかだけだ。

 データの移行が終わってから考えよう。
 今日は疲れた。

 データの移行が終了した。
 切り替えは、平行作業で行える。ホットスタンバイのような物だ。

 接続は、RS-232Cを使っている。PC-88シリーズでもRS-232Cなら接続ができる。ケーブルが接続された状態で、モデムに繋がっている。モデムが接続状態になっているので、モデムを経由してダンジョンを維持している。
 モニター上には、PC-88が制御を行っている状況が表示されている。

 移行した端末を起動する。

 移行した端末の起動が終わって、ダンジョンに接続が行われる。

 通常のシステムよりも、簡単に切り替えができる。
 データを移行したパソコンに処理が流れ始める。処理が早い方に流れるのは当然の事で、PC-88での処理は少なくなっていった。

 1時間後には、PC-88には処理は流れてこなくなった。
 モニターに処理が表示されなくなってから、更に1時間が経過した。

 モデムのLEDも光っていない。

 モデムを外して、PC-88のモニターを見ると、コネクトが切れた情報が流れた。

 よく見ると、このプログラムは知っている。
 ”草の根BBS”を構築するためのプログラムだ。使った事があるから解る。

「エイダ。ウーレンフートへの接続を頼む」

『否』

「どうした?何かあるのか?」

『はい。黒い石のサーチを行います。全階層の確認の為に、4時間必要です』

 4時間か?
 仮眠を取るか?移行中に、モニタールームの調査をした。面白そうな物はなかった。
 動いていたこともあるが、少しだけ眠い。

「わかった。隣で寝ているから終わったら起こしてくれ」

『了』

 隣の部屋に戻ると、野営用の道具で休める場所が確保されている。

「カルラ。エイダが起こしに来ると思う。そうしたら、教えてくれ」

「かしこまりました」

「兄ちゃん!」

「カルラと交代で休んでくれ、多分、4-5時間だと思う」

「わかった」

 アルバンとカルラには、移行を待っている間に、転移の確認だけを行ってもらった。ボス部屋の問題の確認や、入ってこられない状況になっているのか確認を行ってもらった。

 報告は、モニタールームで受けていた。
 転移は、問題なく動作していたが、戻ってくるのにボスを倒さなくては問題が出てこない。弱めのボスに切り替えていたから、苦労はしなかったようだが、何度も行うべきではないと判断した。

---

「旦那様」

「終わったか?」

「はい。エイダが戻ってきました」

「ありがとう」

 簡易テントから出ると、アルバンがエイダを抱えていた。

「黒い石は見つかったか?」

『はい。5階層と10階層にありました』

「場所は?」

『わかります』

「アル。5階層と10階層なら、大丈夫だな?」

「うん!」

「エイダを連れていけ、カルラ。サポートを頼む」

「・・・。はい」「兄ちゃんは?」

 カルラは、俺のサポートで残りたいのかもしれないが、アルバンが少しだけ心配だ。

「俺は、ワクチンを開発する。そのあとで、ウーレンフートに繋ぐ」

 動きを説明してから、アルバンがエイダを抱きかかえたまま、移動を開始する。
 カルラも、同じように移動を開始する。5階層と10階層なら、アルバンだけでも大丈夫だと思うが、ダンジョンに出て来る魔物だけが敵ではない。5階層辺りだと、素行がよくない奴らが居る可能性がある。
 カルラと一緒だと余計に目立つが、アルバン一人で動くよりはいいと判断した。二人なら、エイダのスキルを使わなくても、逃げることはできるだろう。

 さて、黒い石がウイルスだと解った。
 自己増殖型だ。侵入経路は、それほど賢い感じではない。やっていることは複雑に見えるが単純な動きだ。

 指紋が解ったから、モジュールの一部を破壊するだけで、動作しないようには、できるだろう。
 消し去る必要はないだろう。こっちも、ワームで対処を考えるか?

 ん?
 そうか、ダンジョンの魔物にワクチンを持たせて、黒い石と同じ”指紋”が見つかったら、モジュールの一部を破壊する様にしてみればいいか?

 ダンジョン内での増殖は不可能になる。
 全部に付与する為に、小さくする必要がある。検索抱けして、駆除は別にすればいいのか?

 ワクチンというか、侵入させなければいい。単体で動作するようにしなければならないのか・・・。

 どっちの方法でも、一長一短だ。
 他にも、方法があるはずだ。

 ダンジョンのセキュリティを高めるのが先だな。
 簡単な方法だけは実装しておくか・・・。パリティチェックを組み込もう。チェックサムを組み合わせる位なら難しくない。

 ルータも強化するか?
 でもルータは、ウーレンフートに戻ってからだな。ダンジョンが繋がるとは思っていなかったから、ルータの設定がおろそかになってしまっている。

 あ!
 そうか!

 持ち込まれた物を調べるようにすればいいのか?

 そうしたら、持ち込んだ奴が特定できる。

---
 アイテム探索プログラム開発中
---

 アイテム袋を持たれると、中身までは調べる事ができない。アイテムの一意性の確保は難しそうだ。

 キーになりそうな物が見つかればいいけど・・・。
 ん?アイテムのデータに、余剰がある?なんだ!これは?

 アイテムデータの最初は特定の種別を示しているようだ。まだ、データが少ないから判断はできない。だけど、データの最後にバイナリで見ると、”0x00”が繋がっている。
 必ず、16バイト以上の0x00が繋がっている。
 バッファか?

 アイテムの一意性を確保する為のキーを見つけるのが先だが・・・。

 自分の持っているアイテムで武器には、0x00が繋がった領域がある。
 バイナリを追加してみると、指定した武器が壊れた。

 そうか、チェックサムがあるのだな。
 ヘッダー部分かフッター部分のどちらかだとは思うけど、いくつかの武器と防具で確認してみる。

 ヘッダーだな。チェックサムらしき物が存在している。次は、チェックサムの計算方法だけど、通常のEXEと同じでやってみるか?

 あ!
 そうか!

 こんな簡単な事に気が付かなかった。

 魔物にチェックサムを付ければいい。ポップした魔物でも、ダンジョンプログラムで管理を行っている。体力を含めた各種のパラメータ、バフ・デバフの管理が行われている。
 パラメータ部分を除いた部分を使ったチェックサムを作成すればいい。
 それなら、ダンジョンプログラムで対応が可能だ。処理速度にも影響が少ない。ポップする部分にパッチを入れればいい。

 チェックサムエラーが発生したら、近くのアイテムを調べればいい。そして、本体はリソースに還元すればいい。
 そこから、ワクチンを発動していいだろう。接触感染での感染が確定している状況だから、学習させればいい。

 いくつかのプログラムの複合になってしまうけど、一つ一つは小さいモジュールに出来そうだ。

 次いでだから、アイテムのデータ解析も行っておこう。
 まずは、データを集めて・・・。

 パワーが足りないな。

『マスター!』

 エイダからの連絡が来た。

『どうした?』

『黒い石の排除が終了しました。前室に戻ります』

『わかった。ラスボス前で連絡を入れてくれ、ボスを弱くする』

『了』

 3時間後に、ボスの前に到着したと連絡が入った。
 情報はエイダが持っている。最短で最下層まで来るのは簡単だろう。

 ボスをゴブリン1体に変更してから、ボスの部屋に突入させた。
 簡単に倒して、問題を解いて・・・。

 戻ってきた。

『マスター。まだ感染が行われていない、黒い石がありました』

「大丈夫なのか?」

『はい。マスターが作ったワームで無力になりました』

 俺が作った?
 そうか、使ったSurfaceはエイダと繋がっているのだったな。
 それなら、俺が作った物を使うことはできただろう。異常系を簡単に組み込んだα版に毛が生えた程度の物だが、エイダが使うのなら問題はないだろう。リリース版は作っていなかった。デバッグ版で動かしたのか?

 それなら・・・

「消滅はしなかったのか?」

『はい。モジュールの破壊が成功しても、黒い石のままです』

 まだ何か、仕掛けがあるのだろう?
 でも、チェックサムやパリティチェックが組み込まれていないのなら、やりようはいくらでもありそうだ。

「エイダ。デバッグ版なら、動作ログは吐き出されただろう?転送してくれ」

『了』

 動作ログが流れて来る。
 黒い石のデータ領域も流れてきた。

 え?
 あぁ・・・。なんだかなぁ・・・。難しく考えすぎた。

 黒い石の正体は、待機型のスクリプトだ。”I Love You”ウィルスだ。乗っ取り方ではない。破壊タイプだ。

 接触して、魔力の供給を受けると、スクリプトが実行される。バイナリでの配布ではないので、スクリプトを実行するためのバイナリが、ダンジョンに依存している。

 ワクチンでの対処が可能だが、単純な仕組みだけど、侵入されてしまった魔物を元に戻すのは不可能だ。侵された部分をパージすればよいかと思ったが、スクリプトを見ると、上書きしてしまっている。同種の魔物からデータを複写する対処も考えられるが、討伐対象なので、討伐してしまったほうが楽だ。

「エイダ!」

『はい。マスター』

「ダンジョンの設定を頼む。ウーレンフートに繋げてくれ」

『了』

「ウーレンフートから、ヒューマノイドタイプを移動させて、設定と監視を頼む」

『了』

「設定は、階層を50階層まで増やして、低階層は、変更はなし。魔物のポップ率を増やす。ドロップ率は低下。素材や採取は、リポップなしだ」

『了』

「中層以降は、ひとまず保留。アルトワのダンジョンを参考に変更で、大丈夫か?」

『是。ダンジョン構成を参考に、変更を行います』

「頼む」

『了』

 エイダが、制御室に移動する。
 あとは、エイダに任せれば大丈夫だろう。

 慣れた作業だ。ウーレンフートには、ヒューマノイドのストックは用意されている。当初よりも、高機能になっているのは、コアを格段に良質な物に変更したこともあるが、ソフトウェア面でも進歩したからだ。当初は、簡単なAIを搭載していたが、データ蓄積型にした事で、判断は難しいが、処理の精度が上がっている。ダンジョンに潜っている者たちのデータを分析できるようにしたのが大きな進歩に繋がった。

「兄ちゃん?」

「ん?」

「次はどうするの?もう、共和国のダンジョンで、資源として使われている場所は、踏破したよね?」

「カルラ。残されている期間は?」

「半年ほどです」

 半年か?
 カルラから情報が渡っているだろうけど・・・。

 ダンジョンを攻略して、力は付けた。
 でも、まだ届かない。何度戦っても、俺が倒される未来になってしまう。まだ足りない。

 対魔物の戦闘は行っている。しかし・・・。対人。それも、1対多の戦闘経験が圧倒的に少ない。奴らは、対人に特化していると考えるのがいいだろう。それも、多対多ではなく、1対多の戦闘に慣れている。それでなければ、ラウラが負けるはずがない。致命傷は、正面からの刺し傷だ。ラウラが、無防備に正面を晒すとは思えない。後ろから死角をついて、奇襲したのなら考えられる。でも、確実に、ラウラに反撃させないだけの技量の差があった。

 対人戦の経験を積むために、ヒューマノイドタイプを量産する必要がある。
 1対1なら、カルラやアルバンとの訓練でも大丈夫だが、訓練でしかない。ヒューマノイドタイプなら、データを基盤に構築ができる。人の動きや速さの限界を外せる。人では不可能な、動きを行わせる事ができる。

 しかし、現状のウーレンフートでは、ヒューマノイドタイプを作ることはできるが、大量にそれこそ、戦争でも行うのかと思うほどには作成ができない。
 運営を行うだけのリソースは十分だと言えるが、ヒューマノイドを大量に作って、それらの制御を行うのには、リソースが不足している。そのために、共和国のダンジョンをウーレンフートの配下にできると解った時に、できるだけ多くのダンジョンを配下にしておく必要があると考えた。

 半年では、あと1箇所か、2箇所が、限界だ。

『マスター』

「どうした?」

『設定が終了しました。あとは、自動設定で行います』

「わかった。モニタリングを頼む。アラームは俺に通知」

『了』

「異常値は、階層の半分をクリアされたらアラームで頼む」

『了』

「黒い石への備えと、ワクチンを頼む」

『設定済みです』

「戻ってきてくれ」

『了』

 さて、エイダが戻ってきたら、地上に戻ろう。

 エイダが、制御室から戻ってきた。

『マスター。リスプから連絡が入っています』

 リスプ?
 アルトワダンジョン?

「アルトワダンジョンから?」

『是』

「内容は?」

 俺が持っている情報端末W-ZERO3にメッセージが転送されてきた。
 そろそろ、スマートウォッチ系が流れてこないかな?データを見るのに楽なのだけど・・・。

 W-ZERO3には、リスプからの業務連絡が入っている。

 ウーレンフートから来た者たちのおかげで、リスプからの報告を見ると、リソースが黒字に転じている。微々たるものだが・・・。これから、リスプは、拠点としての利用が目的だから、黒字になるだけで良かったと思う事にしておこう。

「コアに名を付けると、業務報告が可能になるのか?」

『業務報告が不明』

「ログの提出が可能になるのか?」

『是』

「今までのダンジョンにも、名を与えればいいのか?」

『是』

「現状で、俺に送る事はできるのか?」

『否』

 そうなると、ダンジョン事に名前が必要になって、わかりにくくなるな。
 地名が解る場所なら地名を付ければ・・・。そういえば、リスプの時にアルトワは受け付けなかった。

「プルでの提出は可能か?」

『是』

 そうか、それなら、ログ整理だけを行うヒューマノイドを配置して、ログを提出させる方が・・・。違うな、ウーレンフートに集めて、ウーレンフートから提出させる方がいいだろう。

「リスプのログ連絡を、俺ではなくウーレンフートのヒューマノイドが受ける事はできるか?」

『是』

「それなら、ウーレンフートに新しくヒューマノイドタイプを配置して、そのヒューマノイドがリスプからのログ連絡を受け取ったら、ウーレンフートを含めて、まとめた情報を俺に提出。アラームも、ウーレンフートで打刻して俺に通知」

『了。設定を通知しました。順次、設定が行われます』

「エイダ。地上で活動しているヒューマノイドたちの攻略状況は?」

『マスターに問い合わせた問の数だけ攻略が終了しております』

「何か所だ?」

『17箇所』

「全て、このダンジョンと同じ処理を通達。設定が不可能な場合は、アラーム」

『了』

 俺が攻略した所を含めると、全部で23箇所。最初は、階層を増やしたり、ボスを設置したり、罠を設置することでリソースが必要になるが、それが終わればリソースは黒字に転じるだろう。人が少ないダンジョンもあるが、収支を見て、閉鎖を考えればいいのか?

「アル!カルラ!地上に戻って、デュ・コロワ国にあると言われている。共和国の最難関ダンジョンに向かう」

「!!」「旦那様?」

「解っている。目立つ行動はしないつもりだ」

「わかりました。期間を設定して、アタックするのなら・・・」

「わかった。カルラ。今日にでも、このダンジョンを離れるとして、最難関のダンジョンには、どのくらいで到着する?」

「旦那様の馬車ならば、余裕を見て5日です」

「計画を頼む。あと、今日は、地上に戻って、近い街で休んでから、ダンジョンに向かう」

「わかりました」

「兄ちゃん。そのダンジョンは、攻略は?」

「目標にはするが・・・」

 カルラを見れば、カルラがダンジョンについての情報を教えてくれた。

「コロワダンジョンは、現在53階層が最高到達階層です。”100階層まであるのでは・・・”と、言われています」

「カルラ。なぜ、100階層だと思われている?」

「はい。当初は、50階層がボスだと思われていました。しかし、下層への階段が発見され、さらにボスの強さから、50階層で半分だと判断されました」

 うーん。
 なんとなく、違うように思うけど、まぁ俺には関係がないか?
 問題は、攻略がされていない事と、50階層というのは、魅力的な事だ。もしかしたら、デュ・コロワ王国の首都がまるまるリソースとして使える規模なのかもしれない。ウーレンフートの様に俺たちのホームだけが猟奇になっているダンジョンではなくて、広がっているダンジョンだと嬉しい。
 そうしたら、コロワダンジョンをウーレンフートの補助ダンジョンとして動作させる事も可能かもしれない。
 リスプのダンジョンを、制御センターにして・・・。

 夢のデータセンター構築ができる。かも、しれない。

 カルラの案内で、共和国で一番大きな国であるデュ・コロワ国の首都に到着した。

 移動は、人に見られない場所を全力で駆け抜けた。
 ステータスが上がっている関係で、それほど疲労はしていない。

「兄ちゃん?」

「解っている。アル。耐えろ」

 アルが音を上げている。俺も、かなり辟易している。
 首都に入るのは楽に入られた。王国の貴族章を使わなくても、カルラが用意した”商人”の身分で楽に通ることができた。

 宿も、確保できた。
 カルラが、報告のために一時的に離れたが、俺とアルで武器や防具や消耗品の点検をしていた。

 報告が終わって戻ってきたカルラを交えて、ダンジョンアタックの日程を決めた。
 最下層まで行くことが出来ればいいが、深度を考えれば、一度のアタックで攻略は不可能だと思われた。

 それでも、準備にはしっかりと時間を使う。
 準備を怠って、ダンジョンの中で屍を晒すような自体は避けなければならない。特に、エヴァのことを考えれば、自然と生き残る方向に思考が流される。強くなるのは大事だが、その前に生き残らなければ意味がない。

 準備を終えて、ダンジョンアタックの倍の日数分の食料を買い込んで、最難関だと言われるダンジョンの入口に向かった。

 入口に付いたのは、太陽が昇るころだ。
 既に、太陽は昇りきって、眠っていた首都を起こしている。気温も、俺たちが並び始めた頃から考えれば、4度くらいは上がっているだろう。風が拭けば、肌寒いと感じていたが、日差しのおかげで、寒さは感じない。汗ばむ寸前だ。

 列が進まない理由を、周りに並んでいる者たちに、聞いても誰にも解らない。
 そこで、周りにいる連中に話をして、カルラが列の先頭を確認してくる事になった。

 ソロでダンジョンに入る者は居ないが、二人パーティや三人パーティが多い。

 後ろに並んでいる冒険者の一人が話しかけてきた。

「お前さんたちは、3人か?」

 カルラが居たのを見て知っているのだろう。俺とアルとカルラの3人だと考えたのだろう。実際に、”エイダ”が居るけど、エイダを”一人”と数えるのには無理がある。

「そうですが?」

 3人で1人が離れている。
 何か、狙っているのか?

「中で誰かが待っているのか?」

 中?
 待っている?

「え?」

「違うのか?」

 違うも何も・・・。
 ダンジョンの中で待ち合わせ?意味があるのか?
 新しい情報だ。

「はい。3人で行動しています」

「ほぉ。言葉の感じから、この辺りじゃないよな?」

 言葉で判断されるとは思わなかった。
 ごまかしてもしょうがない。ライムバッハ家との繋がりだけは隠しておいた方がいいだろう。あとは、正直に話しても、冒険者マナベなら問題にはならない。建前の話だが、建前を押し通すのも大事なことだ。

「はい。ウーレンフートから来ました」

「そりゃぁ凄いな。本場だな」

 凄い?本場?

「本場?」

「知らないのか?」

「え?何を?」

「今、噂になっている奴を?」

 噂?
 ウーレンフートで何かあったのか?
 冒険者たちの噂になるようなことがあれば、俺に報告が上がってくるはずだ。カルラも何も言っていない。ダンジョンの中なら、把握ができるはずだ。

「いえ、ウーレンフートを出たのは、かなり昔なので・・・」

「そうか?ウーレンフートで大改革があったのは知っているか?」

「改革?」

「あぁギルドが解体されて、そのギルドを潰した奴が、ウーレンフートの代官や貴族や商人を巻き込んで、ダンジョンの上にホームを築いた」

 え?

「あぁ風の噂で・・・」

 ごまかすしかない。
 共和国まで話が流れてきているとは・・・。

「そうか・・・」

「どうしました?」

「その、ギルドを解体した奴・・・。プラチナデビルと呼ばれているようだが、どんな奴なのか、情報が流れてこなくて、出身なら何か知っているのかと思っていな」

「・・・。プラチナデビル?」

「知らないか?」

「えぇ残念ながら」

 何、その恥ずかしい名前は、厨二でももう少しましな通り名をつけるぞ。帰ったら、誰が流したか確認しなければ、多分ギル辺りが”おもしろい”とかいう理由で流し始めた気がする。

 男性は、それ以外にもウーレンフートのホームがどれほど素晴らしいか語りだした。
 共和国にはない考えで、資源をホームが管理して適切な値段で卸しているのも評価が高い。それだけではなく、ホーム内の訓練場での試験に合格しないと、ダンジョンに入ることができないのも、冒険者を守っていると評価されている。他のダンジョンでも真似をする場所が出始めている。地域を聞いたら、クリスや同級生たちの領地が多い。

 男と話をしていたら、カルラが戻ってきた。

「旦那様」

「どうだった?」

「はい。家名までは把握が出来ませんでしたが、貴族家に仕える者がもめていました」

「はぁ・・・。またか・・・」

「ん?また?」

「お前さんたちは、コロワダンジョンは初めてか?」

「はい。せっかく、共和国に来たので、最難関と言われるダンジョンに入ってみようと思いまして・・・。ここは、入場の時に、税を払えば、誰でも入られると聞いたので・・・」

「間違っちゃいない。問題は、このダンジョンじゃなくて、周りのダンジョンだ」

「どういう?」

「共和国のダンジョンで、低階層のドロップが減っている」

 うん。知っている。
 俺が攻略したダンジョンは、ドロップが極端に少なく鳴るように設定を変えた。

「え?!それは・・・」

「すぐに、共和国が困るようなことにはならないが、渋いダンジョンは、どうしても冒険者が減るだろう?」

 これも、確認している。
 調整をしているから、減ったダンジョンに潜っている者たちには少しだけいい物をドロップするようにしているが、以前よりも渋いのは変えていない。

「そうですね。ドロップがなければ、潜る意味も少ないですよね」

「そうだ。以前は、10日潜れば、1ヶ月くらいは生活ができたが、最近では10日潜っても、消耗品を買いなおしたら、4-5日しか過ごせない」

 そこまでとは考えていなかったが、もうドロップするようにしてもいいかもいれない。
 それとも、採取系は増やしてもいいかもしれない。冒険者や市民が困ってもいいとは思っていたが、思っていた以上な状況は制御が難しくなってしまう。

「それでは、潜る意味があるのですか?」

「ない。だから、ドロップがいいダンジョンに人が集まる」

「でも、それだと」

「そうだ。ドロップは同じでも冒険者同士の奪い合いが発生する。それだけではなく、ダンジョンに依存していた貴族が、こことかドロップが変わらないダンジョンに騎士を送って、資源を奪おうとしている」

「それは、なんというか・・・。迷惑な話ですね」

「あぁまだ、それだけなら良かったのだが、食料をダンジョンに依存していた貴族は、民衆の反乱にあって、酷い事になった場所もある」

 当然だ。
 下を見ない為政者なんて、必要ない。一人を全力で助けるのが、為政者の行う作業だ。一人を切り捨てて、全体を守るのなら、切り捨てられる一人は為政者自身でなければならない。

「そんなに?でも、ダンジョンに食料を依存って無茶なことをしますね」

「ハハハ。ウーレンフート出身は違うね。だが、共和国なら一般的な考え方だ」

「へぇそうなのですね。知らなかったです。そうか、それで、貴族が揉めるのは多いのですか?」

「あぁそうだな。お前さんは、3人だから問題はないが、6人以上で入ろうとすると、なぜかダンジョンの難易度が上がってしまう。その為に、入口で6人未満になるように調整しているのさ。6人以上で入る場合には、税も10倍近くになる。危険な行為として認知するためだな」

「へぇでも、中で・・・。あぁだから、仲間が先に入っているのか?と、聞いたのですね」

「そうだ。その仕組みが、このダンジョンを最難関にしている理由だな」

「え?」

 最難関になっている理由?
 すごく興味がある。カルラも、この話は知らなかったようだ。

 コロワダンジョンに潜っている者には、当たり前過ぎて情報としての価値が低いと判断されているのだろう。男の表情から、コロワダンジョンなら知っていて当然だと思っている雰囲気がある。俺が、ウーレンフートの出身だと言ったので、知らないと思って説明をしてくれるようだ。

 男から、話を聞いていたら、列が動き出した。

 列の横を、豪奢な馬車が駆け抜けていった。どうやら、貴族は、突入を諦めたようだ。後ろに居る騎士たちが安堵の表情を浮かべているので、よほど”慕われている”貴族なのだろう。騎士風の男たちは、貴族家への称賛(陰口)を忘れない。馬車に乗っている者の情報を、べらべらと話してくれている。それも、待機列で待っている者たちに聞こえるように・・・。
 やはり、男が想像した通りに、貴族家が治める領地にあったダンジョンから食料だけではなく、貴族家として戦略物資になっていた物もドロップしなくなった。それで、他のダンジョンに潜って物資を横取りすることを考えた貴族が、ルールやマナーも守らずにダンジョンにアタックしようとして止められた。
 主を守るべき立場の者たちが、”頭の悪い3代目”と言っているのが印象に残った。実査、間違っていない。ダンジョンに依存した施策が正しいか解らないが、無くなってしまった物に縋るような施策は間違っている。保険となる施策を打っていなかったのが間違いなのだ。

 男は、騎士たちの暴言を聞いて、肩をすくめてから、自分の仲間がいる場所に戻っていった。
 男は、俺たちに話しかけて、情報が欲しかったのだろう。俺たちも、男から情報を得られたのだから、都合がよかった。

「兄ちゃん」

 アルバンが心配そうな表情をする。
 貴族が絡んでいるのが心配なのだろう。しかし、俺たちは絡まれるような状況になっていない。俺たちが、ダンジョンを支配しているのは知られていない。共和国に都合が悪い状況になっているのは、皆が感じている。しかし、明確な事情が解らない状況で、”ダンジョンの変性期に入ったのだ”と判断をしているようだ。

「大丈夫だ」

「アルバン!」

 カルラが、アルバンを手招きしている。
 俺から、離れてカルラの近くに移動した。カルラから、説明という名前の説教が行われるようだ。
 最近では、少なくなってきたが、カルラから見ると、アルバンは従者として失格なのだ。気にしなくていいと言っているが、今後のことを考えると、アルバンにはしっかりと教え込んでおきたいようだ。

 アルバンが抱えている問題は、俺には伝えられていない。
 貴族家が関係しているのは解っているのだが、詳細までは聞いていない。カルラが認めている上に、カルラの上司が大丈夫だと言っている。俺には、それだけで十分だ。

 珍しく、アルバンが言い返している。
 雑踏の中で行われる会話は、断片的に拾えるだけの声量で行われている。

「カルラ!アル!話は、後にして、準備を進めてくれ、俺たちの順番が近づいてきている」

 ダンジョンに近づけば、男が言っていた内容以上のことが解ってきた。
 ダンジョンに入る為の手続きの方法だ。

 男は、常識としてダンジョンに入る方法は話題に乗せてこなかった。

 天幕のような場所で、申請をしてからダンジョンに入っていく、天幕には、一度に数パーティーが呼び込まれる。並んでいる時に、入るための税とパーティー名と人数を申請している。そのために、天幕にはリーダーだけが呼ばれる仕組みのようだ。

 俺が天幕に入ると、先に来ていたパーティーリーダーたちが話をしている。
 ダンジョンの注意事項が伝えられる。知っている者は、話をスキップできる仕組みだ。俺は、男から聞いていたが、食い違っていると問題になるので、説明官にダンジョンでの注意事項を聞いた。大筋は、男から聞いた話と同じだったが、細かい所で違っていた。
 違っていたと思っていたが、最後まで説明を聞いていると、共和国では常識として捕えている部分の説明が抜けていただけだ。王国から来た事を伝えたら細かく税を含めて教えてくれた。

 最難関だと言われているだけあって、説明も細かく親切だ。

「他には何かあるのか?」

「いえ、大丈夫です」

 最後に、意思確認をされた。
 税を払っているのだから、ダンジョンに入るのは当然なのだが、それでもダンジョンに入れば、自己責任だ。安全は保証されない。

 攻略を目的としているとは言わないが、商売の種を採取してくる予定だと宣言する。

 これで、意思確認が終わって、ダンジョンにアタックが行える。

 長かったが、必要な儀式なのだろう。

 天幕から出ると、ダンジョンの入口に誘導される。
 そこには、カルラやアルバンが待っている。

「旦那様。準備は整っております」

 カルラが律儀に頭を下げる。
 アルバンに見本として見せているのだろう。別に、気にしなくてもいいのに・・・。アルバンもカルラも、旅の仲間だと思っている。

「ありがとう。順番は・・・。もう少しだけ、かかりそうだな。最終確認でもして待っているか?」

 最終確認をしていたら、俺たちの順番が回ってきた。

 最難関とされているダンジョンだ。

 前のパーティーが入ってから、10分以上が経過している。
 この時間が重要だと説明を受けた。

 別に、文句をいうようなことでもない。それに、前後のパーティーとの間隔が開いているのは、俺たちの事情を考えるとありがたい。

 ダンジョンは、通常のダンジョンと同じで、サクサクと進んでいける。

「カルラ。現在の攻略のトップは?」

「はい。最新の情報か解りませんが、58階層で止まっています」

 前からやってきたオーガロードを倒しながら、疑問に思ったので聞いてみた。

「なぜ?止まっている?」

「はい。正確な情報は伝わってきていませんが、下層に続く道が見つからないと言われています」

 58階層で終わりなら、ボスが居てコアルームがあるが、最下層だと判断されていないことから、何も最下層だと解る物が見つからない。下層への階段も見つかっていない。

「そうなると、かなりの人間が、58階層まで辿り着いているのか?探索をしたのだよな?」

「正確な人数まではわかりません。3つのパーティーの合同です」

「3つ?18名?」

「いえ、ダンジョン内で合流して、パーティーを構成したようです」

「へぇ・・・」

 オーガロードの足を俺が切って、カルラが首筋を切りつけた。
 留めは、アルバンが剣を突き立てて終わった。

「兄ちゃんも、カルラ姉も、真剣に戦ってよ」

「おっそうだな。すまん。でも、オーガロードくらいなら、アルだけで十分だろう?」

 索敵を行っているエイダは戦いには参加していない。
 後方から襲われた時に対処する為に、エイダは戦闘には加わっていない。それでも、余裕がある。

「そうだけど・・・」

 通常のパーティーでは苦戦する40階層に到達している。
 オーガロードが、40階層のボスだったようだ。

 アイテムを残して消えた後には、下層に繋がる魔法陣が残されている。

 41階層からは、魔物が一変する。フィールドも洞窟タイプから、草原タイプに戻る。浅い階層と同じ草原フィールドだが、魔物の強さは段違いだ。エンカウント率も上がっている。洞窟エリアと違って、休める場所が少ない。
 浅い階層では、ドロップした物を運び出す者たちがいたが、どうつくフィールドでは、重要なドロップアイテムしか運び出していない。

 攻略を目指すには、ここからが本番と考えてもいいだろう。
 情報も秘匿されている。50階層までは、階層の雰囲気は伝えられているが、具体的な攻略に必要な情報は集められなかった。

「兄ちゃん?」

「どうした?」

「おいら・・・。少しだけ不思議に思って・・・」

「ん?」

「ここが、最難関なのはわかったけど、このダンジョンをここまで攻略できるパーティーがいるって事だよね?」

「そうだな」

 カルラを見ると、頷いているので、実際に攻略しているパーティーは存在している。
 アルバンが何を言いたいのか解ってきた。

「そうだな。カルラ。このダンジョンを攻略している奴らの目的はなんだ?」

 アルバンの言葉をきっかけに俺の中にも疑問が出てきた。
 最難関のダンジョン。50階層を突破できるような者たちが、他のダンジョンを攻略対象にしないで、このダンジョンに拘る理由があるはずだ。それだけではない。ダンジョンに潜ってみて気が付いたのだが、最前線に物資を送り届ける者たちも存在している。最前線で戦っている者たちと同等の力があるように思える。どこかの階層にキャンプ地を作っているのだろう。
 これまでの階層では、出会っていないから、ここよりも下の階層なのだろう。

 そこまでして、このダンジョンの攻略に拘っている理由を知りたい。

 カルラに聞いても、攻略組がこのダンジョンに拘っている理由は解らなかった。
 最難関と言われているダンジョンを攻略すれば、名誉なことだが、同時に攻略して、俺たちの様に永続させる方法が無ければ、ダンジョンの破壊に繋がる。最難関のダンジョンだ。同時にアタックしている人間は、10や20ではない。万に届く可能性もある。
 それらの人間がどうなるのか?俺たちがやっているように、ダンジョンを乗っ取っていくのなら、アタックしている者たちは何も気が付かない。しかし、ダンジョンが破壊されてしまったら・・・。俺たちだけなら、逃げるのは可能だ。エイダにウーレンフートやアルトワダンジョンに強制接続して脱出すればいい。

 考えても解らない事は多い。
 攻略中に考えることではないが、気になってしまう。頭の片隅に攻略組のことを押しやる。

 今から50階層の階層主との戦いだ。

 50階層の階層主は、オーガキングとオーガの変異種だ。
 確かに強敵だけど、倒せない相手ではない。

「カルラ!アル!」

 二人が飛び出す。
 俺とエイダは、後方支援だ。

 数は、オーガキングを入れて6体。パーティの人数と同じだ。
 俺たちのほうが数では少ない。しかし、対処を間違えなければ、負けない。完封も可能だ。

「アル!」

「大丈夫!」

 アルバンが、オーガキングを抑える。
 カルラは、アルバンが抑えているオーガキングの近い距離に居る変異種を牽制する。倒す必要はない。俺とエイダが、他の変異種を倒すまで牽制していればいいだけだ。

 オーガで怖いのは、膂力だ。
 腕の力で、重く硬い棍棒を、振り回す。当たれば、大ダメージ。一番の攻撃だ。技を使ってくれれば、モーションで判断ができるのだが、力任せに振り回されると、避けるしか対処方法がない。
 俺の武器なら、棍棒に合わせれば耐えられる可能性もあるが、試す気にならない。折れたらショックだ。

 魔法での攻撃は、腕に集中させる。
 オーガの最大の武器を破壊すれば、あとは作業だ。

 腕が切り飛ばされたオーガに残された攻撃手段は、自身の身体を武器として突撃するしかない。
 その場合には、足に攻撃を集中すればいい。猪と同じで直線での攻撃しかできない。避けるのも容易い。変異種を先に片づけるのは、オーガキングだけは可能性の一つとして魔法を使ってくる。低確率だが、魔法攻撃がある。自然回復も、変異種に比べれば早い。そのために、変異種を片づけてから、攻撃を集中させる。回復を許さないダメージを与えて倒す。

 俺とカルラが変異種を片づけている時に、アルバンはオーガキングを牽制している。倒す必要はない。牽制で十分だ。
 アルバンがオーガキングを引き付けて、俺とカルラが変異種を倒している。その間に、エイダは魔力の構成と詠唱を終わらせる。

 5体の変異種が倒れた。

「カルラ!アルのサポート!エイダ。トリガーは、アル!」

 俺の声で、アルバンが最大の攻撃を、オーガキングに浴びせる。オーガキングが怯んで、後退した所にカルラが魔法で牽制する。
 アルバンが、カルラの魔法で、体勢を崩したオーガキングから大きく離れる。

「エイダ!」

 アルバンの声に反応して、エイダが極大魔法を放つ。
 雷属性の魔法だ。エイダは、詠唱することで、威力が増す。制御されていた魔力を使って、詠唱された雷魔法は、一筋の光となって、体勢を崩しているオーガキングの脳天に直撃する。

 オーガキングの断末魔は、エイダの雷魔法でかき消された。

 光の奔流がおさまって、辺りを優しい光が支配する。

 部屋の中央では、倒れたオーガキングが、光の粒になって消える。
 残されたのは、宝箱だ。

 宝箱の中身は、反りがある短剣が二本だ。

「アル。使うか?」

「おいら?」

「あぁ双剣だから、カルラ向きじゃない。アルだろう?」

 アルバンが使っているのは、不揃いの剣を使っている。揃いの剣の方が使いやすいだろう。

 双剣を鑑定すると、属性の付与が可能になっている。

「アル。その双剣は、カルラが持っている物と同じで、属性が付与できる。どうする?」

 魔石に属性を付与すればいいようだ。
 アルバンが属性を考えている間に、他に何かドロップがないか確認する。

 エイダが、魔石を集めてきた。
 それ以外には、ドロップは無いようだ。

 アルバンが希望したのは、雷と氷だ。属性を付与して、アルバンに渡す。

 50階層の攻略が完了した。

「エイダ!下層に向ったら、警戒範囲を広げてくれ」

『はい』

「相手に気が付かれてもいい。できるだけ、遠くで把握したい」

『わかりました』

 今まで、エイダの探索に気が付いた者は居ない。
 しかし、これからも現れないと思うのは間違っている。俺たちにできることなら、”できる者がこれより先には居る”と考えた方がいい。

 下層に向かう。
 カルラの仕入れてきた情報だと、オープンフィールドになっている。

 草原フィールドだと俺たちの存在が認識されてしまう。相手との距離感が大事だ。

 エイダの索敵を最大に利用して、戦闘とアタックしている人たちを避けて、下層に移動する。
 草原フィールドでは、戦闘を避けていたのだが、森林フィールドになれば、戦闘が避けにくくなってくる。

 なんどか戦闘を行いつつ、下層に進んだ。

 キャンプ地を見つけた。

 下層に向かう階段近くでキャンプを行っている。
 物資の搬入が行われていた。

 下層に向っている者たちへの物資なのだろう。56階層にキャンプ地が存在していることから、アタックしている階層が近い可能性がある。

 パーティ単位で動いているのは、このダンジョンの設定が影響しているのだろう。
 おかげで、下層に向かう階段に潜り込むことができた。

 パーティ単位で安全マージンを取った状態で、キャンプ地を設営しているのだろう。
 木々の隙間から、物資の集積場はしっかりと見えるような配置にはなっているが、外側への警戒はあまり強くしていない。索敵に自身がある者たちが外側の警戒をしているのだろう。

 カルラの警戒網に何度かヒットしたが、階段を使って下層に向かう事ができた。

 そこからは、エイダの索敵にヒットする魔物だけを狩って下層を目指した。

 58階層で、戦っている者たちがエイダの索敵範囲内に入ったが、こちらに気が付いた様子は無かった。

「エイダ。何人だ?」

『18名です』

「3パーティ規模か?」

『戦っている者たちとは別の場所に、24名が居ます』

「物資を運んできたものか?」

『わかりません』

 待機組なのか?
 新たなキャンプ地を作る為の者たちなのか?

「カルラ。キャンプ地の体制は?」

「はい。18パーティでした。フルメンバーか、判断ができません」

 キャンプ地に18パーティ。攻略の戦闘組が3パーティ?予備が4パーティ?多分、キャンプ地は、他に”ある”のだろう。同じ規模か?半分だとしても、9パーティか・・・。俺たちなら補給は大丈夫だが、補給を考えれば、2-3箇所は必要だ。すくなく考えれば、2箇所。18パーティか?

 258名?
 大所帯だな。これだけの人数の展開が可能な組織があるのか?地上での補給物資の搬送を考えれば、倍の人数でも驚かない。

 500名。
 大隊規模だ。

 どのくらいの期間、潜っているのか解らないが、資金がショートしないのか?
 食料が厳しくなってきている共和国で、ダンジョンの攻略を行うために食料を集めている?

 攻略組の戦闘は、暫く続きそうだ。
 相手の数が多い。俺たちなら、戦わない相手だ。

 レッサーフェンリル。
 ダメージを負うと回復を行う。そのうえで、眷属を呼び出すので、長期戦になりやすい。それでなくても、魔法への耐性が強めで動きも早い。特に、森林フィールドは、相手のホームのような場所だ。戦うのに適していない。
 ボス部屋の様に、制限された領域ならそれほど難しくもないのだが、オープンで足場がある場所では戦わないほうがいい。

 攻略組は苦戦している様子はないので、そのまま先に進ませてもらう。
 もしかして、攻略組は索敵で見つけた魔物を倒しているのでは?

 魔物を倒さなければ、ドロップアイテムは得られない。物資を運ぶためにも、資金が必要だ。資金の為には、深い階層の魔物の素材やドロップアイテムを換金するのが早い。

 攻略組のベースキャンプは、61階層にも存在していた。
 最前線は、一つ下の階層にキャンプを構築していた。階段付近は、キャンプに適していなかったようで、少しだけ離れた場所に構築を行っていた。

 俺たちは、攻略組に気が付かれないように、迂回しながら下層に向かった。

 63階層からは、索敵範囲を広げても、魔物以外はヒットしなくなった。

「アル。カルラ。エイダ。手加減は無用だ。最短で最下層を目指す」

 64階層も同じ状況だ。

 今までは、戦闘時に使うスキルを制限していた。
 スキル発動時の音や魔物を撃退するときの波動で、同じ階層に居る者が、俺たちの行動に気が付く可能性が有ったからだ。

 魔物の討伐にも時間は必要だが、これまでの階層では、人を避けていたために、時間が掛かってしまっていた。
 しかし、65階層でも、誰も居ない事が判明したので、遠慮する必要がなくなった。

 65階層には、階層主が居た為に、簡単に下層に向かう階段が発見できた。
 階層主以外の魔物も、強くはなっているが、スキルを併用する戦い方に変更した事で、余裕ではないが、マージンを持った状態で下層に向かう事が出来ている。

 66階層からも討伐の速度は落ちるが、問題なく突破ができる。

 俺たちの短い快進撃は、66階層の階層主を倒して、下層に向かった所で途切れた。

「え?」

 カルラの声だが、俺もアルバンも同じ思いだ。

 草原エリアなのは、間違いはない。
 だが、草原が”黒く”染まっている。

 正確には、見渡す限り、”黒い獣”で埋め尽くされている。夏と冬のビックサイトのようだ。

 今まで戦って討伐してきた”黒い獣”とは完全に違う。

 動きを止めているが、種別が違う魔物が、整然と並んでいる。

 数は、万は軽く越えている。

「兄ちゃん?」

 アルバンが不安になるのも解る。
 俺も、何が発生しているのか解らないが、このままにしておいていいとも思えない。

 今までの”黒い獣”の特性を持っているのなら、階層を越える。

 この種別を見ると、それほど強い魔物はいない。
 今なら、俺たちなら倒せる。

 見える範囲の魔物だけなら、何とかなる。

 破滅思想があるわけではない。英雄でも、勇者でもない。俺は、復讐者だ。力を求めて、奴を殺す為に、力を求めてきた。

「カルラ!アル!力を貸してくれ」

「もちろん!」「御意」

「エイダ。俺を強化。そのあとは、アルをサポート!行くぞ!」

 動かない木偶なら、簡単だ。動き始める前に、最大なスキルをぶつければいい。
 各個撃破が無理なら、分断して、倒していけばいい。

 簡単な事だ。
 前に居る”黒い獣”を斬る。スキルをぶつける。簡単な作業だ。

『マスター!』

 エイダの声が聞こえた。
 何を焦っている。俺は大丈夫だ。まだ戦える。

『マスター!お休み下さい。既に、6時間。戦い続けています』

 6時間?
 まだ、戦い始めたばかりだ。

「エイダ!何を!」

『いえ、間違っていません。マスターは、6時間19分。戦っております』

 エイダの冷静な声で、身体と頭の感覚が同期する。周りを見れば、夥しい魔物の死骸だけが残されている。
 手や顔や身体は、”黒い獣”の体液で汚れている。

「エイダ!アルとカルラは!」

『ご無事です。2時間4分前に、アルバン様が、1時間47分前にカルラ様が倒れました』

「無事なのか?」

『はい。階段に退避しております。既に、意識を取り戻しておいでです。アルバン様が、マスターに駆け寄ろうとしましたが、カルラ様がお止めになりました』

 そうか、俺は・・・。

「エイダ。”黒い獣”は?」

『不明です。マスターにご報告です。”黒い石”を発見し、解析を行いました』

「わかった」

 6時間以上・・・。刃こぼれもなく、刀は鞘に納まる。

 魔物たちの怨嗟は聞こえてこない。
 ”黒い獣”になってしまった時点で、自我が芽生える可能性はない。

 エイダは、”黒い石”の解析と言ったか?
 ワクチンは、既に開発済みだ。解析の必要はない?はずだ。

「エイダ。”黒い石”は何か違ったのか?」

『いえ、見た目は同じでした』

「それなら、なぜ解析を行った?」

『はい。カルラ様が、”何か違う”とおっしゃったので、解析を行いました』

「結果は?同じ物だったのか?」

『マスターが解析した結果とは異なっていました。ワクチンは作用しました』

 ワクチンが作用したのなら根本は同じで、動作が違うのか?

「何が違っていた?」

『”黒い獣”への命令が、組み込まれていました』

「命令?」

『正確には、トリガーです。マスターの解析結果との違いを検証した結果、動き出すためのトリガーが仕掛けられていました』

 それで単純な防御と攻撃しかしてこなかったのだな。
 木偶にしては動きがないと思っていたのだが、理由が解ってすっきりとした。

「そうなると、トリガーが存在しているのだな?トリガーは判明したのか?」

『不明です』

「石は?」

『確保してあります』

 無効になっているのなら、調べても何も解らない可能性がある。
 しかし、”黒い石”の存在が明らかになった。それも、以前の物と比べると、機能が追加されている。

「エイダ。トリガーで、”動き出す”のだったな?」

『はい。制限が解除されます』

「万を数える魔物が暴走?”黒い獣”として?」

『マスターが倒さなければ、トリガーが発せられたら、現実になっていました』

 誰かが狙っているにしても、トリガーを発する奴は知っているのか?

「エイダ。トリガーが解らないと言っていたな?」

『はい』

 頭を下げて謝罪の意を伝えて来るが、俺が気になるのはトリガーではない。トリガーを発するときに、万を越える魔物たちにスキルを当てなければならないのか?現実敵ではない。

 そうか、スキルが伝播するようにすればいいのか?
 でも、俺が知っているスキルは、どんなに頑張っても、数キロ程度だ。念話なら距離は伸びるが、その時にはアクティブ状態にしておかなければならない。”黒い獣”を整然と並べるようにするのは、組み込めば可能だろう。

 しかし、待機の状態で念話を受けるのは難しい。
 それとも、ブロードキャストか?それなら、少ない情報なら・・・。

 スキルを発生させる方法や、”黒い獣”に伝える方法は、解らない。
 しかし、伝えた奴は、”黒い獣”に襲われないような仕組みがあるのか?それとも、何か組み込まれているのか?

 エイダの話では、俺が作ったワクチンが効いたのなら、除外設定は”同族”に絞られるはずだ。”黒い獣”同士なら襲われない”可能性がある”だけだ。優先順位が低いだけで、絶対ではない。
 周りが、”黒い獣”だけになっているのなら、”黒い獣”の同族で無ければ、”襲われない”ことを前提にするのは難しい。

「兄ちゃん!」「ツクモ様!」

 アルバンとカルラが駆け寄ってきた。
 無事な様だ。

 木偶を倒すだけの単純な作業だと思っていたら、動かないだけで反撃はしっかりとしてくる。
 ”黒い獣”は、種別を問わない。66階層に居るとは思えない魔物まで含まれている。

「アル。カルラ。悪かったな」

「いえ、大丈夫です。ツクモ様は?」

 カルラが俺の前まで来て跪いて謝意を示しながら、質問をしてきた。
 報告をしなければならないのだ。状況はしっかりと把握したいのだろう。

「大丈夫だ。硬い魔物も居たが、動きが鈍い上に連携がないから、余裕ではないが、かすってもいない」

 カルラが、濡れた布を取り出して、俺に渡してきた。
 身体に着いた体液を拭けという事だろう。

 アルバンを見ると、悔しそうにしている。

 この階層は、エイダやカルラが感じた所では、”黒い獣”以外には魔物はいないようだ。”殲滅する”ことに決めた。

 俺は1人で、カルラとアルは一緒に行動する。エイダは、下の階層に向かう場所を探している。

 2時間後に、エイダから連絡が入った。
 下層に繋がる場所を見つけたらしい。

 そこには、階層主は居なかった。
 下層に向かう階段だけが存在していた。


 黒い獣の集団を駆逐して、下層に向う。
 次の階層には、魔物は居なかった。予想はしていた。黒い獣の集団は、一つの階層だけの魔物ではなかった。

「エイダ。黒い石が無いか調べてくれ」

『了』

 下層に向う階段を探しながら、黒い石を探す。

 階段を見つけるまでに、13個の黒い石を発見した。実際には、もっとあるのだろう。エイダの探索にも限界はある。

 黒い石が機能していることから、このダンジョンも制御室があるはずだ。
 最下層に設置されているはずの、制御(サーバー)(ルーム)で”黒い石”を一斉に駆除したい。一斉の駆除が可能なら・・・。

 何も、得られない状態で階層を降りた。
 魔物は、黒い獣を駆逐してから遭遇していない。

 本当に、あの階層に集まっていたのか?
 ポップもしてこないのか?

 疑心暗鬼になってしまいそうだ。
 俺は、俺たちは、何か対応を間違えたのか?俺の作ったワクチンではダメだったのか?人為的に引き起こされた現象ではなく、ダンジョンの意思(プログラム)だったのか?

 ダンジョンの中なのに、魔物が出てこないと不安に感じてしまう。ダンジョンの仕組みを知った気になっていたが、まだ隠された機能がある。
 黒い石には、俺が、まだ気が付かなかった権能があるのかもしれない。

『マスター』

「どうした?」

『下層への階段があります』

 エイダが発見したのは、下層への階段だ。

「わかった」

 この草原の階層でも、数個の黒い石が発見できただけで、魔物は存在しなかった。
 それだけではない。

 少しだけ気になって確認をしていたのだが・・・。

「カルラ。採取はできたか?」

「いえ・・・」

 草原フィールドなら、採取が可能な物があるのだが、有益な物はもちろん、必要のない草を採取しようとして、地面から切り離すと、消滅してしまう。
 唯一、採取というか・・・。汲み取れたのは、池の水だけだ。

 木になっていた果物らしき物も、木から切り離すと消滅してしまう。

「わかった」

 何かが発生している
 エラーなのか?
 それとも、これが正常なのか?

 仕様書が欲しい。設計書が・・・。

「兄ちゃん?」

 アルバンが、下層に向う階段を指さして居る。
 魔物は見られない。やはり、階層主も居ないようだ。

「どうした?」

 俺は、階段に向って歩き始める。

「え?」

「え?兄ちゃん?見えないの?」

 カルラにも、何かが見えているようだ。
 俺にだけ見えない?

「エイダ!」

『マスター。階段の前に、扉が存在しています』

 扉?
 アルバンに誘導されるように近づくと、確かに何かが存在している。
 しかし、俺には何も見えない。

 どういうことだ?
 カルラにも見えているようだ。

 しかし、カルラとアルバンでは扉の色が違っている。

 俺とエイダ以外が、扉に触ると、微弱なダメージが入る。

 エイダでは扉は開けられない。
 俺では、扉が見えない。
 カルラとアルバンでは、扉に触ると継続ダメージが入る。

 階段があるのは、俺には見えている。

 扉を攻撃してみるか?

「カルラ。アル。少しだけ下がってくれ、扉を攻撃してみる。状況を見ていてくれ」

「はい」「うん」

 まずは、火からだ。
 確かに、扉がある。階段に吸い込まれる寸前で、何か着弾している。

 感覚的に、ダンジョンの扉だと思える。試しに、壁になっている部分に同じ威力の魔法をぶつける。
 多少の違いはあるが、同じような挙動をしめす。

「ダンジョンの壁のようだな」

 カルラもアルバンも同じ意見だ。
 そうなると、何かのトラップになっているのだろう。ダメージが入る扉は、今まで見た事がない。

「ねぇ兄ちゃん」

「なんだ?」

「おいらとカルラ姉が兄ちゃんを誘導して、扉を開けるのはダメ?あと、さっき気が付いたけど、カルラ姉とおいらでは、ダメージの種類が違うように思う」

「そうか?」

 カルラとアルバンが俺の攻撃を見て、違う色に見えたことから、カルラとアルバンで継続ダメージを離したら、違っていることが判明した。

 もしかして、俺が正しいのではなく、俺がイレギュラーな存在なのか?
 流れを見ると、俺が正しくて、カルラとアルバンが間違っているとは思えない。

 扉が見えるのが”標準”で、扉のダメージを受けないようにするのが、このトラップの意味なのでは?

 カルラとアルバンの違い。
 性差は存在している。種族も違う。しかし、俺が見えていないことから、アルバンと俺の違いに性差や種族の違いは当てはまらない。

 エイダにも扉があることは認識できている。
 しかし、エイダにはダメージが入らない。扉を開けることもできそうもない。

 属性か?
 俺は、全ての属性を持っている。だから、ダメージが入らない?

「アル。今から、アルに属性を付与する。扉の変化を報告してくれ」

「わかった」

 実験の結果、属性が扉の色に影響しているのがわかった。
 上位属性を付与しても、状況は変わらない。しかし、全部の属性を付与すると、扉が消える。

 俺が見えない理由はわかった。
 次は、罠の解除に取り掛かる。属性を付与している時に、”もしかしたら”レベルだが解ってきた。

 実験を継続した。
 俺の想像通りだ。

 CMYKに属性が対応している?
 ”火”=C
 ”風”=M
 ”水”=Y
 ”土”=K

 まぁ違っていても困らない。どうせ、パターンが解らないのだから、全部のパターンを試す。
 値の調整は難しそうだ。

 そして、扉を開けるには?

 今の状況では、四属性の攻撃を値合わせで行えばいいように思う。

 これは、プログラムを作れば、それほど難しくない。
 エイダを入れて、4つの属性が攻撃できる。タイミングを合わせるのは、トリガーを設定すればいい。

 込める魔力が違っても、プログラムで調整を行えばいい。
 端末を起動して、簡単にスクリプト程度のプログラムだ。それほど時間は掛からない。パラメータで、数値を渡せるようにしよう。

 この罠?は、今までにないまっとうな物だ。
 この場所には、本来はフロアボスが出ているのだろう。戦ってから、次にポップするまでに、罠を解析して、理解して、対策を行わなければならない。かなり、難しい。俺たちは、この場で魔石にプログラムを入れ込んで実験を行うことができる。

 何度目の調整で、扉が白く浮かび上がった。
 俺が見えたということは、罠の解除に成功したのだろう。

 割合を見ると、Kに込めた魔力を100とすると、CMYが40だ。
 リッチブラックの割合か?記憶に間違いが無ければ・・・。だけど・・・。

 憶測は意味がない。

 白くなって表示した扉は、俺が触っても大丈夫だ。カルラやアルが触っても大丈夫。

 さて、開ける方法は?

「旦那様。押しても開きません」

 そうだよな。
 俺が力を込めてもダメだ。

 扉を眺めていると、色が薄くなっていく、そうか、制限時間があるのか?

 もう一度、同じ攻撃を当てれば、白い扉が現れる。パターンの変更は無いようだ。よかった。

 反対色をぶつけてみるか?
 リッチブラックの反対は、ホワイトでいいのか?色は詳しくないから解らない。

 総当たりで試すしかないか・・・。

 全部を0にするのはプログラムが書けないと無理だ。
 0の属性を放出する?

 扉が開いた。

 できたから、深くは考えない。もしかしたら、各属性を持った者が扉を押せば開いた?

 今の階層が終わりだと嬉しいが・・・。

 違った。
 今度は、普通の階層だ。

 エイダがいうには、70階層だ。
 階層は、洞窟に変わって、道が続いている。
 奥には、大きな扉があるだけだ。

 扉を開けると、オルトロスがこちらを睨む。

「アル!カルラ!できるか?」

「もちろん!」「はい」

 二人の返事を聞いて、部屋に踏み込む。

「中央を、俺。赤い瞳をカルラ。青い瞳をアル。エイダは補助。行くぞ!」

 何をしなければいいのかは解っている。
 オルトロスとは、ウーレンフートで戦っている。

 対処も解っている。
 3つの頭が同時に咆哮をあげる時にだけ注意すれば、あとは中央を攻めている者に前足の攻撃が付与される。それ以外は、尻尾と後ろ足にだけ注意すれば大丈夫だ。

 先に、カルラが攻めていた赤い瞳を持つ頭が沈黙する。
 そうなると簡単だ。直後に青い瞳の頭も沈黙する。

「アル。カルラ。離れろ!」

 二人が離れたのを確認して、刀を構え直す。
 雷属性を纏って、足を飛ばす。あとは、作業だ。攻撃に注意しながら、ダメージをあてる。

 アルとカルラも、持っている遠距離の攻撃手段でダメージを与える。

 扉に入ってから、40分。
 オルトロスは光の粒になって消えた。そこには、魔法陣が一つと、奥に繋がる扉が現れた。

 どうやら、最下層の攻略に成功したようだ。

異世界でもプログラム

を読み込んでいます