異世界でもプログラム


 アルトワダンジョンを、ウーレンフートから来た者たちに任せて、次の町に向かっていた。
 クォートとシャープが野盗たちを引き渡して帰ってきた。

「マスター。マスターの想定した、最悪のパターンでした」

 絶望感・・・・。あまり、”感”という言葉は好きではないが・・・。共和国も、結局は形を変えた、権力主義の集まりだと認識した。平等を謳っているだけに帝国や王国よりも酷い可能性もある。

「わかった。カルラ。プランA」

 本当は、プランFが良かったのだが・・・。

「はぁ・・・。わかりました」

 カルラの気持ちも解る。プランAは、俺たちが力を付けるが、共和国は確実に力を落す。もしかしたら、内乱に発展するかもしれない。

 俺とカルラとアルバンで、ダンジョンを攻略する。
 難しいものは無視して、物量で攻略を行うが、それ以外は、速度重視で攻略を試みる。

「近くからやりますか?」

「いや、遠くのダンジョンからにする」

 近くでも問題はないが、アルトワダンジョンと結びつける者が出てくるかもしれない。

「わかりました」

 ユニコーンとバイコーンの偽装を解除する。
 俺が単独で、バイコーンに騎乗する。ユニコーンには、カルラとアルバンが騎乗する。3人で移動を行う。クォートとシャープは、アルトワダンジョンに戻って、後方支援を行う事になる。馬車は、アルトワダンジョンに手配した馬が来るので、移動させる。

 エイダは、俺が抱えていくことになった。

 持っていく端末は、モバイルノートを一台と、新しく見つけたFX-870Pだ。
 VX-4もあるが、RS-232Cの接続速度から、FX-870Pを選択した。マシン語が使える。プログラムを書き換えるプログラムが作れる。魔法プログラムとの相性は抜群だ。パラメータで、プログラムの一部を複写して、書き換えてから実行する。所謂ウィルスプログラムの実行ができる。自己増殖と自己改変が出来てしまう。そのうえで、システム領域はROMに書き込まれていて、オーバーライドを行う事ができるが、ハードリセットで元に戻るのも優しい設計だ。ファンクションとして設定している数式もプログラムを割り当てられる。その分のメモリは必要になるが、元々は32KのRAMのはずが、流れてきた機種は拡張ボードがついていて、メモリが64Kに拡張されていた。RS-232Cの拡張も行われていた。

 RS-232Cも実験用の物だろう、LEDが設定されていて信号の流れが解るようになっている。センサー系の制御ができるようになっている。センサーは見つかっていないのだが、実験した所、センサーの変わりになる物が異世界には存在していた。

 魔法だ。
 RS-232Cで、発動した魔法の制御ができる。設置型の魔法の制御が可能だ。

 全力で、バイコーンとユニコーンを走らせること2日。
 攻略目的のダンジョンに到着した。

「兄ちゃん?」

「アル。何か、心配か?」

「この子たちはどうするの?」

 アルバンが、ユニコーンとバイコーンを撫でながら聞いてきた。
 預けていくこともできるけど、ヒューマノイドタイプの二頭には新しいスキルが備わっている。

「カルラ。頼む」

「はい」

 カルラが、二頭に振れながらスキルを発動する。
 ユニコーンとバイコーンが、ミニチュアホース程度の大きさまで小さくなった。カルラが持ってきていた首輪をすれば、従魔だと認識できる。登録も済ませてある。これで、二頭も戦力として考えられる。主に、エイダ用の戦力だが、エイダが自力?での移動ができるようになれば、戦略の幅が広がる。

 低階層では、初心者や自信が無いものが戦っている。軽くだけ戦ってから、降りていく。
 5階層を越えると、人も少なくなるので、戦略を確認した。

 俺とアルバンが前線を支えて、エイダが後方から支援を行う。カルラは遊撃として、崩れそうな場所の支援を行う。
 連携の確認を終えて、持ってきていた食料で休憩をしてから、本格的な攻略に乗り出す。

 階層は、20階層だと言われている。
 まだ、誰も最下層に辿り着けていない。らしい。

 15階層を探索している。
 裏技というか・・・。チートというか・・・。エイダが、探索範囲を広げた事で、ダンジョンの情報に制限付きながらコネクトできることが判明した。コネクトが確立すれば、ダンジョンの情報が参照できる。変更は権限が得られなくて、実行が拒否された。階層を移動する場所は・・・。
 ハッキングを試したのだが、壊すだけなら出来そうだけど、壊した場合に、ダンジョンがどうなるのか解らないから実行はしていない。

「兄ちゃん。このダンジョンは攻略するの?」

「コアの破壊か?」

「うん」

「ここは、残すつもりだ」

 ここまでは順調だ。
 ダンジョンにアタックしている者も少なくなって、15階層では誰も居なくなった。魔物が強くなってきているが、俺たちには誤差程度だ。

 しかし、16階層に降りると、状況が一変した。

「マナベ様」

 カルラが慌てるのも理解ができる。
 16階層になってから、魔物が変わった。黒い靄のような物を纏っている。それに、通常なら、群れることがない魔物まで、複数で行動している。それも、気持ちが悪いくらいにシンクロしている。ゲームの魔物のように、一定の場所を守っているようだ。
 数が、尋常ではない。
 既に、1,000以上を倒しているが、終わりが見えない。

 武器だけで対応が難しく思えてきた。スキルを発動しないと対応が難しい。

「カルラ!アル!攻性のスキルを使う。範囲攻撃だ。俺の後ろに引け!エイダ!」

『はい。支援スキルを使用します』

 エイダから、俺にスキルの威力があがる支援を付与する。

 刀を構えて、スキルを発動する。
 黒い靄を纏った魔物たちは、光のスキルに弱いのは判明している。あとは、雷だ。

 久しぶりに使う。

 刀に付与しているプログラムを起動する。パラメータとして、属性を与える。
 魔力を刀に注ぐ。刀が光りだす。

「光龍!雷龍!」

 属性龍が、刀から発出される。
 目の前に居る魔物たちを、龍が飲み込んでいく。俺お魔力の1/3を与えた龍だ。魔物たちを飲み込んでいく。

「アル!カルラ!」

「はい」「!」

 龍が倒し損ねた魔物を、飛び出したカルラとアルバンが倒していく、俺は龍の制御を続けている。
 二匹同時だとまだ余裕がある。

「エイダ!処理領域に余裕は?」

『あります』

「雷龍の制御を頼む」

『了』

 このダンジョンを出たら、エイダの核とユニコーンとバイコーンの核を、今の物よりも大型の物に変更しよう。
 あと、エイダは生命線になっている。複数の核を持てるように変更しよう。あと、流れてきていた Raspberry Pi を組み込もう。8GBモデルがあったはずだ。センサーの処理を肩代わりさせる。本体は、謎技術の塊だけど、センサー系や魔法の制御系なら、プログラミングが可能だ。

 何体の魔物を倒したか解らないが、万に届いている可能性がある。

「旦那様」

「カルラ。この黒い靄を纏う状態を知っているか?」

「いえ、初見です。それに・・・」

 カルラが言いたいことは解る。
 ダンジョン内では、魔物はドロップを落すか、消えるのだが、黒い靄を纏う魔物は、どんな魔物を倒しても、全部”石”が落ちるだけだ。それも、黒い石だ。俺は、見たことがない黒色の魔石なら見たことがある。ただの石なら転がっているが、真球に近い黒い石だ。それも、倒した瞬間に黒い石になる。
 魔力を纏っているかと思うが、魔力を感じない。本当に、黒い丸い石だ。

 ひとまず、黒い石の件は、考えても解らない。
 この階層にいた魔物は倒したと思う。増える可能性もあるのだが、今の所、新たに襲ってくる魔物は居ない。

 黒い靄をまとった魔物の特徴は、とにかく好戦的だ。

 次の階層でも同じ魔物が出現した。
 通常の魔物は、俺もアルバンもカルラも見ていない。エイダに索敵をさせたが、探し出せない。
 索敵を行って気が付いたのだが、黒い靄を纏う魔物は、索敵対象にならない。近づかなければ、敵意が向かないので、索敵の対象にするのが難しい。生命を探査するスキルにも反応しない。

 16階層も、17階層も、18階層も、19階層も、同じ魔物で階層が埋め尽くされていた。

 変化が現れたのは、19階層から20階層に向かう階段の手前だ。

 階段だと思われる場所には、透明な壁が存在していて、降りる事ができない。
 壁の横に、いつもの設置されている。それは、問題ではない。

 問題になりそうなのは、少しだけ離れた位置にある。見たことが・・・。正確に言えば、俺は見たことがある装置が置かれていた。

 装置を見ると、少しだけ面倒だと思える。

「カルラ」

「はい」

「素数って解るか?」

「”そすう”ですか?聞いたことがありません」

 アルバンには、聞く必要はない。
 そうか、素数は基礎だと思ったけど、スキルの起動時にも意外と関係するのだけどな。

「カルラ。スキルの発動時に、1つ。2つ。3つと発動はできるよな?」

「はい」

「でも、4つの重ねは失敗する」

「はい。神々の喧嘩です」

 そう、この世界では、重ね掛けは、素数で管理されている。道具を作るときに気が付いた。同じ素材に4つの付与は失敗する。だから、複数の素材に分けて付与を行う。複数の素材を組み合わせれば、それが連結して4つのスキルが交わった()()()道具が完成する。

「でも、素材を選ぶが、5層なら可能だよな?」

 俺が行っているプログラムになると別だ。今後の研究次第だとは思うが、魔法をプログラミングすれば制限が外れる。理由は解らないが、実現ができるので、現在は利用している。

「え?5?」

「次は、7だ。その次は、11だ。13。17。19。23。29。31。37」

「え?え?マナベ様!」

「それが答えだ。アル。この答えは、41だ」

 13番目の素数と書かれた問題の答えは、41で合っている。
 こんな問題をここに設置している意味がわからない。それに、今度は”英語”で問題が書かれていた。各国語対応でもしているのか?FIGSとかで書かれると、読めるだろうけど・・・。まだ英語だから助かった。翻訳機能が伝えるようにしておこうか?

「エイダ!」

『はい』

「この問題を読み込んで、翻訳はできるか?ウーレンフートの端末に接続してもいい」

『可能です』

「FIGSでもか?」

『はい。フランス語。イタリア語。ドイツ語。スペイン語。CCJKも可能です』

「道具にはできるか?」

『無理です』

「わかった。次は、エイダに頼む」

『了』

 エイダに確認をしていると視線を感じた。
 アルバンとカルラが、機械を見てから、俺を見ているようだ。

 パネルを見ると、次の問題が表示されている。
 早速、エイダの出番だ。フランス語のようだ。

 読めるのは、数字だけだが、多分答えは、”Yes”だ。
 そもそも、こんな問題。あとは、問題文次第だ。

 エイダに解読をお願いした。
 やはり、”素数”なのか判定しろとのことだ。

 それから、連続で9問。

 問題文をしっかりと読まないと答えが定まらないのも嫌らしい。

 ”該当する数値は素数か?”という問題と、”該当する数値は素数ではないか?”が入り混じっている。

 問題は続いた。
 次の問題の数値は、いろいろ・・・。
 最初と最後が”1”で真ん中に3つの6があり、真ん中の数字を13個の”0”で括られている。回文素数だ。

「兄ちゃん?」

「カルラ。アル。”0”の数を数えてくれ、アルは左から数字の6まで、カルラは右から数字の6まで・・・」

 何度か、数えてもらって間違いはない。
 ベルフェゴール素数だ。

 知識として知っていなければ、突破は難しい。

 問題文をもう一度、エイダに翻訳してもらった。

「アル。答えは、”No”だ」

 アルバンが答えを入力した。
 階段が出現したので、問題が終了したと考えてよさそうだ。

 面倒な問題だったが、クリアできてよかった。

 階段を降りると、扉が存在している。
 ボス戦か?

「兄ちゃん。開けていい?」

「あぁ」

 アルバンが、扉に手をかける。
 俺とカルラは左右に別れて、戦闘態勢を取る。階層も深いわけではない。対処はできるだろう。ウーレンフートの20階層と考えると・・・。

 ボスが待ち構えていた。うん。ボスだけど、ゴブリンの上位種?

「兄ちゃん。おいらにやらせて」

「そうだな。カルラ。サポートを頼む」

「はい」

 アルバンとカルラがゴブリンの上位種に対峙する。俺は、部屋には入るが、後方で観察だ。エイダに部屋の中をサーチしてもらって、怪しい所がないか確認をしてもらっている。

 5分もしないで、アルバンがゴブリン(多分、ソルジャー)を倒しきった。

 さて、コアルームだ。
 接続が出来たら嬉しい。出来なければ、コアを破壊して終わりだ。

 今回も接続が可能だ。
 問題の設置も可能になり、もっと複雑な問題に変更した。2択問題ではなく、記述式にして、プログラムの問題を差し込んだ。これで、突破はほぼ不可能だろう。

 ウーレンフートのダンジョンとの接続はできたが、アルトワダンジョンとの接続は出来なかった。
 今までと同じで、ウーレンフートを経由すれば接続が可能だけど、無理に接続する必要はなさそうだ。

 ゲートを通して、ヒューマノイドタイプを何体かこちらの管理を行わせる。
 こうなると、一度ウーレンフートに戻って、セントラル機能を持たせたサーバルームを作成した方がいいかもしれない。監視用のサテライトは必要だろう。運営は現地スタッフに任せて、セントラル側では負荷と収支の監視だ。遠隔での構築は無理そうだから、共和国のダンジョン制覇が終わったら、ウーレンフートに戻るか?
 約束の期限も近づいているし、丁度いいかもしれない。

「よし!次に向かうぞ!」

「え?」

「ん?アル。どうした?」

「えぇーと」「マナベ様。アルトワダンジョンの様には、しないのですか?」

「あぁ上に村を作って、実効支配?」

 二人が頷いているので、俺がダンジョンを実効支配するのだと思っていたようだ。

「ここはいいかな?資源が出るダンジョンは、実効支配を考えたけど、ウーレンフートの支配下になるのなら、実効支配するよりも、特産物を絞ったほうがいいだろう」

 二人も納得してくれた。
 問題を書き直したし、最下層前と最下層のボスを強くした。リソースはウーレンフートで有り余っている。アルトワダンジョンも、徐々に貯まる傾向にあるので、自然回復するだろう。

 地上の様子を確認すると、暗くなってきているので、今日は最下層で過ごすことにした。わざわざ野営をするよりも、最下層のほうが快適だ。
 ウーレンフートから、ヒューマノイドに依頼して食事を持ってきてもらう。向こうに行けばいいとは思うが、カルラとアルバンには見せていない物も多い。サーバ室に繋がっている場所をいきなり見せるのは難しいだろう。
 こちらでも、接続している部屋は立ち入り禁止にしている。コアルームも扱いは同じだ。

 一晩で、ダンジョンの再構成は終了した。
 あとは、ヒューマノイドに監視を行うように指示を出した。運営に関しては、現状を維持しつつ、ウーレンフート経由で設定を変更してみようと思う。

 翌日も、ユニコーンとバイコーンで移動を行い。次のダンジョンに向かう。

 俺たちは、順調にダンジョンを攻略していった。
 問題は、EFIGSCCJKのどれかで書かれている。よかった、クリンゴン語とかで書かれたら難しかった。地球のネットに接続が出来れば、翻訳ができるだろうけど、オフラインでは難しい。

 クイズも、いろいろだ。豆知識的な問題は出てこない。殆どが数学や物理の問題になっている。少ない場所で5問。多い場所では100問も解かされた。誰が作っているのか面倒な問題が多い。

 今の所、8つのダンジョンを攻略したがウーレンフートに繋がらない場所は1か所だけだ。
 その1か所は、クイズの設置がなくいきなりボス戦だった。様式美である。ボス部屋がなかった。コアが見える場所にあり、コアを守るようにボスが鎮座していた。

「兄ちゃん」

「また黒い石があったな」

「うん」

 攻略したダンジョンで、コアを破壊したダンジョン以外には、最初に攻略したダンジョンと同じように、黒い石が存在していた。ダンジョンによっては、下層だけではなく、途中にあるセーフエリアにも置いてあった。気持ちが悪いので破壊して居る。魔石ではないのは、鑑定して解っているし、何かのスキルが付与されている様子もない。サイズも違うので、ただの偶然かと思ったが、”ダンジョンで吸収されない石”があるのが異常なことだ。攻略して、配下に置いたダンジョンでも”黒い石”は吸収不可能だった。

 おれが、黒い石を破壊した理由も、”吸収が不可能”だという事実を知ったからだ。

 残り、三ケ所。
 町に隣接している資源ダンジョンが残った。共和国に属している国の首都に近い場所にあり共和国の屋台骨を支えるダンジョンだ。

 次のダンジョンの攻略を考えている。
 食料の供給元を先に狙おう。魔物の肉だけではなく、ダンジョン内から果物や野菜の採取ができる。

 カルラからの情報では、狙っているダンジョンの現状、攻略を行っている階層は、47階層。
 それなりに、深い階層を探索中だ。このダンジョンは、50階層が最下層だと予測されている。

 攻略がストップしている理由が、40階層から下では食料がドロップしなくなり、物資が不足しだして、47階層で引き返したようだ。カルラが、軽く聞き込みをしてきてくれて判明した。40階層には、主が居るために、戻って採取を行うにしても、戦力配分が難しい。

 俺たちなら、食料を大量に持ち込める。
 準備は、既に整っている。

 入口で足止めされてしまっている。
 どうやら、攻略を行おうとしているダンジョンの中層でイレギュラーな魔物が発生しているようだ。

「旦那様」

「どうだった?」

「はい。許可は出ました」

「わかった。何か、条件が出たのか?」

「中層までの物資の輸送を頼まれました。まだ、了承はしていません」

「物資の量は?」

「保存食が1000名分です」

 そこそこの量だな。
 俺たちなら問題はないが・・・。持っていくだけのメリットが他に有れば・・・。

「メリットは?」

「ダンジョンへの入場の許可と、イレギュラーの情報です」

 このダンジョンは攻略しておきたい。
 共和国の首にナイフを突き付けることができる場所だ。残り2箇所は、一つはやはり食料がでるが、難易度がこのダンジョンよりも高い。もう一つは、鉱石が中心のダンジョンだ。そこは無視でいいと思っている余裕があれば、攻略を行うが、鉱石だけあっても食料を輸入しなければならない状況にあれば締め付けは可能だ。

「わかった。その話を受けよう」

「わかりました」

 カルラが俺たちから離れて、別の集団に歩み寄った。
 交渉を行っている。

「兄ちゃん」

「どうした?」

「イレギュラーはどうするの?」

「遭遇したら、倒す。でも、わざわざ見つける必要はない」

「え?」

「アル。俺たちの目的は?」

「あっ!」

「そうだ。攻略が完了して、ウーレンフートに組み込みが出来れば、イレギュラーの位置は把握できる。もしかしたら、排除が可能かもしれない」

「うん。わかった」

 アルバンは納得したのか、武器の手入れを始めた。
 一つだけ可能性が残っているけど、わざわざ説明しなくてもいいだろう。イレギュラーが、自然発生した物なら、俺の言った方法で消し去ることが可能だ。しかし、違った場合には、イレギュラーな存在が、本当にイレギュラーになってしまう可能性だってある。今、考えても解らない事は、考えても意味がない。実際に、イレギュラーな状況になった時に慌てないように、そんな可能性もあるとだけ思っておけばいい。
 ダンジョンが、壮大なプログラムならどこかに不具合(エラー)が入っていても不思議ではない。今回、それがヒットしただけなのかもしれない。
 従って、イレギュラー(エラー)な状況に、怒り狂っても前には進めない。幸いなことに、イレギュラーは徘徊型だ。回避することは可能だ。

「旦那様」

「ダンジョンの中までは、そのまま持っていこう」

「はい。許可証と、中層のキャンプへの指示書です」

「わかった。アル!」

「うん!」

 アルバンが立ち上がって、俺たちのほうに来る。
 荷物は、分担して持っていけばいい。どうせ、ダンジョンに入って、人の目がなくなれば、収納してしまえばいい。

 持ってみると、重さよりも嵩張る感じが酷い。
 確かに、これを持った状態で、戦闘は難しい。俺とカルラで持って、アルバンに遊撃として、エイダと一緒に近づいてくる魔物を討伐してもらったほうがよさそうだ。

「カルラ。アル。俺とカルラで荷物を持つ。アルとエイダで、中層までの魔物を頼む」

 周りに聞こえるように宣言する。
 荷物を持って、ダンジョンに潜るのは、俺たちだけではないようだ。他にも、何組か荷物を持っている。全員が届けなくても、大丈夫なようにはしているのだろう。中層で、イレギュラーを探している連中も上層や中層で狩りを行えば、物資には困らないだろう。他の者が持っている物は、武器や防具の補修に使う物資やポーションのようだ。分担するのなら、全部を分ければいいのに・・・。

 俺が頭を悩ませる必要はない。

「行くぞ」

 二人とエイダから、返事が貰えた。
 荷物を持って、ダンジョンに向かう。カルラが、許可証を出した。門番?が確認して、扉が開けられる。

「カルラ。キャンプは何層だ?」

「私たちが物資を届けるのは、25層のセーフエリアです」

「わかった。飛ばすぞ」

 荷物を担いで、人が少ない方向に走り出す。
 3階層まで来たら、近くに人の気配が無くなったので、荷物を収納して俺とカルラも武器を取り出す。

 アルバンが不満を口にする。
 魔物が弱くて、手ごたえがなかったことや、エイダが索敵を行い、魔物が居ない方向に案内した為に、魔物とのエンカウントが少なかった。簡単に言えば、俺とカルラの手が塞がっている間に活躍が出来なかったのが不満だった。

 些細な問題はあったが、中層に踏み込むと、人が増え始める。
 中身は軽い物に入れ替えた袋だけを取り出した。何も背負っていないのは不自然だと考えたからだ。エイダが、人が居ない方向に案内したので、人との接触も最小限に抑えられた。

「旦那様」

「あぁ」

 袋の中身を詰め込んで、キャンプ地に向かう。
 キャンプには、いくつかのパーティーが休憩をしていた。

「カルラ。頼む」

「はい」

 俺が出て行かなくても、カルラでも大丈夫だと言われている。
 カルラもそのつもりで居たので、交渉はカルラに一任した。

 雰囲気から問題はなさそうだ。
 友好的とは言わないが、事務的に話が進んでいる。荷物を受け渡して、検品されているだけのようだ。

 カルラが、相手から割符を貰っているので、これで大丈夫なのだろう。

「旦那様」

「問題は?」

「ありません。今後の予定を聞かれたので、打ち合わせ通りに答えました」

「承諾していたか?」

「はい」

「アル!休んだら、出発するぞ」

「うん!」

『マスター。イレギュラーの情報は?』

「そうだ。カルラ。イレギュラーの情報は?」

「はい。何人かは確認しているようです。40階層の階層主が中層を徘徊しているようです」

「主?階層の?部屋から出ていると言うのか?」

「はい。そして、イレギュラーは、黒い靄を纏っているという情報があります。階層を越えて、追尾してくるので、見つかったら、階層を越えても全力で逃げるように助言を受けました」

「そうか・・・」

 黒い靄が気になる。
 40階層の主なら、たしかに中層を主戦場にしている者だと捕捉されたら対応が難しい。ダンジョンへの入場が規制される意味はある。階層を越えて追尾してくるのも気になる。人の・・・。悪意のような物を感じるが、考えすぎか?

「カルラ姉ちゃん。階層主ってことは、40階層の階層主は居ないの?」

 そういえば、階層主が居なくなったと判断されているのだとしたら、40階層はどうなっている?
 イレギュラーの存在が際立っているが、下層で何かが発生している可能性すらある。

「居ないことが、確認されている。下層への侵入は、禁止されていませんが、推奨もされていません」

 推奨されていない。自己責任だろう。俺たちには都合がいい。自己都合でも、下層に足を踏み入れることができれば、そのまま攻略を行える。

「兄ちゃん。イレギュラーを倒しても、階層主だとしたら、復活するよね?」

「そうだな」

「それなら、ほら、兄ちゃんが、アルトワでやったように、ボスを変えちゃえば?」

「!!そうだな」

 討伐は考えていなかったが、討伐を行ってから、階層主に挑戦を行えば、”黒い靄”の謎が解ける可能性がある。
 攻略後に、ボスを変えても、同じようにイレギュラーになるのなら、ダンジョンになにか仕掛けが施されている可能性が高い。全部をサーチするのに、やはり攻略をしなければならない。同じ手間なら、攻略してから考えればいい。
 もし、何も仕掛けがされていなければ、アルトワダンジョンでもイレギュラーが産まれて来る可能性がある。それだけは避けたい。

 中層のキャンプ地に、物資を届けた。
 途中で狩った魔物や採取した物も一緒に渡した。

 共和国内では、少量だがマジックバッグが流通している。容量も大きくないのだが、物が流通していれば、使っても不思議には思われない。

 と、いうことで、問題はあるが、使ってしまおうということになった。

 今回は、途中で狩った魔物や採取した物を提供する。
 中層にキャンプを張って、イレギュラーに対応が可能な者たちだ。俺たちが持っている、マジックバッグを見ても奪おうとはしないだろう。
 それに、奪われても、袋ではなくステータスボードに格納しているので、袋が奪われても困らない。

 一応、言い訳として、とあるダンジョンの下層で見つかった物で、個体認証が行われて、俺以外が使おうとしても一般的な袋と同じになってしまうと説明しておく、俺専用の道具になってしまったとしておけばいいだろう。

 中層のキャンプ地では、イレギュラー(徘徊階層主)の情報は得られなかった。

「旦那様」

「何か、情報は得られたか?」

「はい。下層の安全地帯に魔物が出たようです」

「セーフエリアに?入ってきたのか?」

「違います。”魔物が湧きだした”と言っています」

 カルラの説明では、セーフエリアの入口は塞がれた状態になっていて、それでも中に魔物が居たので、最初は不思議に思いつつ駆除した。しかし、しばらくたって魔物がまた出現したので、”湧きだした”と結論づけて、セーフエリアを放棄したそうだ。
 問題は、湧きだした魔物が”黒い靄”を纏っていたことだ。
 中層のキャンプでは、問題と感じていなかった。カルラから事情を聞いた、俺たちはよくわからない気持ち悪さを感じていた。

「兄ちゃん。どうするの?」

「最下層を目指す」

 キャンプ地から少しだけ離れた場所で、カルラからの報告を聞いてから、アルバンが俺に今後の方針を訪ねてきた。
 元々、このダンジョンは攻略すると決めている。

「エイダ。人や魔物が居ない場所を案内してくれ」

『了』

 エイダは、アルバンが抱きかかえている。
 移動速度を考えれば、誰かが抱きか開けるのがいいのだが、最初はカルラが抱きかかえて、走っていたのだが、カルラは近くに居る魔物を討伐して戻ってくる。アルバンでは、討伐時間で差が出てしまう。従って、今はアルバンが抱えている。
 カルラは、エイダから指示された、近づいてきそうな魔物の討伐を行う。

 避けられそうにない戦闘は、俺とカルラが担当して、大きな群れの場合には、アルバンも参戦する。

『マスター!』

「エイダ?」

『イレギュラーの可能性があります』

「どういうことだ?」

『通常の魔物や人と違う反応があります』

「何体だ?」

『3体。大きさから、フォレストウルフ系列』

 少しだけ考えて、討伐を決意する。
 これが、黒い靄を纏った魔物なら、エイダの探索の精度が上がったことを意味する。確認しないのは気持ちが悪い。下層を移動することを考えれば、エイダが見つけたイレギュラー(未知)を既知にしておいた方がいい。一度でも索敵をして、討伐を行えば情報が収集できる。積み重ねは必要だが、既知にできる。チャンスと考えたい。

「兄ちゃん」

 やはり、黒い靄を纏った魔物だ。

「アル。カルラ」

 エイダは、俺が抱きかかえて、いつでも離脱が可能な体勢にする。
 相手の強さも解らない。今までと同じ程度なら余裕だが、イレギュラーな状態だと、いきなり強くなっている可能性もある。

 姿は、フォレストウルフだ。しかし、こんな下層に居る魔物ではない。
 ブラック・フォレストウルフとでも呼べばいいのか?

 カルラが牽制で放ったスキルをしっかりと避ける。ヘイトがカルラに集中する。
 それほど、動きが賢い(連携がとれている)感じではない。アルバンが後ろに回っても、無視している。

 カルラが、避けタンクのようにブラック・フォレストウルフを引き付ける。

 二人でなんとかなりそうだ。
 アルバンの攻撃もしっかりとダメージとして残る。物理攻撃を行えば、一体だけヘイトがアルバンに向く、釣ってくることが出来そうだ。下層に居る魔物の様に、連携してこない。強さがアンバランスに感じる。

 10分程度で、3体のブラック・フォレストを倒した。
 やはり、ドロップは何もしない。黒い靄になって消えてしまう。現象としては、同じだ。

 エイダが情報を分析した。
 ダンジョンに属さない魔物だと分析されたが、それならダンジョンの魔物の様に消える謎が残ってしまう。

「アル。カルラ。黒い石が無いか探してくれ」

 俺の指示で、二人にも協力して貰って、30分ていど近くを探してみたが”黒い石”は見つからなかった。
 ”黒い靄”と”黒い石”には繋がりがないのか?魔物が移動した可能性もある。近くにないと言って、”関係がない”とは、言い切れない。

「カルラ!アル!」

 二人を呼んで、下層に移動を開始する。
 何度か、黒い靄を纏った魔物を討伐した。弱い魔物が、黒い靄を纏っても、俺たちなら討伐は簡単だ。

「兄ちゃん?」

「どうした?」

「ブラック系の魔物だけど、なんで上層の魔物だけなの?」

 アルバンに言われて、考えてみた。
 確かに、黒い靄を纏っているのは、このダンジョンに居ない物も存在していたが、他のダンジョンでも上層と呼ばれる場所に出て来る魔物だけだ。

「わからない。”黒い石”が関係しているとしたら、何かしらの制限があるのかもしれない」

 そうなると、階層主が黒い靄を纏って徘徊しているのは、違う理由があるのか?

 考えても解らない。頭の片隅からはがれない違和感。

 階層主のイレギュラーとは遭遇しなかった。

 本来なら、階層主が居るべき部屋は、魔物が存在しなかった。
 部屋の中央に、石が散らばっている。

 魔石でもなさそうだ。黒い石が変化した物か?

 スキルを付与した形跡もない。本当に、ただの石なのか?

 調査をしたいけど、持っていくのは何か危険な感じがする。

『マスター』

「何か、見つけたのか?」

『はい。魔石が一つだけ混ざっています。スキルが付与されています』

「解析は可能か?」

『可能です』

「・・・」

 何か、引っかかる。気持ちが悪い。
 こういう時の”感”は無視しないほうがいい。

 何かある?気持ちが悪い。
 もしかしたら・・・。

「エイダ。解析を中止!」

『了』

 まだ開始していなかった。
 俺が、魔物を乗っ取ろうとしたら、ウイルスを仕込む。もしかして、黒い靄を纏った魔物の動きが単純な物なのは、ウイルスに犯されているからなのか?
 低級な魔物を”生み出している”のか?ダンジョンが犯されて魔物を産み出している?

 魔法をプログラミングできるのなら、魔物を乗っ取る為に、ダンジョンを乗っ取る為に、ウイルスが有っても不思議ではない。
 なんで、最初に”それ(ウイルス)”の危険性を考えなかった。

 すぐに、対策を考える必要がある。
 どこに潜伏して、どこに影響があるのか調べなければならない。

 自己増殖型でない事を祈るけど、現状を見ると、単なるワームではなさそうだ。潜伏型かもしれない。

 黒い石が、ウイルスを増殖させる物なのだとしたら、ダンジョンを吸収している。ウーレンフートも危ない状況だ。
 ウーレンフートでは異常な状況は発生していない。接触しているアルトワダンジョンも平気だ。

 何がトリガーになっている?何が感染源だ?

「兄ちゃん!」

「ん?」

「兄ちゃん。考えても、解らないのなら、まずは情報を集めよう」

 アルバンに言われて、自分が慌てていたのが解った。
 確かに、これ以上は解析して、現状を分析して、情報を集めなければ解らない。

 このダンジョンが感染しているのなら、攻略してしまえば、感染源を抑えられるかもしれない。ウーレンフートに繋ぐのは、辞めた方がいいかもしれないが、持ってきている端末を繋いで調査を行うのはできる。

「そうだな。アル」

 アルバンの頭を撫でながら、カルラを見る。

「エイダ。最速で、最下層に向かう。アルとカルラも手伝ってくれ」

「はい」「うん!」『了』

 まだ何か秘密があるかもしれない。
 でも、まずは俺ができる事をやってしまおう。それから、考えればいい。

「いくぞ!」

 最下層を目指すのは、初めから決まっていた。

 全速ではないが、魔物が出てきた場合でも、対処が可能な状況を維持しつつ、最速で最下層を目指す。
 エイダには、全力で索敵を行ってもらっている。

 アルバンも、カルラも、問題はなさそうだ。

 最下層の直前(だと思える場所)に、ボス部屋が設置されている。
 アルバンが、躊躇なく扉を開ける。俺とカルラを見たことだけは褒めてあげるが、開ける前に一言くらいは欲しかった。

 ボスは、黒い靄を纏っていない。

「相手は、キングエイプ。エイプ種の手下を5体」

 カルラがボス部屋を観察して報告を上げる。
 目視できる場所には、キングエイプしか見えない。カルラが、言っているのなら、キングエイプの後ろにでも控えているのだろう。

「兄ちゃん!おいらに、キングエイプをやらせて!」

「カルラ。サポートを頼む。アル。一人ではダメだ。カルラのサポートを受けるのなら、許可する」

「わかった。姉ちゃん。お願い」

「かしこまりました」

「エイダ。俺とエイプ種をキングエイプから引き剥がすぞ」

『了』

 アルバンが飛び出していくが、カルラがしっかりと後ろからついていく、キングエイプの攻撃動作をしっかりとキャンセルしている。

 俺とエイダは、後ろに控えていたエイプ種5体のヘイトを管理する。
 難しくはない。5体にスキルを浴びせる。キングエイプに当たらないように調整するだけで十分だ。俺たちに意識が向いた所で、アルバンとカルラが居る方向とは逆に走り出す。
 エイプ種は、しっかりと釣れた。

「エイダ。やれるか?」

『了』

 エイプ種を見ると、上位種は居ない。変異種が1体だけだ。

 これが最下層のボスなのか?弱すぎる?

 エイダがスキルを発動する。

 一撃では、倒せない。
 エイダのスキルは、それなりの威力がある。エイプ種が耐えられる威力ではない。半数は、倒せると思っていたが、一体も倒せないのは、計算外だ。

『マスター。エイプ種は、変異種です』

「変異種?通常のエイプと同じだぞ?」

 変異種や上位種は、色や顔つきが違っている。
 目の前の、エイプ種は一体を除いては、通常のエイプと同じだ。

『マスター!』

 エイダの声で、思考が戻ってきた。
 そうだ、考えるのは後だ。

「エイダ。エイプ種を引き離すぞ!もしかしたら、変異種に見えるエイプが本当のボスかもしれない」

『是』

 アルバンとカルラを見ると、問題はなさそうだ。
 キングエイプとは何度かダンジョン内で戦っている。多少は、強くはなっているようだが、想定の範囲内だ。

 後ろに居たのは、従えていたわけではなく、本当のボスが変異種に見えるエイプなのだろうか?

「俺が、変異種に当たる。他の4体を頼む。倒す必要はない。アルバンとカルラが駆けつけるまで持たせろ」

『了』

 大廻で、変異種に見えるエイプに肉薄する。
 見た目は、変異種だが確かに違う。これは、エイプなのか?

 今、俺を見た。
 ダンジョンの中に居る魔物との戦闘は、それほど難しくない。ヘイト管理が、外に居る魔物や人よりも格段に楽だからだ。
 でも、変異種は俺が攻撃を仕掛ける前に、俺を見た。ダンジョンの中では発生しない事象だ。ウーレンフートのダンジョンの様に、パターンデータを改変してあったり、パターン学習をさせてあったり、戦闘データから学習させているような状況で無ければ、外から魔物を連れてきて、育てる必要がある。

 理由は解らないが、こいつ(変異種)が最強だ。
 戦闘が開始したら、入口が閉まった。それに、俺たちが攻撃を開始するまで、動かなかった。いくつかの状況から、この6体がボスだと言っている。しかし、違和感しかない。イレギュラーな状況だ。

 変異種は、通常のエイプの変異種では考えられない位に強い。
 速度は、同じ程度だが、力が数倍は強い。動きは、エイプ種と変わらない。力だけが強くなっている?

「アルバン!カルラ!キングエイプが終わったら、エイプ種を頼む」

「うん」「はい」

 え?
 エイプが、放出系のスキルを使った?

 動きに翻弄されなければ対処は可能だ。
 じっくりと削っていく!

 アルバンとカルラが、キングエイプを倒した。
 これで、エイダの負担が減る。

「エイダ!解析!」

『了』

 エイダも解ったのだろう。
 カルラとアルバンが、エイプ種に接近して、攻撃を開始した瞬間に離脱して、変異種の解析を行う。

『マスター!変異種は、キングエイプの3倍の体力。力は、5倍。スキルは解析失敗。複数の所持を確認』

「わかった」

 想像以上だ。
 勝てない相手ではない。カルラとアルバンも、エイプ種の相手をしている。向こうも余裕はないが、問題はなさそうだ。

 俺も、ゆっくりはしていられない。
 武器を取り出す。

 エイプの変異種。
 これからは、今までとは少しだけ違うぞ!

 武器を持った俺に、変異種は構えを変える。
 やはり、通常のダンジョンで発生するボスの動きではない。ウーレンフートで設定したから解る。これは、戦闘訓練やデータを組み込まれた個体だ。

 刀を構えながら、スキルを発動する。
 意表を付くような攻撃には対応が(まだ)できないようだ。

 高位のスキルが来ないと判断したのか、スキルを無視して突っ込んでくる。
 いい判断だが、もう少しだけ賢くなって戻ってこい。これは、悪手だ。

 肉薄する。変異種の足にスキルを集中する。風属性のスキルだ。無視して突っ込んでくる。スキルは、変異種の皮膚で弾かれる。その後に、同じ風属性のスキルを腕に放つ。今度は、雷属性を付与した物だ。

 無視して、俺の首を掴もうとしたエイプの腕にスキルがヒットする。
 風属性のスキルは、皮膚に弾かれる。しかし、雷属性のスキルがエイプの身体を痺れさせる。ほんの少しの時間だが、動きが止まる。俺には、十分な時間だ。

 エイプが俺を掴もうとした腕を、切り落とす。
 絶叫がボス部屋に響き渡る。

 え?

「兄ちゃん?」

「あぁ・・・」

 通常なら、腕の一本を切り落としても、ボス戦が終わることはない。

 アルバンとカルラも、不思議な状況に混乱している。

「エイダ!」

『解析失敗』

 エイダでもダメ?

 俺が腕を切り落とした変異種もどきが絶叫を上げた。
 ここまでは、想定していた。

 問題は、カルラとアルバンが相手していたエイプたちが、黒い靄になって消えてしまった。

 変異種も、腕だけを残して黒い靄になった。

 カルラとアルバンが倒したキングエイプに黒い靄が集まっていく。
 復活するのかと構えたが、復活する様子はない。

 数秒後に、魔法陣が現れた。
 これは、ボスが討伐された証拠だ。この時点で、腕が有った場所にドロップが現れる。腕は通常のボス戦の様に消えている。

 キングエイプは、魔法陣が現れた瞬間に黒い石を残して消えてしまった。

 ボス撃破の報酬はしっかりと出ている。

 最下層に繋がる魔法陣が表示されている。上に戻る為の魔法陣もある。

「エイダ。魔法陣を調べてくれ」

『了』

 エイダが解析を始める。
 アルバンとカルラは、ボス部屋の様子を調べるが、黒い石が残された以外は、通常のボス部屋だ。

『マスター。通常の魔法陣です。赤が下層への魔法陣で、青が1階層への移動です』

「わかった。下層に移動するぞ」

「兄ちゃん。黒い石はどうする?」

『マスター。確保をお願いします』

「どうした?」

『マスター。スキルの痕跡があります。今までの物とは違います』

「触っても大丈夫か?」

『大丈夫です。結界で覆いました。スキルが漏れないようにしました』

「わかった」

「旦那様。私が持ちます」

 カルラの申し出は嬉しい。
 しかし・・・。

 カルラを見ると、アルバンに持たせるのは、何かあった時に対応が難しい。俺は、論外だといいたいようだ。エイダでは、スキルがウイルスなら被害が大きくなりすぎる。カルラなら、異常状態の耐性が強いだけではなく、対応も慣れている。

「わかった。カルラ。頼む」

「はい」

 カルラが、黒い石を持ち上げる。
 エイダが結界を張っているので、手から少しだけ浮いているのが不思議な状況だが、異常はなさそうだ。スキル発動にトリガーが必要なのかもしれない。
 俺が持っている容量が小さいマジックバッグをカルラに渡して、使うように指示する。中身には、何も入っていない。大丈夫だとは思うが、トリガーが解らないだけに、用心は必要だ。

 まだ下層が存在しているようだ。
 ボスを倒して、発現した魔法陣に乗って、下層に移動する。全員が乗った所で、魔法陣に魔力を流す。

 魔法陣は・・・。
 発動したけど、ここで問題が出るのか?

”4桁の数字を並び替えて、最大にしたものと最小にしたものとの差を計算する。これを繰り返すことで、現れる数字を答えよ。ただし、同じ数字だけで構成された整数は除く”

 また面倒な問題だな。
 カプレカ数だろう?

「アル。問題には、選択肢は出ているのか?」

「出てない。4桁の数字を入力する様になっている」

「”6174”と入力してくれ」

「わかった!」

 アルが、問題が表示されている板?に数字を入力する。
 4桁でよかった。3桁は、”495”と覚えているけど、それ以外だと計算しないと解らなかった。カプレカ数を知らなければ、計算が出来ても答えには辿り着けない。

 どうせ、一回しか回答権を与えられていないのだろう。間違えたら、入口にでも飛ばされるか、もう一度ボス戦だろう。

「兄ちゃん!」

「入力したら、回答してくれ」

「うん。6174と入力した。回答!」

 いきなり、魔法陣の転送が始まるのか?

 光が俺たちを包み込む。

 光が無くなっている。一瞬で終わってしまった。

「エイダ!」

『最下層です』

 最下層の扉にも問題がついている。
 今度は、495が答えになる。4桁の方が難しいと思うのだけど、別に困らないからいいのか?

 答えをアルバンが入力すると、扉が開いた。
 前室になっているようだ。

「カルラ。アルバン。この部屋を整えてくれ、必要な物は・・・」

 周りを見ると、いろいろと物資が流れ着いているように見える。

「かしこまりました。旦那様がお休み頂ける部屋にしておきます」

「頼む。ゆっくりでいいからな」

 食料を渡しておけば、飢える事はないだろう。

『マスター』

「どうした?」

『”黒い石の解析を実行したい”と思います。ご許可を頂きたい』

 黒い石に関しては、少しでも情報が欲しい。
 ただ持ち込めばいいのか?それとも、何か条件があるのか?条件があるのなら潰せばいい。持ち込むだけで発動してしまうのなら、持ち込ませないようにする必要がある。罠の応用でできるか確認が必要だが、転移する罠で武器だけを奪うことができる。同じように、黒い石だけを奪う事が出来れば、持ち込ませる状況を回避できる。

「わかった。許可する。ただし、俺も一緒に解析を行う」

『了』

 奥の部屋も気になるが、黒い石の方が重要だ。
 それに、黒い石の正体が解らないまま、ウーレンフートに繋ぐのは怖い。危険だ。直感から来るものだが、この場で解析を行ったほうがいい。

「カルラ。アル。黒い石の解析を行う。なるべく近づかないでくれ」

 二人から了承の返事が来る。

 ノートパソコン--DELL製の13インチモデル--を、取り出して接続を行う。普段開発で使っているSurfaceは繋がない。DELLのいい所は、パソコンに癖がないから、いろいろなOSが試せることだ。一部には、ドライバが必要になる場合もあるが、標準のドライバで動いてくれる。

 繋いですぐに判明した。
 黒い石は、やはりウイルスが仕組まれている。と、いうよりも、”黒い石”自体がウイルスだ。

 機能は単純だ。
1.繋がった端末に自分をコピーする
 この時に、抵抗ができる。パソコンに繋いだ時にすぐに判明した理由だ。
2.相手に強制的にスキルを植え付ける
 感染フェーズで、どうやら動きが単純になってしまっていた理由のようだ。乗っ取りを行うのだが単純な行動パターンになってしまっている。
3.複製の作成
 今回は、これがうまく作動していなかった。複製が行えれば、感染した端末を使って別の端末に感染させられる。経路が複数になるようには調整されていない為に、”1”が邪魔して複製が失敗している。
4.魔核(石)に侵入して機能を複写する

 ワクチンは必要なさそうだ。振れなければいいだけだ。
 これで、各階層に置かれていた理由がわかった。魔物たちが、倒されて、魔石が残されると、そこから新しい黒い靄を纏った魔物が産まれる。これの繰り返しだった。
 接触で侵入を行う。

 解析を行って、プログラムの癖が解った。
 サンプルが一つだけだから、正しいか解らないが、回りくどい方法を用いている。わざとそうしているのか?癖なのか?それとも、何かのサンプルのコピーなのか解らない。

『マスター』

 エイダに頼んでいた、黒い石の固有情報に思える物が見つかった。あとは、全ての黒い石で共通する部分か、何かしらの係数を与える事で、同一の物とみなす事が出来れば、識別が可能になる。これは、俺じゃなくて、エイダが得意とする分野だ。
 今まで、いくつかの黒い石を見つけてきていた。ウイルスにも、指紋のような物は存在する。プログラムでも同じだ。抜け殻になっている黒い石にも残された情報を見つける事ができた。

 総当たりの計算は、簡単なプログラムを組んで、あとはエイダに任せてしまおう。

「エイダ。情報をまとめてくれ」

『了』

 結果が出るまで、俺はこのダンジョンの設定を行う。

 奥の部屋に入ると、そこには、NEC PC-8801MHだ。
 なつかしさがこみあげて来る。キーボードも純正品だ。モニターは残念ながら純正品ではなかった。EPSONのモニターだ。
 PC-88には、ネットワークアダプターは存在していない。RS-232Cからデータの吸い上げを行おうかと思ったが、簡単に行きそうになかった。周りを見ると、1,200bpsのモデムが落ちている。
 手元にはないが、ウーレンフートにならモデムが搭載されているパソコンがあったはずだ。
 RJ11で繋げばいいはずだ。リバースにする必要は無かったはずだ。モデムがビジネスモデムの様だから、6極4芯のケーブルを用意すればいいのか?

 うーん。ここで、コネクタを作るのは出来そうにない。
 一度、ウーレンフートに戻ってコネクタを作るか?

 それとも、もうウーレンフートと繋いでしまって・・・。

 もしかして、このダンジョンの魔物やボスが単調な動きになっていたのは、PC-8801MHをコアに使っていたからか?

『マスター』

 前室で、解析を行っているエイダが何か報告があるようだ。

『どうした?』

 こちらは、もう何もできないので、前室に戻る。

『マスター。解析が終わりました』

「早いな」

『はい。同一のフィンガープリントが存在します』

「そうか!それなら、識別は出来そうだな。全ての魔石か?」

『はい。元を作成して、コピーしているようです。ボスの部屋で見つけた物は、元々の魔石が大きかった為に、プログラムが残っていたようです』

「通常の魔石では見られない特徴だよな?」

『はい』

「フィルタリングは可能か?」

『可能です』

「追跡は?」

『不可能です』

「接触感染だと、センターから排除は可能か?」

『可能です。ダンジョンへの侵入検知が可能です』

「わかった。それで、防御を組み立てる」

『了』

 これで、黒い石に関しては、安心できる。

「エイダ。手伝ってくれ、ウーレンフートに繋げて、コアを変更する。今の物では、処理能力が不足している」

『了』

 カルラとアルバンには、引き続き前室の掃除を頼んだ。
 エイダとコントロール室に戻って、今度はエイダとウーレンフートに繋げる準備を行う。

 黒い石の解析に使った、DELLを使う。ウーレンフートに繋げる。向こうにいるヒューマノイドに、こちらのダンジョンに接続を行うように指示を出す。
 すぐに、接続確認が表示されたので、承認を行う。

 あとは手慣れた作業だ。
 ヒューマノイドに必要になる機材を持ってこさせる。RJ11のケーブルを作成して、モデムを経由して、ウーレンフートから持ってきた端末に繋げる。

 データ移設には、21時間が必要になるようだ。
 戦闘ログなどは残っていない。殆どが、階層データの様だ。後は、中で戦っている者たちをどうするのかだけだ。

 データの移行が終わってから考えよう。
 今日は疲れた。

 データの移行が終了した。
 切り替えは、平行作業で行える。ホットスタンバイのような物だ。

 接続は、RS-232Cを使っている。PC-88シリーズでもRS-232Cなら接続ができる。ケーブルが接続された状態で、モデムに繋がっている。モデムが接続状態になっているので、モデムを経由してダンジョンを維持している。
 モニター上には、PC-88が制御を行っている状況が表示されている。

 移行した端末を起動する。

 移行した端末の起動が終わって、ダンジョンに接続が行われる。

 通常のシステムよりも、簡単に切り替えができる。
 データを移行したパソコンに処理が流れ始める。処理が早い方に流れるのは当然の事で、PC-88での処理は少なくなっていった。

 1時間後には、PC-88には処理は流れてこなくなった。
 モニターに処理が表示されなくなってから、更に1時間が経過した。

 モデムのLEDも光っていない。

 モデムを外して、PC-88のモニターを見ると、コネクトが切れた情報が流れた。

 よく見ると、このプログラムは知っている。
 ”草の根BBS”を構築するためのプログラムだ。使った事があるから解る。

「エイダ。ウーレンフートへの接続を頼む」

『否』

「どうした?何かあるのか?」

『はい。黒い石のサーチを行います。全階層の確認の為に、4時間必要です』

 4時間か?
 仮眠を取るか?移行中に、モニタールームの調査をした。面白そうな物はなかった。
 動いていたこともあるが、少しだけ眠い。

「わかった。隣で寝ているから終わったら起こしてくれ」

『了』

 隣の部屋に戻ると、野営用の道具で休める場所が確保されている。

「カルラ。エイダが起こしに来ると思う。そうしたら、教えてくれ」

「かしこまりました」

「兄ちゃん!」

「カルラと交代で休んでくれ、多分、4-5時間だと思う」

「わかった」

 アルバンとカルラには、移行を待っている間に、転移の確認だけを行ってもらった。ボス部屋の問題の確認や、入ってこられない状況になっているのか確認を行ってもらった。

 報告は、モニタールームで受けていた。
 転移は、問題なく動作していたが、戻ってくるのにボスを倒さなくては問題が出てこない。弱めのボスに切り替えていたから、苦労はしなかったようだが、何度も行うべきではないと判断した。

---

「旦那様」

「終わったか?」

「はい。エイダが戻ってきました」

「ありがとう」

 簡易テントから出ると、アルバンがエイダを抱えていた。

「黒い石は見つかったか?」

『はい。5階層と10階層にありました』

「場所は?」

『わかります』

「アル。5階層と10階層なら、大丈夫だな?」

「うん!」

「エイダを連れていけ、カルラ。サポートを頼む」

「・・・。はい」「兄ちゃんは?」

 カルラは、俺のサポートで残りたいのかもしれないが、アルバンが少しだけ心配だ。

「俺は、ワクチンを開発する。そのあとで、ウーレンフートに繋ぐ」

 動きを説明してから、アルバンがエイダを抱きかかえたまま、移動を開始する。
 カルラも、同じように移動を開始する。5階層と10階層なら、アルバンだけでも大丈夫だと思うが、ダンジョンに出て来る魔物だけが敵ではない。5階層辺りだと、素行がよくない奴らが居る可能性がある。
 カルラと一緒だと余計に目立つが、アルバン一人で動くよりはいいと判断した。二人なら、エイダのスキルを使わなくても、逃げることはできるだろう。

 さて、黒い石がウイルスだと解った。
 自己増殖型だ。侵入経路は、それほど賢い感じではない。やっていることは複雑に見えるが単純な動きだ。

 指紋が解ったから、モジュールの一部を破壊するだけで、動作しないようには、できるだろう。
 消し去る必要はないだろう。こっちも、ワームで対処を考えるか?

 ん?
 そうか、ダンジョンの魔物にワクチンを持たせて、黒い石と同じ”指紋”が見つかったら、モジュールの一部を破壊する様にしてみればいいか?

 ダンジョン内での増殖は不可能になる。
 全部に付与する為に、小さくする必要がある。検索抱けして、駆除は別にすればいいのか?

 ワクチンというか、侵入させなければいい。単体で動作するようにしなければならないのか・・・。

 どっちの方法でも、一長一短だ。
 他にも、方法があるはずだ。

 ダンジョンのセキュリティを高めるのが先だな。
 簡単な方法だけは実装しておくか・・・。パリティチェックを組み込もう。チェックサムを組み合わせる位なら難しくない。

 ルータも強化するか?
 でもルータは、ウーレンフートに戻ってからだな。ダンジョンが繋がるとは思っていなかったから、ルータの設定がおろそかになってしまっている。

 あ!
 そうか!

 持ち込まれた物を調べるようにすればいいのか?

 そうしたら、持ち込んだ奴が特定できる。

---
 アイテム探索プログラム開発中
---

 アイテム袋を持たれると、中身までは調べる事ができない。アイテムの一意性の確保は難しそうだ。

 キーになりそうな物が見つかればいいけど・・・。
 ん?アイテムのデータに、余剰がある?なんだ!これは?

 アイテムデータの最初は特定の種別を示しているようだ。まだ、データが少ないから判断はできない。だけど、データの最後にバイナリで見ると、”0x00”が繋がっている。
 必ず、16バイト以上の0x00が繋がっている。
 バッファか?

 アイテムの一意性を確保する為のキーを見つけるのが先だが・・・。

 自分の持っているアイテムで武器には、0x00が繋がった領域がある。
 バイナリを追加してみると、指定した武器が壊れた。

 そうか、チェックサムがあるのだな。
 ヘッダー部分かフッター部分のどちらかだとは思うけど、いくつかの武器と防具で確認してみる。

 ヘッダーだな。チェックサムらしき物が存在している。次は、チェックサムの計算方法だけど、通常のEXEと同じでやってみるか?

 あ!
 そうか!

 こんな簡単な事に気が付かなかった。

 魔物にチェックサムを付ければいい。ポップした魔物でも、ダンジョンプログラムで管理を行っている。体力を含めた各種のパラメータ、バフ・デバフの管理が行われている。
 パラメータ部分を除いた部分を使ったチェックサムを作成すればいい。
 それなら、ダンジョンプログラムで対応が可能だ。処理速度にも影響が少ない。ポップする部分にパッチを入れればいい。

 チェックサムエラーが発生したら、近くのアイテムを調べればいい。そして、本体はリソースに還元すればいい。
 そこから、ワクチンを発動していいだろう。接触感染での感染が確定している状況だから、学習させればいい。

 いくつかのプログラムの複合になってしまうけど、一つ一つは小さいモジュールに出来そうだ。

 次いでだから、アイテムのデータ解析も行っておこう。
 まずは、データを集めて・・・。

 パワーが足りないな。

『マスター!』

 エイダからの連絡が来た。

『どうした?』

『黒い石の排除が終了しました。前室に戻ります』

『わかった。ラスボス前で連絡を入れてくれ、ボスを弱くする』

『了』

 3時間後に、ボスの前に到着したと連絡が入った。
 情報はエイダが持っている。最短で最下層まで来るのは簡単だろう。

 ボスをゴブリン1体に変更してから、ボスの部屋に突入させた。
 簡単に倒して、問題を解いて・・・。

 戻ってきた。

『マスター。まだ感染が行われていない、黒い石がありました』

「大丈夫なのか?」

『はい。マスターが作ったワームで無力になりました』

 俺が作った?
 そうか、使ったSurfaceはエイダと繋がっているのだったな。
 それなら、俺が作った物を使うことはできただろう。異常系を簡単に組み込んだα版に毛が生えた程度の物だが、エイダが使うのなら問題はないだろう。リリース版は作っていなかった。デバッグ版で動かしたのか?

 それなら・・・

「消滅はしなかったのか?」

『はい。モジュールの破壊が成功しても、黒い石のままです』

 まだ何か、仕掛けがあるのだろう?
 でも、チェックサムやパリティチェックが組み込まれていないのなら、やりようはいくらでもありそうだ。

「エイダ。デバッグ版なら、動作ログは吐き出されただろう?転送してくれ」

『了』

 動作ログが流れて来る。
 黒い石のデータ領域も流れてきた。

 え?
 あぁ・・・。なんだかなぁ・・・。難しく考えすぎた。

 黒い石の正体は、待機型のスクリプトだ。”I Love You”ウィルスだ。乗っ取り方ではない。破壊タイプだ。

 接触して、魔力の供給を受けると、スクリプトが実行される。バイナリでの配布ではないので、スクリプトを実行するためのバイナリが、ダンジョンに依存している。

 ワクチンでの対処が可能だが、単純な仕組みだけど、侵入されてしまった魔物を元に戻すのは不可能だ。侵された部分をパージすればよいかと思ったが、スクリプトを見ると、上書きしてしまっている。同種の魔物からデータを複写する対処も考えられるが、討伐対象なので、討伐してしまったほうが楽だ。

「エイダ!」

『はい。マスター』

「ダンジョンの設定を頼む。ウーレンフートに繋げてくれ」

『了』

「ウーレンフートから、ヒューマノイドタイプを移動させて、設定と監視を頼む」

『了』

「設定は、階層を50階層まで増やして、低階層は、変更はなし。魔物のポップ率を増やす。ドロップ率は低下。素材や採取は、リポップなしだ」

『了』

「中層以降は、ひとまず保留。アルトワのダンジョンを参考に変更で、大丈夫か?」

『是。ダンジョン構成を参考に、変更を行います』

「頼む」

『了』

 エイダが、制御室に移動する。
 あとは、エイダに任せれば大丈夫だろう。

 慣れた作業だ。ウーレンフートには、ヒューマノイドのストックは用意されている。当初よりも、高機能になっているのは、コアを格段に良質な物に変更したこともあるが、ソフトウェア面でも進歩したからだ。当初は、簡単なAIを搭載していたが、データ蓄積型にした事で、判断は難しいが、処理の精度が上がっている。ダンジョンに潜っている者たちのデータを分析できるようにしたのが大きな進歩に繋がった。

「兄ちゃん?」

「ん?」

「次はどうするの?もう、共和国のダンジョンで、資源として使われている場所は、踏破したよね?」

「カルラ。残されている期間は?」

「半年ほどです」

 半年か?
 カルラから情報が渡っているだろうけど・・・。

 ダンジョンを攻略して、力は付けた。
 でも、まだ届かない。何度戦っても、俺が倒される未来になってしまう。まだ足りない。

 対魔物の戦闘は行っている。しかし・・・。対人。それも、1対多の戦闘経験が圧倒的に少ない。奴らは、対人に特化していると考えるのがいいだろう。それも、多対多ではなく、1対多の戦闘に慣れている。それでなければ、ラウラが負けるはずがない。致命傷は、正面からの刺し傷だ。ラウラが、無防備に正面を晒すとは思えない。後ろから死角をついて、奇襲したのなら考えられる。でも、確実に、ラウラに反撃させないだけの技量の差があった。

 対人戦の経験を積むために、ヒューマノイドタイプを量産する必要がある。
 1対1なら、カルラやアルバンとの訓練でも大丈夫だが、訓練でしかない。ヒューマノイドタイプなら、データを基盤に構築ができる。人の動きや速さの限界を外せる。人では不可能な、動きを行わせる事ができる。

 しかし、現状のウーレンフートでは、ヒューマノイドタイプを作ることはできるが、大量にそれこそ、戦争でも行うのかと思うほどには作成ができない。
 運営を行うだけのリソースは十分だと言えるが、ヒューマノイドを大量に作って、それらの制御を行うのには、リソースが不足している。そのために、共和国のダンジョンをウーレンフートの配下にできると解った時に、できるだけ多くのダンジョンを配下にしておく必要があると考えた。

 半年では、あと1箇所か、2箇所が、限界だ。

『マスター』

「どうした?」

『設定が終了しました。あとは、自動設定で行います』

「わかった。モニタリングを頼む。アラームは俺に通知」

『了』

「異常値は、階層の半分をクリアされたらアラームで頼む」

『了』

「黒い石への備えと、ワクチンを頼む」

『設定済みです』

「戻ってきてくれ」

『了』

 さて、エイダが戻ってきたら、地上に戻ろう。

 エイダが、制御室から戻ってきた。

『マスター。リスプから連絡が入っています』

 リスプ?
 アルトワダンジョン?

「アルトワダンジョンから?」

『是』

「内容は?」

 俺が持っている情報端末W-ZERO3にメッセージが転送されてきた。
 そろそろ、スマートウォッチ系が流れてこないかな?データを見るのに楽なのだけど・・・。

 W-ZERO3には、リスプからの業務連絡が入っている。

 ウーレンフートから来た者たちのおかげで、リスプからの報告を見ると、リソースが黒字に転じている。微々たるものだが・・・。これから、リスプは、拠点としての利用が目的だから、黒字になるだけで良かったと思う事にしておこう。

「コアに名を付けると、業務報告が可能になるのか?」

『業務報告が不明』

「ログの提出が可能になるのか?」

『是』

「今までのダンジョンにも、名を与えればいいのか?」

『是』

「現状で、俺に送る事はできるのか?」

『否』

 そうなると、ダンジョン事に名前が必要になって、わかりにくくなるな。
 地名が解る場所なら地名を付ければ・・・。そういえば、リスプの時にアルトワは受け付けなかった。

「プルでの提出は可能か?」

『是』

 そうか、それなら、ログ整理だけを行うヒューマノイドを配置して、ログを提出させる方が・・・。違うな、ウーレンフートに集めて、ウーレンフートから提出させる方がいいだろう。

「リスプのログ連絡を、俺ではなくウーレンフートのヒューマノイドが受ける事はできるか?」

『是』

「それなら、ウーレンフートに新しくヒューマノイドタイプを配置して、そのヒューマノイドがリスプからのログ連絡を受け取ったら、ウーレンフートを含めて、まとめた情報を俺に提出。アラームも、ウーレンフートで打刻して俺に通知」

『了。設定を通知しました。順次、設定が行われます』

「エイダ。地上で活動しているヒューマノイドたちの攻略状況は?」

『マスターに問い合わせた問の数だけ攻略が終了しております』

「何か所だ?」

『17箇所』

「全て、このダンジョンと同じ処理を通達。設定が不可能な場合は、アラーム」

『了』

 俺が攻略した所を含めると、全部で23箇所。最初は、階層を増やしたり、ボスを設置したり、罠を設置することでリソースが必要になるが、それが終わればリソースは黒字に転じるだろう。人が少ないダンジョンもあるが、収支を見て、閉鎖を考えればいいのか?

「アル!カルラ!地上に戻って、デュ・コロワ国にあると言われている。共和国の最難関ダンジョンに向かう」

「!!」「旦那様?」

「解っている。目立つ行動はしないつもりだ」

「わかりました。期間を設定して、アタックするのなら・・・」

「わかった。カルラ。今日にでも、このダンジョンを離れるとして、最難関のダンジョンには、どのくらいで到着する?」

「旦那様の馬車ならば、余裕を見て5日です」

「計画を頼む。あと、今日は、地上に戻って、近い街で休んでから、ダンジョンに向かう」

「わかりました」

「兄ちゃん。そのダンジョンは、攻略は?」

「目標にはするが・・・」

 カルラを見れば、カルラがダンジョンについての情報を教えてくれた。

「コロワダンジョンは、現在53階層が最高到達階層です。”100階層まであるのでは・・・”と、言われています」

「カルラ。なぜ、100階層だと思われている?」

「はい。当初は、50階層がボスだと思われていました。しかし、下層への階段が発見され、さらにボスの強さから、50階層で半分だと判断されました」

 うーん。
 なんとなく、違うように思うけど、まぁ俺には関係がないか?
 問題は、攻略がされていない事と、50階層というのは、魅力的な事だ。もしかしたら、デュ・コロワ王国の首都がまるまるリソースとして使える規模なのかもしれない。ウーレンフートの様に俺たちのホームだけが猟奇になっているダンジョンではなくて、広がっているダンジョンだと嬉しい。
 そうしたら、コロワダンジョンをウーレンフートの補助ダンジョンとして動作させる事も可能かもしれない。
 リスプのダンジョンを、制御センターにして・・・。

 夢のデータセンター構築ができる。かも、しれない。

 カルラの案内で、共和国で一番大きな国であるデュ・コロワ国の首都に到着した。

 移動は、人に見られない場所を全力で駆け抜けた。
 ステータスが上がっている関係で、それほど疲労はしていない。

「兄ちゃん?」

「解っている。アル。耐えろ」

 アルが音を上げている。俺も、かなり辟易している。
 首都に入るのは楽に入られた。王国の貴族章を使わなくても、カルラが用意した”商人”の身分で楽に通ることができた。

 宿も、確保できた。
 カルラが、報告のために一時的に離れたが、俺とアルで武器や防具や消耗品の点検をしていた。

 報告が終わって戻ってきたカルラを交えて、ダンジョンアタックの日程を決めた。
 最下層まで行くことが出来ればいいが、深度を考えれば、一度のアタックで攻略は不可能だと思われた。

 それでも、準備にはしっかりと時間を使う。
 準備を怠って、ダンジョンの中で屍を晒すような自体は避けなければならない。特に、エヴァのことを考えれば、自然と生き残る方向に思考が流される。強くなるのは大事だが、その前に生き残らなければ意味がない。

 準備を終えて、ダンジョンアタックの倍の日数分の食料を買い込んで、最難関だと言われるダンジョンの入口に向かった。

 入口に付いたのは、太陽が昇るころだ。
 既に、太陽は昇りきって、眠っていた首都を起こしている。気温も、俺たちが並び始めた頃から考えれば、4度くらいは上がっているだろう。風が拭けば、肌寒いと感じていたが、日差しのおかげで、寒さは感じない。汗ばむ寸前だ。

 列が進まない理由を、周りに並んでいる者たちに、聞いても誰にも解らない。
 そこで、周りにいる連中に話をして、カルラが列の先頭を確認してくる事になった。

 ソロでダンジョンに入る者は居ないが、二人パーティや三人パーティが多い。

 後ろに並んでいる冒険者の一人が話しかけてきた。

「お前さんたちは、3人か?」

 カルラが居たのを見て知っているのだろう。俺とアルとカルラの3人だと考えたのだろう。実際に、”エイダ”が居るけど、エイダを”一人”と数えるのには無理がある。

「そうですが?」

 3人で1人が離れている。
 何か、狙っているのか?

「中で誰かが待っているのか?」

 中?
 待っている?

「え?」

「違うのか?」

 違うも何も・・・。
 ダンジョンの中で待ち合わせ?意味があるのか?
 新しい情報だ。

「はい。3人で行動しています」

「ほぉ。言葉の感じから、この辺りじゃないよな?」

 言葉で判断されるとは思わなかった。
 ごまかしてもしょうがない。ライムバッハ家との繋がりだけは隠しておいた方がいいだろう。あとは、正直に話しても、冒険者マナベなら問題にはならない。建前の話だが、建前を押し通すのも大事なことだ。

「はい。ウーレンフートから来ました」

「そりゃぁ凄いな。本場だな」

 凄い?本場?

「本場?」

「知らないのか?」

「え?何を?」

「今、噂になっている奴を?」

 噂?
 ウーレンフートで何かあったのか?
 冒険者たちの噂になるようなことがあれば、俺に報告が上がってくるはずだ。カルラも何も言っていない。ダンジョンの中なら、把握ができるはずだ。

「いえ、ウーレンフートを出たのは、かなり昔なので・・・」

「そうか?ウーレンフートで大改革があったのは知っているか?」

「改革?」

「あぁギルドが解体されて、そのギルドを潰した奴が、ウーレンフートの代官や貴族や商人を巻き込んで、ダンジョンの上にホームを築いた」

 え?

「あぁ風の噂で・・・」

 ごまかすしかない。
 共和国まで話が流れてきているとは・・・。

「そうか・・・」

「どうしました?」

「その、ギルドを解体した奴・・・。プラチナデビルと呼ばれているようだが、どんな奴なのか、情報が流れてこなくて、出身なら何か知っているのかと思っていな」

「・・・。プラチナデビル?」

「知らないか?」

「えぇ残念ながら」

 何、その恥ずかしい名前は、厨二でももう少しましな通り名をつけるぞ。帰ったら、誰が流したか確認しなければ、多分ギル辺りが”おもしろい”とかいう理由で流し始めた気がする。

 男性は、それ以外にもウーレンフートのホームがどれほど素晴らしいか語りだした。
 共和国にはない考えで、資源をホームが管理して適切な値段で卸しているのも評価が高い。それだけではなく、ホーム内の訓練場での試験に合格しないと、ダンジョンに入ることができないのも、冒険者を守っていると評価されている。他のダンジョンでも真似をする場所が出始めている。地域を聞いたら、クリスや同級生たちの領地が多い。

 男と話をしていたら、カルラが戻ってきた。

「旦那様」

「どうだった?」

「はい。家名までは把握が出来ませんでしたが、貴族家に仕える者がもめていました」

「はぁ・・・。またか・・・」

「ん?また?」

「お前さんたちは、コロワダンジョンは初めてか?」

「はい。せっかく、共和国に来たので、最難関と言われるダンジョンに入ってみようと思いまして・・・。ここは、入場の時に、税を払えば、誰でも入られると聞いたので・・・」

「間違っちゃいない。問題は、このダンジョンじゃなくて、周りのダンジョンだ」

「どういう?」

「共和国のダンジョンで、低階層のドロップが減っている」

 うん。知っている。
 俺が攻略したダンジョンは、ドロップが極端に少なく鳴るように設定を変えた。

「え?!それは・・・」

「すぐに、共和国が困るようなことにはならないが、渋いダンジョンは、どうしても冒険者が減るだろう?」

 これも、確認している。
 調整をしているから、減ったダンジョンに潜っている者たちには少しだけいい物をドロップするようにしているが、以前よりも渋いのは変えていない。

「そうですね。ドロップがなければ、潜る意味も少ないですよね」

「そうだ。以前は、10日潜れば、1ヶ月くらいは生活ができたが、最近では10日潜っても、消耗品を買いなおしたら、4-5日しか過ごせない」

 そこまでとは考えていなかったが、もうドロップするようにしてもいいかもいれない。
 それとも、採取系は増やしてもいいかもしれない。冒険者や市民が困ってもいいとは思っていたが、思っていた以上な状況は制御が難しくなってしまう。

「それでは、潜る意味があるのですか?」

「ない。だから、ドロップがいいダンジョンに人が集まる」

「でも、それだと」

「そうだ。ドロップは同じでも冒険者同士の奪い合いが発生する。それだけではなく、ダンジョンに依存していた貴族が、こことかドロップが変わらないダンジョンに騎士を送って、資源を奪おうとしている」

「それは、なんというか・・・。迷惑な話ですね」

「あぁまだ、それだけなら良かったのだが、食料をダンジョンに依存していた貴族は、民衆の反乱にあって、酷い事になった場所もある」

 当然だ。
 下を見ない為政者なんて、必要ない。一人を全力で助けるのが、為政者の行う作業だ。一人を切り捨てて、全体を守るのなら、切り捨てられる一人は為政者自身でなければならない。

「そんなに?でも、ダンジョンに食料を依存って無茶なことをしますね」

「ハハハ。ウーレンフート出身は違うね。だが、共和国なら一般的な考え方だ」

「へぇそうなのですね。知らなかったです。そうか、それで、貴族が揉めるのは多いのですか?」

「あぁそうだな。お前さんは、3人だから問題はないが、6人以上で入ろうとすると、なぜかダンジョンの難易度が上がってしまう。その為に、入口で6人未満になるように調整しているのさ。6人以上で入る場合には、税も10倍近くになる。危険な行為として認知するためだな」

「へぇでも、中で・・・。あぁだから、仲間が先に入っているのか?と、聞いたのですね」

「そうだ。その仕組みが、このダンジョンを最難関にしている理由だな」

「え?」

 最難関になっている理由?
 すごく興味がある。カルラも、この話は知らなかったようだ。

 コロワダンジョンに潜っている者には、当たり前過ぎて情報としての価値が低いと判断されているのだろう。男の表情から、コロワダンジョンなら知っていて当然だと思っている雰囲気がある。俺が、ウーレンフートの出身だと言ったので、知らないと思って説明をしてくれるようだ。