さて、苦戦している奴らは居るか?
クォートとシャープは、数名を残して始末したようだ。
カルラは、殺しては居ないようだな。アルバンは・・・。アルトワ町に到着したくらいか?探索範囲外にいるようだ。
「エイダ。アルは?」
『合流したようです。こちらに向かっています』
「時間をカウントダウン」
『了。約21分33秒』
20分と少しか・・・。町長の尋問を始めようか?
結界の中で何かを怒鳴っている。
うん。俺が尋問を行う必要はないな。クォートに任せるか?
結界の設定に、少しだけ手を入れよう。
俺たちの声だけは聞こえるようにしよう。そうしたら、町長は俺たちが無視していると考えるだろう。どうせ、たいした情報はないだろう。うるさいだけだろう。町長の言い訳なんか聞きたくもない。
結界の修正を行う。属性を付与していた者に、指向性を持たせる。まぁ出来ていなくても、別に困らない。
『20』
クォートとシャープが戻ってきた。
「旦那様」
クォートが、生き残った野盗を引きずっている。
「シャープ。悪いけど、その辺りで寝ている奴らは邪魔だから、どかしてくれるか?バイコーンかユニコーンに縛り付けておけばいいだろう?」
「かしこまりました」
シャープが引きずっていた野盗?たちは、クォートが受け取る。
『19』
「それで?誰に雇われたと?」
「本人たちに証言させましょう」
クォートが、野盗?の中から一人の男を、俺の前に差し出した。
「旦那様。盗賊の頭だと言っていた男です」
『18』
「ふーん」
男の頭を軽く蹴とばす。まだ反抗的な視線を崩さない。そのうえ、口を開こうとした。
「臭い。口を開くな」
耳を切り飛ばす。切った耳を、町長たちの結界の上に乗せる。血がいい感じで滴り始める。
『17』
「さっきも言ったよな。臭いから口を開くな」
シャープが拾ってきたナイフで、盗賊の足の指を刺す。ナイフの手入れがされていないのだろう。切り落とすことができなかった。
耳を劈くような絶叫が響く。うるさいから、開いた口に次のナイフを入れる。
喉の奥にナイフの先が当たるようにする。口を閉じれば、口が切れるだろう。奥に押し込めば、命が無いのは、理解できるのだろう。
「いいか、このままナイフを刺すことも可能だ。俺に取っては、お前の命なぞ、その辺りに居る虫けらより価値がない。俺の質問にだけ答えろ。いいか、わかったら頷け。余計なことをいったら、今度は眼を潰す。そのあとで、足の指を一本一本切り落とす。そして、手の指。腕だ」
『16』
頭は、ゆっくりと頷く。
「いい子だ。お前は、俺たちを襲うとしたのだな?間違っていなければ、頷け。違うのなら、首を横に振れ」
頭は、ゆっくりと頷いた。
シャープが馬車からライトを持ってきてもらう。
『15』
「そうだ。正直者は、長生きするぞ?言い忘れたが、これは嘘を判断する。これが光ったら、俺はお前を殺す。言い訳は聞かない。納得したか?」
もちろんはったりだ。まだ、うそ発見器のような機能は出来ていない。俺が、思ったタイミングで光らせることができるだけの道具だ。
口からナイフを抜いたから、頭は勢いよく頷く。脅しが聞いているようで、いい傾向だ。
「俺たちが、この道を通るのは、誰から教えられた?この場にいるようなら指させ」
『14』
頭は、周りを見てから、町長の横に居る男を指さす。
「そうか、俺たちを殺して、荷物を山分けか?」
頭は首を横に振る。そうか・・・。
「取り分は、折半・・・。半分の半分。そうか、女は、お前たちが貰うと・・・。そうか、足が付きそうな馬はお前たちの取り分か?」
『13』
頭が、町長たちを睨んでから頷いている。そうだろうな。割に合わなかったな。
「旦那様。遅くなりました」
カルラが合流した。村の連中は、連れていないのを見ると、アルバンに任せたのだろう。
「大丈夫だ。それで?」
『12』
カルラは、血が滴っている袋から、腕を何本か取り出す。
「愚か者の腕です。お納めください」
腕なんか貰っても使い道がない。
そうだ。町長に見せてやろう。
袋ごと受け取って、町長たちの上に放り投げる。結界の上が、カオスな状況だけど、しょうがない。
『11』
「カルラ。頭との話し合いは、任せていいか?残党が居ないか?スポンサーが居ないか確認してくれ」
「裏があると?」
「おかしいと思わないか?」
「??」
『10』
カルラは気が付いていないようだ。簡単に説明しておくか?
野盗どもが使っていた装備を、クォートとシャープが持ってきている。不思議なくらいに統一されている。ぱっと見た感じでは、デザインなどは統一されていないが、品質や使われている物が同じだ。わざと違って見えるように作られているようにも感じる。
装備の品質は、低いので俺たちには必要ないが、修復すればダンジョンにアタックする者たちに持たせるのには十分だろう。
「そういえば・・・」
「どうした?」
『9』
カルラの話を聞いて、納得した。
俺たちを後ろから襲おうとしていた、連中は野盗よりも粗末だが、揃いの武器を持っていた。装備品と呼べるような物はなかったようだが、武器だけは与えられていたようだ。
さて、誰に武器を貰ったのか?
町長たちにしっかりと聞かないとダメだな。カルラの報告を聞き終わってから、結界の中に居る町長たちを見る。
二人は、何か文句を言っているが、こちらには聞こえない。聞きたくもない。
『8』
俺が知りたいのは、情報だけだ。この茶番劇を仕込んだ者が居るのなら、そいつを潰さなければ、何が目的なのか解らないが、俺がやろうとしていることの邪魔になるだろう。
「旦那様」
「どうした?」
「あの者たちへの尋問は、私とカルラ様で行います。結界の解除をおこなって頂けますか?」
『7』
カルラを見ると頷いている。確かに、クォートとカルラなら大丈夫だろう。殺さない程度に痛めつけるくらいなら大丈夫だろう。それに、殺してしまっても、別に困らない。どちらかが生きていれば、情報を抜くだけなら困らない。どうせ、”うまくいけばいい”程度の捨て駒だと思える。
「わかった」
結界を解除すると、腕やら耳やら、指やらが降り注ぐ。当然だな。そのまま、逃げ出せば殺せるのに、吃驚して声も出さずに座り込んでしまった。
カルラとクォートが近づいて、合図を出してきた。4人を覆う形で結界を発動する。同じようにこちらの声は届くけど、向こうからは声が聞こえない状態にする。中を見ていると、いきなりアルトワ町の町長に、剣を突き付けて居る。反抗的な発言でもしたのだろう。
『6』
「旦那様。何か、お飲みになりますか?アルバン様をお待ちなら、私が待機しております。馬車の中に、何か用意をいたします」
「そうだな。アルの状況は、エイダが認識しているから、近づいたら出迎えればいい」
「わかりました」
周りの状況を見ると、結界の中で尋問を行っている4人以外にはすでに動ける者は居ない。うめき声は聞こえるが、気にしなくてもいいだろう。それに、逃げ出したらユニコーンとバイコーンに殺せと命令しておけばいい。簡単な作業だから、問題にもならないだろう。
『5』
「カルラ!クォート。アルが到着まで、5分だ。急ぐ必要はないが、面倒なら引き継ぐことを考えろ」
結界が有って向こうの声は聞こえない。二人は、了承の意味を込めて、こちらを振り向いて頭を下げる。
「それと、面倒なら殺してもいい。どうせ、何もしゃべらないのなら、連れていく意味もない。”野盗に殺された”とでもすればいい」
これは、あいつらが描いていたシナリオだ。こちらが使わせてもらってもいい。そんな面倒なシナリオを使う必要はないのだが、自分たちが同じ状況になっていると認識させるには十分な脅しになる。
『4』
馬車に戻って、シャープが用意してくれたお茶を飲んでいたら、エイダが俺の近くまで来て、端末を見せてきた。
アルバンの状況が解るようになっている。
150秒からのカウントダウンが始まった。
残り時間が無くなった所で、馬車から出てアルバンを出迎える。
「兄ちゃん!おっちゃんたちを連れてきたよ!」
久しぶりに見る顔だ。皆が俺の前まで来て、頭を下げる。
ウーレンフートに居たメンバーが、俺の前で跪いている。
見たことがある顔が半分くらいで、残りは知らない(覚えていない)者も居る。前の方に居るのは、よく知るメンバーだ。ニヤニヤしている所を見ると、こいつらの仕込みだと考えるのが妥当だな。
無視するのがいいだろう。
後ろから襲ってきた奴らをしっかりと捕縛している。
「兄ちゃん。遅かった?」
「いや、丁度良かった」
尋問をしているクォートとカルラの方から、悲鳴が聞こえる。
結界を解除したようだ。連れてこられた者たちの顔色が変わっていくのがいい感じだ。
アルトワ町の町長が反抗的な態度を取ったのだろうか?
腕を切り飛ばして居る。そのままくっつけて、また飛ばしている。あれ、拷問としては最低だよな。腕を切り飛ばす時に、血が流れるから、どんどん思考が鈍くなるけど、痛みがあるから、覚醒する。そのうえで、くっ付けられて、また切られる。恐怖しかない。
もう一人の町長?も顔色が青を通り越して、白になっている。
アルバンたちが確保した者たちも、ガクガクと震えている。
恐怖だろう。お前たちは、俺たちを殺そうとした。今更、命乞いをしても遅い。
「大将」
マスター。旦那様。兄ちゃん。今度は、”大将”か・・・。
「ん?」
スラムの顔役だった、ベルメルトまで来たのか?
よく見ると、子供たちも多い。
「大将。ここで、何をやるのか知らないが、俺に、俺たちにも・・・」
ベルメルトが、地面に頭をつける位に下げる。
よく見ると、ベルメルトの両隣の顔も名前は忘れたけど、知っている。スラムに居た者たちだ。立派になって・・・。と、いうのもおかしいけど、ホームで仕事を始めてから、変わったとは聞いていたけど、こんなに変われるのだな。前は、良くても”チンピラ”だったけど、今では”代官”と言っても通ってしまいそうだ。
「そうだな。ベルメルトたちなら、任せられる」
後ろまで、声を上げて喜んでいる。
アルトワ町は、共和国の”町”だ。ここを拠点にするのもいいけど、ダンジョンの周辺を実行支配してもいいのかもしれない。ベルメルトたちが来ているのなら、アルトワ町にこだわる必要がなくなる。
「大将。俺たちに任せてくれ!それで、何をやったらいい?こいつらを殺すのなら・・・」
盗賊の親分にも見える。ベルメルトが凄む。捕えられている者たちが震えるのがわかる。
「いや、こいつらには使い道がある」
「使い道?」
「アル!」
「何?」
「ベルメルトたちを連れて、アルトワ町には立ち寄らないようにしてダンジョンまで移動してくれ」
「うん。いいけど・・・」
「どうした?」
「道が・・・」
「あぁそうか、エイダを連れて行ってくれ、エイダなら、迷わないだろう」
「うん!」
アルバンが、馬車に走るのを見送ってから、ベルメルトが立ち上がった。
「大将。それで、本当に俺たちにやらせたいのは?」
「あぁ簡単に言えば、ダンジョンの実効支配だ」
「ん?実効支配?攻略は終わっているのか?」
「あぁ最下層まで、俺とアルの二人で攻略できた。難易度は、それほどでは無かったが、今は難易度が上がっている」
「ハハハ。わかった。持ってきた物資を使って、実効支配をすればいいのか?」
「そうだ。少しだけ試したいことがある」
「試したいこと?」
「そうだ。ベルメルトたちは、ダンジョンについてどこまで知っている?」
ベルメルトだけではなく、ウーレンフートから来ていた者が首をひねる。
話を聞くと、通り一遍の内容だけが伝わっている。最下層に関しての話や、ウーレンフートにあるようなサーバルームは伝わっていない。当然だけど、噂話でも出ているのかと思ったが、出ていないようだ。
アルトワのダンジョンを攻略して、新しく気が付いたのは、ダンジョンは地上部にも伸ばせることだ。地上に、ダンジョンを作る。内容は、よくわからないが、地上にダンジョンの機能を使った建物が設置できる。
ウーレンフートでは限定的だったので、あまり意味は無かったが、アルトワのダンジョンでは意味が出て来る。
実効支配を行う時に、ホームの設置が楽にできるのだ。この場所で説明をしても、理解ができないだろうし、アルトワ町の者たちに余計な情報を与えるつもりはない。
「わかった。そこで捕まえた者たちは、ダンジョンの攻略を行わせる」
「え?あっ・・・」
ベルメルトは解ったようだが、捕えられている者たちは理解が出来ていない。
正直、この場で殺されても文句が言えない奴らだけど、ここで殺しても、なんのメリットにもならない。ダンジョンの中なら、多少のメリットにもなるし、ドロップアイテムを拾ってきたら、ラッキーくらいには使えるだろう。ベルメルトも、俺のいいたいことが解ったのだろう。少しだけ顔を引き攣らせている。
戻ってきた、アルバンを先頭に、ダンジョンに向かってもらう。
俺は、馬車に戻って、端末を取り出す。
尋問はまだ続いている。野盗の生き残りや、町長たちと一緒にいた生き残りも、ベルメルトに預ける。うまく利用してくれるだろう。
到着まで、一日くらいだろう。
町は無理でも、砦くらいなら構築できそうだ。
ウーレンフートから必要な物を融通すればいい。
宿屋になりそうな建物と、ダンジョンの入口を覆うようにホームの建物を作成する。
砦は、少しだけ形にこだわって、六芒星にしよう。六芒星の三角形の頂点同士を塀で繋いで、水堀を作成する。水は、ダンジョンから供給して、ダンジョンに返すようにすればいい。
入口を作り忘れた。六芒星だと入口が難しい。適当でいいかな。攻められても困らないようにしておけばいい。塀の上には、バリスタを配置しよう。全部で、50門も用意すれば防御は大丈夫かな?
塔も立てておこう。
楽しくなってきた。砦の中には、畑になるような場所を作ろう。あとは、家にしておけばいい。店として使えそうな建物だけを集めた場所と、鍛冶仕事ができるような場所を分けて設置する。1,000人くらいが生活できる場所にすれば十分だな。
街道は、ベルメルトたちが考えればいい。
本当は、アルバンをダンジョン町においていきたいけど・・・。説得は、無理だろう。
カルラとクォートの尋問を聞いていると、共和国が”腐っている”と思える。
よそから来た商隊を襲うのは当然なことだと思っているようだ。他でもやっているから、当然自分たちにも権利があると言い出している。その権利を行使するのは勝手だが、その結果、捕えられているのだから、それでもあれだけ喚き散らせる感覚がわからない。
もしかして、王国のほうが、意識という一点では”まし”とさえ思えてしまう。同じ、選民意識だけど、共和国の選民意識は自らが”選ばれた”存在だと強固に考えている。王国の貴族たちも似たような感覚だとは思うが、”貴族とは”こういう物だという刷り込みがあるだけ”まし”に思えて来る。
選ばれた人間は、何をしても大丈夫だとすり替えている。王国の腐った貴族と同じか、それ以上の意識だ。
まぁいい。
必要な情報は抜き取れたようだ。
「マスター」
「余罪は?」
「・・・」
解らない。ではなくて、多すぎるようだ。
「カルラ。王国で裁けるか?」
「可能ですが、その場合には、旦那様の身分を・・・」
ライムバッハの名前を出せば可能だということだな。
そこまでする意味もない。
「アルトワ町の町長には、俺たちを優遇するのなら、生かしておこう。町に連れて行って、全部の罪を暴露しろ。クォートとシャープ。頼む」
二人が、恭しく頭を下げる。
アルトワ町の町長は、生かしておくことで、使い道がある。
隣町の町長は、生かしておく意味が一切ない。
「カルラ」
「はっ」
カルラも、解っていたのだろう。
アルトワ町の町長の目の前で、隣町の町長の首を切る。血が噴き出してくる。そのまま、前に倒れ込んで、数回、身体を弛緩させてから、動かなくなった。死んだのは、誰の目にも明らかだ。
「カルラ。ウーレンフートから来た者たちと一緒に、この遺体と野盗どもを一緒に隣町に届けろ。移動中に襲ってきた、野盗の集団だと言えばいい。この町長は、野盗として処理する。共和国が、どうするのか見てみよう」
「かしこまりました。町長が指揮をしていたことにしますか?」
「必要ない。一緒に襲ってきたから、倒したと言えばいい」
「わかりました」
さて、俺は、ユニコーンとバイコーンと一緒に隣町に移動だな。
アルトワのダンジョンを、ベルメルトに任せて、次の町まで移動した。
野盗の頭は、ダンジョンの肥やしになってもらうので、ベルメルトに預けてある。頑丈だし体力もあるので、いい肥しになるだろう。野盗のメンバーも同時に預けている。ダンジョンの中層に放置しておけば、”いい”実験ができそうだ。
元町人の犯罪者たちも、ダンジョンで働いてもらうことが決定している。命の灯火が燃え尽きるまで、ダンジョンから出る事は不可能だ。それが、俺から彼等に課した罰だ。この罰に文句があるのなら、神でも相手になる。
彼等は、俺から、大事な友を、部下を、家族を奪おうとした。利己的な理由で・・・。だ。許せない。そして、彼等は俺を殺すと言い切った。なら、自分たちが殺されても文句はないだろう。
アルトワ町に行っていたクォートとシャープが戻ってきた。
少しだけ打ち合わせを行ってから、隣町に向かって移動を開始した。
次の町が見えてきた。
しっかりとした塀が作られている。アルトワ町とは大違いだ。しかし、門番が居ないことや、町の周りが有れていることから、この町も期待ができない。
「マスター」
馬車の中でプログラムを作成していた俺に、クォートが声をかけてきた。
すでに、方針は決めている。皆にも説明を終えている。いくつかの状況が予測される物事にも、それぞれの対処を考えている。大きく外しても、俺たちなら何とか対処ができるだろう。
「予定通りにしてくれ」
「かしこまりました」
クォートとシャープで、野盗+元町長+元町民を、引き渡すことになっている。
元町長は、もう自分の無罪を訴えることができない状況になっている。町民たちも同じだ。野盗たちは、生き残った者の半分はダンジョンに連れていかれて、こちらには、従順になっている者たちだけを連れてきている。
町長の罪を無かったことにしたら、共和国も”その程度”だと考えて、新たな力を得るための”素材”と考える。
クォートとシャープが、町に向かう。馬車は使わないで、拘束した奴らを連れていく。
「カルラ。共和国内にあるダンジョンで、攻略されていないダンジョンは?」
共和国の収益は、半分以上がダンジョンに依存している。はずだ。
食料も、ダンジョンのドロップに頼っている町が存在している。だから、アルトワ町も農業だけではなく、産業が衰退していった。
「全部で、12。20階層程度のダンジョンばかりです」
低階層で終わっているダンジョンばかりだな。ドロップを得るのは、難しくは無いのだろう。
わざと攻略を行っていないと考えてよさそうだ。それとも、ウーレンフートの様に、最下層に”なぞかけ”があるのか?
「わかった。アル。共和国の対応次第では、ダンジョンの攻略を行う」
カルラを見てから、アルバンに宣言する。
共和国の連中が、”なあなあ”で終わらせるような対応を取るのなら、ダンジョンを攻略して、資源を減らす。交易品が減ってくれば、その時点でどうするのか考えても、衰退が始まっていたら手遅れだし、いち早く気が付いても、対処が難しい。俺たちをダンジョンから締め出すしか方法がない。でも、実際に交易品を絞るのは、準備が整ってからだ。
「うん!カルラ姉ちゃんも?」
「そうだな。クォートとシャープも一緒に行く。もちろん、エイダも連れていく」
「準備は?」
「食料も、ベルメルトが持ってきて、大量に補給できた。問題は、馬車とユニコーンとバイコーンだな」
準備は必要ないだろう。
武器を持っている。武器が傷んでも、修繕ができる状況だ。
「兄ちゃん」
「ん?」
「おっちゃん達に頼めない?」
アルバンの提案は一考する価値がある。
「それは、考えてみてもいいかもしれないな」
俺とアルバンの話を聞いて、エイダが割り込んできた。
『マスター』
「ん?」
『それならば、クォートたちと同タイプを呼び寄せれば良いのでは?彼らなら、眠る必要もありません』
そうだ。
アルトワダンジョンなら、繋がっている。
呼び寄せるのに不具合はない。
基礎は、クォートとシャープを作った時のエンジンを使って、職制別にカスタマイズを行えばいい。プログラムの基礎は出来上がっている。
疑似感情は、職制で切り出したデータから生成すればいいだろう。それほど、難しい事ではない。基本データの違いで、個性を出せばいいだけだ。姿かたちは、パラメータで振り分けを行えばいい。それらしく見せるのは、ウーレンフートで十分なデータが収集できている。
「わかった。エイダ。手配を頼む」
『はい。同じタイプと、ハンタータイプを準備します』
「任せる。全部で、5名か?」
『いえ、7名です。実験的に護衛対象2名と護衛5名のパーティーにします。そのまま、行商が可能な体制を整えます』
確かに、行商まで考えれば、7名+馬車で考えればいい。
俺たちが使っている馬車は、オーバースペックだから、ウーレンフートで用意できる物でいいだろう。
別に持ってくる必要はないな。
アルトワダンジョンでも、馬車は用意できる。馬の手配だけだが、ヒューマノイドタイプで用意すればいい。
「わかった。人選は任せる」
『了』
名前を考えないと・・・。
「エイダ。名前は、最初の者から、デイトナ/シカゴ/メンフィス/カイロ/ジョージア/ウィスター/ブラッコムだ」
パーティーを組ませるのなら、識別はナンバーリングでいいな。最初だから、デイトナ・アインスだ。ツヴァイ/ドライ/フィーア/フュンフ/ゼクス/ズィーベン・・・。と、増やしていけばいい。
この7人を1組として行動させる。情報を共有するように設定すればいい。
共和国の出方次第だけど、問題がなければ、そのまま通常の行商を行えばいい。
『了』
エイダが作成作業に入る。
パラメータを渡すことで、個性を出す。情報共有部分は、新しいモジュールを組み込む必要があるのだが、エイダと同じ仕組みが使えるだろう。エイダで使っているモジュールを派生させて、パラメータを増やそう。蓄積方法は、変更しなければならないから、エイダのモジュールにも少しだけ手を加える。基底クラスは変更の必要がない。プロパティに保存先のオブジェクトを渡す形になっている。だから、エイダモジュールのプロテクト部分をオーバーライドすればいい。
簡単なテストを行って・・・。問題はなさそうだ。
記憶という重要な部分だから、保存されないのは困る。モジュールと負荷を分散するために、保存場所のクラウド化は行っていない。遠隔でできるような作業ではない。
そうか、保存部分は、バッチ処理になっているのだから・・・。保存した物から、ウーレンフートにバックアップを作成する。保存先で、ミラーリングやバックアップを行えばいいのか?
細かい処理は、落ち着いてから考えるか?
同期を考えなければ、アインスだけなら問題にはならない。記憶の混在も防げている。
「エイダ!パーティーに持たせる連絡用のモジュールも用意する。テイマー職にして、動物型のヒューマノイドを用意しろ」
『了』
これで準備はいいかな?
ヒューマノイドの生成は・・・。生成にリソースを全振りして3時間くらいか?
ウーレンフートにも余裕が出来てきたのだな。
6時間後には合流が出来そうだ。
それまでには、クォートとシャープも戻ってくるだろう。
「カルラ。共和国は、食料の自給率は低いのだよな?」
「はい。商業で成り立っています」
「その商業も、ダンジョンからの採取が必要だよな?」
「はい。輸出品は、ダンジョンからの採取が殆どです」
「材料を仕入れて、製品を輸出は?」
「行っていません」
少し、クォートとシャープが戻って来るまで、共和国の現状を調べる必要が有りそうだな。
一般常識レベルの話なら、カルラに聞けば判るだろう。
大凡の方針を決めて、あとは状況を見て、調整を行えばいいかな?
共和国の全体というよりも、3つの大国と大商人たちへの対応を考えればいいか・・・。
アルトワダンジョンを結合して解ったのだが、処理速度を上げることができる。
俺の直接的な力にはならないが、魔法プログラムの効率を考えれば、ダンジョンの結合は必須だと思う。
アルトワダンジョンを、ウーレンフートから来た者たちに任せて、次の町に向かっていた。
クォートとシャープが野盗たちを引き渡して帰ってきた。
「マスター。マスターの想定した、最悪のパターンでした」
絶望感・・・・。あまり、”感”という言葉は好きではないが・・・。共和国も、結局は形を変えた、権力主義の集まりだと認識した。平等を謳っているだけに帝国や王国よりも酷い可能性もある。
「わかった。カルラ。プランA」
本当は、プランFが良かったのだが・・・。
「はぁ・・・。わかりました」
カルラの気持ちも解る。プランAは、俺たちが力を付けるが、共和国は確実に力を落す。もしかしたら、内乱に発展するかもしれない。
俺とカルラとアルバンで、ダンジョンを攻略する。
難しいものは無視して、物量で攻略を行うが、それ以外は、速度重視で攻略を試みる。
「近くからやりますか?」
「いや、遠くのダンジョンからにする」
近くでも問題はないが、アルトワダンジョンと結びつける者が出てくるかもしれない。
「わかりました」
ユニコーンとバイコーンの偽装を解除する。
俺が単独で、バイコーンに騎乗する。ユニコーンには、カルラとアルバンが騎乗する。3人で移動を行う。クォートとシャープは、アルトワダンジョンに戻って、後方支援を行う事になる。馬車は、アルトワダンジョンに手配した馬が来るので、移動させる。
エイダは、俺が抱えていくことになった。
持っていく端末は、モバイルノートを一台と、新しく見つけたFX-870Pだ。
VX-4もあるが、RS-232Cの接続速度から、FX-870Pを選択した。マシン語が使える。プログラムを書き換えるプログラムが作れる。魔法プログラムとの相性は抜群だ。パラメータで、プログラムの一部を複写して、書き換えてから実行する。所謂ウィルスプログラムの実行ができる。自己増殖と自己改変が出来てしまう。そのうえで、システム領域はROMに書き込まれていて、オーバーライドを行う事ができるが、ハードリセットで元に戻るのも優しい設計だ。ファンクションとして設定している数式もプログラムを割り当てられる。その分のメモリは必要になるが、元々は32KのRAMのはずが、流れてきた機種は拡張ボードがついていて、メモリが64Kに拡張されていた。RS-232Cの拡張も行われていた。
RS-232Cも実験用の物だろう、LEDが設定されていて信号の流れが解るようになっている。センサー系の制御ができるようになっている。センサーは見つかっていないのだが、実験した所、センサーの変わりになる物が異世界には存在していた。
魔法だ。
RS-232Cで、発動した魔法の制御ができる。設置型の魔法の制御が可能だ。
全力で、バイコーンとユニコーンを走らせること2日。
攻略目的のダンジョンに到着した。
「兄ちゃん?」
「アル。何か、心配か?」
「この子たちはどうするの?」
アルバンが、ユニコーンとバイコーンを撫でながら聞いてきた。
預けていくこともできるけど、ヒューマノイドタイプの二頭には新しいスキルが備わっている。
「カルラ。頼む」
「はい」
カルラが、二頭に振れながらスキルを発動する。
ユニコーンとバイコーンが、ミニチュアホース程度の大きさまで小さくなった。カルラが持ってきていた首輪をすれば、従魔だと認識できる。登録も済ませてある。これで、二頭も戦力として考えられる。主に、エイダ用の戦力だが、エイダが自力?での移動ができるようになれば、戦略の幅が広がる。
低階層では、初心者や自信が無いものが戦っている。軽くだけ戦ってから、降りていく。
5階層を越えると、人も少なくなるので、戦略を確認した。
俺とアルバンが前線を支えて、エイダが後方から支援を行う。カルラは遊撃として、崩れそうな場所の支援を行う。
連携の確認を終えて、持ってきていた食料で休憩をしてから、本格的な攻略に乗り出す。
階層は、20階層だと言われている。
まだ、誰も最下層に辿り着けていない。らしい。
15階層を探索している。
裏技というか・・・。チートというか・・・。エイダが、探索範囲を広げた事で、ダンジョンの情報に制限付きながらコネクトできることが判明した。コネクトが確立すれば、ダンジョンの情報が参照できる。変更は権限が得られなくて、実行が拒否された。階層を移動する場所は・・・。
ハッキングを試したのだが、壊すだけなら出来そうだけど、壊した場合に、ダンジョンがどうなるのか解らないから実行はしていない。
「兄ちゃん。このダンジョンは攻略するの?」
「コアの破壊か?」
「うん」
「ここは、残すつもりだ」
ここまでは順調だ。
ダンジョンにアタックしている者も少なくなって、15階層では誰も居なくなった。魔物が強くなってきているが、俺たちには誤差程度だ。
しかし、16階層に降りると、状況が一変した。
「マナベ様」
カルラが慌てるのも理解ができる。
16階層になってから、魔物が変わった。黒い靄のような物を纏っている。それに、通常なら、群れることがない魔物まで、複数で行動している。それも、気持ちが悪いくらいにシンクロしている。ゲームの魔物のように、一定の場所を守っているようだ。
数が、尋常ではない。
既に、1,000以上を倒しているが、終わりが見えない。
武器だけで対応が難しく思えてきた。スキルを発動しないと対応が難しい。
「カルラ!アル!攻性のスキルを使う。範囲攻撃だ。俺の後ろに引け!エイダ!」
『はい。支援スキルを使用します』
エイダから、俺にスキルの威力があがる支援を付与する。
刀を構えて、スキルを発動する。
黒い靄を纏った魔物たちは、光のスキルに弱いのは判明している。あとは、雷だ。
久しぶりに使う。
刀に付与しているプログラムを起動する。パラメータとして、属性を与える。
魔力を刀に注ぐ。刀が光りだす。
「光龍!雷龍!」
属性龍が、刀から発出される。
目の前に居る魔物たちを、龍が飲み込んでいく。俺お魔力の1/3を与えた龍だ。魔物たちを飲み込んでいく。
「アル!カルラ!」
「はい」「!」
龍が倒し損ねた魔物を、飛び出したカルラとアルバンが倒していく、俺は龍の制御を続けている。
二匹同時だとまだ余裕がある。
「エイダ!処理領域に余裕は?」
『あります』
「雷龍の制御を頼む」
『了』
このダンジョンを出たら、エイダの核とユニコーンとバイコーンの核を、今の物よりも大型の物に変更しよう。
あと、エイダは生命線になっている。複数の核を持てるように変更しよう。あと、流れてきていた Raspberry Pi を組み込もう。8GBモデルがあったはずだ。センサーの処理を肩代わりさせる。本体は、謎技術の塊だけど、センサー系や魔法の制御系なら、プログラミングが可能だ。
何体の魔物を倒したか解らないが、万に届いている可能性がある。
「旦那様」
「カルラ。この黒い靄を纏う状態を知っているか?」
「いえ、初見です。それに・・・」
カルラが言いたいことは解る。
ダンジョン内では、魔物はドロップを落すか、消えるのだが、黒い靄を纏う魔物は、どんな魔物を倒しても、全部”石”が落ちるだけだ。それも、黒い石だ。俺は、見たことがない黒色の魔石なら見たことがある。ただの石なら転がっているが、真球に近い黒い石だ。それも、倒した瞬間に黒い石になる。
魔力を纏っているかと思うが、魔力を感じない。本当に、黒い丸い石だ。
ひとまず、黒い石の件は、考えても解らない。
この階層にいた魔物は倒したと思う。増える可能性もあるのだが、今の所、新たに襲ってくる魔物は居ない。
黒い靄をまとった魔物の特徴は、とにかく好戦的だ。
次の階層でも同じ魔物が出現した。
通常の魔物は、俺もアルバンもカルラも見ていない。エイダに索敵をさせたが、探し出せない。
索敵を行って気が付いたのだが、黒い靄を纏う魔物は、索敵対象にならない。近づかなければ、敵意が向かないので、索敵の対象にするのが難しい。生命を探査するスキルにも反応しない。
16階層も、17階層も、18階層も、19階層も、同じ魔物で階層が埋め尽くされていた。
変化が現れたのは、19階層から20階層に向かう階段の手前だ。
階段だと思われる場所には、透明な壁が存在していて、降りる事ができない。
壁の横に、いつもの設置されている。それは、問題ではない。
問題になりそうなのは、少しだけ離れた位置にある。見たことが・・・。正確に言えば、俺は見たことがある装置が置かれていた。
装置を見ると、少しだけ面倒だと思える。
「カルラ」
「はい」
「素数って解るか?」
「”そすう”ですか?聞いたことがありません」
アルバンには、聞く必要はない。
そうか、素数は基礎だと思ったけど、スキルの起動時にも意外と関係するのだけどな。
「カルラ。スキルの発動時に、1つ。2つ。3つと発動はできるよな?」
「はい」
「でも、4つの重ねは失敗する」
「はい。神々の喧嘩です」
そう、この世界では、重ね掛けは、素数で管理されている。道具を作るときに気が付いた。同じ素材に4つの付与は失敗する。だから、複数の素材に分けて付与を行う。複数の素材を組み合わせれば、それが連結して4つのスキルが交わったような道具が完成する。
「でも、素材を選ぶが、5層なら可能だよな?」
俺が行っているプログラムになると別だ。今後の研究次第だとは思うが、魔法をプログラミングすれば制限が外れる。理由は解らないが、実現ができるので、現在は利用している。
「え?5?」
「次は、7だ。その次は、11だ。13。17。19。23。29。31。37」
「え?え?マナベ様!」
「それが答えだ。アル。この答えは、41だ」
13番目の素数と書かれた問題の答えは、41で合っている。
こんな問題をここに設置している意味がわからない。それに、今度は”英語”で問題が書かれていた。各国語対応でもしているのか?FIGSとかで書かれると、読めるだろうけど・・・。まだ英語だから助かった。翻訳機能が伝えるようにしておこうか?
「エイダ!」
『はい』
「この問題を読み込んで、翻訳はできるか?ウーレンフートの端末に接続してもいい」
『可能です』
「FIGSでもか?」
『はい。フランス語。イタリア語。ドイツ語。スペイン語。CCJKも可能です』
「道具にはできるか?」
『無理です』
「わかった。次は、エイダに頼む」
『了』
エイダに確認をしていると視線を感じた。
アルバンとカルラが、機械を見てから、俺を見ているようだ。
パネルを見ると、次の問題が表示されている。
早速、エイダの出番だ。フランス語のようだ。
読めるのは、数字だけだが、多分答えは、”Yes”だ。
そもそも、こんな問題。あとは、問題文次第だ。
エイダに解読をお願いした。
やはり、”素数”なのか判定しろとのことだ。
それから、連続で9問。
問題文をしっかりと読まないと答えが定まらないのも嫌らしい。
”該当する数値は素数か?”という問題と、”該当する数値は素数ではないか?”が入り混じっている。
問題は続いた。
次の問題の数値は、いろいろ・・・。
最初と最後が”1”で真ん中に3つの6があり、真ん中の数字を13個の”0”で括られている。回文素数だ。
「兄ちゃん?」
「カルラ。アル。”0”の数を数えてくれ、アルは左から数字の6まで、カルラは右から数字の6まで・・・」
何度か、数えてもらって間違いはない。
ベルフェゴール素数だ。
知識として知っていなければ、突破は難しい。
問題文をもう一度、エイダに翻訳してもらった。
「アル。答えは、”No”だ」
アルバンが答えを入力した。
階段が出現したので、問題が終了したと考えてよさそうだ。
面倒な問題だったが、クリアできてよかった。
階段を降りると、扉が存在している。
ボス戦か?
「兄ちゃん。開けていい?」
「あぁ」
アルバンが、扉に手をかける。
俺とカルラは左右に別れて、戦闘態勢を取る。階層も深いわけではない。対処はできるだろう。ウーレンフートの20階層と考えると・・・。
ボスが待ち構えていた。うん。ボスだけど、ゴブリンの上位種?
「兄ちゃん。おいらにやらせて」
「そうだな。カルラ。サポートを頼む」
「はい」
アルバンとカルラがゴブリンの上位種に対峙する。俺は、部屋には入るが、後方で観察だ。エイダに部屋の中をサーチしてもらって、怪しい所がないか確認をしてもらっている。
5分もしないで、アルバンがゴブリン(多分、ソルジャー)を倒しきった。
さて、コアルームだ。
接続が出来たら嬉しい。出来なければ、コアを破壊して終わりだ。
今回も接続が可能だ。
問題の設置も可能になり、もっと複雑な問題に変更した。2択問題ではなく、記述式にして、プログラムの問題を差し込んだ。これで、突破はほぼ不可能だろう。
ウーレンフートのダンジョンとの接続はできたが、アルトワダンジョンとの接続は出来なかった。
今までと同じで、ウーレンフートを経由すれば接続が可能だけど、無理に接続する必要はなさそうだ。
ゲートを通して、ヒューマノイドタイプを何体かこちらの管理を行わせる。
こうなると、一度ウーレンフートに戻って、セントラル機能を持たせたサーバルームを作成した方がいいかもしれない。監視用のサテライトは必要だろう。運営は現地スタッフに任せて、セントラル側では負荷と収支の監視だ。遠隔での構築は無理そうだから、共和国のダンジョン制覇が終わったら、ウーレンフートに戻るか?
約束の期限も近づいているし、丁度いいかもしれない。
「よし!次に向かうぞ!」
「え?」
「ん?アル。どうした?」
「えぇーと」「マナベ様。アルトワダンジョンの様には、しないのですか?」
「あぁ上に村を作って、実効支配?」
二人が頷いているので、俺がダンジョンを実効支配するのだと思っていたようだ。
「ここはいいかな?資源が出るダンジョンは、実効支配を考えたけど、ウーレンフートの支配下になるのなら、実効支配するよりも、特産物を絞ったほうがいいだろう」
二人も納得してくれた。
問題を書き直したし、最下層前と最下層のボスを強くした。リソースはウーレンフートで有り余っている。アルトワダンジョンも、徐々に貯まる傾向にあるので、自然回復するだろう。
地上の様子を確認すると、暗くなってきているので、今日は最下層で過ごすことにした。わざわざ野営をするよりも、最下層のほうが快適だ。
ウーレンフートから、ヒューマノイドに依頼して食事を持ってきてもらう。向こうに行けばいいとは思うが、カルラとアルバンには見せていない物も多い。サーバ室に繋がっている場所をいきなり見せるのは難しいだろう。
こちらでも、接続している部屋は立ち入り禁止にしている。コアルームも扱いは同じだ。
一晩で、ダンジョンの再構成は終了した。
あとは、ヒューマノイドに監視を行うように指示を出した。運営に関しては、現状を維持しつつ、ウーレンフート経由で設定を変更してみようと思う。
翌日も、ユニコーンとバイコーンで移動を行い。次のダンジョンに向かう。
俺たちは、順調にダンジョンを攻略していった。
問題は、EFIGSCCJKのどれかで書かれている。よかった、クリンゴン語とかで書かれたら難しかった。地球のネットに接続が出来れば、翻訳ができるだろうけど、オフラインでは難しい。
クイズも、いろいろだ。豆知識的な問題は出てこない。殆どが数学や物理の問題になっている。少ない場所で5問。多い場所では100問も解かされた。誰が作っているのか面倒な問題が多い。
今の所、8つのダンジョンを攻略したがウーレンフートに繋がらない場所は1か所だけだ。
その1か所は、クイズの設置がなくいきなりボス戦だった。様式美である。ボス部屋がなかった。コアが見える場所にあり、コアを守るようにボスが鎮座していた。
「兄ちゃん」
「また黒い石があったな」
「うん」
攻略したダンジョンで、コアを破壊したダンジョン以外には、最初に攻略したダンジョンと同じように、黒い石が存在していた。ダンジョンによっては、下層だけではなく、途中にあるセーフエリアにも置いてあった。気持ちが悪いので破壊して居る。魔石ではないのは、鑑定して解っているし、何かのスキルが付与されている様子もない。サイズも違うので、ただの偶然かと思ったが、”ダンジョンで吸収されない石”があるのが異常なことだ。攻略して、配下に置いたダンジョンでも”黒い石”は吸収不可能だった。
おれが、黒い石を破壊した理由も、”吸収が不可能”だという事実を知ったからだ。
残り、三ケ所。
町に隣接している資源ダンジョンが残った。共和国に属している国の首都に近い場所にあり共和国の屋台骨を支えるダンジョンだ。
次のダンジョンの攻略を考えている。
食料の供給元を先に狙おう。魔物の肉だけではなく、ダンジョン内から果物や野菜の採取ができる。
カルラからの情報では、狙っているダンジョンの現状、攻略を行っている階層は、47階層。
それなりに、深い階層を探索中だ。このダンジョンは、50階層が最下層だと予測されている。
攻略がストップしている理由が、40階層から下では食料がドロップしなくなり、物資が不足しだして、47階層で引き返したようだ。カルラが、軽く聞き込みをしてきてくれて判明した。40階層には、主が居るために、戻って採取を行うにしても、戦力配分が難しい。
俺たちなら、食料を大量に持ち込める。
準備は、既に整っている。
入口で足止めされてしまっている。
どうやら、攻略を行おうとしているダンジョンの中層でイレギュラーな魔物が発生しているようだ。
「旦那様」
「どうだった?」
「はい。許可は出ました」
「わかった。何か、条件が出たのか?」
「中層までの物資の輸送を頼まれました。まだ、了承はしていません」
「物資の量は?」
「保存食が1000名分です」
そこそこの量だな。
俺たちなら問題はないが・・・。持っていくだけのメリットが他に有れば・・・。
「メリットは?」
「ダンジョンへの入場の許可と、イレギュラーの情報です」
このダンジョンは攻略しておきたい。
共和国の首にナイフを突き付けることができる場所だ。残り2箇所は、一つはやはり食料がでるが、難易度がこのダンジョンよりも高い。もう一つは、鉱石が中心のダンジョンだ。そこは無視でいいと思っている余裕があれば、攻略を行うが、鉱石だけあっても食料を輸入しなければならない状況にあれば締め付けは可能だ。
「わかった。その話を受けよう」
「わかりました」
カルラが俺たちから離れて、別の集団に歩み寄った。
交渉を行っている。
「兄ちゃん」
「どうした?」
「イレギュラーはどうするの?」
「遭遇したら、倒す。でも、わざわざ見つける必要はない」
「え?」
「アル。俺たちの目的は?」
「あっ!」
「そうだ。攻略が完了して、ウーレンフートに組み込みが出来れば、イレギュラーの位置は把握できる。もしかしたら、排除が可能かもしれない」
「うん。わかった」
アルバンは納得したのか、武器の手入れを始めた。
一つだけ可能性が残っているけど、わざわざ説明しなくてもいいだろう。イレギュラーが、自然発生した物なら、俺の言った方法で消し去ることが可能だ。しかし、違った場合には、イレギュラーな存在が、本当にイレギュラーになってしまう可能性だってある。今、考えても解らない事は、考えても意味がない。実際に、イレギュラーな状況になった時に慌てないように、そんな可能性もあるとだけ思っておけばいい。
ダンジョンが、壮大なプログラムならどこかに不具合が入っていても不思議ではない。今回、それがヒットしただけなのかもしれない。
従って、イレギュラーな状況に、怒り狂っても前には進めない。幸いなことに、イレギュラーは徘徊型だ。回避することは可能だ。
「旦那様」
「ダンジョンの中までは、そのまま持っていこう」
「はい。許可証と、中層のキャンプへの指示書です」
「わかった。アル!」
「うん!」
アルバンが立ち上がって、俺たちのほうに来る。
荷物は、分担して持っていけばいい。どうせ、ダンジョンに入って、人の目がなくなれば、収納してしまえばいい。
持ってみると、重さよりも嵩張る感じが酷い。
確かに、これを持った状態で、戦闘は難しい。俺とカルラで持って、アルバンに遊撃として、エイダと一緒に近づいてくる魔物を討伐してもらったほうがよさそうだ。
「カルラ。アル。俺とカルラで荷物を持つ。アルとエイダで、中層までの魔物を頼む」
周りに聞こえるように宣言する。
荷物を持って、ダンジョンに潜るのは、俺たちだけではないようだ。他にも、何組か荷物を持っている。全員が届けなくても、大丈夫なようにはしているのだろう。中層で、イレギュラーを探している連中も上層や中層で狩りを行えば、物資には困らないだろう。他の者が持っている物は、武器や防具の補修に使う物資やポーションのようだ。分担するのなら、全部を分ければいいのに・・・。
俺が頭を悩ませる必要はない。
「行くぞ」
二人とエイダから、返事が貰えた。
荷物を持って、ダンジョンに向かう。カルラが、許可証を出した。門番?が確認して、扉が開けられる。
「カルラ。キャンプは何層だ?」
「私たちが物資を届けるのは、25層のセーフエリアです」
「わかった。飛ばすぞ」
荷物を担いで、人が少ない方向に走り出す。
3階層まで来たら、近くに人の気配が無くなったので、荷物を収納して俺とカルラも武器を取り出す。
アルバンが不満を口にする。
魔物が弱くて、手ごたえがなかったことや、エイダが索敵を行い、魔物が居ない方向に案内した為に、魔物とのエンカウントが少なかった。簡単に言えば、俺とカルラの手が塞がっている間に活躍が出来なかったのが不満だった。
些細な問題はあったが、中層に踏み込むと、人が増え始める。
中身は軽い物に入れ替えた袋だけを取り出した。何も背負っていないのは不自然だと考えたからだ。エイダが、人が居ない方向に案内したので、人との接触も最小限に抑えられた。
「旦那様」
「あぁ」
袋の中身を詰め込んで、キャンプ地に向かう。
キャンプには、いくつかのパーティーが休憩をしていた。
「カルラ。頼む」
「はい」
俺が出て行かなくても、カルラでも大丈夫だと言われている。
カルラもそのつもりで居たので、交渉はカルラに一任した。
雰囲気から問題はなさそうだ。
友好的とは言わないが、事務的に話が進んでいる。荷物を受け渡して、検品されているだけのようだ。
カルラが、相手から割符を貰っているので、これで大丈夫なのだろう。
「旦那様」
「問題は?」
「ありません。今後の予定を聞かれたので、打ち合わせ通りに答えました」
「承諾していたか?」
「はい」
「アル!休んだら、出発するぞ」
「うん!」
『マスター。イレギュラーの情報は?』
「そうだ。カルラ。イレギュラーの情報は?」
「はい。何人かは確認しているようです。40階層の階層主が中層を徘徊しているようです」
「主?階層の?部屋から出ていると言うのか?」
「はい。そして、イレギュラーは、黒い靄を纏っているという情報があります。階層を越えて、追尾してくるので、見つかったら、階層を越えても全力で逃げるように助言を受けました」
「そうか・・・」
黒い靄が気になる。
40階層の主なら、たしかに中層を主戦場にしている者だと捕捉されたら対応が難しい。ダンジョンへの入場が規制される意味はある。階層を越えて追尾してくるのも気になる。人の・・・。悪意のような物を感じるが、考えすぎか?
「カルラ姉ちゃん。階層主ってことは、40階層の階層主は居ないの?」
そういえば、階層主が居なくなったと判断されているのだとしたら、40階層はどうなっている?
イレギュラーの存在が際立っているが、下層で何かが発生している可能性すらある。
「居ないことが、確認されている。下層への侵入は、禁止されていませんが、推奨もされていません」
推奨されていない。自己責任だろう。俺たちには都合がいい。自己都合でも、下層に足を踏み入れることができれば、そのまま攻略を行える。
「兄ちゃん。イレギュラーを倒しても、階層主だとしたら、復活するよね?」
「そうだな」
「それなら、ほら、兄ちゃんが、アルトワでやったように、ボスを変えちゃえば?」
「!!そうだな」
討伐は考えていなかったが、討伐を行ってから、階層主に挑戦を行えば、”黒い靄”の謎が解ける可能性がある。
攻略後に、ボスを変えても、同じようにイレギュラーになるのなら、ダンジョンになにか仕掛けが施されている可能性が高い。全部をサーチするのに、やはり攻略をしなければならない。同じ手間なら、攻略してから考えればいい。
もし、何も仕掛けがされていなければ、アルトワダンジョンでもイレギュラーが産まれて来る可能性がある。それだけは避けたい。
中層のキャンプ地に、物資を届けた。
途中で狩った魔物や採取した物も一緒に渡した。
共和国内では、少量だがマジックバッグが流通している。容量も大きくないのだが、物が流通していれば、使っても不思議には思われない。
と、いうことで、問題はあるが、使ってしまおうということになった。
今回は、途中で狩った魔物や採取した物を提供する。
中層にキャンプを張って、イレギュラーに対応が可能な者たちだ。俺たちが持っている、マジックバッグを見ても奪おうとはしないだろう。
それに、奪われても、袋ではなくステータスボードに格納しているので、袋が奪われても困らない。
一応、言い訳として、とあるダンジョンの下層で見つかった物で、個体認証が行われて、俺以外が使おうとしても一般的な袋と同じになってしまうと説明しておく、俺専用の道具になってしまったとしておけばいいだろう。
中層のキャンプ地では、イレギュラーの情報は得られなかった。
「旦那様」
「何か、情報は得られたか?」
「はい。下層の安全地帯に魔物が出たようです」
「セーフエリアに?入ってきたのか?」
「違います。”魔物が湧きだした”と言っています」
カルラの説明では、セーフエリアの入口は塞がれた状態になっていて、それでも中に魔物が居たので、最初は不思議に思いつつ駆除した。しかし、しばらくたって魔物がまた出現したので、”湧きだした”と結論づけて、セーフエリアを放棄したそうだ。
問題は、湧きだした魔物が”黒い靄”を纏っていたことだ。
中層のキャンプでは、問題と感じていなかった。カルラから事情を聞いた、俺たちはよくわからない気持ち悪さを感じていた。
「兄ちゃん。どうするの?」
「最下層を目指す」
キャンプ地から少しだけ離れた場所で、カルラからの報告を聞いてから、アルバンが俺に今後の方針を訪ねてきた。
元々、このダンジョンは攻略すると決めている。
「エイダ。人や魔物が居ない場所を案内してくれ」
『了』
エイダは、アルバンが抱きかかえている。
移動速度を考えれば、誰かが抱きか開けるのがいいのだが、最初はカルラが抱きかかえて、走っていたのだが、カルラは近くに居る魔物を討伐して戻ってくる。アルバンでは、討伐時間で差が出てしまう。従って、今はアルバンが抱えている。
カルラは、エイダから指示された、近づいてきそうな魔物の討伐を行う。
避けられそうにない戦闘は、俺とカルラが担当して、大きな群れの場合には、アルバンも参戦する。
『マスター!』
「エイダ?」
『イレギュラーの可能性があります』
「どういうことだ?」
『通常の魔物や人と違う反応があります』
「何体だ?」
『3体。大きさから、フォレストウルフ系列』
少しだけ考えて、討伐を決意する。
これが、黒い靄を纏った魔物なら、エイダの探索の精度が上がったことを意味する。確認しないのは気持ちが悪い。下層を移動することを考えれば、エイダが見つけたイレギュラーを既知にしておいた方がいい。一度でも索敵をして、討伐を行えば情報が収集できる。積み重ねは必要だが、既知にできる。チャンスと考えたい。
「兄ちゃん」
やはり、黒い靄を纏った魔物だ。
「アル。カルラ」
エイダは、俺が抱きかかえて、いつでも離脱が可能な体勢にする。
相手の強さも解らない。今までと同じ程度なら余裕だが、イレギュラーな状態だと、いきなり強くなっている可能性もある。
姿は、フォレストウルフだ。しかし、こんな下層に居る魔物ではない。
ブラック・フォレストウルフとでも呼べばいいのか?
カルラが牽制で放ったスキルをしっかりと避ける。ヘイトがカルラに集中する。
それほど、動きが賢い感じではない。アルバンが後ろに回っても、無視している。
カルラが、避けタンクのようにブラック・フォレストウルフを引き付ける。
二人でなんとかなりそうだ。
アルバンの攻撃もしっかりとダメージとして残る。物理攻撃を行えば、一体だけヘイトがアルバンに向く、釣ってくることが出来そうだ。下層に居る魔物の様に、連携してこない。強さがアンバランスに感じる。
10分程度で、3体のブラック・フォレストを倒した。
やはり、ドロップは何もしない。黒い靄になって消えてしまう。現象としては、同じだ。
エイダが情報を分析した。
ダンジョンに属さない魔物だと分析されたが、それならダンジョンの魔物の様に消える謎が残ってしまう。
「アル。カルラ。黒い石が無いか探してくれ」
俺の指示で、二人にも協力して貰って、30分ていど近くを探してみたが”黒い石”は見つからなかった。
”黒い靄”と”黒い石”には繋がりがないのか?魔物が移動した可能性もある。近くにないと言って、”関係がない”とは、言い切れない。
「カルラ!アル!」
二人を呼んで、下層に移動を開始する。
何度か、黒い靄を纏った魔物を討伐した。弱い魔物が、黒い靄を纏っても、俺たちなら討伐は簡単だ。
「兄ちゃん?」
「どうした?」
「ブラック系の魔物だけど、なんで上層の魔物だけなの?」
アルバンに言われて、考えてみた。
確かに、黒い靄を纏っているのは、このダンジョンに居ない物も存在していたが、他のダンジョンでも上層と呼ばれる場所に出て来る魔物だけだ。
「わからない。”黒い石”が関係しているとしたら、何かしらの制限があるのかもしれない」
そうなると、階層主が黒い靄を纏って徘徊しているのは、違う理由があるのか?
考えても解らない。頭の片隅からはがれない違和感。
階層主のイレギュラーとは遭遇しなかった。
本来なら、階層主が居るべき部屋は、魔物が存在しなかった。
部屋の中央に、石が散らばっている。
魔石でもなさそうだ。黒い石が変化した物か?
スキルを付与した形跡もない。本当に、ただの石なのか?
調査をしたいけど、持っていくのは何か危険な感じがする。
『マスター』
「何か、見つけたのか?」
『はい。魔石が一つだけ混ざっています。スキルが付与されています』
「解析は可能か?」
『可能です』
「・・・」
何か、引っかかる。気持ちが悪い。
こういう時の”感”は無視しないほうがいい。
何かある?気持ちが悪い。
もしかしたら・・・。
「エイダ。解析を中止!」
『了』
まだ開始していなかった。
俺が、魔物を乗っ取ろうとしたら、ウイルスを仕込む。もしかして、黒い靄を纏った魔物の動きが単純な物なのは、ウイルスに犯されているからなのか?
低級な魔物を”生み出している”のか?ダンジョンが犯されて魔物を産み出している?
魔法をプログラミングできるのなら、魔物を乗っ取る為に、ダンジョンを乗っ取る為に、ウイルスが有っても不思議ではない。
なんで、最初に”それ”の危険性を考えなかった。
すぐに、対策を考える必要がある。
どこに潜伏して、どこに影響があるのか調べなければならない。
自己増殖型でない事を祈るけど、現状を見ると、単なるワームではなさそうだ。潜伏型かもしれない。
黒い石が、ウイルスを増殖させる物なのだとしたら、ダンジョンを吸収している。ウーレンフートも危ない状況だ。
ウーレンフートでは異常な状況は発生していない。接触しているアルトワダンジョンも平気だ。
何がトリガーになっている?何が感染源だ?
「兄ちゃん!」
「ん?」
「兄ちゃん。考えても、解らないのなら、まずは情報を集めよう」
アルバンに言われて、自分が慌てていたのが解った。
確かに、これ以上は解析して、現状を分析して、情報を集めなければ解らない。
このダンジョンが感染しているのなら、攻略してしまえば、感染源を抑えられるかもしれない。ウーレンフートに繋ぐのは、辞めた方がいいかもしれないが、持ってきている端末を繋いで調査を行うのはできる。
「そうだな。アル」
アルバンの頭を撫でながら、カルラを見る。
「エイダ。最速で、最下層に向かう。アルとカルラも手伝ってくれ」
「はい」「うん!」『了』
まだ何か秘密があるかもしれない。
でも、まずは俺ができる事をやってしまおう。それから、考えればいい。
「いくぞ!」
最下層を目指すのは、初めから決まっていた。
全速ではないが、魔物が出てきた場合でも、対処が可能な状況を維持しつつ、最速で最下層を目指す。
エイダには、全力で索敵を行ってもらっている。
アルバンも、カルラも、問題はなさそうだ。
最下層の直前(だと思える場所)に、ボス部屋が設置されている。
アルバンが、躊躇なく扉を開ける。俺とカルラを見たことだけは褒めてあげるが、開ける前に一言くらいは欲しかった。
ボスは、黒い靄を纏っていない。
「相手は、キングエイプ。エイプ種の手下を5体」
カルラがボス部屋を観察して報告を上げる。
目視できる場所には、キングエイプしか見えない。カルラが、言っているのなら、キングエイプの後ろにでも控えているのだろう。
「兄ちゃん!おいらに、キングエイプをやらせて!」
「カルラ。サポートを頼む。アル。一人ではダメだ。カルラのサポートを受けるのなら、許可する」
「わかった。姉ちゃん。お願い」
「かしこまりました」
「エイダ。俺とエイプ種をキングエイプから引き剥がすぞ」
『了』
アルバンが飛び出していくが、カルラがしっかりと後ろからついていく、キングエイプの攻撃動作をしっかりとキャンセルしている。
俺とエイダは、後ろに控えていたエイプ種5体のヘイトを管理する。
難しくはない。5体にスキルを浴びせる。キングエイプに当たらないように調整するだけで十分だ。俺たちに意識が向いた所で、アルバンとカルラが居る方向とは逆に走り出す。
エイプ種は、しっかりと釣れた。
「エイダ。やれるか?」
『了』
エイプ種を見ると、上位種は居ない。変異種が1体だけだ。
これが最下層のボスなのか?弱すぎる?
エイダがスキルを発動する。
一撃では、倒せない。
エイダのスキルは、それなりの威力がある。エイプ種が耐えられる威力ではない。半数は、倒せると思っていたが、一体も倒せないのは、計算外だ。
『マスター。エイプ種は、変異種です』
「変異種?通常のエイプと同じだぞ?」
変異種や上位種は、色や顔つきが違っている。
目の前の、エイプ種は一体を除いては、通常のエイプと同じだ。
『マスター!』
エイダの声で、思考が戻ってきた。
そうだ、考えるのは後だ。
「エイダ。エイプ種を引き離すぞ!もしかしたら、変異種に見えるエイプが本当のボスかもしれない」
『是』
アルバンとカルラを見ると、問題はなさそうだ。
キングエイプとは何度かダンジョン内で戦っている。多少は、強くはなっているようだが、想定の範囲内だ。
後ろに居たのは、従えていたわけではなく、本当のボスが変異種に見えるエイプなのだろうか?
「俺が、変異種に当たる。他の4体を頼む。倒す必要はない。アルバンとカルラが駆けつけるまで持たせろ」
『了』
大廻で、変異種に見えるエイプに肉薄する。
見た目は、変異種だが確かに違う。これは、エイプなのか?
今、俺を見た。
ダンジョンの中に居る魔物との戦闘は、それほど難しくない。ヘイト管理が、外に居る魔物や人よりも格段に楽だからだ。
でも、変異種は俺が攻撃を仕掛ける前に、俺を見た。ダンジョンの中では発生しない事象だ。ウーレンフートのダンジョンの様に、パターンデータを改変してあったり、パターン学習をさせてあったり、戦闘データから学習させているような状況で無ければ、外から魔物を連れてきて、育てる必要がある。
理由は解らないが、こいつが最強だ。
戦闘が開始したら、入口が閉まった。それに、俺たちが攻撃を開始するまで、動かなかった。いくつかの状況から、この6体がボスだと言っている。しかし、違和感しかない。イレギュラーな状況だ。
変異種は、通常のエイプの変異種では考えられない位に強い。
速度は、同じ程度だが、力が数倍は強い。動きは、エイプ種と変わらない。力だけが強くなっている?
「アルバン!カルラ!キングエイプが終わったら、エイプ種を頼む」
「うん」「はい」
え?
エイプが、放出系のスキルを使った?
動きに翻弄されなければ対処は可能だ。
じっくりと削っていく!
アルバンとカルラが、キングエイプを倒した。
これで、エイダの負担が減る。
「エイダ!解析!」
『了』
エイダも解ったのだろう。
カルラとアルバンが、エイプ種に接近して、攻撃を開始した瞬間に離脱して、変異種の解析を行う。
『マスター!変異種は、キングエイプの3倍の体力。力は、5倍。スキルは解析失敗。複数の所持を確認』
「わかった」
想像以上だ。
勝てない相手ではない。カルラとアルバンも、エイプ種の相手をしている。向こうも余裕はないが、問題はなさそうだ。
俺も、ゆっくりはしていられない。
武器を取り出す。
エイプの変異種。
これからは、今までとは少しだけ違うぞ!
武器を持った俺に、変異種は構えを変える。
やはり、通常のダンジョンで発生するボスの動きではない。ウーレンフートで設定したから解る。これは、戦闘訓練やデータを組み込まれた個体だ。
刀を構えながら、スキルを発動する。
意表を付くような攻撃には対応が(まだ)できないようだ。
高位のスキルが来ないと判断したのか、スキルを無視して突っ込んでくる。
いい判断だが、もう少しだけ賢くなって戻ってこい。これは、悪手だ。
肉薄する。変異種の足にスキルを集中する。風属性のスキルだ。無視して突っ込んでくる。スキルは、変異種の皮膚で弾かれる。その後に、同じ風属性のスキルを腕に放つ。今度は、雷属性を付与した物だ。
無視して、俺の首を掴もうとしたエイプの腕にスキルがヒットする。
風属性のスキルは、皮膚に弾かれる。しかし、雷属性のスキルがエイプの身体を痺れさせる。ほんの少しの時間だが、動きが止まる。俺には、十分な時間だ。
エイプが俺を掴もうとした腕を、切り落とす。
絶叫がボス部屋に響き渡る。
え?
「兄ちゃん?」
「あぁ・・・」
通常なら、腕の一本を切り落としても、ボス戦が終わることはない。
アルバンとカルラも、不思議な状況に混乱している。
「エイダ!」
『解析失敗』
エイダでもダメ?
俺が腕を切り落とした変異種もどきが絶叫を上げた。
ここまでは、想定していた。
問題は、カルラとアルバンが相手していたエイプたちが、黒い靄になって消えてしまった。
変異種も、腕だけを残して黒い靄になった。
カルラとアルバンが倒したキングエイプに黒い靄が集まっていく。
復活するのかと構えたが、復活する様子はない。
数秒後に、魔法陣が現れた。
これは、ボスが討伐された証拠だ。この時点で、腕が有った場所にドロップが現れる。腕は通常のボス戦の様に消えている。
キングエイプは、魔法陣が現れた瞬間に黒い石を残して消えてしまった。
ボス撃破の報酬はしっかりと出ている。
最下層に繋がる魔法陣が表示されている。上に戻る為の魔法陣もある。
「エイダ。魔法陣を調べてくれ」
『了』
エイダが解析を始める。
アルバンとカルラは、ボス部屋の様子を調べるが、黒い石が残された以外は、通常のボス部屋だ。
『マスター。通常の魔法陣です。赤が下層への魔法陣で、青が1階層への移動です』
「わかった。下層に移動するぞ」
「兄ちゃん。黒い石はどうする?」
『マスター。確保をお願いします』
「どうした?」
『マスター。スキルの痕跡があります。今までの物とは違います』
「触っても大丈夫か?」
『大丈夫です。結界で覆いました。スキルが漏れないようにしました』
「わかった」
「旦那様。私が持ちます」
カルラの申し出は嬉しい。
しかし・・・。
カルラを見ると、アルバンに持たせるのは、何かあった時に対応が難しい。俺は、論外だといいたいようだ。エイダでは、スキルがウイルスなら被害が大きくなりすぎる。カルラなら、異常状態の耐性が強いだけではなく、対応も慣れている。
「わかった。カルラ。頼む」
「はい」
カルラが、黒い石を持ち上げる。
エイダが結界を張っているので、手から少しだけ浮いているのが不思議な状況だが、異常はなさそうだ。スキル発動にトリガーが必要なのかもしれない。
俺が持っている容量が小さいマジックバッグをカルラに渡して、使うように指示する。中身には、何も入っていない。大丈夫だとは思うが、トリガーが解らないだけに、用心は必要だ。
まだ下層が存在しているようだ。
ボスを倒して、発現した魔法陣に乗って、下層に移動する。全員が乗った所で、魔法陣に魔力を流す。
魔法陣は・・・。
発動したけど、ここで問題が出るのか?
”4桁の数字を並び替えて、最大にしたものと最小にしたものとの差を計算する。これを繰り返すことで、現れる数字を答えよ。ただし、同じ数字だけで構成された整数は除く”
また面倒な問題だな。
カプレカ数だろう?
「アル。問題には、選択肢は出ているのか?」
「出てない。4桁の数字を入力する様になっている」
「”6174”と入力してくれ」
「わかった!」
アルが、問題が表示されている板?に数字を入力する。
4桁でよかった。3桁は、”495”と覚えているけど、それ以外だと計算しないと解らなかった。カプレカ数を知らなければ、計算が出来ても答えには辿り着けない。
どうせ、一回しか回答権を与えられていないのだろう。間違えたら、入口にでも飛ばされるか、もう一度ボス戦だろう。
「兄ちゃん!」
「入力したら、回答してくれ」
「うん。6174と入力した。回答!」
いきなり、魔法陣の転送が始まるのか?
光が俺たちを包み込む。
光が無くなっている。一瞬で終わってしまった。
「エイダ!」
『最下層です』
最下層の扉にも問題がついている。
今度は、495が答えになる。4桁の方が難しいと思うのだけど、別に困らないからいいのか?
答えをアルバンが入力すると、扉が開いた。
前室になっているようだ。
「カルラ。アルバン。この部屋を整えてくれ、必要な物は・・・」
周りを見ると、いろいろと物資が流れ着いているように見える。
「かしこまりました。旦那様がお休み頂ける部屋にしておきます」
「頼む。ゆっくりでいいからな」
食料を渡しておけば、飢える事はないだろう。
『マスター』
「どうした?」
『”黒い石の解析を実行したい”と思います。ご許可を頂きたい』
黒い石に関しては、少しでも情報が欲しい。
ただ持ち込めばいいのか?それとも、何か条件があるのか?条件があるのなら潰せばいい。持ち込むだけで発動してしまうのなら、持ち込ませないようにする必要がある。罠の応用でできるか確認が必要だが、転移する罠で武器だけを奪うことができる。同じように、黒い石だけを奪う事が出来れば、持ち込ませる状況を回避できる。
「わかった。許可する。ただし、俺も一緒に解析を行う」
『了』
奥の部屋も気になるが、黒い石の方が重要だ。
それに、黒い石の正体が解らないまま、ウーレンフートに繋ぐのは怖い。危険だ。直感から来るものだが、この場で解析を行ったほうがいい。
「カルラ。アル。黒い石の解析を行う。なるべく近づかないでくれ」
二人から了承の返事が来る。
ノートパソコン--DELL製の13インチモデル--を、取り出して接続を行う。普段開発で使っているSurfaceは繋がない。DELLのいい所は、パソコンに癖がないから、いろいろなOSが試せることだ。一部には、ドライバが必要になる場合もあるが、標準のドライバで動いてくれる。
繋いですぐに判明した。
黒い石は、やはりウイルスが仕組まれている。と、いうよりも、”黒い石”自体がウイルスだ。
機能は単純だ。
1.繋がった端末に自分をコピーする
この時に、抵抗ができる。パソコンに繋いだ時にすぐに判明した理由だ。
2.相手に強制的にスキルを植え付ける
感染フェーズで、どうやら動きが単純になってしまっていた理由のようだ。乗っ取りを行うのだが単純な行動パターンになってしまっている。
3.複製の作成
今回は、これがうまく作動していなかった。複製が行えれば、感染した端末を使って別の端末に感染させられる。経路が複数になるようには調整されていない為に、”1”が邪魔して複製が失敗している。
4.魔核(石)に侵入して機能を複写する
ワクチンは必要なさそうだ。振れなければいいだけだ。
これで、各階層に置かれていた理由がわかった。魔物たちが、倒されて、魔石が残されると、そこから新しい黒い靄を纏った魔物が産まれる。これの繰り返しだった。
接触で侵入を行う。
解析を行って、プログラムの癖が解った。
サンプルが一つだけだから、正しいか解らないが、回りくどい方法を用いている。わざとそうしているのか?癖なのか?それとも、何かのサンプルのコピーなのか解らない。
『マスター』
エイダに頼んでいた、黒い石の固有情報に思える物が見つかった。あとは、全ての黒い石で共通する部分か、何かしらの係数を与える事で、同一の物とみなす事が出来れば、識別が可能になる。これは、俺じゃなくて、エイダが得意とする分野だ。
今まで、いくつかの黒い石を見つけてきていた。ウイルスにも、指紋のような物は存在する。プログラムでも同じだ。抜け殻になっている黒い石にも残された情報を見つける事ができた。
総当たりの計算は、簡単なプログラムを組んで、あとはエイダに任せてしまおう。
「エイダ。情報をまとめてくれ」
『了』
結果が出るまで、俺はこのダンジョンの設定を行う。
奥の部屋に入ると、そこには、NEC PC-8801MHだ。
なつかしさがこみあげて来る。キーボードも純正品だ。モニターは残念ながら純正品ではなかった。EPSONのモニターだ。
PC-88には、ネットワークアダプターは存在していない。RS-232Cからデータの吸い上げを行おうかと思ったが、簡単に行きそうになかった。周りを見ると、1,200bpsのモデムが落ちている。
手元にはないが、ウーレンフートにならモデムが搭載されているパソコンがあったはずだ。
RJ11で繋げばいいはずだ。リバースにする必要は無かったはずだ。モデムがビジネスモデムの様だから、6極4芯のケーブルを用意すればいいのか?
うーん。ここで、コネクタを作るのは出来そうにない。
一度、ウーレンフートに戻ってコネクタを作るか?
それとも、もうウーレンフートと繋いでしまって・・・。
もしかして、このダンジョンの魔物やボスが単調な動きになっていたのは、PC-8801MHをコアに使っていたからか?
『マスター』
前室で、解析を行っているエイダが何か報告があるようだ。
『どうした?』
こちらは、もう何もできないので、前室に戻る。
『マスター。解析が終わりました』
「早いな」
『はい。同一のフィンガープリントが存在します』
「そうか!それなら、識別は出来そうだな。全ての魔石か?」
『はい。元を作成して、コピーしているようです。ボスの部屋で見つけた物は、元々の魔石が大きかった為に、プログラムが残っていたようです』
「通常の魔石では見られない特徴だよな?」
『はい』
「フィルタリングは可能か?」
『可能です』
「追跡は?」
『不可能です』
「接触感染だと、センターから排除は可能か?」
『可能です。ダンジョンへの侵入検知が可能です』
「わかった。それで、防御を組み立てる」
『了』
これで、黒い石に関しては、安心できる。
「エイダ。手伝ってくれ、ウーレンフートに繋げて、コアを変更する。今の物では、処理能力が不足している」
『了』
カルラとアルバンには、引き続き前室の掃除を頼んだ。
エイダとコントロール室に戻って、今度はエイダとウーレンフートに繋げる準備を行う。
黒い石の解析に使った、DELLを使う。ウーレンフートに繋げる。向こうにいるヒューマノイドに、こちらのダンジョンに接続を行うように指示を出す。
すぐに、接続確認が表示されたので、承認を行う。
あとは手慣れた作業だ。
ヒューマノイドに必要になる機材を持ってこさせる。RJ11のケーブルを作成して、モデムを経由して、ウーレンフートから持ってきた端末に繋げる。
データ移設には、21時間が必要になるようだ。
戦闘ログなどは残っていない。殆どが、階層データの様だ。後は、中で戦っている者たちをどうするのかだけだ。
データの移行が終わってから考えよう。
今日は疲れた。