異世界でもプログラム


 アルバンの宣言通りに、首を切り落とされたレッサーベヒーモスは、崩れ落ちる。

「兄ちゃん!」

 アルが俺に向かって駆け寄ってくる。褒めて欲しいのだろう。

「よくやった」

「うん!」

「アル。使った剣を見せてみろ」

「え?剣?」

「あぁ無理していないか?」

 アルバンは、素直に剣を俺に見せる。
 俺も、剣の良し悪しはある程度は認識できる。簡単なメンテナンスはできる。アルバンの剣は、砥ぎが必要な状態に見える。本格的なチェックが必要な状況には見えないが、芯が歪んで居ると砥いだ時に解るらしい。

「アル。剣を砥ぐぞ。地上に戻ったら、剣のチェックをした方がいいかもしれないな」

「うん!」

 簡単な砥ぎができるプログラム(魔法)は作成してある。まずは、地上までなら魔物も出てこないだろう。
 倒れたレッサーベヒーモスが消えた場所に、報酬なのだろうドロップ品が置かれている。魔法的な罠ではない魔法陣が表示されている。多分、地上へ繋がる道なのだろう。
 探索プログラム(魔法)では、最初から仕掛けられているトラップは見抜けるけど、ボスを倒した後に出現する(魔法陣)の探索は不可能だ。何か、方法があるかもしれないけど、検証をしながらプログラムを作る必要があるのは面倒だ。それに、必要になる場面が少なすぎる。

 ダンジョンの攻略には、威力を発揮するけど、それだけのプログラムにどこまで注力するのか・・・。
 要・検討だな。

「兄ちゃん?」

「おっ悪い。アルは、ドロップ品を集めてくれ」

「わかった」

 俺が持っている袋に入れれば、持ち帰ることもできる。何があるのか解らないが・・・。

 一つだけ、気になる物が存在していた。
 流れ着いた物だろう。FX-870P。工業高校生には、VX-4と言った方がいいかもしれない。それも新品に近い物だ。中古なら、美品と書かれても不思議ではない。高校の時に触ったポケコンだ。

「アル!その、そう、それは、持ってきてくれ」

「わかった!」

 検証は後だけど、動作の確認だけは行っておく、火が入るのは前提だけど、メモリが壊れていないか確認しておく。
 CASLが使えるバージョンかぁ?C言語でも良かったけど、まぁ標準のBASICが動くから十分だろう。関数電卓としての機能も実装されている。おっ!後期型だ。関数電卓の機能追加が可能な奴だ。

 アルバンの剣を砥いで置こう。
 歪みは、大きくはない。レッサーベヒーモスは硬かったからな。本格的な修繕を行うには、道具も知識も技能も足りない。

 ダンジョンの最下層であまりゆっくりしていると、ボスが復帰してしまう。
 2-3時間なら大丈夫だろうけど、半日も過ぎたら復帰の可能性がある。

「兄ちゃん。集めたよ」

 アルバンが、両手だけでは足りなかったのだろう。部屋の周りにも、宝箱が出現していた。罠が無いのは解っていたので、全部の宝箱の回収も命じた。影響は、他にもありそうだが、アルバンは往復をしてアイテムを集めた。

 そうだよな。普通は、パーティーで挑戦するような場所を二人で”ふらっ”と来て攻略したのだから、荷物がいっぱいになってしまうのはしょうがない。アルバンに袋を投げる。内緒で作った物だ。利用設定を複数設定できるようにした物だ。

 アルバンが、集めた物で、アルバンが欲しい物を先に選ばせる。残った物は、土産だ。必要ない物も多いが、どうせ、ウーレンフートから人が来るのなら、そいつらに渡して資金にしてしまえばいい。

 2台あったVX-4は俺が貰う。

 アルバンの剣の砥ぎも終わった。

「さて、帰るか!」

「うん!」

『マスター。少しだけお待ちください』

「ん?どうした?」

 エイダが魔法陣に乗ろうとする俺とアルバンに声をかける。

『はい。コアが存在します』

「そりゃぁ存在するだろう?でも、破壊すると、このダンジョンは無くなってしまうよな?」

『はい。なので、ウーレンフートのダンジョンに統合しませんか?』

「統合?」

『任せてもらえますか?』

「解った。エイダに任せる」

『ありがとうございます』

 どこにコアがあるのかと思えば、天井だったとは・・・。

 それから、エイダはアルバンに指示を出した。アルバンが俺を見たので、エイダの指示に従うように頼む。

 統合と言っていたから、エイダが吸収するのかと思ったら、アルバンにコアが着いた台座?を持たせて、天井から外させた。
 そして、俺の前に置いた。

『マスター。コアに触ってください』

「触るだけでいいのか?」

『魔力を流し込んでください。あとは、処理します』

「わかった」

 コアに触って、魔力を流す。
 そうか、これで、コアと俺が繋がるのか?コアの情報が流れ込んでくる。情報が多い。本来なら、ウーレンフートの最下層を”こうやって”攻略しなければならなかったのだな。すべてが一つに繋がった。

 これで、俺が持つ知識とコアが持つ力が融合した。
 新しい力ではないが、ダンジョンの意味が解った。

 俺が魔力を流し始めると、エイダがコアを触った。

 エイダが何を始めたのかはっきりと解る。
 ウーレンフートがホストになり、接続を行うのだ。

『マスター。暫定処置ですが、ウーレンフートに接続できました』

「わかった。端末は持ってきていない」

『大丈夫です。ウーレンフートの最下層なら移動ができます』

「ん?移動?転移か?」

『近いですが、違います。空間を繋ぎます。まずは、マスター、このダンジョンに階層を追加して、部屋を作ってください』

「わかった」

 エイダの指示通りに階層を追加して、部屋を作る。ウーレンフートでも似たような事を行ったことがある。W-ZERO3がある。コアを経由して、ウーレンフートに接続して、リソースを振り分ける事で、足りないリソースを使いした。リソースを追加したら、今度はツールだけど、残念だけど、ツールは使えない。フルコマンドラインでの作業になる。それでなくても、素早い入力が難しいW-ZERO3での作業だが、なんとか増えたリソースを使って、階層に部屋を作った。

 最下層に出ている、魔法陣の行く先を変更する。ここのボスも考えなければならないな。コアを持って部屋に移動する。ウーレンフートと同じような日本語を使ったクイズを設置しておく、これで大丈夫だとは思わないけど、緊急対応としては十分だろう。

 部屋に移動してから、エイダの指示するように部屋を改修する。W-ZERO3でウーレンフートに再接続を行って、向こうの端末にログインする。6畳くらいの部屋を作る。作った部屋に扉を作る。扉同士を繋げば、いいだけだ。転移ではなく、空間を繋ぐと言った意味がよくわかる。

 ゲートと呼べばいいのか?
 なんとも楽な方法だ。しかし、これは問題がある。空間の接続を維持した状態では、リソースを喰いすぎる。また、接続時にはクライアント側からの接続が必要になる。

 エイダと話をして、認証も組み込むことにした。
 ウーレンフートが俺たちの本拠地だ。だから、このダンジョンの扉をホストにして、認証を組み込む。認証サーバは、ウーレンフートではなく、エイダが認証を行う機能を有する。これで、誰かが繋ごうとしても、エイダが認識して認証を止めることができる。地球に居た時なら、さしずめAI機能搭載の認証サーバだろう。こちらは本当に思考を行う認証サーバだ。完全ではないが、安全性が上がった。

 扉を通って、ウーレンフートに移動して、端末をヒューマノイドたちに運ばせる。
 維持に必要なリソースだけに絞る。このダンジョンにも、ヒューマノイドを常駐させよう。あとは、ボスの配置だけど、しばらくは空白にしておいて、リソースが溜まったら凶悪なボスを配置しよう。
 あと、ボス部屋の前の湖の階層にも少しだけ手を入れて、湖に凶悪な”みじんこ”を配置しよう。身体の中に入って、身体を内部から溶かすような”みじんこ”だ。アメーバーでもいいけど・・・。まぁ後で考えよう。

 新しい力を得た。
 直接の力ではないが、俺たちの力には違いない。ダンジョン同士を繋げる方法も解ったから、他のダンジョンを積極的に攻略していこう。

「アル。お待たせ。本当に帰るぞ」

「うん!」

 ウーレンフートから、攻略したダンジョンに戻って、設定を確認して、ヒューマノイドに指示を出してから、地上に戻った。

 地上に戻って、”()”まで戻った。

「ツクモ様」

 カルラが、宿で待っていた。
 カルラの誘導に従って、宿から場所を()の外れに移動した。アルバンは、カルラから荷物を渡されて、馬車に片づけるために、席を外した。

 カルラの険しい表情と、わざわざ場所を移動した意味を考えると、何かよくない知らせが入ったのだろう。

「何があった?」

 でも、本当によくない知らせが入ったのなら、クォート経由でエイダが受け取って、俺に知らせても良かったはずだ。
 緊急性は低いが、重大な事案なのかもしれない。

 日本人だった頃の記憶が薄れてきているけど、篠原の旦那がよくこんな方法を使っていた。俺は、煙草を吸わないのに、わざわざ喫煙所まで連れて行って、他の人が居なくなるまで、与太話をしてから、重大だが緊急性のない話をしてきた。与太話に愚痴さえ入れなければ・・・。

 揉め事の匂いはしていないが、カルラの様子からは判断ができない。

「失礼いたしました。揉め事ではありません。ウーレンフートから出発した商隊の到着が遅れそうです」

 商隊?
 あぁ補給物資を運んできている者たちを、商隊としたのだな。

 確かに、ウーレンフートから人を移動させようとしていると、商隊として紛れ込ませるのが良いだろう?

「・・・。あぁ。そろそろ到着予定だったな。何があった?」

 たしか、早ければ、明日。遅ければ、3日後に到着予定だった。だから、アルバンとダンジョンに潜っている日数を調整した。
 遅れているのなら、ダンジョンの整備を・・・。そうか、もう、遠隔からの調整が可能になっている。ウーレンフートのダンジョンから、ヒューマノイドを派遣すればいい。

「移動中に問題が発生しました」

 移動中?
 関所か?違うな。関所なら・・・。

「ん?関所?でも、ウーレンフートから・・・。あぁいやがらせ?」

 関所での問題なら、情報が手元に届くのが早すぎる。関所では止められていない。それでも、遅れているのなら、街道上で何かがあったのだろう。ウーレンフートから関所までは、比較的に安全な街道だけど、一部・・・。どこかの愚か者が仕掛けたのか解らないけど、いやがらせを受けたのだ。

「はい。配慮が足りませんでした」

「いいよ。いいよ。どのくらい遅れそう?足止め以上のことは無理だろう?」

 配慮が足りなかったのは、カルラではない。
 ウーレンフートから出した者たちだ。それで言えば、俺の指示が問題だった。もっと配慮すべきだ。

 実行した者たちは別にして、どうせ”ウーレンフート”の利権に絡めなくなった貴族家の者が裏に居るのだろう。あぶりだしを行うのなら一気にやらなくては意味がない。小物の貴族を退けても、それだけで終わってしまっては動く意味がない。クリスも同じ考えなのだろう。動いている様子はない。どっかの孫は違う考えを持っているかもしれないが、今は気にしてもしょうがない。

「はい。5日ほどで到着します」

 5日なら誤差の範囲だな。
 足止めも殆ど効果がなかったのだな。

「そのくらいなら誤差だよ。それよりも、村長たちの動きは?」

 俺が消えたら、村長やその周りの奴らが蠢動するかと考えた。

「そちらは、手遅れのようです」

 手遅れ?確かに、この村はもう手遅れだろうけど、人間として手遅れなら、処分まで考えなければならない。
 でも、処分を行うには、俺には権利がない。俺の身分は、冒険者だ。商人としての顔があるので、ウーレンフートのホームのオーナで、商会のトップだけど、村長を掣肘する権利は持っていない。

 厄介な状況になってきたのか?

「手遅れ?」

「それは、クォートから報告があります」

 カルラの後ろに、いつの間にかクォートが立っていた。
 そういう技能はつけていなかったはずだけど、新しいスキルを身に着けたのか?

「旦那様」

「町長たちがどうした?」

 クォートの報告を聞いて頭が痛くなった。”頭痛が痛い”と表現したくなる。頭が悪いとは思っていたが、俺たちの戦力をあまりにも過小評価しすぎている。確かに、見た目には過小評価されてもしょうがないとは思うけど、村に着ていた魔物を討伐したり、盗賊もどきを倒したり、いろいろ行っていると思うのだけど?

「わかった。町長たちは、盗賊団に合図を送って、街道で俺たちを襲わせる。村長に率いられた者たちが背後から俺たちを襲う」

 何かが、町長の中で弾けたのだろう。俺たちを襲っても旨味はあるかもしれないが、俺たちは隣国に拠点を持っている商人だぞ?それも、ウーレンフートにホームを持っている。殺して、問題にならないと思っているのか?
 俺たちがアルトワ町に滞在しているのは、ウーレンフートに連絡済みだと町長も知っているはずだ。

 それとも、愚かなだけで、盗賊団に中途半端な情報を渡して、協力を強要されたか?

「はい。そのように話をしていました」

「カルラ。たしか、町長たちと対立している者が居たな?」

「はい。町長の娘婿です。町長の娘も対立の立場です」

「クォート。町長の娘婿を守れ。もう、軟禁くらいはされているかもしれない」

「はい。シャープを向かわせます」

「町長の思惑に乗ってもいいが・・・。そうだ!」

 俺の考えを、カルラとクォートに説明した。
 別に、そんなに複雑なことではない。

 ウーレンフートからの商隊が到着すれば、町長たちへの牽制にもなるだろう。
 今の商隊規模が数倍・・・。数十倍に膨れ上がる。持ってきた物資は、この()を町にするだけの資材を持っている。人手を使って、柵を作ってもいい。塩も持ってきている。岩塩だが、人が生活するのに必要な物だ。
 それを、俺たちに協力的な”町長の娘婿”に提供してもいい。

 そして、せっかくだから、町長にはご退場頂いて、ダンジョンの発見と周辺の整備を行えばいい。
 岩塩や共和国で不足している物資が産出するダンジョンにしてしまおう。

 強欲な隣町の者が武力に訴えてきても大丈夫な様にすればいい。

「カルラ。ウーレンフートからの商隊の到着を、時間帯で調整してくれ、関所を越えたら、連絡を密に」

「はい」

「クォート。盗賊団の監視を強化。町長を殺そうとしたら守ってやれ」

「はい」

 作戦は簡単だ。
 商隊が近づいてきていると、町長たちに知られないようにする必要がある。方法を考えるのは面倒だが、町長たちの目は、隣町に向いている。関所から、新たな隊が来ているとは近づくまで気が付かないだろう。目を向けさせない方策は考える必要があるが、それほど難しいとは思えない。
 商隊が町に到着する、半日前に俺たちは、町を出て、隣町に移動を開始する。

 俺たちが、町を出れば町長たちが動き出すだろうから、町長たちが俺たちの後背を討とうと町を出てから、商隊が到着して、ウーレンフートや俺の(ライムバッハ家以外)身分を公にする。すでに、伝えている情報だが、新しく来た商隊に告げさせる事で、真実だと植え付ける効果が期待できる。

 ここからは、時間との戦いだ。
 町長たちが居ないことを、町中に知らせて、商隊が慌てて、俺たちを追いかける。

 戦闘が始まる寸前か、行われている最中なのがベストだけど、それは難しいだろう。盗賊団の数名と、町長の取り巻き数名を生かしておけば、証人としては十分だろう。捕えて、アルトワ町に戻って、娘婿に事情を説明する。

 そこからは、商談だな。
 俺たちのホームを置かせてもらうことと、定期的に商隊を派遣すること、ダンジョンや町の整備を俺たちが行う。アルトワ町は、速やかに町長の交代を、国に伝える。盗賊のことは、知らなかったこととして処理をする。

 ダンジョンの発見を国に伝える。同時に占有を宣言する。占有は、認められたらラッキーくらいで考えている。元々の土地から言えば、アルトワ町の物だと言い切れる。ウーレンフートからの商隊が到着したら、さっさと実効支配してしまえばいい。
 ウーレンフートのホームから人材を引っ張ってくれば、ダンジョンの運営に必要なノウハウも手に入る。アルトワ町としても断る理由はない。はずだ。

 カルラとシャープが忙しく動き始める。

 カルラは商隊と、シャープは反村長派と連絡を取るためだ。カルラは、わざと影からの連絡を受けているように見せかけている。町の中で連絡を受けたり、町から少しだけ離れた場所で連絡を受けたり、見張られている事を意識しながら、動いている。村長たちは、カルラや俺たちに気が付かれていないと思っているようだが、訓練を受けていない者の尾行だ。中途半端な尾行を見破れないほど、落ちぶれていない。

 シャープはもっと露骨だ。
 町長の娘婿の家に出向いて、こちらが掴んでいる情報を流している。そして、今後の話を町長の娘婿(次期、町長候補)と詰めている。アルトワ町の現状をしっかりと認識していて、こちらの要望と自分たちにできることを考えているようだ。
 時間的な余裕もないことから、娘婿殿には決断を急がしている。

「旦那様」

 カルラが定期報告以外での報告は珍しい。

「どうした?」

「明日の昼には、商隊から先ぶれが出せる距離に到着します」

 報告がこれだけなら、定期報告で十分なはずだ。何か、問題が発生しているのだろう。

「予定通りだな。それで、何が問題だ?」

「はい。商隊に、あの方の手の者が紛れ込んでいます」

 あの方・・・。
 あぁ・・・。

「そうか、ユリウス自身が来たわけではないのだな?」

「はい。さすがに、止められたようです」

「当然だ。それで誰が来た?」

「イーヴァ殿とカトリナ殿です」

「はぁ?ギルも絡んでいるのか?」

「はい。イーヴァ殿は、シェロート商会の依頼を受けて居るようです」

「わかった。カトリナが、アイツから・・・。正確には、アイツからの要望を王都に居る奴らが拾い上げたのだな」

「はい。あの方から、謝罪の言葉を頂きました。旦那様に伝えて欲しいそうです」

 カルラが、とある人物からの謝罪の言葉を口にする。
 ”愚か者が問題を大きくしてしまって申し訳ない。こちらで処理をしました。ダンジョンが見つかったとの方もあり、カトリナ嬢だけは向かわせます。頭の中がお花畑の人たちは軍を派遣しようとしていたので、全力で止めました”だ。軍なぞ派遣されたら、共和国と戦争になってしまう。なんとなく理解ができた。話が伝言ゲームで大きくなった。
 心配した、王都に居る権力者たちが、軍を送り込もうとした。直前で、ヒルデガルドが、察知して軍の派遣は見送られた。その代わりに、ライムバッハ領に来ていたカトリナが商隊に紛れ込むことになったようだ。ウーレンフートの商隊と合流して、こちらに向かったようだ。カトリナの護衛として、ギルベルトが依頼したのが、イーヴァだ。俺とも面識があり、腕も確かで、シェロート商会との繋がりがある者として選ばれたようだ。

 時系列で考えると、納得できない事も多いが、偶然が重なったと考えておこう。

「理解した。今から伝達して、到着を明日の夕方に伸ばせるか?」

「可能です」

「頼む。カルラ。外に、クォートが居たら、来るように伝えてくれ」

「かしこまりました」

 カルラが部屋から出ていく、部屋には、アルバンが居たのだが、話を聞いて、作戦の開始が近いと感じたのだろう、カルラと一緒に部屋を出て行った。

 しばらくすると、クォートが飲み物と一緒に部屋に入ってくる。

「旦那様」

「明日の昼前に、アルトワ町を出る」

「かしこまりました。町長に断わりを入れておきます」

「頼む。それから」

「はい。動きはありません」

「わかった。アルバンも準備に入っている」

 クォートが頭を下げて、部屋から出ていく、そのまま、町長に挨拶に行くようだ。
 宿代には多い金額を支払うように指示している。自らの罪を告白すれば、温情を与えても良いとは思っていたが、無駄だったようだ。クォートの”近隣で何か変わった事が無いのか?”という問いかけにも”ない”と答えている。

 それから、町長夫人は、どうやら町長の行いには反対の意見を持っているようだ。娘から説得されたようだ。他の町民も気持ちが揺れているようだ。

 町民が考えているのは、”今のままではダメ”だという思いだ。ただ、選択している方法が違うだけだ。町長は、簡単な方法を選択しただけだ。その選択の結果がどうなるのかを考えていない。成功していたとしても、未来はそれほど変わらない。
 できるだけ、町民が賢い選択をしてくれると嬉しい。

 やることも無くなった。
 丁度、エイダが戻ってきた。

『マスター』

「どうした?」

『パスカルの接続が完了しました』

「ん?あぁダンジョンに?」

『はい。ダンジョンの名前はどうしますか?』

「コアは、”リスプ(LISP)”だ。ダンジョン名は、解りやすく、アルトワ・ダンジョンだな」

『了。コアのセットアップを開始、4,027秒で終了』

「現状を維持して、設定は保留」

『了』

 端末を起動して、状況を注視する。
 エイダに細かい設定を任せているが、大まかな状況は確認しておきたい。

 端末のカウントダウンが終了に近づいている。

『マスター。初期設定が終了しました。設定をロードします』

 これで、リスプの状況を遠隔で見る事ができる。
 ウーレンフートのサブダンジョンにできるのだな。他は、同じか?

 端末で調べていると、違うことがあった。
 地上部にも施設が配置できる。施設じゃないな。地上部にもダンジョンが配置できるのだな。ウーレンフートの方は、ダメだな。人工物があるとダメなのか?よくわからないけど、作るのなら・・・。アルトワ・ダンジョンなら大丈夫だ。

 岩山に変更する。
 崖では入るのが難しい。入口を、地上まで伸ばす。致死性の罠は排除しておくか・・・。どうせ、最後のボスラッシュは倒せない。主に、補給物資の関係だ。ダンジョンの階層は、それだけで厄介な脅威だ。帰りの食料や水を確保しながらアタックをしなければならない。実際には、20-25階層くらいが限界だろう。その倍の深さがあり、最後は高位の魔物が大量に襲ってくる。食料だけではなく、武器や防具も傷んでいる可能性が高い状況では攻略は難しいだろう。最後には、”日本語のパズル”が待ち構えている。攻略は不可能だと思っている。

 岩山から入って、まずは上に向かっている。
 弱い魔物を配置して、肩慣らしだ。そこから、地下に入っていく形にする。意味は無い。岩山で大体。5階層の高さにして、そのあとで、一気に落ちて、元々のダンジョンに繋げるようにする。落ちた先から、階層を降りた場所から、入口に戻れるようにしよう。ドアは一方通行にしておこう。

 岩山の周りも変更しておこう。
 ダンジョンの近くには、何も建築ができない様にしておこう。ダンジョンの地面と同じように、破壊ができないようにしておけばいいかな。入口から、500メートルくらいは破壊が不可能にしておけば、変更が可能だ。

 あとは、徐々に設定を作ろう。
 魔物や罠は、リスプに一任して、パスカルに補助させよう。

 明日は、忙しくなるから、早め?に寝るか・・・。

「旦那様」

「シャープか?」

「はい」

「時間か?」

「はい」

「わかった」

 起きて、シャープが持ってきた服に着替える。
 動きやすい恰好だ。武器は、見える状態にはしない。移動速度の調整が大事だ。

「ターゲットは?」

「一部はすでに出ています」

 馬車まで移動すると、アルバンが嫌そうな表情をしている。

「アル。どうした?」

「アイツら、飼い葉に毒を混ぜやがった。食べても影響はないけど、ここまでするの?兄ちゃん?」

「そうか・・・。もう、一線を越えているからな。確実に始末したいのだろう」

「それでも・・・」

 アルバンは、どこか納得できない表情を浮かべているが、話を進める。出発しなければ、状況は変わらない。

「カルラ!」

「大丈夫です」

「クォート」

「御心のままに」

 最後に、アルバンの頭を撫でてから、馬車に乗り込む。アルトワ町は、静まり返っている。
 にこやかな表情を張り付けた、町長だけが俺たちを送り出してくれるようだ。

 さて、茶番だが、儀式としては必要なのだろう。

 馬車は、速度を落しながら進んでいる。ユニコーンとバイコーンは、速度の調整が難しいが、クォートとアルバンがうまく調整をしている。本来の速度の1/3~1/5程度だ。

 探索のスキルを付与した端末には、馬車の前方と後方を遮断するようにしている者たちが居るのを示している。
 速度を上げると、慌てて走り出す程度の技能だ。多分、後ろからついてきているのは、村長に唆された者たちだろう。手加減の必要はあるだろうが、温情をかける必要性は感じない。俺たちを襲うのは自由だ。だから、俺たちは襲われたら、その者たちを自由にする。

 新しく発見されたダンジョンの栄養(生贄)が必要だと思っていた。

「クォート。シャープ。ユニコーンにバイコーン。できるだけ殺すな。使い道がある」

 了承が伝わってくる。
 馬車の中には、カルラが居るが、頷いているので、解っているのだろう。

 アルバンは、聞こえていたので大丈夫だと思いたい。

「アル!」

「解っている。兄ちゃん。動けなくすればいいよね?」

「あぁでも確実に意識の刈り取りができないのなら、殺せ」

「うん」

 アルバンに命令を出す。できるのなら、アルバンに命のやり取りは魔物だけにさせたいが、今後を思えば、無駄にはならないだろう。

 俺自身も、手が綺麗だとは言わない。
 殺そうと思って殺した。殺せると思って殺した。殺したいと思って殺した。心は、復讐で染まっていた。

 モニターに表示されるマークが増えている。

『マスター』

 前方で俺たちを待ち構えている連中が、エイダの索敵範囲に入った。

「数は?」

『想定よりも多く、38』

「カルラ!アル!聞いたな」

「はい」「うん」

「カルラとクォートは後ろの奴らを頼む」

「はい」

 クォートとカルラから了承の意思が伝えられる。

「俺とシャープで、前の奴らを殲滅する。ユニコーンとバイコーンを使う」

「かしこまりました」

「兄ちゃん。おいらは?」

「アルは、エイダと一緒に馬車の護衛。俺たちが仕留めそこなった者が居たら、倒してくれ」

「え?」

「アル。頼む。面倒な作業になると思う。もしかしたら、エイダでは敵わない者もいるかもしれない。エイダや馬車を守りながら戦ってくれ、難しいのは解っている。でも、アルにしか頼めない」

「わかった。おいら。馬車を守る」

 カルラは、俺の意図が理解できたのか、少しだけ顔を歪める。この作戦案は、カルラに告げていた。カルラは、前方の戦いは、アルバンとカルラが担当して、後方をクォートとシャープが担当すればいいと提案してきた。俺は、俺の実力を試す意味もあり、カルラの提案を却下した。もっともらしい理由で説明したが、本当の意味は”俺が人を殺そうとして殺せるのか?”憎くもなく、余裕で無力化できる者たちを殺せるのか?奴らと対峙する時に、奴ら以外を殺すことに躊躇したら、俺の仲間が殺される。カルラの考えは解るが、今回は俺のわがままを通させてもらった。

「マナベ様」

「カルラ?意見は変えないぞ?」

「はい。それは、納得しています。ただ、前方に、そん・・・。町長が居るようです」

「後方じゃないのか?」

「はい。盗賊と違う集団と一緒に居るようです」

 カルラの索敵は、特化している関係で、範囲が誰よりも広い。

「エイダ!」

『マスター。前方の集団は、野盗。その後方に、別の集団が居ます』

 そうか、出発前に、クォートに渡した地図が随分と遠回りに思えたのは、自分が他の集団と合流するための時間稼ぎの意味があったのだな。

「エイダ。その集団の数は?」

『12』

「意外と多い。クォート。アル。馬車の速度を落せ」

「うん!」「かしこまりました」

 人が歩く速度と同じくらいまで馬車の速度が落ちる。

「エイダ。前方を注視」

『はい』

 後方は、襲ってこられても怖くはない。相手側の犠牲が増えるだけだ。攻撃を受けてから対処しても撃退は可能だろう。問題は、町長が合流した者たちだ。嫌な予感というわけではないが、俺たちのある程度の・・・。実力を見せた。そのうえで、襲ってくるのだから、腕に自信がある者を用意した可能性がある。”どうやって?”という疑問はあるが、ある程度の・・・。町長が考えている、俺たちの実力を上回る程度には使えるのだろう。

「カルラ。どう考える?」

「町長の動きですか?」

 数も12と多い。
 町長が入っているとして、11人の集団だ。それなりに連携ができるとしたら厄介だ。
 ユニコーンとバイコーンが脅威と考えて、3人ずつであたらせて、それ以外には、一人で対峙するには丁度いい人数だ。一人は、全体を見るための指揮官だと考えれば、どこかの正規軍の可能性もあるのか?

「そうだ」

「今までの情報から、町民が盗賊の後ろに控えて・・・。とは、考えにくいために、隣町や近隣の町からやってきた者たちではないでしょうか?」

「合流したやつらは、そうだな。何の意図が・・・。そうか、アルトワ町を放棄するつもりか?」

 町長は、
”野盗に俺たちを襲わせて、その流れで、野盗たちをアルトワ町まで襲わせる。そのうえで、自分の安全の為に、護衛を雇っている”
 と、考えられる。

 後詰を用意していることから、どちらに転んでも大丈夫なようにしているのか?

「放棄までは考えているとは思いません」

「それは?」

「いくつかあるのですが・・・」

 カルラの説明を聞いて納得した。
 ようするに、権力の維持の為には、小さな町でも必要だということだ。そのうえで、反対派を押さえつけるために、他の町と連動する方法を選択した。今までは、自分たちだけで何とかしてきたが、限界に達していた。そこに、俺たちが来た。俺たちを排除できれば、資金を得られる。それだけではない。カルラやシャープは、見た目にも綺麗な女性だ。野盗に差し出すことも可能だ。そうでなくても、闇に流せば・・・。ユニコーンやバイコーンさえ押さえてしまえば、あとは、女と子供の集団に見えるだろう。

「考えても無駄か・・・。町長を捕縛して詰問(拷問)すればいいか?」

「はい。それが、良いと思います」

『マスター。後ろの集団が動き出しました』

 エイダからの報告で、索敵範囲を広げたパソコンのモニターに3つの集団が映し出される。
 向こうは、こちらを索敵しているのは、魔法感知で判明している。あえて、ジャミングをしないで、気が付かないふりをしている。

「兄ちゃん?」

「どうした?」

「3つも相手にするのは、面倒だよね?」

「そうだな。アルならどうする?」

「うーん。面倒だから、一か所に集める?丁度、ここを目指しているから、動かなければまとまるよね?」

「そうだな。でも、その場合は、3つの集団を相手にしなければならない。それは、それで面倒だぞ?」

「・・・。うん。それなら、兄ちゃん。どうするの?」

「あぁカルラ!」

「はい」

「アルと二人で、後ろから来ている集団の捕縛は可能か?」

「容易く・・・」「!!」

 アルバンは、自分も戦闘に参加できると思って喜んでいる。
 町民は、殺したくない。出来れば、”町長に唆された”という証言を得て、町長を断罪する証言者にしたい。俺たちに協力的な奴がトップに収まったほうが都合がいい。
 ウーレンフートからの物資が届いて、ダンジョンを開設したら、ダンジョンに送り込む者が必要だ。最初に、アタックしてもらおう。全員が、ダンジョンの中で死んだことになれば、町民の感情もダンジョンに向かうだろう。俺たちに殺されたと思うよりは、ダンジョンに”自主的”にアタックして帰ってこなかったほうが、統治するときに有効に働く。

「クォート。シャープは、前方から来る野盗の集団だ」

「はい」「はい。殲滅ですか?」

「殲滅しろ、数名は生かして捕えろ、カルラとアルは、できる限り殺すな」

「かしこまりました。マスターは?」

 クォートが俺の動きをきにする。
 当然だろう。馬車には、俺とエイダが残るだけだ。ユニコーンとバイコーンがいるが、護衛として考えれば、評価が一段下がる。

「俺か?町長たちを待つことにするよ」

「・・・。真意をお聞かせください」

「カルラとアルが、町民を捕縛する。クォートとシャープが野盗を殲滅する。そのタイミングで、町長が俺の前に現れる。皆は、町長たちの後ろに回って、逃げないようにしてから、襲い掛かる」

 簡単な作戦だが、タイミングが重要な作戦でもある。

 先に動いたのは、クォートとシャープだ。
 野盗・・・。盗賊?の動きが少しだけ早いので、このまま放置すると到着してしまう可能性がある。時間調整が必要になってしまう。

 カルラとアルバンも、準備を整えたら、迎撃に向かう。二人なら、村人に毛が生えた程度の連中に遅れを取ることはないだろう。

「旦那様。行ってまいります」

「兄ちゃん!すぐに戻ってくる」

「アル。お前は、そのままウーレンフートの連中を誘導する役目がある。解っているのだろうな?」

「あっ・・・。もちろん、おっちゃん達を連れて来る。うん。忘れてないよ」

 その顔はダメだな。完全に、忘れていたのだろう。

「カルラ」

「はい。すでに、先発が、アルトワ町に到着しています。タイミングは、大丈夫だと考えます」

「わかった。アル。後ろから襲ってくる連中は、殺すなよ。町に連れて行くのだからな」

「うん。兄ちゃん。大丈夫。武器を破壊して、抵抗ができない状態にすればいいよね」

「そうだ。カルラ。頼む」

「はい」

 カルラとアルバンは、立ち上がって後方から襲ってくる奴らを撃退に向かう。
 やりすぎないか心配している。クォートもシャープもカルラもアルバンも、感じている程度の相手では、刃は届かないだろう。

 4人が俺から離れた。
 俺は、囮役だが、相手が囮になった俺に喰い付いてくるとは限らない。囮になる必要性も少ない。

 さて、クォートの予想では2時間くらいだよな?

 雑多に詰め込まれた流れてきた品物を眺める。
 PalmやWindowsCEか・・・。スマホもいいけど、遊ぶのなら、PDAの方が楽しい。できることが少なく、制限が多い状況で何ができるのか考えるのが楽しい。そういえば、俺が作った”ネコの体重計”は出荷されたのか?エサ置きと一緒になった体重計をUSBで繋いで、日々の体重変動を記録するだけのシステムを、ネコを飼っている奴から依頼されて作った。体重計が人用の物を改良したから、精度はよくなかったけど、十分に実用な範囲内だと思う。センサーを付けて、プッシュ通知を行って、受信したデータの記録を行う。食べた餌の重さも計算で求められるようにしておいたから喜ばれた。あれも、体重計のセンサーには、WindowsCEのenndebeを使った。一般家庭では、24時間に渡ってパソコンの電源が入っていないそうなので、日々の記録はWindowsCEでパソコンの電源が入った時に、転送されるようにした。
 複数のRaspberry Piも見つけているけど、モジュールがあまり見つけられていない。遊ぶには十分だけど、何かを作ろうと思うとセンサー系でつまずいてしまう。

 馬車にセンサーでも付けて、索敵の範囲を広げてみようか?
 魔法との組み合わせは、まだまだ広がりそうだ。魔法のプログラミングは、媒介になるインタフェースが多くなる。エラー検知が、インタフェースに依存してしまう問題が大きい。人を媒介としない魔法なら、エラー検知が可能になるが、汎用性がなくなってしまう。
 あと、実験を繰り返していて解った事なのだが、スクリプト言語では発動にラグが生じてしまう。そもそも、魔核への転写ができない。スクリプト系では、端末が必要になってしまうので、俺が使うのなら問題は少ないが、馬車に配置したり、武器に配置したり、運用面での制限が出てきてしまう。
 複雑なフレームワークを必要としない。単純な繰り返しや状況把握が行えて、処理の分岐が行えれば、魔法は成功する。
 コンパイル言語でも、フレームワークの内封ができない物が多い。魔法を作るだけなら、言語での差異は少ない。

 おっと・・・。クォートの予想よりも少しだけ早い。
 お客さんが来たようだ。

 さて、どうするか?
 一人でも制圧は出来そうだけど、タイミングを合わせないと逃げられてしまう。逃げられても困らないけど・・・。今後の事を考えれば、”格の違い”を見せておいた方が・・・。あっ。こいつら、ダンジョンの栄養になる未来が待っているのだったな。

 んじゃ関係ないか?

「エイダ」

『はい。結界を展開します』

「人数は?」

『11名です』

「あと、一人は?」

『後方です』

「さきに、1名で居る奴を拘束できるか?」

『拘束は不可能です。無力化は可能です』

 馬車に付けたカメラで、男たちを視認する。

「わかった。俺が出たタイミングで、無力化。そのあとは、町長と町長の横で偉そうにしている奴を結界で確保。音は遮断。強度はマックス」

『了』

 エイダがスキルを発動する。遠隔地への発動は、俺よりもエイダの方が得意だ。

『男を無力化しました』

 よし、逃げられる者はいなくなった。
 設置しているモニタで確認を行うと、馬車を反包囲するように展開している。

 無意味なのに・・・。

「エイダ。声は拾えるのか?」

『了』

 お!
 モニタのスピーカーから外の音が流れて来る。
 予想通り、隣町の奴らと手を組んだのだな。

 俺を殺して、財産を奪う?何を言っているのかよくわからない。
 カルラとシャープは性奴隷か、こいつらには無理だな。シャープはもちろんだけど、カルラに勝てるとは思えない。

 それに、こんなに大きな声で近づいてくるなんて、何を考えている。
 本当に、こいつらは今から戦うという状況を理解しているのか?

 もしかして、自分たちだけが攻撃できる特殊な方法でもあると思っているのか?

「エイダ。俺が、馬車から出た瞬間に、実行」

『了』

 武装はしていない。ちょっとそこまで散歩に出かけるような恰好で、馬車から降りる。
 その瞬間に、エイダの結界が発動する。

 さて、やるか・・・。

 状況が把握できない者たちは、戸惑の表情を見せる。

 その一瞬で十分だ。
 ニヤリと笑って、地面を蹴る。

 まずは、左からだ。

 棒立ちになっている男に攻撃を仕掛ける。刀を抜いてしまうと、殺してしまう。武器は使わない。手加減が行いやすい。拳を握って、殴りつける。男は、何をされたのか解らない間に、町長たちを囲んでいる結界に背中から当たる。

 情けない声を出しながら飛ばされた男は地面に倒れる。数秒間。身体を弛緩させたあとで、意識を失った。
 最初の男が、意識を失う数秒間に、同じような男が量産されている。

 すでに、町長たちの右側に居た男たちは、地面で寝ている。

 町長たちには、何が起こったのか解らないだろう。
 でも、魔法は最初の一歩目と殴るときに手を傷つけないようにガードしている意外には使っていない。身体能力だけで、瞬殺している。

 少しだけ距離を取る。何か、町長たちが怒鳴り散らしているようだが、遮音の結界のおかげで聞こえない。不快な気持ちにならなくてよかった。間違って殺してしまうともったいない。

「エイダ!結界内で拾った音を、2倍にして、結界内に聞かせてやれ、ハウリングが起こっても構わない」

『了』

 俺の命令で、エイダがすぐに実行したのだろう。アルトワの町長が耳を押さえてから、頭を抱えるようにして、うずくまる。隣町の男も同じような状態になる。自分の声でダメージを受けたのだろう。鼓膜くらいは破れたかもしれない。

「エイダ。音を止めろ」

『了』

 右側の男たちは、どうしていいのか戸惑っている。
 風体から、筋がいい者たちではないだろう。盗賊になっていないだけの人間となのだろう?
 俺を殺して、奪うだけの楽な仕事だと思ったから受けたのだろう。浅はかな自分の考えを呪えばいい。

 さて・・・。
 馬車の位置まで戻ってから、地面を蹴る。足に強化を施しただけのほぼ身体能力だけだ。この程度なら、ウーレンフートの中層から下層のはじめに居る魔物でもできる事だ。速度は早いが、直線的で意識すれば捕える事ができる。下層の中層に入れば、移動にスキルを併用してきて、立体起動を行う魔物も存在する。
 それらに対応するために、作ったスラスターというスキルを使って、左側の男たちを殴り倒していく、素手で殴ると、俺の手が痛いので、手をスキルで強化している。殴り殺さないように、ボクシングのグローブを意識したスキルだ。俺の手を守るのと、相手への衝撃を弱める意味がある。

 右側の5人を倒すのに、要した時間は1分程度だ。
 さて、アルバン以外は間に合いそうだな。相手が想定よりも弱かったこともあるが、なんとかいいタイミングで倒せた。

 さて、苦戦している奴らは居るか?

 クォートとシャープは、数名を残して始末したようだ。
 カルラは、殺しては居ないようだな。アルバンは・・・。アルトワ町に到着したくらいか?探索範囲外にいるようだ。

「エイダ。アルは?」

『合流したようです。こちらに向かっています』

「時間をカウントダウン」

『了。約21分33秒』

 20分と少しか・・・。町長の尋問を始めようか?

 結界の中で何かを怒鳴っている。
 うん。俺が尋問を行う必要はないな。クォートに任せるか?

 結界の設定に、少しだけ手を入れよう。
 俺たちの声だけは聞こえるようにしよう。そうしたら、町長は俺たちが無視していると考えるだろう。どうせ、たいした情報はないだろう。うるさいだけだろう。町長の言い訳なんか聞きたくもない。

 結界の修正を行う。属性を付与していた者に、指向性を持たせる。まぁ出来ていなくても、別に困らない。

『20』

 クォートとシャープが戻ってきた。

「旦那様」

 クォートが、生き残った野盗を引きずっている。

「シャープ。悪いけど、その辺りで寝ている奴らは邪魔だから、どかしてくれるか?バイコーンかユニコーンに縛り付けておけばいいだろう?」

「かしこまりました」

 シャープが引きずっていた野盗?たちは、クォートが受け取る。

『19』

「それで?誰に雇われたと?」

「本人たちに証言させましょう」

 クォートが、野盗?の中から一人の男を、俺の前に差し出した。

「旦那様。盗賊の(かしら)だと言っていた男です」

『18』

「ふーん」

 男の頭を軽く蹴とばす。まだ反抗的な視線を崩さない。そのうえ、口を開こうとした。

「臭い。口を開くな」

 耳を切り飛ばす。切った耳を、町長たちの結界の上に乗せる。血がいい感じで滴り始める。

『17』

「さっきも言ったよな。臭いから口を開くな」

 シャープが拾ってきたナイフで、盗賊の足の指を刺す。ナイフの手入れがされていないのだろう。切り落とすことができなかった。
 耳を劈くような絶叫が響く。うるさいから、開いた口に次のナイフを入れる。
 喉の奥にナイフの先が当たるようにする。口を閉じれば、口が切れるだろう。奥に押し込めば、命が無いのは、理解できるのだろう。

「いいか、このままナイフを刺すことも可能だ。俺に取っては、お前の命なぞ、その辺りに居る虫けらより価値がない。俺の質問にだけ答えろ。いいか、わかったら頷け。余計なことをいったら、今度は眼を潰す。そのあとで、足の指を一本一本切り落とす。そして、手の指。腕だ」

『16』

 (かしら)は、ゆっくりと頷く。

「いい子だ。お前は、俺たちを襲うとしたのだな?間違っていなければ、頷け。違うのなら、首を横に振れ」

 (かしら)は、ゆっくりと頷いた。

 シャープが馬車からライトを持ってきてもらう。

『15』

「そうだ。正直者は、長生きするぞ?言い忘れたが、これは嘘を判断する。これが光ったら、俺はお前を殺す。言い訳は聞かない。納得したか?」

 もちろんはったりだ。まだ、うそ発見器のような機能は出来ていない。俺が、思ったタイミングで光らせることができるだけの道具だ。

 口からナイフを抜いたから、(かしら)は勢いよく頷く。脅しが聞いているようで、いい傾向だ。

「俺たちが、この道を通るのは、誰から教えられた?この場にいるようなら指させ」

『14』

 (かしら)は、周りを見てから、町長の横に居る男を指さす。

「そうか、俺たちを殺して、荷物を山分けか?」

 (かしら)は首を横に振る。そうか・・・。

「取り分は、折半・・・。半分の半分。そうか、女は、お前たちが貰うと・・・。そうか、足が付きそうな馬はお前たちの取り分か?」

『13』

 (かしら)が、町長たちを睨んでから頷いている。そうだろうな。割に合わなかったな。

「旦那様。遅くなりました」

 カルラが合流した。村の連中は、連れていないのを見ると、アルバンに任せたのだろう。

「大丈夫だ。それで?」

『12』

 カルラは、血が滴っている袋から、腕を何本か取り出す。

「愚か者の腕です。お納めください」

 腕なんか貰っても使い道がない。
 そうだ。町長に見せてやろう。
 袋ごと受け取って、町長たちの上に放り投げる。結界の上が、カオスな状況だけど、しょうがない。

『11』

「カルラ。(かしら)との話し合いは、任せていいか?残党が居ないか?スポンサーが居ないか確認してくれ」

「裏があると?」

「おかしいと思わないか?」

「??」

『10』

 カルラは気が付いていないようだ。簡単に説明しておくか?
 野盗どもが使っていた装備を、クォートとシャープが持ってきている。不思議なくらいに統一されている。ぱっと見た感じでは、デザインなどは統一されていないが、品質や使われている物が同じだ。わざと違って見えるように作られているようにも感じる。
 装備の品質は、低いので俺たちには必要ないが、修復すればダンジョンにアタックする者たちに持たせるのには十分だろう。

「そういえば・・・」

「どうした?」

『9』

 カルラの話を聞いて、納得した。
 俺たちを後ろから襲おうとしていた、連中は野盗よりも粗末だが、揃いの武器を持っていた。装備品と呼べるような物はなかったようだが、武器だけは与えられていたようだ。

 さて、誰に武器を貰ったのか?
 町長たちにしっかりと聞かないとダメだな。カルラの報告を聞き終わってから、結界の中に居る町長たちを見る。

 二人は、何か文句を言っているが、こちらには聞こえない。聞きたくもない。

『8』

 俺が知りたいのは、情報だけだ。この茶番劇を仕込んだ者が居るのなら、そいつを潰さなければ、何が目的なのか解らないが、俺がやろうとしていることの邪魔になるだろう。

「旦那様」

「どうした?」

「あの者たちへの尋問は、私とカルラ様で行います。結界の解除をおこなって頂けますか?」

『7』

 カルラを見ると頷いている。確かに、クォートとカルラなら大丈夫だろう。殺さない程度に痛めつけるくらいなら大丈夫だろう。それに、殺してしまっても、別に困らない。どちらかが生きていれば、情報を抜くだけなら困らない。どうせ、”うまくいけばいい”程度の捨て駒だと思える。

「わかった」

 結界を解除すると、腕やら耳やら、指やらが降り注ぐ。当然だな。そのまま、逃げ出せば殺せるのに、吃驚して声も出さずに座り込んでしまった。

 カルラとクォートが近づいて、合図を出してきた。4人を覆う形で結界を発動する。同じようにこちらの声は届くけど、向こうからは声が聞こえない状態にする。中を見ていると、いきなりアルトワ町の町長に、剣を突き付けて居る。反抗的な発言でもしたのだろう。

『6』

「旦那様。何か、お飲みになりますか?アルバン様をお待ちなら、私が待機しております。馬車の中に、何か用意をいたします」

「そうだな。アルの状況は、エイダが認識しているから、近づいたら出迎えればいい」

「わかりました」

 周りの状況を見ると、結界の中で尋問を行っている4人以外にはすでに動ける者は居ない。うめき声は聞こえるが、気にしなくてもいいだろう。それに、逃げ出したらユニコーンとバイコーンに殺せと命令しておけばいい。簡単な作業だから、問題にもならないだろう。

『5』

「カルラ!クォート。アルが到着まで、5分だ。急ぐ必要はないが、面倒なら引き継ぐことを考えろ」

 結界が有って向こうの声は聞こえない。二人は、了承の意味を込めて、こちらを振り向いて頭を下げる。

「それと、面倒なら殺してもいい。どうせ、何もしゃべらないのなら、連れていく意味もない。”野盗に殺された”とでもすればいい」

 これは、あいつらが描いていたシナリオだ。こちらが使わせてもらってもいい。そんな面倒なシナリオを使う必要はないのだが、自分たちが同じ状況になっていると認識させるには十分な脅しになる。

『4』

 馬車に戻って、シャープが用意してくれたお茶を飲んでいたら、エイダが俺の近くまで来て、端末を見せてきた。
 アルバンの状況が解るようになっている。

 150秒からのカウントダウンが始まった。

 残り時間が無くなった所で、馬車から出てアルバンを出迎える。

「兄ちゃん!おっちゃんたちを連れてきたよ!」

 久しぶりに見る顔だ。皆が俺の前まで来て、頭を下げる。

 ウーレンフートに居たメンバーが、俺の前で跪いている。
 見たことがある顔が半分くらいで、残りは知らない(覚えていない)者も居る。前の方に居るのは、よく知るメンバーだ。ニヤニヤしている所を見ると、こいつらの仕込みだと考えるのが妥当だな。

 無視するのがいいだろう。
 後ろから襲ってきた奴らをしっかりと捕縛している。

「兄ちゃん。遅かった?」

「いや、丁度良かった」

 尋問をしているクォートとカルラの方から、悲鳴が聞こえる。
 結界を解除したようだ。連れてこられた者たちの顔色が変わっていくのがいい感じだ。

 アルトワ町の町長が反抗的な態度を取ったのだろうか?
 腕を切り飛ばして居る。そのままくっつけて、また飛ばしている。あれ、拷問としては最低だよな。腕を切り飛ばす時に、血が流れるから、どんどん思考が鈍くなるけど、痛みがあるから、覚醒する。そのうえで、くっ付けられて、また切られる。恐怖しかない。
 もう一人の町長?も顔色が青を通り越して、白になっている。

 アルバンたちが確保した者たちも、ガクガクと震えている。
 恐怖だろう。お前たちは、俺たちを殺そうとした。今更、命乞いをしても遅い。

「大将」

 マスター。旦那様。兄ちゃん。今度は、”大将”か・・・。

「ん?」

 スラムの顔役だった、ベルメルトまで来たのか?
 よく見ると、子供たちも多い。

「大将。ここで、何をやるのか知らないが、俺に、俺たちにも・・・」

 ベルメルトが、地面に頭をつける位に下げる。
 よく見ると、ベルメルトの両隣の顔も名前は忘れたけど、知っている。スラムに居た者たちだ。立派になって・・・。と、いうのもおかしいけど、ホームで仕事を始めてから、変わったとは聞いていたけど、こんなに変われるのだな。前は、良くても”チンピラ”だったけど、今では”代官”と言っても通ってしまいそうだ。

「そうだな。ベルメルトたちなら、任せられる」

 後ろまで、声を上げて喜んでいる。
 アルトワ町は、共和国の”町”だ。ここを拠点にするのもいいけど、ダンジョンの周辺を実行支配してもいいのかもしれない。ベルメルトたちが来ているのなら、アルトワ町にこだわる必要がなくなる。

「大将。俺たちに任せてくれ!それで、何をやったらいい?こいつらを殺すのなら・・・」

 盗賊の親分にも見える。ベルメルトが凄む。捕えられている者たちが震えるのがわかる。

「いや、こいつらには使い道がある」

「使い道?」

「アル!」

「何?」

「ベルメルトたちを連れて、アルトワ町には立ち寄らないようにしてダンジョンまで移動してくれ」

「うん。いいけど・・・」

「どうした?」

「道が・・・」

「あぁそうか、エイダを連れて行ってくれ、エイダなら、迷わないだろう」

「うん!」

 アルバンが、馬車に走るのを見送ってから、ベルメルトが立ち上がった。

「大将。それで、本当に俺たちにやらせたいのは?」

「あぁ簡単に言えば、ダンジョンの実効支配だ」

「ん?実効支配?攻略は終わっているのか?」

「あぁ最下層まで、俺とアルの二人で攻略できた。難易度は、それほどでは無かったが、今は難易度が上がっている」

「ハハハ。わかった。持ってきた物資を使って、実効支配をすればいいのか?」

「そうだ。少しだけ試したいことがある」

「試したいこと?」

「そうだ。ベルメルトたちは、ダンジョンについてどこまで知っている?」

 ベルメルトだけではなく、ウーレンフートから来ていた者が首をひねる。
 話を聞くと、通り一遍の内容だけが伝わっている。最下層に関しての話や、ウーレンフートにあるようなサーバルームは伝わっていない。当然だけど、噂話でも出ているのかと思ったが、出ていないようだ。

 アルトワのダンジョンを攻略して、新しく気が付いたのは、ダンジョンは地上部にも伸ばせることだ。地上に、ダンジョンを作る。内容は、よくわからないが、地上にダンジョンの機能を使った建物が設置できる。
 ウーレンフートでは限定的だったので、あまり意味は無かったが、アルトワのダンジョンでは意味が出て来る。

 実効支配を行う時に、ホームの設置が楽にできるのだ。この場所で説明をしても、理解ができないだろうし、アルトワ町の者たちに余計な情報を与えるつもりはない。

「わかった。そこで捕まえた者たちは、ダンジョンの攻略を行わせる」

「え?あっ・・・」

 ベルメルトは解ったようだが、捕えられている者たちは理解が出来ていない。
 正直、この場で殺されても文句が言えない奴らだけど、ここで殺しても、なんのメリットにもならない。ダンジョンの中なら、多少のメリットにもなるし、ドロップアイテムを拾ってきたら、ラッキーくらいには使えるだろう。ベルメルトも、俺のいいたいことが解ったのだろう。少しだけ顔を引き攣らせている。

 戻ってきた、アルバンを先頭に、ダンジョンに向かってもらう。

 俺は、馬車に戻って、端末を取り出す。
 尋問はまだ続いている。野盗の生き残りや、町長たちと一緒にいた生き残りも、ベルメルトに預ける。うまく利用してくれるだろう。

 到着まで、一日くらいだろう。
 町は無理でも、砦くらいなら構築できそうだ。

 ウーレンフートから必要な物を融通すればいい。

 宿屋になりそうな建物と、ダンジョンの入口を覆うようにホームの建物を作成する。
 砦は、少しだけ形にこだわって、六芒星にしよう。六芒星の三角形の頂点同士を塀で繋いで、水堀を作成する。水は、ダンジョンから供給して、ダンジョンに返すようにすればいい。
 入口を作り忘れた。六芒星だと入口が難しい。適当でいいかな。攻められても困らないようにしておけばいい。塀の上には、バリスタを配置しよう。全部で、50門も用意すれば防御は大丈夫かな?

 塔も立てておこう。
 楽しくなってきた。砦の中には、畑になるような場所を作ろう。あとは、家にしておけばいい。店として使えそうな建物だけを集めた場所と、鍛冶仕事ができるような場所を分けて設置する。1,000人くらいが生活できる場所にすれば十分だな。

 街道は、ベルメルトたちが考えればいい。
 本当は、アルバンをダンジョン町においていきたいけど・・・。説得は、無理だろう。

 カルラとクォートの尋問を聞いていると、共和国が”腐っている”と思える。
 よそから来た商隊を襲うのは当然なことだと思っているようだ。他でもやっているから、当然自分たちにも権利があると言い出している。その権利を行使するのは勝手だが、その結果、捕えられているのだから、それでもあれだけ喚き散らせる感覚がわからない。
 もしかして、王国のほうが、意識という一点では”まし”とさえ思えてしまう。同じ、選民意識だけど、共和国の選民意識は自らが”選ばれた”存在だと強固に考えている。王国の貴族たちも似たような感覚だとは思うが、”貴族とは”こういう物だという刷り込みがあるだけ”まし”に思えて来る。
 選ばれた人間は、何をしても大丈夫だとすり替えている。王国の腐った貴族と同じか、それ以上の意識だ。

 まぁいい。
 必要な情報は抜き取れたようだ。

「マスター」

「余罪は?」

「・・・」

 解らない。ではなくて、多すぎるようだ。

「カルラ。王国で裁けるか?」

「可能ですが、その場合には、旦那様の身分を・・・」

 ライムバッハの名前を出せば可能だということだな。
 そこまでする意味もない。

「アルトワ町の町長には、俺たちを優遇するのなら、生かしておこう。町に連れて行って、全部の罪を暴露しろ。クォートとシャープ。頼む」

 二人が、恭しく頭を下げる。
 アルトワ町の町長は、生かしておくことで、使い道がある。

 隣町の町長は、生かしておく意味が一切ない。

「カルラ」

「はっ」

 カルラも、解っていたのだろう。
 アルトワ町の町長の目の前で、隣町の町長の首を切る。血が噴き出してくる。そのまま、前に倒れ込んで、数回、身体を弛緩させてから、動かなくなった。死んだのは、誰の目にも明らかだ。

「カルラ。ウーレンフートから来た者たちと一緒に、この遺体と野盗どもを一緒に隣町に届けろ。移動中に襲ってきた、野盗の集団だと言えばいい。この町長は、野盗として処理する。共和国が、どうするのか見てみよう」

「かしこまりました。町長が指揮をしていたことにしますか?」

「必要ない。一緒に襲ってきたから、倒したと言えばいい」

「わかりました」

 さて、俺は、ユニコーンとバイコーンと一緒に隣町に移動だな。

 アルトワのダンジョンを、ベルメルトに任せて、次の町まで移動した。
 野盗の頭は、ダンジョンの肥やしになってもらうので、ベルメルトに預けてある。頑丈だし体力もあるので、いい肥しになるだろう。野盗のメンバーも同時に預けている。ダンジョンの中層に放置しておけば、”いい”実験ができそうだ。
 元町人の犯罪者たちも、ダンジョンで働いてもらうことが決定している。命の灯火が燃え尽きるまで、ダンジョンから出る事は不可能だ。それが、俺から彼等に課した罰だ。この罰に文句があるのなら、神でも相手になる。
 彼等は、俺から、大事な友を、部下を、家族を奪おうとした。利己的な理由で・・・。だ。許せない。そして、彼等は俺を殺すと言い切った。なら、自分たちが殺されても文句はないだろう。

 アルトワ町に行っていたクォートとシャープが戻ってきた。
 少しだけ打ち合わせを行ってから、隣町に向かって移動を開始した。

 次の町が見えてきた。
 しっかりとした塀が作られている。アルトワ町とは大違いだ。しかし、門番が居ないことや、町の周りが有れていることから、この町も期待ができない。

「マスター」

 馬車の中でプログラムを作成していた俺に、クォートが声をかけてきた。
 すでに、方針は決めている。皆にも説明を終えている。いくつかの状況が予測される物事にも、それぞれの対処を考えている。大きく外しても、俺たちなら何とか対処ができるだろう。

「予定通りにしてくれ」

「かしこまりました」

 クォートとシャープで、野盗+元町長+元町民を、引き渡すことになっている。
 元町長は、もう自分の無罪を訴えることができない状況になっている。町民たちも同じだ。野盗たちは、生き残った者の半分はダンジョンに連れていかれて、こちらには、従順になっている者たちだけを連れてきている。

 町長の罪を無かったことにしたら、共和国も”その程度”だと考えて、新たな力を得るための”素材”と考える。

 クォートとシャープが、町に向かう。馬車は使わないで、拘束した奴らを連れていく。

「カルラ。共和国内にあるダンジョンで、攻略されていないダンジョンは?」

 共和国の収益は、半分以上がダンジョンに依存している。はずだ。
 食料も、ダンジョンのドロップに頼っている町が存在している。だから、アルトワ町も農業だけではなく、産業が衰退していった。

「全部で、12。20階層程度のダンジョンばかりです」

 低階層で終わっているダンジョンばかりだな。ドロップを得るのは、難しくは無いのだろう。
 わざと攻略を行っていないと考えてよさそうだ。それとも、ウーレンフートの様に、最下層に”なぞかけ”があるのか?

「わかった。アル。共和国の対応次第では、ダンジョンの攻略を行う」

 カルラを見てから、アルバンに宣言する。
 共和国の連中が、”なあなあ”で終わらせるような対応を取るのなら、ダンジョンを攻略して、資源を減らす。交易品が減ってくれば、その時点でどうするのか考えても、衰退が始まっていたら手遅れだし、いち早く気が付いても、対処が難しい。俺たちをダンジョンから締め出すしか方法がない。でも、実際に交易品を絞るのは、準備が整ってからだ。

「うん!カルラ姉ちゃんも?」

「そうだな。クォートとシャープも一緒に行く。もちろん、エイダも連れていく」

「準備は?」

「食料も、ベルメルトが持ってきて、大量に補給できた。問題は、馬車とユニコーンとバイコーンだな」

 準備は必要ないだろう。
 武器を持っている。武器が傷んでも、修繕ができる状況だ。

「兄ちゃん」

「ん?」

「おっちゃん達に頼めない?」

 アルバンの提案は一考する価値がある。

「それは、考えてみてもいいかもしれないな」

 俺とアルバンの話を聞いて、エイダが割り込んできた。

『マスター』

「ん?」

『それならば、クォートたちと同タイプを呼び寄せれば良いのでは?彼らなら、眠る必要もありません』

 そうだ。
 アルトワダンジョンなら、繋がっている。
 呼び寄せるのに不具合はない。

 基礎は、クォートとシャープを作った時のエンジンを使って、職制別にカスタマイズを行えばいい。プログラムの基礎は出来上がっている。
 疑似感情は、職制で切り出したデータから生成すればいいだろう。それほど、難しい事ではない。基本データの違いで、個性を出せばいいだけだ。姿かたちは、パラメータで振り分けを行えばいい。それらしく見せるのは、ウーレンフートで十分なデータが収集できている。

「わかった。エイダ。手配を頼む」

『はい。同じタイプと、ハンタータイプを準備します』

「任せる。全部で、5名か?」

『いえ、7名です。実験的に護衛対象2名と護衛5名のパーティーにします。そのまま、行商が可能な体制を整えます』

 確かに、行商まで考えれば、7名+馬車で考えればいい。
 俺たちが使っている馬車は、オーバースペックだから、ウーレンフートで用意できる物でいいだろう。

 別に持ってくる必要はないな。
 アルトワダンジョンでも、馬車は用意できる。馬の手配だけだが、ヒューマノイドタイプで用意すればいい。

「わかった。人選は任せる」

『了』

 名前を考えないと・・・。

「エイダ。名前は、最初の者から、デイトナ/シカゴ/メンフィス/カイロ/ジョージア/ウィスター/ブラッコムだ」

 パーティーを組ませるのなら、識別はナンバーリングでいいな。最初だから、デイトナ・アインスだ。ツヴァイ/ドライ/フィーア/フュンフ/ゼクス/ズィーベン・・・。と、増やしていけばいい。
 この7人を1組として行動させる。情報を共有するように設定すればいい。

 共和国の出方次第だけど、問題がなければ、そのまま通常の行商を行えばいい。

『了』

 エイダが作成作業に入る。
 パラメータを渡すことで、個性を出す。情報共有部分は、新しいモジュールを組み込む必要があるのだが、エイダと同じ仕組みが使えるだろう。エイダで使っているモジュールを派生させて、パラメータを増やそう。蓄積方法は、変更しなければならないから、エイダのモジュールにも少しだけ手を加える。基底クラスは変更の必要がない。プロパティに保存先のオブジェクトを渡す形になっている。だから、エイダモジュールのプロテクト部分をオーバーライドすればいい。
 簡単なテストを行って・・・。問題はなさそうだ。
 記憶という重要な部分だから、保存されないのは困る。モジュールと負荷を分散するために、保存場所のクラウド化は行っていない。遠隔でできるような作業ではない。
 そうか、保存部分は、バッチ処理になっているのだから・・・。保存した物から、ウーレンフートにバックアップを作成する。保存先で、ミラーリングやバックアップを行えばいいのか?
 細かい処理は、落ち着いてから考えるか?
 同期を考えなければ、アインスだけなら問題にはならない。記憶の混在も防げている。

「エイダ!パーティーに持たせる連絡用のモジュールも用意する。テイマー職にして、動物型のヒューマノイドを用意しろ」

『了』

 これで準備はいいかな?
 ヒューマノイドの生成は・・・。生成にリソースを全振りして3時間くらいか?

 ウーレンフートにも余裕が出来てきたのだな。

 6時間後には合流が出来そうだ。

 それまでには、クォートとシャープも戻ってくるだろう。

「カルラ。共和国は、食料の自給率は低いのだよな?」

「はい。商業で成り立っています」

「その商業も、ダンジョンからの採取が必要だよな?」

「はい。輸出品は、ダンジョンからの採取が殆どです」

「材料を仕入れて、製品を輸出は?」

「行っていません」

 少し、クォートとシャープが戻って来るまで、共和国の現状を調べる必要が有りそうだな。

 一般常識レベルの話なら、カルラに聞けば判るだろう。
 大凡の方針を決めて、あとは状況を見て、調整を行えばいいかな?

 共和国の全体というよりも、3つの大国と大商人たちへの対応を考えればいいか・・・。

 アルトワダンジョンを結合して解ったのだが、処理速度を上げることができる。
 俺の直接的な力にはならないが、魔法プログラムの効率を考えれば、ダンジョンの結合は必須だと思う。

 アルトワダンジョンを、ウーレンフートから来た者たちに任せて、次の町に向かっていた。
 クォートとシャープが野盗たちを引き渡して帰ってきた。

「マスター。マスターの想定した、最悪のパターンでした」

 絶望感・・・・。あまり、”感”という言葉は好きではないが・・・。共和国も、結局は形を変えた、権力主義の集まりだと認識した。平等を謳っているだけに帝国や王国よりも酷い可能性もある。

「わかった。カルラ。プランA」

 本当は、プランFが良かったのだが・・・。

「はぁ・・・。わかりました」

 カルラの気持ちも解る。プランAは、俺たちが力を付けるが、共和国は確実に力を落す。もしかしたら、内乱に発展するかもしれない。

 俺とカルラとアルバンで、ダンジョンを攻略する。
 難しいものは無視して、物量で攻略を行うが、それ以外は、速度重視で攻略を試みる。

「近くからやりますか?」

「いや、遠くのダンジョンからにする」

 近くでも問題はないが、アルトワダンジョンと結びつける者が出てくるかもしれない。

「わかりました」

 ユニコーンとバイコーンの偽装を解除する。
 俺が単独で、バイコーンに騎乗する。ユニコーンには、カルラとアルバンが騎乗する。3人で移動を行う。クォートとシャープは、アルトワダンジョンに戻って、後方支援を行う事になる。馬車は、アルトワダンジョンに手配した馬が来るので、移動させる。

 エイダは、俺が抱えていくことになった。

 持っていく端末は、モバイルノートを一台と、新しく見つけたFX-870Pだ。
 VX-4もあるが、RS-232Cの接続速度から、FX-870Pを選択した。マシン語が使える。プログラムを書き換えるプログラムが作れる。魔法プログラムとの相性は抜群だ。パラメータで、プログラムの一部を複写して、書き換えてから実行する。所謂ウィルスプログラムの実行ができる。自己増殖と自己改変が出来てしまう。そのうえで、システム領域はROMに書き込まれていて、オーバーライドを行う事ができるが、ハードリセットで元に戻るのも優しい設計だ。ファンクションとして設定している数式もプログラムを割り当てられる。その分のメモリは必要になるが、元々は32KのRAMのはずが、流れてきた機種は拡張ボードがついていて、メモリが64Kに拡張されていた。RS-232Cの拡張も行われていた。

 RS-232Cも実験用の物だろう、LEDが設定されていて信号の流れが解るようになっている。センサー系の制御ができるようになっている。センサーは見つかっていないのだが、実験した所、センサーの変わりになる物が異世界には存在していた。

 魔法だ。
 RS-232Cで、発動した魔法の制御ができる。設置型の魔法の制御が可能だ。

 全力で、バイコーンとユニコーンを走らせること2日。
 攻略目的のダンジョンに到着した。

「兄ちゃん?」

「アル。何か、心配か?」

「この子たちはどうするの?」

 アルバンが、ユニコーンとバイコーンを撫でながら聞いてきた。
 預けていくこともできるけど、ヒューマノイドタイプの二頭には新しいスキルが備わっている。

「カルラ。頼む」

「はい」

 カルラが、二頭に振れながらスキルを発動する。
 ユニコーンとバイコーンが、ミニチュアホース程度の大きさまで小さくなった。カルラが持ってきていた首輪をすれば、従魔だと認識できる。登録も済ませてある。これで、二頭も戦力として考えられる。主に、エイダ用の戦力だが、エイダが自力?での移動ができるようになれば、戦略の幅が広がる。

 低階層では、初心者や自信が無いものが戦っている。軽くだけ戦ってから、降りていく。
 5階層を越えると、人も少なくなるので、戦略を確認した。

 俺とアルバンが前線を支えて、エイダが後方から支援を行う。カルラは遊撃として、崩れそうな場所の支援を行う。
 連携の確認を終えて、持ってきていた食料で休憩をしてから、本格的な攻略に乗り出す。

 階層は、20階層だと言われている。
 まだ、誰も最下層に辿り着けていない。らしい。

 15階層を探索している。
 裏技というか・・・。チートというか・・・。エイダが、探索範囲を広げた事で、ダンジョンの情報に制限付きながらコネクトできることが判明した。コネクトが確立すれば、ダンジョンの情報が参照できる。変更は権限が得られなくて、実行が拒否された。階層を移動する場所は・・・。
 ハッキングを試したのだが、壊すだけなら出来そうだけど、壊した場合に、ダンジョンがどうなるのか解らないから実行はしていない。

「兄ちゃん。このダンジョンは攻略するの?」

「コアの破壊か?」

「うん」

「ここは、残すつもりだ」

 ここまでは順調だ。
 ダンジョンにアタックしている者も少なくなって、15階層では誰も居なくなった。魔物が強くなってきているが、俺たちには誤差程度だ。

 しかし、16階層に降りると、状況が一変した。

「マナベ様」

 カルラが慌てるのも理解ができる。
 16階層になってから、魔物が変わった。黒い靄のような物を纏っている。それに、通常なら、群れることがない魔物まで、複数で行動している。それも、気持ちが悪いくらいにシンクロしている。ゲームの魔物のように、一定の場所を守っているようだ。
 数が、尋常ではない。
 既に、1,000以上を倒しているが、終わりが見えない。

 武器だけで対応が難しく思えてきた。スキルを発動しないと対応が難しい。

「カルラ!アル!攻性のスキルを使う。範囲攻撃だ。俺の後ろに引け!エイダ!」

『はい。支援スキルを使用します』

 エイダから、俺にスキルの威力があがる支援を付与する。

 刀を構えて、スキルを発動する。
 黒い靄を纏った魔物たちは、光のスキルに弱いのは判明している。あとは、雷だ。

 久しぶりに使う。

 刀に付与しているプログラムを起動する。パラメータとして、属性を与える。
 魔力を刀に注ぐ。刀が光りだす。

「光龍!雷龍!」

 属性龍が、刀から発出される。
 目の前に居る魔物たちを、龍が飲み込んでいく。俺お魔力の1/3を与えた龍だ。魔物たちを飲み込んでいく。

「アル!カルラ!」

「はい」「!」

 龍が倒し損ねた魔物を、飛び出したカルラとアルバンが倒していく、俺は龍の制御を続けている。
 二匹同時だとまだ余裕がある。

「エイダ!処理領域に余裕は?」

『あります』

「雷龍の制御を頼む」

『了』

 このダンジョンを出たら、エイダの核とユニコーンとバイコーンの核を、今の物よりも大型の物に変更しよう。
 あと、エイダは生命線になっている。複数の核を持てるように変更しよう。あと、流れてきていた Raspberry Pi を組み込もう。8GBモデルがあったはずだ。センサーの処理を肩代わりさせる。本体は、謎技術の塊だけど、センサー系や魔法の制御系なら、プログラミングが可能だ。

 何体の魔物を倒したか解らないが、万に届いている可能性がある。

「旦那様」

「カルラ。この黒い靄を纏う状態を知っているか?」

「いえ、初見です。それに・・・」

 カルラが言いたいことは解る。
 ダンジョン内では、魔物はドロップを落すか、消えるのだが、黒い靄を纏う魔物は、どんな魔物を倒しても、全部”石”が落ちるだけだ。それも、黒い石だ。俺は、見たことがない黒色の魔石なら見たことがある。ただの石なら転がっているが、真球に近い黒い石だ。それも、倒した瞬間に黒い石になる。
 魔力を纏っているかと思うが、魔力を感じない。本当に、黒い丸い石だ。

 ひとまず、黒い石の件は、考えても解らない。
 この階層にいた魔物は倒したと思う。増える可能性もあるのだが、今の所、新たに襲ってくる魔物は居ない。

 黒い靄をまとった魔物の特徴は、とにかく好戦的だ。

 次の階層でも同じ魔物が出現した。
 通常の魔物は、俺もアルバンもカルラも見ていない。エイダに索敵をさせたが、探し出せない。
 索敵を行って気が付いたのだが、黒い靄を纏う魔物は、索敵対象にならない。近づかなければ、敵意が向かないので、索敵の対象にするのが難しい。生命を探査するスキルにも反応しない。

 16階層も、17階層も、18階層も、19階層も、同じ魔物で階層が埋め尽くされていた。

 変化が現れたのは、19階層から20階層に向かう階段の手前だ。

 階段だと思われる場所には、透明な壁が存在していて、降りる事ができない。
 壁の横に、いつもの設置されている。それは、問題ではない。

 問題になりそうなのは、少しだけ離れた位置にある。見たことが・・・。正確に言えば、俺は見たことがある装置が置かれていた。