異世界でもプログラム


 ウーレンフートからの補給物資が届くまで、休養にあてる事にした。

「旦那様」

 カルラが部屋に入ってきて、頭を下げる。
 何か用事ができたのか?

 休養にあてるようには伝えてあるはずだ。

「どうした?」

 カルラは、書類を手に持っている。
 報告書なのだろうか?
 昨日の段階で、前回までの報告書と、クリスからの返答を貰った。問題になるような記述は無かった。近況報告のようになっていただけだ。皇太孫だけが、わがままを言っているようだが、そこはクリスに頑張ってもらおう。共和国に、皇太孫が身分を隠してでも来られるわけがない。”楽しそうだ”の一言で、来ようとしないで欲しい。それに、ダンジョンなら、ウーレンフートに潜ればいい。わざわざ、整備されていない、できたばかりのダンジョンを目指さないで欲しい。

「いくつかご質問と、ご許可を頂きたく思っております」

 カルラの話は、今後の話か?

「質問?許可?」

「はい。4-5日の間。お側を離れる許可を頂きたい」

 クリスへの新しい報告だろう。
 アルトワ町を補給基地化する考えをカルラに伝えてある。何か、問題になりそうな事案なら、クリスからストップが掛かるだろう。
 俺としても、方法は置いておくとして、補給基地は欲しい。アルトワ町が最高ではないが、最良の選択だと考えている。

「あぁいいよ。クリスへの報告?」

「はい。そこで、報告にあたって、いくつかご質問があります」

 報告に付随する質問なのだろう。
 確かに、報告を書いていたら、いろいろと疑問が湧いて出るだろう。後から、突っ込まれないように、カルラの質問にはしっかりと答えよう。カルラとクリスト俺の為に、しっかりと理解してもらったほうがいい。

「いいよ?何?」

「はい。まずは・・・」

 カルラの質問は、今後の活動について聞きたいことがあるようだ。
 目標は無いけど、いくつかのダンジョンの攻略を目標とした。わかりやすい方が、報告を読むクリスも納得するだろう。頻発している。小規模ダンジョンの攻略を視野に入れている。頻発している理由が解れば、最高だろうけど、そこまで行かなくても、行路の近くにあるダンジョンだけでも潰しておけば、物流が楽になるだろう。次いでに、山賊や盗賊たちの根城を潰しておきたい。”賊”たちは、俺たちが潰さなくても良いとは思うが、俺たちへの補給物資を運ぶ時に、安全に運べるようにしておきたい。

 カルラの質問に、簡単に答えた。

「旦那様。最後に、一つだけ・・・」

「ん?どうした?気にしなくていいよ」

 質問は、報告書を作成するために必要なのだから、遠慮しないで欲しい。
 報告書が中途半端になって、クリスから再質問が来る方が面倒だ。もう一人は、再質問ではなく、これ幸いと共和国に来る可能性すらある。だから、カルラには悪いけど、疑問点はすべて潰してほしい。主に、俺の平穏のために・・・。

「はい。ありがとうございます」

「旦那様は、この村・・・。あっアルトワ町を補給基地にする。お考えのようですが、方法はあるのでしょうか?」

 村って・・・。
 まぁ俺も注意していないと、”村”と呼んでしまう。人口だけなら、町には違いないけど、生活様式や雰囲気が”村”だ。

「ん?ウーレンフートからその為の物資を運んできているよね?」

「はい。しかし、一時的には、物資の蓄積はできるとは思いますが、この村の生産能力では、持ってきた補給物資が救援物資に変わって、村に吸収されてしまいます。特に、あの村長では・・・」

 カルラ。もう少しだけ繕うことをした方が・・・。村と呼んでいるし、村長と言っている。
 区分では、”町”で町長だ。

「解っている。物資を食い潰して終わりの可能性があるな」

 実際に、補給物資を持ってきたとしても、町長に懇願されたら提供するしかない。金銭での受け渡しになってしまう。補給物資が救援物資に変わるだけだが、補給基地にしようとしたら意味がない。
 それに、補給基地にしようとしたら、この町で補給物資を生産しなければ意味がない。
 ウーレンフートやライムバッハ領から輸送し続けるのでは、負担が大きすぎる。

 カルラも解っているのだろう。
 今の町長や町民では、自分たちが食べていくだけで精一杯だ。考えることを放棄している。効率化したり、作物を変えたり、他の町や都市と交渉したり、できることはまだあるはずなのに、緩やかな滅びを受け入れようとしている。

「それなら!」

 カルラが言いたいことは解る。解っているつもりだ。この町を占拠してしまうか、自分たちで拠点を作ってしまったほうが早いと言いたいのだろう。俺も、そう思っている。思っているけど、今回はもっと緩やかにやろうと思っている。

 最初は、村長。いや、町長に協力を求める。町長が形の上だけでも従ってくれるのなら、利益を分配してもいいと思っている。そのうえで、町長たちが協力してくれないのなら、無理矢理にでも協力してもらおうと考えている。

 クリスから来た連絡の中に面白い話が書かれていた。

「なぁカルラ。俺も知らなかったけど、共和国には興味深い”法”があるのを知っているか?」

 共和国は、簡単に言えば”多数決”で物事を決めてきた。

「え?興味深い?」

「あぁ形骸化されてしまっているけど、共和国の都市や街が村の長を決めるのは、”選挙”という方法を取る」

「??選挙?」

「そうだ。俺がこの町の長になることもできる。いろいろ条件は、あるが半年以上の居住実績と一回以上の納税を行えば、立候補できる」

 俺には馴染みがあるが、カルラには馴染みが無い。
 ウーレンフートのホームでは、合議制を取っているが、”選挙”で代表を決めるような方法ではない。貴族社会では、もっとも遠い所にある。合議制でも革新的だと思われているのに、選挙を理解しろと言われても無理だろう。

「しかし、それでは・・・。旦那様が長になるのは難しいのでは?町民は、現在の町長の味方ですよね?」

「そうだな。この方法は、比較的、民のことを考えているように見えるけど、落とし穴がある」

「落とし穴?」

「そうだ。数の暴力に対抗できない」

「え?」

「カルラ。この町の人口は?」

「おおよそ、80名です」

「子供を除けば、60名って所か?その中で、納税しているのは、50名って所かな?」

「しっかりと調べないと・・・」

「あぁいい。50名とする。全員が、町長の仲間だとして、俺が立候補したとしよう。50対1だ」

「はい」

「しかし、51名の仲間を連れて、この町に移住してきたらどうなる?」

「・・・」

「カルラ。51名を連れて来るのは無理だと思ったのだろう?」

「はい」

「忘れていないか?俺には、クォートとシャープがいる。納税さえすれば、それ以上は突っ込んでこない」

「あっ」

 この方法は、日本に居た時に、合法的に”村”を乗っ取る方法を考えた時に、悪友たちと考えた。動員できる人間が200名を越えていた悪友がいた。行政区分で、丁度いい場所が見つからなかったから、実行には至らなかった。しかし、状況が許せば実行していた可能性があった。

 カルラは、俺から聞いた内容をまとめて、報告書にするようだ。
 報告は、好きにしていいと伝えている。クリスに伝われば、何かを考える可能性があるが、俺が気にしてもしょうがない。

 カルラと入れ替わりに、アルバンが部屋に入ってきた。

「兄ちゃん。休みだよね?」

「あぁ」

「兄ちゃん。探索に行こう!」

「探索?」

「うん!待っているだけだから、訓練をしたい。でも、村の中では、カルラ姉ちゃんがダメだっていうから・・・」

 お前もか・・・。
 アルバンが”村”と言っているのは、しょうがないだろう。いい直しもしないし、悪いとも考えていないだろう。

「わかった。わかった」

「いいの!」

「俺も、見られても平気な魔法を作りたい。アルとの模擬戦もやろう。魔法の作成を手伝ってくれるか?」

「うん!もちろん!やったぁ!行こう!」

 アルバンと、町から出て森に向かう。
 最初は、クォートかシャープが付いてくると言っていたが、二人には俺とアルバンが町に居るように偽装してもらうために、残ってもらった。

 カルラは、町から離れることを印象付けるように出て行った。他の町に、物資の調達をするためという理由だ。そのために、馬車と一緒に旅立った。俺たちが残った理由は、『一緒に商売を行う商隊が遅れていて、待っている』ことにした。
 間違っていないが、突っ込まれると困る言い訳だ。

 だが、町長夫妻だけでなく、町民は誰も突っ込んでこなかった。
 町にお金を落としてくれる上客だと思っているようだ。同時に、クォートとシャープが次の商隊が持ってくる物資で、『売買を行いたい』と言ったのも、俺たちの逗留を無碍にできなくなった理由なのだろう。

 町長からは、食料が不足気味になっていると相談されて、カルラが調達してきた食料の一部を、町民に格安で提供することになった。
 損失分は、滞在費を安くしてくれることになった。町長も、受け取れる宿泊費を削ってでも、町に物資が回る方がありがたいのだろう。宿泊費は、ほぼ無料になったが、悪いので、最低限の費用だけは払う事にした。物資も、仕入れ値で提供することにした。カルラの用事(報告)の次いでにアリバイ作りの仕入れなので、儲けを気にする必要はない。
 それに、町のためになるような活動を率先して行うことで、今後の目的である。”拠点にする”という目的が実行しやすくなる。かもしれない。

「兄ちゃん?」

「もう少しだけ、奥に行った方がいいな」

「うん!」

 アルバンと他愛もない話をしながら、森の中を歩いている。
 木々や植生を見ると、王国と違いは見られない。陸続きだし、大きくは違わないと、考えていたけど、間違っていない。

 しかし・・・。

「ねぇ兄ちゃん。この森・・・。おかしくない?」

「そうだな」

 アルバンが指摘するように、動物が極端に少ない。
 正確には、動物だけではなく、昆虫も少ないように感じる。森が死に始めている?

「兄ちゃん?」

「アルが感じているように、この森はおかしい」

「うん。動物が少ない・・・。居ない?」

「この前、討伐に向かった時は?」

「うーん。動物には会わなかったよ。もしかしたら、村の人たちが食べちゃった?」

「可能性のレベルで言えば、”ある”かもしれないけど・・・」

「そうだよね。あの人たちに、捕まえられそうな動物は、ラビット系くらい?ボア系だと、無理でしょ?」

「あぁホーンラビットだと無理だろう?」

「うん。無理だと思う。そうなると、違う理由?」

「どうだろうな。例えば、町民が食べる物が無くなって、森の果物を全部・・・は、無理だけど、かなりの数の果物を食べちゃったとしよう」

「うん」

「そうなると、その果物を食べていた動物は居なくなるよな?」

「あぁ!そうか、その動物を捕食していた動物も居なくなる!」

「そうだな。でも、その捕食していた動物たちは、別の動物も食べるよな?」

「うん!」

 食物連鎖がどこかで壊れてしまった?
 でも、数年での変化じゃないだろう?

 土は、まだ腐葉土になっている。草木はまだ大丈夫なのだろう。森が再生するかわからない。でも、何か理由があるはずだ。

 暇潰しに調べてみるか?

 ん?

「アル」

「うん!魔物?」

「あぁ数が多いな。殲滅しておくか?」

「うん!でも、大丈夫?」

 大丈夫は、『二人で大丈夫か?』なのだろうけど、強さで言えば、アルバンだけでも対処できる。
 ゴブリンだけの集団だ。上位種も居ない。変異種も居ない。本当に、ゴブリンだけの集団で、20体ほどだろう。ゴブリンだけの集団としては大きいが、指揮する個体がいなければ、対処は難しくない。

「あぁゴブリンだけの集団だ」

 アルバンに説明すれば、納得した。
 武器を取り出す。ゴブリンも、何かに気が付いたのだろう。臨戦態勢を取っている。武器を構えている。

 アルバンと決めた作戦は、いたって単純だ。
 左右から突っ込むだけだ。

「終わり!」

 最後の一体は、アルバンが正面から切り伏せた。

「ねぇ兄ちゃん。無手・・・。じゃないよね?どうやって倒したの?」

「ん?これか?」

 魔法を発動する。
 アイツらに一矢報いるために開発した魔法だ。

 ”虚無の(つるぎ)”となづけた。属性の付与ができる。

「え?それって、魔法で剣を作ったの?」

「そうだ。今は、指先から出しているけど、ある程度は自由にできる」

「へぇ・・・。でも、剣と同じなら、剣で戦った方がいいよね?」

「そうだな」

 アルバンが言っていることは間違いではない。
 でも、剣では・・・。刀では、届かない奴に、刃を届かせるための”(つるぎ)”だ。

「でも、かっこいい。見えなくもできるの?」

「できるぞ」

 属性を指定しないで剣を作れば、見えない。
 俺にも見えないから、使いどころは考えなければならない。”見えない”アドバンテージはあるだろう。でも、きっと”アイツ”には届かない。その為の属性付与だ。剣術の修練は続けている。その上で、届かない隙間を産める工夫が必要だ。それが、魔法だと、俺は考えている。

「兄ちゃん。おいらも・・・。は、無理だよね」

「考えてみるけど、難しいと思うぞ」

「うん」

 アルバンは器用だけど、属性魔法があまり得意ではない。
 形を維持した状態で、属性を付与しなければならない。そのうえに、剣としての切れ味が必要になる。意外と、考える事が多い魔法だ。他にも、プログラムを組み込んでいる。それらを、魔道具にしようとしても、使う者にも会う程度の相性や技量が必要になる。

 障害物に当たった時の処理は、瞬時にパラメータを切り替える必要がある。
 剣同士なら、相手の力量次第ではすり抜けても面白い。すり抜ける事で、相手にダメージは追わせられるけど、相手の剣の処置を間違えば、こちらもダメージをうける事になる。これらの条件を、スイッチで組み込んでもよかったのだが、魔法式だけが無駄に大きくなってしまう。そのために、パラメータとして外部からの入力で剣の動作を変更するようにしている。

「なぁアル」

「何?」

「ゴブリンの集団が、指揮個体もなしで存在できると思うか?」

「うーん。解らない」

 カルラなら何かしらの答えを持っているだろうけど、今は・・・。カルラは居ない。
 下位の魔物は、指揮個体が居なければ、同種での群れにならない。動物から魔物になったのなら、動物の時の習性が残されても不思議ではない。

「ダンジョンの中では、集団で居る場合には、指揮が居たよな?」

「うん。4体以上だと、指揮が居るよ?でも、ダンジョンなら当然だよね?」

 そうだよな。
 指揮個体を潰すことで、討伐が簡単になる。ただ、指揮個体は上位種と決まっていない。見極める目が必要になる。

 もしかしたら、野良のゴブリンも同じなのかもしれない。ダンジョンの中が、特殊だと考えるのは、無理があるのかもしれない。

 思い出した!魔族だ!
 でも、ダンジョンにはゴブリンやオークやオーガが存在していた。俺たちが・・・。あぁぁぁぁぁ!!

 そうか!

「兄ちゃん?」

「悪い。いろいろ繋がった」

「え?」

「カルラは・・・。もう出てしまったか、あとで、エイダに話をして、まとめさせて・・・。ふぅ・・・」

「兄ちゃん?」

「大丈夫だ。やっと、いろいろ繋がっただけだ。全部。俺の勘違いだ」

「勘違い?」

「そうだ。アル。魔物と動物と魔族の違いは解るか?」

「え?魔物は、魔物でしょ?動物が、狂暴になって、人を襲い始める。魔族は、魔族だよね?」

「そうだよな。常識だよな」

「うっ・・。うん。兄ちゃん?本当に、大丈夫?」

「大丈夫だ。ウーレンフートのダンジョンに居たのは、魔物だよな?」

「え?当たり前でしょ?魔族も動物も居ないよ?」

「ゴブリンは、魔物でいいのだよな?」

「うん。言葉を話さないのは、魔物だよ?」

 意思の存在が、魔物と魔族の境界だと考えている。姿かたちでは判別していない。
 それでは、ゴブリンは?オークは?オーガは?いきなり襲うのは?

 敵対する可能性がある者に先制攻撃をするのは、当然だと考えている。山の中や森の中に潜んでいて、武器を持っていたら、盗賊と同じで退治されてもしょうがない。

 だから、ゴブリンが魔物だろうが、魔族だろうが、アルバンやカルラは関係がないと考えた。

 ふぅ・・・。
 落ち着いて考えよう。

 アルバンが言うように、ダンジョンの中には”魔物”しか存在しない。
 言葉を使わないからだ。理解はできるが納得は難しい。言葉という曖昧な理由ではなく、もっと違う理由があるはずだ。

「なぁアル」

「何?」

「ダンジョンで、魔物を倒す時には、魔核を得るよな?」

「うん」

「動物や魔族では、魔核は得られるのか?」

「え?考えたことがなかった。動物は、多分、ないと思う。解体する時に、魔核を見たことがない。魔族は解らない。そういえば、燃やしてしまうよね?」

「そうだな」

 魔核を取り出して眺めてみる。

 魔核は、プログラムを実行するのに便利な物だ。”魔物の核”と位置づけられているから、魔核と呼んでいる。
 産出は、ダンジョンが主な場所だと言われている。

 そうなると、ダンジョンの外で・・・。
 どこかで実験をしてみるか?エイダに連絡して、ウーレンフートで実験を・・・。だめだ、皇太孫と婚約者様が黙っていない。間違いなく、面倒なことになる。黙って、実験を行うか?それも、面倒だ。物資の手配で、確実にクリスには知られてしまう。それに、カルラが報告をするだろう。最初から巻き込む方が、問題が露呈した時に、対処が可能になる。

「兄ちゃん?魔核がどうしたの?」

「ん。あぁ。魔物には、魔核はあるけど、動物にはない。魔族には、どうだろう?アル。何か、知らないか?」

「難しいことは解らないけど、魔族の中にも、魔核を持った・・・。あっ!そういえば、魔核は、魔物だけで、魔族は魔核がないって聞いたよ」

「本当か?誰に?だれだっけ?覚えていないけど・・・。おっちゃんの所で、丁稚をしていた時だから、兄ちゃんがウーレンフートに来る前だよ」

「どんな奴だ?」

「うーん。うーん。うーん。あっ!アイツ・・・。ランドル?だっけ?奴らの取り巻きみたいな奴。何度か、宿屋に来た。あれ?そういえば、兄ちゃんがランドルを倒してから、居なくなった」

 居なくなった?
 セバスたちが調べた名簿には、それらしい奴は居なかった。もう一度、洗いなおしたほうがいいかもしれない。あの頃の資料が残されていないけど、ランク付けをしていたから、アルバンが覚えている程度には、目立った奴なら、何かしらの情報が残されている可能性がある。

 俺がホームを掌握したら姿を隠す?
 帝国に繋がっていなければ・・・。帝国の・・・。やつらの関係者だとしたら、ウーレンフートで何を?俺を調べに?違うな。俺が来る前から、ウーレンフートに潜り込んでいた。ダンジョンを調べていた?
 仮定の上に想像を重ねても意味はないな。今、はっきりしているのは、アルバンに”魔核”の情報を渡した人物が、俺がホームを掌握したら姿を消したことだけだ。実際に、ダンジョンの中で死んだ可能性もあるが・・・。

「そうか、たしかに、ダンジョンの魔物は魔核がある」

「うん」

「外で、同じ種族を倒しても魔核はない」

「うーん。経験が少ないから、絶対にないのか解らないけど、ない」

「だよな・・・。なぁアル。魔族って魔物が、魔核を吸収したか、進化した個体なのかな?」

「え?」

「魔族・・・。まぁ種となった時に、世代が重ねられないとダメだろう?」

「ん?兄ちゃん?」

 アルバンの困惑した表情を無視して、思考を進める。
 魔物から魔族になる方法が、世代を越えることにあるのだとしたら、繁殖が一つのトリガーになるのかもしれない。魔核は、そのために必要で、進化や繁殖で必要になってくる?そのうえで、繁殖や進化が終了したら、魔核が無くなって、種族として成立する?
 仮定の話だが、自分では納得ができる。あとは、実験だけど、実験は無理だろう。最悪の自体を考えると、軽々と試せない。

 帝国は、もしかしたら・・・。
 帝国というよりも、あの方とか言われている奴の狙いは、魔物の進化か?

「兄ちゃん?」

「悪い。そろそろ、模擬戦をやるか?」

「うん!」

 村・・・。町からも、ある程度の距離が離れた。
 最初、俺たちを監視していた者たちも、諦めてくれたようだ。別に、模擬戦だから見られても問題ではない。

「アル。徐々に速度を上げていくぞ」

「わかった。兄ちゃんが攻撃?」

「最初は、俺が攻撃で、途中で攻守を入れ替えよう。そのあとで、縛りをつけた模擬戦だ」

「わかった」

 アルバンが嬉しそうに頷く、模擬戦が嬉しいのだろう。

 それから、みっちり3時間ほど身体を動かした。
 全力の50%くらいの速度まで、上げたがアルバンはしっかりと対応ができている。不意打ちでも対応が可能だろう。攻撃は、威力が弱いから手数に頼る必要がある。武器を調整する必要がありそうだ。

 模擬戦の時に、アルバンの速度に武器が付いてこられていないのが解った。
 俺の武器は特別だから貸せないけど、ドロップ品で何かいいのがないか探して、渡す約束をする。

 帰りに違う経路で帰ったら、出来立てのダンジョンを発見した。
 階層も少なそうだし、明日にでもアタックしてみることにした。

 宿に変えると、クォートが今日の報告をしてくれる。
 どうやら、帝国から来たという触れ込みの商人が、俺に会いたいと言ってきたらしいが、低調が悪いという事で断ったらしい。クォートの印象では、帝国から来たというのは嘘ではない。しかし、商人と言うのには疑問があるようだ。村長夫妻と買い取りの話をして、売買を行ってから旅立つようだ。それまでに、俺が復調をしたら情報の交換をしたいらしい。

 無視することにした。
 今、帝国との接点を作るのは嬉しくない。力を付ければ、自然とできる接点のほうが望ましい。欲張って、相手から情報を引き出そうする必要もないと、クォートに告げる。大丈夫だと思って、相手は帝国の商人を名乗っている。どこで、奴らに繋がるか解らない。
 だったら、接点を持たないほうがいいだろう。

 翌日は、俺もアルバンも部屋で過ごす。
 エイダと馬車から持ってきた端末で、魔法の開発を行う。

 アルバンに約束している武器を渡す必要もあった。
 エイダと相談して、ウーレンフートのダンジョンにある武器を、アルバン用にカスタマイズを行う。幸いなことに、馬車に積んでいた武器で、アルバンに丁度いいサイズの物が存在していた。魔核を埋め込むことができるので、魔法の付与ができそうだ。

 戦い方もカスタマイズされて、短剣の二刀流が動きを阻害せずに、最大限のダメージを与えられるようなので、二本の短剣と投げナイフをアルバンに渡す。もちろん、魔法はまだインストールしていない。
 今から、アルバンの話を聞きながら組み込んでいく、

「本当に、炎と氷でいいのか?雷でもいいぞ?」

「うーん。炎と氷で!あと、投げナイフは、風でお願い」

「わかった。投げナイフは、複雑な事が無理だぞ?」

「え?そう?」

「ナイフの周辺に風の膜を作るとか、風の刃を付与するくらいかな」

「それなら、投げたら、風の刃が発動するようにしたい。投げナイフを交わしたら、風の刃で切られたら、驚くと思う」

「わかった。そのくらいなら大丈夫だ。今のアルの言い方だと、風の刃は、不可視のほうがよさそうだな」

「できる?」

「作ってみる。あと、アルだけが使えるように設定するな」

「え?」

「投げナイフだろう?投げたら、必ず手元に戻ってくるとは限らないだろう?相手に渡ってしまったら、困るだろう?」

「あっ!それなら、兄ちゃん!おいら以外が持ったら、手が焼けるとかできる?」

「焼けるほどの熱量が出せるのか解らないけど、作ってみる。ダメなら、雷で痺れるとかかな」

「うん!」

 結局、一日使って、アルバンの武器を作成した。
 クォートが訪ねてきて、帝国から来た商人が今日も訪ねてきたようだ。商品の売買を希望されたから、クォートの判断で、売ってもよさそうな物を売ることにした。何を買っていくのかで、商人の狙いが読めるかもしれない。読めなかったら、それはそれで、しょうがないと思える。

 アルバンの武器を作った。
 結局、投げナイフは諦めた。作成は可能だったが、単価があまりにも高くなってしまう。同じ単価なら、違う武器を作ったほうがいい。

 アルバンに、戯れで作った多節棍を見せた所、何が気に入ったのか解らないが。多節棍を主武器に変更すると言い出した。
 武器として考えると取り扱いは難しいが、難しい部分は、プログラム(魔法)の補助を組み込むことで対処を行った。複雑な動きは、アルバンの訓練が必要になってしまったが、プログラム(魔法)の補助を得て、アルバンの思い通りに動かすことができた。

 単価で考えると、投げナイフで10本くらいのコストが必要になってしまったが、右手と左手で二つの多節棍を使うことで、アルバンの戦闘力は飛躍的に上がった。見た目はナイフのように作成した。釣り竿のように、ナイフの形状から多節棍に変わっていくような作りだ。

 プログラム(魔法)もアルバン用に少しだけ工夫した。
 俺が使うのなら、複雑な仕組みだとしても、都度パラメータの入力を行ってもよかったのだが、試しに使わせたところ、考えてしまって、戦闘では使えないと判断した。起動に時間が掛かってしまうのだ。
 パラメータは、”強い”・”普通”・”弱い”の三パターンに絞って、属性は一つの多節棍で二つに絞った。これ以上は、アルバンの対応が難しいと判断した。相性が良い属性を付与するプログラム(魔法)を作成して、スイッチを触りながら、パラメータで強さを渡すと、多節棍が属性を纏う。

 多節棍の動きは、プログラム(魔法)は複雑になったが、アルバンの負担を減らす方向にした。
 元々が、多節棍は動きが不規則になるのが、相手を惑わす形になる。なので、プログラム(魔法)してしまうと、規則性がある動きになってしまうのだが、アルバンが操るのは、先端の部分のみにした。それ以外は、アルバンが操っている先端部分を補助するようなプログラム(魔法)にした。これが面倒だった。形にはなったが、まだ実践に本格投入できる状況ではない。

「アル。一応、形にはなってきたが、最終調整がまだできていない」

「えぇ兄ちゃん。これで十分だよ。戦えるよ?」

「ダメだ」

 アルバンから、多節棍を取り上げて、最終調整を行う方法を考える。
 実際に、俺が使っても意味がない。俺では、プログラムの中身を理解して、無難な動きをしてしまう。動作確認にはなるが、問題点の洗い出しには向かない。

「そうだ!アル。近くに、発生したばかりのダンジョンがあると言ったよな?」

「え?あっうん。どのくらい前に産まれたのかわからないけど、若いと思うよ?」

 若い?
 ダンジョンの表現方法か?

「俺とアルだけで、潜っても大丈夫か?」

「うん。余裕だと思う。おいらだけだと、状態異常になってしまうと、大変だけど、兄ちゃんが一緒なら、状態異常も怖くない」

「そうか、罠の可能性もあるよな?エイダを連れていくか?」

「うん!それなら、制覇もできると思う!」

「そうか、朝早く出れば、夜明け前にはダンジョンにアタックできるか?」

「うん!」

「それなら、昼くらいまで探索をして、帰ってくる感じで考えてくれ」

「わかった。食事は?」

「一応、持っていこう。武器は、多節棍を主に使ってくれ、予備の短剣も忘れるなよ」

「うん!ありがとう!」

 アルバンと明日の予定を決めて、クォートに伝える。
 予定では、明日にはカルラが戻ってくるのだが、1-2日程度は遅れる可能性が示唆されている。

 ウーレンフートからは先ぶれも来ていないから、急に明日に到着はない。

”エイダ。アルから聞いているだろうけど、明日は俺たちに付き合ってくれ、プログラムの解析とログの確認を頼む”

 エイダからは了承の返事がある。アルバンが、エイダに状況を説明している最中だ。

 ダンジョンの位置を地図上に表示している。
 正しい位置は、現地に到着してから微調整する必要はあるが、方向さえわかっていれば、あとはエイダが探せるだろう。

 俺も、サーチを使えば探し出せるだろう。
 慢心は禁物だが、今回に関していえば問題はないだろう。

 翌朝というか、闇夜が少しだけ明るくなりかけた時間に、シャープに起こされた。

「旦那様」

「ん?あぁそんな時間か?まだ、朝にもなっていないよな?」

「はい。アルバン様がすでに準備を完了されています」

「ふぅ・・・。わかった。シャープ。悪いけど、何か暖かい飲み物を頼む」

「かしこまりました。アルバン様の分も用意いたしますか?」

「そうだな。軽く食べられる物も頼む」

「はい」

 ベッドから起き上がって、身支度をして、会議を行う部屋に移動すると、アルバンとエイダが待っていた。

「兄ちゃん。おはよう!」

「アル。まだ、朝じゃなくて、夜だぞ?」

「えぇもう明るくなってきたから、朝だよ!それに、兄ちゃんも起きたから、行こう!」

「わかった。わかった。シャープが朝食を持ってきてくれるから、食べたら行こう」

「・・・。わかった」

「アル。食事は大事だぞ。それに、朝になっていないと、森の中は暗くて危険だぞ?」

「うぅぅ・・・。わかった」

 アルバンの説得には成功したようだ。
 エイダも心なしかほっとした表情をしている。もしかしたら、寝ていないのか?

 遠足前の小学生のように、今日が楽しみで寝られなかったのかもしれない。エイダは寝なくても大丈夫だけど、付き合わされるのは、辛かったのだろう。食事の最中くらいはリフレッシュをさせてあげたい。具体的に何ができるのか解らないけど、アルバンからエイダを引き放つ理由にはなるだろう。

「アル。エイダをメンテナンスする」

「え?あっうん。そうだよね。ダンジョンに入るから、いつものエイダとは、魔法を変えないと危ないね」

「あぁ」

 エイダはパラメータ処理を複雑にしても、プログラムでプログラムを起動するので、混乱して起動が遅くはならない。人とプログラムで比べるときの優位点だ。あと、パラメータを間違えないので、指示をショートカットのように設置ができる。

 普段の御者台に座っている時よりも攻撃性が強いショートカットに編成を変えておく、防御の数を減らす代わりに、回復系のプログラムをショートカットに加える。そのあとで、情報整理のために、リスタートを行う。
 ショートカットの確認を行う。省略できるパラメートのデフォルト値を攻撃よりに設定を変更する。

「エイダ!」

『マイマスター。設定の確認を行います』

「始めてくれ」

 初期値やショートカットやプログラムに矛盾がないか自動チェックを行う。
 バグだしではなく、明らかに実行が不可能な設定を見つけ出すことができる。

 エイダの自動チェックが始まったと同時くらいに、シャープが朝食を持ってきた。

「兄ちゃん?」

「ん?」

「エイダは何を?」

「簡単にいうと、人で考えると・・・。そうだな、寝ている状態と思えばいい」

「え?寝るの?」

「寝る必要はないけど、エイダの中に貯めこまれている情報は、そのままにしておくと古い物から消されてしまう」

「へぇ・・・」

「それで、データの整理をしなければならない。人も同じで、寝るときに記憶が定着する。らしい」

「そうなの?」

「あぁ」

「ふぅーん。それで、エイダは、寝ることで、記憶を整理しているの?」

「そうだな。エイダの場合には、全部の記憶を、コピーしていると思ったほうがいいかな」

「へぇ・・・。どのくらいは、覚えていられるの?」

「そうだな。平常時だと、4-50日は平気だけど、戦闘とか人が多い場所・・・。王都とかだと、30日が限界かな?まぁ10日に一度、寝れば十分だと覚えておけばいい」

「わかった!安全を見るなら、7日に一度、おいらと一緒に寝ればいいよね?」

「そうだな。安全の確保が最優先だから、多少のオーバーなら大丈夫だからな」

「わかった!」

 アルバンが納得したのなら、これ以上の説明は混乱を招くだけだな。
 シャープを見ると、シャープも頷いているから大丈夫だろう。

 食事が終わって、飲み物のお代わりを飲んでいたら、エイダの処理が自動チェックとバックアップが終了した。

「さて、アル。行くか!」

「うん!行こう!ダンジョン。ダンジョン。ダンジョン!」

 なぜか、テンションが爆上がりのアルバンの頭を撫でてから、エイダをアルバンに渡す。
 武器と荷物の確認をして、村から見えない場所をつたって、村の外に出る。

 今日も、俺とアルバンは宿の中に居てもらう。
 そのために、クォートとシャープが残ることになっている。だからでもないが、俺とアルバンが宿の中に居るのだから、馬車も動かさない。俺たちは、徒歩でダンジョンに向かった。


 アルバンとダンジョンに向かっている。
 道中に現れた獣は無視した。

 盗賊たちが使っていると思われる拠点を発見したが、すでに使われなくなっているようなので、燃やして、穴を掘って埋めておいた。新しい盗賊が住みついたり、魔物の巣になったり、何かの拠点に使われるのは俺が望む未来ではない。

「アル。悪いな」

「いいよ。兄ちゃん。これも大事なことだよね」

「あぁ新しい盗賊が住みついたら、町は大変な目にあう」

「うん」

「それに、この前のようなゴブリンが住みついても厄介だろう?」

「そうだね。おいらの最初の村も・・・」

 アルバンがクリスの所に来るまでの話は簡単に聞いた。
 言葉は悪いがよくある話だ。盗賊たちが、近くの廃村に住みついた。そして、アルバンの村を襲った。クリスの父親が治める領地の隣。事情が解って、秘密裡に騎士が駆けつけた時には、数名を残して殺されていた。
 逃げ出したアルバンたちが見つかったのは、襲撃があってから10日後だ。その間に、アルバンたちは最初に逃げ出した17名から5名まで人数を減らしていた。そして、残った5人もアルバンともう一人以外は、動くことが出来なかった。
 辺境伯の領軍は、アルバンたちを自領に連れて帰った。

「そうだな。アル。しっかりと、村を潰すぞ」

「うん!」

 時間を欠けて、村を自然に戻していく、その過程で見つけた物もあったが、検証は後で行う。

 2時間ほどで、元村の野営地は更地になった。

「兄ちゃん?どうするの?」

 少しだけ考えてしまった。
 更地になったのはいいが、このままでは野営地として十分な広さが出来てしまっている。水場が近くにないから、いきなり野営地にはできないが、元村があった場所だ。近くに水場が存在している可能性は排除できない。

「うーん。エイダ!」

『はい』

「ここに、ヒューマノイドたちを使って、砦を作る。可能か?」

『可能です。しかし、距離の問題があります』

「そうだよな。何か方法はないのか?」

『・・・。現状では、解決方法は存在しません』

「わかった。それなら、この場所を、拠点として使えなくするのは可能か?」

『可能です。魔物タイプのヒューマノイド型を10体ほど呼びつけて、徘徊させれば十分だと判断します』

「そうすると、討伐隊が編成されたりしないか?」

『現在の、共和国の状態では、可能性は低いと判断します』

「そうか・・・」

『街道から外れています。現状、この場所を拠点にしても、旨味が低く、村を作るリスクを考えれば、討伐隊の編成は考えられません』

「わかった。エイダ。パスカルと協議してくれ、あとダンジョン外での活動になる。十分に注意するように伝えてくれ」

『了』

 エイダが通信を始めたのを見て、アルバンに声を掛ける。

「アル。ダンジョンに行くぞ!」

「うん」

 寄り道をしてしまったが、元々は息抜きだ。
 アルバンの説明では、ダンジョンまで半分くらいの距離だ。まだ半分なのか、もう半分なのか、判断に迷う。

 アルバンと話をしながら、時々エイダからの報告を聞いて、ダンジョンに到着したのは、予定を1時間ほど過ぎた頃だ。村を更地にしていた時間を考えれば、驚異的な速さだ。
 俺もアルバンも、複数のスキルを同時に利用できる。索敵をしながら進んでも問題はない。鍛錬に来ているのだから、移動中も鍛錬をしても問題はない。

「アル。ここか?」

「うん!おいらが見つけたダンジョンはここ!」

 アルバンが自信満々に言っているけど、どう見ても、ダンジョンには見えない。

『マスター。ダンジョンです』

 エイダから補足が入った。

 アルとエイダが指摘したのは、雪山に広がるようなクレバスだ。崖?とでも表現すればいいのか?

「ほら、兄ちゃん。あの場所が、入口が見える。あそこから、中に入られる!」

「おぉぉ」

 納得はしたが、なかなかのミッションだぞ?
 アルバンは、確認のために、中に入ったと言っているけど、5メートルくらい崖を下ってから入口に入る?

 ロープを垂らしても・・・。

「あっ」

「兄ちゃん?」

「いい方法を思いついた。アル。縄は必要ないぞ?あっ縄も併用した方が安全だな」

 近くにあった木に縄を括り付けて、ダンジョンに入ろうとしていたアルバンに指示を出す。縄は使うがメインではない。

「え?」

 崖のギリギリの所で、スキルを発動する。

「兄ちゃん?」

 今回は、魔法をしっかりと組み上げる。
 足物に木と石で踏み台を作る。

(よし!)

「アル。見て居ろ!」

 詠唱を口に出すのは卒業した病気が再発しそうなので、しっかりと詠唱はしない。
 でも、大丈夫だ。

 崖に石の階段を突きさす。重さは、100キロくらいは耐えられるだろう。祖霊ジュだと、使う力が増えてしまいそうだ。

 思い通りにプログラムが発動すると嬉しくなる。
 放出系は、テストが難しいから、使ってきていないけど、こういう単発の魔法だと一発勝負でもうまくできる。

 ふぅ・・・。
 石で、階段もどきを作って、木の枝で石を覆うようにする。滑り止めだ。あとは、石同士を木で括るようにすれば万が一の時に対応ができる。

「おぉぉ!兄ちゃん!階段ができた!」

「簡易的な物だけど、何もないよりはいいだろう?」

「うん。行こう!」

 アルバンが木に縄を括り付けてくれたので、縄と併用して崖を降りていく、階段も無事に自らの責務をはたしてくれた。落下しない状態で、崖に張り付いている。

 縄を外して、アルバンに合図をすると、器用に縄を伝って降りて来る。

「兄ちゃん。階段があると便利だね」

 必要だったのか疑問なくらいだが、アルバンが”楽”になったと言っているのを受け入れよう。

 二人とエイダでダンジョンに降り立った。
 ウーレンフートのダンジョンとは雰囲気が違う。

『マスター』

「どうした?」

『このダンジョンは、生きています』

「生きている?」

『はい。魔物を生み出します。注意してください』

「わかった。アル。聞こえていたな」

 アルバンを見ると頷いている。
 両手に武器を持っている。エイダは俺の肩(首?)に捕まって移動する。アルバンが前衛を行い。俺が、後衛から援護を行う。エイダは、情報解析や罠の発見を主に行う。カルラが居れば、もう少し違った方法が考えられるだろうけど、居ないのだからしょうがない。

「兄ちゃん!」

「うーん。低層と同じか?」

「え?あっ。ウーレンフートと同じ」

「よし、一気に駆け抜けよう。エイダ。罠の気配を探ってくれ」

『了』

 俺も前線に出る。魔物が居ない時には、エイダは俺が背負っている。
 魔物が出てきたら、俺とアルバンで瞬殺する。

 5階層で、ダンジョンの雰囲気が変わる。

「草原か?珍しいな」

「兄ちゃん。魔物が居ないよ?」

「居ない?」

『マスター。このフロアーには、魔物は存在しないようです』

「セーフエリアってことか?それとも?」

『わかりません』

「少しだけ、休んでから、下に向かおう」

「うん」

 草原に腰を降ろす。
 ダンジョンの中とは思えない。快適と言える。

 アルバンは、寝息を立て始める。
 ”寝る”能力は、プログラマには必須の技能だと思っていた。アルバンにもその資質があるようだ。疲れを取る意味もあるが、情報の整理には”睡眠”は必須だ。いろいろ考えて、いろいろ試して、それでもダメなら、入力されたデータ(試験結果)を整理するのが一番だ。その為にも、”睡眠”を取って、頭の中に入っている情報を整理しないと、無駄なことを連続でやることになってしまう。
 そのために、”睡眠”は必要なことだ。しっかりとした技能だと思える。すぐに寝られて、すぐに起きる。できたら、決めた時間通りに起きられるようになれば、”技能睡眠”のレベルが上がったことになる。

 何時に寝ても、起きなければならない時間を想定していれば、目が覚めた。
 アラームも必要なかった。時間の確認と、寝過ごし防止でアラームは使っていたが、アラームが鳴る寸前で起きるように身体がなってしまった。

 あとは、寝る場所だ。
 こんな草原なら、気持ちよく寝られるのだろう・・・。しかし、実際には、ファンの音が鳴り響くサーバルームや、パイプ椅子しか置いていない場所で睡眠を取るのは慣れるまで苦痛だ。それができるようになって、キャスター付きの椅子とパイプ椅子で爆睡できるようになる。

『マスター。お休みください』

「エイダか?そうだな。1時間で起きる」

『わかりました』

 エイダに起きる時間を告げてから、意識を手放した。

 アルバンとダンジョンに入った。
 草原フロアと言ってもいい場所で、眠った。

 大丈夫だ。覚えている。

 起きてから、探索を再開したが、このフロアは広い。
 本当に広い。帰りたくなるが、変える方向も解らなくなっている。

 俺とアルバンだけでは厳しい状況だけど、魔物は適度に現れるし、修練にはちょうどいい。難易度は低いけど、縛りを付けた戦闘には丁度良かった。

 戦闘訓練にはなっている。
 ただ、同じような魔物ばかりで飽き始めているのが問題だ。

「兄ちゃん」

「アル。言うな。俺も飽きてきている」

「そうだよね。ゴブリンとコボルトしか出てこないよね」

「あぁ上位種でも出てくれば話は違うけど・・・」

「うん。ゴブリンの単体か、多くても2-3体だから、余裕だよね」

「あぁエイダでも倒せている」

 エイダが踏ん反り返るが、エイダの物理攻撃で倒されるのは、弱いどころの話ではない。

「エイダ。下に向かう方法を見つけられないか?」

『可能です』

 え?試しに聞いてみたけど、可能なのか?

 アルバンも驚いている。
 可能だとは思っていなかった。

 エイダに話を聞くと、完全に把握はできていないが、ダンジョンの情報が解るようだ。

 情報を改変はできないけど、閲覧ができるようだ。自分の居る階層と上下1階層なら情報が見えると言っている。魔物は解らないけど、罠は解るらしい。

 下の階層には、魔法陣の上に乗ると移動ができるようだ。

「エイダ。これは、転移なのか?」

『はい』

「ウーレンフートにも有ったけど、ダンジョンの中でしか動かないのか?」

『魔法の解析を行いますか?』

「今は、ダンジョンの攻略を優先するけど、魔法の解析をしたいから、情報だけ保管してくれ」

『了』

 エイダの案内。実際には、エイダはアルバンに抱えられての移動だけど、その最中にエイダがアクセスできる情報から、ダンジョンの内容を確認した。

 どうやら、このダンジョンは生きているというのは、ダンジョンのコアが動いている状態なので、魔物を倒してもポップしてくるという事だ。ウーレンフートのように、最下層に制御室があるわけではなく、ダンジョンのコアがダンジョンを制御している状況で、処理速度が早くないために、単調な攻撃しかされないようだ。そして、このダンジョンはコアを壊したり、吸収したり、コアを無くしてしまうとダンジョンの崩壊が始まるらしい。

 ダンジョンをどうするのかは、コアを発見してからでもいいだろう。
 まずは、草原の攻略だ。

 新しい階層も、草原フロアになっているが、上の階層よりは、木が多いように思える。

「エイダ。この階層も解るのか?」

『了』

「アル。どうする?少しだけ、オークたちと戦ってから、下の階層に移動するか?」

「うん。オークなら肉を落とすかもしれないから、少しだけ狩って置こうよ。お土産にしてもいいし、兄ちゃんとおいらで食べてもいいよね?」

「そうだな。ゴブリンとオークだけのようだし、大丈夫だろう」

 新しい草原フロアも、基本はゴブリンだ。ただ、集団になっている。上の階層では、2-3体の集団だったけど、新しい階層では、4-5体になっている。そして、オークが一緒に現れる場合があった。
 恐れる必要はないけど、オークの攻撃がクリティカルに当たれば怪我をしてしまう。

 多少は、攻撃を躱す訓練にはなる。
 対集団戦の練習にもなる。俺もスキルを使わないで、戦えるくらいの相手なので丁度いい。アルバンはエイダと連携して戦っている。まだ余裕があるので、いろいろとスキルを試しながら戦い方を変えている。

「エイダ。下の階層も、草原だよな?」

『はい。魔物は、降りてみないと解りません』

「アル。下の階に行かないか?手ごたえがなくて・・・。手を抜くことを覚えてしまいそうだ」

「うん!おいらも、兄ちゃんと同じ。もう少しだけ強い方がいい」

「エイダ。頼む」

『了』

 エイダの案内で下の階層を目指す。
 同じように、魔法陣が存在していた。

 エイダの言っていたように、次の階層も草原フロアが広がっていた。

 今度のフロアは、ゴブリンの上位種が4-5体の群れになっている。
 それほど脅威ではないが、飛び道具を使ってくる。スキルを使う者も居るので、注意が必要になる。死ぬ事はないが、気を抜いていると、ダメージを負うことになる。ダメージが蓄積すれば、撤退を考えなければならない場面も出て来る。

 この階層から、俺たちも単体ではなく、俺とアルバンとエイダで協力しながら倒すことにした。

 協力すれば、負けることはない。ダメージも負わないで完封できる。

「エイダ。次の階層は?」

『草原フロアの最後です。その次は、洞窟スタイルです』

「わかった。エイダ。下の階層への案内を頼む」

『了』

 階層までは、結構な距離を歩いた。
 10回までは数えていたけど、それ以上の戦闘をこなして、下の階層に繋がる”階段”が見えた。

「兄ちゃん」

「あぁ階層主という奴かな?階段の前で動かないのを、倒さないと先には進ませないつもりなのだろう」

「横をすり抜けているのは?」

「そのほうが面倒だ。アル。エイダ。倒すぞ!」

 オークの上位種とゴブリンの上位種が全部で15体。
 楽ではないが・・・。倒せない量ではない。

 ただ、問題は階段の前から離れないので、各個撃破が難しい事だ。
 動くことは、動くのだが、数メートルだけだ。それ以上は、動かない。大きく動く者でも、3-4メートルだ。ひと際大きな個体は、階段の前から一歩も動かない。遠距離からの攻撃でダメージを蓄積させれば倒せそうだけど、周りを倒さないと、遠距離攻撃をあてるのが難しい。

「アル。エイダ。スキルを使って、遠距離からの攻撃を行ってくる個体を狙え」

「兄ちゃんは?」

「俺は、切り込む」

 武器を持って、ゴブリンの集団に肉薄する。
 後ろから、アルバンとエイダの援護が飛んでくるのが解る。何度も練習してきたから解る。俺が右手をあげれば、左側の敵に攻撃を行う。暗黙の了解で成り立っているが、しっかりとした連携が出来ている。嬉しく思える。

 これなら、俺も動きやすい。
 俺の動きに合わせて、補助系のスキルをエイダが展開する。

 俺から見える範囲では、遠距離の攻撃ができるゴブリンとオークが倒れた。

「アル!」

「うん!」

 俺が今度は、遠距離攻撃を行う。アルバンが魔物たちに切り込んで攪乱する。アルバンの役割は、攪乱だ。倒す必要はない。倒すのは、俺の役目だ。

「エイダ。アルの援護」

『了』

 エイダが、俺に行っていた援護をアルバンに行い始める。エイダの援護を受けて、アルバンの動きが1段も2段も上がる。オークの大振りの攻撃では、アルバンを捕えるのは不可能だ。

 ボスオーク以外を倒し終わった。
 取り巻きが倒れてから、ボスオークが動き出す。

 何度か、スキルが当たっているが、ダメージを与えた感じがしなかったのは、何か理由があったのかもしれない。

 動き出したオークは、こん棒を振り回すだけの単純な動きだ。攻撃対象も簡単に判明した。
 スキルも使ってこない。

 ”拍子抜け”だ。

「アル。エイダ。一気に倒すぞ」

 アルバンもエイダも振り回すだけの単純な攻撃なのが解ったのだろう。
 一気に決めにかかる。

 ゲームでは、ダメージ量で動きが変わったりする。

「アル。エイダ。動作が変わるかもしれないから、観察は怠るなよ」

「うん」『了』

 二人から返事が貰えた。

 動作が変わるかもしれないと、警戒しながら攻撃していたが、ダメージを与えた者に、こん棒を降り下ろすか、薙ぎ払うか、どちらかの攻撃しかない。遠距離から攻撃をあてれば、近づこうとする。その時に、近くから攻撃をあてれば、行動がキャンセルされて、元の位置に戻ってから、攻撃をあてた者に襲い掛かる。

 他の者たちよりも攻撃が単純だ。

 結局、動作が変わることもなく、倒しきれてしまった。

 ボスオークが、最初に居た場所に”鍵”が落ちていた。
 どうやら、この”鍵”がなければ次の階層にはいけないようだ。

 階段を降りると、扉が存在していた。
 ”鍵”を使って、扉をあける。

 このダンジョンにある草原フロアでは、最後だとエイダからの情報だ。

「アル。階段を降りた所で、休もう。エイダ。大丈夫だよな?」

「うん!」

『是。安全な場所です』

 どうやら、安全地帯という概念があるようだ。
 階段から降りた場所は安全らしいので、仮眠を取ることにした。

「ナベ!」
「ΑД‡ο∝ξ∝с」

「しっかりしろよ」
「♭р∝Г∝Ё∝Φ∝Э∝σ∝ж」

「それならいい。お前を名指しで来ている。指名だぞ」
「∝О∝Φ∝О∝Φ∽≧∝χ∝к∝Ж∽′」

「それで?お前、本当に解っているのか?俺のボーナスがかかっているのだぞ!」
「∝Ч∝Ω∝χ∝и∝в∝ΣΔёΘР∝Ж∝σ∝М∽≧∝Ж∝б∽≦♭ο∝К∝О♪Ч‡○∝Й∝Φ∝Ж∝σ∝ж∽≧」

「関係ないって・・・。まぁいい。案件を奪うぞ!」
「∝О∝Φ∝О∝Φ」

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 懐かしい情景の夢を見た。
 俺が話している言葉は、どこの言葉かわからないけど、篠原の旦那には、理解が出来ているようだ。
 あれは、ほぼ談合で決まっていた案件をひっくり返した時だな。

 視界ははっきりとしているし、頭もはっきりとしているけど、思考の方向がぼやけている。
 ダンジョンの攻略をしていて、安全地帯を見つけて、仮眠をした。

 壁に寄りかかって寝るのは久しぶりだな。
 火付け案件の時には、会社で寝る時には、似たような体勢で仮眠をしたのを思い出した。馬車の中とは違っていたから、あんな懐かしい人が出て来る夢を見たのかもしれない。
 時間の進み方が同じか解らないけど・・・。旦那も、もう引退かな?確か、実家は茅ヶ崎の方だとか言っていたな。金を貯めて、山奥の小さな池かどこかの湖がある場所に、一軒家を買って、嫁さんと二人で自給自足に近い生活をするとか言っていたな。

「兄ちゃん?」

「アル?」

「うん。兄ちゃんが、気持ちよさそうに寝ていたから、エイダと少しだけ周りを・・・。ゴメン」

「ん?あぁ気にしなくていい。それに、周りには、何か合ったのか?」

「え?あっ!うん!そう、兄ちゃん!大きな湖が!それに、安全で!水が、すごく綺麗で!」

 アルバンの説明では、大きな湖がある。水が綺麗な事は解る。しかし、具体的に”何”があったのか解らない。

「アル。わかった。エイダ。説明を頼む」

「えぇ~~~」『はい』

 アルを黙らすのに、少しだけ時間が必要だったが、エイダの説明で、状況が把握できた。

「エイダ。そうなると、このフロア全体が、安全なのか?」

『確実に安全なのか、判断は出来ませんが、湖に至る経路は安全でした。魔物も、スライムや草食系の魔物がいるだけで、攻撃性が強い魔物は居ません。あと、昆虫型の・・・。蜂?の魔物が巣を作っていましたが、攻撃をして来る様子はありません』

「それは、安全地帯ではなくて、通常の・・・。地上と同じだと考えてよいのか?」

『はい。植生は解りませんが、地上と同じ程度だと判断します。日照時間などは、実際にどうなっているのか解りません』

「そうか・・・」

 拠点を、村に作ろうと思ったが、ダンジョンの中に作るのはダメなのか?
 このダンジョン内の環境は農業には向いている。この環境の維持が可能なのか、攻略してみれば解るのか?

「エイダ。下層への道は?」

『わかりません』

「そうか、探索は必要なのか?」

『はい』

 アルバンが、バタバタし始めた。口を塞いでいた手をどけると、大きく息を吸い込んだ。

「兄ちゃん!苦しいよ!」

「悪い。悪い。アル。それで、エイダの説明は聞いていたよな?」

 アルバンは、エイダを見てから頷く、うまく説明できていないのが解ったのだろう。

「兄ちゃん?」

「アル。まずは、攻略が先だ」

「え?あっ。うん」

 アルバンには、攻略が先だと行ってしまっている。しかし、俺が、この環境を確認したくなっている。
 ダンジョン内での農場がうまくいかない。そんな定説が覆るかもしれない。

 昆虫・・・。受粉か・・・。ダンジョンの中には、風が発生しない。ウーレンフートでは、風の罠を設置している箇所はあるが、確かに農業を行うのに、受粉の方法を考えなければならなかった。

 この階層には、昆虫・・・。蜂型の魔物がいるようだ。それだけではない。
 階段近くの安全地帯から出て解ったのだが、風が吹いている。強い風ではないが、自然な感じがする。

 歩いていれば、風向きが変わる。湖に小波が立っているから、風だけではい。しっかりと循環している可能性すらある。

 本当に、ダンジョンの中なのか?

 スライムは見かける。しかし、この階層は、状況が不思議と外の世界と同じに思えてしまう。

「兄ちゃん?どうするの?」

「この階層は、魔物は強くなさそうだ。下の階層に向かおう。アル。階段を探すぞ」

「うん!」

 どうやら、この階層は、中央が湖で、周囲を草原?が存在している。そのさらに周りが林?森?になっているようだ。攻撃性がない魔物を見かけたが、俺たちを見ると逃げていく攻撃されるような状況にはなっていない。

 湖の大きさは、直径で1キロくらいか?
 以外と大きいかもしれない。歩いてみた感じだから、正確ではないが、ここで農場を試すのなら、その時に改めて測量を行えばいい。

 何を悩んでいるのか?
 アルバンが、そんな表情で俺を見ている。

「・・・。やっぱり、湖の中か・・・」

『はい。その可能性が”高い”と、考えます』

「だよな」

「兄ちゃん?」

「アル。階段を探しているけど、見つからないよな?」

「うん」

「この階層が、最下層だとは思えないよな?」

「うん」

「そうなると、どこかに階段か魔法陣があるよな?」

「うん」

「俺たちが探していない場所は?」

「湖の中!」

「そうだな。別に、水の中を探すだけなら、空気の膜を作って探せばいいけど・・・」

「ん?」

「アル。階段だった場合に、次の階層は、どうなっていると思う?」

「・・・。水没?」

「どうだろう。違う可能性もあるけど、水中の魔物との戦闘は経験がない。それに、俺たちが得意な攻撃が殆ど使えない。そして・・・」

「そして?」

「エイダは、水に濡れたら、自重で動けない可能性がある」

「あっ!」

「魔法も使えない物が多い。エイダは、空気の膜で覆ったら。俺たちが、向上系の支援が受けられない可能性がある」

『マスター。懸念はもっともだと思いますが、ダンジョンでは次の階層とは空間が違っています。連続していると考える必要はないと思います』

「そうか?まぁそうだな」

 ウーレンフートのダンジョンも、階層が変わると、ガラッと雰囲気が変わる場所が多い。連続していない。どういう仕組みなのか考えていなかったが、ウーレンフートに戻ったら、調査してみようかな?何か、新しい発見があるかもしれない。

「兄ちゃん!早く、湖に潜ろう!」

 なぜか、アルバンだけがテンションがマックス状態だ。
 俺は、面倒に思えてしまっている。エイダは、どちらでもいいのだろう。俺が行くといえば、一緒に行く程度の気持ちなのだろう。

「わかった。わかった。でも、少しだけ待ってくれ、魔法を開発する」

「うん!わかった!兄ちゃん。おいら。探索してきていい?」

「遠くには行くなよ」

「うん!」

 さて、携帯してきた端末を取り出す。
 今日は、W-ZERO3を持ってきている。懐かしい機種だ。販売当初は興奮した。すぐに、WILLCOMを契約した。結局、WILLCOMの回線がメイン回線になったな。

 キーボードが付いている携帯は、その後にも出たが、あの当時では開発ができる可能性を考慮に入れると、W-ZERO3一択だ。
 それに、インタプリタ型の言語を使うのなら、テキストエディタが有れば十分だ。

 テキストエディタでコードを書き始める。Windows Embedded CEが動いている。Windows CE .NETも実装されている。
 これだけ、あれば開発ができる。コードを実行させるのには十分だ。GUIの開発は、いろいろな問題で母艦が必要になるけど、魔法が発動する状況に持っていくだけなら可能だ。

 そんなに複雑なコードは必要ないだろう。
 足場を作って、足場を中心にして2メートルの球体を作って、外側を結界で覆って、水を遮断する。板は、俺の魔力に反応して移動ができるようにすれば十分だろう。おっ移動は三次元だな。X軸とY軸だけじゃダメだな。酸素濃度は、さすがに測れない。

 どうするか?
 困った時には、魔法で解決。酸素を定期的に供給させて、排出する。

 結界内から、外側には任意で空気を抜く。
 これでも、20分位が限界だと考えるべきか?そうなると、10分くらいでアラームが鳴るようにするか!

 テストを行って・・・。
 大丈夫だな。最悪は、結界を解いて、泳げばいいかな?避けたいけど・・・。

 W-ZERO3はしっかりと役割を果たしている。プログラムの最終確認をして、アルバンとエイダにも協力してもらった。

 空気の膜を作って、俺たちを包んでいる。
 割れる様子もない。
 これなら、水の中でも大丈夫だ。エイダに外側からスキルで攻撃をさせてみたが、結界に阻まれて、空気の膜は保った状態をキープできている。

 アルバンには、物理攻撃を加えさせたが、10回程度の攻撃では問題はなかった。
 さすがに、アルバンとエイダの連携では結界が弾けた。

 空気の膜だけになってしまうと、スキルでも攻撃でも、膜に触れてしまえば、膜は弾けてしまう。

 アルバンとエイダの力を想定して、結界を二重にして、外側が弾けたら、内側に新しい結界が発動するようにプログラムを修正する。
 おっと、終了条件が逆だ。これでは、結界が無限に生成されてしまう。中に居る俺たちを圧迫しかねない。

 そうか、大丈夫だと思うけど、ストッパーを作っておく必要がありそうだ。
 起動時に、結界の数を数え始めて、弾けて次の結界が正常に張れたら、カウントアップする。正常時だけでいいな。

 結界の厚さは、0.1ミリにも満たない。
 だから、1000回の張り直しをしても、100ミリ。10センチ程度だ。空気が圧縮されるとしても・・・。大丈夫だろう。そこまで、張り直される状況なら探索を中止して戻ってきたほうがいい。

 カウントアップしていた変数が、1,024を超えたら、結界の発動をストップさせよう。ループからブレイクすればいい。

 修正箇所を含めてテストを行った。

 さて・・・。

「アル!」

「なに?兄ちゃん?」

「湖の中の探索に行くぞ、中央から・・・。そうだな・・・」

 地面に円を書く

「このくらいの距離に居るようにしてくれ」

「わかった!」

「エイダは、端末を持って、中央に居てくれ、問題があったらすぐに知らせてくれ」

『はい。マスター』

 湖に入る。
 水は入ってこない。よし、成功だな。泡が定期的に発生している。うまく、作動している。酸素濃度は測れないけど、息苦しさを感じたら逃げ出せばいい。エイダは感じないだろう。俺かアルバンが感じたら浮上しよう。

 さて、時間は黄金よりも貴重だ。
 幸いなことに、湖の中・・・。水の中でも、視界は悪くない。

 100メートルは無理でも、2-30メートルはクリアに視認できる。

「エイダ。W-ZERO3には、索敵も組み込んでいる。魔物の接近は?」

『クリア』

「わかった。アル」

「何?」

「前を確認してくれ、俺は、左右を確認する」

「うん」

「落ちるなよ。結界は、外からは弾くけど、中からは素通りだ」

「え?あっうん。わかった」

「エイダ。湖の中央に移動してくれ」

『はい』

 エイダの誘導で、結界を動かす。
 俺たちもエイダの移動に合わせて、移動する。多少遅れても、結界からはみ出なければ問題ではない。

 何度か、エイダが魔物の接近を知らせたが、俺たちが近づけば、魔物が逃げていく、これなら、結界の再発動は必要なかったかもしれない。

 5分くらいで、中央に到着した。

「兄ちゃん?」

「下に移動する」

 移動した範囲には、下の階層に移動できそうな物はなかった。

 湖底を探索する必要があるのか?
 水深がどのくらいかわからない。水圧も気になる。

 ダメそうなら、すぐに浮上だな。

「エイダ」

『わかりました』

 下に潜り始めると、光が届かないはずなのに、明るい状態を保っている。
 違う。

 下からの光だ。
 真下じゃない。

「エイダ。光の方向に移動」

『はい』

 かなり深い。
 5分くらい経過したか?

 浮上する時間を考慮すれば、あと10分くらいが限界だ。

 魔物との戦闘がないから、俺やアルバンが動かない。
 酸素の消費は抑えられている。

「兄ちゃん!」

 光の発生源が確認できた。
 そうきたか・・・。

 神殿。湖に沈んだ神殿。
 ロマンがあるのは認める。

 エイダの誘導で、結界は神殿に到達した。
 入り口からは、空気の泡が定期的に出ている。中は、空気があるようだ。どういう理屈なのかわからない。考えても”ダンジョンだから”で終わってしまうだろう。でも、このギミックは”いい”ギミックだ。なんといっても、ロマンがある。

 神殿に到達する。
 結界を維持したまま中に入る。

 確かに、空気はあるようだけど・・・。酸素なのか?呼吸は?

「エイダ。俺の合図で結界を発動できるようにしてから、結界を解除。解除のタイミングは、エイダに任せる」

『わかりました。・・・。・・・。・・・。準備ができました。結界を解除まで、3・2・1。解除』

 結界が弾ける。
 呼吸は?大丈夫。

「アル!」

「兄ちゃん。おいら。大丈夫」

 周りを見回している。
 確かに、湖の底なのか?

 壁には水滴がついている。それで、湖底だと判断できるが、それがなければ、ここが湖底だとわからない。
 壁が光っているのも一つの理由だ。

「エイダ。魔物は?」

『近くには反応はありません』

「そうか、アル。探索を始めるぞ」

「うん!」

 今すぐにでも走り出しそうなアルバンを抑える。
 神殿の中は、よくある”神殿”だ。柱があるが、道としては一本だ。大きな部屋がつながっている感じになっている。

 外から見た感じでは、この大きさの部屋が3部屋。
 次も同じ広さなら、もうひとつの部屋があるだけだ。空間の拡張がされていなければ・・・。

 神殿は綺麗だ。
 誰かが掃除をしているように思えてしまう。

 扉まで問題はなかった。

 エイダが調べたが、扉には罠がない。

『マスター。扉には、罠はありません。次の部屋に、強い魔物の気配があります』

「種別はわかるか?」

『もうしわけありません。魔物が存在する。それだけしかわかりません』

「わかった。アル。聞いたな」

「うん」

 臨戦態勢を指示する。
 扉は、エイダが開けられる。

 俺とアルバンは、エイダの左右に陣取る。

 扉がゆっくりと開く。

「ベヒモス!」

『違います。レッサー・ベヒモスです。ベヒモスよりも、数段下です』

 エイダの訂正が入る。
 レッサーなら、対処は簡単だ。

「エイダ。遠隔攻撃。スキルオープン」

『はい』

「アルは、エイダを守れ」

「うん!」

 刀を抜いて、レッサー・ベヒモスに飛びかかる。
 装甲を簡単に突破できるとは思っていないが、ヘイトを稼ぐ。できれば、片目だけでも潰せたら・・・。今後の展開が楽になる。刀で切りつけたが、やはり皮膚に傷がつくだけだ。スキルをまとわない切りつけではダメージを与えられない。

 エイダからのスキルが被弾するが、やはり硬い皮膚に阻まれる。

 ベヒモスは、足を動かす。
 頭を低くした。

 俺の方に突っ込んでくる。
 ギリギリで躱す。この程度の速度なら余裕で、待ってからでも躱すことができる。

 壁際まで突撃してから、振り返る。
 エイダもわかっている。俺が攻撃するまでは、溜めている。

「兄ちゃん。おいらも!」

「アル。まだ早い」

 アルバンを押し留める。
 確かに、俺とアルバンで攻撃をすれば、ヘイトが分散されて、エイダへのヘイトが分散する。しかし、管理が難しくなってしまう。

 ベヒモスがまた姿勢を低くする。
 俺に向かってくる。今度は、余裕を持って躱す。すれ違いで、ナイフを右目に連続で投げる。

 止まったベヒモスが、絶叫する。
 振り向いた右目には、ナイフが刺さっている。

 よし。

「アル!」

「うん」

 アルが両手に剣を持って、参戦する。
 あとは、右目の死角からアルバンが攻撃をして、俺は前面から攻撃を行う。

 30分程度たったか?

 エイダのスキルが炸裂した。
 レッサー・ベヒモスの巨体が床に倒れ込んだ。

「・・・」

「・・・」

 動かないレッサー・ベヒモスを確認するために、俺が近づくと、レッサー・ベヒモスが倒れた場所に魔法陣が現れる。

 倒れた、レッサー・ベヒモスの巨体が光を放って、魔法陣に吸い込まれる。
 光が収まると、宝箱と別の魔法陣が現れた。

「エイダ」

『移動する魔法陣のようです。次が最下層のようです。宝箱には、罠はありません』

 やっと最下層が見えてきた。
 宝箱を確認してから、最下層に挑むか?

 その前に、少しだけ・・・。

 疲れた。

 おいらは知っている。
 兄ちゃんは、ダンジョンに潜ったり、おいらたちと雑魚寝したり、剣を持って戦わなくてもいい人だ。

 王国に住む人なら、赤子以外なら聞いた事がある。ライムバッハ。
 それが、本来・・・。名乗るべき家名だ。王国の辺境伯の跡継ぎだった。難しい事はわからないけど、兄ちゃんは目的があって、辺境伯の名前を外して活動している。

 兄ちゃんの朝は早い。
 寝ている時間は、誰よりも短い。おいらの半分くらいだとカルラ姉ちゃんが言っていた。

 おいらは・・・。違う。カルラ姉ちゃんも知っている。

 兄ちゃんは、よく魘される。
 姉ちゃんから聞いたら、これでもよくなってきているらしい。

 カルラ姉ちゃんがいうには、昔はもっと酷かったようだ。魘され方も徐々に落ち着いてきている。らしい。

 2-3日寝ないで過ごしていた時期もあったようだ。カルラ姉ちゃんもその頃の事は知らないと言っていたけど、クリスティーネ様がカルラ姉ちゃんに兄ちゃんの睡眠時間を教えていた。
 カルラ姉ちゃんからおいらに出された指示で、大事だと言われたのが、兄ちゃんの護衛だ。

 でも、兄ちゃんに護衛が必要だとは思えない。詳しく話を聞いたら、兄ちゃんが”捕えられた人”を助けようと無理をする前に、捕えられた人を殺すのが、おいらやカルラ姉ちゃんの役目だ。おいらやカルラ姉ちゃんが、兄ちゃんの敵に捕まったら、兄ちゃんが動き出す前に、死ぬように言われている。

 それから、もう一つの役目が兄ちゃんの睡眠時間を記録しておくことだ。毎日ではない。気が付いたときに行えば良いと言われている。クリスティーネ様からは、どのくらい兄ちゃんが寝ているのか?魘されていないか?記録しておくように言われている。

 酷いときよりは、”マシ”になってきている。カルラ姉ちゃんは、記録を見ながら教えてくれた。

 それでも、兄ちゃんが寝ているところをあまり見ない。
 移動中に、うとうとしているのを見るけど、ちょっとしたことで、すぐに目を覚ます。

 そして、恐ろしいほどに、時間通りに起きて来る。本当に、待っているおいらやカルラ姉ちゃんが吃驚するくらいに、ピッタリな時間に起きる。
 野営の時は、おいらもカルラ姉ちゃんも、兄ちゃんを起こした記憶がない。交代時間になると兄ちゃんが起きて来る。朝も同じだ。

 今日も、少しだけ寝ると言って目を閉じた。
 新しい魔法を開発して、水中を歩いた。疲れているはずだ。

 でも、兄ちゃんはあと10分もしたら目を覚ますだろう。

 兄ちゃんは起きだしてからも怖いくらいに普通だ。
 カルラ姉ちゃんは、寝起きが最悪だ。機嫌が悪いだけではなく、目つきも悪い。なぜ起こしたと怒っているようにも思える。それだけではなく、受け答えも起きてから15分くらいは怪しい。会話が成立しない時もある。話した内容を忘れていることもある。だから、カルラ姉ちゃんは、起きてから30分くらいは時間を空けないと、いろいろ怪しい。でも、兄ちゃんは、起きてから数秒で意識がしっかりしている。
 おいらは、カルラ姉ちゃんほどではないが、カルラ姉ちゃんよりだ。兄ちゃんの様に、起きられる様になれればいいけど、あれは無理だ。いろいろな魔法が使えるのも尊敬するけど、あの寝起きは尊敬を通り越して、畏怖さえも感じる。カルラ姉ちゃんと話して、実は寝ていないのでは・・・。と、疑ったこともある程だ。

 エイダが記録してくれるようになってから、おいらたちの仕事は減った。カルラ姉ちゃんが、兄ちゃんに正直にうち開けたら、兄ちゃんは笑いながら、エイダに記録できるような仕組みを作ってくれた。

「アル?」

「兄ちゃん!」

 やっぱり、時間通りだ。

「異常はなかったか?」

「うん。大丈夫」

 今は、ダンジョンの中。
 最下層には、ボスが居る。この場所で寝られる兄ちゃんはやっぱり大物だと思う。それだけじゃなくて、おいらを信頼してくれるのは嬉しいけど、魔物が出る可能性がある場所で・・・。

「アルは、寝なくていいのか?2-3時間なら寝てもいいぞ?」

「え?おいら?うーん。眠くない」

「そうか、それなら、最下層に挑むか?」

 最下層には、ボスが居る。
 今までの強さから考えると、それほど苦労はしないとは思うけど・・・。

 前から兄ちゃんに聞きたかった事を訪ねてみる。

「兄ちゃん。変なことを聞くけどいい?」

「ん?答えられることなら、答えるぞ」

「兄ちゃん。なんで、そんなに、睡眠時間が短くて大丈夫なの?おいらも、カルラ姉ちゃんも、8時間とは言わないけど、長時間は寝ないと、ぼぉーとしちゃうよ」

「ははは。カルラは、どれだけ寝ても、寝起きの機嫌は悪いよな」

 兄ちゃんの表情を見ると、怒っていない。
 呆れてもいない。ごまかそうとしている訳でもなさそうだ。

「うんうん」

「アルも、機嫌が悪い時があるけど、カルラよりは”マシ”だろう?」

「え?おいら?カルラ姉ちゃんよりは・・・。って、酷いな」

 おいらも寝起きがいいとは言わない。でも、兄ちゃんと比べたら、多分、すべての人が”寝起きが悪い”と言われてしまう。兄ちゃんと比べないで欲しい。カルラ姉ちゃんと同じだと言われるのも心外だ。

「ハハハ。悪い。悪い。アル。俺は、”寝ない”のではない。”寝られない”だけだ」

「え?」

 ”寝ない”と”寝られない”
 起きるのは同じだけど、兄ちゃんは”寝ていられない?”

「起きちゃうだけだ」

 起きちゃう?
 寝られない?

 なんで?

「・・・。なんで?」

 声に出ちゃった。でも、本当に、解らない。

「アル。寝ていると、夢を見るよな?」

 兄ちゃんは笑ってから、少しだけ考えてから、話を始めた。

「うん。覚えていないことも多いけど、見るよ?」

 誰でも、夢は見るよ?

「寝ると、短時間でも夢を見る」

「え?あっ。うん」

 短時間でも?
 うーん。見ているとは思うけど、覚えていない。

「夢は、いい夢ばかりではない」

「あっ」

 そうか・・・。
 兄ちゃんは、魘されている。
 おいらは聞いたことがないけど、カルラ姉ちゃんが・・・。

「睡眠時間が短ければ、寝なければ、悪夢を見ることも・・・。ない。父が、母が、カウラが、ラウラが、そして、ユリアンネが・・・。夢だと解っていても、手を伸ばしてしまう。夢の中でも助けられない。俺は・・・」

 そうだ。
 兄ちゃんは・・・。

「・・・。兄ちゃん」

「あぁすまん。アルに、そんな顔をさせてしまった。そんな理由で、俺は”寝られない”状況になってしまっているだけだ。短時間睡眠を繰り返すのは、昔からだから気にするな」

 昔から?

「・・・」

 兄ちゃんは、謝りながら、おいらの頭を撫でてくれる。
 辛いのは兄ちゃんなのに、こんな質問で、兄ちゃんを困らせたのはおいらなのに、謝らないで欲しい。でも、兄ちゃんは、謝るのが当然だと思っている。

 頭を撫でる手を止めて、おいらを見て来る。

「アル。食事をして、少しだけ休んだら、最下層に挑戦するか?」

「あっうん!わかった」

 兄ちゃんが、話を逸らしたけど、おいらには、兄ちゃんの苦悩は解らない。
 おいらは、悪夢でも・・・。妹に会いたい。おいらには、他に縋るものがない。

 兄ちゃんが、食事を出してくれた。
 簡単な物だと笑っているが、ダンジョンの中で食べると考えれば贅沢な物だ。兄ちゃんと一緒に居ると、携帯食を食べる機会が全くない。兄ちゃんと離れて、単独行動している時には、食事だけは辛いと思えてしまう。

 柔らかいパンと味付けされた肉の薄切り。それに、新鮮な野菜を一緒に食べる。
 あとは、よくわからないけどおいしいスープを飲んだ。食器は、簡単に水洗いをする。

 兄ちゃんは、少しだけ休むと言って、壁に寄りかかりながら目を閉じる。
 おいらは、眠くないから、武器の手入れをして、兄ちゃんが目を開けるのを待っている事にした。

 兄ちゃんの”少しだけ休む”は、30分だ。
 きっちり30分後に、目を開けて最下層に挑む事になる。おいらも、最低限の整備だけは終わらせておこう。