リンは、ロルフに通常の猫のサイズになってもらって案内を頼んだ。
ロルフは、教会のような建物を出て隣の建物に向かって歩いていって扉の前に座った。
「この中に安置しています。話を聞いて、私は我慢できそうにないので外で待っています」
「それは俺も一緒なのだな。死んでいるから殺さないだけだ。気分は最悪だけど、本人なのか確認をしておきたい」
リンは、扉に手をかけた。
(冷たい)
リンは気温に関して考えていたのは間違いではない。神殿(教会のような建物を含む)の中は一定の温度で保たれていると考えてよい。神殿全体は22度前後に調整されているのだ。
「ロルフ。この部屋は寒くしているのか?」
「そうしたほうが良いと聞いたので、神殿の機能で室温を下げています。現在は、水が凍る程度の室温になっていると思います」
「わかったありがとう。寒いからさっさと確かめて出てくる」
「はい。お待ちしております」
(ロルフは、猫型だから寒いのが苦手なのか?)
「マスター。私は、猫型精霊で、猫ではありませんので、寒くても平気です。間違えないでください」
「え?俺、声に出していた?」
「いえ、なんとなく、マスターが私を猫と同一視しているのではないかと思っただけです」
「あぁ・・・。わかった。ごめん。ごめん。行ってくる」
「はい。わかっていただければ幸いです」
(うん。後で確認するけど、ロルフは雌だな。あの鋭さは、マヤやミルに通じる物がある)
リンはそんな関係ないことを考えながら、再度扉に手をおいた。押す様になっているので、扉を押した。冷気が足元に流れ出てくる。リンが部屋に入ると、扉が閉まって部屋が明るくなる。
中央付近に寝かされている状態の二人が目に入る。
(なぜ!全裸?)
二人は、服だけではなく下着も身につけていなかった。
(ロルフが依り代にしようとして確認した時に脱がしたのか?)
リンは、二人の顔を確認した。
首を切断された状態だが嫌悪感は生まれてこなかった。小さく膨らみかけた胸部や顕になっている臀部を見ても欲情する事はなかった。”形は微妙に違うのだな”程度の感想しか持てなかった。友達だと思っていた二人に裏切られたマヤの気持ちを考えると、二人を敬う気持ちは微塵も湧いてこなかった。
思春期男子としての好奇心を満たそうかと思ったのだが、リンの脳裏にマヤとミルの怒った顔が出てきて、好奇心を満たすほどの観察はしないようにした。
部屋の隅を見ると、二人が着ていたと思われる衣服が乱雑に捨てられていた。
流石に寒くなってきたリンは、二人の遺体に手を合わせてから衣服一式を持って部屋を出た。
「マスター。どうでしたか?」
部屋から出ると、ロルフがリンに話しかけてきた。
「あぁ間違いない。マヤを裏切った二人だ」
「そうでしたか?遺体はどうしますか?」
「今まで、マガラ渓谷に落ちた奴らはどうしていたのだ?」
「殆どの場合は、途中で引っかかって魔物に捕食されています。ここまで落ちてきた者は一定期間保存してから魔力に還元します」
「わかった。同じ処理にしてくれ」
「かしこまりました。マスター。その手にお持ちなのは、奴らが着ていた物ですよね?どうされるのですか?マヤ様には少し貧素だと思います」
「ん?なにか、証拠が無いか探しておきたい」
そういいながら、リンは二人が着ていた衣服を調べ始めた。
下着の類も有ったのだが、それほど関心を示す事はなかった。サラナが着ていた衣服の中に胸部を覆っていた布があり、羊皮紙が挟まれていた。
読みにくい文字だったが一通りは読むことはできた。
リンは読み終えてから、羊皮紙を燃やしてしまいたい衝動に駆られた。
踏みとどまったのは、これが証拠になる事と、これを”サラナとウーレン”のしたことの証明になり、自分が行うであろう事の正当性を証明する物になると考えたのだ。
リンは、あの村には未練がなくなった。
王都に拠点を作るか、この神殿に拠点が作る事ができないかと考え始めているのだが、だが未だビジョンは固まっていない。
「マスター。何かありましたか?」
「あぁとびっきりの土産があった」
リンがニヤリと笑って、羊皮紙をロルフに見せる。
同時に、二人が身につけていた下着を服の一部で包んでしまった。遺族が一番嫌がる物を遺品に持っていこうと思ったのだ。この下着を見た二人の両親が苦しめばいいと思ったのだ。下着には、殺されたときに付いた排泄の後が付いている。両親の行いが娘たちを追い詰めて、恐怖を与えて形が残らない状態にしたのだと苦しめばいいと思っているのだ。
ロルフは、リンの行いが理解できなかった。
それなら首を落として首を遺族に渡せばいいのにと思っていたのだが、リンのやりたい様にさせる事にした。
リンには、サラナが最後に呟いた言葉”ごめん”の意味もわかった。だから、遺体をこれ以上辱める事はしないと決めたのだ。
二人は、村長と両親たちに言われて、リンをマガラ渓谷に落とそうとしたのだ。
そして、二人は王都で助かっていたマヤを見て心底喜んだのだった。できれば、このまま村には戻ってきて欲しくなかった。マヤから聞いた、アロイに居る”ナナ”という女性に二人のことを頼むつもりで居たのだ。その時の為に羊皮紙に今までの事を書き留めていたのだ。
そして、ウーレンの下着の中には村長にばれないように、銀貨3枚が隠されていてナナへの依頼料にする予定だったようだ。
二人がここまで悩んだのには理由がある。村長が二人の両親を巻き込んで、兄弟を・・・。姉妹を人質にとるようなことを言ってきたのだ。村長としては、領主に言われて従う以外の選択肢がなかったのだとしても・・・。二人は村長が”リン”を殺したがっていると見えたのだろう。
メロナで一緒になった時も、自分たちではなく”リン”を殺すつもりなのだろと考えたのだ。
それではマヤは?
村長が二人に言ったのは、領主の息子がマヤを欲しがっている。それができなければ、サラナとウーレンと二人の姉妹を差し出せと言ってきていると言われたのだ。マヤを領主の所に届ける為に、リンが邪魔だと言われて、リンさえ納得してくれれば大丈夫と思ったのだ。領主からは、マヤを差し出せば税を軽くする事も考えると言われたそうだ。家族の為、村の為、そして、自分自身の為に、二人はマヤを領主に差し出そうとしたのだ。
そのために、リンを殺す必要があると村長や両親に思考誘導されたのだ。
「村長だけは許せない」
リンの偽りのない本音だ。
簡単に殺す事はできない。
確かに、サラナの告白やリン自身が居る事で、証拠があるとはいえ安全だとは限らない。
まずは、後ろ盾を確保してから村長やアゾレムに一矢報いることを考えていた。幸いな事にローザスだけではなくミヤナック家や教会の一部も、後ろ盾になってくれる可能性がある。ギルドに依頼という形で協力を求めてもいいだろう。アゾレムは立花なのだから。
(後ろ盾を得る為にも、神殿を出て、王都に向かわなくてはダメだろうな)
「ロルフ!」
「なんでしょうか?」
「神殿から出る方法があるとか言っていたよな?」
「ありますが、確実ではありません。マヤ様の復活まで待つのが得策だと思います」
「このまま適合者が現れなければ、マヤの復活はどのくらいになる?」
「そうですね。2万時間ほどだと思います」
「は?もう一度頼む」
「正確には、1万9728時間です。端数は削りました」
「・・・。二年以上」
「精霊や神族には、一瞬です」
「そうだったな・・・。でも、俺は、2年間もここに居るのは無理だな」
「なぜですか?」
「ロルフ。飲み物は、水があるようだけど、食べ物はあるか?」
「ありません。ちなみに、神殿の中心にある噴水は、水ではありません。魔力を含んだ魔水です。人族が飲んだら死ぬことはないと思いますが、多少苦しむと思います」
「俺はここで2年間待つ事ができないと言っているのと同じだと思うけどな?普通に餓死するぞ?」
「そう言えば、人族は食べないと死ぬのでした。忘れていました」
「・・・」
「多少・・・。危険ですが、行き先不明の転移門を開きましょう」
「おっぉぉ。危険でも、外に出られるのなら、出てから考えればいいだろう。ロルフも付いてきてくれるのだろう?」
「不本意ですが、マスターに付いていきます。マヤ様に付いていられないのが不本意でしょうがないのですが、マスターに従います」
「ありがとう。それじゃ、その行き先不明の転移門を開きに行こう」
「かしこまりました」