屋敷に移動すると、セバスチャンが出迎えてくれた。

「旦那様」

「セブ。屋敷は大丈夫か?」

「はい。後は、旦那様が譲渡に関する契約書にサインを行えば終了です」

「契約書?何か、問題があったのか?」

「聞いていた話では、譲渡では無かったので・・・」

「ん?譲渡?セブが聞いていた話と違うのか?」

「はい。王家から渡された書類では、旦那様に譲渡されると記載されています」

「何か問題か?」

「問題は、ありません。税も、免除されることになっています。契約の内容だけの判断ですが、貴族家・・・。それも、伯爵と行う譲渡契約に近い感じです」

「わかった。条件が良すぎるのが問題なのだな?」

「はい」

 条件を提示してきたのは、ハーコムレイだろう。
 もしかしたら、ニノサのことが影響している可能性がある。口止め料が入っていると思って、黙って受け取るのがいいだろう。何か、問題があっても神殿を握っている限りは、屋敷への影響は最小限に抑えられる。
 政治的な争いに巻き込まれないようにだけ、セバスチャンに頼んでおけばいいだろう。

 どうせ、ギルドに近づいた時点で、俺や神殿は、ローザスの派閥だと思われているのだろう。
 宰相派閥には、アゾレムが居る。教会派閥は、ごちゃごちゃしている。それに、奴らの誰かが関係している可能性が高い。

「わかった。保留しても、意味がなさそうだ。サインをしよう」

「よろしいのですか?」

「あぁ多分、口止め料が入っているのだろう」

「”口止め料”ですか?」

 セバスチャンには、ニノサ文章の話はしていない。

 タイミングも丁度いいだろう。
 ニノサ文章やアゾレムとの関係を説明した。町長に、”ご退場いただいた”経緯は、少しだけごまかした。

「ありがとうございます。旦那様の推測通り、口止め料を含めての契約だと思われます」

 セバスチャンも納得してくれたようなので、さっさとサインをして手続きを行う。
 渡される書類にサインをしていくだけのお仕事だ。

「ん?」

「旦那様?」

「すまん。今、サインした書類を見せてくれ」

「はい」

 セバスチャンから戻された書類をしっかりと読む。内容は、俺に譲渡される土地の区分だ。
 屋敷の周辺は、当然だとしても、屋敷の後ろに広がる森まで、屋敷の一部として譲渡契約に含まれている。使い道の制限は何も書かれていない。森の大きさは不明だが、広さではなく、”メルナの森”とだけ書かれている。

「セブ。この書類だけど、メルナの森の管理が含まれている。これは、メルナの森で発生する魔物の討伐も含まれているよな?」

「はい。しかし、メルナの森には、低位の魔物が殆どです。旦那さまの眷属の狩場とするには、丁度良いのでは?」

 そうか、そういう考えもあるのだな。
 だから、セバスチャンは何も言わなかったのだな。

 神殿への入口を作るのに丁度いいかもしれない。

「セブ。この契約では、森を俺が好きに使っていいのだよな?森の範囲は書かれていない?そうだよな?」

 俺の言い方に、セバスチャンも解ったのだろう。頭を下げて、”その通りです”とだけ答えた。
 これも、後でロルフと相談だな。神殿のカバーストーリを作る事が出来そうだ。

 アロイ側は最初に教えられた場所だ。

 契約は、セバスチャンに任せることになった。
 屋敷の清掃と修復も、セバスチャンが手配をしてくれることになった。

 これで大丈夫かな?

「セブ。他に、何かあるか?」

「数日中に、アロイ側の場所を確認に行きたいと思います」

「少しだけ待ってくれ」

「はい」

「神殿で、ゲートを作成する。わざわざ、マガラ渓谷を越えるのも面倒だ」

「はい。かしこまりました」

 屋敷の報告は、セバスチャンに任せれば大丈夫そうだ。

「人員の過不足は?」

「敵対者を考えれば、警備に不安があります」

「それは、眷属たちでは不足を補えないのか?」

「失礼しました。目に見える形での警備が不足しております」

 セバスチャンが言っている事は理解ができたが、人を雇うにしても時間が必要だ。
 最初は、ハーコムレイに頼るか?

「旦那様。よろしければ、アロイの街に居る昔馴染みを頼ってよろしいでしょうか?」

「ん?セブの知り合いか?」

「はい。護衛を引退して、宿屋を始めているはずです」

 ん?

「セブ。大剣使いのラーロか?」

「ご存じでしたか?」

 セバスチャンから、ラーロさんとの繋がりを聞いた。
 同門の弟弟子らしい。セバスチャンの経歴も謎だ。なぜ、これほどの人物が奴隷になっていた?

 今は、ラーロさんの話だ。

「パシリカに向かう時に、護衛をしてくれた。護衛の中で、唯一、まともだった印象がある」

 ラーロさんを、屋敷の護衛として雇いたいらしい。
 ”嫁と娘と宿屋をやる”と言っていた人なので、順調なら、誘う必要はないことを、セバスチャンに言い含めた。

 さて、話も終わって、屋敷にある執務室から出ると、いろいろな恰好をした者が並んでいた。
 セバスチャンが屋敷の為に雇った者たちのようだ。皆が、並んで一斉に頭を下げる。

 正直、むず痒い。

 部屋から出る時に、セバスチャンから”頭は下げないで下さい”と注意されていなければ、ペコペコしながら歩いた。なんとか、片手を上げて従業員の間を歩いた。
 そういえば、以前ルナが愚痴っていたことが解った。”貴族も大変だな”と思っていたのだが自分が、その立場になるとは思っていなかった。

 屋敷を出ると、アウレイアが待っていた。
 ブロッホも一緒だ。

「ブロッホ!アウレイア!」

 アウレイアが、俺に飛びついてきたので、頭を撫でる。

「マスター」

「ブロッホ。ご苦労」

 こっちも、ブロッホから注意されている。
 受け答えは、横柄だと思うくらいの方で丁度よいということだ。俺は、マスターで、主なのだ。出来そうもないのならしょうがないが、努力はしてみようと思っている。

「ありがとうございます」

 ブロッホが頭を下げる。
 アウレイアは、久しぶりに会えたのが嬉しいのか、尻尾の動きだけで、周りの木々が倒れてしまうかもしれない。

「それで?」

「マスターをお迎えに来ました」

 ん?
 あぁそうか、神殿に行くには、ゲートを開くか、ヒューマたちが守っている(やしろ)のゲートを使うしか方法がない。

 ブロッホに乗って、(やしろ)に向う。上空を飛翔すれば、目立つこともないだろう。別に、見つかっても正直な話としては困らない。神殿の戦力だと知らしめればいいだけだ。討伐に来るのなら、返り討ちにすればいい。

 ドラゴニュートたちが守っている(やしろ)には、5-6分で到着した。
 離着陸に時間が必要だった。

 (やしろ)には、ヒューマだけではなく、ロルフやアイルやリデルたちが待っていた。
 アウレイアは、自分の脚力でマガラ渓谷を越えてくるようだ。

『マスター』

「ロルフ。マヤとミルは?」

『マガラ神殿でお待ちです』

「わかった。神殿に向かう。いろいろ、設定をしなければならない」

『はい。ミトナル様から聞いております』

 ロルフと話をしながら神殿に向かう。

 ゲートは、俺が設定した通りの場所になっている。
 マヤもミルも変更しなかったのだな。

 ギルドに渡す建物や、ゲートを作成してしまおう。
 俺たちの居住区は、後回しでいいだろう。

 それから、支配地域の確認をしておいた方がいいだろう。間違えて、建物を置いたら問題になってしまう。

「ロルフ。支配領域の確認と変更をしたい」

『わかりました』

 ロルフが、端末装置の部屋に向かう。
 端末確認すると、支配領域が表示される。メルナ側には伸ばしていなかった。森を含めて支配領域に組み込む。屋敷と屋敷の周りは、神殿の領域にした。他は、支配領域だが表層は領域から外した。これで、間違えて、建物を置くことはないだろう。アロイ側は、ポルタ村まで領域を伸ばした。街道沿いに細く伸ばした。街道から湖側は、神殿の領域だ。アロイ近くの森も領域に組み込んだ。
 ヒューマたちが居る森は、領地ではないが、支配領域に組み込んだ。

 かなりの蓄積魔力を使ってしまったが、ギルドが神殿を使うようになれば、また貯まってくるだろう。

 ギルドが使う通路は作ってある。
 細かい変更は、後で行えばいいだろう。

 すぐに欲しいのは、ゲートを4箇所だな。