「泰史!」
「はっ」
「泰章に、市花。新見。城井を呼びに行かせろ。泰史は、寒川を迎えにいけ。寒川の望みを聞き出してから戻ってこい」
「かしこまりました」
夕花が会議室のロックを解除する。
泰章は、頭を下げて部屋から出ていった。
「晴海さん。なんだから嬉しそうですね」
「そうか?」
「はい。僕、少しだけ嫉妬してしまいそうです」
晴海は、夕花の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「夕花、もうすぐだ。俺の問題と夕花を狙っている奴らが繋がるかも知れない」
「え?晴海さん?」
「もうすぐはっきりとするから、はっきりしたら・・・。いや、今晩・・・。説明するよ。そして、二人で考えよう」
「はい。でも、晴海さん。忠義さんや礼登さんや泰史さんと話をしなくて、よろしいのですか?」
夕花は、ひとまず納得した。
はっきりしたらと言いながら、”今晩”説明すると言っているので、もうある程度は目処が付いているのだろう。
「大丈夫。彼らは、彼らの目的がある。夏菜と秋菜も同じだ。彼らの目的を実現するためには、僕が必要になる。だから、彼らは僕の為に動く」
「はい」
「僕のワガママだけど、夕花の問題は、僕と夕花で解決したい。解決方法が考えつかなかったり、難しくなったりしたら逃げてもいい。その時に、彼らを頼ってもいい」
「わかりました。僕の問題は、僕が死ねばいいと思っていたけど、違うのですね」
「うん。それも合わせて説明するよ。その辺りがまだ曖昧な状況だ」
「わかりました。晴海さん。二つだけ、知っていたら、判明していたら教えて下さい」
「なに?」
夕花は、晴海の顔を覗き込むように見つめる。
泣きそうな顔は、何かを知りたいけど、知るのが怖いという思いなのだ。
現実となった時に、自分がどう反応して良いのか解らないのだ。感情が整理されていないが、今晩の説明を受ける前に知っておきたいのだ。
「一つは、母の旦那だった人と私の前に母から産まれた男は、死んだのですか?」
「死んだ。遺体は確認出来なかったが、確実な情報だ」
死んでいると思ったが確認しておきたかった。
「そうですか・・・。もう一つは、私の母を殺したのは・・・。私の前に産まれた男ですか?」
「違う。組織の人間だ」
心のどこかで想像をして、想像した度に打ち消していた。
「・・・。よかった・・・」
「夕花の母親を殺したのは、俺の家族を殺して、俺を殺そうとした。今も、別の人間を使って俺を殺そうとしている」
「え?それは、僕が居るから?」
「それは偶然で、先方も困惑しているようだ」
晴海は、神妙な顔から、悪巧みが成功した子供のような顔になる。
「晴海さん?」
「ん?もう、今日のクライマックスが楽しみになってきた」
「そうですか?」
「夕花も、話を聞いて、驚いていいからね」
「不安な気持ちになりましたが、わかりました」
「うん。夏菜と秋菜が夕花を守るから安心して」
「はい?」
「彼女たちからの願いの一つだよ。これは、教えてもいいから、夕花に教えるね」
「はい」
「夏菜と秋菜は、特に、夏菜は、冬菜の死に責任を感じている。本来なら、あの日、あの夜の集まりには、夏菜が出るはずだった。でも、朝に倒れてしまった僕の病院に付き合ったのが、夏菜で、夏菜の代わりに集まりに出たのが冬菜だった。順番では、秋菜になるはずだったけど、秋菜は別口で用事があって集まりに出られなかった。そして、集まりで事件が起こった」
「・・・」
「夏菜と秋菜は、夕花に冬菜を重ねている。冬菜は、夕花と同い年で、夕花の髪の毛と同じ髪色だ」
「そうなのですか・・・。お姉ちゃんたちなのですね?」
「ハハハ。そうだな。夕花が”お姉ちゃん”と呼んだら喜ぶぞ?」
「僕も、男の親族は居たけど、お姉ちゃんが居なくて、欲しかったから、夏菜さんと秋菜さんが怒らなければ、”お姉ちゃん”と呼びたいです」
「会議とかでなければ、許してくれると思うぞ?」
「はい!」
扉がノックされた。
最初に、礼登が入って、忠義と夏菜と秋菜が続いた。
泰章が扉を押さえて、市花、新見、城井と入ってきた。
先程まで座っていた席に座った。
夏菜と秋菜は、夕花の後ろに立つ。忠義は晴海の隣に座る。礼登は、クルーザーの状態を確認すると言って会議室から出た。
「お館様?」
泰章は不安が混じった声で晴海に問いかける。
晴海は手で泰章を制した。
「晴海さん?」
「そうだな。泰史から話を聞いた、理由もしっかりと聞いた、確かに六条の本邸の近くに居たと認めた。しかし、その後の行動と理由もしっかりと説明出来た。証拠も提示出来た。よって、合屋は無関係だと”私”が判断した。泰史の話は忘れる」
晴海の言葉で喜びの表情を浮かべる二つの家。明らかに失望した表情を浮かべたのが二人。些細な表情の変化だったが、晴海も忠義も見逃さなかった。
「お館様。それでは、合屋家の次期当主はどこに居るのですか?」
「直道は、私が無関係だと言った、泰史が気になるのか?」
「いえ、お館様のご判断を疑うわけではありません。しかし、この場に居ないのは・・・」
ドアがノックされた。夏菜がドアを開けた。
泰史と九法幸田が部屋に入ってきた。
「泰史」
「はい。お館様。寒川家は、幸田殿が次期当主となると決めたようです」
「そうか、わかった。幸田。いや、文孝。泰史の言は間違いないか?」
「はい。義父の文武より、文孝の名前と寒川を頼むと言われました。お館様。お許しを頂けますか?」
「お前の望みは?」
「妻舞美と産まれてくる子供の安泰です」
「わかった。文孝を寒川家の次期当主と認める。能見!」
「はっ」
「手続きを頼む。後見人は、泰史。お前がやれ。私と夕花に手間を取らせた罰だ」
異議など出るはずがない。六家では、六条家の当主が決めた事が絶対なのだ。
「お館様!それでは、合屋家が大きくなりすぎます!それに、寒川家なら、我が城井家か新見家の方がうまく処理することが出来ます」
「直道!私が決めた事が不服か?」
「いえ、そうでは・・・。しかし、それでは・・・」
「泰章!直道は、不服らしいぞ?お前は、私に何を捧げる?」
泰章に視線が集まる。
晴海は、泰章の考えを忠義経由で聞いている。カードの切り時だ。晴海は、勝負に出ている。市花は、絶対にヤブを突かない。自分の家が守られればいいのだ。新見も基本は同じだ。権益を欲しては居ない。
「お館様。いえ、晴海様。私は、先代様と一緒に・・・。今は、晴海様のお考えになっている状況を良くする話をします」
「頼む」
「泰史を合屋家の次期当主から外します。そして、私泰章が生きている間に、合屋家を解体したいと思います。合屋家の持っている物は、六条家にお返しいたします。本来なら、晴海様ではなく先代様にお返ししたかった・・・。です」
皆が固まる。
「続けろ」
「はっ。晴海様。お願いがあります」
「なんだ、言ってみろ!」
「はい。私・・・。泰章が死んだ時に、先代様のお隣で眠る許可をください。それまで、先代様の墓守をさせてください」
テーブルに頭を打ち付ける勢いで下げた。握られた手からは血が滴り落ちている。
「それが、お前の願いであり、けじめのとり方なのだな」
「はっ」
「私は、先代様と約束しました。先代様を守り通すと・・・。その為に、合屋の力を使いました。しかし・・・」
「わかった。泰章の好きにしろ。合屋家が預かっている物や人は六条で預かる。泰史!」
「はっ」
「寒川の整理が出来たら、お前も自由にしていい。今までの忠義。たしかに受け取った」
「ありがたきお言葉。できましたら、私の身体。命を、お館様に捧げます。お受取りください」
「わかった。まずは、寒川をしっかり立て直せ。話は、それからだ!」
「はっ!」
泰史の言葉に隠れて、一人の男性がした舌打ちを晴海は聞き逃さなかった。