千夜子?ち~やこ?ちやちゃんってば!

物思いにふけっていたら不意に耳元で叫ばれてびっくりした。

恐る恐る声がした左隣に視線を向けると、そこにはやはり……不機嫌そうに頬を膨らませた赤い着物の幼児がぷかりと浮いていた。

千夜子?さっきから呼んでるのにどうしたの?

幼児は幼児とは思えないくらいに真っ赤で妖艶な唇をとがらせて駄々をこねるように空中で地団駄を踏みながら私を睨み付けてくる。
「ごめん。今は授業中だから少し待ってて。」

私は声を出さずに口だけを動かして言葉をつむぐ。

それを聞き取った赤い着物の幼児がにこりと微笑む。

わかった。授業が終わったら山の神社で待つ。

そう言うと彼女はスーッと滑るように窓の外に消えていった。

私はまた黒板に向き直る。

教卓では腹がでっぷりとせりだしたおじさん教師が汗を拭きながら戦国時代の有名人たちの話をしている。
この社会科教師はとにかく歴史的英雄が大好きらしく、授業は終始そんな話だったので、誰1人として教科書を見ていなかった。

もちろん私も。

私が見ていたのは、男性教師のすぐ後ろで黒板にチョークでイタズラ書きしている1つ目小僧の方だ。
すぐ隣には、それをケラケラとわらうふたくち女もいる。

あ~もう!
誰にも見えないからって歴史的英雄を揶揄した下品な絵を、そんなでかでかと書かないでよ!

ふたくち女も笑いすぎだよ!うしろの口から唾が飛んでくるからやめてよ!

そう思ってもそれを叫ぶ訳にもいかず、かと言って私までもが笑う訳にもいかなくて……辛い。

ひたすらに本日の6時限目が終了することを祈った。