午前十時──。

三家合同に依る当主着任継承式が、厳かに執行された。式典会場となったのは、甲本家の本堂である。

 …予測していた通り。先日より遥かに多くの招待客が参集していた。広い筈の堂内が、瞬く間に立錘(リッスイ)の余地無く埋め尽される。

 ボク等は控室で、会場の様子をモニターしていた。

本堂では、おっちゃんが導師となって洒浄(シャジョウ)を施し、結界の儀を修している。

《金の星》の正装の上に略式の襟袈裟(エリゲサ)を掛け、大真面目な顔で儀式を行う様子を見ていると、俄かに実感が沸いて来た。

 …とうとう、この日が来てしまった
もう後戻りは出来ない…。

着々と勧められる式典。
沢山のフラッシュが焚かれている處(トコ)ろを見ると、会場にはマスコミ関係者も大勢立ち合っている様だ。

仏教関連のメディアが、地方寺院の晋山式を取材する事は、別段珍しくないという。今日の継承式についても、《六星一座》としてではなく──あくまでも真言宗の一寺院として、記事にするのだそうだ。

 張り詰めた空気。
静まり返った本堂に、鐘の音が響く。

ゴーン…
ゴーン…

本尊・不動明王の尊前には、墨染の袈裟を身に着けた式衆によって、《閼伽(アカ)の儀》が修されていた。

早朝一番に汲み上げられた清浄水が、恭々(ウヤウヤ)しく捧げられる。

 不動明王の脇持──制咤迦童子(セイタカドウジ)と、金羯羅童子(コンガラドウジ)が見守る中。

護摩壇(ゴマダン)の奥に結跏趺座(ケッカフザ)する本尊は、阿吽(アウン)の牙を咬(ハ)んで、この聖儀を成満(ジョウマン)へと導いていた。

 水晶を填め込んだ《玉眼》を、煌々と照らし出すのは、平安時代から絶やす事なく護られてきた、久遠の灯明(トウミョウ)だ。

 壮麗な大伽藍(ダイガラン)。

参座者が唱える声明(ショウミョウ)が天蓋(テンガイ)に反響し、宛ら、秋の露の如く頭上に降り注ぐ。

 浄まったこの領域に、これから自分が入堂するのかと思うと…何やら、俄かに緊張してきた。

汗ばむ掌を、ぐっと握り締める。