感情をひとつ認めていくと、みぞおちの辺りも軽くなったように感じる。

柚月自身も本当の自分というものがよくわからないと悩んでいたけれど、
ハローくんと出会って少しずつだけど、自分というものが見えてきたような気がしている。
心が解放されていくと言っていいかもしれない。

例えばこうして隣に並んで歩いていることの喜び、頬を切る風の心地良さ、ひとつひとつを味わっていると、これが本当の自分の感情のような気がしてくる。

今まで感じていた戸惑いや悩みは置いて行っていいものなのかもしれないとさえ、思えてくる。

しかもその代わりといったように、柚月の鞄の中には楽しみがひとつ忍んでいた。

店を出る間際に、保奈美さんから生命保険会社主催の映画のペアチケットを観に行けないから良かったら二人で観ておいでと渡されていたのだ。

柚月がハローくんのこと嫌いじゃなかったらでいいけどと冗談混じりに言われたけど、もちろん彼と行きたいと思っている。

それに対してあの場でちゃんとした約束をしていなかったので、おずおずと尋ねる。

「あ、あの……映画、一緒に行っても大丈夫? 嫌だったら、大丈夫だけど。あ、でも行けたら嬉しいけど」

ハローくんはきょとんとしてから、
「うん、行けるよ」
「良かった」
柚月は大袈裟に胸をなで下ろしてから、満面の笑みを向ける。

本当に一緒に行きたいと思っていることがハローくんにも伝わり、
「ゆづちゃんって、本当に……」
素直で可愛いらしい人だねと、感じたことを言いそうになったけど、どうしてか照れくささが出て言うのをやめた。