嫌な予感がするのは、あんな話を聞いてしまったせいだ。違ってほしいと願いながら走る。
裏通りに差し掛かると、柚月の思った通りハローくんが立っていてた。

その足元に見知らぬ制服の人がいて、壁に背中を預けたまま伸びているようだ。もう意識がないように見えるがハローくん顔を上げさせ、拳を振り上げた。

「やめて!」

柚月は思わず叫んだ。

それに気づいて振り向くと、パッと腕を離した。そのまましばらく柚月を黙って見つめる。
それだけなのに、蛇に睨まれた蛙のようだった。物言わぬ恐怖を全身で感じ、緊張して動けない。

やがて彼は立ち上がると、反対の方向に歩きだした。

ようやく緊張の糸が切れた柚月は「待って、ハローくん」と駆け寄った。

顔を見るのが怖かったけど、思いきって彼の腕を掴み、見上げた。

「何……してたの?」
「何って。何か因縁つけられたから」
「でも、喧嘩はやめたほうがいいよ。殴ったら自分も痛いだけじゃん」
「別にこのくらい、痛くないよ」
「喧嘩したら、誰かが絶対に傷つくでしょ。ハローくんならわかるはずだよ、その痛み」

さっき聞いた須長くんの話が本当なら、傷つけられる痛みを誰よりも彼は知っているはずだ。
なのにどうして人を殴ったりしなければいけないのか――柚月には理解できなかった。
だから、どうにかして喧嘩なんてものから離れさせたいという思いが止められなかった。

「命を大事にしなよ。傷ついてからじゃ遅いんだよ。死んでからじゃ遅いんだよ。生きたくても生きられなかった人もいるんだから、大事にしなよ」