「・・・・・いつから気づいた?」

「此処に来た時から。」

「ならば、何故あの男を止めなかった?」

「止める必要も価値も無かったから。」
ヒツジ男の声は、少し濁ってはいたが、普通の男性と同じ様な声色をしていた、キセキはヒツジ男から出される質問に淡々と答える、彼女に恐怖や驚きの感情は一切持ち合わせていない様子だ。
その事に驚いたのは、むしろヒツジ男の方だった、何故なら質問をぶつけられた筈のキセキが、事の全貌を平然とした顔で語り始める、その内容は、ヒツジ男の予想をはるかに上回っていた。
ヒツジ男の実在はともかく、キセキはこの件の犯人が、「人間以外」だった時の予想もつけていたのだ、犯人がヒツジ男だとすれば、この鉄道橋で自殺する人の前に、何かしらの幻覚を見せれば、自殺させるなんて容易い事。
ヒツジ男の能力についても、キセキは調査済みだった、ヒツジ男の能力、それは端的に言えば、相手に「幻覚」を見せる能力、もしその能力を、足場の無い場所で見せたらどうなるだろうか。
ましてやこれから自殺する人の心理は、不安と恐怖で混乱している、そんな相手に幻覚を見せれば、ほとんどの人は信じてしまい、自ら進んで谷底に落ちる。
鉄道橋の下で身を潜めていた男も、恐らく以前はその自殺者の仲間だったのだろう、だがヒツジ男の気まぐれか、それとも何らかの意図があったのかは定かではないが、男に幻覚を見せていた。
そして、幻覚に惑わされなかった人を、持っていた銃で射殺して、ちゃっかりと自分の欲求を満たしていたのだ、男自身は、ヒツジ男の操り人形程度の存在だったのだ。
キセキが男に慈悲の心を示さなかったのは、男が幻覚に苛まれたにしても、人を殺しむ事を楽しんでいたから。
それに、もし男がヒツジ男の幻覚から解放されても、男が人を殺す快楽から逃れられない可能性もあったからだ、そこまでキセキは考えていたのだ。
話を全て聞き終えたヒツジ男は、苦笑しながらキセキを褒めた。
「君は随分頭の良い子だね、此処に来る人間なんて、皆馬鹿だから、ありえな い幻覚を見せても、進んでこの橋から飛び降りてくれる。」

「人の命を弄ぶ様な存在に、『馬鹿』なんて言われたくない、少なくとも、貴方のせいで亡くなってしまった人達は、そう思ってるんじゃない?」

「元から自分で自分の命を絶とうとする人達の方が愚かだと思うよ、自分は。
自分がこんなに必死になって生きているのに、人間達は恵まれた環境でのびのび生きられる、なのに簡単に自分や社会を非難して、贅沢な理由でこの場所に来る。



笑えない!!!」