キセキは男に向かって手を伸ばす、それは救いの手ではなく、確保の手だ、だが男の信念は、「死にたくない」という願望もあったが「捕まりたくない」という願望も持ち合わせていた。
ある意味贅沢な願望だ、男は両手を滅茶苦茶に振り回して、自分の身を守ろうと必死になっていた、その男の姿を見たキセキは、再びため息をつく。
この場で男が罪を認めれば、キセキにも救いの心遣いを見せただろう、本当の意味で、この男には「救い用が無い」、そうキセキは感じてしまう。
キセキは仕方なく、ボウガンに矢を装着した、それを見た男はますます顔が青くなる、だがキセキにはもう自分の手を止める道理も訳も無かった。
これは今キセキの目の前で、子供の様に駄々をこねている男への、最終手段だった、キセキはボウガンを男に向ける、狙う場所は、致命傷にはならない肩付近。
キセキの腕前なら、男の頭を狙う事だって簡単にできる、だがあえて肩付近を狙っているのは、「死による責任逃れ」という選択肢を、男から奪う為。
そのキセキの意思に若干気づいた男は、遂に奇声を上げ始めた、まるで泣き喚く子供の様に。
「あぁーーーーーー!!!
っああああああ!!!
いやぁああああああ!!!
あうあーーーーー!!!
あーーーーー・・・・・



・・・・・あぁ・・・・・はぁあ・・・・・
・・・はははっ・・・・・はははは・・・・・・
はははははははははははははは!!!」
急に男が高笑いを始めた、だがそれは混乱による一時的なモノではなかった、何故ならその男は満面の笑みを浮かべ、まるで自分が救われたかの様な顔をしていたからだ。
男は両手を天に上げ、口は奇妙に曲がっていた、この異様な光景に、キセキは少し後ろに下がってしまう、その男の高笑いが耳障りだった事もあるが、男の顔は常軌を逸した顔や動きに、さすがにキセキでも危機を察した。
しかし、その後ろに下がった反動で、ボウガンの向きが少しだけずれてしまう、そしてその直後の事だった、男は急に空をつかむ仕草のまま、鉄骨から足を離してしまったのだ。
慌てたキセキが男を掴もうとするが、その時にはすでに男は橋の下まで落下していた、だが落ちる間も男は奇声を上げる事やめず、しばらくして橋の下で鈍い音が聞こえると、その奇声はぱったりと止まってしまう。
だがキセキは鉄骨の下を覗く気にはなれなかった、鉄骨橋から落ちて亡くなった人が、どんな禍々しい姿になってしまったか、この事件を色々と調べて、必然的に知ってしまったのだ。
川には赤い血が流れ、あちこちに血やバラバラになった臓器が散乱していた、人間とは到底思えない形になってしまった男の周りには、早速臭いを嗅ぎつけた鳥達が群がっている。
そして、山の中からは鳥だけではなく、動物達も次々と男の死体に群がっている、しかしその動物達の目的は、彼を哀れむ為ではない、単純で本能的な「食欲」という理由だ。
恐らく残るモノは、骨か身に着けていた衣服、そして大量の血液だろう、以前キセキは、この鉄道橋で自殺してしまった男性の奥さんに話を聞いた事があるのだが、遺体は殆どバラバラな欠片になっていたので、火葬業者からも度肝を抜かれる事態になったらしい。