山から押し寄せる風は冷たく、そして痛い、女性の傷ついた足や、熱くなった涙腺に染み渡り、女性の心も冷えてしまう、スーツ自体もかなり生地が薄いので、寒さがより強く感じてしまう。
スーツの生地が薄いのは仕方の無い事だった、女性は冬用スーツと夏用スーツを持ち合わせるほどのお金が無く、普段から夏用のスーツを着て寒さに耐えている。
いつもアパートから出る時、外の寒さに体全体で耐えている女性を、アパートの住人達は心配そうに見ていた、大家が女性に「力になれるかは分からないけど、悩みがあったら相談してもいいのよ」と言ってくれた事もあった。
女性にとってその心遣いが、自分が最後に出せるSOSのチャンスだったのかもしれない、だがそのチャンスは、会社の威圧や権力が潰してしまう。
自分に優しくしてもらっている大家や、アパートの住人にまで迷惑をかけたくない、そう思った女性は、一言だけお礼を言って会社に行き、仕事終わりにこの場所に来てしまったのだ。
スマホには会社からの着信やメッセージが来ているのかもしれないが、その機能が使えなくなったスマホ、そして翌日には、何故着信やメッセージに出なかったのか散々問い詰められる、女性にはその未来が安易に想像できた。
毎日スマホの着信やメッセージが来る度に怯えていた女性は、ある意味スマホが壊れて嬉しかった心情を持っていたのかもしれない、普通の人にとってスマホとは、生命線に繋がるほど大切な物なのだが、女性にとっては忌々しい凶器にしか思えない。
そしてその壊れたスマホを入れてあるカバンも、女性を苦しめる凶器の一つでもあった、そのカバンは会社に就職することが決まった際、両親から入社祝いとして貰った物だった。
最近使い始めたそのカバンは、あちこちがほつれ、手持ち部分は切れかけている、過酷な労働を女性と一緒に体験していたので、彼女の心と同じ様に、カバンもボロボロになってしまったのだ。
そのカバンは、女性にとって大切な物である事に間違いは無いのだが、カバンの存在自体が、女性と会社を縛り付けている鎖でもあった、もちろんカバンには何も罪は無いのだが、もしそのカバンが壊れていれば、女性はこんな場所に来るよりも先に、田舎に逃げていたのかもしれない。
だがそう女性が思っていても、時は無情に無機質に過ぎて行く、女性は橋の上から谷底を見下ろしたが、何も見えない。
いや、あるのは「闇」だけだった、だが女性にとって、谷底の「闇」の方が、何故か心地よく感じてしまう、会社という名の「闇」の中よりは。
そして、普通なら足が震えて、立って数秒で腰を抜かしてしまうほど高い鉄道橋が、今の女性にとっては恐怖の対象ではなかった、女性が本当に思う恐怖の対象とは、辛い現実、逃げられない袋小路、先の見えない人生。
今日は雲一つ無い月夜、星や月が暗い夜空を覆い、女性の瞳に光を灯していた、思わず女性はため息をついて、両手を天に伸ばした、届きそうで届かない光に、無駄だと思っても手を伸ばさずにはいられなかった。
いつも女性は希望やチャンスを探していた、だがその光を捕まえたとしても、手に入れた瞬間消えてしまう、そんな日々を送っていた女性の心は、希望に飢えている。
しかし餌という名の希望が全く手に入らずに、この道を選んでしまったのだ、飢えた女性の心はいつも泣いていた、まるで荒野に丸腰のまま置き去りにされ、長い間耐え忍んだ旅人の様だった。




パンッ！！！