深夜2時すぎ、足元のおぼつかない女性は、深く暗い山の中を彷徨っていた、女性は酔っ払ってはいないが、目からは完全に正気を失っている。
スマホのライト機能を使えば、足元はどうにか照らせるのだが、女性が持っていたスマホは、今日上司に壊されてしまい、女性のカバンの中に入っているスマホ画面は、まるで蜘蛛の巣の様な亀裂が残っていた。
会社の帰りに、女性は携帯会社に行き、直るかどうか確認したが、スマホ自体はおろか、データ自体も失ってしまったらしく、新しい端末に買い換えるお金なんて女性は持ち合わせておらず、途方に暮れていたのだ。
そもそも女性の務めている会社は大きく有名で、外国の企業とも手を組んでいるのだが、ネットではブラック企業として密かに囁かれている。
だが女性は、その会社を辞める事はできなかった。
いや、許されなかったのだ、女性の両親は、都心の大きな会社で働ける娘を自慢に思っていて、入社前の女性は、とても大きな意気込みと期待を胸に抱いていたのだ。
だが、入社してすぐに、その会社の異様な実態が身に染みて分かったのだ、その会社は基本、上司中心で企画やプロジェクトが進み、新入社員は下働きが中心。
それはどの会社でも同じ事が言えるのだが、女性が務めた会社の場合、ノルマが初めから高すぎる、苦情受付はマニュアル無しに新入社員に丸投げされる。
ノルマが達成できなかったり、少しでも小さなミスをしてしまえば、上司からの説教に加えて、人権までもが侵害される、この前女性が苦情受付に失敗した時、上司からスーツを脱がされ、恥さらしを受けたのだ。
女性は必死になって働いたが、ノルマが高すぎて追いつけず、他の新入社員達と一緒にサービス残業の毎日、会社を辞める事は許されず、逃げても汚職疑惑を塗りつけられ、新入社員の殆どが、精神科病棟に入院する事態となった。
だがそんな事態にも関わらず、新聞記者やマスコミから注目されなかった、そしてその理由を今日知ってしまった女性は、この場所に来たのだ。
実は女性の務めている会社にはいくつもの監視カメラがあり、その映像や画像をマスコミに高い値段で売り、上司達はそのお金を使って豪遊を楽しんでいた。
だがら女性の様な平社員がマスコミに情報を売ったとしても、さらなる倍返しが帰って来る可能性の方が十分高い、その点を考えると、警察すらも信用できなくなってしまった女性。
給料は、普通の平社員が貰う額と同じくらいだが、上司達のせいで無駄な出費がかさんでいる、飲み会の時、上司が酔っ払った勢いで女性に酒を投げつけ、スーツのクリーニング代、パソコンにウイルスが侵入して動かなくなった時には、修理代を彼女自身が業者に支払っていた。
親に仕送りをせがむわけにもいかず、むしろずっとお世話になった親に1円でも多くお金を送りたい、それが彼女の優しい心、だがそんな心を、会社の重役達は踏みにじったのだ。
朝起きる度に女性は憂鬱になり、家に帰っても安堵なんてできなかった、残った仕事を家で終わらせ、寝るのはいつも午前、日々の食事すらも喉を通らず、女性の体は完全にやせ細っていた。
長く美しかった髪の毛もボサボサになり、目の下には大きな隈が姿を現し、上司からは「幽霊が仕事をしている」と笑われ、ついに生きる気力も意味も失ってしまった女性は、この場所に辿り着いたのだ。
前々から「この場所」自体は知っていた、何気なく見たパソコンの関連サイトに、心霊スポットを紹介しているサイトがあり、自殺の名所が心霊スポットになるのは、もはやお約束だった。

森が開けた場所には、古びた鉄道橋があった、レールと歩道が一緒になっているタイプだった、この鉄道橋に来る前にも、時々人工物らしき物が風化され残されていた。
勢いで来てしまった女性の足は血まみれだった、当たり前だ、山を登るのにハイヒールなんて履いていたら、数分で靴擦れや足の痛みが待っている。
だが女性は、そんな些細な痛みなんて、今はもうどうでもよかった、途中でハイヒール自体履いていること自体が馬鹿馬鹿しくなり、ハイヒールとタイツを脱いで此処まで来たのだ。
そのハイヒールとタイツは一応持って来た、黒いハイヒールは土に塗れ、タイツはあちこちが擦り切れている、女性の足の爪にも土がめり込んでいた。
朝から晩まで歩きっぱなしで外回りをする事もあったので、これくらいの山登りは問題無かった、だが山から押し寄せる夜の冷たく不気味な風に、少し足が震えてしまう。
直接足についている土も冷たく、尖った小石が女性の足を突く、女性はカバンを近くの木の根元に置き、ハイヒールだけ持って鉄道橋の上に乗る。