「僕、温泉に入るの初めてだよ。
テレビで見た通り…いや、それ以上に気持ち良いもんだね。」

「そうなのか?」

「うん、僕、おじいちゃんに会うまでは外に出たことなかったから。」



確かに美戎はそう言っていた。
でも……考えてみればおかしくないか?
美戎は両親の借金のせいで、早百合に連れて来られたわけだから、それまでは親と一緒に暮らしてたはずで、当然、その頃は外にも自由に出られてたはずだ。
なのに、そんなことを言うなんて……
あ、そうか…早百合と出会ってからは外に出たことがないってことか?
でも、美戎は「おじいちゃんに会うまでは」って言った。



(……あ)



やっぱり、美戎はマインドコントロールみたいなものをかけられてて、昔の記憶を封印されてるか、または早百合の都合の良いように書き換えられてるんじゃ……



「美戎…おまえ…小学校時代はどんな子供だったんだ?」

俺は、カマをかけるつもりで、そんなことを訊ねてみた。



「僕……小学校は行ってないんだ。」

「そ、そうか。
でも、小学校に行ってなくても、子供の頃の記憶くらいあるだろう?」

美戎は俺の質問に哀しげに首を振る。



「僕、生まれた時から大人だったから……」



そう言った美戎の表情は、嘘を言ってるようには思えなかった。



……やっぱりだ!
美戎は、早百合によってなんらかの洗脳を受けてる…!



なんてことだ!
ニュースではたまにそれに似たような話を聞いたことがあったけど、現実に…しかも、こんな身近にそういうおぞましい被害に遭った者がいたなんて…!



美戎は、自分がそんなひどい目に遭ってる自覚も全くなさそうだ。
可哀想に……!



「美戎~~!」



「わ、わぁ…なんだよ、慎太郎さん、どうしたの?」

またしてもいきなり抱き付いてしまった俺に、美戎は驚いて身を固くする。



「美戎……これから、おまえの新しい人生が始まるんだ。」

「新しい…人生…?」



美戎はぽかんとした顔で俺をみつめて……



それで良い…それで良いんだ。
今はなにもわからなくても、俺が絶対にその悪夢から救い出してやるから…



あぁ、なんだか今日の俺は中学の時に戻ったみたいだ。
野球に情熱を燃やしてたあの頃の暑苦しい程の情熱がよみがえるのを、俺は実感した。