路地を入ってしばらく歩くと、美戎が唐突に立ち止まった。


「ここだよ。」

「えっ?ここ…?」

由緒正しき陰陽師の安倍川家の家は、期待していたものよりずっと小さくて密やかで…
ただ、外観の古さだけが、それを感じさせてくれた。



「おばあちゃん、帰ったよ。」

がらがらと引き戸を開けて美戎が声をかけると、薄暗い部屋の中から枯れた老婆がおずおずと現れた。



「いやぁ、遅かったやおへんか。
早う、お入りやす。」

「こんにちは、小餅さん。」

「あ、山ノ内はんも来やはったんどすか?」

俺達は、ぎしぎしと鳴る階段を上り、特別室という名の普通の部屋に通された。



「お泊まりは素泊まりでおひとり9800円でおます。」



席に着くなり、俺達はそんなことを言われた。
見た目通り、ごうつくな婆さんのようだ。



「小餅さんや、この度は本当にお世話になりました。
こいつが孫の慎太郎です。
美戎のおかげで無事に戻って来ることが出来ました。
本当にどうもありがとうございます。」

じいちゃんはそう言って、婆さんに深く頭を下げた。
こんな奴に頭を下げるのはいやだけど、まぁ、今回の件に対しては確かに世話になった…
だから、俺も同じように頭を下げた。



「このお方が慎太郎さん…
そうどっか……ほんで、この娘はんは?」

「初めまして、おばあ様。
私は安倍川由香里と申します。」

「なんどすて?安倍川?
ほ、ほんだら、向こうで出来た安倍川家の子孫の…?」

ばあさんは、びっくりした様子で、ゆかりさんをじっとみつめていた。



「まぁ、そういうことだね。
でも、子孫というよりは祖先かもしれないけど…」

「どういうことどす?」

「まぁ、深く考えることないよ。
それより、おばあちゃん…早百合さんはいつ帰って来るの?」

「多分、明日か明後日と思います。」

「明日か明後日…あぁ、早く早百合さんに会いたいなぁ…」

美戎の洗脳はとても深い。
俺にはきっとどうしようもないだろうから、まずは二人の様子やこの家のことを調べられるだけ調べて、然るべき専門家に助けを求めよう。



「とにかく、今日は慎太郎さんと美戎の戻って来たお祝いをせなあきまへんな。
勘太郎さん、今から買い物に行きまひょ!」

そう言うと、ばあさんは立ち上がり、じいちゃんの腕を取った。