(山ノ内勘太郎……と。)



「はい、書けました。」

わしは必要事項を書いた宿帳を老婆に返した。



「おおきに。では……」

「あ、ちょっと待ってくだされ。
少々お訊ねしたいことがありましてな。」

わしは立ち去ろうとした老婆を引き止めた。
老婆は、その途端、わしから視線を逸らし、恥ずかしそうに俯いた。



「今は……ふりーでおます。」

「……は?」

「好きなタイプは、オレ様なところがあるお人。
草食系はあんまり好きやおへん。」



(な、なにをゆうとるんじゃ、このばあさんは……)



「ははははは……
あなたは冗談がお上手だ。」

「あては冗談は嫌いどす!」

それは、これ以上ないほどに毅然とした態度だった。



「そ、そうでしたか。
え、えっと…今はふりーで、お好きなタイプはオレ様…草食系はNG……と。」

わしは、なぜだか全くわからないままに、手帳にばあさんのデータをメモした。



「それとは別に、こちらの陰陽師様のことでお話をおうかがいしたのですが……」

「陰陽師のこと…?
それならいろいろ詳しゅう知っとります。
……せやけど、あてははずかしがりで口が重たいさかい……
あぁ、お酒の力でもお借りしたら、ちょっとは楽に喋られるやろうけど、ここにはお酒はあらへんし……」

老婆は急にしなを作り、皺だらけの指で畳にのの字を書き始めた。



「それなら、わしが酒を買ってきましょう。」

「えっ!それは、お客さんがあてにお酒をおごってくれはるっちゅーことでっか?」

「はい、そのくらいなら……」

「ほな、今からローポンに行きまひょ!」

「え?あ、は、はい!」

わしがそう答えた途端、手首が引き抜かれそうな勢いでひっぱられ、気が付いたら、わしはローポンの店内におった。



「これと…これも……
あ、もうちょっと後やったらボジョレーもあったんやな。
今年の出来はどうやろなぁ……」

老婆は独り言を言いながら、次から次にかごに酒や肴を放りこんで行く。
それにしても、コンビニにこれほどたくさんの酒が置いてあるとは……
缶ビールだけでも何種類もある。
わしがそんなことに驚いておるうちに、ばあさんはかご五つをいっぱいにしておった。