もうだめだ。
もしも、これが奴らの罠だとしたら、俺達はここから逃げることは出来ない。



なんてことだ……
一年以上の歳月をかけて、やっとここまで来たっていうのに…
やっと、元の世界に帰れるって思った所でこんなことになってしまうなんて……
うかつだった……
きっと、帰りたいって気持ちが強すぎて、兄弟子さんのことを言われた途端、一も二もなく信用してしまったんだ。
今更、そんなことを悔やんでもどうにもならない。
俺達はもう長兵衛先生なる人の屋敷の前にいて、今から中に入る所なんだから……


(じいちゃん……)


俺は、込み上げてくる涙をぐっと堪えた。


屋敷の中は、なんとなくあのうさんくさい老人の家の造りによく似てた。
やがて、広い座敷に通され、そこでお茶とお菓子を出された。
いつもなら用心するところだけど、ここまで来て用心も何もないだろう。
俺はやけになって、そのお菓子を口に運んだ。
美戎達は、特に何の警戒もしてないらしく、俺が食べるより先にすでに食べていた。



「おぉ、お待たせ致しましたな。」

出て来たのは、いかにも人の良さそうな人間の…いや、見た目は人間に見える老人だった。
本当に人間なのか、あるいはヨウカイが化けているのかはわからないけど、とにかく人間らしき者の姿を見たことで、なんとなくほっとした。



「大方の話は飛び天狗達から聞いております。
なんでも、あなた様は私に届けるものがあるとか……」

「あ、それはこっちね。
慎太郎さん、あれを……」

「あ、あぁ……」

渡して良いのかどうかはわからなかったけど、俺は、老人から預かった包みを、長兵衛さんに手渡した。
長兵衛さんはすぐにその包みを開く。



「おぉ…これは……」

それは本のようなものだった。
封筒も入ってた。
長兵衛さんは、早速その中の手紙に目を通す。



「本当にどうもありがとうございました。
この本は、もう何年も前に金兵衛に頼んでおったもの…
しかし、ここは遠い…あいつがこんな所まで持って来てくれるとは思えませんし、きっと無理じゃろうと諦めておったのです。
いやぁ、本当に助かります。
ありがとうございました。」

「い、いえ……」

なんだか本当にこの人は長兵衛さん…名前はうっかりして聞いてなかったけど、あの老人が兄弟子と言っていた人みたいだ。
俺は、どこか気の抜けるような想いを感じた。