美戎はそんな俺の心の葛藤に気付くこともなく、ついに弁当の包みを開いた。
それは、この山に入る前に、ゆかりさんが作ってくれたものだ。
山の中に入ってからではのんびりとごはんの支度なんて出来ないだろうからって、ゆかりさんが朝早くに作っておいてくれたものなんだ。
それにしてもいくらお腹がすいてるからって、美戎の奴、飛び天狗達が怖くないのか?
ここらに危険なヨウカイが出るってことはあいつも知ってるはずなのに、もしかしたら歩いてるうちに忘れてしまったんだろうか?

美戎は飛び天狗のことなどまるで気にかけていない様子で…弁当箱の蓋を開けるとまずはにっこりしておかずを眺め、大きな口を開けて、おかずを食べようとしたまさにその時……



「あっ!」



飛び天狗の一人が翼をはためかせかと思うと、美戎の持っていた特大の弁当箱が空高く舞い上がり、あっけにとられた僕らがその様を見上げている最中、弁当箱は急に浮力を失い、真っ逆さまに地面に叩き付けられた。
弁当箱はばらばらになって吹っ飛び、当然ながらおかずもすべてそこらに散らばった。



美戎は目を丸くして立ち尽くし、飛び天狗達は、皆、腹を抱えて大笑いしていた。



「くっ……」



美戎は深く俯き、両手を握りしめて肩を震わせた。
もしかしたら泣いているのか?
それとも、今になってやっと飛び天狗の怖さがわかったのか?




「び、美戎……こっちに……」

「……るさん…」

(……え?)



それは今まで聞いたことのないような低い声だった。
一瞬、美戎の声だとはわからなかった。
まるで、地の底から響くような凄味のこもった声だったから。



「は?なんだって?」

「おまえ達のように、食べ物を粗末にする奴は許さんって言ったんだ!」

美戎は顔を上げ、いつもとは別人のようなきつい視線で飛び天狗達を睨み付けた。



「聞いたか、みんな。
このお方が、俺達を許さないんだとさ。」

その一言で、飛び天狗達はどっと笑い始めた。



「ところで、許さないってどうやるんだ?」

笑い過ぎて流れる涙を拭いながら、飛び天狗の一人がそう言った。



「早く見せてもらいたいもんだな…」

飛び天狗達は、挑発するかのように美戎の周りを取り囲む。