翌日からダンジョンに潜り、標的を見つけるまで4日ほどかかってしまった。そしてようやく見つけたエーリッヒリザードマンは他のリザードマンを捕食していた。

「いたよ。あいつだ」

 同族さえも捕食する凶暴さは中々のもの、遠めに見ても図体はでかく顎も凶悪だ。こちらに気付いたエーリッヒリザードマンは食事をやめると両手斧を掴む。恐らく冒険者が捨てていった物か殺して奪ったものだろう。

「リヒトもグレンも邪魔するなよ。後ジノもね」

 本気になればあの程度どうとでもなるのはわかるのだが、ジノは暇そうに欠伸をするとその場に横たわる。前足の上に顎を置いているが目を開き、耳は常に左右に動いているから油断はしていないだろう。
 ラクシャは大鉈を構え近付いていくと、エーリッヒリザードマンはもっとも近いラクシャに向け襲い掛かる。3メートル以上の高さから振り下ろされた両手斧を、ラクシャは大鉈を使い左手と右腕で器用に受け止めた。身体強化魔法を使っている様子がないことから素の筋力と技術で耐えたのだろう。ラクシャはエーリッヒリザードマンの両手斧を横に打ち払うと大鉈を振りかぶり、よろめいているうちに両手斧に叩きつけ粉々に打ち砕く。

「斧を砕いたというのにまったく刃が欠けてない。 最高じゃないか!」

 敵の前だというのに大鉈の刃を確認し、欠けも歪みもないことに笑っている。武器を失ったエーリッヒリザードマンが襲い掛かろうとしたが、空を切るように大鉈が横薙ぎに振るわれ頭が地面に転がった。

<まともな奴で武器を試したい>

 その言葉のとおりB級冒険者としても充分なまともな奴で試し切りが出来たようだ。

「参ったな。姉貴が前よりも強くなっちまった」

 リヒトは苦笑しているようだがやはりうれしそうだ。自分も怪我をした馬鹿兄達が全快すれば同じように喜ぶだろうか。


 一月後、ラクシャは義手の調整を繰り返し出来る限り自然体で使えるようしてきた。見た目も随分と普通のガントレットに近くなり、腕を失っていると知らない限り私生活では気付かないほど扱いも上手くなった。

「これで一旦は終わりですが、これ以上となると材質そのものから改めませんと」

「鋼鉄以上となるとミスリル合金か。 さすがに高過ぎるかな」

 ミスリル合金-----------------------
 別名魔法金属
 魔法との親和性が非常に良い上に同質量の鋼鉄の倍近い強度を持っている。
 半面流通量が少なく加工も大変なため、金価格=ミスリル価格に近く高価。
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 ラクシャが義手について話している頃、こちらはこちらで話がまとまらずにいた。

「大穴ばかり空ける上に一回切りじゃ実用性がないと言っているんだ」

 ブレーカーガントレットの改善点をまとめ、新造品について話しているのだが。

「構造的強度を上げながら2種の激発など構造的に出来るわけないんだよ!」

「一撃ごとに魔力充填など戦闘中に出来るわけないだろう。必中させるため打撃距離まで接近するのも命懸け、失敗だってありえる」

「だからこそシールドを付けようと言っているんですよ! それなのに重いから腕部以外のアーマーを取り外せとかおかしいでしょ!」

 はっきりいって平行線だ。私は回避しつつ接近するため軽量さと数箇所撃ち込む事を考えているが、技術者としては重い攻撃を受けてでも無理やり接近し最大の一撃を撃ちこむ事を考えている。ロマンとして技術者の意見も分かるのだが、人の身で攻撃を受けつつ撃ち込むなどやりたくはない。
 よほど鍛え込んだ重騎士でもない限り、フルプレートアーマーを付けていたとしてもリザードマンの槍を真正面から受ければ貫通するかもしくは骨折するというのに。

「Cクラス魔物の攻撃を鋼鉄のシールドごときで対処できると思うのか?」

 技術者の悪い点はどの世界も共通して同じだ。頭が痛いが私も元々は設計技術者の端くれ、現場の人間に散々怒られた記憶が僅かに残っている。対処法ははっきり言うか体験させる事だが。

「・・・・・・Cクラス相手さえ無理なのか」

 表情が暗いところを見るとどうやら鋼鉄のシールドなら簡単に防げると思っていたようだ。機構に詳しい技術者ではあるが、防具に関しては詳しくないと言う事か。

「どうやら理解してくれたようだが、武器の開発方針を決めようか」

 これから苦しく楽しい無理難題を構造に組み込む設計のお時間だ。

「えぇ、これから方針を決めませんとな」

 テーブルの向かいに座っているのだが、お互い悪い顔をしているだろう。お互いが技術者であり設計者であり出資者、言い負かされたり技術的問題点や欠点を論理的に突かれると一気に持っていかれかねない。その上こちらは素性を抑えた上で知っているドワーフの蒸気機構を、つまり現存する機構のみで話さなければいけないという弱みがある。


「・・・・・・疲れた」

 宿屋に併設されている酒場のテーブルに突っ伏す。頭だけをこれだけ使ったのは前々世振りだ。

「あんたもまぁ良くやるね。聞いててこっちが眠くなったよ」

「あの男も中々引かない強い奴だ。何を言っているかは分からなかったが」

 ラクシャとリヒトは笑いながら頼んでおいた酒樽にジョッキを突っ込み飲んでいる。鬼人族は極めて大酒飲みの上に全く酔わず、武具屋生活費を除いた稼ぎの殆どが酒に消える一族といわれる所以でもある。

「グレンもどうだ」

 リヒトがジョッキに入った酒を差し出したので半分身を起こし受け取る。

「あぁ、一杯は貰う。 残りは茶を壺でくれ」

 酒は余り好きではないが付き合いで最低限飲みはする。酒の成分を毒と仮定して無効化する訓練にもなるのが理由ではあるが。

「よし それじゃあんたの奢りだ!」

「またですか。すみません。エールを1樽と料理の追加御願いします。薬草茶も壺で下さい」

 先払いで店の人に御願いすると急いで酒と料理が運ばれてくる。

「ははっ、あんたは本当に話しが分かる雇い主だ!」

「よし、乾杯だな!」

「私ニモ酒ヲクレ」

 他の冒険者達に尻尾を踏まれないようテーブルの下でジノが陣取り大き目の肉を食べていた。仲間になってからグルメになったというか、肉は焼いた物以外基本食べないし酒まで飲んでいる。

「あんたを忘れてないさ」

 ラクシャは小さな桶を酒樽に突っ込むと、酒が並々と入った桶をジノの前に置いた。安い酒ではないのだが、別に稼ぎを独占するつもりで割合を多くしているわけではない。武具の素材やこういった諸経費が基本こちら持ちだったりするためだ。ラクシャとリヒトが2樽ほど酒を飲み干した頃、酒場の隅で小さな騒ぎが起きた。

「このあばずれが!」

 聞き間違いでなければ日本語の暴言、小さな騒ぎになっている声の元を見ると酔っ払った冒険者が娼婦だろう女の腕を掴んで顔を殴っている。奴隷が最低身分を保証されているように、娼婦もまた身分を保証され暴力など奮っていいものではない。
 椅子から立ち上がると走りより、暴力を振るっていた冒険者の腕を掴み上げる。何事かとこちらを向くが表情をゆがめ娼婦から手を離すとその場にしゃがみ込んだ。加減せず掴んでいるため腕の骨にひびが入ろうが、激痛でろくに動けなかろうが構っている余裕はない。

「あばずれという言葉、誰から聞いた。 答えろ」

「そっ・・・・・・その前に手を」

「今すぐ言え。この腕、圧し折るぞ」

「傭兵団マッドネスの団長だ! 嘘じゃねぇ! 俺は先月までそこにいたんだ!」

 傭兵団マッドネス-----------------------------
 総団員数100人程度 奴隷30人ほど抱えている傭兵団。
 実力こそあるものの金で動く何でも屋であり、強盗や戦時犯罪など悪名も少なくない。
 団長は単独でアースドラゴンを倒したといわれ、実力はAランク冒険者に匹敵するといわれている。
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「私の用件はすんだが、酒場で暴力を振るった問題はなくならない」

 酒場の入り口では店主と娼婦から事情を聞いている数名の衛兵が待っていた。衛兵に向って男を蹴りだすと恨みの一言でもこちらに向って叫んでいるが、暴力を振るわれた娼婦が何度も衛兵に被害を訴えている。こちらに構っている余裕などすぐなくなるだろう。

「傭兵団マッドネスを狙う」

 テーブルに戻りそう伝えるとラクシャとリヒトは一瞬驚いた表情を浮かべた。

「傭兵団だが悪名もあるから問題はないが、結構な相手じゃないか。3人とウルフだけでやるのは少々大変そうだ」

 リヒトは持っていた依頼書の写しの束の中からどくろマークがついたものを取り出した。元Bランク、伝手があれば危険な依頼や守秘が堅い仕事を回される事がある。いずれBランクに戻れるだろうという事でギルド職員からリヒトに渡されていたものだ。

「先日昔なじみがくれたものだが」


 ランクC ギルド依頼
 依頼 調査
 対象 傭兵団マッドネス
 報酬 20万フリス
 委細 傭兵団マッドネスの素行を秘密裏に調査する。


 守秘のあるCランク、どくろマークはつまり危険度はそれ以上である可能性が高いということだ。

「馴染みに頼んでまわしてもらってくる。俺が行けば大丈夫だろう」

 損傷奴隷になって剥奪されているとはいえ元はBランク、いまだ信頼されているのだろう。信頼で言ってしまえばグレンはDクラス、名もなく実績もないため信頼は皆無に等しい。だがCランク依頼であればDランクでも斡旋を受ければ受領することは可能だ。
 ギルドから正式に依頼を受け、与えられた情報から王都の北西を拠点としていることがわかった。北西の地は魔物も多いことから傭兵団や兵士達が駐留しているが、治安が良い王都の中ではかなり悪い方だろう。