――パンパン。

 大きく柏手を打ち、一心不乱に祈る。
 ちょっと欲張りすぎかな……でも今日は元日だもの。お賽銭も奮発したし、大盤振る舞いでお願いします。神様、どうか私に力を貸してください。
 長い長い願い事を終え目を開けると、横から視線を感じた。

「随分必死に祈ってたね」

 顔を向ければ楽しそうに笑う彼。
 綿あめみたいに真っ白な息が、その柔らかい微笑みをそっとなぞって空中に霧散した。

 この笑顔をまた近くで見られる日が来るなんて。
 私はこんな些細な幸せですら泣き出しそうになってしまうくらいなの、そんな風に思っていると知ったら、きっと彼は驚くだろう。

「うん。私、頑張るって決めたから。神様に背中を押してもらいたくて」

 列から抜けると、予定通りおみくじ売場へ歩を進めた。

 ここは、私がかつて彼に命を救われた石段の上にある小さな神社だ。正確にはこの下の道路だけれども、私とあの奇妙なおばあさんが遭遇したのもこの下のバス停。クリスマスの夜に、私が舞い戻ったのもこの下のバス停。
 だから彼に、初詣は都内にある大きな神社まで足を延ばさないかと提案されても、何かを決断するならここが相応しいのではないか、そう思ってわがままを聞いてもらった。
 おばあさんがこの神社の神様だとは言わないけれども。だって、あんな憎たらしい捻くれ者が神様だなんて、なんか嫌だ。

 ……でもそう、今なら何となく、彼女の遠回しすぎる優しさも分かる。

 過去へと戻り、やり直したいと願った私に「ほっときゃいい」と無責任にも聞こえる言葉を繰り返したのは、戻れば必ず悔やむ事態が待っていること、私がおばあさんの忠告を無視し見てしまった二人の抱擁は、実は想いを寄せる琴平さんの一方的なものであったこと、そして、戻らなくとも私たちは既に両想いであったこと、それらを全て知っていたからなのだ。
 だったら最初からそう言ってくれれば話は早かった……って思うから、やっぱり憎たらしいことに変わりはないけど。でも二度目の恋を、それこそ命懸けで頑張った日々は無駄じゃなかったと思えるから、もしかしたら私が殻を脱ぎ捨てるきっかけを作ってくれたのかもしれないと、少しだけ、本当に少しだけ感謝もしている。勿論だからと言って、また会えたとしても、癪だから絶対にそんなことは言ってやらないけど!

「神様じゃないと、背中は押せないの?」
「え?」

 漂っていた意識が急速に、絡め取られた指先へと収束した。
 見上げれば、少し拗ねたような彼の横顔。でも耳は綺麗に赤く染まっていて、彼と手を繋いだいつかの夕焼けを思い出した。
 私の顔も多分それに負けないくらい真っ赤になってしまったと思ったけど、私は繋がれた左手にそっと力を込める。とても嬉しくて、少しだけ泣きそうになりながら。
 繊細そうに見えるけど、繋いで初めて分かるごつごつと節くれだった指。男の子なんだと強く実感して、そしてそれが大好きな人の手なら尚更、一ミリの隙間もなくくっついていたい。際限なくずっとこのまま、なんて、どんどん貪欲に願ってしまう。

 私が寄りかかったって、藤倉君はきっとびくともしないんだろう。でも決めたの、これは私の恩返しだもの。

「藤倉君にもお願いがあるよ」

 見つめれば、嬉しそうな笑顔が返ってくる。頼られるのが嬉しいなんて、やっぱり彼は真面目で優しい。

「なに?」
「私来年度、Aクラスになりたい。絶対に。だから冬休み全部使って、私と一緒に勉強してください」

 きっと予想外のお願いだったのだろう。藤倉君は結構長い間きょとんとして、でもその後に、何だか月島さんらしいね、と苦笑いを返してくれた。

「同じクラスになりたい」

 半分は本当。

「うん。俺もなりたい。だから厳しくするけど覚悟な」

 強く頷く。

 少しだけ罪悪感が湧いたけど、きっと彼も分かってくれると信じてる。信じてるけど少しだけ怖いから、神様、どうか全てがうまく収まるように、見守ってください。

 二人で引いたおみくじは、彼は安定の大吉だったけど、私は微妙な吉だった。
 でも肝心の“願い事”に目をやれば、『根気よく努力せよ、さらば叶う』と。

 うん、よし、幸先良いぞ!