いつもの散歩コース。ハナのリードを引きながら考える。この胸騒ぎの正体は、いったい何なのだろう、と。
気分転換にと引き受けた散歩。可愛いハナが久々に見られて、嬉しくは思っている。なのに、完全には拭いきれない胸の違和感。
例えば、それほどしょっちゅう行くような近場でもないのに、何故か知り合いと遭遇する変な確信があったり、あまり得意でない人物と、その日行なわれる予定の席替えで隣になる嫌な予感がしたり。
些細な電波を受信でもしてるんだろうか。心の表面を、かさつく指先でそうろりと撫でられたような、ちょっとした違和感。今日の予感は酷く漠然としていて、良いことか悪いことか、どちらなのか判断がつかない。その曖昧さが却って何だか気持ち悪かった。
通知表じゃないとすれば……明日から冬休みに入るから、それで落ち込んでる? いやいやまさか、今更。学校で藤倉君に会えなくなる、なんて寂しがるほど会ってないじゃない。自嘲気味に笑って目を伏せると、いつの間にかこちらを見ていたハナと目が合った。
「どうしたの?」
訊くけど、勿論答えは返ってこない。でもなんだかその瞳が、「それは私の台詞よ」そう言ってるように見えて、思わず頭をくしゃくしゃと撫でてしまった。
ときどき思うのだ。動物というのはしゃべることができない分、瞳が語る雄弁さをとてもよく理解しているのではないか、と。時として、誰よりも感情の機微に敏感なのだ。
しゃがんで瞳を合わせ、大丈夫よ、と抱きしめた。
本当はあんまり大丈夫じゃない。だけど言葉にすれば、それが現実になるかもしれないと思ったんだ。
納得したのかしなかったのか、結局のところは分からなかったけど、ハナはまた私の隣をお行儀よく歩き出した。
行く場所はいつも同じ。駅とは反対側にあるわりと大きな河川敷だ。この時期になると川の一部が凍ったりして、そしてハナはそれを見るのが大好きなのだ。冷たくてビクリとなるくせに、薄い氷の膜を鼻先でつつくのがよほど楽しいらしい。夢中になる姿がとてつもなく可愛くて、私はそれ見たさに、寒いけど冬も必ずここへ来てしまう。
「行くから行くから」
既にテンションが高くなって私を引っ張り始めているハナに、引き摺られるようにしながら、私は土手を下りようとした。
でも次の瞬間、思ってもみなかった強さでぐんっと引っ張られ、バランスを崩す。久しぶりすぎて感覚を忘れていたみたい。その拍子に、前から走ってくる一人の女の人とぶつかりそうになった。
「ごめんなさいっ」
何とか体勢を立て直し、咄嗟に謝って顔を上げる。そのときに目が合って、私は思わず息を呑んだ。
向こうはそんな私の様子に気付くこともなく、会釈を返すとそのまま走り去る。
――驚いた、まだ走ってたんだ。
次第に小さくなる背中を見送りながら、私は詰めていた息を吐き出し、そして少しだけ切ない気分になった。
彼女はきっと、私のことを知らない。でも私は、知っている。
彼女の名前は、美濃部鞠(みのべまり)さん。
西紅高校の一年生だ。クラスは、藤倉君と同じA組。
でも、今はもう来ていない。
階も違う私が彼女を知っているのには、もちろん理由がある。それは、彼女がある事件を起こし、一躍時の人となったからだ。
気分転換にと引き受けた散歩。可愛いハナが久々に見られて、嬉しくは思っている。なのに、完全には拭いきれない胸の違和感。
例えば、それほどしょっちゅう行くような近場でもないのに、何故か知り合いと遭遇する変な確信があったり、あまり得意でない人物と、その日行なわれる予定の席替えで隣になる嫌な予感がしたり。
些細な電波を受信でもしてるんだろうか。心の表面を、かさつく指先でそうろりと撫でられたような、ちょっとした違和感。今日の予感は酷く漠然としていて、良いことか悪いことか、どちらなのか判断がつかない。その曖昧さが却って何だか気持ち悪かった。
通知表じゃないとすれば……明日から冬休みに入るから、それで落ち込んでる? いやいやまさか、今更。学校で藤倉君に会えなくなる、なんて寂しがるほど会ってないじゃない。自嘲気味に笑って目を伏せると、いつの間にかこちらを見ていたハナと目が合った。
「どうしたの?」
訊くけど、勿論答えは返ってこない。でもなんだかその瞳が、「それは私の台詞よ」そう言ってるように見えて、思わず頭をくしゃくしゃと撫でてしまった。
ときどき思うのだ。動物というのはしゃべることができない分、瞳が語る雄弁さをとてもよく理解しているのではないか、と。時として、誰よりも感情の機微に敏感なのだ。
しゃがんで瞳を合わせ、大丈夫よ、と抱きしめた。
本当はあんまり大丈夫じゃない。だけど言葉にすれば、それが現実になるかもしれないと思ったんだ。
納得したのかしなかったのか、結局のところは分からなかったけど、ハナはまた私の隣をお行儀よく歩き出した。
行く場所はいつも同じ。駅とは反対側にあるわりと大きな河川敷だ。この時期になると川の一部が凍ったりして、そしてハナはそれを見るのが大好きなのだ。冷たくてビクリとなるくせに、薄い氷の膜を鼻先でつつくのがよほど楽しいらしい。夢中になる姿がとてつもなく可愛くて、私はそれ見たさに、寒いけど冬も必ずここへ来てしまう。
「行くから行くから」
既にテンションが高くなって私を引っ張り始めているハナに、引き摺られるようにしながら、私は土手を下りようとした。
でも次の瞬間、思ってもみなかった強さでぐんっと引っ張られ、バランスを崩す。久しぶりすぎて感覚を忘れていたみたい。その拍子に、前から走ってくる一人の女の人とぶつかりそうになった。
「ごめんなさいっ」
何とか体勢を立て直し、咄嗟に謝って顔を上げる。そのときに目が合って、私は思わず息を呑んだ。
向こうはそんな私の様子に気付くこともなく、会釈を返すとそのまま走り去る。
――驚いた、まだ走ってたんだ。
次第に小さくなる背中を見送りながら、私は詰めていた息を吐き出し、そして少しだけ切ない気分になった。
彼女はきっと、私のことを知らない。でも私は、知っている。
彼女の名前は、美濃部鞠(みのべまり)さん。
西紅高校の一年生だ。クラスは、藤倉君と同じA組。
でも、今はもう来ていない。
階も違う私が彼女を知っているのには、もちろん理由がある。それは、彼女がある事件を起こし、一躍時の人となったからだ。