「まだ痛む?」
「少しね」
琴平さんは私をちらりと見やる。
「大変だったと思うけど…………どうして、転んだの?」
遠慮がちにかけられた言葉。
でもそれに私はヒヤリとした。いつかは誰かに言われるかもしれないと思っていたのだ。
私も先日知ったのだけれども、あの神社には、あんな危険な石段を上らなくても行ける迂回路があるのだそうだ。
転ぶ危険がある石段を、ましてや暗闇の中、何故上る必要があったのか、上るのならば、それ相応に気を付けるべきではなかったのか、彼女の台詞には、暗にそんな非難が含まれている気がした。
そしてこれを、藤倉君の所へもお見舞いに行っているであろう彼女から言われたということは、恐らく彼は私が転がり落ちた事の真相を知らない。
私は、これにどう答えるのが正解なのかを導き出せずにいた。
「――それは」
何て言おう、必死で頭を巡らせる。
けどそんな私の耳に、突然場違いな大声が飛び込んできて、思考は中断させられた。
琴平さんも驚いたようにそちらへと目を向ける。近付いてみれば、そこは藤倉君の病室だった。
「母さん、やめてくれ、絶対に言わないでくれ」
懇願するような彼の声。
「羽宗だけが、どうしてこんな苦しい思いしなきゃならないのよ!」
次いで少し掠れた女性の声が聞こえて、母さんという呼びかけからも、藤倉君の母親のものであることがうかがわれた。
「孝子、落ち着きなさい。羽宗も」
「俺は落ち着いてる」
琴平さんと目を合わせるが、彼女にも何が起こっているのかは分かっていないようだった。
「日常生活に支障はないんだ」
ぼそりと呟かれたその言葉に、嫌な予感がした。
「でももう激しいスポーツはできないのよ!」
続いた言葉で背筋が凍りついた。
琴平さんが隣で息を呑む。
「……バスケをしてれば半月板の損傷なんて、いずれは起こったかもしれない事態だ」
「運動での損傷とは違うわ! それにあなたはまだ高校一年生じゃないっ!」
泣き崩れるような、悲痛の叫びが響き渡った。
――半月板の、損傷?
僅かに開いた隙間から覗けば、項垂れる藤倉君の両膝に痛々しく巻かれた包帯が見えた。
その傍らでしゃがみこむ女性と、宥めるように背中を擦る男性。
知識としてはほとんどないに等しい症状だったけれども、理解するには十分だった。
彼はもう二度と、思いきりバスケをプレイすることができない。そういうことだ。
何で? どうして? 過去を捻じ曲げたのは私なのに、何故本人である私ではなく、彼に災いが降りかからなくてはならないの?
――パサッ。
不意に音がして、足元に花束が転がった。
彼女を見やれば、その手は白くなるほど固く握りしめられ、震えていた。
「琴平さ」
声をかけようとして、私はその先を失った。
私を見つめる彼女の瞳に、今度こそ隠しきれない非難の色が浮かんでいたのだ。
「何で?」
震える声。
「何で転んだのよ」
先程と同じ質問。だけど先程とは違う、露わにぶつけられる感情。だから余計に突き刺さった。
それに、彼女のこんな姿、一度だって目にしたことはなかった。
気圧され、答えに窮してしまう。
「あなたが転ばなければ、彼の未来は理不尽に奪われることはなかった」
彼女はそのまま踵を返す。
私は微動だにできないまま、ただ言われた言葉に呆然とする他なかった。
「少しね」
琴平さんは私をちらりと見やる。
「大変だったと思うけど…………どうして、転んだの?」
遠慮がちにかけられた言葉。
でもそれに私はヒヤリとした。いつかは誰かに言われるかもしれないと思っていたのだ。
私も先日知ったのだけれども、あの神社には、あんな危険な石段を上らなくても行ける迂回路があるのだそうだ。
転ぶ危険がある石段を、ましてや暗闇の中、何故上る必要があったのか、上るのならば、それ相応に気を付けるべきではなかったのか、彼女の台詞には、暗にそんな非難が含まれている気がした。
そしてこれを、藤倉君の所へもお見舞いに行っているであろう彼女から言われたということは、恐らく彼は私が転がり落ちた事の真相を知らない。
私は、これにどう答えるのが正解なのかを導き出せずにいた。
「――それは」
何て言おう、必死で頭を巡らせる。
けどそんな私の耳に、突然場違いな大声が飛び込んできて、思考は中断させられた。
琴平さんも驚いたようにそちらへと目を向ける。近付いてみれば、そこは藤倉君の病室だった。
「母さん、やめてくれ、絶対に言わないでくれ」
懇願するような彼の声。
「羽宗だけが、どうしてこんな苦しい思いしなきゃならないのよ!」
次いで少し掠れた女性の声が聞こえて、母さんという呼びかけからも、藤倉君の母親のものであることがうかがわれた。
「孝子、落ち着きなさい。羽宗も」
「俺は落ち着いてる」
琴平さんと目を合わせるが、彼女にも何が起こっているのかは分かっていないようだった。
「日常生活に支障はないんだ」
ぼそりと呟かれたその言葉に、嫌な予感がした。
「でももう激しいスポーツはできないのよ!」
続いた言葉で背筋が凍りついた。
琴平さんが隣で息を呑む。
「……バスケをしてれば半月板の損傷なんて、いずれは起こったかもしれない事態だ」
「運動での損傷とは違うわ! それにあなたはまだ高校一年生じゃないっ!」
泣き崩れるような、悲痛の叫びが響き渡った。
――半月板の、損傷?
僅かに開いた隙間から覗けば、項垂れる藤倉君の両膝に痛々しく巻かれた包帯が見えた。
その傍らでしゃがみこむ女性と、宥めるように背中を擦る男性。
知識としてはほとんどないに等しい症状だったけれども、理解するには十分だった。
彼はもう二度と、思いきりバスケをプレイすることができない。そういうことだ。
何で? どうして? 過去を捻じ曲げたのは私なのに、何故本人である私ではなく、彼に災いが降りかからなくてはならないの?
――パサッ。
不意に音がして、足元に花束が転がった。
彼女を見やれば、その手は白くなるほど固く握りしめられ、震えていた。
「琴平さ」
声をかけようとして、私はその先を失った。
私を見つめる彼女の瞳に、今度こそ隠しきれない非難の色が浮かんでいたのだ。
「何で?」
震える声。
「何で転んだのよ」
先程と同じ質問。だけど先程とは違う、露わにぶつけられる感情。だから余計に突き刺さった。
それに、彼女のこんな姿、一度だって目にしたことはなかった。
気圧され、答えに窮してしまう。
「あなたが転ばなければ、彼の未来は理不尽に奪われることはなかった」
彼女はそのまま踵を返す。
私は微動だにできないまま、ただ言われた言葉に呆然とする他なかった。