開ければそこには、ハナと戯れる藤倉君が待っていて。
 薄暗くなり始めた空に浮かぶ一番星の下、濃紺のシンプルな浴衣に萌葱色の帯を締めた彼の姿に、普段見慣れない格好のせいもあってか、私の鼓動は瞬時に跳ね上がった。

「あらあら」
「こんばんは」

 振り向けばお母さんも藤倉君を見つめていて、いや、寧ろ見とれているといった方がしっくりくるほど、顔には喜色が浮かんでいた。

「こんばんは。藤倉君?」
「はい。初めまして。美麗さんとお付き合いをさせてもらってます、藤倉羽宗です。ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません」

 藤倉君は、丁寧に頭を下げた。

「まあ、礼儀正しいのね。美麗にはもったいないくらいのハンサムな男の子じゃない」

 満面の笑顔で、さり気なく私を貶める。反論はできないから仕方ない。
 でも言っとくけど、私お母さんの子供だからね?

「もういいでしょ。行こう」

 急いで藤倉君の背中を、回れ右するように押す。
 するとお母さんは、はいはい、気を付けてね、と手を振った。
 もう一度藤倉君は、それに律儀に会釈する。私は、バイバイ、とお母さんに背を向けると、彼の背中を今度こそ力一杯押した。

「うらら、俺転んじゃうよ」

 彼は笑いながら門に手を掛ける。

「お母さんに捕まったら、お祭りに行きそびれちゃう」
「そんな大袈裟な」

 下駄に草履。二人とも履きなれない足元は、からころと音がして、あんまりスピードも出ない。でもそれが、ゆっくり歩く口実になる気がして、私は密かに嬉しくなってしまった。

「第一印象は大事なんだぞ」

 真剣に返す彼。

「大丈夫。藤倉君なら顔パスだよ」
「それ、何だか複雑だなぁ」
「得してるんだから、良いじゃない」

 私たちは笑いながら、道路へと下りた。

「うらら、綺麗だね」

 不意打ちのように彼が囁く。途端に赤くなるのが自分でも分かって、気恥ずかしさに思わず俯いた。

 ――そのときだった。

「あっ! ハナ!」

 お母さんの慌てた声と、次いでドンッという衝撃。その拍子に私は少し前につんのめったけど、藤倉君が支えてくれたので何とか転ばずに済んだ。

 そして横目で捉えたのは、走り去る白いふわふわ。
 まさか、そう思って振り返ると、お母さんは血相を変えていた。

「ハナが!」

 ハナが、脱走?

 藤倉君が咄嗟に追いかけようと走り出す。
 私も後を追おうとして、草履では絶対に追い付けないと思い直し、玄関へと取って返した。スニーカーに履き替えながら、

「お母さんは家にいて! ハナがもしかしたら戻るかもしれないから!」

 大声で告げると、今度こそ藤倉君の後を追って走り出した。