「ねえ、うらら」

 もうすぐで家に着く、そんなとき、不意に藤倉君が私を呼んだ。

「ん?」
「夏休みに入る直前の土日にさ、大きなお祭りがあるだろ?」
「ああ、うん」

 そういえば毎年この時期になると、大通りを封鎖して、この街きってのお祭りが開催される。
 たくさんの屋台が軒を連ね、大きな神輿が練り歩くのだ。この神輿が実に凝っていて、お祭りの一大イベントと言っても過言ではない。金と朱色で装飾が施されたそれは、当日まで多くの練習を積んだであろう、太鼓や笛を演奏する小さな子供を乗せている。そして、つんざくような「わっしょい」という掛け声と、子供たちが奏でる軽快なリズムが、一見アンバランスに思えてその実、絶妙なハーモニーを生み出すのだ。

「一緒に行かない?」
「え?」

 しかしそのあまりにも凄い人混みに辟易し、去年は神輿を見て、屋台を二つ三つ回ったところで、早々にリタイアしたことを思い出していた。

「うららの浴衣姿、見たい」

 最近藤倉君は、こういうドキリとする台詞を、ドキリとする瞳で言う。

「わ、私の?」
「うん」

 以前浴衣を買ったのは、いったいいつだっただろうか? 思い出せないほど昔で、柄も流行とは程遠い。去年はそんなことちっとも気にしなかったのに、彼と一緒に歩くというだけで、即座に重大な案件へと早変わりする。

「うん、分かった。じゃあ、藤倉君も着て来てくれる?」

 痛い出費だが、今年は浴衣を新調しようじゃない。藤倉君のためだもの、何を差し置いても。

「俺も?」
「うん、見たいな」

 すると彼は、少しだけ照れたようにはにかんだ。

「分かった。着て行く」

 頷く彼を見て、私の心は高揚した。
 ただでさえ楽しいお祭り。それを今年は彼の隣で、彼と一緒に浴衣を着て見て回れるなんて、まさに夢のようだった。
 苦しいほどの人混みも、蒸し暑い人いきれも、それすらわくわくするなんて、そんな思いを抱く私を、あの頃の私は逆立ちしたって想像できなかったに違いない。

「楽しみだね」
「うん、楽しみ。当日はここまで迎えに来る。可愛くして待っててね」

 彼はにっこり笑うと、手を振りながら帰路へとついた。
 その背中を見送りながら、今週末は、浴衣を買いにデパートだと意気込む。鞠に手伝ってもらおう。センスの良い彼女に任せれば、きっと間違いない。
 当日は、着付けをお母さんに手伝ってもらわなくちゃ。
 するべきことを指折り数えながら、私の心はかつてないほど弾んでいた。