藤倉君の言葉通り、私たちは互いに特別な予定が入らない限りは、毎日一緒に帰るのが習慣となった。
 みんなの前で手を繋ぐのはまだ恥ずかしくて、西紅生の少なくなる、あの奇妙なおばあさんと遭遇したバス停付近から、いつも自然と彼が手を取ってくれる。私の気持ちを何よりも慮ってくれる気遣い屋の彼。
 恐れていた嫌がらせも、今のところは受けていない。

 そしてもう一つ私を安堵させたのが、琴平さんに下校時会わなくなった、ということだった。時間をずらしているのか、若しくは裏門から下校しているのか。どうしているのかは分からないけど、自分が恐ろしく非道な人間になってしまった、そんな思いに苛まれずに済んだ。

 ゆっくり歩いてるというのに、二人で帰る通学路はやけに短く感じる。
 いつも大した話はしていないけど、私は彼との間に流れる優しい空気を、とても心地良いと感じていた。
 そして同時に思う。やっぱりこの手を放すことなんてできない、と。
 それなら、そう思うのなら、大きな罪悪感を抱いてなどいけないのだ。それは膨れ上がれば、近い未来後悔となって私を突き落とす。
 全てが凍てつく、あのクリスマスの夜に。
 私はいつも、まるで命綱であるかのように、彼の手をぎゅっと握りしめる。


「ありがとう」

 あっという間に辿り着いた我が家。私の声に気付いたハナが、門から鼻を突き出して尻尾を振る。

「ハナ」

 ほぼ毎日会っている藤倉君に、ハナは早々に懐いた。今も気持ちよさそうに目を細めながら、大人しく撫でられている。

「可愛いなぁ。俺んちも何か飼いたいな」

 同じくらい目を細めた藤倉君が、そんなことを言い出した。

「動物、何も飼ってないんだっけ?」
「うん。小さい頃にお祭りの屋台で金魚掬いしてさ、一時期それを飼ってたんだけどね。わりとすぐ死んじゃって、それきり」

 思い出したのか、少し寂しそうに笑う。

「俺そのとき大泣きしてさ。それを見た母親が、もう今後一切うちでは生き物は飼いません! そう宣言したんだ。それ以来、何も飼わせてもらってない」

 ちょっぴり気の毒だけど、優しい藤倉君らしいエピソードだと、私はそっと笑う。

「それならもう、飼わない方がいいかもしれないね」
「うん。やっぱりそう思った。月島んちの犬なのに俺もうすげぇ可愛くって、多分既にヤバい」

 ハナを愛おしそうに見つめながら、お前ふわふわだなぁ、そう言ってもう一度優しく頭を撫でた。

「今度ハナに何か買ってあげても良い?」
「え? おやつとか、おもちゃとかってこと?」
「うん。喜ぶ顔が見たい」

 なるほどそういうことなら、動物を飼えない彼のためにも一肌脱ごうじゃない。
 私はふふっと笑って、とっておきを教えてあげることにした。

「じゃあお好み焼き、買ってきてあげて」
「お好み焼き?」

 彼が不思議そうに私を見やった。

「ハナ、何でか分からないけど、お好み焼きが異常に好きなの」

 私は以前、ホットプレートを使って家でお好み焼きをしたときのことを彼に話す。ハナがべったりと窓に貼り付いて、結局食事が終わるまでそこを動かなかったという笑えるエピソード。お好み焼きの何がそんなにハナを惹き付けているのか、まるでコントのようだったと、家族では未だに話題に上る。
 それからは勿論、お好み焼きの日は、ハナへのお裾分けを欠かさない。
 手なずけるなら、間違いなくこれが一番だ。
 すると彼は嬉しそうに、今度買ってこよう、意気揚々とそう答えた。