私たちは何となく、そのまま三人揃って更衣室を目指すことになった。
「藤倉!」
けれども他愛ない話をしながら歩く私たちの背に、人気(ひとけ)がなくなり始めた階段の踊り場で声がかかった。
私の心は瞬時にざわめき立つ。せっかく治りかけていた病が、形を変えて再発しそうだった。
「琴平」
藤倉君と鞠は同時に、私は一歩遅れて、ゆっくりと振り返った。
「これさ、返し忘れてたんだ」
見るとその手には、スポーツタオルが握られていた。
「ああ」
「この間は送ってもらっちゃってごめんね。タオルまで借りちゃったから」
「構わないよ」
背を向けているから表情は分からないけど、きっと彼は微笑んでいることだろう。
そしてこちらを向く彼女の瞳は、目の前の彼を映しながらも、私を捕らえているように感じた。
鞠を見れば、強張った顔をしている。何故今このタイミングで? 瞳がそう訝しんでいた。
でも私にはすぐに分かった。
これは、牽制だ。
いくらクラス委員として仲良くやっていても、体育祭実行委員として一緒にいる時間が増えたとしても、自分は毎日一緒の部活で、時には並んで帰ることもあるのよ、と。
「先に行ってるね」
元より男子と女子では更衣室は別々だ。だから早々に踵を返す。
だって今の私は、恐らくとても醜い顔をしている。そんなの、藤倉君に見られたくなかった。
「悪い、すぐ行く」
その言葉は背中で受けた。代わりに鞠が片手を上げて答えてくれる。
琴平さんは友人だ。可愛くて優しくて明るくて、一緒にいるといつも前向きになれる。
でも今だけは違った。これ以上いたら、きっとこの上なく後ろ向きになってしまう。
私は少しだけ、彼女のことを勘違いしていたのかもしれない。
勉強の猛者が集まるこの学校において、常にトップをキープし続けている彼女。思えばそれは、ただのか弱い女の子が成せる業では決してないのだ。強かで、そして何より負けず嫌い。性格の善し悪しではない。彼女は強い精神力でもって、自分が欲しいものは自分の力で勝ち取ってみせる、きっとそういう人なのだ。仲の良い友人にだって、潔いほど遠慮はしない。
「大丈夫?」
鞠が心配そうに私を見つめていた。
「ごめんね。私の態度、悪かったよね」
顔色は、多分少しだけ蒼い。
私は本当に、彼女に勝てるのだろうか?
振り返れば、二人は未だ楽しそうに話していた。同じように鞠も二人に目をやり、でもすぐに私へと向き直った。
「私はね、美麗が凄く好き」
「え?」
突然どうしたのかと目を向ければ、その顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。
「琴平さんは確かに完璧だけど、私はね、美麗のひたむきなのに控えめなとこが、すっごい可愛いと思うんだ」
そう言って腕を組んできた。
背の高い鞠は、私の方へ体を少し傾ける。風に靡く彼女の髪が、ふわりと頬を撫でた。まるで、大丈夫よ、あなたは頑張ってるもの、と優しく慰めてくれているように。
「私も、鞠が大好き」
落ち込んで沈みそうになる私の心を、その度に引っ張り上げてくれる鞠。
「私たち、両想い」
ふふっと可愛らしく笑う。
彼女のお陰で、私はまた前を向いて頑張れる、そんな気がした。
「藤倉!」
けれども他愛ない話をしながら歩く私たちの背に、人気(ひとけ)がなくなり始めた階段の踊り場で声がかかった。
私の心は瞬時にざわめき立つ。せっかく治りかけていた病が、形を変えて再発しそうだった。
「琴平」
藤倉君と鞠は同時に、私は一歩遅れて、ゆっくりと振り返った。
「これさ、返し忘れてたんだ」
見るとその手には、スポーツタオルが握られていた。
「ああ」
「この間は送ってもらっちゃってごめんね。タオルまで借りちゃったから」
「構わないよ」
背を向けているから表情は分からないけど、きっと彼は微笑んでいることだろう。
そしてこちらを向く彼女の瞳は、目の前の彼を映しながらも、私を捕らえているように感じた。
鞠を見れば、強張った顔をしている。何故今このタイミングで? 瞳がそう訝しんでいた。
でも私にはすぐに分かった。
これは、牽制だ。
いくらクラス委員として仲良くやっていても、体育祭実行委員として一緒にいる時間が増えたとしても、自分は毎日一緒の部活で、時には並んで帰ることもあるのよ、と。
「先に行ってるね」
元より男子と女子では更衣室は別々だ。だから早々に踵を返す。
だって今の私は、恐らくとても醜い顔をしている。そんなの、藤倉君に見られたくなかった。
「悪い、すぐ行く」
その言葉は背中で受けた。代わりに鞠が片手を上げて答えてくれる。
琴平さんは友人だ。可愛くて優しくて明るくて、一緒にいるといつも前向きになれる。
でも今だけは違った。これ以上いたら、きっとこの上なく後ろ向きになってしまう。
私は少しだけ、彼女のことを勘違いしていたのかもしれない。
勉強の猛者が集まるこの学校において、常にトップをキープし続けている彼女。思えばそれは、ただのか弱い女の子が成せる業では決してないのだ。強かで、そして何より負けず嫌い。性格の善し悪しではない。彼女は強い精神力でもって、自分が欲しいものは自分の力で勝ち取ってみせる、きっとそういう人なのだ。仲の良い友人にだって、潔いほど遠慮はしない。
「大丈夫?」
鞠が心配そうに私を見つめていた。
「ごめんね。私の態度、悪かったよね」
顔色は、多分少しだけ蒼い。
私は本当に、彼女に勝てるのだろうか?
振り返れば、二人は未だ楽しそうに話していた。同じように鞠も二人に目をやり、でもすぐに私へと向き直った。
「私はね、美麗が凄く好き」
「え?」
突然どうしたのかと目を向ければ、その顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。
「琴平さんは確かに完璧だけど、私はね、美麗のひたむきなのに控えめなとこが、すっごい可愛いと思うんだ」
そう言って腕を組んできた。
背の高い鞠は、私の方へ体を少し傾ける。風に靡く彼女の髪が、ふわりと頬を撫でた。まるで、大丈夫よ、あなたは頑張ってるもの、と優しく慰めてくれているように。
「私も、鞠が大好き」
落ち込んで沈みそうになる私の心を、その度に引っ張り上げてくれる鞠。
「私たち、両想い」
ふふっと可愛らしく笑う。
彼女のお陰で、私はまた前を向いて頑張れる、そんな気がした。