でも私は彼女の声を聞いたことがないから、判断がつかない。もしいるのだとしたら、私の感じた彼女の印象とは大きく異なることになる。やっぱり世間の目が正しかったのだろうか?

「髪も長くて白くて細くて、ほんとこけしそのものだったんだ。でもさ、高校に入って何張り切っちゃってんのって感じ? 必死に頑張っちゃって、まじダサッ」
「ははっ、そうなんだ。藤倉君と仲良かったの?」
「それは知らないけど、同じクラス委員なんかになって、調子乗ってるよね。絶対近付くのが目的じゃん」
「まあでもA組には琴平いるし、月島なんて眼中にないっしょ」

 鼻で嗤った気配がして、だけど、それって矛盾してるんじゃない? と思わず突っ込みそうになった。自分が藤倉君の彼女になりたいんじゃないの? って。でも。

 ――あぁ、そうか。そうじゃないんだ。

 きっと、付き合ってと告白する勇気はない。けどブスな私じゃ、負けを認めるには悔しすぎる。その点勝ち目のない圧倒的な可愛さを誇る琴平さんなら、自分を納得させる十分な理由になり得る、そう思いたいんだ、と。

「そうだけどさ、おかしいのは頭だよ、頭!」
「なに? 月島って頭オカシイの?」
「違う、そういう意味じゃなくて。月島ってさ、頭そんなに良くなかったから、西紅受かっただけでもビビったのに、A組とか有り得ない」

 ドキリ。
 指先が冷たくなり、手が震えた。

 まさか、怪しまれてる? でもそれが、私が未来から戻ってきた、そんな突拍子もない発想に結び付くはずはない。仮にカンニングが疑われたのだとしても、証拠もない。未来から持ち帰ったあのクラス分けテストは、終わってすぐに処分した。

 大丈夫、大丈夫――
 自分を落ち着かせるように、心の中で何度も唱えた。

「ああ、むしゃくしゃする! あいつが藤倉君の隣歩いてるの見ると、鏡見て出直せって言いたくなるんだよね。元はブスの癖に」

 万人に好かれるなんて無理なことは分かっていた。だけど、声を聞いても、名前も、顔すら思い出せないような繋がりの薄い人から、ここまで言われるとは思ってもみなかった。

「写真無いの? こけし時代の」

 嘲るような声音。それはまるで性質の悪い流行り病のよう。まったく知りもしない人物へも、言葉一つで簡単に伝染してしまう悪意が、とてつもなく恐ろしかった。地味で目立たない、人の噂になんて上ることのなかった私だから、尚更。

「今度持ってくるよ。てか貼り出してさ、藤倉君の目ぇ覚まさせるのもありかも」

 ぎゃははは、卑下するような笑い声が、狭いトイレに反響する。四方八方から襲いくるそれは、鋭い刃に姿を変えて私の心に突き刺さった。
 堪らず強く両の耳を塞ぎ、目を瞑った――その瞬間ときだった。

 ――ドーーーンッ!

 爆発にも匹敵するほどの物凄い音と振動。私がいる個室のドアがガタガタと音を立てて震え、天井の換気扇からは、長年降り積もったであろう埃がパラパラと舞い落ちてきた。

 何? 何が起こったの? 思わず顔を上げる。

 訪れる静寂。さっきまでの笑い声が嘘のよう。煙草の香りがしなければ、時が止まったとすら感じるほどだった。

 すると隣の個室から、ひた、ひた、と足音が。

 え? 誰かいたの?

 でも私がここに籠り始めてからは誰も来ていない。ということは、その前から既に誰かいたということ? そういえば、隣の個室には『故障中』の貼り紙がしてあった。まさか、その中に?

「み、美濃部っ」

 その言葉で、更に驚いた。
 隣にいたのは……美濃部さん……なの?