「はぁ……」
昼休み、止まらないため息を吐きながらトイレに籠り続ける私。
何も好きでそんなことしてるわけでは、勿論ない。今日は女の子の事情……というやつ。結構重い私のお腹は、二日目ともなると薬が手放せなくなる。そしてもう一つ、これはみんなそうなのか、今まで誰にも訊いたことなかったけど、私は必ずお腹を壊す。
でも女子高生にとって、壊したお腹で大勢の人間が出入りするクラス近くのトイレに入るのは、とても勇気がいる。だって、もしばれたら恥ずかしくて死にそうだもの。
だから私は、人があまり来ない別棟に来て、一人ゆっくり用を足した。もう恐らく大丈夫だけど、いつまた痛みの波が来るか分からない、昼休みいっぱいはここにいよう、そうやって蓋をしたその上に腰を掛けていた。
誰の仕業か、扉には四コマ漫画が描かれていて、これが意外に面白い。ついつい夢中になって静かに笑っていた私の耳に、そのとき、微かに複数の人の声が届いた。
こんな時間に珍しいな、と思っていると、声は段々と近付き、やがてこの女子トイレの扉に手を掛けたようだった。
別に悪いことをしているわけじゃないけど、何となく身を固くする。まさかここへ入ってくるとは思ってもみなかったから。
「今日藤倉君にさ、教科書借りちゃった!」
出ようかどうしようか迷っていると、彼の名前が突然聞こえてきて、思わず耳をそばだててしまう。ここは入口からは死角の個室だ。恐らくこんな所誰もいるわけないと思ったのだろう、彼女たちは嬉々として話し始めた。
「うそ、良いなぁ! 勇気あるね」
「あたし同中だもん。しかも三年とき同クラでさ、結構仲良かったんだ」
「マジか、良いなぁ」
「藤倉君て優しいもんね。中学のときからずっとああなの?」
「そうそう、誰にでもあんな感じ」
「そういえばさ、バスケ部とバド部って、部活も隣同士じゃない?」
「そうだよ。シャトルが飛んでっちゃってもさ、拾って持ってきたりしてくれるんだぁ」
「優しー!」
同中? てことは、私とも同じだったってことだ。誰だろう? 考えてみても、あの頃は交友関係も大して広くなかったし、そもそも同じ中学から誰が受かったのかも把握していなかった。
「それにしてもさ、あいつウザくない?」
考えていると、同中、と言った声が、突如口火を切った。
「あいつ? 誰?」
「こけしだよ、こけし!」
吐き捨てられた台詞にドキリとする。『こけし』それは、中学時代、私が陰で呼ばれていたあだ名。
「は? こけし? 誰だし」
微かな嘲笑。それが胸をチクリと刺した。
「月島美麗だよ、あいつ、絶対おかしい」
「ああ、A組のクラス委員? 何でこけし? てか、おかしいって何が?」
私は一層息を潜める。もう絶対に出て行けなかった。
「月島ってさ、中学ん時は超冴えなくてぇ」
その後変な間が空いて、カチリという音が耳に届く。ふうー、次いでため息のような音。
ほどなくして、異臭が鼻を衝いた。
まさか、そう驚いた。
周りに愛好家はいないけど、間違いようもない、煙草の臭いだった。
私が知っている限りでは、喫煙の事件があったのは、美濃部さんのあのとき一度きりだ。ということは、あの中に美濃部さんが? 季節は初夏、時期も合っている。
そしてここは――実験棟だった。
昼休み、止まらないため息を吐きながらトイレに籠り続ける私。
何も好きでそんなことしてるわけでは、勿論ない。今日は女の子の事情……というやつ。結構重い私のお腹は、二日目ともなると薬が手放せなくなる。そしてもう一つ、これはみんなそうなのか、今まで誰にも訊いたことなかったけど、私は必ずお腹を壊す。
でも女子高生にとって、壊したお腹で大勢の人間が出入りするクラス近くのトイレに入るのは、とても勇気がいる。だって、もしばれたら恥ずかしくて死にそうだもの。
だから私は、人があまり来ない別棟に来て、一人ゆっくり用を足した。もう恐らく大丈夫だけど、いつまた痛みの波が来るか分からない、昼休みいっぱいはここにいよう、そうやって蓋をしたその上に腰を掛けていた。
誰の仕業か、扉には四コマ漫画が描かれていて、これが意外に面白い。ついつい夢中になって静かに笑っていた私の耳に、そのとき、微かに複数の人の声が届いた。
こんな時間に珍しいな、と思っていると、声は段々と近付き、やがてこの女子トイレの扉に手を掛けたようだった。
別に悪いことをしているわけじゃないけど、何となく身を固くする。まさかここへ入ってくるとは思ってもみなかったから。
「今日藤倉君にさ、教科書借りちゃった!」
出ようかどうしようか迷っていると、彼の名前が突然聞こえてきて、思わず耳をそばだててしまう。ここは入口からは死角の個室だ。恐らくこんな所誰もいるわけないと思ったのだろう、彼女たちは嬉々として話し始めた。
「うそ、良いなぁ! 勇気あるね」
「あたし同中だもん。しかも三年とき同クラでさ、結構仲良かったんだ」
「マジか、良いなぁ」
「藤倉君て優しいもんね。中学のときからずっとああなの?」
「そうそう、誰にでもあんな感じ」
「そういえばさ、バスケ部とバド部って、部活も隣同士じゃない?」
「そうだよ。シャトルが飛んでっちゃってもさ、拾って持ってきたりしてくれるんだぁ」
「優しー!」
同中? てことは、私とも同じだったってことだ。誰だろう? 考えてみても、あの頃は交友関係も大して広くなかったし、そもそも同じ中学から誰が受かったのかも把握していなかった。
「それにしてもさ、あいつウザくない?」
考えていると、同中、と言った声が、突如口火を切った。
「あいつ? 誰?」
「こけしだよ、こけし!」
吐き捨てられた台詞にドキリとする。『こけし』それは、中学時代、私が陰で呼ばれていたあだ名。
「は? こけし? 誰だし」
微かな嘲笑。それが胸をチクリと刺した。
「月島美麗だよ、あいつ、絶対おかしい」
「ああ、A組のクラス委員? 何でこけし? てか、おかしいって何が?」
私は一層息を潜める。もう絶対に出て行けなかった。
「月島ってさ、中学ん時は超冴えなくてぇ」
その後変な間が空いて、カチリという音が耳に届く。ふうー、次いでため息のような音。
ほどなくして、異臭が鼻を衝いた。
まさか、そう驚いた。
周りに愛好家はいないけど、間違いようもない、煙草の臭いだった。
私が知っている限りでは、喫煙の事件があったのは、美濃部さんのあのとき一度きりだ。ということは、あの中に美濃部さんが? 季節は初夏、時期も合っている。
そしてここは――実験棟だった。