それからの私の行動は、今までで一番積極的だった。
 単なる噂を鵜呑みにして、事実と異なっては目も当てられない。だから普段送るときと何ら変わらない態度を装って、彼にラインを送った。

『噂で聞いたんだけど、西紅受けるってほんと?』

 でも実はこんな単純な文面を作るだけのことに、私は頭を小一時間ほど悩ませなければならなかった。余計な詮索だと嫌がられるのではないかと思って、内心はドキドキだったから。

『もう知ってんの? 噂って凄いなぁ』

 五分くらい過ぎた頃だろうか。返信が来て、スマホを握りしめていた私は、それがすぐ既読になったことを、気持ち悪がられていたらどうしよう、なんて妙に焦ったりした。

『てことはほんとなんだ?』
『うん、まあ。でもちょっと厳しいからな、勉強頑張らないと。月島(つきしま)さんはどこ受けんの?』
『そっかぁ。頑張ってね! 私は……考え中』
『そうか。でもお互い、悔いの残らないよう頑張ろうな』

 私の志望校は、彼のこの、最後の言葉で決定した。

 だけど目標を達成するのは、容易なことではなかった。頭の良い藤倉君ですら努力を必要とする西紅の受験。必然的に私は、その何倍も何十倍も努力しなければならなかった。

 突如受験校を跳ね上げた私に、先生や両親はおろか、友人にまでどうしたんだ、と驚かれる始末だった。
 勉強が好きだなんて、一度だって口にしたことはなかったから。

 まず、それまで、行こうと頭の隅すら掠めたこともなかった塾へと通うことにした。
 たったそれだけなのに、全てがとてつもなく大変になっていった。塾で勉強する時間と、出された課題に取り組む時間、それだけでゆうに三時間は消費してしまう。加えて学校の宿題に、西紅に特化した受験対策。
 お風呂の中では単語帳が手放せなくなったし、トイレには歴史の語呂合わせ年号を貼り付けた。夜なんて、空が白むまで机に噛り付くことだってあった。

 慣れないことに体が追い付かず、とにかく眠くて眠くて仕方がない毎日。お陰で苦くて大嫌いだったブラックコーヒーも飲めるようになったし、クマが平常運転の充血した目はいつだって友人の笑いを誘った。
 瞬く間に視力が下がり、私はいつしか眼鏡を掛けるようになった。それは普段生活する上でとても不便に感じたし、長時間掛けていると耳の後ろが痛くて不快だった。
 でも、それらを苦痛と感じることはなかった。全てが、私の頑張っている証だと思えたから。

 しかし私の心は、模試によって突き付けられる現実に、その都度打ちのめされた。
 こんなに頑張っているのに、努力は何故報われないのか。人はいつだって、もっと早くこうすれば良かったと、後になってからでないと悔やめないのだ。

 C判定の文字が浮かび上がる結果を見つめながら、だけど私は折れそうな心を必死で繋ぎ止めるように、一つの過去を思い出していた。