冷たい夜風が、涙に濡れた頬を打つ。
私、何してるんだろう? 呼応するかのように、冷静な自分が少しだけ顔を覗かせた。
過去に戻る? そんな馬鹿みたいな話、信じてるの?
普段の私なら、間違いなく一笑に付したに違いない。かつぐつもり? そう怒りさえしたかもしれない。だけど今朝の、予知とも取れる助言。あれが私に微かな期待を抱かせる。もしかして、と。
同じ高校になんて行かなければ――少し前までこの世の終わりのようにそう嘆いておきながら、今はこんな物を引っ掴んでまで、得体も知れないおばあさんに縋ろうとしている。
私は馬鹿だ。ほんと、おばあさんの言う通り。
街灯の下、白髪の後ろ姿を認めてほっと息を吐き出した。
足音で気付いたのか、ゆっくりと振り返る。その目でちらりと手元を見やったが、すぐに興味を失くしたようだった。
「さぁ、心の準備はいいかい?」
おばあさんが手を上げる。魔法の杖は見当たらない。
私は頷く。息を整え、ごくり、唾を飲み込んだ。
「目を閉じな。時空酔いは長引くよ」
聞き慣れない単語があったけど、大人しく従った。今口を開いたら夢から覚めてしまう、そんな気がしたから。
きっと落としたら、二度と戻らない。私は紙の束を両手で強く握りしめた。
十秒……? 二十秒…………?
どのくらい経っただろうか。何も起きない。瞼の裏に、僅かな光さえ捉えることができない。
まさか、本当にかつがれた?
私を指差して、性悪そうに笑うおばあさんが目に浮かんだ。
戦々恐々。右目だけそっと瞼を持ち上げた。
冬特有のキンと張りつめた空気。暗闇の中、薄暗い街灯にぼんやりと浮かび上がる景色。どれもこれもが目を瞑る前と寸分違わぬように感じた。まるで難易度の高い間違い探しをさせられている気分。
唯一はっきり違ったのは、おばあさんがいなくなったこと、ただそれだけ。
ため息が零れた。やっぱりね、そうだと思ってはいたけどさ。肩が落ちる。
何を期待していたの? 浅はかな自分に呆れて、もう涙すら出なかった。
要は馬鹿にされたんだ。そして、何たる放置プレイ。落ち込んだ女子高生を、口八丁手八丁、まんまと掌で転がして、さぞ楽しかったことだろう。悪趣味にもほどがある。こんなものまで取りに戻って、思う壺じゃん。ほんと、馬鹿みたい。
自嘲しながら手元を見つめる。握られた紙の束は、小刻みに震えていた。それほど緊張して、そして期待していたのだ。もう一度やり直せるチャンスに。
俯き、悔しさに唇を噛み締めた。
だがその瞬間、違和感が私を襲った。
視界に入る自分の脚。それが、白いソックスに白い靴を履いていた。
慄いた拍子に、いつの間にか肩に下げられていたバッグが地面へと落ちる。それは中学時代のスクールバッグだった。よくよく見れば、着ている制服も、今年の春に三年間の務めを終えたもので。
まさか本当に、未来から戻ってきたの……? 改めて、手元を見つめる。強張った指を苦労して広げれば、それは間違いなく中学時代には存在し得ない物。
もし一年前に戻って来たのだとすれば、今日は終業式? それとももう冬休み? 正確な曜日は思い出せなかった。
落としたバッグを持ち上げる。恐ろしく軽い。チャックを開けるとそこには、今朝おばあさんに貸したはずの折り畳み傘が入っていた。
体の怠さは、嘘のように治っていた。
私、何してるんだろう? 呼応するかのように、冷静な自分が少しだけ顔を覗かせた。
過去に戻る? そんな馬鹿みたいな話、信じてるの?
普段の私なら、間違いなく一笑に付したに違いない。かつぐつもり? そう怒りさえしたかもしれない。だけど今朝の、予知とも取れる助言。あれが私に微かな期待を抱かせる。もしかして、と。
同じ高校になんて行かなければ――少し前までこの世の終わりのようにそう嘆いておきながら、今はこんな物を引っ掴んでまで、得体も知れないおばあさんに縋ろうとしている。
私は馬鹿だ。ほんと、おばあさんの言う通り。
街灯の下、白髪の後ろ姿を認めてほっと息を吐き出した。
足音で気付いたのか、ゆっくりと振り返る。その目でちらりと手元を見やったが、すぐに興味を失くしたようだった。
「さぁ、心の準備はいいかい?」
おばあさんが手を上げる。魔法の杖は見当たらない。
私は頷く。息を整え、ごくり、唾を飲み込んだ。
「目を閉じな。時空酔いは長引くよ」
聞き慣れない単語があったけど、大人しく従った。今口を開いたら夢から覚めてしまう、そんな気がしたから。
きっと落としたら、二度と戻らない。私は紙の束を両手で強く握りしめた。
十秒……? 二十秒…………?
どのくらい経っただろうか。何も起きない。瞼の裏に、僅かな光さえ捉えることができない。
まさか、本当にかつがれた?
私を指差して、性悪そうに笑うおばあさんが目に浮かんだ。
戦々恐々。右目だけそっと瞼を持ち上げた。
冬特有のキンと張りつめた空気。暗闇の中、薄暗い街灯にぼんやりと浮かび上がる景色。どれもこれもが目を瞑る前と寸分違わぬように感じた。まるで難易度の高い間違い探しをさせられている気分。
唯一はっきり違ったのは、おばあさんがいなくなったこと、ただそれだけ。
ため息が零れた。やっぱりね、そうだと思ってはいたけどさ。肩が落ちる。
何を期待していたの? 浅はかな自分に呆れて、もう涙すら出なかった。
要は馬鹿にされたんだ。そして、何たる放置プレイ。落ち込んだ女子高生を、口八丁手八丁、まんまと掌で転がして、さぞ楽しかったことだろう。悪趣味にもほどがある。こんなものまで取りに戻って、思う壺じゃん。ほんと、馬鹿みたい。
自嘲しながら手元を見つめる。握られた紙の束は、小刻みに震えていた。それほど緊張して、そして期待していたのだ。もう一度やり直せるチャンスに。
俯き、悔しさに唇を噛み締めた。
だがその瞬間、違和感が私を襲った。
視界に入る自分の脚。それが、白いソックスに白い靴を履いていた。
慄いた拍子に、いつの間にか肩に下げられていたバッグが地面へと落ちる。それは中学時代のスクールバッグだった。よくよく見れば、着ている制服も、今年の春に三年間の務めを終えたもので。
まさか本当に、未来から戻ってきたの……? 改めて、手元を見つめる。強張った指を苦労して広げれば、それは間違いなく中学時代には存在し得ない物。
もし一年前に戻って来たのだとすれば、今日は終業式? それとももう冬休み? 正確な曜日は思い出せなかった。
落としたバッグを持ち上げる。恐ろしく軽い。チャックを開けるとそこには、今朝おばあさんに貸したはずの折り畳み傘が入っていた。
体の怠さは、嘘のように治っていた。