想像はついていたけど、街灯に浮かび上がる顔を見た瞬間、悲しみが怒りへと変わる。

「あなたが、あんなこと言わなければ!」

 気が付けば大声で詰め寄っていた。

「あたしのせいだって言いたいのかい? 冗談じゃないよ、大概にしとくれ」

 だけどおばあさんは、怯むことなく鼻白む。
 そんなこと、本当は分かってる。でも、どうしようもできなかった。行き場の無い思いが胸の中で渦を巻いて、出口を探し暴れ回る。抑え付けようにも一たび綻びを見せれば、それは激流によってあっという間に決壊してしまうのだ。

「だって! あんな風に言われたら、気になるに決まってるじゃない!」
「自業自得さね。でもまぁ、あんなのほっときゃいい。ほっときゃいいんさ」

 私の剣幕を物ともせず、おばあさんは淡々とそう繰り返す。
 ――ほっとく? 何て無責任な発言だと目を剥いた。そんなの無理に決まってる。私は、あんな出来事を目撃しても尚、平然としていられるほど、軽い気持ちでもないし大人でもない。

 大好きだったのに……あんなに頑張ったのに……

 怒りで引っ込んでいた涙が、また溢れ出す。

「怒ったり落ち込んだり、忙しいことだよ。これだから人間は」

 呆れたようにおばあさんが呟いた。

「無駄だった……」
「何がだい」

 投げやりな言い方。でも一応聞いてくれるつもりらしい。

「同じ高校に入ろうなんて、何で思っちゃったんだろう」
「そうかい」
「背も高いし可愛くもない、それに優秀でもない」
「まぁそうだね」
「落ち込んでるんだから、ちょっとは否定してよ!」

 顔を上げれば、おばあさんの顔には『面倒くさい』、でかでかとそう書かれていた。

「否定して、何か変わるのかい?」
「そうだけど……変わりたかった」
「どう?」
「背は低くなれないし、顔も可愛くないけど、せめて頭くらい」
「それはお前さんの努力次第さね」

 またか。
 ため息が出た。努力、努力、努力、二言目には努力。そうやって頑張ってきたつもりだ。これ以上どうしろって言うの?

「したわよ!」

 思わずきつい声が出てしまった。

「ほー、どんな?」

 でもおばあさんはどこ吹く風、白けた目で訊き返す。

「勉強、死ぬほど頑張った」
「そうかい。で、それから?」
「……え?」
「それから、後は何をしたんだい?」

 それから……? それから――…………

 私は愕然とした。言葉が続かなかった。
 何も、していなかったから。

 惨めだ、恥ずかしい、勝手にそう思って、連絡すらしなくなった。
 告白? 上手くいくわけない、下手したら友人ですらいられなくなる、そうやって自分に言い訳をして逃げた。友人と呼べるかも、既に怪しくなっていたのに。

 私は可愛くはない。けど、可愛く見せる方法ならきっとあった。
 フェルメールの絵を見たあの日、変わりたいと願ったあの衝動。入学を掴みとった瞬間から、私はそれを実行に移すべきだったのだ。
 なのに、今の今まで考えることさえしなかった。悲観して、それで終わり。建設的なことは、何一つ考えていなかった。

 藤倉君と同じ高校に受かりたくて懸命に頑張ったあの情熱を、何故勇気に変えられなかったのだろう。自分を磨き、彼に振り向いてもらえるような素敵な女の子になるという、最も重要な勇気に。

「やり直せたら……」

 気付けばそんな言葉が、私の口から零れていた。