高校一年生の秋。私に人生で初めての彼氏ができた。


 相手は同じクラスの優馬。


 大きな黒目が特徴の整った顔に、モデルのようにすらっと長い足。成績は常にトップクラスで、スポーツ万能。それに加えて性格も明るくて優しく、学校の人気者だ。


 そんな女子なら誰もがうらやむ、少女漫画に出てくるような彼氏だけど、ひとつだけものすごく変わっているところがある。


 スマホに、財布に、ペンケースに、お弁当箱……


 持ち物のほぼすべてが青色なのだ。


 この王子様のような人が、特に可愛くもなく、これといった特技も個性もない私を選んだ理由……


 それは私の名前が、〝あおい〟だからなのかもしれない。本気でそう思ってしまうほど、彼は〝青〟が大好きだった。





 初めのうちは、優馬がただ人より青い色が好きなだけだと思っていたけど、四ヶ月という時間を一緒に過ごしていくうちに、優馬が青に対して、異常なまでの執着心を持っていることに気づき始めた。


 一番驚いたのは、優馬の家に初めて遊びに行ったときだった。


 彼の部屋は青かった。一瞬、海の底に潜っているのではないかと錯覚したくらい青かった。壁紙から絨毯、ベッドシーツまで、青一色だった。


「こんなに青ばっかり見てて疲れないの?」と聞いたことがある。すると彼は「疲れるどころか、むしろ落ち着く」と答えた。


 正直、変わってるなぁ、とは思う。だけど気持ち悪いとは思わないし、ましてやそれが原因で優馬のことを嫌いになったりするなんてありえなかった。


 優馬と過ごす日々は、毎日が新鮮で楽しかった。


 学校の帰り、分かれ道で立ち止まって、日が暮れるまでお喋りしたり。


 コンビニで買ったアイスを半分こにして食べたり。


 くだらない冗談に腹を抱えて笑い転げたり。


 私のことを「アオ」と呼ぶその甘い声も、優しく抱きしめてくれるその広い腕も。


 何もかもが大好きだった。







 春が過ぎ、夏が過ぎ、ふたたび秋が巡ってきた。


 優馬の様子がおかしくなり始めたのは、夏休みに入ってからだった。


 夏休みにいっぱいデートしようねって約束していたのに、結局会えたのは、たった三日だけ。それが一般的に多いのか少ないのかはわからないけど、私には極端に少なく感じた。


 二学期が始まり、学校でふたたび毎日顔を合わせるようにはなったものの、ふたりの間に目に見えない壁ができてしまったようだった。


 一緒にいても、優馬はどこか上の空で、私に向ける笑顔は明らかにぎこちなく、無理なところがあった。


 夏休みの間に何かあったのは確実だった。優馬はその〝何か〟を私に隠している。


 私に飽きてしまったのかもしれない。他に好きな子ができてしまったのかもしれない。その子ともうすでに付き合っているのかもしれない。





 優馬は私と違ってモテる。私と付き合っているとはいえ、他の女子たちからのアプローチが、この一年間、まったくなかったというわけではない。


 私より顔も性格もいい女の子なんて、この世に山ほどいるし、優馬の大好きな『アオ』がつく名前だって、ちょっと探せばすぐ見つかる。


 ……そう。私には優馬しかいないけど、優馬は別に私じゃなくたっていいんだ。

 
 自分の中に、言葉にならない感情がうずたかく積まれていった。高く、高く、積まれすぎて、ある日それはガシャン、と音を立てて一気に崩れ落ちた。


「優馬、私のこともう好きじゃないなら、はっきりそう言えばいいじゃん!」

「どっ、どうしたの、急に」

「他に好きな子ができたんでしょ!」

「そんなわけないじゃん。俺が好きなのはアオだけだよ」

「うそ!」

「うそなんかじゃないよ。本当にどうしたの?」

「だって優馬、今、私と一緒にいても全然楽しくなさそうじゃん。前より喋らなくなったし、いつも上の空で溜め息ばっかりだし、私に隠し事してるのバレバレだよ!」





 今まで溜め込んできたものが爆発し、道端だというのに、私は感情任せに甲高い声を張り上げた。優馬の端正な顔が悲しげに歪む。


「ごめん、アオ……」

「悪いと思ってるなら、本当のこと話して」

「…………」

「話してよ!」


 優馬は目を伏せ、しばらくの間、深刻な表情で黙り込んでいたけれど、やがてゆっくりとうなずいた。


「わかった。言うべきかどうかずっと悩んでたけど、言うよ」


 自分で『本当のことを話せ』と言っておきながら、その先の言葉を聞くのが急に怖くなった。


 耳をふさぎたくなる気持ちをこらえながら、私はまっすぐ優馬を見上げる。優馬はぐっと拳を握り、大きく息を吸った。


「実は俺、両親から手術を受けるように言われてるんだ」

「手術……?」


 優馬の口から発せられた思いがけない言葉に、一瞬、きょとんとする。





「なんで? 優馬、どこか悪いの?」

「まぁ……うん。ちょっと、目がね……」

「目……?」

「実は俺、青い色以外、ちゃんと見えてないんだ」

「えっ……」


 心臓がドクッと音を立てて脈打った。吸い込んだ息が吐き出せなくなった。優馬は短い沈黙を挟んで続ける。


「今まで黙っててごめん。小学生の頃、この目が原因でいじめられたことがあってさ。今でもそのときのことがトラウマで、人に本当のことを話すのが怖いんだ。俺が臆病なせいで、アオを不安にさせちゃったね。本当にごめん」

「優馬……」

「俺、生まれたときから、色覚にちょっと問題があるんだ。青以外の色が全部、濁って見えるというか、くすんで見えるというか。まぁ、日常生活に支障をきたすレベルではないから大丈夫なんだけど、両親は俺の目をどうしても今年中に治したいみたいで、夏休みの間、あちこちの病院に連れて行かれてさ」