白露は驚いたように息を吐く。とはいえ本当に驚いているようには見えない。演技がかった、嘘くさい動作だった。


「潰すとは、何やら平和な響きではないですねぇ。具体的にはどのように?」 

「例えばひかりの靴に細工をするとか」


 その言葉に、愛梨は思わず身を乗り出した。


「靴に細工って……相手にケガをさせるつもりなんですか!?」


 鏡華は細い腕を組み、有無を言わさぬ目つきで愛梨を睨む。


「そうよ。別に靴じゃなくても、ひかりがまともに踊れないなら何でもいいんだけど。人を不幸にするような過去の改変は許されない、ってルールでもあるの?」


 それを聞いた白露は、落ち着いた声で質問に答える。


「いいえ、そのようなルールはございません。そもそもあなたが起こした行動が、どう作用して誰が幸福になるか、不幸になるかはやってみるまで分かりませんから」


 鏡華はイライラした様子で問う。


「どういうこと?」

「たとえば過去に戻り、鏡華さんが靴に細工をし、ライバルのひかりさんが大怪我を負い、ひかりさんは二度とバレエが出来ない身体になるかもしれません。

しかしその後ひかりさんは素敵な男性と巡り会い、幸せな結婚をして後にあの時バレエをやめてよかったと、他の形の幸せを見つけるかもしれません。

そういう意味では、その人物にとって何が不幸か、幸せなのかは、一概に言いきれませんので」


 鏡華は白露のことを、どうも腹の底が読めない胡散臭い男だと思った。

 何が幸せかはその時にならないと分からないというのは、まぁ分かる。