どうして自分の名前を知っているのだろう。

 和田は動揺したが、何となく怖くて聞くことが出来なかった。

 男は穏やかな声で和田に話しかけた。


「私はこの店の店長をしております、白露と申します」

「ハクロさん……」

「はい。白い露と書いて白露(はくろ)です」


 なるほど、ということは表の看板も『はくろあん』と読むのだろう。

 白露はどこの国の人だろうか。日本人ではなさそうだけれど。気になったが、さすがに聞けなかった。


「どうぞ、おかけください」


 和風の小物や飾りが並ぶ店内には、机と椅子が一組だけあった。

 さっきから、何かがおかしいと思う。

 いや、竹林の道に迷いこんだ時からそもそもおかしいと言えばおかしかったのだが、一組だけのテーブルと椅子。


 まるで自分を待ち構えていたかのようではないか。


 その証拠に、白露は和田のことを知っていた。

 もしかしたら、自分はとんでもない場所に飛び込んでしまったのではないか。

 和田が緊張しながら着席すると、店の奥から元気のいい声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませー! ご来店、ありがとうございまーす!」


 上品な和料理店の接客……というよりは、どちらかというと居酒屋の店員のようなかけ声だと思った。

 らっしゃい、らいてんあざーす、しゃらーす、みたいな。


 席に水の入ったグラスを運んで来たのは、かわいらしい少女だった。

 先ほどの店主とは、良い意味で真逆の属性の人間に見える。

 妖しさと艶を兼ね備えた白露が月なら、彼女は太陽の申し子のようにはつらつとしていた。