「あおいさんっ!」


 突然名前を呼ばれたあおいは、きょとんとした様子で棒につかまりながら立ち止まる。


「あおいさん、あおいさん、あおいさんっ!」


 愛梨は彼女に向かって駆け寄り、勢い良く抱きついた。


「手術、成功したんですか!? 私、ずっとあおいさんのことが心配だったんです!」


 あおいはしばらく呆然とした様子だった。

 それから苦笑いを浮かべ、困ったように問いかける。


「……あの、申し訳ありません。どちら様でしょうか?」

「あ……」


 愛梨は彼女から離れ、言葉を失って立ち尽くす。

 後ろから歩いて来た白露が、呆れたように溜め息をついた。 


「バカですね、あの店に来ている間の記憶は、店を出た瞬間に消えてしまうんです。前もそう教えたでしょう」


 そうだ、以前も白露に教えられた。

 店にたどり着き、過去を変えられるのは一度だけ。

 人の生死は特別な例外でもない限り、変えられない。

 そして店を出た人間は、過去に戻っていた時の記憶と白露庵の記憶を失う。

 ここに来る間にだって、理解していたはずだった。

 今のあおいにとって、白露と愛梨は会ったことも話したこともない、存在すら知らない完全な他人だ。そんな人間に突然話しかけられれば、困惑して当然だ。